第3章  優しき少年

 少年はしんじといった。しんじは12歳の少年で、全校生徒が僅か5人の分校に通っていた。しんじは、純朴でこころの優しい少年だった。しんじは、ハナコが好きだった。誰よりもハナコが好きだった。

 しんじは、ずっとハナコが友達だった。学校には歳の離れた子しかいなかったし、お互いの家が遠かったので、そう毎日学校の友達と遊びに出かけることなどできなかった。幼い頃から自然と牧場の動物達と遊ぶことが多かった。またそれが家の手伝いを兼ねていた。中でもハナコが大のお気に入りで、ハナコと一緒に遊ぶのが日課であった。ハナコが好きだったのは、人間との接触が少ないしんじにとって、自然と発する感情だったかもしれない。もちろん、しんじもハナコのことを馬だと思っている。しかし、子供心にハナコの異質を感じとっていたのかもしれない。

 そうして、いつもハナコを連れ出しては、牧場をひと回りしていた。もちろん、ハナコは馬のようにスピードを出すことはできない。少年とはいえ、四つん這いになって人を乗せ、牧場を一周するのは大変なことだ。しかし、ハナコもしんじことが好きだったから、むしろそれを喜んでいた。しんじにしたって、牧場の一周は急ぐわけでもない。スピードなどどうだってよかったのである。

 しんじは、そうしてハナコに乗って牧場を一周するとハナコにピッタリとくっついて、その身体をさすってあげた。さすりながら、ハナコの頬にキスをするのである。その行為は、少年にとってただの動物に対する愛情表現だったかもしれないが、ハナコにとっては、別な意味を持っていた。

 それは男性とのペッティングそのものだったのである。ハナコは馬として生かされていることで、半ば人間としての愛情行為をあきらめていた。それどころか、雄馬と強制的に交配されることもあるかと覚悟していた。しかし、実際に馬との交配は無かった。牧場主は、わざわざ子供が生まれたとして、売り物にならないような奇形の馬を交配させようとは考えていなかった。

 それだから、牧場主はハナコを疎ましく思っていた。売れそうにない、利用価値もほとんど無い、エサ代がかかるだけの馬を早く処分したかった。実際、しんじのことを考えなかったら、もっと早く処分していただろう。もっとも他の馬に比べてエサ代があまりかからないから、なんとかしんじの気持ちを尊重できた。

 牧場主は、ハナコが病気で死んでくれたらと考えていた。病気で死んだならば、しんじへの義理がたつ。だからハナコが病気になっても、一切獣医に見せようとしなかった。もし、獣医に見せていたなら、ハナコが人間であることに気がついたかもしれない。しかし、獣医にかかることは無かった。

 牧場主だって、ハナコをなんとかしようとしたことがある。以前、ハナコを競争馬にしようと調教していたこともあるのだ。ハナコに乗って思いっきりムチをくれた。しかし、ちっとも早く走らなかった。それでもハナコは、懸命に走ったのである。しかし、人間のしかも女性が四つん這いになって走ったところで、馬の何分の一のスピードしかでない。3日間、ムチで叩いた尻の皮が血で滲み腫れ上がるまで続けてみたがどうにもならなかった。4日目には、とうとうハナコが高熱を出しダウンしてしまった。そうなると牧場主は、もうこれ以上は無理と判断して、ハナコに一切関わろうとしなかった。それ以来、ハナコはしんじと遊ぶ比較的楽な毎日を過ごすようになった。



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