99.10.31 住民エゴなんだろうか

 昼間テレビを観ていたら、「老人ホーム建設反対運動」だとか。

 テレビでは住民のエゴではないかという論調であった。テレビを観る限り、わたしもそのように感じた。反対理由に納得できるような明確なモノが無いからである。でも、これではインタビューに応じた人達は、怒っているだろうなあ。いつもは住民側の立場に立って役所の不手際等を攻撃することが多い番組なので、てっきり自分達の味方だと思っていたのだろう。そこでペラペラ喋ったは良いけど、テレビを観たら逆のことを言うんだからなあ。
 住民は「老人ホームは必要である。でも、建てるならよそに建ててくれ」と言う。これでは、やっぱりエゴのような気がする。うーむ。老人ホームって、そんなにイヤかなあ。悪臭や騒音があるわけでもなし、わたしはそんなにイヤじゃないけどなあ。たとえば、すぐ近くにある公園に老人ホームが建ったとしても別に構わないけどなあ。ここの読者の中には、老人ホーム建設に反対されている人はいるのだろうか? どういう理由でイヤなのだろう。せいぜい年に数回霊柩車が通るくらいだろう。

 わたしにとって、それよりも問題なのは、隣のおばちゃんである。これが、なんだか困った人なのだ。引越し当初、マイ母が色々良くしてもらったそうで良い人なのかなあと思ったら、良い人を装っていただけの人だった。マルチ商法の人なんだなあ。まあ、マイ母もそこまでバカではないし、わたしも口を酸っぱくして言ったので、引っかからなかったけどね。まあ、マルチ商法をしていているだけなら、まだわたしには関わりが無いので許そう。
 わたしにとって一番困るのが、違法駐車をしていることなんだなあ。それが家の玄関の前に停めてやがるのだ。駐車というよりは、路上を車庫代わりにしているのだ。毎晩ずっとそこに停めているのだ。ムカつくんだなあ。まあ、一時的になら良いだろう。そうではなくて、ずっとそこに停めているのだ。なんでも駐車場を契約していないのだと。駐車場に空きが無いわけではない。現にわたしの停めている駐車場は、10台のうち5台が空いているのだ。ガラ空きである。

 要は、それで駐車場代を浮かしているんだなあ。わたしが荷物の積み下ろしをしたくても、家の前に寄せられないのだ。嗚呼、邪魔くせえ。だいたい、駐車場を持つのが車を運転する人間の最低限の義務ではないか。おまえには車に乗る資格なんて無い。駐車場契約がイヤだったら原付に乗っていろ。どうせ近場をウロウロしているだけなんだから、原付でも問題は無い。車なんて贅沢だ。わたしは、こういった最低限の義務も守らないセコいヤツが一番嫌いなのである。
 しかもだ。わたしの家の反対隣は、現在空家になっているのである。かれこれ3ヶ月くらい空家である。そこに隣接する駐車場が空きになっているのだ。交通安全週間など警察の見回りが厳しい時になると、なんとそこに停めてやがるのだ。空いているとはいえ、他人の所有地である。いくらなんでも、そこまでするか?

 他人の所有地にタダで車を停めて平然としているのだ。おい、それは犯罪だろう。盗人猛々しい。みんな経済的に苦しくても、真面目に金を払って駐車場を借りているのだぞ。おまえだけがそれを許される道理は無い。そもそも路駐をしている時点で立派な犯罪だ。まあ、大家に連絡しても良いんだけどね。
 ただ、お隣さんなだけに、チクったらこっちが何をされるかわからないんだよなあ。イヤガラセされたり、悪い噂を流されたりするんだろうなあ。まあ、もしここを引っ越しすることになったら、その時に大家にチクってやろうと思う。後、警察にも連絡してね。嗚呼、早く隣に誰か入って欲しいね。そうすれば、さすがに勝手に停められないだろう。

 まあ、隣に入るのがオウムだったら、ちょっと困ってしまうけど。

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99.10.30 iMacが当たったら困るなあ

 映画を観てきた。

 今更ながら「マトリックス」である。一応観ておきたかったのね。というわけで、きょうちゃんを付き合せて観に行ってきた。ふむふむ。面白いじゃないか。映像がすごいという話だったけど、たしかにすごかった。ストーリーが意味不明という意見もあるけど、わたしには特にそう思わなかったなあ。たしかに矛盾というか、「どうして○○しないのだ?」と思うところはあったけど、細かいことを抜きにして楽しもうと思って観れば、充分に楽しめるストーリーだったと思う。

 で、ほとんどこれで今日の話は終わってしまうのだ。それでは何なので、昨日メディアバレーに行った時のことでも話そう。

 メディアバレーではダイエー優勝記念のイベントをやっていた。そのうちのひとつにオークションがあった。各自が適当に値段をつけて一番高い値段をつけた人に落札というものである。パッと見たところ、めぼしいのはiMacくらいであった。最低落札価格は3万円からである。そんなわけなんで、わたしも一応「iMac」と紙に書いて投票してきたのである。
 さすがに「3万円」とは書かなかった。あまり落札しようという意志は無かったので、それでも良いんだけどね。それではつまらないではないか。というわけで、まあ落札できないだろうという微妙な線の数字を書いてきた。まあ、当たったら非常に安く買えたと思える金額である。

 わたしは、Mac関係には詳しくないので、よくわからないけど、たぶんあれは旧型だろう。新しいiMacのうち、一番安いのは118000円だったっけ? 旧型の相場は、おそらく10万円前後のはずだ。メディアバレーは、今優勝セール期間中だ。1割引で買えるので旧型のiMacは9万円前後で買えるハズだ。
 そういうことなので、もし本気で買いたいと思っている人がいたならば、オークションでは8万円前後の値がつくだろう。それ以上の値段をつけている人がいたとしたら、かなりのバカである。わたしは、さすがにそんな金額を書いていない。

 でも、本気で欲しいと思っている人がいなかったら恐いよなあ。特に欲しくなくても、「これくらいの金額だったら、取りあえず家に置いておくか」というのが、5万円から6万円くらいだと思われるのだ。いったいどれだけの人が応募したのだろうか。まあ、この土日で大量の人が応募したと思われるから、わたしが落札する可能性は、まず無いだろうけどね。頭が悪いやつばかりで、ほどんどが5万円以下の値段をつけていたとしたら……。ぶるぶる。

 もし、当たったら買わないとならないのか。そんな金は無いぞ。

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99.10.29 ハーレム状態かもしれない

 今日は、仕事を休んだ。

 別に体調不良というわけではない。今月はちょっとだけ仕事をしすぎたので、その調整である。これは前々から決めていたのだ。もちろんダイエー優勝セールとも関係が無い。ダイエーの優勝が決まったのは、昨日の晩である。休みを取る宣言をした時には知る由も無い話だ。でも、まあちょうど良いタイミングではある。よーし、今日は優勝セールに行くぞ。

 しかし、今日は起きるのが遅かった。起きたのは11時半。ダイエーは既に開店している。まあ、わたしが食料品を買ってもしょうがないしなあ。やはり、行くとしたらメディアバレーだろうか。メディアバレーなら、それほど混むとは思えないからね。朝から並ぶほどのことでもないだろう。
 というわけで、のんびりとテレビなんぞを観ていた。テレビを観終わった後は、日記読みだ。ところで、今日は結構暑かったねえ。夜にちょこちょこと出かけるだけなので、シャワーを浴びなくても良いかなと思っていたのだ。でも、ちょっと汗ばんでいたので、結局浴びることにした。シャワーを浴びたら、19時を過ぎていた。嗚呼、ダラダラしていたら、メディアバレーが閉まってしまうぞ。これでは何の為に今日休んだのか、わからないではないか。

 いや、ダイエー優勝セールの為ではなかったか。別に無理して行かなくても良いのであった。でも結局行ったけどね。メディアバレーは、やはり1割引であった。パ・リーグ優勝で1割引だったのだから、日本一の時には2割引にすれば良いのになあ。2割引だったら色々買っていたところなのになあ。まあ、PC関係は1割引が限界なのだろう。そもそも、この間ストーブとガスレンジを買ったせいで余裕が無いのだ。結局メディアバレーではほとんど見るだけだった。

 そんなわけで、PCパーツ620円を買っただけでミスドに帰ってきた。いや、帰ってきたわけではないか。これからさらに家に帰らないとならないのだった。ところで、今日はあのオヤジが来ないなあ。ええと、あのオヤジというのは、最近よくミスドに来るオヤジのことである。
 そのオヤジ、いつも酔っ払っているのだ。で、女の人を2人連れているのだ。気持ち良さそうに女の人に自慢話を語っているのだ。なんだかイヤな感じである。もっとも女の人といってもオバちゃんだけどね。だから嫉妬はしないけど、なんだかイヤな感じなんだなあ。

 たぶん、あのオヤジは、この辺の小さな事務所の社長かなんかなのだろう。オバちゃんは従業員だ。まあ、そこそこ羽振りが良いのだろう。で、そのオバちゃん達を連れ回して頻繁に呑みに出かけるということだろう。金と立場にモノを言わせて女性を連れ回しているといった感じだ。でも、ミスドに来る辺りが貧乏くさいんだなあ。酒を呑んだ後でミスドに来るなよなあ。来ても良いけど、居酒屋ノリでデカい声で会話するのでうるさくてしょうがないのだ。特に笑い声がデカいのだ。
 女性を周りにおくことで浮かれているスケベオヤジといったところだろうか。ハーレム状態を味わいたいというやつか。実際セクハラオヤジである。この間は、隣のオバちゃんに抱きついていたりしたからなあ。ああ、やだやだ。なんていうかセクハラオヤジというか、成金オヤジっぽくて、下品なんだなあ。ちょっと良い気になっているような感じである。

 ところで、みかん狩りオフミ(下記参照)である。やはりというか、なんというか、いや、ええと、参加者がね。女性ばかりなんだなあ。男性は、ken1さんが来れるか来れないかというところなのだ。もし、ken1さんが来れないとなると、わたしはハーレム状態になってしまいそうなのだ。げげっ、これではあのオヤジと同じではないか。金にモノを言わせているつもりは無いけど……

 というわけで、男性の参加者募集なのである。もちろん女性の参加者も大募集してます。

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99.10.28 星が消えた日

 本日は快晴であった。

 空気が非常に澄んでいるのだ。いつもならば、澄みませんとばかりに姿を見せない富士さんまでもが姿を現した。これは昨日雨が降ったせいだろう。空気中に浮遊するチリ、特にディーゼル車の排気ガスに含まれる微粒子が雨によって流されたからだと思うのだ。
 それにしても遠くまではっきり見えるのだ。いつもは霞んでいる風景を見ていたことが良くわかるのだ。これは、コンタクトレンズを替えたからというレベルではない。見え過ぎるくらいなのだ。もしやと思い頭を触ったら、案の定アンテナがついていた。メーカはマスプロだ。なるほど。そいつは困ったなあ。

 って、それではSFではないか。ここはノンフィクションを書くところだった。

 しかし、これだけ空気がキレイだとタバコが美味くてしょうがないのだ。実はこのところ風邪気味で体調が思わしくなかったのだ。うん。今日は久々に美味いタバコを吸ったような気がする。ちなみにわたしは、1日2箱くらいタバコを吸う。わりとヘビーな方だと思う。と言っても、実質1箱くらいしか吸っていないような気もする。
 なぜならば、タバコに火をつけても、吸い込む回数が非常に少ないからだ。大半が手に持っているだけなのである。隣の人と同時に火をつけても、吸い終わるのはわたしの方がずっと遅かったりするのだ。それにわたしは、ちょっと間が空いたら、すぐにタバコに火をつけてしまうやつなのだ。電車を待っている間、打ち合わせの前、火をつけたは良いがロクに吸わずに消してしまうことも多い。嗚呼もったいない。

 まあ、わたしの場合、タバコは最初の二口、三口が良くて吸っているからなあ。ええと「にろ、みろ」ではない。そんなもんで、タバコなんて先っちょだけがあれば良いかもしれない。「だからね。お願い。先っちょだけで良いからあ。ダメ?」ってなもんである。ところが、たまに根元の方までずっぽしと吸う人がいるんだなあ。どうして、そんなに?
 わたしの場合、時間があれば、一応数字のところまで吸うようにしている。4桁の数字の最初のところにかかったら火を消す。しかし、4桁の数字が全部消えてしまうまで火を消さないツワモノがいるんだなあ。健康に悪いぞ。まあ、そういう人は大抵軽いタバコを吸っているからね。セブンスター派のわたしに言われたくないだろう。ところで最近そのセブンスターが変わったのはご存知だろうか?


 フィルターのところについているマークが上記のように変わったのである。★が無くなってなんだか安っぽくなったなあ。でも、まあこちら側は良いんだけどね。実際に安いタバコだし。問題はその裏側である。新しい方には数字が無いのだ。これは困る。わたしは、いったい何処までタバコを吸えば良いのだろうか?
 やい、JT。わたしがタバコの吸い過ぎになっても良いのか? 訴えるぞ! ってな、痴呆症の某国人みたいなことは言わないけどね。でも、この数字は大事だと思うんだけどなあ。この数字によって製造された工場と機械がわかるのだ。それがわからないと、タバコ製造者の皆様に感謝のしようが無いではないか。どちらを向いて頭を下げれば良いのだろうか?
 しかし、どうして数字を隠しちゃったのかなあ。まあ、密造タバコだということはないだろうけど、人には言えないところで作っているとかいうことではないよなあ。そこで作っていることがわかると、イメージが悪くて売れないとかね。

 まさか、あそこで作っているとか……

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99.10.27 アマゾンごめん

 調べてみたところ、仮面ライダーは、わたしが4歳頃に放映されていた番組のようだ。

 なるほど。4歳と言えば、この手のヒーローものに夢中になってしまうものなのだ。でも、あまりリアルタイムで観た記憶が無いのだ。再放送で観た印象の方が強い。うーん。4歳だからなあ。なにしろ4歳の頃のわたしときたら、因数分解もできないくらいバカだったのだ。テレビを観ても、右から左に抜けていたのかもしれない。
 それにしても、記憶が曖昧過ぎるのだ。仮面ライダーごっこをして遊んだ記憶はあるが、テレビそのものを観た記憶は、ほとんど無い。そうそう。仮面ライダーごっこは、当時かなりやり込んだ遊びである。よく近所の友達をよく改造したなあ。もちろん、相手は女の子である。お腹が痛いの? 手術しますよ。服を脱いでね。

 あっ、それはお医者さんごっこか。そうではなくて、本当に仮面ライダーごっこはやっていた。でも、金持ちの子供は、仮面ライダー変身ベルトなんていうのを持っていたんだなあ。当初、ベルトやマントは家庭用品で代替していたので、仮面ライダー役は持ちまわり制だったのだが、変身ベルトを持っているやつには適わない。変身ベルトを持っているやつが、いつも仮面ライダー役をやっていた。悔しくてしょうがなかったなあ。
 しばらくして、わたしも叔父にクリスマスのプレゼントとして変身ベルトを買ってもらったのだ。しかしその頃には、もう既に仮面ライダーごっこで遊ぶことがなくなっていた。それに買ってもらったのは、変身ベルトは変身ベルトでも「バロム1」の変身ベルトであったのだ。
 いや、結構モノは良かったんだけどね。重量感もあったし。ただ、バロム1は、2人が合体して1人のヒーローになるのだ。もう1人いないとバロム1ごっこにならないのだ。それに変身した時には、1人だけが戦う役になるのだ。必然的に1人は陰に隠れるなど、その場にいないことにならないと成立しないのだ。バロム1は、コンセプト的に面白い作品なので、観るのは良いけど、決してやるものではないのである。

 しかし、どうして仮面ライダーを観た記憶が無いのだろう。まさか、その時テレビが故障していたということはないだろうなあ。たとえばテレビに箸を突っ込んだりして壊してしまったとか。おいおい、そんなことをしたのは誰だ!? あっ、わたしか。
 いや、それだけではない気がする。当時テレビは一家に一台の時代であった。家庭において、わたしにはチャンネル権が無かっただけのような気がする。マイ父がいればナイター中継、マイ姉やマイ母がいれば歌番組、わたしはその間隙を縫ってしかテレビを観ることができなかったのだ。「それは再放送で観れば良いでしょ」という論理で押し切られていたような気がする。

 そんなわけで、仮面ライダーについては記憶が希薄なんだなあ。シリーズの中で、まともに観た記憶があるのは、仮面ライダーV3くらいなのだ。ライダーマンが弱かったという感想だけは、強烈に残っている。「将来V3になるのは難しいんだろうなあ。わたしは、せいぜいライダーマンになれれば良いところだろうか」なんてね。
 その後のシリーズも記憶が無い。V3の後の仮面ライダーXについては、まったく記憶が無い。あまり興味が湧かなかったのだろう。わたしの興味は、キカイダーやゴレンジャーの方にあったような気がする。あと、何故かレインボーマンなんていうのも観ていた。むしろ巨大モノのウルトラマンタロウ、アニメだとマジンガーZやゲッターロボなんかの方を観ていた記憶がある。

 そんな中でも仮面ライダーアマゾンについては、多少の記憶がある。「あーまーぞーんー」なんて、無意味に気張っていたような気がする。数回観ただけで「カッコワリイ」と言って、観なくなった気がするのだ。仮面ライダーアマゾンについては、格好良さよりも滑稽さの方が印象深かった。
 しかし、なんだろう。アマゾンの方には申し訳無いのだが、わたしは未だに「アマゾン」という単語を聞くと滑稽さを感じてしまうのだ。インドの次くらいにそう感じてしまう。実際、アマゾネスなんていうのも笑いの対象である。これは仮面ライダーアマゾンによって刷り込まれたモノなのだろうか。そもそも「アマゾン」という単語の響きがそうさせるのだろうか。それによって仮面ライダーアマゾンが滑稽であると思ってしまったのだろうか。

 いずれにしてもアマゾンごめん。

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99.10.26 大人ってなんて素晴らしい

 もちろん仮免ライダーという話ではない。

 仮面ライダーの話である。なぜならば、2輪教習において仮免など無いないからなあ。あったら恐い。やはり、教官が後ろに乗って路上教習の指導を行うのだろう。ようやっと一本橋が渡れるようになったライダーの後ろに乗るのだ。しかも、危険な運転をしたら、教官はすかさず急ブレーキをかけなければならないのだ。そんなことをしたら転倒必至である。2輪担当教官は、年に何度も入院するハメになるだろう。

 そういうわけで、仮面ライダーチップスの話だ。その昔、仮面ライダースナックというのがあった。おまけのカードを目当てに買う人が続出、一大ブームを巻き起こしたという伝説のスナックだ。この度、その復刻版が発売されることになったのだ。ただし、中味のスナックは当時不評だったため、ポテトチップスに変更されている。
 この話は、先週からテレビやぶちょたまによって知っていたのだ。欲しい。中味の量は少ないが、それは逆に小腹が空いた時に食べるには持って来いなのだ。おまけに仮面ライダーカードが付いてくるのだ。仕事中のおやつは、もうこれしかないだろう。しかし、今までわたしの良く行くコンビニには置いていなかったのである。今日ようやっと職場のコンビニで発見したのである。早速買った。

 ところで仮面ライダースナックって、そんなにマズかったかなあ。実はあまり記憶に無いのだ。妙に甘かったということはおぼえているけどね。子供は甘いほど良いのだ。もっとも、そんなに買ってもらえなかったからなあ。今まで何度も書いているが、わたしが子供の頃は、貧乏だったのだ。だから、たまに買って貰ったとしたら、全部食べ切っていたハズだろう。伝説のように、カードだけ取って中味を捨てるなんてことはしなかったのだ。
 わたしの周囲でもそんなことをする人はいなかった。たしかに、子供に甘い金持ちの家の子は、大量買いをしていた。アルバムを何冊も持っていた。でも、中味は捨てなかったのだ。なぜならば、わたしがそれを貰って食べていたからである。ちなみに、重複していたり、気に入らないようなカードが出た場合、それも貰っていた。わたしは、その時既にゴマのすり方を身につけていたようだ。

 しかし、物貰い人生はつまらないのだ。なにしろ、ラッキーカードを入手するという快感を得ることができないのだ。ラッキーカードまでくれるという人は、さすがにいない。ラッキーカードが無ければアルバムは貰えない。アルバムが無かったので、カードのコレクションは輪ゴムでまとめたりしていたのだが、これが非常にみすぼらしいのだ。わたしは、この時思ったね。いつかは大人になってやると。
 大人になれば、好きなだけ仮面ライダースナックを買うことができるのだ。それで誰にも怒られることが無いのだ。所謂「大人買い」というやつだ。憧れのアルバムを手にすることもできるだろう。嗚呼、大人ってなんて素晴らしいのだろう。これは大人になるしかないのだ。そして、わたしは、いつの間にか大人になっていた。

 ふふふ。今こそ積年の恨みを晴らす時が来たのだ。いや、別に恨んではいないか。とにかく、ここは大人買いをするしかないのだ。といっても、一度に大量に買うのもなんである。あれは、一枚、一枚、ラッキーカードかどうか、引いていくのが楽しいものだからなあ。やはり、ここは1個ずつ買っていくのが良いだろう。毎日仮面ライダーチップスだ。しかし、こんなことができるのも大人だからだ。いやあ、大人で良かったなあ。よくぞ大人に生まれけりである。

 というわけで、わたしは、もう少しだけ大人でいようと思う。そんなのも悪くない。

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99.10.25 コンタクトレンズで寿命が縮む?

 そういえば、最初にハメてから2週間以上経ったのだ。

 というのは、もちろんコンタクトレンズのことである。今回わたしが買ったのは、2週間使い捨てタイプのモノだ。煮沸の必要は無いけど、洗浄はしないとならないという中途半端な代物だ。まあ、中途半端なわたしにはお似合いさ。へへ。だって1日交換タイプのモノより、コストが安いんだもん。これでも紛失や破損の恐怖から逃れられるのと、2週間毎の交換ということで最低限の品質が保たれるのは、大きな魅力なのだ。

 そして、今日初めて交換したのだ。本来ならば、先週の水曜日に交換しなくてはならなかったのだが、今日まで引き伸ばしたのだ。それというのも、初日と週末は、4、5時間くらいしかつけていなかったからだ。2、3日くらい伸ばしても平気だろう。それに週が改まったタイミングで交換する方が、スッキリするではないか。って、どうやらわたしは、貧乏性である。
 今までつけていたのは、テストレンズだったのだ。コンタクト屋で度を合わせたり、装用感をチェックする為に使用するレンズだ。そのため、ちょっとだけ度がゆるい。といっても、1段階低いだけなので、ほとんど問題は無い。コンタクト屋のお姉ちゃんが「テストレンズ要りますか?」などと言うから、お言葉に甘えて頂戴したのだ。これで2週間分得をする。やはりわたしは、貧乏性のようだ。

 さて、そんな貧乏性のわたしであるが、今日から本来の度のレンズをハメるのだ。視界良好バリバリである。空気中の酸素分子と窒素分子すら見えそうな気がする。もっとも、それは無理だけどね。あんなに素早く動く分子を肉眼で確認するのは無理だろう。って、そういう問題ではないか。

 帰り道、ふと空を見上げた。夜空にはオリオン座が輝いていた。ふむふむ。コンタクトレンズを替えたせいだろうか、星が良く見えるのだ。そういえば、昔は星が見えるか見えないかで、視力を測っていたという話があったなあ。あれはオリオン座だっけ。今日は、良く見えるのだ。そのまま、しばらく夜空を見上げてしまった。
 しかし、わたしは他の星座をほとんど知らないんだなあ。そもそも星座には疑問抱くのだ。どの星をつなげるかっていうのも謎だし、そのつながりから人間やら動物やら物体やらを想像するのは、非常に困難である。かみの毛座に至っては、最早反則以外の何物でもないだろう。

 そんなわけで、オリオン座の他にはカシオペア座と北斗七星くらいしか知らないのだ。あと天の川が見えていれば、白鳥座はわかるかな。でも、それくらいだなあ。うーん。ところで、北斗七星は何処にあるのだろうか?
 見えないか。今は下の方に来ているのかな? うーん。まあ、東京(一応な)では建物の陰になって、下の方の星は見えないからなあ。それに空が明るいので見える星も限られている。2等星までが限界だろう。3等星は見えるだろうか?
 これで地方に行ったら、空一面に星が広がったりするんだろうなあ。6等星までバッチリかもしれない。コンタクトレンズも新調したことだし、今なら北斗七星の脇にある小さな星まで見えたりしてね。って、おいおい。それが見えたら死期が近いぞ。コンタクトレンズを新調したばかりに死期が早まるのはイヤだなあ。

 死兆星。って、わかる人が何人いるだろうか。

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TOTAL:1510 前月:1 今月:1 前日:1 今日:1


<みかん狩りオフミのお知らせ>

 日程は、11月3日(水)文化の日だ。場所は、横浜市営地下鉄線の中川駅。田園都市線あざみ野駅のひとつ隣である。集合日時などの詳細は後で決める。ちなみに入場料200円で温州みかんが食べ放題だ。みかん好きにはたまらないね。お持ち帰りは、1kg350円だ。この冬、こたつの友にどうでしょう。ちなみに、ここで採れるみかんは、皮も使えるノーワックスの優れものらしい。皆さん、どうでしょう? 取りあえず興味がある方は下のボタンをポチっとお願いします。最小携行人数は2名。

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99.10.24 ジャミラがあなたを見ている

 今日は、早速ガスファンヒーターとガスレンジのセッティングを行った。

 買ったのは昨日だから、早速という程でもないか。でも、昨日は帰ってきて晩飯の支度があったからね。ガスレンジの交換ができなかったのだ。ガスレンジを退かさないと、ガスファンヒーターのセッティングもできないのだ。というわけで、今日の昼間に作業したのである。
 ガスファンヒーターのセッティングは、あっさり終わった。簡単過ぎる。しかし、ガスコードって、あんなに簡単なつなぎ方で良いのだろうか。なんだか隙間から漏れそうな気がする。手でひっぱっても抜けないからには、正しくセッティングできているのだろうけどね。あまりにも簡単過ぎて気が抜けてしまった。

 ところが、ガスレンジの方はすんなりと行かなかった。しっかりとセッティングしているハズなのに火がつかないのだ。元栓は、ちゃんと開けている。もしかしてガスが漏れているのだろうか? 間違ってプロパン用を買ってきたのだろうか? それとも初期不良品なのだろうか?
 いくら調べてもわからない。そうか、わたしはガスレンジすら満足にセッティングできないやつだったのかあ。情けない。と、打ちのめされていたところに原因がわかった。ガスのホースの取り回しが悪くて、途中でつぶれていただけであった。これじゃあ、ガスが来なくて火がつかないわなあ。嗚呼、ビックリした。
 でも、このホース、今折れたせいで小さい穴が空いているということは無いよなあ。まあ、ニオイがしないから大丈夫だと思うけどね。でも、そろそろこのホースも古くなっている。明日、新しいホースを買ってきて交換することにしよう。

 さて、そんな作業をしていたら、すっかり汗をかいてしまった。いや、汗をかく程ではないか。しかし、今日の昼間は妙に暖かかったなあ。日がさし込んできてポカポカするのだ。皆さんは、そんなことなかったかな? まあ、暖かかったのは、昼ご飯がうどんだったということもあるかもしれない。

 しかし、こんなに暖かいとシャツを着替えたくなってくるのだ。このシャツは昨日からずっと着ているのである。そろそろドロドロになってきた。でも、後で出かけるつもりだ。どうせシャワーを浴びるだろう。着替えるならその時で良いだろう。脱いでしまっても良いけど、上半身裸で家の中をうろつくわけにはいかないからなあ。このまま着ていよう。
 まあ、マイ部屋の中だけだったら、上半身裸でも良いんだけどね。マイ部屋にいる時のわたしは、決して他人には見せられない格好をしていることが多い。そうでなくては、何の為のマイ部屋なのだ。というわけで、皆さんの日記を読んでいる時のわたしは、とんでもない格好をしていたりするのだ。あまり想像しない方が良いだろう。想像されると恥ずかしい。ちなみに、今日の昼間は、シャツが鬱陶しくてしょうがなかったのである。

 気がついたら、何故かジャミラになって皆さんの日記を読んでいた。


<みかん狩りオフミのお知らせ>

 ええと、その後、葉月さんとデート打ち合わせをしてきた。というのは、みかん狩りオフミの件である。昨日突如湧いてきた話で、今週くらいに打ち合わせをして決めようと思っていたんだけど、葉月さんが忙しいようなので、今日急遽打ち合わせをしてきたのだ。

 日程は、11月3日(水)文化の日だ。場所は、横浜市営地下鉄線の中川駅。田園都市線あざみ野駅のひとつ隣である。集合日時などの詳細は後で決める。ちなみに入場料200円で温州みかんが食べ放題だ。みかん好きにはたまらないね。お持ち帰りは、1kg350円だ。この冬、こたつの友にどうでしょう。ちなみに、ここで採れるみかんは、皮も使えるノーワックスの優れものらしい。皆さん、どうでしょう?

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99.10.23 もっとテレビに近づいて観ろ

 予定は変更された。

 結局テレビは買わずに済んだのだ。それというのも原因は、ビデオの故障だったからだ。リビングのテレビは、ビデオから電源を取っている。このビデオの電源が故障したようだ。支度して、いざ出発しようと思ったら、マイ母が言うのだ。

「ビデオもおかしくなったみたいだよ。だって、コンセントを抜いたらビデオの電源も消えたもん」

 ここで「?」と思ったのだ。調べてみたら、案の定、ビデオのコンセントが抜かれていているのだ。では、テレビのコンセントを直結したらどうなるだろう。問題無く映った。いやはや、自分で調べてみて良かった。これで買わずに済んだのだ。もう少しで、マイ母の言葉を鵜呑みにして買わされるところであった。もう、しっかりしてくれよ。とほほ。

 というわけで、マイ母には、特に出かける理由が無くなった。ストーブだけならば、わたし一人で買いに行こうと思っていたからなあ。しかし、既にマイ母は、入念にめかし込んでいたのだ。化粧に気合が入っているのだ。まるで、同窓会にでも出席するのかというくらいだ。電気屋にテレビを買いに行くだけだぞ。おい。
 せっかく、ここまでめかし込んだのに、このまま家でボーッとさせているのも悪いだろう。ストーブを買いに行くのを付き合せることにした。行き先はダイクマである。元々マイ母には、以前からダイクマに連れて行くように言われていたのだ。ちょうど良い機会だろう。

 やはり、ダイクマに来ると物欲が刺激されるのだろうか。テレビのコーナーを覗いていると、29インチでも小さいと言うのだ。その上というと、37インチか? おいおい、そんなものを買わされるところだったのか。桁が違うぞ。それは。25インチの5万円ので良いではないか。見にくかったら、もっとテレビに近づけば良いではないか。
 そして、ストーブのコーナーでのことである。わたしは、一番安いファンヒーターを考えていたのだ。寒さが厳しい時はエアコンを併用すれば良いのだから、それほど性能に拘る必要はない。1万6千円のものがあった。これで良いか。それとも、もうちょっと大きいのにするか。
 でも、難色を示すのだなあ。他のタイプも物色している。すると、2台だけガスファンヒーターがあった。うーん。ガスも良いなあ。22800円と27800円だ。ちょっと高いけど、買えなくも無い。ガスはランニングコストが安いしなあ。うーん。と、考えていたら、突然マイ母の目が輝き出した。

 どうやらマイ母は、灯油を入れるという作業が、よほど面倒だったようだ。マイ母の話を総合すると、ストーブを買うのに難色を示していた理由は、そういうことらしい。最早、説得するのは無理なようだ。仕方が無い。ガスファンヒーターにするか。
 わたしが22800円の方を見ていると、「こっちの方が良いよ。部屋の広さを考えると」なんて不満そうな声をあげるのだ。27800円の方でなければ許されない感じだ。しかも、良く考えたら、ガス管3500円が別途必要だ。これでは3万円を超えてしまうではないか。予算オーバーである。せいぜい2万円台で済むと思っていたのになあ。そのうえ、こう言うのだ。

「ねえねえ。もうひとつ欲しいものがあるんだけど。ガスレンジ。だって、不完全燃焼を起こしたりしているし、グリルのところが錆びて穴が空いているし、使うのが恐いのよねえ」

 おいおい。それは吹きこぼしたのを放置するからではないか。まったく、わたしが大事に使ってきたというのに、たった半年でボロボロにしてしまったのは、君だぞ。と言いたかったけどね。まあ、ガスレンジについては、さすがに買おうと思っていたところなのだ。仕方が無いだろう。どれどれ。
 ガスレンジのコーナーを見る。9800円の機種が3つある。まあ、この辺にしておこうか。と考えると、マイ母は他の機種を物色している。こっちの方が良いとかのたまうのだ。ちょっと待て、2万円台のモノなんて買う気は無いぞ。9800円のこいつで良いではないか。火力も4600kcalもあって充分だ。グリルの排気口もリアにある。フッ素コートで汚れもつきにくい。イマドキのトレンドを全て集約したような機種ではないか。

 まったく、もう。さすがにこればっかりは譲れなかった。それでも、しめて4万5千円の出費かあ。2万円近く予算オーバーである。まあテレビを買わずに済んだのだから、まだ良いけどね。だいたいマイ母は、贅沢が過ぎるのだ。なんでも良いもので揃えようとする。わたしの収入を考えてくれよなあ。わたしは、別に年収が何千万円もあるような大企業の幹部クラスじゃないんだぜ。
 どうもマイ母は、普段同年代の友達と付き合っているので、そういう錯覚に陥るらしい。マイ母の年代の人間は、裕福な暮らしをしている人が多いからなあ。社会人になっても、未だに親のスネをかじっているやつよ。良く聞け。

 親の面倒を見るっていうのは、大変なんだぜ。金が無いとか抜かすなよ。

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99.10.22 AではなくBとのことだ

 わたしは普段ブラをしない。

 なぜならば、わたしには必要無いからだ。したとしても、締め付けられて苦しいだけだ。必要無いならば、しない方が良いだろう。それに夏場になるとワイシャツから透けて見えるのが恥ずかしい。さらに買いに行くのも恥ずかしい。婦人下着売り場の傍を通らなければ場合など、非常に勇気が必要なくらいなのだ。顔が赤くなってしまい、まともに近づけないのである。こんなことではブラを買えるハズも無い。そういうわけで、自分のブラは一枚も持っていないのだ。

 そういうわけなので、自分のサイズがわからないのである。まあ、手ですっぽり覆い隠せるし、必要が無いくらいなので、たぶんAカップくらいではなかろうかと思っていたのだ。だから、アンケートには「Aカップだと思います」と正直に回答したのである。そうしたら、却下されてしまった。なぬっ?
 なんでもわたしは、寄せて上げればBカップくらいはあるだろうとのことだ。そうか。そうだったのかあ。わたしってば、Bカップだったのね。うーん。やはり調べてみないとわからないものなんだなあ。なんでも寄せて上げているうちに、段々とそのサイズになっていくとのことだ。Bカップになるべく応援されてしまった。ちなみに、この人はBカップ普及委員会の人らしい。うん。頑張るよ。

 しかし、頑張るのは良いとしても、問題はどうやってブラを手に入れるかだ。ほれ。さっきも書いたように、わたしって恥ずかしがり屋なのだ。普通のブラでも買えないのに、補正ブラなんてもっと買えないのだ。店員に胸を見られて、「この人、見栄張って大きく見せたいのね」なんて心の中で思われてしまうだろうなあ。そのうえ、「パッドが入っている方が良いですよね」なんて言われるだろうなあ。嗚呼、想像するだけで恥ずかしいのだ。

 というわけで、Bカップ用の補正ブラを持っている人に相談があるのですが……

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99.10.21 大事にしないとね

 幼い頃、わたしは理不尽な理由でよく怒られた。物を大事にしなさいと。

 うん。確かに物を粗末にしていたら、怒られてもしょうがないだろう。しかしだ。特別粗末にしていなくても怒られるのだから、理不尽である。どうやら、わたしには物を大事にしないというイメージが浸透しているようだ。そんなことないのになあ。
 おそらく3、4歳児の頃だと思われるが、一度テレビを壊したことがあるのだ。テレビに箸を突っ込んだのが原因だという。若い人は知らないだろうが、当時テレビといえば、20万円前後もする代物だったのだ。さらに今とは物価も違う。今で考えると、50、60万円くらいだろうか。平均的なサラリーマンの一ヶ月分の給料を超える。テレビが一家に一台の時代の話である。

 そんなテレビが突然壊れてしまったのだから大変だ。マイ母に至っては、テレビがほとんど唯一の娯楽であった。その娯楽を奪われたのだから、さぞやショックだったのだろう。なにしろ、この件に関して未だに言うからなあ。その後の消費活動において、散々つけ込まれるハメになった。
 何か買ってもらおうとしても、「あんたは物を大事にしないから」とダメを押されるのだ。いくら「あーん。大事にするからあ」と言っても、買って貰えないのだ。理不尽である。そんなの物心つくかつかないかの頃の話ではないか。
 さらに寿命で壊れたモノについても、「物を大事にしないから壊れるのだ」と怒られるのだ。いくら寿命であることを説明しても、「大事にしていれば、もっと長く使えたハズだ」と反論されてしまうのだ。ましてや、近所の悪ガキであるターやんに貸して壊されたモノまでも、わたしの責任にされたのだ。理不尽としか言いようが無い。

 ああ、その後の人生は、そんな理不尽さに負けずに頑張ったね。結果、マイ部屋にあるテレビは、見事21年モノとなった。壊れたら買い換えようと思っているんだけどなあ。でも、壊れないんだなあ。くっきりキレイに映ってしまうのである。これでは、モノを大事にするわたしとしては捨てられない。もしかすると、わたしは一生このテレビから離れられないのだろうか?
 そんな気がしてしまうのだ。21年ともなると、そろそろこのテレビに魂が宿っても不思議ではない。「捨てられたくない」、「意地でも壊れるもんか」と、けなげに頑張っているのかもしれない。そのうち、このテレビが喋ったりするのではなかろうかと思ってしまうくらいなのだ。……ん? わっ! 喋った!

「こんばんは、ニュースの時間です」

 なんてベタなオチにはしない。でも、このテレビでシーマンをやったら恐いだろうなあ。嗚呼、シーマンは、ちょっとやりたい。魂を持っているテレビも意外と良いかもね。なにしろ、このテレビにはリモコンがついていないのだ。「おい、8チャンネルにしてよ」とか言ったら、「はい、ご主人様」なんてチャンネルを換えてくれるのだ。便利そうである。後何年経ったら、そうなってくれるのだろうか?

 家に帰ると、なにやらリビングの雰囲気がおかしい。マイ母の部屋のテレビが、テーブルの上に置いてあるのだ。どうやらリビングのテレビが壊れたようだ。うん。実はここ半年くらい、その兆候があったのだ。何もしていないのに突然電源が切れることが頻繁にあるのだ。そして、とうとう完全に電源が入らなくなったようである。
 さあ、今こそ積年の恨みを晴らすのだ。リビングのテレビは、マイ母の管轄だ。大事に使わないから壊れるのだ。まだ5年しか経ってないんだぞ。もう買ってやらないからね。と言いたいところだけど、やはり言えないのである。その威圧感には、いつまで経っても勝てそうにないのだ。

 今週末は、石油ファンヒーターに加えて、テレビも買わないとならないようだ。

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99.10.20 わたしが予想する今年のストーブリーグ

 マイ母は、三部刈りである。

 昨日からめっきりと冷え込んできたのだ。先週までは結構暑かったのになあ。「暑さ寒さも彼岸まで」とは言うからには、おそらく一昨日が彼岸だったのだろう。今年は随分遅い彼岸である。線香をあげるのを忘れていた。てへっ。って、やっぱり違うか。ところで、どうして「暑さ寒さも彼岸から」とは言わないのだろうか? もっとも、わざわざこんな後ろ向きの言い方をする人はいないだろうけどね。

 それはさておき、これで決まったのだ。今週末はストーブを買いに行こう。これからの季節、ストーブが無ければ凍え死ぬことになるだろう。ええと、もちろん今までストーブが無かったわけではない。一応わたしの部屋には電気ストーブがあるのだ。わたしとしては、これで充分である。リビングにはストーブが無いが、その代わりエアコンがある。これで充分なのだ。

 と、言いたいところだが、暖房を電気に頼っていては、コストが高くついてしょうがない。なにしろ、春秋と夏冬では電気代が一万円以上違うのだ。電気代が高くなるだけならまだいい。マイ部屋とリビングの両方で暖房していると、ブレーカーがガンガン落ちるのである。それは困る。というわけで、今年の冬からは、リビングを石油ファンヒーターにしようと思っているのだ。
 そもそもマイ母は、エアコンの設定を強くし過ぎなのだ。気がつくと30度の設定になっている。その上、ホットカーペットを使おうとするのだ。さらに、テレビとコーヒーメーカーと電子レンジを同時使用するのだから、ブレーカーが落ちるのも無理はない。これでは安心してマイ部屋のストーブを使えないのだ。「弱」以上の設定にするのが躊躇われるである。まったく、マイ母の三部刈りには困ったもんだなあ。もとい、寒がりには困ったものである。

 さて、ストーブといえば、そろそろストーブリーグの季節だ。略して「ス・リーグ」である。ここで、FAやらドラフトやらトレードやらといった話を展開しても良いのだが、書くと長くなりそうなので、ヤメておこう。それよりは、わたしの考えたス・リーグである。わたしなりに予想してみたのだ。これである。

順位ストーブ名 勝点
1石油ファンヒーター 40113
2ガスファンヒーター 30211
3エアコン 31110
4電気ストーブ 2306
5石炭ストーブ 1403
6みやちょ 0500

 なんていうのは、いくらなんでもベタ過ぎるか。それにしても、みやちょは弱いなあ。全敗ではないか。1勝とは言わない。せめて勝ち点1くらい取らないとなあ。って、もっとも予想したのは、わたしだけどね。ここは予想を覆し、是非とも優勝してやろうではないか。わたしだって、カリスマ・ストーブの端くれなのだ。技術は確かだ。おうっ。わたしが温めてあげるぜ。もちろん女性に限るけどね。

 でも、無免許だったりする。

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99.10.19 マル秘股間処理大作戦

 ふと股間に目をやったら、シミがついていた。

 朝、駅に向かう途中でのことである。あっ、いや、違うのだ。所謂恥ずかしいシミではない。さすがにわたしも、駅に向かう途中で恥ずかしいシミができるようなことはしないのだ。股間には薄い茶色のシミがついていた。これは、おそらくコーヒーのシミだと思うのだ。たぶん、ミスドである。
 カップになみなみとコーヒーを注がれるとこうなることがある。席に運ぶまでの間に多少なりともこぼしてしまう。丁寧に運んだつもりでも、受け皿にコーヒーがこぼれていることがしばしばあるのだ。
 うっかりそのままコーヒーを飲もうとすると、カップの底についたコーヒーがしずくとなって落ちてくるのである。そのしずくがどこに落ちるかは運による。たまたま股間に落ちることだってあるのだろう。すなわち、この股間のシミは、そういうことだと思われるのだ。

 しかし、今朝、家を出るまで気がつかなかったとはなあ。まあ、それほど目立つようなシミでもないけどね。まあ、今は幸い上着を着ている。股間は上着の陰になって見にくいだろう。じっくり見ればわかるだろうが、イチイチ他人の股間を観るような人など滅多にいないハズだ。
 それでも、たまたま偶然目に入ってしまうこともあるだろう。そんな時は、どうすれば良いのだろうか。もし、美人OLがたまたま目にしてしまったら、それで尚且つ「いやあん。あの人、あんなところを汚しているう」なんて言われてしまったら、わたしはどうすれば良いのだろう。
 その場を立ち去ろうとする美人OLの手を握り、「いや、あのね。これはコーヒーのシミなんだよ。よく見てごらん。ねっ。だから決して汚くなんか無いんだよ。ほれほれ。ちょっと触ってごらん」という感じで弁明するしかないではないか!

 わたしには朝っぱらから警察に寄っているヒマはない。このシミは、なんとかしないとならないのだ。実際コーヒーのシミなど、ちょっと水で濡らして拭けば良いだけの話だ。完全には落ちなくても、ほとんど目立たなくなるだろう。
 しかし、水で濡らすとなると、乾くまでは却って目立つことになる。これでは特に意識していない人にも気がつかれてしまうだろう。乾くまでの10分少々の時間に、何人もの人とすれ違わないとならないのだ。多くの人に知られることになるだろう。
 だからといって、職場に着いてから、ゆっくり処理をするというわけにもいかない。職場では上着を脱ぐのだ。今よりも目立つだろう。そもそも、毎日顔を合わなければならない人にこそ、知られたくないのだ。明日から「股間が汚れた人」と呼ばれることになるからだ。そんな呼ばれ方はイヤだ。「おーい。股間が汚れた人、今から打ち合わせするぞ」だなんてイヤ過ぎるのだ。

 やはり、職場に着くまでに処理を済ませないとならない。どうするべきか冷静に考えた。まず長津田駅のトイレで、ハンカチを水で濡らして股間をキレイに拭く。タイミングを見計らって、できるだけ人がいないスキにホームに下りる。人とスレ違う瞬間は、カバンを持ちかえるフリをして巧妙に隠す。ホームに下りたら、既に待ち合わせている電車に、すぐさま乗り込む。乗り込んだら、壁際を向いて立つ。電車が溝の口に着く頃には乾いているだろう。名づけて「マル秘股間処理大作戦」だ。嗚呼、わたしってば、なんて戦略家なのだろう。

 まあ、「スタートレック」が「宇宙大作戦」だとしたら、こんなものは「極小作戦」だけどね。

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99.10.18 何で今頃気がつくのだろう

 駅のホームは黒山の人だかりであった。

 いったいどうしたというのだろう。まさか、このわたしが来るのを待っていたというのだろうか? おお、そいつは済まない。待たせたなあ。などというワケがない。わたしの位置がおとといの方だとしたら、皆はあさっての方を向いているのだ。では、なんだろう。ジャニーズ系のタレントでもいるのだろうか? といったところで、アナウンスがかかった。

「只今横浜線のダイヤが乱れております」

 この時は何が起こったのかはわからなかったけど、後でネットで調べたところ人身事故だったということがわかった。なんでも7時半頃に起こった事故らしい。現場検証等もあり、50分くらい遅れたようだ。わたしが乗る時間には電車は走り出していたのだが、それでもその後の運行に影響があって、電車は10分間隔になっている。しかも、混雑していて乗れないのだ。
 結局3本やり過ごした。そして、ようやっと、30分遅れで乗ることができたのだ。これでは確実に遅刻をしてしまうのだ。一応電話を入れておかないとなあ。と思ったが、あいにく今日は、手帳を持ってきていなかったのだ。ゲゲッ。職場の番号がわからないではないか。携帯のメモリに入っているかと思ったけど、それも無かった。なにしろ、普段はこうやって職場に電話をかけることが無いからなあ。不覚である。

 というわけで、今日は、もう午前半休にしてしまおうと思ったのだ。家で落ち着いてから、電話をかければ良いだろう。うん。いつもならばそうしていただろう。でも、今日は休めないのだ。なぜならば、10時から打ち合わせが入っているのである。この打ち合わせは、わたしの出席が必要であるらしい。やはり、このまま行くしかないのか。
 ええい。遅れてもせいぜい10分程度だ。これくらいの遅れなら、着いてから説明すれば良いだろう。駅で遅延証明書をもらって行けば文句は無いはずだ。とタカを括っていたら、遅延証明書が無いというのだ。遅延時間が長かったせいで、すっかり用紙が切れてしまったらしい。なにーいっ!? 
 では、いったいどうすれば良いのだ。なになに? 今日の夕方までには補充しておくので、帰りに取りに来てくれだと? うーむ。仕方が無いなあ。でも、ウダウダやっている間に、隣の東急ジャンボに行ってコピーしてくれば良いじゃないかなあ。まったく、もう。

 さて、ここで帰りに遅延証明書を貰い忘れたら、日記のネタになるだろうなあ。むふむふ。などと、ほくそ笑んでもいられない。大抵の事象については日記のネタになるべく行動するところだが、さすがにこれはマズいのだ。
 帰りは、忘れずに遅延証明書を貰って行かないとね。シャレにならないのだ。帰りの電車に乗る時には、頭の中で復唱することにしよう。遅延証明書、遅延証明書、遅延証明書……、赤遅延証明書、青遅延証明書、黄遅延証明書……、よし。なんてね。

 しかし、良く考えたら、成瀬でずっと待っているよりは、さっさと長津田まで歩いた方が早かったのではなかろうか。いや、これくらいの距離ならば、タクシーを使っても良い。バスという手もある。ああ、ああ、どうして今までこんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。そうすれば遅れないで行けたのになあ。失敗である。このことに気がついたのは、昼休みになってからであったのだ。

 そして、やっぱり遅延証明書を貰い忘れていたことに気がついたのは、たった今である。

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99.10.17 とか言いながら充分な量だ

 いやはや、今月は日記が長くて困るなあ。

 16日目までで既にファイルサイズが64kバイトを超えてしまっているのだ。特に意味の無いことなのだが、わたしは1ヶ月のファイルサイズを100kバイト以下に抑えたいと思っているのだ。それなのに今月は120kバイトを超えるペースである。絶対に100kバイトを超えるだろう。何日も前から抑えようとは思っていたのだが、昨日、一昨日と意に反して長いものを書いてしまったからなあ。マズい。今日こそは短く抑えるのだ。

 幸いにも今日は書くことがないのだ。今日は起きてすぐに昼飯を食べ、16時までFC東京対コンサドーレ札幌戦を観た。その後、昨日の分の日記を書いた。これが長くなってしまったんだなあ。書きあがったのは18時近くだ。その後、更新された分の日記を読んでいたら、もうサッカー五輪予選の時間である。これではホントに書くことが無いのである。
 こういう時は、普段から常々思っていることをネタにするという手もあるんだけどね。でも、そういうことを書き出すと、また長くなるんだなあ。やはり、今日は五輪予選の感想を書くくらいしかないのだ。サッカーファン以外にはつまらないだろうけどね。

 というわけで、五輪予選の感想である。今日は、日テレの放送なので心配していたのだ。また、セルジオ越後のトルシエに対するイヤミを延々聞かされるのかとね。この間も書いたけど、わたしはこれを聞いていると興醒めしてしまうんだなあ。しかし、今日は、それが無かった。むしろ、トルシエに理解を示しているような主旨の発言もあった。全体的には日本チームの実力を称え、多少の叱咤も選手に向いているものであった。
 なるほど。わたしの日記を読んで反省したのだろうか。態度が変わってきたような気がする。よしよし。って、まあ、セルジオ越後がわたしの日記を読んでいるとは思えないからなあ。まあ、多くのサッカーファンの意見を聞いて、修正してきたのだろう。
 結果としては、3−1の完勝だ。これで五輪出場は、ほぼ間違い無いだろう。うん。今日は、勝ちさえすれば何でも良いと思っていたからなあ。これで良いのだ。ただ、取られた1点が気の緩みからきたミスが原因であるところが気になる。さらに欲を言うと、前半戦無得点だったことも気になる。といったところだ。

 で、終わろうかと思っていたところにネタが降って湧いてきた。五輪予選を観た後、日記を書きにミスドに行ったのだ。わたしは、家で物書きするのが苦手だからなあ。ミスドに行って何を書くのか考えながら、フリーセルをちょろちょろとやっていた。嗚呼、今日はこんなことをしている時間は無いのだ。というわけで、ようやっと日記を書き始めたところで、声をかけられた。
 声の主は、わたしのパソコンに興味を示していた。まあ、適当に説明して日記を書く作業に戻ろうとしたのだが、話が延々と終わらないのだ。これが去年の10月19日に書いたようなケースならば無視するところであるが、別に悪意があるわけではない。むしろ好意的なんだなあ。話を切りづらいのだ。
 そのうちセールストークが始まった。この人は、損保の代理店をしているようである。なるほど、こうやって営業しているんだなあ。しかし、強引な勧誘ではないので断る理由も無い。それに営業トークもほどほどに、グチが始まるんだなあ。嗚呼、嗚呼、これでは日記を書く時間が無くなってしまうではないか。というわけで、このままじゃ埒があかないと、ミスドを出ることにした。家で書こうっと。

 しかし、わたしは、何の為にミスドに行ったのだろうか?

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99.10.16 厚底に信頼されてみる

 渋谷で鍋を食ってボウリングをして帰ってきた。

 終電である。ボウリングのスコアがあまりにも不本意だったのだ。もう1ゲームやりたいところだったけど、終電ということでは仕方が無い。もう1ゲームできれば、必ずや名誉挽回していたところなのになあ。ところで、新玉川線の最終長津田行きって、いつから0時15分になってしまったのだろうか。たしか前は、0時25分だと思ったんだけどなあ。危うく乗り遅れるところだった。

 ちなみに電車があるのは長津田までである。そして、わたしの家の最寄駅は成瀬である。長津田からは横浜線に乗り換えなければならないのだが、横浜線の電車は既に終わっているのだ。でも、長津田から家までは一応歩ける距離なんだなあ。25分くらいかかるけどね。もちろん最初から歩くつもりであった。ちょうど良い運動なのだ。というわけで、歩いて帰ったのだ。
 その道中のことである。長津田のラーメン屋には、未だに「冷やし中華」のノボリが立っていて唖然とした。という話はおいておこう。これはこれでネタにはなりそうだけどね。それよりも困ったことが起こってしまったのだ。5メートルほど前方をギャルが歩いていたのだ。と書くと、それは良いコトではないかと思う人もいるだろうが、それは違う。困ったことなのだ。

 なぜならば、夜道なのである。夜道において女性の背後を歩くのは、非常にイヤなモノである。たまたま帰り道が一緒というだけなのに、付け狙う怪しい人物と思われてはいないだろうかと気になってしまうのだ。突然ダッシュで駆け出されたりしたら、わたしの心は深く傷ついてしまうのである。わたしって、そんなやつに見えるかあ。
 もっとも気持ちはわかる。わたしにしても、やはり夜道を歩いていて、後ろをヒタヒタとついてくる男がいたら、ちょっと恐い。わたしの身体が目当てという可能性は非常に低いだろうけど、無いとは言えない。やはり不気味である。それに最近では、オヤジ狩りなんていうのも流行っている。突然バットで殴られて失明したなんていうニュースもあったくらいなのだ。

 しかも、終電が終わった後である。辺りは相当寂しいことになっているのだ。長津田から成瀬までを最短距離で行こうとすると、線路沿いの寂しい道を歩くことになるのだ。それなりに通行量がある道ならいざ知らず、人も車もほとんど通らない道なのだ。そのうえ、街灯が貧弱で20メートルも離れると影しか見えないような道なのだ。左側は線路、右側は一応住宅地なのだが、ところどころ途切れて林になっている。恐い道なのだ。
 こんな道では叫んだところで、誰にも聞こえないだろう。あっ、でも、歩いている途中、どこかの家からパフィーの鼻歌が聞こえてきたか。意外と聞こえるかもしれない。ちなみにパフィーの歌声は、男のものであった。高校生くらいだろうか。それにしても、間抜けな歌声である。という話は、今日のところは関係無い。置いておこう。

 まあこんな時は、遅めに歩いて先に行かせることにしているのだ。ところが困ったことに、そのギャルは、厚底ブーツを履いているんだなあ。一般に厚底ギャルは、歩くのが遅いのだ。それよりも歩調を遅くするのは、いかんともしがたいところである。抜いてしまえという話もあるけど、抜こうとしてこちらが歩調を速めると、向こうもビビって速歩きになってしまうのだ。いつまで経っても抜けない。競歩大会になってしまうのである。これでは余計怪しい行動ではないか。
 すぐに角を曲がるというのなら良いが、ここから成瀬方面までは、ほぼ一直線だ。おそらく前のギャルもわたしと同様の理由で成瀬方面まで歩いているのだろう。行程は、しばらく一緒だろう。これから20分も後ろをノロノロと歩いていなければならないのか。とほほ。

 などという心配をするまでもなかった。意外にも厚底ギャルは速かった。あっと言う間に10メートル、20メートルと差が広がった。むしろ速歩きをしてもついて行くのがようやっとな程だ。なんなんだ。あれは。ピッチは同じくらいであるが、歩幅が違うのだ。不気味なくらい速い。なるほど。厚底も極めると、むしろその長さの分だけ速く歩けるということなのか。まるで竹馬状態だ。
 しかし、このまま見えなくなるかと思いきや、いつまでも見えているのだなあ。20メートルほど差をつけたところでペースを落としたようだ。なんだ。わたしのことを恐がって、速歩きをしていただけということか。20メートルも離れれば安心ということか。ムムッ。ちょっと傷ついた。

 それでも少しずつ差がついてきた。やがて見えなくなるかというところである。すると、どうしたことだろう。ギャルは立ち止まるのだ。だんだん、差が詰まってくる。わたしのことを待っている感じなのだ。でも違った。10メートルほどにまで近づいたところで、また歩き出したのだ。そうしたことが3回ほどあったのだ。
 どういうことだろう。ちょっと考えた。おそらく、一人で歩くのが恐かったのではなかろうか。物陰に誰か潜んでいるかもしれない。特に右側には潜みやすそうな林がいくらでもいある。そんなところから、いきなり襲われたら大変だ。つまり、わたしの目が届くところから離れないようにしようということだろう。
 そうか。もしかして、わたしは頼りにされていたのか。見知らぬギャルから頼りにされていたのか。わたしが正義の味方に見えたということだな。そうかそうか。もし、君が襲われたら、身を挺して助けてあげようではないか。男冥利に尽きるというものだ。変な男に思われたかと落ち込んでいたけど、これで自信が回復したのだ。

 でも、ボウリングのスコアを思い出したら、また落ち込んでしまった。ずどん。

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99.10.15 日記とか、今日はエラそうに語ってみる

 そうそう。一昨日の日記は、久々に良く書けたと思うのだ。

 それに比べると昨日のはワンランク落ちる。悪くは無いと思うけど、満足がいくレベルではない。このところ、以前にも増して文章が下手になったからなあ。自分でも満足がいくモノが書けなくなってきているのだ。まあ、以前からそんなものは月に5、6本も書ければいいところだったけどね。最近では、月に1、2本というところにまでなってしまったのだ。やはり、日記を書いているせいだろう。すっかり文章を書くのが下手になってしまったのだ。

 そうそう。「日記を書くと文章が上手くなる」という人もいるけど、それは違うと思うんだなあ。現にわたしは、文章が下手になった。そもそも、毎日書くというのが間違っているのだ。しかも、あまり時間をかけないで書いている。粗製濫造の手抜きだ。つい、「こんなもんでいいや」なんて気持ちで更新してしまう。これでは上手くならないだろう。
 まあ、文章を書く時間が以前より短くなったなんていう人は要注意だろう。「以前より時間がかからずに、すらすらと文章が書けるようになったのだから、文章が上手くなったのだ」と勘違いしている人もいるけど、それは単に作業に慣れただけで、味気無い文章を機械的に書いているだけだ。魅力のある文章が書けるようになったわけではない。
 もし、ホントに文章が上手になりたければ、自分が過去に書いた日記を書き直してみると良いと思う。30本も書けば、それなりに良いモノと悪いモノができあがるハズだ。どのように書いたら良い文章になるか。文章が上手になりたければ、それをつかんでいくしかないだろう。

 ましてや、猿人に登録している日記書きには、「日記なんて真剣に書いてられない」とか、「手抜きをしようが自分の勝手だ」とか、「読者に媚びて何になる」とか、「面白く書こうとするのはあざとい行為」とか言う人がいる。結構いる。
 もちろん、それは正しいのだ。個人が日記に対して取り組む姿勢は、個人の事情によるものだ。ほとんどの人が文章が上手くなろうとして書いているわけではない。やいのやいの言うことではないだろう。但し、そういう気持ちで書いているならば、文章は上手くならない。わたしもそういうところがある。だから、文章が下手になったと思うのだ。

 まあ、それは良いんだけどね。しかし、「媚びている」とか「あざとい」なんて揶揄してしまうのは、どうしたものだろう。それって僻みだろうね。みみっちい言動だと思う。結局は、面白い日記を書いている作者に対して嫉妬しているだけだろう。たしかに、面白さを狙って逆に失笑をかってしまう日記もあるけどね。そんなのは放っておけば良いだろう。わざわざ書くまでも無いからなあ。
 ちなみに、わたしは沙実さんと思うところが一緒なんだなあ。昨日の日記は大いに支持します。そうそう。沙実さんの雑文コーナーは、なかなか良いと思います。あれくらい書ければ良いのではないでしょうか。充分読み物になっていると思います。ええ、ホメましたので、喜んでください。

 ついでに言っておくけど、またぞろ「ランキング上位の日記はつまらない」という話題が湧いてきたなあ。わたしは、猿人が100番台の頃から知っているわけだけど、その頃から定期的に出てくる話題だ。毎度のことでウンザリしてしまう。おそらく、ある程度長く日記を書いている人は、同じ思いだろう。
 もし、猿人に登録してから半年以上経っても、こんなことを考えているならば、ちょっと問題だな。半年経っても、まだランキングに拘っているのか。自分が良いものを書いていて、「面白いです」なんていう感想を貰っていれば、それで良いと思えてこないのだろうか。そもそも、ランキング上位の日記がつまらないなら、ランキング下位だってつまらないだろう。何が言いたいのだろうか?
 要は、自分の日記のランキングが低いのを僻んでいるだけだろう。まあ、中には本当に面白いものを書いている人もいるかもしれないけどね。でも、ほとんどが自分が面白いと思っているだけで、他人から見るとつまらないものを書いているだけなんじゃないか。もし、そんなに自信があるならば、ちゃろん日記よりも面白い日記を半年以上続ければ良いだろう。絶対にランキングが上がる。まあ、半年も続けられないだろうし、その頃にはランキングなんてどうでも良くなってしまうだろうけどね。

 たしかに、面白いけどランキング下位に埋もれている日記もある。わたしが今お勧めなのは、RAIN DROPだな。これは良いよ。絶妙な雰囲気を醸し出している。人物をしっかりと観察しているんだけど、悪くは書かないのね。優しい感じがする。なんだか、昔のかやすがさんに似たところがあって、ちょっとカワイイと思う。酒を使った色々なストーリーも良いと思う。派手さは無いけど、じっくり読むと味わいがある。古谷三敏の「レモンハート」といったところだろうか。うん。「RAIN」に行ってみたくなるね。

 今日は、なんだか偉そうなことを書いてしまったな。誤解されると困るが、わたしは決して自分の文章のレベルが高いとは思っていないのだ。まあ、お褒めを頂戴することもあるし、悪くは無いと思うが、威張れるほどのものではない。それというのも世間には、まだまだ文章が上手いやつがいくらでもいるからだ。そうした人を前にして自慢をするなど、とてもできないんだなあ。まだまだだ。

 たとえば、ぽいうだ。彼のことは昔から知っているのだ。以前からホームページを作って文章を載せろと誘っていたんだが、全然やる気が無かったのだ。それがどういったわけか、最近ようやっとインターネットに出てきたのだ。わたしとしては大変嬉しい。
 そうそう。それで、その昔、彼の文章を読んだ時、わかったのね。世間にはこういったものをあっさり書いてしまう人がいるんだと。それ以来、わたしは自分の文章の自慢などするものかと思ったね。
 文章読みが下手な人が彼の文章を読んでも、上手いのかどうかわからないかもしれないが、わかる人はわかるだろう。魅力が溢れる文章だ。衝撃を受けた人もいるだろう。ちなみに彼は、こういった文章だけではなく、その気になれば、また別なものも書けるのね。文章だけで勝負できるやつなのだ。まあ、わたしがどうこう言うよりも、まずは読んでみて欲しい。

 ああ、そうだ。ぽいうのURLを書くのを忘れていた。ここね。

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99.10.14 非科学的な終わり方をしない

 今朝の天気予報では雨が降ると言っていた。

 それをすっかり間に受けてしまったわたしは、慌てて折り畳み傘をカバンの中に詰め込んで家を出たのだ。ところが、職場の喫煙室の窓から空を見て思ったのだ。雨が降るだなんて、まったくの快晴ではないか。全然雨が降る気配が無い。わたしは、すっかり騙されてしまったのだろうか。抜けるような青空である。……ハテ?

 ところで、「抜けるような青空」の「抜ける」って、いったい何が抜けるのだろうか?

 今、なんとなく書いてしまったが、良く考えると困った日本語である。5W1H(5W2Hなど他にも色々説はあるが)が守られていないのだ。まあ、通常の文章であれば、文脈からある程度わかるものだ。必ずしも5W1Hが守られている必要は無いと思う。しかし、このように一文だけ抜き出されても理解しがたいのである。それでも必要な情報があれば類推することが可能である。しかし、それが書かれていないのだ。この場合、一番重要な情報は、「何が抜けるか」だろう。いったい何が抜けるのだろうか?

 やはり、「抜ける」と言えば、あちら方面を思い浮かべてしまうだろう。性的欲求を満たすこと。所謂「ヌく」だ。「このビデオで10回はヌけそうだね」と言った具合だ。しかしながら、青空でヌクことができる人はまずいないだろう。むしろ、爽快な気分になってしまうだけだ。性的欲求を解消しても、満たしたことにはならないのだ。
 もしかして、青空球児&好児の球児の方でヌくということだろうか。まあ、他人の嗜好にとやかく言うのは野暮というモノだが、ちょっとあんまりだと思う。少なくとも、これだけ一般化された言葉になり得るとは思えないのだ。だからといって、好児の方でもないのは言うまでもない話だ。げろげーろ。

 まあ、「食欲の秋」とは言うが、「性欲の秋」とは言わないからなあ。やはり、あちら方面のことではないようだ。いや、「スポーツの秋」とは言うか。って、話がややこしくなるな。ええと、ここは「芸術の秋」とも言うので、あちら方面は除外するのだ。芸術でヌいてはイケないのだ。別の説を考えることにしよう。
 一般的に「あなた抜けているねえ」などと言ったら、「気が抜けている」、あるいは「間が抜けている」といったボーっとしている様を表すものだ。ということは、眺めていると、つい我を忘れてボーっとしてしまうような青空のことを表現したいのだろうか。しかしながら、秋の空には似つかわしくないだろう。どちらかというと、春の空に相応しい表現だと思えるのだ。

 気ではなく、「毛が抜ける」というのはどうだろう。たとえば、核戦争の影響で死の灰が降ってきそうな青空だ。ええと、死の灰が降ってきそうなのに青空は無いか。いや、それでも、直射日光を浴びるような状態は頭皮には良くないだろう。青空の下にずっといたら、たしかにハゲるかもしれない。
 そもそも、秋は抜け毛が多くなりがちだしなあ。「ヘアケアは重要である」と言いたいわけか。なるほど。つまり、「毛が抜けるような青空」ということであったか。ふむふむ。「ペンタデカン馬肥ゆる秋」とも言うしなあ。って、全然合っていないではないか。それに馬肥ゆるに意味があるのか。くだらねえ。ってなことを延々考えながら、タバコを吸っていたのだ。

 天の怒りだろうか。夕方から雨がザーザー降ってきた。

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99.10.13 今日はバッグでイクのだ

 男が女のバッグを持つということは、どういうことだろう?

 ひと頃話題になったなあ。彼女のバッグを持たされている男ってなんだか情けない。その上、ヴィトンだのグッチだの女モノなのだから似合わないところが情けなさに拍車をかける。うん。わたしの場合、女性の「荷物」は持つけど、「バッグ」は持たないのだ。小指にひっかけても平気な重さのバッグを持つことに意味を感じないのだ。果たして、それでどれだけ楽になるのだろうか?
 むしろ、必要なものがすぐに取り出せなくて不便ではないか。また、バッグを持たずに手ぶらで歩くと不安を感じてしまうではないか。それに、もしバッグを落として中身を壊したり、汚してしまったり、あるいはどこかに忘れてしまったりしたら、どう責任を取ればいいのだろうか。大事なバッグは各自で責任を持つべきである。そもそも、自ら進んで女のバッグを持とうとするような男は、似非紳士だと言える。下心のカタマリのような男である。注意されたし。

 それというのもだ。バッグとは深層心理における女性器の象徴だからである。某姑さんの言うところによる「まんじゅう」なのだ。バッグには大事なモノを入れるのだ。触られたくないだろう。秘密のモノを入れるのだ。見られたくないだろう。いや、特に見られてマズいモノが入っていなくても、マジマジと見られるのは、なんとなく恥ずかしい感じがするだろう。
 この説がウソだと思うならば、自分のバッグを男に触らせてみると良い。隅々まで覗かれたりしたら、きっと性器を見られているような感じがするだろう。あるいはいじり回されたら性器を触られているような感覚に陥るだろう。もしそうでなければ、きっと鈍感なのだ。不感症かもしれない。男としても女性のバッグを触ったりするのは、ちょっと気が引けるものである。

 女が男に自分のバッグを持たせるという行為は、擬似セックスとも言えるわけだ。女性だって、おそらく好意をよせている人でなければ、自分のバッグを持たせたくないだろう。ある意味信頼関係があるとも言える。バッグを預けられるということは、「この人になら見られても平気だわ」というもんだ。上手くするとヤレるかもしれない。
 バッグに対してあまり警戒心の無い人は、誰に対しても許してしまうタイプだろう。バッグを持つことを強要するような人は、愛撫に関しても強要するタイプと見た方が良い。ましてや、それで「中を絶対に見るな」と言うような人は、自分主導で男には何もさせないタイプの人かもしれない。触って。でも見ちゃダメ。わたしの見たところ、龍宮城の乙姫様がそのタイプだ。

 などというHot-Dog PRESSみたいな眉唾話はこれくらいにして、今日の昼間のことである。今日の昼間は大変だったのだ。先日お伝えした通り、今日はサーバの引越しが行われた。作業そのものは業者が行ったのだが、一部のファイルにおいてパーミッションの設定が変わってしまったのだ。つまり、cgiの動作がおかしくなってしまったのである。昼休みは、携帯電話でネットに接続し、あたふたと設定を変更していたのである。寝るヒマが無くなってしまったではないか。

 しかも、昼飯を食べようと弁当を取り出したら、さらに大変なことが起こっていたのだ。マイ母ときたら、弁当のフタをきっちり閉めていなかったのである。しかも、今日の弁当は汁気が多かったのだ。汁だくである。弁当から漏れた汁で、わたしの机の上はすっかりベトベトになってしまったのだ。
 今日まで100円引きセールをやっている吉野家ではないのだから、弁当で汁だくはやめて欲しいのだ。そもそも、たとえ弁当のフタがきっちり締まっていたとしても、汁だくでは他のオカズと味が混じってしまうではないか。これがホントのカオズ状態。などとシャレてはいられない。全てが混じり合った珍妙な味のオカズを食べなければならないこちらの身になって欲しいモノである。ぷん

 すか。まあ、机については拭けば良いだろう。すぐさま拭いた。今朝駅でもらった魚民のティッシュが早速役に立ったというものだ。しかし、机は良いとしても、カバンが大問題である。案の定、汁がこぼれていやがった。中を触ったらしっとりと濡れていた。きっと何日かするとニオイがしてくるんだろうなあ。ヌレヌレでニオイがするなんて、……ハッ!

 やはり、カバンとはそういうモノらしい。

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99.10.12 白と呼ばれる男

 嗚呼、昨日はどうでもいいことにつっこんでしまった。

 そもそも、CMにつっこむだなんて大人気無いよなあ。と書くと、人気が無いみたいでイヤだなあ。ここは「大人毛無い」と書くことにしよう。うん。大人になると生えると言われる毛が無いと言われたら大変なのだ。反省することしきりである。小学生の頃には既に生えていたのに、こんなことで「白」呼ばわりされては困るのだ。もっとも「一索」呼ばわりされても困るけどね。わたしには立派な大人毛が生えているのだ。どうだ。見てみるかい?

 うりうり。というわけだが、やはりあのCMにはひとつ疑問があるのだ。あんな美人サービス調査員だったら、たとえ普段はぶっきらぼうな従業員でも、つい愛想を良くしてしまうだろう。これでは正確な調査は期待できないではないか。むしろ、やぼったく変装するべきではないだろうか?
 ……という話ではない。そうではなくて、「調査をしたとして、いったいどうするのだろうか?」ということだ。わたしにはそのことが非常に気にかかるのである。

 一般にガソリンスタンドは、個人経営が多い。JOMOだろうが、出光だろうが、日赤だろうが、スタンドそのものは個人経営だろう。おっと、日赤は個人経営ではなくて、日本赤十字社の運営か。じゃなくて、日石だな。うん。まあ、いずれにしても、石油会社の子会社ですらないハズだ。それでは、もし調査の結果、よろしくないという結果が出たらどうするのだろうか?

 経営が違うということは、態度のよろしくない従業員がいたとしても、クビにすることも減給等の処分も下せないだろう。それどころか、説教も命令もできないのだ。人事裁量権は、スタンド側にあって、ガソリン会社には無いということである。下手をすると越権行為になってしまうだろう。
 では、従業員ではなく、経営者へのペナルティということではどうだろう? ガソリンの供給をストップする。ガソリンの卸価格を割高にする。JOMOの看板を外すように命じる。しかし、社会通念上、よほど酷い状態でない限り、そのようなことはできないだろう。スタンド経営者にとっては死活問題になってしまう。明らかにやり過ぎだ。商法違反になってしまう可能性がある。

 ということは、結局、調査をするだけしてアクションは何も無しということか。これでは、まったく意味をなさないではないか。よほどのことが無い限りは処罰が無いとなると、すぐにナメられてサービスの質が低下するだろう。

 ねえ、JOMOの人。この辺はどうなっているのでしょう?

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99.10.11 テレビにつっこむ

 ええと、今日はウィンクの日なのだ。

 左ウィンクの日だ。相田翔子。そして1ヶ月後の11月10日は、右ウィンクの日だ。鈴木早智子。ああ淋しい熱帯魚。さらにその翌日の11月11日は、黙祷の日である。なーむー。といった感じの10月11日であるが、わたしはテレビでJOMOカップを観ていたのだ。うーむ。セルジオ越後が解説をしないサッカーは良いねえ。フジで良かった。この間のオリンピック予選もTBSで良かった。これが日テレだったら、セルジオ越後にうんざりしてしまうところだからなあ。

 辛口解説なんて言いながら、選手には大甘で監督批判ばかりなのだ。トルシエが指示したことを選手ができずに、マズい動きをしているだけのこと。それをあたかもトルシエがそんな指示したかのように解説して、批判するんだなあ。それを真に受けた人が「トルシエ下ろせ」とか言っちゃうんだなあ。叱咤するのは、まず選手だろうが。
 まあ、トルシエを解任しても、もっと優秀な監督が来るなら良いけどね。そんな優秀な監督は、もう既にどこかと契約されているだろう。世界中を捜したっていないよなあ。もし、今更岡ちゃんが復帰するとか言ったらどうするんだ? 目も当てられないよ。
 要は、露骨なブラジル贔屓のヨーロッパ嫌いだからなあ。これで監督がベンゲルだろうが、サッキだろうが、エメ・ジャケだろうが、絶対イチャモンを付けるだろうね。選手に関しても、ヨーロッパ出身選手を褒めることはしないからなあ。そもそも、何故日テレは、セルジオ越後を使うんだろう。日本のサッカーを潰したいのだろうか?

 そうかも知れない。日テレは、巨人の試合だけを放送していれば良いのに、余計なちょっかいを出してくるからなあ。日テレが放映権を獲得したらロクなことにならない。わかりやすいのが南米選手権だ。第2戦だっけ。昼間の試合だった為、深夜の録画放送になった。まあ、これは良いだろう。わたしも昼間は仕事をしていたから、深夜の録画放送で良いのだ。
 ところが、なぜか1時間の放送になってしまった。おいおいサッカーは90分間戦うスポーツだぜ。CMを挟むとなると2時間番組だろう。他の人気番組に押されるというならまだしも、深夜枠なんだから2時間やったって損は無いだろう。そのうえ放送の内容は、水着のねえちゃんをはべらかして、すっかり11PMノリだ。それでも1時間びっちり試合を流してくれれば良いけどね。試合の方は正味15分のダイジェスト版で、後の時間はセルジオがいい気になって言いたい放題しゃべっているだけだった。サッカーファンをナメているのか。まったく。

 もっと悲惨なのはWGPだ。去年までは、テレビ大阪が放映権を持っていたのだ。その週のレース結果はすぐに放送されるし、125cc、250cc、500ccの3つのクラスを順繰りに放送してレースが無い週も楽しめた。レースが無くても、GPライダーの日常生活に踏み込んでみたりで、日曜夜の楽しい番組であった。解説と実況も品が良くて好きだった。WGPは日本人が大活躍だし、人気スポーツになる可能性も秘めていた。
 それを日テレが横取りしたんだなあ。そして、放送時間は土曜の深夜3時で、月に一回程度だ。誰がそんな時間に起きているかっていうの。その週のレースだったらまだ良いが、放送するのは何週間も前のレースだったりする。つまらない上に、いつ放送があるかわからないではないか。日テレは余計なことをしないで、巨人戦だけ放送していろよなあ。

 ああ、そうそう。今日は、こんな話ではなかった。今日はJOMOカップというだけあって、試合の間にはJOMOのCMが流されていた。内緒でこっそり店員の質を調査するという美人サービス調査員のCMだ。ふむふむ。なんだか甘えん坊といった感じでカワユイ女の子だなあ。なかなか良いぞ。でも、メガネをかけるとキリッとして女教師風にするんだなあ。メガネは印象を大きく変える効果があるのだ。カワユイ顔をして悟られないようにしているのね。
 CMではトイレのチェックをしている。そうか。メガネをかけないと細かいところが見えないんだなあ。どこかに手抜きは無いか、メガネをかけてしっかり見るということか。ふむふむ。ということは、今までその良く見えない状態で運転してきたってことではないか?

 おいおい、最初からメガネをかけて運転しろよ。それは違法だってば。

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99.10.10 スポーツしたかい?

 10月10日である。目の日である。

 いや体育の日の方が有名か。しかしながら、何人かの人が書いていた通り、来年から体育の日は10月10日ではなくなるなるらしい。第2月曜日だっけか。必ず3連休になるようにしようということだ。でも、それっておいしいのか?
 わたしの場合、火曜日か木曜日が休みの時は、よほどのことが無い限り、それぞれ月曜日と金曜日を休んで4連休にしているからなあ。それが無くなるということだ。3連休よりは、4連休の方が良いのだ。水曜日に休みが来た場合は仕方が無いとしても、現行制度の方が良いんだけどなあ。

 でも、現行制度の場合、土曜日に休みが来ると無くなってしまうのか。それは困るな。しかし、そういうのは、年始年末やゴールデンウィークの穴埋めに使われるものだからなあ。まあ、穴埋めしないところもあるからね。その辺への配慮からなんだろうけど、だったら、土曜日に休みが来た場合は、前日の金曜日に振り替えということにすれば良いと思うんだけどなあ。
 それでも週休一日の会社の人は困るのか。でも、イマドキ週休一日なんて会社があるのかな。デパートの従業員とかは別として、土曜日出勤なんて法律で原則禁止にしちゃえば良いのに。土曜日出勤は休日出勤扱いということで、割増賃金を払わないとならないってね。それ以前に祝祭日は休みにならない会社もあるからなあ。その辺をどうにかした方が良いと思うなあ。

 というわけで、10月10日は目の日ということだ。わたし、これって好きなんだなあ。10を横にすると目の形になるからというおバカなこじつけ方。どうせ1年365日のどこかに割り当てなかったらならないのだから、理由なんてなんでも良いのだ。それならバカバカしい決め方で良いではないかという発想だ。遊び心があって良いよね。

 今日は所要があって恵比寿に行った。渋谷駅で乗り換えだ。JR渋谷駅のキオスクには、「あと32日」の看板が立っていた。「32」の部分がデジタル表示になっていて、切り替えられるようになっているのだ。毎日カウントダウンしているようだ。なんだ。その日は何があるのだ?
 よく見ると、「ポッキー&プリッツの日は、あと32日」となっている。ふーむ。それがどうしたのいうのだろうか? だいたいポッキー&プリッツに何か関連のある日なんだろうか?

 などと考えていたら、その横の方に変な看板があった。「平成(ポッキーの絵)(プリッツの絵)年(ポッキーの絵)(プリッツの絵)月(ポッキーの絵)(プリッツの絵)日は、ポッキー&プリッツの日です」だと。ああ、なるほどポッキーとプリッツの絵を「1」に見立てているのかあ。つまり、「平成11年11月11日はポッキー&プリッツの日です」ということだ。少々強引な気がするが、おじさんすっかりやられてしまったわい。

 しかし、この日はどんなことをやるのだろうか?

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99.10.09 昨日の日記には反響が続々と&お知らせ

 いやはや。昨日の日記に投票ボタンをつけ忘れてしまった。にょほほ。

 メール等で教えてくれた皆様、ありがとうございます。昼食を摂るため、更新報告をしてすぐにPCの前を離れたのでした。その後、テレビを観るなどダラダラして、再びPCの前に座ったのが3時間後、ええ気がつくのがすっかり遅れてしまった。また、この間で既に20通くらい空メールが届いていた。うーん。それにしても皆チェックが早いなあ。
 おかげで昨日は、投票数も少なかったようだ。まあ良いけどね。内容に憤慨してしまったいうことじゃないみたいだし。というわけで、昨日押さなかった人は、今日は2回押しておくように。って、2回押してもカウントされないから一緒だってば。

 それはさておき、五輪代表、勝ったなあ。良かった良かった。押し込まれてヒヤヒヤする場面もあったけど、結果的にアウェイで2−0なら良いんじゃないでしょうか。向こうのキーパーもわりと良かったし。下手なキーパーだったら、もう少し点が入っていただろうなあ。まあ、これで一番の山は超えた。後は、ホームでしっかりやれば大丈夫だろう。

 そうそう。で、お知らせ。ええと、サーバを引越します。現在このサーバはアメリカにあるんだけど、これが日本に置かれているサーバになります。miyacho.comのURLは変わらないけど、IPアドレスが変わります。今まで「209.196.43.121」だったのが、今度からは「210.166.241.85」になります。
 まあ、日本でアクセスされている方にとっては、伝送経路が近くなるということで、レスポンスが速くなることが期待できるでしょう。また、サーバ自体の性能が上がっているので、cgi等も早くなることが期待できます。miyacho.comは、快適な環境に生まれ変わる予定です。さらに悪化する可能性もあるけど。

 皆様にとってはどこが変わるかというと、猿人のリストには「つながらない時は」なんてIPアドレス指定のURLを入れていたんですが、これが変わります。IPアドレス指定のURLをブックマークなどに入れておられる方は変更となりますので、ご注意ください。
 サーバを引越しする日時は、13日(水)の7時から12時の間のいずれか30分間です。この時間帯にアクセスする方は、つながらない可能性があるので、ご注意ください。
 また、通常各DNSサーバが変更されるのには、ある程度時間がかかります。この為引越し後の数日間は、古い方のサーバにつながってしまうことが予想されます。前に読んだことがある日記が表示されることがあると思いますが、その時は猿人の「つながらない時は」のIPアドレスを書き換えておきますので、こちらの方をクリックしてみてください。

 空更新じゃないからな。

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99.10.08 ダジャレ師として

 今の仕事では、わたしの本来の能力が生かされることがないんだなあ。

 ご存知のように、わたしの仕事はソフト屋である。日常において、コンピュータのソフトウェアを作ったり壊したりするのが生業だ。もちろん、この仕事が向いていないというわけではない。むしろ向いている方だろう。しかし、この仕事は、セカンド・ベストであって、ベストとは言いがたいのだ。
 わたしの職業選びは、非常に安易であった。わたしは、中学生の頃からプログラムを組んでいた。キーボード付きのPCが一般向けに売られるようになった黎明期の頃である。元々できるから、アドバンテージがあるから、ソフト屋になったまでのことである。最初からプログラムが組めるならば、楽に仕事ができると思ったからである。現に仕事を身につけるのに苦労したことはない。しかし、もっとわたしに向いている仕事があるのではないだろうか?

「それならば、その向いている仕事に就けば良かったではないか」という意見もあるだろう。うん。できれば、わたしもそうしたかったのだ。ただ、そんな職業は存在しないのである。人より優れた能力を持っていても、それを生かせる仕事が無ければ意味が無い。まったく無意味な能力のサイダネを神様から授かってしまったのだ。ええと、何を言いたいかというとダジャレである。どうして、この世にはダジャレ師という職業が無いのだろうか?

 あっ……、ちょ、ちょっと帰らないでくれ。まだ話は終わっていない。そうなのだ。ダジャレというと、世間ではクダラナイものという認識が一般的である。しかし、それは思考停止の論理である。一般的にそう言われて信じ込んでいるだけなのだ。本当のダジャレは、そのようなモノではないのだ。

 ダジャレがくだらないと言われる理由のひとつに「誰でも簡単にできるから」というのがある。それはウソだ。本当のダジャレが作れる人は、あまりいない。そもそも和田勉やらデーブ・スペクターやらがダジャレの代名詞にされていること自体がおかしいのだ。たしかに、彼ら程度のダジャレは、誰にでも使うことができるだろう。
 しかし、あんなのはダジャレと呼ぶのもおこがましいマガイモノなのだ。なにしろ、技術に乏しい、オリジナリティが無い、必然性もストーリー性も無いのだ。たとえば、一時期「ボキャブラ天国」という番組が流行っただろう。本当のダジャレとはアレだ。芸人中心の後期のモノじゃなくて、素人投稿が中心だった初期のモノね。本当のダジャレであれば、多くの人が面白いと感じるハズなのだ。
 和田勉やデーブ・スペクターを見て、ダジャレがクダラナイと評するのは、間違いである。暴走族を見てバイクに乗っている人は不良だと言うのと同じことだ。あるいは、インスタントラーメンを食べて、中華料理を食べると身体に悪いと言うのと同じことだ。「シベリア超特急」を観て、「映画ってホントに良いものですね」と言うのと同じことなのだ。

 モノマネすることにより収入を得るモノマネ師というのがいるくらいだ。ダジャレ師だっていても良いではないか。もっとも、ダジャレ師は、芸人の世界の職業ではない。むしろ、コピーライターみたいなモノだと思った方が良いだろう。コピーライターは、商品に対して適したキャッチコピーを創ることで収入を得る。同様にダジャレ師は、ダジャレを必要とする場において、そこにある素材を元に適したダジャレを創作するのだ。
 ええと、ダジャレを必要する場なんてあるかって? あるのだ。たとえば、スポーツ新聞の見出し、AVのタイトル、コマーシャル……、いっぱいあるだろう。残念ながら、これらはそれぞれスポーツ新聞の記者、AV監督、広告制作担当者等が兼務しているのが実情である。日本には、プロとしてのダジャレ師が存在しないのだ。
 それならば、スポーツ新聞の記者や広告制作担当になれば良いではないかと思われるかもしれないが、わたしの場合、向いているのはダジャレだけで、それらの職業で必要とされる他の能力には欠けているような気がするのだ。特にAV監督は無理だろう。わたしは肉体労働には向いていないのだ。「好きなだけでは仕事はできない」という典型的な例である。

 今日こんな話をするのもだ。とあるTVコマーシャルを見たからである。ここ数日前から流されているものだ。先月くらいには予告CMもあったが、ここに来て、いよいよその思いが強くなってきたのだ。つまりアレだ。「TOSOSIN」だ。今月より社名が「QUOQ(クオーク)」に変わったアレである。
「TOSOSIN」といえば、ダジャレのコマーシャルで有名だ。いや言葉遊びだけに留まらず、その社名を使って様々なアイディアのコマーシャルを創ってきた。そのコマーシャルは、最早何をしている会社なのかわからないほどの出来であった。
 これこそ、まさにダジャレ師の仕事である。その「TOSOSIN」が何故社名を変更したかというと、おそらく「TOSOSIN」ネタが尽きたからだと思われるのだ。「TOSOSIN」は、本業よりもコマーシャルの方にアイデンティティを求めていたのだろう。

 もし、ダジャレ師がいたら、もうしばらくは社名を変更しなくて済んだに違い無いのに。

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99.10.07 こんなことでは地球を救えない

 昨日のおまけ日記にはかなりの反響があったのだ。もうメールが続々と。

 いや、全然続々ではなかった。空メールはともかく、内容に言及されているのは、たったの一通だけであった。Subjectが「怪光線?」なんていうメールが届いたのだ。しかし、このメールにはなんだかトゲがあるぞ。ムカつくのだ。ええい、こんなメールはヘッダごとこの場に公開してやるのだ。ザマミロ。

Received: from miyacho.din.or.jp (ppp06-615.din.or.jp [210.173.251.46])
	by ms1.din.or.jp (8.9.3/3.7W) with SMTP id VAA25005
	for ; Thu, 7 Oct 1999 21:49:52 +0900 (JST)
Message-Id: <199910071246.AA00138@miyacho.din.or.jp>
Date: Thu, 07 Oct 1999 21:46:19 +0900
To: miyacho@din.or.jp
Subject: 怪光線?
From: miyacho@din.or.jp (みやちょ)
MIME-Version: 1.0
X-Mailer: AL-Mail32 Version 1.01
Content-Type: text/plain; charset=iso-2022-jp
X-UIDL: 62d5689793d82df170946cd31b54921f

ねえねえ。みやちょさんって、ホントに眼から怪光線が出るんですか?
すごいですねえ。
どうやって、やっているの?
今度見せてよ。
それにしても、怪光線を出せる人っているんですねえ。
人間じゃないみたい。
あっ、そうかあ。みやちょさんって人間じゃなかったんだあ。
こわいこわい。

んじゃね。

 いったい差出人は誰なのだ。って、良く見たら差出人は、わたしではないか。何が「今度見せてよ」だ。ここにいるではないか。まったく。ああ、いやはや。そうなのだ。あまりにも寂しかったので、自分宛にツッコミメールを出してみたのだ。ということは、結局一通も無かったということではないか。何が「続々」なのだ。自作自演というのは、かように虚しいモノである。

 それはさておき、自分で書いていてアレなのだが、怪光線とはいったいなんだろう? 開高健でないことはたしかだ。もちろん蟹工船でもない。わたしは化け物ではない。そのようなモノは眼から飛び出ることはないのだ。やはり光線と名のつく限りは、電磁波の一種であることには間違い無いだろう。可視光線だろうか?
 生物には光を発するものがある。わたしも生物の一種であるから、可能性は無くはないのだ。遺伝子が変異して、進化の過程上にある生物の遺伝子が活性化してしまうことだってあるのだ。いわゆる先祖返りというやつである。人間の進化の過程上に発光する生物がいれば、充分可能性があるのだ。

 光を発する生物といえばホタルが有名だ。ホタルは体内にルシフェリンという物質を作り出す。ルシフェリンがルシフェラーゼという酵素によって酸化される時、この化学反応によって、物質内の電子がエネルギーをもらい励起状態になる。そして、これが基底状態に戻っていく時、エネルギーを放出し発光するのである。
 しかしながら、これでは光っているだけだ。眼が光ったとしても、吃驚するだけでダメージを与えることはできないだろう。そもそも漫然と光っているだけでは、特に光線とは言いがたいのだ。ここはやはりレーザー光線が出ていると考えるべきではなかろうか。「穴が空くほど見つめる」なんていう言い方もあるくらいだ。レーザー光線ならば、そのイメージにぴったりである。

 レーザーにも色々ある。コンサートの演出に使われるモノや離れたポイントを指し示すためのモノなど、殺傷能力がほとんど無いものもある。CDなどもそうだった。物体に穴を空けるには、それなりのエネルギーが必要だろう。では、どれくらいのエネルギーが必要なのだろうか?
 成人男性が一日に摂取するカロリー量は、2000kカロリーから2400kカロリーである。ちなみに1calとは、1ccの水を1度上昇させる熱量である。2000kcalということは、その200万倍、たった1ccの水ではあるが、200万度まで上げることができるのだ。
 レーザー光線も、穴を空けるだけなら極小さな面積に当てるだけで良いのだ。その分エネルギーが集中していれば良いのだ。それに200万度も必要ない。その100分の1でも充分過ぎるくらいだろう。それによく考えたら、その辺のモノに穴を空けるくらいのエネルギーも無ければ、日常生活で歩くこともままならないではないか。なんだ。意外と可能な数字である。

 しかし、問題はどうやってレーザー光線を出すかだ。レーザー光線とは波長と位相を限りなく揃えることで、拡散することなくエネルギーを照射できる光線である。発光については、先ほど書いたルシフェリンを使うという手があるがあまりにも弱い。ここは電気による方法を使いたい。電気うなぎのように強力な電流を発生させる生物がいる以上、人間の進化の過程上にも強力な電流を発生されせる生物がいて、その遺伝子が組み込まれていないとも限らないのだ。
 レーザー光線には、ルビーや炭酸ガスや半導体によるものが一般的だ。これらに電圧をかけることで一定の波長の光を発振することができる。たとえば、わたしの眼がルビーでできているといたら可能な話だ。それに眼がルビーで出来ていたとしたら、「あそこにいる貧乏な人にこの眼をプレゼントしてあげてください」とツバメさんに頼むこともできる。なんて便利なんだろう。これならば一石二鳥だ。

 しかしながら、眼がルビーで出来ている生物はいない。炭酸ガスや半導体でできている生物もいないだろう。しかしながら、眼には水晶体というものがあるのだ。水晶でも発振することは可能だ。クォーツである。水晶体というからには似たようなものだろう。これで同一波長の光線を出すことは可能だ。後は位相を揃えるだけである。
 位相を揃える際には、鏡を筒状にして囲むという手がある。しかし、そのようなことをしなくても、眼球内の反射で揃えてやれば良いだけの話だ。ほぼ球体の眼球ではあるけど、凝視しようとすると偶然にも位相が揃ってしまうということだ。後は、レンズで調整すれば良い。

 なんだ。わたしもやればできるじゃないか。これで怪人をバッタバッタと倒し、悪の組織と戦うのだ。地球の平和を守るのだ。普段はメガネをかけて、いざという時にメガネを外すのだ。そして、眼からレーザー光線を発射するのだ。普段はメガネをかけているなんて、なんだかスーパーマンと被っているぞ。OH YEAH!
 しかし、ひとつ盲点があった。メガネもコンタクトレンズをしていないわたしには、焦点を合わせることが適わないのであった。せっかく、レーザー光線を発しても、焦点があっていなければ意味が無い。エネルギーは、すぐに拡散されてしまう。せいぜい数メートル離れた敵をほのかに温める程度だろう。敵に与える影響は、血行が良くなるくらいのものだ。敵を健康にしてどうするのだ。

 やはり、わたしには地球を救うだけの力は無かったか。すまん。

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99.10.06 昼間から酔っ払って仕事する男

 そして、ポロポロと涙が止めど無く流れてきたのでした。

 昨日家に帰ろうとした時、突然眼が痛くなった。強烈である。なにしろ眼を開けていられないのだ。かといって、眼を閉じてもいられないのは言うまでもない。それでは何も見えないのだ。悲しくて眼を開けたら、荒野に向かう道より他に見えるものが無かったりするのだ。嗚呼、砕け散る運命の星達よ。というか、コンタクトレンズがおかしくなったのだ。

 でも、これって去年の12月に買ったものである。まだ一年も経っていないのだ。こんなに早くダメになるものだろうか。日曜日にはたんぱく質除去を行ったので、汚れがひどくなってゴロゴロするといったことも無いはずだ。おかしいなあ。と思って、家に帰って入念にチェックしたところ、コンタクトレンズに小さな穴が空いていたのだ。
 まるで、針で刺したかのような小さな穴である。びろーんと広げてみて初めてわかるくらいの大きさだ。でも、こんな小さな穴がまた痛いんだなあ。小さな穴だからといっても、決して侮ってはならないのだ。もし、このコンタクトレンズがコンドームだったら、必ずや避妊に失敗してしまうというものだ。それは大変だ。決して侮ってはならないのである。

 それにしても、こんな簡単にダメになってしまうとはなあ。やはり保険をかけておけば良かったか。このコンタクトレンズを買った時、店員さんに熱心勧められたにも関わらず、2000円をケチって保険をかけなかったのだ。それまでは保険をかけていたけど、ほとんどが2年以上もっていたのだ。保険など勿体無い。
 でも、そういえば、前々回買った時も保険をかけなかったんだなあ。すると一年でダメになったのだ。保険をかけなかったのは、この2回だけなのに2回とも一年もたずにやられている。もしかすると、保険をかけた時は長くもつのに、保険をかけない時に限ってすぐダメになるということだろうか。わたしにはマーフィーの法則が適用されているのかもしれない。

 それにしても困ったのだ。今日つけていくコンタクトレンズが無いのである。これでは仕事にならないのだ。なにしろ、わたしはコンタクトレンズをしていないと、モノがよく見えない人間なのだ。って、当たり前か。だから、コンタクトレンズをしているのであった。てへっ
 ちなみにわたしは、コンタクトレンズをしていないと、モノを見る時、思わず凝視をしてしまうクセがある。それはもう眼から怪光線が出てきそうなくらいの勢いなのだ。これでは、美人OLをチラっとだけ見るつもりだったのに、怪光線を浴びせてしまうかもれない。もし、それで不幸なことが起こったら、親御さんになんと言って謝罪をして良いのだろうか。

 美人OLの親御さんに対して謝罪するのは大変なので、今日はちょっと早く帰ってコンタクトレンズを買ってきたのだ。今回は使い捨てタイプのモノにしてみた。ああ、また余計な出費が……
 それで、コンタクトレンズを買うまでの間はどうしていたかというと、実はメガネをかけていたのだ。うん。メガネは一応持っているのね。ただ、メガネは夜間屋内にいる時にだけすることにしている。外ではあまりかけたくないのだ。
 なぜならば、わたしは結構強度の近視だからである。しかしながら、わたしのメガネは、たった6000円の安物メガネなのだ。当然一番安いレンズである。安いレンズなのに無理して度を強くしているせいで、視界が歪んでいるのだ。近くを見るだけなら良いけど、遠くを見るとつらいのだ。そのうえ美味しいモノ食べることが許されないのである。メガネが落ちちゃうからね。

 困ったものだなあ。そもそも家にいる時は、5メートル以上遠くのモノを見ることが無いから平気だけど、職場では数十メートル先を見ることになるのだ。さらに外を歩くと数百メートル先を見ることになるのだ。歩く時も感覚がつかめなくて、ふらふらと千鳥足になってしまう。まるで酔っ払いだ。というか、ホントに酔っているんだなあ。うぃーっ。って、酒を呑んで嗚呼イイキモチって方ではなくて、車に酔った時の酔い方なのだ。嗚呼キボヂワリィ。ゲロゲロ。
 しかも、視界の端の方が歪みまくっているのだ。視界の端の方では直線が曲線に見えるのである。モニタを見ていると球面モニタになってしまうのだ。モニタを見続けていると、非常に眼が疲れてしまう。フラットタイプのモニタでようやっと通常のモニタというくらいなのだ。まるで魚眼レンズでものを見ているようなのだ。ああ、お魚になった、わっ……、たっ……、しっ♪

 などと歌ってみたところで、決して気分が良くならないし、若者はついてこれない。

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99.10.05 ノロケ話に割り込んで済まないが

 朝テレビをつけたら、サッチーが不起訴だとか言っていた。

 ミッチーは涙を浮かべて憤慨している。「国民の皆様に申し訳無い」ですと。わたしには別に申し訳無くないなあ。不起訴で良いだろう。ばあさま同士の争いに国家機関であるところの検察の手を煩わせる方が申し訳無いと思うがなあ。あの程度の学歴詐称なんて選挙違反においては、せいぜい立ちション程度ものだろう。国民の一大事とは到底思えない。
 有権者を集めて封筒に金を入れて渡したり、対立候補の根も葉もない噂を怪文書で流したり、対立候補に立候補を取り止めるように脅迫したり、会社等の組織を使い投票を強要したり、対立候補の娘を強姦し、それをビデオに撮って脅したり、そこまでやっていれば別だけどね。実際に、そういうことをしている人がいるからなあ。検察は、そういう類の捜査に使ってほしい。

 サッチーは、「聴講生として2、3回授業にしたくらいで留学とはいえないような代物でした」と検察官に供述したとか。ええと待てよ。でも、それって留学経験ありで良いんじゃないのか。中身はどうであろうと、一応留学だろう。コロンビア大学を卒業ししたとか言ったらウソだろうけど。不起訴で妥当ではないか。
 そもそも、性格が悪いだの、暴言に腹が立っただの、金を払わなかっただの、そんなことが発端なのだから、せいぜい民事裁判で争うべきものだろう。国民に対して重大な損失になるからではなく、単に「警察に捕まって良い気味だ。ザマミロ」という仕返しをしたいから告発をしただけだろう。

 ところで、インビテーション・スチューデントという言葉については議論を呼んだなあ。聴講生を英語でそれらしく言って誤魔化そうとして思ったんだろうなあ。うーん。でも、インビテーションでは、わかりにくいだろう。どうせなら、ここはテンプテーションを使えば良かったのに。「誘惑生徒」と漢字で書いて「テンプテーション・スチューデント」とルビを振る。AVのタイトルみたいで良いね。
 ええと、いや、サッチー本人が主演だったら困るけどね。ほれ、主演がカワユイ女学生で、それが悩ましい視線で男を誘ってくるの。後は組んずほぐれつ何人も同時に絡み合い……、ってダメ? ああ、誘惑ではなくて、招待の意だっけか。

 続いては、横山ノックの話だ。セクハラの件ね。まあ、実際のところは、どうだかわからないけどね。ただ、頭が悪いよなあ。いや、中身じゃなくて外側ね。世間では、「ハゲはスケベである」ということになっているのだ。みんな、どうしても「本当はやっているのではないか」という意識が拭い切れないのではないだろうか?
 いったい「彼に限って、セクハラなんてするはずがない」と信じきっている人がどれだけいるだろうか。やはり「今回の件はともかく、横山ノックならやっても不思議ではない」と考えてしまうだろう。これでは不利である。
 まあ、髪がふさふさでもエッチっぽい人はいるけどね。というか、ホモセクシャル以外の大抵のオヤジはスケベだということになっているだろう。せいぜい2枚目で、かつ真面目そうな俳優くらいだろうなあ。セクハラをしそうに見えない人って。たとえば、神田正輝とか……、あっ、ってダメじゃん。やっぱり。数ヶ月前までなら良かったのに。

 ええと、そんなわけで、できればハゲない方が良いと思うのが、わたしの意見なのだ。

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99.10.04 真昼の盲点

 その昔に書いたことがあるが、わたしは昆布茶が好きである。

 わたしほどの昆布茶好きは、滅多にいないだろう。おそらく日本でも有数の存在ではないだろうか。もし、代ゼミの模試の順位が、昆布茶がどれだけ好きかで決まるならば、必ずや成績優秀者リストに名を連ねるだろう。そして先生からは、事ある毎に「みんなもみやちょを見習うように」とか言われたりするのだ。
 しかしながら、ここで有頂天になってはイケナイ。世間には、わたしより遥かに上を行く昆布茶好きがいるかもしれないのだ。昆布茶をバスクリンに見立てて風呂に入れているとか、身体中に昆布茶の粉をまぶし昆布茶プレイを愉しんでいるとか、そういう人だっているかもしれないのだ。わたしも日々精進あるのみである。

 まあ、そんなわけで、わたしは昼に弁当を食べる時に昆布茶を欠かさないのだ。ところが先日より困ったことになってしまったのである。なんと職場のコンビニで、昆布茶の在庫が切れてしまったのだ。しかも、かれこれ2週間以上も補充されていないのである。うーむ。昆布茶って需要が無いのかなあ。去年の12月に在庫が無くなった時も、やはりしばらく補充をしなかったのだ。売れ筋商品なら即効で補充されるハズだからなあ。みんなももっと昆布茶を飲もうぜ。そして、昆布茶ブームを巻き起こそうぜ。
 それにしても、このコンビニでの昆布茶の売れ行きはどうなっているのだろうか? わたしは、ほぼ2週間に一回の割合で買っているのだ。もしかしたら、去年の12月に仕入れたのが2ダース(=24個)ということはないだろうなあ。もしそうだとしたら、ほぼわたしだけが購入していることになる。なんだかこれだけ欠品期間が続くと、そんな気がしてくるのだ。一回仕入れた昆布茶が無くなったら、しばらく入荷されないということね。こんなに長く欠品状態が続いたのは、去年の12月以来だからなあ。
 もし、ここのコンビニで昆布茶を購入しているのがわたしだけだとしたら、このコンビニの利用者数千人のうち、昆布茶が好きなのはわたしだけということになる。それならば、代ゼミの模試の成績優秀者リストに載るだろうというのも、あながち間違いではないかもしれない。

 今は次善の策として、弁当を食べる時には緑茶を飲んでいるのだ。緑茶はサントリーのティーバッグのモノである。260円で20個入り、かなりリーズナブルである。昆布茶の代替品としては、かなりイケている方だろう。うーむ。これからは緑茶派に転ぼうかなあ。って、この程度の思い入れでは、わたしの昆布茶好きも言う程ではないな。こんなことでは、全日本昆布茶好き選手権大会で勝ち抜くことは難しいのだ。いかんいかん。

 まあ、そんな大会は無いから良いとして、問題はティーバッグである。ティーバッグというのは、便利なようで慣れていないと大変なことになるのだ。それというのも、うっかりすると、ティーバッグの手に持つ部分をお湯の中に落としてしまいそうになるのである。
 カップにティーバッグを入れポットからお湯を注ぐ、この時、ポットの水流に糸が巻き込まれてしまうのだ。黙って見ていると、見事にポトンとお湯の中に落ちてしまう。実は、わたしも一度そんな失敗をやらかしたことがあるのだ。まあこの時は弁当タイムであった為、冷静に箸ですくって事無きを得たけどね。
 しかし、これが弁当タイムでなかったら、いったいどうしろというのだろうか? お湯は熱い。指で直接すくうとなると、火傷は必至である。それはイヤだ。では、どんなに濃くなろうともティーバッグを入れたまま飲むしかないのか。それもイヤだ。すぐに飲み干すしかないのか。それもイヤだ。火傷しないくらいに冷めるまで待つのか。それもイヤだ。諦めてお茶を捨てなければならないのか。それもイヤだ。手垢の付いたボールペンですくわなければならないのか。それもイヤだ。

 イヤだイヤだばかり言っていても解決にはならない。要は、最初からそんなミスをしなければ良いのである。お茶を入れる時には細心の注意を払うのだ。というわけで、わたしは、ついに失敗しないティーバッグの入れ方を編み出したのである。お湯を注ぐ時、糸を指にからめておくのだ。そしてしっかりと抑えるのだ。これで、もう大丈夫なのだ。
 でも、昆布茶だったら、こんな注意をしなくても、粉を入れてお湯を注ぐだけなんだけどなあ。ティーバッグも便利そうで、意外と面倒な代物なのだ。と、思いながらシミジミお茶を飲んでいたところに、ふと思ったのだ。嗚呼、そうか。

 カップにお湯を注いでから、ティーバッグをお湯に浸ければ良いじゃん。盲点。

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99.10.03 アンチ・アンチ

 というわけで、今日はマウスとMOを買ってきた。

 メディアバレーである。ダイエー優勝記念セールは終わっているので、ヨドバシでもソフマップでも良いのだけど、なんとなくメディアバレーに行ってしまったのだ。うーん。ヨドバシやソフマップでポイントを貯めた方が得なんだけどなあ。まあ良いか。ちなみにメディアバレーでは在庫整理品の特価品が売れ残っていたみたいで、まだ「ダイエー優勝記念セール」と称して売っていた。まあ、無理して買うほどのモノじゃなかったけどね。
 そうそう。書くのを忘れていた。中日ドラゴンズも優勝おめでとう。って、別に書く義務はまったく無いんだけどね。バーゲンが行われるダイエーの優勝と違って、わたしにはまったく関わり合いが無いのだ。まあ、しかし、ダイエー優勝おめでとうと書いたからには、公平を期すということです。
 うん。星野監督も御夫人を亡くされたところに優勝できて良かったと思う。身体が悪い御夫人の面倒をみるために監督を引き受けることを渋っていたら、御夫人は「わたしのことは良いから、監督として頑張って優勝してね」と言ったとか。まあ、そんなストーリもあるわけで、今シーズンに関しては、御夫人との約束が果たせないまま監督解任もあったわけで、中日が優勝できて良かったと思うのだ。

 それはともかく、このところ、ひとつ思っていたことがある。というのも、ああ、ええと、その前に。今日のおまけ日記は、特に面白い話ではありません。しかも長いので読む人は、覚悟するように。

 で、わたしは、プロ野球でどこのチームが優勝しても、全然感動が無いんだなあ。だからと言って、別に野球が嫌いというわけではない。小学生の頃は、ドカベンを熟読したり、毎日のように草野球をしていた程で、わりと好きなスポーツなのだ。ところが今は、野球にあまり思い入れが無いのである。
 それというのも、特定の球団のファンになることが躊躇われるからだ。会社の同僚、上司、友人、恋人、夫婦……、このような関係の中でそれぞれ好きなチームが違うと非常にやりにくいだろう。まあ、それぞれが自分の好きなチームを語り合うだけなら、全然問題が無い話ではあるけどね。

 ところがプロ野球ファンの多くは、自分の好きなチームを語る時、自分が嫌いなチームを貶すから困ってしまうのだ。たいした理由も無いのに、クソミソに言ったりする。特に「アンチ巨人」という人にその傾向が強い。おそらく、仮に選手や監督が巨人とそっくりそのまま入れ替わったところで同じように巨人を貶すんだろうなあ。それで理由は、単に巨人だからというだけだったりする。
 もっとも、それはJリーグにも言えることだけどね。だから、わたしはJリーグには特にファンと言えるチームが無い。でも、サッカーの場合、日本代表チームがあるから良いのだ。代表チームについては、素直に応援できる。まあ、中にはアンチ日本代表みたいな人はいるけど、極めて少数派だろう。安心して代表チームを応援することができる。それに代表チームを応援する場合、別に他のチームを必要以上に貶したりする必要もない。現にわたしは代表チームを応援するだけで、特定の国の代表チームに対してアンチということはない。

 わたしは、わたしの応援するチームが貶されると、きっとイヤな思いをするだろう。イヤな思いをするだけならまだしも、正面切って応援することさえも憚れるだろう。たとえば、巨人のファンになったとしたら、アンチ巨人の人とは野球の話ができないだろう。そういうわけで、わたしは特定のチームのファンにならないようにしている。精神衛生上からの理由だ。
 だから、どこのチームが勝とうと構わないのね。個人に対しては、「この選手はすごいなあ」、「頑張って欲しいなあ」なんて思う。良い選手は、どこのチームであろうと良い選手だと思う。しかし、チームに関してはどうでも良いのだ。好きな選手が多いチームを好きになっても良いけど、どうせ年数が経てば選手は入れ替わるのだから意味が無い。プロ野球が国内だけで閉じたスポーツである限り、それほど真剣に観ないだろうなあ。野球もワールドカップをやれば良いのに。

 まあ、それにしてもアンチっていうのは、性格が悪いと思うなあ。応援するチームが勝って欲しいからという理由ではなく、単に負ければ良いと言うのだのだ。たとえ、アンチのチームが勝つことで、自分の応援するチームが上位に行けるとしても、負けることを願ったりする。それで負けると「ザマミロ」みたいなことを言って嬉しがっているのね。他人の不幸を願うみたいで、非常に性格が悪いと思うんだなあ。
 アンチの人は、自分の性格の悪さについて自覚は無いのだろうか。というのも、先週あたりの日記を読んでいると、アンチ巨人的な記述がいくつかあったからだ。まあ、アンチ巨人的な記述は定常的にあるけど、特に先週は多かった。シャレになっていなければ、冷静な解説にもなっていない。この手のことを書いた人達は、巨人ファンが読んだらイヤな思いをするという発想が無いのだろうなあ。

 まあ、嫌いなものは嫌いでしょうがないけどね。ただ、別に日記に悪口を書く必要は無いだろうと思うのだ。日記は単に自分のストレスのハケ口でしかなく、様々な人が読みに来るという発想が欠けているのではなかろうか。まあ普段から他人に対しての配慮が欠けたガサツな人なんだろう。
 昔からある議論に「日記に自分の素直な感情を書いて何が悪い」というのがある。あまつさえ、「書きたいことが書けないようでは、何も書けなくなってしまう」という人もいる。まあ、これについては、取りあえず否定はしない。しかし、アンチ話はそういうモノじゃないだろう。これって他人に対してイヤな思いをさせても書きたい程、大事なことなのだろうか?

 いや、まあね。別に書いても悪くは無いのだ。言論の自由がある以上、大抵のことは書いても良いのである。この手のことを書く時は、人に対してイヤな思いをさせているだろうことを自覚していれば良いのだ。巨人ファンなんていくら傷をつけても構わないというつもりで書いていればね。ただ、そうとは思わず書いていたとしたら困ったものだ。おそらく多方面で反感を買っていると思った方が良いだろう。まあ、余計なお世話かもしれないが、自覚していないんじゃないかと気になったのでね。
 もし、そんなアンチの人が他人に「みんな仲良くしようぜ」とか「ケンカするなよ」なんて言っていたら頭を抱えてしまうな。他人から悪口を言われて憤慨していても、同情はしないな。それで「傷ついた」なんてナイーブぶっていたら、自分の感情ばかり押し付けるわがままなやつだと思うな。ましてや「思いやりを持とう」だなんて道徳的なことを言ったら笑ってしまうな。まあ、自分が言いたいことを言う以上は、他人から何を言われても仕方が無いだろうね。

 まあ、わたしの場合、巨人についてはどうでも良いけどね。ただ、日記でアンチ巨人と言っている人に対しては、そもそも性格的に問題があって、野球以外の別なことでイヤなことを言われるんじゃないかと考えてしまうんだなあ。そうそう。ほぼ同様の理由で、アンチ・マイクロソフト的な文章は、わたしにとって苦手というか読むに耐えないものが多い。その9割方は、偏見や言いがかりや余計なおせっかいであるのに、書いている本人は正しいと思いこんで書いているからなあ。

 まあ、わたしは、アンチのアンチであるということです。

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99.10.02 実は復活作業中

 いやはや、ダイナブックの復活作業をしていたのだ。

 一度は復活させたものの、まだ不良クラスタが存在していたようだ。この間、携帯電話用のモデムのドライバをインストールしたら、起動しなくなったのである。不良クラスタにシステムファイルを書き込んでしまったのだろう。スキャンディスクをかけても復活しない。ファイルの修復が完全にできなくなってしまったようだ。しかも、Windowsのインストールファイルまでイッちゃっているようなのだ。お手上げである。
 まあ、それでもなんとか復活させたけどね。何度もスキャンディスクをかけ、何度も不良クラスタにパッチをかけ、何度もレジストリチェッカでレジストリを復活させ、Step-byでドライバを最小限にしてなんとかWindowsを起動し、システムファイルチェッカでシステムファイルを復活させ、ネットワークにつなげるようにして、バックアップファイルをかけ、Windowsのインストールファイル他を作り直し、またシステムファイルチェッカをかけたのだ。

 って、読んでいる人の中には、何を言っているのだかよくわからないと人もいるだろう。わたしも混乱してしまうほど苦労して、ようやっと復活させたのだ。エアコンをかけずに作業していたから、部屋の中は30度を軽く超えていただろう。汗だくで作業をしていたのだ。すっかり疲れて果ててしまったのである。

 まあ、今はなんとか安定している。でも、将来的に不良クラスタになりそうなクラスタも存在するし、安心できないのである。まだ保証も効くことだし、修理に持って行った方が良いんだろうなあ。でも、データが消えしまうのが困るのだ。いや、バックアップを取っておけば良いのはわかるんだけどさ。それが面倒というかなんというか。
 いや、たしかにここらで一発クリーンインストールをしたいところなのだ。だから中身をさっぱり消してしまうのも良いだろう。今までにも何度か復活させている関係で、不要なファイルがいっぱいあるのだ。既にアンインストール済みのファイルをバックアップから戻してしまったりしてね。

 まあ、面倒だけど仕方が無い。メール関係、ここのコンテンツ関係、その他データの類は、当然バックアップを取るとする。アプリケーション関係は、設定が変わってしまうから、ホントはバックアップ取りたいところなんだけど、まあバックアップを取るのは一部に抑えて残りはあきらめるとする。ブラウザのブックマークを忘れなければ、なんとかなるだろう。
 問題は、ICQなんだなあ。これは色々とあるので、消したくないのだ。ICQを他のマシンで動かすようにするには、どうしたら良いのだろう? ダイナブックからGATEWAYにそのままICQを移行する。ダイナブックを修理に出す。戻ってきたら、GATEWAYからダイナブックに再度移行する。という手順を踏みたいのだ。誰か知っている人、教えて。

 うーん。GATEWAYもディスクがいっぱいになってきたからなあ。MOにバックアップを取るとするか。バックアップするファイルを選んで、分割すればなんとかなるだろう。となると、MOを買ってこないとなあ。それからマウスの調子が悪くなってきたのだ。中を空けて、直接棒を回しても反応しなくなってきている。センサーの調子が悪くなってきているのだろう。これも買ってこないとなあ。うーん。ダイエー優勝セールの時に買っておけば良かった。

 それから連絡事項ね。今PC関係でゴタゴタしているのでメールの返信等の愛想が悪いです。

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99.10.01 食生活におけるオヤジについて

 住宅街を歩いていると、カレーの匂いがしてきた。

 ここの家は、今晩カレーなのだな。ガウーッ、ガウガウ。嗚呼、腹が減ったねえ。何か食いたいのだ。と、この時、突然この間のテレビのことを思い出してしまったのだ。って、なんだかこの書き出しは、前に読んだことがあるような気がするなあ。まあ、それは気のせいというもんだ。ファイルが変わったので気がつく人もそういないだろう。ガウーッ、ガウガウ。

 それにしても、カレーの匂いというのは、香ばしいものだなあ。食欲が湧いてくるのだ。これがカレーのカレーたる所以である。毎日でも食べても良いという人もいるくらいだ。たとえばインド人である。やはり彼らは、毎日カレーを食べているのだろうなあ。インド人の身体からは、カレーの匂いがしてきそうだ。なるほど、するとインド人は食人鬼に要注意である。
 翻って、我が国の邦人は、どんな体臭がするのだろうか。なんでも、外人によるとほのかに醤油の匂いがするらしい。やはり、食べたものが体臭に影響するようだ。すると、お菓子ばかりたべている女子高生は、お菓子の匂いがするのだろうか。甘い匂いか。いや、ここは是非ともフルーツを食べて欲しいね。甘酸っぱい香りだ。青春。うーっ、食べちゃうぞ。ガウーッ、ガウガウ。って、それは終わったってば。

 問題はオヤジである。そう、何ヶ月か前には日記でもその話題が流行っていた。なんでもオヤジには独特のニオイがあるとのことだ。「バカくさい」とか比喩としてのオヤジ臭いじゃなくね。わたしは、よくわかんないけどなあ。まあ、たしかに臭いオヤジはいるけどね。酒臭かったり、汗臭かったり、樟脳臭かったり、ニンニク臭かったり、カエル臭かったり……
 でも、それらはオヤジ特有というわけではないだろう。そうではなくて、オヤジにしかない特有のニオイがあるとのことだ。そんなことをテレビで言っていたのだ。フジのニュースである。八木亜希子が出ている夕方のやつね。この間、テレビをつけていたら、その話題が流れていたのだ。

 テレビの画面には、オヤジ臭いという評判のオヤジ一人と不美人OL数人が同じエレベータに乗っている場面が映し出されている。で、オヤジがエレベータを降りた瞬間、不美人OL達は臭いと顔をしかめるのであった。うーむ。テレビで思いっきり顔を出して、本気で臭いと言われるなんて、観ていたらなんだかオヤジが可哀想になってきた。
 しかし、オヤジは普段何を食っているのだろうか。よほど変わったモノを食べているのだろうか。たとえば、レバニラ炒めとかを毎日食べているとか。うーむ。それならば大変なことになるだろう。

 と言いたいところだが、問題は食べ物ではないらしい。なんでも、40歳を過ぎたあたりでそれまで分泌されていなかった類の脂肪酸が急に分泌されるようになるらしい。それが空気に触れて分解するとノネナールという物質が生成されるらしい。それがニオイの原因だとのことだ。最近資生堂の研究室でこのことが解明され、ノネナールに対して消臭効果がある製品が作られ、販売されているとのことである。
 ちなみに、テレビの出演者がノネナールのニオイを嗅いだところ、「?」という感じだった。あまり悪臭というわけではないようだ。特に八木亜希子などは、「なんだか懐かしい匂い、そんなに嫌いじゃない」と言っていた。うーん。この辺のおおらかさが八木亜希子の良いところだな。男にモテる天性のモノだろう。あの不美人OL達は、過剰反応のような気がする。性格悪そうだなあ。だから、不美人OLなのね。

 まあ、それは良いのだが、問題はそのニオイの名称だ。資生堂の研究員は「加齢臭」と命名したというのだ。平仮名で書くと「かれーしゅう」、片仮名で書くと「カレーシュウ」、いや平仮名と片仮名の両方で書く意味は無いな。それはともかく、資生堂の研究員は、なんでこんな名前にしたのだろう。カレーのニオイは、香ばしくて食欲をそそる良い匂いなのだ。それをオヤジのニオイと一緒にしてしまうなんて。カレー教団の人に命を狙われても知らないぞ。

 ところで食べ物が体臭に影響するというと、SM嬢の体臭は……
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