99.09.30 食生活における女子高生について

 住宅街を歩いていると、カレーの匂いがしてきた。

 ここの家は、今晩カレーなのだな。ガウーッ、ガウガウ。嗚呼、腹が減ったねえ。何か食いたいのだ。と、この時、突然この間のテレビのことを思い出してしまったのだ。女子高生の話だ。ガウーッ、ガウガウ。といっても、女子高生を食べるという話ではない。それでは食人鬼ではないか。ガウーッ、ガウガウ。もちろん、比喩としての「女子高生を食う」という話でもないのかもしれない。ガウーッ、ガウガウ。

 なんでも最近の女子高生は、まともな晩御飯を食べず、お菓子などでお腹を満たしているそうだ。ハンバーガー等のファ−ストフードも含む。うーん。「それは良くないのだ」、「そんなので大丈夫なのか?」、「ちゃんと御飯を食べなさい」と、テレビの出演者が強い口調で言っている。うん。わたしもそう思う。
 しかし、それって女子高生だけの話だろうか。よく考えてたら、独り暮しの学生、サラリーマン、OLも似たような食生活だ。料理がまったくできないのに単身赴任させられたおじさん達もそうだろう。それどころか、ちょっと前に流行った話題では、家事をまったくしない主婦っていうのもいるようで、そこの家庭では、やはりそんな食生活なのだ。殊更、女子高生を捉まえて説教するほどの話ではないと思う。さては、女子高生に説教していい気になりたいだけだろう。おまえら。

 それというのもだ。テレビでは、渋谷センター街をうろちょろしている女子高生に千円札を渡し、「これで一発どうだ?」と言うのだ。それはさすがに女子高生も安いと怒るだろう。じゃなくて、「これであなたの晩御飯を買ってきてみてください」と言うのだ。で、案の定、女子高生達は、ハンバーガーやスナック菓子を買ってきていた。中にはクレープという人もいた。
 まあ、たしかにこれらを晩飯と考えるならば、ひどい話だ。これを見てテレビの出演者は、口々に女子高生に対して非難をしていた。中には、「コンビニの弁当でも怒るところだが、まだ許す。ハンバーガーなんて買ってきたやつは、ぶん殴ってやりたいね」などという人もいるのだ。

 しかしながら、思うのだ。渋谷のセンター街で何を買えというのだろうか? よく考えて欲しい。渋谷には食事をするところはいくらでもあるが、御飯を買うようなところはほとんど無いのだ。まあ、東急の食料品売り場もあるけどね。しかし、大根や人参や玉ねぎや生の豚肉を買ってきてもしょうがない。ここには調理する場所が無いのだ。これらを生でボリボリ食べるなんていう女子高生がいたら、即刻女子高生をやめていただきたいのものである。
 まあ、コンビニの弁当が一番マシだろう。あるいは牛丼屋の弁当か。しかし、買ってきた弁当を外で食べるには、恥ずかしいものがある。センター街のど真ん中で歩きながら食べるなんてできないだろう。男だってイヤだ。座って食べるような公園もちょっと遠い。自然とこれらのモノを選んでしまうのは、ある意味当然の結果ではないだろうか。女子高生に説教したいだけのワナだろう。出演者も、そんなワナに気がつかないで怒るなよなあ。

 そもそも、渋谷で千円の晩飯っていうのが無理がある。まともなモノを食べようとしたら、どうしたって千円以上かかるだろう。千円で食べられるといえば、牛丼、カレー、ラーメン、そば、うどんといったところだろうか。なんだかサラリーマンのおっちゃん向けのモノばかりだなあ。ちなみに、これらのモノだけを食べても、腹は満たせるだろうが、栄養が偏るのは否めない。サラリーマンのおっちゃんも女子高生を笑っていられないというもんだ。

 もし、このテストをきっちりやろうと思ったら、渋谷のセンター街では無理だろう。その女子高生の家の中でやると良いと思う。ちなみに渡す金額も千円じゃダメだ。肉1パックでも500円前後するのだ。千円では難しい。一週間分の食費として1万円を渡すのだ。それでもって、「これで晩御飯を用意してほしい」というのだ。
 そう、言葉も重要である。「買ってきて」というとニュアンスが変わるので、「用意して」という言葉を使うのだ。それから、女子高生の家族は、いない方が良いだろう。妙なプレッシャーがかかるからだ。もし、これだけやってお菓子の類を買ってきたら、その時に怒ろうではないか。

 おそらく料理が多少なりともできる人だったら、カレーになるか、ハンバーグになるか、それとも本格的な日本料理になるか、フレンチになるか、まあ何ができるかわからないが、その人なりに自信があるモノを作るような気がするのだ。たぶん、そういう女子高生の方が多いはずである。それでもって、「さあ、召し上がれ」なんて言われた日には、もう……

「その前に君をいただいちゃうもんねえ」というもんだな。ガウーッ、ガウガウ。

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99.09.29 みんながわたしのことをバカにする

 月曜日は、朝からボケていたのだ。

 そもそも、普段からパンツを前後逆に穿いたりするくらいボケているみやちょなのだ。ましてや4連休明けの月曜日などは、その粗忽ぶりに余計拍車がかかるというものである。エレベータに乗った。6階で降りるつもりが、気がついたら何故か7階にいた。……なんていうのは序の口である。大卒であれば、幕下付けだしというところだ。こんなのは、おまけ日記のネタにもならないというものだ。

 昨日の朝のことである。駅までテクテクと歩いていた。ミスドの前を通り過ぎた時、ふと駐車場に目がいった。今日は、朝から結構な数の車が駐車しているなあ。なんだろう。工事関係者が朝食でも摂っているのかな。1BOXの車が多いのだ。あのタウンエースは、わたしの車とまったく同じ型だなあ。色も同じだ。ご丁寧に似たようなステッカーまで貼っているのだ。うーん。どんなやつが乗っているのだろうか?

 そして昨日の帰りである。玄関の扉を開けると、マイ母が血相を変えて飛び出して来た。

「あっ、あんたっ! 車どうしたの? 無いよっ!?」
「えっ! ええーっ!!」

 たしかに駐車場に行ったら、停まっているハズのマイ車が無いのだ。まさか盗まれたのではなかろうな。まだ相当なローンが残っているのに、11月には旅行に行くというのに、もし盗まれたのだとしたら、いったいわたしはどうすれば良いのだろうか?
 日曜日に車に乗った時には、キチンとカギを掛けたハズだ。たしかにわたしは粗忽者だが、その分何度もカギを掛けたか確認するやつなのだ。5mほど歩いては、また戻って確認。そんなことを何度も繰り返してしまうのである。日曜日も確認した記憶がある。カギの掛け忘れなどしていないハズなのだ。それなのに車が無くなっているとは、これはプロの犯行だろうか?

 落ち着け、落ち着け。まずは最後に車に乗った時のことを考えよう。でも、なんだか思い出せないのだ。日曜日はカギをかけて降りたハズだが、なんだか確信が持てなくなってきたのだ。昨日はみや千代日記を書いた後、サッカーネタ+αでおまけ日記を更新していたら、すっかり寝るのが遅くなってしまったのだ。寝不足のせいだ。頭が冴えないのである。
 サッカーネタは簡単に書けると思ったら、意外と時間がかかったのである。ええと、そうだ。月曜日は、真っ直ぐ家に帰ったのだ。そして、サッカーを観たんだなあ。その後、みや千代日記を書きにミスドまで出かけたんだよなあ。珍しく酒を呑んでいないということで、たしか車で出かけ……、嗚呼ーっ!

 そそそ、そうなのだ。月曜日は車で出かけたのだった。しかし、車で帰ってきたおぼえが無いような気がする。平日にミスドに行った時は、いつも徒歩で帰ってくるからなあ。つい、その習慣で徒歩で帰ってきてしまったのだ。ミスドに置きっぱなしだったのだ。すると、今朝ミスドに置いたあった車は、わたしのじゃないか。どんなやつが乗っているのかって、それはわたしのことじゃないか!
 それにしても、車を忘れるとはなあ。わたしの人生において、最大にして最高値の忘れ物である。普通忘れるか。まったく、ここまで大ボケするとはなあ。わたしもそろそろ危ないかもしれない。

 あっ!君達っ! 今わたしのことをバカにしただろう? ふんっ!

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99.09.28 前後不覚!アレが無いの

 トイレに行った。……無い、無いのだ。

 そうそう、メディアバレーには行ったのだ。優勝セールは、10%OFFであった。なんだ。そんなもんか。20%くらい引いてくると思ったんだけどなあ。そもそもメディアバレーは、秋葉原辺りの激安店に比べると10%くらい高いのだ。これでは秋葉原の激安店で普通に買うのと変わらないではないか。
 まあ、ダイエーも一時期に比べて経営が傾いているらしい。そんなに大盤振る舞いができないのだろう。これが5年前だったら、投売り状態になっていたところだろうけどね。まあ、それでも日本一になったら、もっと引いてくるかもしれない。その時が勝負か。うーん。是非ともダイエーには日本一になってもらいたいものである。

 そんなわけで、衝動買いでもしようかと思ったけど、食指がイマイチ動かないんだなあ。リボ残高もかなり減ってきたし、PC本体は無理でもデジカメくらいは考えても良いところなのだ。わたしの狙い目は、動画もちょっと撮ってみたいということで、サイバーショットなのだ。でも、これがなかなか下がらないんだなあ。かなり古いモデルになりつつあるのに。というわけでヤメた。
 デジカメ売り場を離れて、ふと見かけたのは、USB接続のCCDカメラだ。11800円であった。これって、これだけで動画が撮れるんだよなあ。箱を見るとVGAサイズの動画も撮れると書いてある。動画を撮るだけなら、こっちの方がずっと安いではないか。って、外出先でPC本体を振り回して動画を撮るのは大変なのだ。部屋で映したいものがあるわけでないし、CU-SeeMeをする相手もいないしね。意味無い、意味無い。

 うーん。今は特に必要なものが無いのだ。しかも、財布にあまり金が入っていないので弱気である。イマイチ物欲が刺激されないのである。って、必要なモノがあったではないか。それは携帯電話用のモデムである。PHSカードが使えなくなってから、ずっと購入を考えていたのだ。それを閉店間際に思い出して買ってきたである。
 今回はUSBケーブルタイプのモノにした。安ければPCカードタイプのモノでも良いんだけどね。PCカードタイプにも同じ値段のモノがあったけど、まあ流行りだし、今回はUSBの方にしてみたのである。さて、これでようやく真のモバイラに戻れるというもんだ。モバイラ許さんぜよ。

 で、そうそう。今日の本題はトイレに行った話であった。んで、ファスナーを開けたら無かったのだ。アレが無いのだ。困った、困った。……なんて言っていると、まるで妊娠したみたいだな。いやあん。身におぼえは無いのにぃ。あったらイヤだ。
 そうではなくて、あるハズのモノが無いのだ。いったい何処に行ったのだろうか。何度も股間をまさぐってみたが、やはり無いのだ。うーん。女の子と一緒に階段を転げ落ちたわけでもないのになあ。って、そういう話ではない。だいたい鏡を見たらすぐにわかるではないか。わたしは、小林聡美に似ていないのだ。

 無いのは穴である。詳しく言うとパンツの穴である。死語で言うと「社会の窓」である。菊地桃子にとっては、「青春のいじわる」ともいうべき存在のそれが無いのだ。これでは、放尿が大変やりにくいではないか。うーむ。しかし、どうして突然パンツの穴が無くなってしまったのだろうか?
 通常、新たにパンツに穴が空くことはあっても、パンツの穴が無くなるなど考えにくいのだ。考えられるのは、穴の無いパンツを穿いてきたということである。って、そんなバカな。わたしの所有するパンツに穴の無いモノは存在しないハズだ。そもそも男性用のパンツのほとんどには穴が空いているものなのだ。穴が無いなんて、それでは女性用だろう。

 へっ……、女性用? ま……、まさか、それはないよなあ。たとえば、マイ母のパンツを間違えて穿いてきてしまうなんてねえ。わたしにはそのような趣味は無い。いくらわたしが朝方ボーッとしていると言っても、マイ母のパンツを間違えるなんて、そこまでボケてはいないのだ。

 しかし、パンツを後ろ前を逆に穿いてしまう程度にはボケているようだ。

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99.09.27b 定期を買ったからね

 よく考えたら、今日は五輪代表の韓国戦があるではないか。

 昨日はメディアバレーに行くと書いたけど、そんなところに行っている場合ではなかったのだ。当然テレビ観戦である。19時ジャストに家に着いた。で、試合はというと、まああんなもんでしょう。日本は、飛車角に金銀くらい落としての戦力だからなあ。ヒデを筆頭として、ベストメンバーは組んでいない。
 しかも、基本的に日本は調整試合のつもりなのに、向こうは気合入りまくりである。この間、負けたのがよほどショックだったのか、「オリンピックに出場できなくとも日本には勝つ」とか言っているくらいだからなあ。五輪予選を無視して、日本戦に焦点を合わせて調整してきたらしい。試合の方もガンガン削ってくるし、韓国人の審判の判定も怪しかった。

 そんな中でも1−0で勝ってしまうんだから、五輪代表も相当強いのねえ。かなり押し込まれていたけど、あんなもんでしょう。ただ、ひとつ気になったのは柳沢だ。前から目つきは悪かったけど、ここ最近の柳沢の目つきは異様なのだ。怒っているとか、睨みを利かせているとかではない。なんだかイっちゃってるんだなあ。気持ち悪いくらいなのだ。まあ、このところ、全てが上手くいかなくて、焦っているということもあるんだろう。で、精神状態が怪しい状態なのかもしれない。
 しかし、上手く行かない理由の多くは、柳沢自身にあると思うんだけどなあ。それを全て自分以外に求めているような気がする。で、キレてレッドカードか。何をやっているんだか。才能がある選手ではあるけど、こういうところがヒデと違うんだなあ。今、何をしていけば良いのかを正しく判断できないようでは、ヒデにはなれない。いや、ポジションが違うとかそういうことではなくて、選手としてのレベルの話ね。

 しかし、それにしてもメディアバレーだ。明日行っても、もうめぼしいモノは残ってないかもしれないなあ。でも、明日こそは行こうと思うのだ。それというのも、今日から定期券の区間を町田までにしたからである。ここ2ヶ月くらい、なんだか町田率が高いのだ。イオカードの裏面は、「町田−成瀬」ばかりで埋め尽くされている。これなら定期を買った方が得だろうという判断だ。
 長津田から町田まで切符での料金の違いは20円である。定期券だと1000円弱の違いになる。うーん。なんだかオトクじゃない気がする。20日分以上の差額があるぞ。JRの料金設定は、ワケがわからんなあ。でも、成瀬から町田まで切符を買うことを考えれると、4回行けば元が取れる計算だ。うーん。4回かあ。

 まあ、とりあえず、明日は町田に行くことにしよう。

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99.09.27 というわけで

 みや千代日記を更新した

 今回は、随分長くなってしまったな。まあ、会話文主体なので、それほど読むのがつらくはないと思うけどね。まあなんだ。ゆっくり読んでくださいまし。しかし、今回の更新はつらかったなあ。ムリヤリなところも多いし。うーむ。それに、もうちょっと更新頻度を上げないとなあ。

 ええと、更新報告のためのおまけ更新なので、こんな時間なのね。

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99.09.26 更新したかったんだけど

 結局、メディアバレーには行かなかった。

 まあ、明日には行ってみるつもりだけどね。今日は、ダイナブックの復旧作業をしていたのだ。スキャンディスクは、一応昨日終わったのだけれど、どうにもいくつか壊れているファイルがあるようだ。起動時にエラーメッセージが出るのだ。「comnctr.dllがありません。」
 このファイルが何なのかが良くわからないんだなあ。いや、システムファイルのひとつ、ダイナミックリンクライブラリっていうのはわかるけどさ。どのパッケージに含まれているものなのかがわからないのだ。Windowsのインストールファイルには含まれていないようなのだ。レジストリにも情報は無いし、これでは直しようがないのである。うーむ。誰か知っている人いないかな?

 今日は、この辺の修正作業を細々とやっていたのである。一応、なんとか通常使用ができるようにはなったけど、できる限り直したいのだ。不具合は、その他にもがまだあるようである。作業をしていて、気がついた時には、もう19時過ぎ。メディアバレーは21時まで開いているとはいえ、もはや行く気力がすっかり無くなってしまったのだ。
 しかし、ダイナブックが満足に使えない状態ではなあ。実は、みや千代日記を更新すべく、木曜日からずっと書いていたのだ。しかし、どうにも集中力が切れてしまって、なかなか先に進まないのだ。気がついたら、気分転換ばかりしている。やはりモノを書くのは、自室では無理だなあ。

 本来ならば、みや千代日記は、今日更新する予定だったんだけどね。どうやら明日以降になりそうだ。どうも更新頻度が低くてスマンです。更新できたら、今日のここは「みや千代日記更新」ってだけで済ませようと思っていたんだけどなあ。実は何を書くか考えていなかったのだ。ああ、やばいやばい。さて、何を書こうか。

 まあ、これだけ文字数を埋めればノルマは済んだか。

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99.09.25 ダイエーが優勝してしまうから

 人間の三大欲といったら、食欲、性欲、睡眠欲、物欲だったっけ?

 最近、着メロって流行っているよねえ。いい歳した大人までやっているのを見ると……、ああ、そうだ。わたしは着メロをやりたいのだ。うん。ただ、デフォルトで入っているモノだと、どうしても誰かとカブってしまうのが難点である。なにしろ、わたしの持っている携帯はP-207なのだ。世間では、このモデルを持っている人がメチャクチャ多いのだ。アチコチで見かける。
 となると、やはりオリジナル着メロしかあるまい。しかしながら、流行りの音楽を入れる気にはならないんだなあ。気恥ずかしいというか、それにすぐに廃れてしまうし。やはりここは、流行歌ではなく、息の長い曲を入れたいところだろう。

 アニソンではどうだろうか。昔のアニメの音楽には息の長い名曲も多い。良いんだけどね。しかし、P-207の場合、デフォルトで「ルパン3世のテーマ」と「フランダースの犬」が入っているのだ。メジャーどころは、全て使われている可能性が高いだろう。今は使われていなくても将来的に使われる可能性もある。では、マイナーどころではどうかというと、オタクっぽいというよりは、そもそも知らない。
 CMソングはどうだろう。皆が知っているようなモノを入れると、力が抜けて良いかもしれない。マツモトキヨシなどは何度も聞いている。うーむ。良いとは思うが、これだけいたら今更マツモトキヨシは無いだろう。そこで、ちょっと考えたのだ。ボスのCMなんてどうだろうか? と思っていたら、最近そのもののCMが始まってしまったではないか。うーん。やられた。
 その他にCMソングでピン来るものが思いつかないしなあ。適当な長さの曲が思いつかないんだなあ。サッポロ一番もCMで使われている。うーむ。ここはやはりCMから離れてみるべきだろう。というわけで、こんなのを入れてみた。

 ラ8ラ8ソ8ファ8ミ4レ8ド8 レ8ラ4ソ2休8 レ8ラ4ソ2休8 ド8ソ4ファ2休8

 これで笑えるのは、junnさんとかkojiさんとかかな。特にjunnさんに至っては、良いタイミングでわたしの携帯にかけてくる可能性もある。まあ、それは良いとして、やはり着メロの音を採るのは、非常に面倒である。わたしは、相対音感の人なので、絶対音感がちょっと弱いのだ。ギターの耳コピーも下手で、時間がかかってしょうがないのであった。
 そのうえ、今はまともな楽器を持っていないだ。いや、ギターはあるけどね。ギターでこういう音を採るのは面倒なのだ。しかも、弦が古くてチューニングが合わないし、ドレミとの関係を把握していなかったりで、こういうのには使えない。他には、リコーダーとトランペットがあるけど、それで音を採るのはイヤだ。外に思いっきり聞こえてしまうではないか。しかも、外れてばかりの情けない音が。

 ここは、キーボードが欲しいところである。こういう場合は、キーボードが一番便利だ。キーボードさえあれば、バンバン着メロを入れるんだけどなあ。なんだかキーボードが欲しくなってきた。まあ、MIDIをするわけでもないし、ましてや演奏をするわけでもないし、安いので良いんだけどなあ。あっ、でもMIDIはちょっとひかれるモノがあるけど……。そういえば、ながちさんはキーボードを6台持っているとか。それは、ちょっと羨ましいぞ。

 うーむ。町田に行って楽器屋でも覗いてこようかなあ。でも、今楽器屋を覗いたら、ギターアンプとかマルチエフェクターとかそういうのが欲しくなってしまうかもしれない。その上、メディアバレーに寄ってしまったら、欲しいものがアレやコレやという状況になってしまうのではなかろうか。なぜならば、メディアバレーはダイエー系列だからね。おそらくセールをやっていることだろう。デジカメとか安くなっているかなあ。

 嗚呼、ダイエー優勝おめでとう。

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99.09.24 催眠術を覚えて……かあ

 遊びまわった。

 遊びまわったのだ。新百合ヶ丘でオースティン・パワーズ・デラックスを観て、町田のメディアバレーをうろついて、ルミネでも見ようかと思ったけれど混んでいたのでやめて、養老の瀧で呑んできた。って、まあ、これらの話を細かく書いてもしょうがないか。
 それよりも今日はメールの話がしたいのだ。先日、わたしのところに以下のようなメールが舞い込んできたのだ。差出人は、大城智子さんである。ややっ、女性であったか。なんだろう。ラブレターであろうか。

Subject:催眠を覚えてあなたの人生を変えて見ませんか

突然のメール大変失フ蕕い燭靴泙后F蝙ク徒佳膤惺擦梁臂訝匯劼反・・w)します。ご不要の場合は、お手数ですが込鐔セ靴討・世気ぁ・・w)鶴・込壽・ー・嚆陞厩更ー該恩魂・・弘・uヒ纉黶艱h頂コ厩更姐桶唄恩乙・層浪群慣栴鼾瘟谿梓・蜚轣蛹・續尖瘟谺蔔韲鎰竢跛繚絎竢躱w)w)w)催眠術は非常にあなたの人生に非常に大きな力を発揮します。催眠
術は、あなたの潜在意識の力を最大限に発揮させてくれます。自分
の意思では、容易ではないことを、催眠術を使うと、いとも簡単に
できてしまいます。


 って、これでは、なんのことだが、さっぱりわからないではないか。大城智子さんよ。せっかく突っ込みどころがありそうで、面白そうなメールなのに。どうせなら日本語でメールを書いて欲しいものである。ええと、わたしはこのようなものを日本語と認めないぞ。もちろん、英語とも認めない。ちゃんとわかりやすく書いて欲しいものである。
 と思っていたら、今度は井上美紀さんからメールが来た。たぶん、同じ内容のものだろう。しかし、井上美紀さんからのメールは、きちんとした日本語であった。これならわたしでも読める。好感度は一気にUPだ。おそらく、大城智子さんに比べて、井上美紀さんの方がおしとやかで丁寧な人であろう。和風美人だと思われる。

Subject:楽しく学べる催眠術講座紹介します

突然のメール大変失礼いたします。ご不要の場合は、お手数で
すが削除してくださるようお願いいたします。

催眠術講習会のお知らせ

催眠術は自分と他人の肉体と精神をコントロールする、すばらしい
特殊技術です。
この技法を正しく習得すれば、長年苦しんだ病気からも解放されま
すし、思い通りに肉体と精神をコントロールすることが出来るよう
になります。つまりは商売も恋愛も成功出来るようになります。

私共の創始者である中杉弘博士は弱かった体を強くされ、この術を
完成されて数社の経営をなされ現在では1日2000万円の収入を得
ています。病気で苦しんでいる方、商売で苦しんでいる方、人間関係
で悩んでいる方はぜひこの講習会を受講されるようお薦めします。。


 どうやら「催眠術を教えてやるから金をよこせ」というお誘いのようである。ふーん。別に興味が無いなあ。しかし、この「1日2000万円の収入」というのはなんだ。怪しすぎるぞ。年間で250日働いたら50億円になる。つまり、中杉という人は、日本の長者番付ベスト3には入るような人だということか。まあ、1日で2000万円を稼いだこともあるけど、普段は収入が無いということかもしれないけどね。
 それにしても、現実感の無い数字だなあ。一日に2000円の間違いだったりして。って、それでは高校生のバイトより安いか。でも、年収で言わないと説得力が無いよなあ。これでは人を騙すことは無理だろう。って、いや……、まあ……、その……、とにかく催眠術で会社を経営して大金持ちっていうのが、そもそも怪しいではないか。催眠術を悪用しているのではないのか?

 そもそもホントに長者番付に載るような人であるのか。gooで「中杉弘」を検索してみた。それほどの人ならば、なんらかの情報はあるだろう。結果は、14件のヒットであった。そのうちのいくつかを読んでみると……ぎゃははは。そうかそうか。この人はすごいや。読んでみて欲しい。ここここここ

 ええと、これじゃ不公平か。まあ催眠術を習いたいという奇特な人は、こちらへ。ぎゃは。
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99.09.23 お知らせというか

 その後、ダイナブックは復活させている最中である。

 スキャンディスクをかけると固まると書いたが、正確に言うとスキャンディスクの実行に異様に時間がかかるのだ。ファイル構造のチェックが30%まで行ったところで、何時間も止まったままになるのである。しかし、そのまま一晩放っておいている間にクラスタチェックまで進んだようだ。どうやら読み込むのに異様に時間がかかるクラスタがあるということらしい。
 このままスキャンディスクを続けて、不良クラスタから正常なクラスタにデータを移動してしまえば、復活できそうである。ちなみに今は、クラスタチェックが15%くらいのところで止まっている。一生懸命ディスクの読み込みリトライをしているというところである。かれこれ30時間以上もかかっている。いつ復活するのやら。
 不良クラスタの数は、現在約50個。最終的には100個程度になるだろう。もしかすると、200個くらいになるかもしれない。1クラスタ辺り4kバイトだから、4Mバイトから8Mバイトくらいディスク容量が少なくなってしまうのか。うーむ。

 というわけで、ダイナブックの復活には、まだまだ時間がかかりそうだ。ちなみに、今は自宅のPCを使って、これを書いている。サーバ代わりにしているマシンだ。タワー型。これでは出先で書けないのがつらいのである。一日中家にこもっているのもねえ。わたしの部屋は、なんとなく作業に集中できない雰囲気なのだ。嗚呼ミスドに行きたい。
 家には他に2台のノートPCが転がっているんだけど、どちらもイマイチなのである。1台は今となっては遅すぎるマシンで、もう一台はハーディスクが飛んでしまって、やはりスキャンディスクをかけないと使えない状態なのだ。やはり一度、きちんとセットアップしておけば良かったなあ。

 それはともかく、なんだかペースがつかめないのだ。このマシンは17インチモニタで、1152×864ドットの設定にしている。マシンが違うと見た目が変わってしまうのだ。改行とか文章量のバランスが違ってきている。今までと、あまり変わりが無いように調整しているつもりだが、なんだか変な感じがするんだなあ。文章まで変わってしまいそうだ。
 皆さんのページを見ていてもそうである。今までは800×600ドットの環境で見ていたので、文字が詰まっていて読みづらいなあと思っていたページも、このモニタで見ると丁度良く見えたりするのである。やはり画面が広い方が良いようだ。

 まあ、職場のマシンと同じ設定なんだけどね。ただ、こちらの方が安いモニタのせいか、ちょっと見づらいのだ。特に日記猿人のリスト。VLINKが消えてしまっている部分が非常に見にくいのである。まあ、普段から使っているならば問題が無いのだけれど、こちらは2日前から使い始めたのだ。VLINKなど最初から無いのである。
 というわけで、昨日今日と見逃している日記が結構あるのだ。特にタイトルが目立たない日記は、流してしまう場合が多い。空メールボタンが押されていなくても、「わたしの日記がつまらなかったのか」とか「わたしのことが嫌いになったのか」というわけではなく、単に気がつかなかったということであるから、気にしないで欲しい。というか、「更新したのに読みに来ない」という人は、上の空メールボタンをガシガシ押して「わたしのところに読みに来い」とアピールしてほしいのだ。

 それから、このマシンにはICQをインストールしていないので、それも只今休止中なのだ。

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99.09.22 車輪の上

 もう、ダメだろうなあ。

 そう思いながらバスに乗り込んだら、意外なことに空席があったのだ。先に乗り込んだ何人かが座らずに立っていたのである。よしよし今日は座れるぞ。しかし、空いている席はいくつかあるものの、ひとつの一人席を除くとすべてオヤジの隣なんだなあ。できれば避けたいものである。座っているのが美人OLであったら迷うことが無いけどね。って、もっともわざわざ美人OLの隣に座るのもどうかと思うが。
 それはさておき、ひとつだけ空いている一人席であるが、これがまたタイヤのところなんだなあ。車輪の上。これはこれでちょっと避けたいのだ。他の席より一段高くなっているあの席である。体育座り状態になってしまうというあの席である。タイトミニを履いた美人OLは避けるべきだといわれているあの席である。脚が上がるから結構見えちゃうのね。でも、今日はタイトミニも履いていないことだしまあ良いか。ということで、車輪の上の席に座ったのだ。

 しかし、この席はやっぱり座りにくいのだ。座るとズボンが突っ張るのである。今日はそれほどでもないものの、汗をかいている時は、特に注意が必要である。このままでは、ズボンの膝が出てしまうのだ。ちょっとズボンを引っ張りあげないとすぐにいたんでしまうではないか。といっても、この体操座り状態では、引っ張りあげるのも窮屈でやりにくいのである。困った席なのだ。
 そして、忘れてはならないのが、座る時よりも立ち上がる時の方が大変だということだ。体育座り状態から手を使わずに立ち上がるのは、結構難しいのだ。今日は果敢にもそれを試みたのである。今日は雨降りだというのにである。靴底が濡れているというのにである。結果、見事に滑った。そのまま椅子に座る形になったので転びはしなかったが、向こう脛をしこたまぶつけてしまったのである。所謂、ベン・ハーの泣き所というやつだ。いてえよ。もう。

 いや、弁慶の泣き所であったか。弁慶でさえも、ここを打ち付けた時には泣いてしまうというウィークポイントだ。でも、わたしは泣かなかったけどね。えへん。しかし、弁慶もこんなことで泣いてしまうとは、意外と弱いやつである。ところで、弁慶には3人いるということを知っているだろうか? それぞれ、弁慶A、弁慶B、ベン・ケーシーと呼ばれているのだ。最後のは海外ドラマにもなっていて有名な弁慶である。知っている人も多いだろう。

 というのは、もちろん冗談だ。ところで、わたしは考えた。弁慶の泣き所があるならば、弁慶の笑い所もあっても良いのではないだろうか? わたしが考える弁慶の笑い所の候補は、腋の下と足の裏である。ここを刺激されると、あの弁慶でさえも笑ってしまうだろう。どうだろうか? ……やはりダメか。他にも弁慶の怒り所とか、弁慶の悲しみ所とか、弁慶のヨガり所とか考えたんだけどなあ。さらに弁慶の拠り所とか、弁慶のお食事処なんていうのも考えた。

 関係無いが、わたしの場合、弁当の食べ所は自分の席である。ネットサーフィンするし。

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99.09.21 建物ポコポコ

 そういえば、東芝問題のせいで建築関係のクレームつける人が多くなったという日記があったな。

 その日記では、クレームが多いと対応するために工期が長くなる。つまり、建築費が高ついてしまって、結局は損をするという主張だったような気がする。でも、わたしは、そうは思わないなあ。やはり、クレームをつけられるような工事をする方が悪いと思う。問題の無い設計であり、かつその設計通りにやっているのに、クレームがついたというのであれば話はわかるけどね。

 そもそも今は、「家を新築するのはバクチに近い」という状況がある。それだけ手抜き工事が横行しているという噂だ。最近建てた家のほとんどには不良箇所があるというのだ。この手の話は、テレビで良くやっている。テレビでは今にも倒れそうな家を紹介している。たとえば、天井が下がっている。ボルトを締めていない。梁が抜けている等。
 まあ、そこまでひどいケースは滅多に無いだろうけどね。ドアが傾いでしまって開閉がままならないくらいのことは日常茶飯事だろう。大手なら安心かというとそうでもない。ほとんど下請け任せで、その下請けが手抜きをするのだとか。

 こんな状況では東芝問題など関係無く、誰しもがクレームを付けたくなるのも無理は無いだろう。問題があるからといって、「ハイそうですか」とあきらめられるものではない。かなりの長期間使い続けなければならないのだ。まあ、業者の言い分では、「手抜きでもしないと赤字になる。最近は安くしないと売れないから仕方が無いんだ」ということらしいけどね。
 もっともらしいけど、本来は設計通りに作ってなんぼのものだろう。高くなるというならば、高くすれば良いのだ。まあ、業界全体が悪いんだろうなあ。皆が皆そういうことをするから、自分のところだけ高くできないということだろう。しかし、わたしは、ちょっとばかり高くついても、欠陥住宅を売られるよりは全然良いと思うのだ。そんなところにケチって却って損をする方がイヤである。賃貸に住んでいる身としては、他人事と思えない話なのだ。

 ちなみに、わたしの田舎ならば信頼できる業者がいるので安心なのだ。知り合いなのだが、きっちり工事をしてくれるので、後で不満になったことがない。ところが、こちらではそういった業者を知らないのだ。将来的に家を建てようと思うと心配である。おっと、ひとつ信頼できるところがあったか。それは、この人のところだ。
 仕事そのものは見たことが無いけど、息子が胸を張って「うちは採算を度外視しても丁寧に仕事をする」というので、間違いは無いだろう。半端なことをするような人ではない。うん。将来家を建てるとしたならば、ここにするだろうなあ。でも、わたしの収入では家を買うとしてもせいぜい中古住宅だと思うので、その機会は無いかもしれないが。

 それはともかく、ひとつ気になることがあるのだ。喫煙室の窓から見える光景である。喫煙室の窓からは、線路の向こうに建築現場が見えるのである。建築現場を見るのは楽しい。喫煙室から定点観測をしていると、昨日より今日という感じで少しずつ建物が形になっていくのがわかるのだ。
 しかしながら、なんだか遅々として進まないのである。土台のための穴を掘っているのを発見してから数ヶ月経つが、今日ようやっと鉄骨の柱が立っているのが確認できたのだ。何を作っているのか全然わからないのである。そこはかなり広い土地なのだが、不定形であるため、その活用法が難しそうなのである。ショッピングセンターか? 団地か?オフィスビルか? いったい何ができるのだろうか?
 まあ、工事現場の看板を見ればすぐにわかるのだが、なにしろ線路の向こう側である。おいそれと看板を見に行くことはできないのだ。何ができるか気になってしょうがないのだ。喫煙室もその話題で持ちきりである。ああ、早く完成系を見せてくれえ。突貫工事でさあ。ちょっとくらい手抜きをしても……

 あっ、いや、他人事だと思ってしまった。対岸の工事。

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99.09.20 限りある資源を有効に使わないと日記が書けない

 かなり昔に仲良しおじさんのことを書いたと思う。

 それにしてもミスドというのは、無駄な座り方をするやつが多いのだろうか。というのも仲良しお兄さんである。ミスドには仲良しおじさんだけではなく、仲良しお兄さんも来るのだ。しかし、仲良しお兄さん達は、変な座り方をするので困るのだ。図1を見てほしい。ミスドには2×3で6人座れるカウンタがあるのだが、そのBとCの位置に座るのである。

 A B 
■■■■■
■■■■■C
   ■■
■■■■■D
■■■■■
 E F
 A B 
■■|■■
■■|■■
■■|■■
■■|■■
 C D
  図1     図2
 これでは、いくら空席だと言ってもAとDの位置に座りにくいではないか。図にするとわかりにくいかもしれないが、A−B、C−D、E−Fは非常に接近しているのだ。知り合いでもなんでもない人の隣だなんて、非常に座りにくいのである。

 もっとも仲良しお兄さんは、それほど仲良しではないのかもしれない。90度横に座るのは、あまり親しくない間柄という説もある。身体が触れ合うこともなければ、視線を合わせる必要も無いのだ。
 ちなみに、仲良しおじさんは、A−B、C−D、E−Fのような位置に座ることが多い。仲良しおじさんの方が場所を取らない分、ずっと好ましいのだ。是非とも、仲良しお兄さんには真の仲良しになってもらいたいものである。どんなに混んでいてもこのポジションを崩そうとしないとしないからなあ。これでは混んでいると、座る場所が無くなってしまうではないか。

 もっと困るのが、仲良しおばさんだ。年齢は2人とも50歳くらいである。これがまた気持ちが悪いのだ。それというのも、図−2を見て欲しい。4人掛けのテーブルなのだが、いつも必ず図−2のC−Dの位置に座るのだ。通常友人同士ならば、A−C、またはB−Dの位置に座るものだろう。C−Dなんていうのは、ラブラブの間柄にだけに許されるポジションなのだ。
 C−Dなんていうのは、「もう会話は要らないわ。触れ合ってさえいれば良い」という関係なのだ。視線を合わせると50cm以内に顔が存在する。「思わずその視線に引き込まれてしまうわ」というものである。ラブラブ以外の何物でもないだろう。

 ちなみに図−2のテーブルは、2つのテーブルをくっつけたものである。つまり切り離すことができるのだ。通常、混んでいる場合、ここを切り離して詰めることになっているのだが、仲良しおばさん達は、決して切り離そうとしないのである。スペースを無駄に使っているのだ。けしからん。って、まあね。わたしも、一人でありながら、カバンを置くために2つ分の席を使っているのであった。文句を言える身分ではなかったのだ。
 しかし、それよりもこの仲良しおばちゃん、いつもC−Dに座っているのである。A−Bには座らないのだ。壁を背にして店内を観察するような態勢なのである。カウンタに座っていると仲良しおばさんと目が合ってしまうのである。JiroJiroと見られてしまうのだ。視線が気になってしょうがない。これでは、日記を書いていられないではないか。

 と言いつつ、今日もミスドに行くのであった。今日のわたしは、このテーブルを背にしているポジションを得ることができたのだ。これで仲良しおばちゃんの熱い視線を浴びずに済むというものである。これで今日の日記もサクサクと進むハズである。というわけで、「まずは、トイレに行って落ち着くか」と思った瞬間である。
 なんとマウスのコードがひっかかって床にガッシャンなのである。ダイナブックがである。再起動してみたところ、ゲッ、スキャンディスク様が途中で固まって進まないのだ。起動不可なのだ。なんてこった。みょーん。

 これでは、日記を書けないではないか。

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99.09.19 これは女優生命の危機なのである

 たまにはカマってあげないとなあ。うふっ。

 もちろん、わたしがオカマになるという話ではない。バイクである。なにしろ半年もバイクに乗っていなかったのだ。春先は、何故か休日となると雨だった。夏場は、色々と車で出かけることが多かった。そして最近は、電車が出かける用事が多かった。たまにヒマな休日があっても、やはり天気が悪かった。バイクに乗る機会が無かったのである。これはマズいのだ。たまにはかまってあげないと、バイクが腐ってしまうではないか。

 というわけで、今日はバイクに乗ることにしたのである。約45分間グルグル走り回ってきた。ルートは、成瀬周辺から玉川学園にかけてである。なにしろわたしは、成瀬の北側の地理に弱いのだ。距離的には成瀬から玉川学園は非常に近いハズなのだが、わたしは大回りをするルートしか知らないのである。
 そのため、乃の人を送った後も、遠回りして帰ったりしていたのだ。月が青いわけでもないのに。まあ、それでも15分くらいだけどね。でも、本来ならば10分かからないのだ。それに玉川学園からタクシーで道案内しようとして難渋したこともある。せっかくなので、この周辺の道をおぼえようと思ったのだ。
 結局45分間走ったけど、よくわからなかった。しかし、なんで玉川学園の周辺って、あんなに細くて複雑な道ばかりなのだろうか。しかも坂道ばかりなのだ。Mの人はどういうルートで乃の人の家に行っているのだろうか。まあ、バイクや車なら坂道は苦にならないけど、自転車だというのだ。うーむ。

 さて、その後は車である。8月の頭に伊豆に行った時、乗車定員ギリギリ乗るという話だったので、ゆったり乗れるようにと車の中の荷物の半分ほど下ろしていたのだ。今日はそれを積み込もうと思ったのである。一ヶ月以上も玄関に放置していたからなあ。まずは箱の中身を整理してと……、Gya!
 油まみれではないか。しかも、皿が足りなくなっているではないか。伊豆に忘れてきたのかなあ。あるいは、使い捨ての皿だと思って捨てられてしまったのか。ええ、ええ、ちゃんとチェックをしなかったわたしの不覚なのである。まあ、あれは間に合わせに買ったものだ。そのうち、もっと良い皿を買おうと思っていたから、別に良いけどね。Sick Sick.

 そんなこんなで、わたわたと長時間外で作業していたら、あちこち蚊に食われてしまった。それに汗でベトベトして気持ち悪いのだ。とりあえず顔を洗おう。Jab Jab. しかし、この違和感はなんだろう?
 もしかして顔を刺されたのだろうか。頬骨の辺りに違和感があるのだ。鏡をちょっと見ただけでは、良くわからないけどね。しかし、じっくり見ると頬骨がちょっと出ているのがわかるのだ。女優の命と言われる顔を蚊に刺されるとはなあ。一生の不覚である。これでは女優失格である。もし、これ以上顔が腫れるようなことになったら、ドラマの出演依頼を断らないとならないのだ。ああ、もう女優として生きていけないわ。

 まあ、女優として生きていないから良いんだけどね。

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99.09.18 青春とエスカレータ

 今日は、特に面白い話が無いので、この間ボツにした話を書こう。

 水曜日、ライブに行く途中である。小田急線から千代田線に乗り換え、明治神宮前駅で降りた。改札に向かうエスカレータを上っていると、5メートル程前方に美人OLがいた。でも、後ろ姿しか見えないのが、残念なのである。うーむ。残念。ここは「美人OLの顔が拝めますように」と祈ってみるか。なにしろ、ここは明治神宮前なのだ。そういうところなのだ。pum!pum!
 と思ったその数秒後、祈りが通じたのか、思いもかけず顔を拝むことができたのだ。さすがは明治神宮である。その力は偉大なのだ。美人OLは、エスカレータを上りきった後、踵を返して、そのまま下りのエスカレータに乗り直してきたのである。うーむ。しかし、あの美人OLは何をやっていたのだろうか?

 たぶん、あの美人OLはダイエット中だね。エレベータ等を使わず、階段を使おうと心がけているのだ。しかしながら、今回はついうっかりエスカレータに乗ってしまったのである。しかし、「こんな堕落してはイケナイわ」というわけで、もう一度やり直しているというわけだ。うーむ。それならば、エスカレータではなく階段を使って下りるか。
 そうではなくて、あの美人OLは恋をしているね。是非ともこの恋愛を成就させたいのだろう。そう。ここは明治神宮である。お百度参りなのだ。お百度参りの効果は絶大である。明治神宮でお百度参りというのは聞いたことがないけど、効果はあるだろう。うーむ。それならば、やはりエスカレータではなく階段を使うか。それに改札まで行ったところで引き返しても意味が無いのだ。ちゃんと本殿まで行かないとな。

 まあ、単に間違っただけだとは思うけどね。出口を間違ったか、降りる駅を間違ったか。素直に考えるとそれしか思い浮かばないのだ。うーむ。しかし、美人OLも結構おマヌケけだなあ。でもわたしは、そういうそそっかしい人は嫌いではないのだ。うん。その照れ笑いもカワイイじゃん。
 それにしてもエスカレータって、途中で間違っていることに気がついても、階段とは違って簡単には引き返せないからなあ。1段や2段ならともかく、ある程度上に行ってしまったら、引き返すのは難しいのだ。それに後ろから人が来ていると、もう完全にダメだろう。大変なのだ。

 エスカレータは簡単には引き返せない。それは青春と同じである。

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99.09.17 立派に育つのだぞ

 電車に乗っていたら、いつの間にか背後に美人××が立っていた。美人メメではない。

 マンガを読んでいたのだ。少年サンデーである。水曜日、ライブを観に行く途中に買ったのだが、その時には読みきれなかったのだ。今日は、電車の中でその残りを読んでいたのである。そして、鷺沼を過ぎた辺りで読み終わったのだ。読み終わった本を脇に抱えていたら、何やらチョコンと肘に当たったのである。これって、もしや美人××の……

 いやはや、故意ではないのだ。昨日の今日でアレな話なのだが、わたしはこの夏何度も美人OLの胸に触れてしまったのだ。というか、向こうの方からわたしの腕に押しつけてくるのである。たぶん、後ろの人に押されたとか、電車が揺れたとかだろう。ふとした拍子にやわらか〜いものが当たってくることがあるのだ。wao!
 だから、故意ではないのだ。そもそも、わたしの通勤時間は遅いのだ。しかも、長津田から溝の口である。まだ混み始める前なのだ。せいぜい肩がぶつかる程度で、本が読めるくらいの混み具合にしかならないのだ。痴漢なんて想像が及ばないのである。

 しかし、美人OLというのは警戒心が無いのだろうか。一度だけならまだしも、何度も押しつけてくるのである。しかも、ぴったりとくっついてきたりして、避ける様子も無いのだ。こうも無警戒なのは、わたしにそういう意識が感じられないからではないだろうか?
 だから向こうも安心して身体を押しつけてくるのだと思うのだ。これがいかにも触ろうとしている人ならば、さすがに警戒して近づいてこないだろう。痴漢の定義はわからない。どこまで触れば痴漢というのは難しい。でも、これならば全然OKだろう。なっ、そう思わないか?

 などと自己弁護してみたが、みんなこれで納得しているのだろうか?

 まあ良いけどね。それよりも問題は肘である。よく考えてみるとおかしいのだ。肘の位置で胸というのはちょっと下過ぎるのだ。いつもならば上腕部に当たるのだ。それによく見ると、美人××の顔が思ったより遠くにある。こんなに離れていては、よほどの巨乳でもわたしの肘に届かないハズである。だいたい、あまりやわらか〜い感触ではなかったのだ。ということは、おそらくこれはカバンだろう。それならば問題無いのだ。

 そして溝の口である。降りようとした時に気がついた。なんと美人××のお腹が異様に大きかったのだ。なんだ。もしかして、彼女はプレデターであったのか。いや、それを言うならオメデタか。うん。つまり、××には「妊婦」の文字を当てはめれば良かったのである。美人妊婦。
 ということは、わたしの肘が先ほど触れていたのは、美人妊婦のお腹だったわけか。うーむ。しかし、肘が当たったけど大丈夫だよなあ。まあ、触れるか触れないか程度だったので、なんともないとは思うけどね。でもそうか。妊婦だったのか。ここは肘でコツンではなくて、「立派に育つのだぞ」と言いながらナデナデしてあげれば良かったなあ。

 ええと、もしかして、これは痴漢になるのだろうか?

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99.09.16 痴漢の気持ちになってみよう

 明治神宮前駅で目を引いたのは、痴漢のポスターである。

 ええと、痴漢のポスターというのは正確ではないか。正しくは痴漢防止のポスターである。うーむ。やはり、千代田線には痴漢が多いのだろうか。明治神宮前駅には、この痴漢ポスターがアチコチに貼ってあるのだ。そのポスター見て、ふと考えてしまったのだ。「これって意味が無いなあ」、「痴漢を減らすつもりなんて無いなあ」とね。
 というのも、このポスターには、セーラー服を着たマジメそうでちょっとカワイイ女子高生が難しい顔して映っているのだ。そこに「痴漢をするな」みたいなことが書いているのだ。しかし、これでは単なる女子高生のグラビアポスターだろう。女子高生がカワイイという感想しか出てこない。これは、ポスター製作者が女子高生の写真が撮りたくて作ったとしか思えないのだ。だってねえ。これを見て、誰が痴漢をヤメようと思うだろうか?

「おお、こんなカワユイ女子高生も痴漢に遭っているのか」→「援助交際の女子高生ならともかく、こんなマジメそうな女子高生は、痴漢でもしなきゃ触りまくることなんてできないだろう」→「それで思わず痴漢も触ってしまうんだろうなあ」→「しかし、痴漢って、いったいどんなことをするのだろうか?」→「あんなことやこんなことまでするのだろうか?」→「ああ、痴漢がうらやましい」→「機会があったら、わたしも一回触ってみたいなあ」……

 って、痴漢を増やしてどうする。まあ、ここまで妄想するかはともかく、少なくとも痴漢は、このポスターを見てヤメようとは思わないだろう。この程度で痴漢をヤメようと思うならば、最初からしていないからだ。そこでわたしは考えたのだ。これが女子高生じゃなくて、風俗系の色っぽいお姉さんならばどうだろうか?

 要は、痴漢をする気にさせなければ良いのである。その点、風俗系のお姉さんならば、痴漢をするまでもなく手が届きそうな感じがするのだ。ついでに、ポスターには「痴漢なんかしなくてもお店に来れば好きなだけ触れるのよ」なんてセリフを入れると良いだろう。
 これを見た男は、「ああ、そうか。痴漢なんて犯罪をしなくても、風俗に行けば良いんだな。ここは触るのは止めて、帰りに風俗に行くことにしよう」と思うハズだ。って、ダメか。これでは、痴漢防止のポスターというよりも、風俗店の宣伝ポスターだ。それに「風俗に行ったら高いお金を取られるけど、痴漢ならタダで済む」と考える人もいるだろう。これでは痴漢は減らない。

 それでは、可愛くもなく、色っぽくもない、痴漢をする気にもならないような女の人ではどうだろうか? たとえば、田嶋陽子だ。たしかに、そんなポスターを見ても痴漢をしようという気にはならないだろう。まあ、人には色々と好みがあるので絶対とは言い切れないものの、確実に萎えてしまう人の方が多いハズだ。しかし、これでも失敗だ。電車に乗って目の前にカワユイ女の子がいたら、そんなものは吹っ飛んでしまうだろう。目の前にいる女の子が余計カワユク見えてしまうだけなのだ。

 いずれにしても、女の子の写真を使うのは意味が無いと思うのだ。色々考えてみたが、どうにも良いものが思いつかない。たしかに、女の子が「痴漢をヤメてください」と訴えかければ、女の子には共感を生むだろう。しかし、このポスターは女の子に見せる為のモノではない。痴漢に見せる為のモノなのだ。いくら女の子に共感を得ても、男にピンと来なければ意味が無いのだ。だいたい痴漢なんていうのは、女の子の気持ちを考えていないモノだろう。女の子の気持ちを訴えるようなポスターでは無意味なのだ。

 一般的に商業系のポスターの類は、ポジティブな想像をさせるモノが多い。この商品を買うとこんなに良いことがあるというような感じだ。だからこそ、カワイイ女の子やハンサムな男の写真を使ったりするのである。しかし、痴漢の場合、それをヤメると良いコトがあるという想像をさせることは難しいだろう。そう。それならば、痴漢をしたら悪いコトが起こるというネガティブな想像をさせるようにすれば良いのだ。

 わたしだったら、痴漢がバレて捕まっているシーンを写真にするだろうね。そして、社会的な地位や名誉が剥奪されるようなことを想像させるのだ。ついでに、周囲の人間が逮捕された痴漢を取り囲み、白い眼で見ているような写真にするのだ。かなりみっともない姿だ。まあ、これでどれだけの効果があるかは知らないが、ふと捕まった時のことを想像して思いとどまる人がいるかもしれない。そんなみっともないことにはなりたくないと。少なくとも女子高生のポスターよりは効果があると思うのだが、どうだろう?

 広告の類は、ターゲットに対しての訴求効果が重要なのである。ターゲット以外の人にいくらウケても意味がない。こんなコトは基本中の基本なのだ。わたしが、この痴漢ポスターに点数をつけるとしたら0点だな。このポスターを作った人やOKを出した人は、こんな基本的なことを知らなかったのだろうか。カワイイ女の子の写真でも載せておけば体裁が整うと、安易な考えだったような気がする。

 だから、わたしは声を大にして言いたい。痴漢の気持ちになって考えてみろっ!!

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99.09.15 ライブに行って来た

 ライブの前後(前?)に呑み過ぎてしまったようだ。

 終電で帰ってきた。帰ってきて、PCを立ち上げて、ネットにつないだのは良いが、そのままつぶれてしまったようだ。ダウン。ICQで話しかけてきた人。ごめん。結果的に無視することになってしまった。

 日記も書けなかった。

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99.09.14 四天王、二人欠けたら二天王

 君って、××に似ているね。

 この手のセリフを言うケースには、口説く目的の場合と心底そう思っている場合の2通りある。このセリフは諸刃の剣である。言われて嬉しい場合もあれば、怒り出してしまう場合もあるのだ。まあ、心底似ていると思っている場合は仕方が無い。口説くつもりでなければ、そう嫌われることはないだろう。
 ところが、口説く場合は別だ。ニブい男は、うっかりホメ言葉のつもりで自分の好きな芸能人の名前を言ってしまいがちだ。それが女の子にとって、不本意だったりする場合があるので注意が必要だ。特に微妙な線にいる人の名前を挙げる場合は、尚更である。女の子がその芸能人のことを嫌っていたりすると、もう最悪なのだ。

 口説くのであれば、似ている似ていないは関係無い。似ていると言われて、嬉しい人の名前を言ってあげるべきなのだ。だからと言って、世間でカワイイとか美人だと言われる人気タレントを挙げれば良いとは限らない。おそらくピンと来ずに空砲に終わるだけだろう。
 こういう場合は、女の子を良く観察するのだ。女の子は、自分が憧れている芸能人に近い格好をしがちである。だから、その芸能人の名前を言えば良いのだ。女の子は舞い上がってしまうだろう。さらに、その芸能人が女優ならば、あなたは出演しているドラマの相手役になりきると良い。舞い上がった勢いでついついノセられ、あんなことやこんなことまで……

 って、まったくわたしときたら、何を役に立たない恋愛マニュアル本のようなことを書いているのだろうか。そうではなくて、わたしの話である。実はわたし、芸能人にたとえると誰に似ているのだろうかと、常々疑問に思っているのだ。

 今までに言われた中には、松平健というのがあった。言ったのは、マイ母の友達のおばちゃんなのだが、うーむ、確かにおばちゃん達のアイドル的存在かもしれない。ひょっとして、わたしのことを口説こうと思ったのだろうか。でも、あまり似ていないと思うけどなあ。だいたい、ヤツは暴れん坊だぞ。まあ、わたしも一部分が暴れん棒という説があるが、わたしは基本的に暴れないのだ。
 それから、マッチというのもあった。これを言ったのも、やはりマイ母の友達のおばちゃんなのだが、うーむ、たしか当時は人気絶頂のアイドルではあったけどなあ。やはり口説こうと思ったのだろうか。まったくおばちゃんは、センスが今ひとつである。あまり似てないだろう。たしかに、カラオケでは持ちネタのひとつではあるけどね。ペアでそろえたスニヰカア♪ でも、顔は違うだろう。

 それ以外となると、フェヤーモントホテルの長谷川さんとか、スウェーデンの槍投げの選手とか言われたことがある。最近ではMの人にとある映画の脇役とか言われた。しかし、この辺になると、もはやなんと言って良いかわからないのだ。わたしの知らない人達である。まあ、どちらにしても、バリバリの有名人にはわたしに似ている人はいないらしい。なんだか悔しいなあ。
 別に有名人にはハンサムな男しかいないとワケでもないだろう。それなりに似た人間がいても良いハズではないか。ひょっとして、わたしは有名人にはなれないタイプなのだろうか。ということはだ。昔、わたしは俳優になりたいなんて思っていたのだが、もし俳優になっていたとしても、大部屋止まりということか。くくーっ

 そもそもわたしは、基本的に「わたしの知り合い」系らしいのだ。というのも、「わたしの友達にすごく似ている」って言われることが多いのだ。うーん。わからないってば。まあ、それは良いけどね。わたしは、どこにでも転がっているようなタイプなのだろうか?
 まあ、たしかにわりとどこにでも寝転がるタイプだが、だからといってそういう言い方は無いと思うのだ。だいたい、わたしの知り合いの中には、わたしに似ている人がいないのだ。同じ学校、同じ職場などで、その手のことを言われたことが無いのである。不思議である。
 世界には自分に似ている人が3人いるなどと言うけどね。どいつもこいつも、わたしの前に姿を現さないのは、困ったもんである。1人くらいいても良いだろうに。まったく、3人もいて何をやっているんだかなあ。頑張って有名人になってみろよなあ。

 ところで、どうしてこんな話をしたかというと、実は他人がわたしのことをどのように判断しているかを知りたかったからである。自分に似ていると言われる人を見た感想が、わたしを客観的に見た感想ではないかと思ったのだ。自分を過大評価も過小評価もしないためには有効な手段だと思ったのである。

 うーむ。しかし、わたしって、一体誰に似てんのう?

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99.09.13 やはり町田は良いぜ

 今、町田が一番アツイのだ。

 と言っても、残暑が厳しいという話ではない。なぜならば、残暑が厳しいのは、町田だけではないからだ。おそらく新宿や渋谷も残暑が厳しいことだろう。わからないけどね。だって、この週末は、町田市内から一歩も出なかったのだ。新宿や渋谷の情勢はわからない。うん。この週末のイベントは、全て町田の中であったのだ。

 土曜日は、葉の人とデートであった。デートなんて久しぶりだなあ。うーん。オフミという話も無きにしもあらずだけど、向こうが「デート」と書いているので、デートであることは間違いが無いだろう。うん。間違いは無かったぞ。ちなみにわたしの場合、3回までは間違いが無いのだ。回数を数え間違い限り大丈夫だ。ちなみに大乗仏教とは関係が無い。
 この話は、日記に書こうかどうしようか迷ったんだけどね。ええと、ほれ、葉の人のファンに怒られたらイヤだからなあ。メールを開くと、カミソリがBASE64で添付されていたりして。まあ、隠すようなことは無いけどね。うん。隠すと余計変だな。ええと、詳しい様子は、こちらを参照。

 そして、日曜日は、オフミである。詳しい様子は、こちらを参照。嗚呼、なんて手抜きなんだろう。

 ところで、町田駅で降りたことが無い人は知らないだろうが、町田は意外と開けているのだ。小田急、大丸、東急、東急ハンズ、丸井などがあり、買い物で不自由することはない。今度はルミネもOPENするようだ。メディアバレーやソフマップなど、PCの店も多い。食べ物屋や呑み屋も豊富にある。急行が停まるちょっと大きな駅というレベルで考えると、判断を誤ってしまうだろう。町田の実力を侮ってはいけない。
 なんでも町田は、若者に人気のスポットとして上位にランクされるそうだ。やはり、ここは町田でオフミをやらないとなあ。町田近辺(小田急線、横浜線沿線)の日記書きは、意外と多い。知らないだけで、まだまだ隠れていると思うのだ。一時期は日記猿人の中でも吉祥寺派閥が幅を利かせていた時代もあったけど、これからは町田の時代なのだ。今、引越しを検討している人、町田はイカスぞ。越して来るのだ。

 それにしても、昨日はよく呑んだなあ。なにしろ金を払った記憶が無いくらい酔っていたからなあ。ゑの人の生ちゃろんは、面白いなあ。時間を忘れて呑みまくってしまった。帰ってきてF1を観ようとしたけど、起きていられなかった。メールチェック後、すぐに寝てしまったのである。当然、日記を書く気力も無い。昨日は完全にお休みをしてしまった。

 今朝は、起きるのがつらかった。まあ、二日酔いで頭がガンガンするなんてことはなかったけどね。でも、まだ酒が残っている感じなんだなあ。頭がクラクラするのだ。8時ちょっと前くらいだろうか。座っているのに頭が強烈にクラクラっときてしまったのだ。「ヤバイなあ。今日は休もうかなあ」と思ったのだ。って、地震だったんだけどね。それはクラクラするわなあ。
 いや、まあ地震じゃなくても、ちょっと頭がクラクラきていたのだ。駅までの道のりもまっすぐ歩けない。おまけにムカムカと胸焼け状態だったのだ。体調最悪である。それでも涼しい風に当たれば、まだマシなんだけどね。今朝は、異様にムシ暑かったからなあ。歩いていたら余計具合が悪くなってしまった。まったく、もう9月の半ばだぜ。暑いのもいい加減にしてほしいのだ。

 結局、残暑が厳しいという話だったり。

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99.09.11 今月

 書き過ぎだなあ。ファイルサイズがメチャクチャ大きくなっている。

 というわけで、今日はお休みだ。たまには休まないと、月の後半にはファイルがデカくなり過ぎて、開かないという人もでてくるかもしれない。なんてね。そうではなく、ちょっと呑んで帰ってきたので、書く気力が無かったのだ。うん。書くことが無いわけではないけど、たまには休まないとなあ。まあ、今日の話は、そのうちにということで。

 更新報告も無しです。

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99.09.10 ストップ・ザ・バイオレンス

 今週は2日続けてサッカー日本代表の試合を観てきたのだ。

 オリンピック代表(22歳以下)とフル代表の試合ね。国立競技場と横浜国際競技場。おかげで、財布はすっからかんなのである。それは良いのだが、いや良くはないけど、それは良いとして、この両競技場についてである。そこで改めて思ったのだ。ビールである。

 サッカーとビールは付き物なのだ。わたしは、サッカー観戦の時にはビールを呑むコトを欠かさないのである。特にこの暑い時期は、ビールが欲しいのだ。ビールを呑まずにサッカーを観るのは、大変味気ないのである。たとえて言うと、サッカーを観ずにビールを呑むようなものである。いや、全然違うか。サッカーを観なくても、ビールを呑むのであった。
 そう。国立競技場でビールを買うのは、大変なのだ。なにしろ売り場が少ないのである。代表の試合となれば、4万人、5万人入るのがわかっているのに、ビール売り場が足りなくて、さばき切れないのだ。まったく何を考えているのだかなあ。売店も頭悪すぎである。

 サッカーの試合においてビールが売れるのは、試合開始前とハーフタイム中である。競技の性質上、この2つの時間に客が殺到してしまうのだ。ところが、国立でその時間帯に買おうとしたら時間がかかり過ぎて、ようやっと買えた頃には既に試合が始まっているということがあるのだ。特にハームタイム中にトイレに行ってから買おうとしたら、さらにその可能性が非常に高くなってしまうのだ。国立はトイレも混むからね。
 しかも、国立は、通路が狭いこともあってか、試合中にビールを売りに来ることがほとんどないのだ。横浜はというと、頻繁に売りに来る。ハーフタイムや試合開始前に慌ててビールを買う必要は無い。ビール売りを待てば良いのだから楽なのだ。それを知っている人も多いので、ハーフタイム中もそれほどビール売り場は混まないのだ。この辺が横浜の利点のひとつでもある。

 そもそも、缶を持ち込めないことに問題がある。フーリガン対策で、ビン、缶、ペットボトルの持ち込みが禁止になっているのだ。ペラペラのアルミ缶やペットボトルなんて、投げても飛ばないと思うけどなあ。でも、中身が入ったまま投げるやつもいるのか。それならば、紙パックも禁止だと思うのだが、まあそれはおいておく。
 缶持ち込み禁止のため、ビールを売る時には、紙コップに移すことになっているのだ。これがまたトロトロと時間がかかってしょうがない。慣れないアンちゃんがやっていると、1分間に2人さばくのがようやっとだ。だから、20人も並んでいたらハーフタイムが終わってしまうのである。缶のまま渡せば、もっとスムーズに売れるはずなのになあ。ほとんど並ばずに済むだろう。

 これって、どうにかならないのだろうか? 一応、先読みでガンガン紙コップに注いでいくぐらいの対策はしているけどね。それでも、一度に大量に買う人もいて、なかなか追いつかないようだ。そのうえ、ガキンチョはコーラを頼むのだ。ビールは、1缶まるごと1つのコップに注ぐのでそう面倒ではないけど、コーラは1本のペットボトルを分けて注ぐので余計に時間がかかるのである。
 うーむ。なんか良い方法は無いものかなあ。容器が危険性の無いものになれば、簡単な話だけどね。でも、ビール等の炭酸飲料の場合、運搬を考えると紙パックというわけにはいかないからなあ。一応、わたしの頭の中では考えているんだけどね。紙コップベースに補強材を入れるとか。うーん。これで特許を取れば大儲けできるかなあ。むふむふ。

 えーい。特許なんてどうでも良いのだ。そもそも諸悪の根源は、フーリガンなのだ。やつらさえいなければ、缶のままビールが呑めるのだ。Jリーグが始まった頃は、缶のまま持ち込みができたのだ。外で安く買えるのである。クーラーバッグを持ってくれば、何本持ち込んでも大丈夫だ。競技場で450円のビールを3本呑んだら1350円。競技場外なら普通に買えば3本690円。全然安上がりではないか。まさか、これって競技場の売店の差し金で……、いやいや、そんなことは考えまい。

 とにかく、ストップ・ザ・バイオレンスなのである。

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99.09.09 努力の乙女

 カーイカイカイッ!

 どうやら、昨日競技場で蚊に刺されたようだ。二の腕の裏の辺りである。嗚呼カユイ。ワイシャツの上から掻いても、中途半端になってしまって、なかなかカユミ収まらないのだ。ワイシャツの胸のボタンを外し、中から掻いているのである。しかし、外ではやりにくいなあ。突然目の前の人が胸のボタンを外したら、「この人何するの?」と不気味がられることだろう。というわけで、今はガマンをしているのである。ムズムズ……
 いやはや、蚊に刺されたなんて、今日の本題とは全く関係無いのであった。関係無い話で文字数増やして、スマンです。「関係無いなら書かなきゃいいじゃん」と言われそうだな。しかし、わたしはカキたいのだ。カキたいのだからしょうがない。カキたいからカクのだ。カクぞ。カクぞ。嗚呼、カーイカイカイッ!

 それはさておき、エレベータである。6階から1階まで降りようとエレベータに乗ったのだ。エレベータに乗ると、すぐに停まった。5階である。人が乗り込んできた。うーん。1階までノンストップとはいかないのか。残念。と思っていたら、4階でも停まった。またか。また乗り込む人がいるかと思ったら、5階から乗った人が4階から降りただけだった。むむっ、それくらいなら階段を使えよお。まったく。
 でも、後はノンストップで下まで行くかな。と思ったら、3階でも停まった。あーあ、3階から1階までくらいなら階段を使えよなあ。と思っていたら、2階でも停まった。そして、3階から乗った人が降りて行った。なんだよ。また、1つ下に降りるだけか。階段を使えよ。結局、エレベータは各駅停車になってしまった。そんなに混む時間帯でも無いのに、時間がかかってしょうがないではないか。

 まったく、皆たるんでいるなあ。たかが1階下に降りるくらいだったら、エレベータを待っているより、階段を使った方が早いではないか。そんなに楽をしたいのだろうか。上に行くならまだしも下りだぞ。まったく、彼ら、彼女らには、今朝駅で見かけたギャルを見習って欲しいのだ。

 それは、JR長津田駅のホームである。改札の方へ向かっていたら、下りのエスカレータからギャルがずんずん降りてきたのだ。ええと、何? 下りにエスカレータを使うようなギャルの何処を見習えば良いのかって?

 ええと、実はそのギャル、バインダーケースを股間に挟んでいたのだ。落とさないように、グッと力を込めていたのだ。おそらく、あれは股間で挟み込む力を鍛えていたのだろう。一見、携帯電話を操作する為に邪魔なバインダーケースを股間に挟んでいたようにも見えるが、それは違うのだ。エスカレータで下まで降りる僅かの時間さえも惜しんで、股間のトレーニングしていたのだ。
 おそらく、何か立ち止まることがあれば、すぐにバインダーケースを股間に挟む人なのだろう。股間の筋力を高めることは、女性として大変重要である。そこで日常生活の中にトレーニングを取り込んでいるのだろう。大変良い心がけである。あのギャルの具合は、さぞや……ゲホンっ!

「努力の「努」の字は女のマタの力である」とは、よく言ったものなのだ。

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99.09.08 若い娘の味方をすれば良かった

 昨日、サッカー帰りの電車の中のことだ。

 わたしの右隣にはオヤジがいた。下品な妄想系エロネタ満載の週刊誌を読んでいた。いかにもオヤジって感じのオヤジである。それが吊革につかまってブラブラしているのだ。しかも、変な方向を向いている。ちゃんと皆と方向を向けよなあ。わたしの方を向いて立っているのだ。先ほどからわたしの肩に週刊誌が触れて鬱陶しいのである。昨日の電車はわりと混んでいた。混んでいる電車で週刊誌なんて読むなよなあ。そこまでして、読むほどのものじゃないだろう。

 キャピキャピ……

 途中の駅でギャルが乗ってきたようだ。2人連れである。ふむふむ。ガングロではない。舞台俳優のような変な化粧もしていない。髪の毛も染めてはいるが、アミダ婆のような白髪頭ではない。2人ともギャルではあるが、充分にわたしの許容範囲である。もっとも向こうの許容範囲にわたしは入っていないだろうけどね。ちぇ。それはさておき、何やら楽しそうに会話をしていたのだ。

 キキーッ!

 って、猿ではない。突然電車が揺れたのだ。ギャル2名はバランスを崩したようだ。キャピキャピ度が一層大きくなった。そして、その数秒後である。

「足を踏んだら、「すいません」くらい言え」
「……」
「足を踏んだら、「すいません」くらい言え」

 隣のオヤジがドスを効かせて二度呟いた。今の揺れで、ギャルのうちのどちらかが、オヤジの足を踏んでしまったのだろう。ギャル達は、バランスを取るので必死で余裕が無い。「すいません」を言うタイミングを逃したようだ。うん。まあ、ここはオヤジの言う方が正しい。しかし、わたしは、何故だかオヤジの方に嫌悪感を感じてしまったのだ。

 おそらく、恫喝して謝らせようというところに嫌悪感を感じたのだろう。気に入らないなら恫喝するだけ良い。謝らせようというところに嫌悪感を感じるのだ。この手のことを言いたがるオヤジってたまにいるけどね。まあ、若いやつにも多いか。しかし、その心情は、どのようなものだろうか? 単に威張りたいだけではないのだろうか?
 相手はギャルである。このオヤジの論理など「こんな小娘より、自分の方が偉いのだ。だから、小娘は謝らなくてはならないのだ」といったところだろう。相手の立場を下に追いやることで、ちっぽけな自尊心を満足させたいだけではないだろうか。腹が立ったなら怒れば良い。それは同等の立場としてのことだからだ。しかし、このオヤジのやっていることは説教だ。自分が上に立って従わせようとしているだけではないか。
 なんだか人間の小さいやつだなあ。サラリーマンのようだが、おそらく会社では下の人間に威張り散らしていて、部下、特に女性社員に嫌われているような人だろう。だから、余計小娘に対して良く思っていなかったりしてね。いずれにしても、精神年齢はガキンチョレベルだ。

 そもそも、このオヤジは、全然痛そうにしていないのだ。おそらく、ほんのちょっと足が乗っかってしまった程度だろう。特に謝るほどのモノではなかったのではないか。本当に痛そうにしていれば、彼女らも謝っていたことだろう。そこまで悪そうなギャルには見えなかったからな。だいたい、そんな不自然な方向を向いているから、足を踏まれるのだ。

 まあ、ここまで思うのは、単にわたしがオヤジよりはギャルの方が好きだからだろう。どちらと友達になりたいかと言えば、当然ギャルの方だ。それにさっきから鬱陶しいと思っていたということもあるだろう。まあ、黙って聞いていたが、今思えば、ギャルの味方をして、このオヤジを言い負かしてやれば良かったなあ。でも、その場で咄嗟に責めるべきポイントが思い付かなかったのだ。

 ギャルは一応「スイマセン」と言ったけどね。しかし、オヤジは何も反応無しだ。おいおい。こういう時は、「いえ、大丈夫です」とか何とか一言言うべきなんじゃないか? ったく。この点で責めるべきだったか。「謝っているんだから、オヤジも一言言えよ」ってね。

 仲間が5人もいたら簡単なんだけどなあ。オヤジの周りを取り囲んで、5人でオヤジの方向に足を差し出すの。オヤジは一歩も動けない。動こうとしたら誰かの足を踏んでしまうからね。電車が揺れたらつらいだろう。それで誰かの足を踏んだら、オヤジは、「スミマセン」と言わざるを得ないだろう。言わなかったら同じをセリフを言うまでだ。いずれにしても、かなりみっともない姿をさらけ出すハメになるだろう。それでギャル達は、溜飲を下げるわけだ。

 わたしも性格が悪いな。

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99.09.07 わたしの青春を返せ

 今日はサッカーを観に行って来たのだ。

 五輪代表の韓国戦である。あの中田が帰ってくるのだ。五輪代表+世界の中田、どれだけプレーを合わせることができるのか、この眼でチェックしないとならないのだ。行くしかないだろう。いや、わたしがチェックしたからといって、どうにかなるわけではなかったか。
 でも、このチームに小野など現在休んでいる選手が加わって、それで全てが上手く行ったら、このチームは相当魅力的なチームになるだろうなあ。まあ、全ての選手を使い切ることはできないだろうけどね。しかし、世界的に見ても五輪レベルの試合に中田が出てくるのって、反則に近いだろうなあ。

 で、試合はどうだったかというと、まあ、テレビできっちり解説してくれただろうから、詳しい話はどうでも良いか。惜しむらくは、ロスタイムの1点だなあ。それから、大差はついたけど、審判の笛に助けられた部分も大きいし、運もあった。韓国のシュートがほとんど外したということもあったな。まあ、ボールの支配率自体は上回っていたし、点差くらいの実力差はあったかもね。
 でも、中田のパスに味方すら反応できないのは、ちょっと問題だな。やはり、1人違うレベルのことをしようとしていたみたいだ。まあ、キラーパスなので1試合に数回通って、チャンスを作れば良いのかもしれない。トラップミスなどで、そのまま点につながることはなかったけど、ちゃんと通っているケースもいくつかあったからね。もし、このチームで中田のパスが読めるようになれば、最強かもしれない。

 それは良いのだが、ひとつ困ったことがあったのだ。それは何かというと雨である。前半30分くらいから強くなり始めたのだ。まあ、普段であれば困るほどの雨ではないのだが、ここは競技場だ。屋根が無いところに、あと1時間も黙って座っていなければならないのだ。本降りになったら15分でズブ濡れなのだ。
 しかたがない。ポンチョを買いに行くしかないか。前半35分過ぎに席を立って買い行ったのだ。うーん。でも、すぐ止みそうなんだけどなあ。でも、このまま降り続けたら、ハーフタイムには、ポンチョを買う人が売店に殺到するだろう。おそらく、ハーフタイムが終わる頃には売り切れているに違いない。残り45分、ずぶ濡れ覚悟で観るハメになってしまう。買うならば今しかないのだ。1050円。

 ハーフタイムを過ぎたら雨が止んだ。そして、そのまま試合終了まで降ることは無かった。やっぱりポンチョは要らなかったか。やられたぜ。わたしの1050円返せーっ! ついでに青春も返せーっ! などと、どさくさに紛れて言えば、誰か間違って返してくれるかもしれない。

 しかし、わたしもサッカー好きだなあ。明日はイラン戦を観に行くのだ。

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99.09.06 2000年問題でお悩みの貴女へ

 そういえば、カーナビは大丈夫だったようだ。

 カーナビを8月22日以降に使うと、問題が起きるというアレである。厳密にいうと2000年問題ではないのだが、何故かマスコミが2000年問題と報道していたアレである。わたしのカーナビはCASIOのモノなのだが、アナウンスが全然無かったので、ちょっと不安だったのだ。
 買ったのは去年なのだが、一年型遅れのモデルだったので、1997年モデルということになる。パイオニア等、いくつかのメーカーでは、この辺が微妙な境界線だったのだ。問題が起きなかったということは、CASIOのカーナビはパクリじゃなくてちゃんと自社設計していたのだろう。GPSの仕様も抑えていたようだ。エライ。うん。DVDナビの値段が下がるまで、使い続けることにしよう。

 利用者としての2000年問題は、こんなところだろうか。まあ、実際は大損害を被ることも無いはずだ。問題は、開発者としての2000年問題である。わたしも過去には色々プログラムを作っているのであった。過去にわたしが関わっていた中には、経理システムなどの事務系アプリや電子交換機があるのだ。
 経理システムなどは、当たり前のように日付をキーにした処理が多数あるのだ。電子交換機は、ビット単位でシビアにメモリを割り当てるのだ。当然、日付を4桁処理になどしていないから、やはり問題箇所が多数ある。しかも、大半がギチギチに設計されているので、パッチを当てることも不可能かもしれない。これらのプロジェクトから早めに抜けて助かった。続けていたら間違い無く正月出社だっただろう。
 ああ、誤解があるといけないので言っておくけど、、わたしは2000年問題を作り込むようなことはしていないからね。既存部分で問題箇所が多数あるということなのだ。ほとんどのシステムが80年代以前に作ったものがベースなっているのだ。

 今日、「ビッグコミックスピリッツ」を読んで知ったのだが、独身OLにも2000年問題があるそうだ。それは、「2000年の正月を誰と過ごすか」ということらしい。それは大変だ。1000年に一度のことだ。彼氏と一緒に過ごしたいだろう。しかし、サラリーマンの大半は、2000年問題対応で仕事に狩り出される可能性があるのだ。相手がいない人も多いだろう。特にプログラマなんてアウトだ。プログラマと付き合うなんて、やめとけというもんである。
 ううっ。かく言うわたしも自宅待機しないとならないのだった。しかも、「何か問題があったらすぐに呼び出すから酒は飲むな」と言うのだ。ええい。自宅待機なんてしていられるか。大晦日なのに酒を呑まずにいられるものか。わたしは飲むぞ。2000年を迎えるに当たって、マイ母と一緒なんてヤダヤダヤダ。絶対に出かけるのだ。

 なあに、連絡さえ取れれば良いのだ。何かあったら駆けつければ良いのだ。それならケイタイを持って出かければ良いのだ。首都圏にいる分には平気だろう。そもそも、わたしが現在関わっているシステムは、日付なんて関係無いシステムなのだ。それに、わたしの担当箇所には日付処理は全く無いのだ。呼び出される可能性は、万に一つも無いだろう。だから、2000年は是非貴女と一緒に迎えたいのだ。嗚呼、絶対迎えるのだ。……って、ところで貴女って誰だ? そうだ。そんな人はいなかったのであった。

 そういうわけで、まだ予定が決まっていない貴女、わたしでどうだ?

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99.09.05 家族合コン

 向こうの席に美人妻がいた。

 いや、美人妻だけではなくて、旦那さんと娘さんもいた。今日は楽しい日曜日、家族3人で食事のようである。家族で食事をするのは、とっても楽しいのだ。たとえ、それがミストであってもね。ふむふむ。旦那さんと娘さんは、とっても仲良しのようだ。実に楽しそうにしているのだ。

 娘さんは3、4歳というところだろうか。椅子に座ると、床に足が届かないようだ。ブラブラ。ちなみに娘さんがどれくらいノッっているかは、その足を見ればわかるのだ。そのブラブラ度が激しいほどノッているということだ。犬のシッポと同じである。
 どうやらノリノリらしい。最高速で足をブラブラさせている。肩まで左右に揺らしている。旦那さんも肩を左右に揺らしている。旦那さんもノリノリだ。アクション付きで楽しい会話をしているようだ。それとも歌でも歌っているのだろうか。いずれにしても、旦那さんは、幼児のハートをつかむのに長けているようだ。

 しかしながら、問題は美人妻の方である。彼女の視線は違う方を向いていた。会話にはほとんど加わらず、つまらなさそうにしているのだ。楽しいハズの家族の団らんが、こんな状態ではマズいだろう。しかし、旦那さんと娘さんはお互いの会話に夢中のようだ。彼女を気づかって、話題を振ったりしないのである。うーむ。
 なんだか合コンの風景を見ているようだなあ。あまり相手にされないので、かまって光線をバリバリ出してスネちゃう人。美人妻は、そんな感じである。旦那さんはわかってないなあ。合コンは、男女同数が鉄則なのだ。しかたなく女子の方が多くなってしまった時は、ちゃんとまんべんなくフォローしないとね。どれどれ、わたしが入ってあげようか。美人妻は、わたしの担当ということで。

 って、それはしないけどね。しかし、美人妻は、「旦那さんを取られた」と娘さんに嫉妬しちゃっているだろうなあ。自分の彼氏を女友達に合わせたら、たまたま友達と彼氏の趣味が一緒で会話が盛り上がってしまった。でも、自分は、その会話についていけない。それどころか、彼氏は友達にデレデレと鼻を伸ばしている。それで、ちょっと呆れてしまった。そんな感じにも見えるのだ。旦那さん、後のフォローが大変だぜ。

 ほらほら。帰ろうとしているのに、美人妻は席を立とうとしないのだ。旦那さんと娘さんは、駐車場の方に行ったみたいだけど、美人妻は独りで座ったままだ。なんだか「今日の合コンは納得が行かないわ。まだまだ続けるわよ」とでも言いたそうである。5分ほどしてから旦那さんが戻ってきて何やら説得した後、ようやく席を立ったけどね。やっぱりスネていたのかなあ。

 でも、そんなスネ方をする美人妻って、ちょっとカワイイなと思った。

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99.09.04 今週の歌う廃人

 今週の話題といえば、やはり槙原敬之に尽きるだろうなあ。

 昨日のニュースによると、覚醒剤だけじゃなく麻薬もやっていたらしいとのことだ。うーん。槙原敬之の件に関しては、「どんなときも僕が僕じゃないような気がするようになってしまった」とか、「もうコカなんてしないなんて言わないよ絶対<言えよ<っていうか、コカじゃなくてジャブだろ」とか、色々考えていたのだが、槙原ファンの読者もいると思って書かなかったのだ。って、書いてしまったが、……ウォホン。

 それはともかく、覚醒剤を打つミュージシャンって多いけど、実際どうなんだろう。アイディアに詰まって、ついついやってしまうものだというけどね。覚醒剤を打つことによって、天才的なひらめきを得ることがあるなどともいうけどね。槙原敬之って、まんだら屋の良太みたいな顔をして爽やかな歌を作る人だからなあ。覚醒剤を打ってあの歌を歌ったら、それは詐欺というモノだろう。
 そういえば、わたしの知り合いにいつも腹を空かせたバンドの人がいるのだが、彼は腹を空かせてトリップ状態になった時に曲を作っているのだろうか? 腹を空かせてトリップ状態にならないと、ひらめかないのだろうか? ということは、メジャーデビューをして売れてしまったら可哀相だ。いくらCDが売れて大金を稼いでも、飯を腹いっぱい食べてはイケナイのだからなあ。

 まあ、いずれにしても、薬物に頼るのは良くないのだ。薬の力でいくら天才的な曲を作っても、それはニセモノというものだ。最近の槙原敬之の歌は良く知らないけど、本当の槙原敬之の歌は、まだ薬を使っていない90年代の頭に出したあの一連の歌なのではなかろうか。薬に頼って偉くなっても、誰も尊敬してくれないというものなのだ。

 ワシントンである。靴屋の方ではなくて元大統領の方ね。ワシントンといえば、桜の樹の話で有名である。ワシントンが子供の頃、庭の桜の樹を折ってしまった。しかし、正直に父親に話したところ、父親が「大変正直者だ。将来偉い人になるだろう」とホメたそうな。すると、ワシントンは、その話を鵜呑みにして努力し、本当に大統領にまで上り詰めてしまった。という話だ。
 まあ、この話は、作り話らしいのだが、それはこの際おいておく。さて、これがもし薬物によるものだとしたらどうだろうか?

「うへえ。桜の樹を折ってしまったのはあ、あたいでやんすよお。パパア、おこらないでねえ。ちゃんと正直言ったからねえ。えへえへ。だから、将来偉いやつになるって、ほめてよねえ。かつどーん」

 ええっ、こんなやつを誰が尊敬するものだろうか。この話も自白剤を使って白状したものだとしたら、大統領の価値は一気に下がるというものである。「昼はメスカリンで自白、夜はチオペンタールで自白、ポンズWホワイト♪」なんて薬漬けの大統領では、誰も尊敬してくれないというものだ。ホンモノでいたいのならば、薬は使わないコトである。

 ええと、だから自白じゃないってば。

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99.09.03 今週の面白い恋人

 すっ、すみません。あれは、わたしがやったんですっ! かつどーんっ!

 おいおい。それは自白である。わたしが言いたいのは、美白なのだ。大きな違いである。そうなのだ。今は美白ブームなのだ。相変わらずガングロ派も多いが、美白派も増えてきたようだ。やはり鈴木その子の影響なのだろうか? でも、みんな鈴木その子のようになりたいのだろうか? ホントに?
 さて、鈴木その子といえば、一部では「美白の女王」と呼ばれているようだ。とすると、当然「美白の王様」や美白の「王子様」もいることだろう。それはいったい誰のことなのだろう。あまり有名な人ではないのかもしれない。ちょっとヒネって「美白の殿様」なら思い当たるフシがあるのだ。というか、白い殿様といえば、志村けんしかいないのだ。

 しかしながら、わたしの本命は、やはり「美白のお姫様」なのだ。だって女王様も王様も王子様も殿様も、恋愛の対象外だからね。白いだけで美しいとは思えないのだ。まあ、女王様については、ある種の美しさは感じるけどね。せめて、あと30歳若ければなあ。あれでは、「お友達でいましょうね」というもんだ。友達にはなりたいかもしれない。オフミしようぜ。って、読んでいないか。
 では、その「美白のお姫様」とは、一体誰になるだろうか? アンケートを取ったら、おそらく柴咲コウを挙げる人が多いのではないだろうか。ええと、皆さんは、柴咲コウを知らないかな。ポンズWホワイトのCMに出ている人である。「ファンデーションは使ってません」というアレだ。実は、わたしも今日まで名前を知らなかったのだ。インターネットを駆使して調べたのである。

 その柴咲コウに一目ぼれをしてしまったという話ではない。どうにも、わたしのタイプではない感じだなあ。まあ、会ってみないとわからないけどね。オフミでもしてみるか。って、読んでないか。うん。それというのも、フジテレビの「社会の窓」という番組で、彼女は今週のゲストだったのである。それを見ていて、ふと思ったのだ。

 ところで、その柴咲コウで気になったことがひとつある。なんでも彼女は、18歳の高校生だそうだ。化粧品のコマーシャルに女子高生を使うなんて、なるほど瀬戸朝香と同じパターンか。それは良いのだが、このCMにはちょっと問題が無いかい?

 18歳の高校生なら、特に悪いことをしない限り、ファンデーションを使ってなくても肌がキレイなのは当たり前じゃないか。それよりも、わたしは後ろの奥様の方が気になるのだ。たとえファンデーションを使っていたとしても、あれだけキレイだったら充分OKではないか。
 奥様の歳がいくつかわからないけどね。30代かな。美白効果を訴えるならば、30代でも充分にキレイな肌になるというところを売りにしないと意味が無いだろう。それとも、20歳以下に限り、ポンズWホワイトを使えば肌が白くなるということを言いたいのだろうか。ということは、ポンズWホワイトを使っても、肌は白くならない。ポンズWホワイトなど買ってはいけない。って、もうそれは終わったか。

 まあ、ポンズWホワイトって、20歳前後を対象とした商品なのかもね。でも、それならば、あの奥様は美しすぎると思うのだ。もっと効果を訴えかける作りにしないとなあ。どうせなら、JAROに怒られることを覚悟で、ハイユウヤドクガエルのような肌の奥様を出してくるべきだろう。ハイユウヤドクガエルのような肌でも、美白の人になれそうに思わせるのだ。

 そんなCM、こわいってば。

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99.09.02 夏休み読書感想文の続き

 続きである。

 コカ・コーラライトの項では、アスパルテームの危険性について、ネズミによる実験の話が載せられている。妊娠したネズミに、体重1kgあたり1日4.4gのアスパルテームを与えたところ、生まれた子供の成長が悪かったというものである。なるほど、それは大変だ……って、ちょっと待て。
 よく考えて欲しい。体重1kgあたり4.4gということは、体重50kgならば220gだ。1kgの砂糖の袋を想像して欲しい。その約4分の1である。誰が一日にそんな大量の砂糖を食べるというのだ。しかも、アスパルテームは、砂糖の200倍もの甘さと書かれている。それを考えると44kgで同等と言える。そんなに砂糖を食べるなんて人間技ではないだろう。化け物か。そんなに砂糖を食べたら、別な病気になってしまうではないか。アスパルテームは、砂糖よりも毒性が低いと言いたいのだろうか。この引用には何の意味も無いだろう。単なる勇み足だ。
 そして、完全に勇み足なのが、ななゑさんも笑ってしまった都市伝説である。マクドナルドのみみずバーガーだ。他にもよく読むとおかしい記述がいくつもある。全てあげるとキリが無いくらいだ。

 もっと問題な記述もある。たとえば、厚生省は薬害エイズ云々、味の素は総会屋対策でダーティな云々、悪いイメージを植え付けておいてから、「さて、どちらの言い分が正しいと思いますか?」なんてことをやらかすのだ。読者を誘導するような汚いやり口だろう。
「A君の家は貧乏です。A君のお父さんは、昔泥棒で捕まったことがあるそうです。昨日B君の財布が盗まれました。さて、誰が犯人だと思いますか?」なんていうのと同じレベルではないか。
 このような論じ方は、基本的にノストラダムス本やUFO本と同じである。状況証拠、それ以前の論理ですべて片付けてしまう。それがイメージ的に想像しやすいがゆえに、信じてしまう人も多いだろう。この本には、そういうやり方が随所に見られるのである。

 その最たるものが、企業広告を載せていない、金をもらっていないのだから正しいという論法である。企業から金をもらっていないことと、内容が正しいことは、本質的には関係が無い話だ。一見すると正しいような気にさせられてしまうが、正しいことの証明にはなっていない。企業から金をもらっていなくても、事実誤認をしていれば間違ったことを書いてしまうことがあるだろう。
 メーカーに対し偏見を持っていて、逆にメーカーを追いつめるために悪口を並び立てているということだってありうる。この本には、それを感じる。東芝問題なんか話にならないくらいのクレイマーというやつではないか。それを言うなら、企業から金をもらっていながらも、敢えて糾弾するような記事が書けて、ようやっと本物だと言えるくらいだ。
 そもそも、企業から金をもらっていなくても、より刺激的に書くことで本が売れる。つまり儲けることができるという考えだってあるのだ。金儲けのために食品添加物を入れているという食品メーカーと大差無い姿勢だろう。この本には、食品添加物のように刺激を与えるだけの不必要な表現がいっぱい入っているという印象を受けるのだ。

 ええと、勘違いして欲しくないのは、食品添加物が良いと言っているわけではないということだ。できれば使わない方が良い。ただし、生涯にヤマザキパンを百個食べても、それが原因で病気になる可能性は、まず無いだろう。千個食べても平気だ。1万個だとちょっとわからない。10万個ならば危ない可能性がかなりある。一日5個ずつ食べて55年間だ。そんなレベルの話ではないか?
 最初に量について記述されていないことを問題にしたのは、そういうことである。どれくらい食べたら、どれくらいの危険性だということを示さないとならないのではないか。この本を読むと1個だってダメなような印象を受ける。しかし、ヤマザキパンをたったの一個食べてしまっただけで、死んだ人はいない。
 逆に食品添加物ではなくとも、コップ一杯の醤油を飲んだらどうなるだろう。死ぬんじゃなかろうか。死ななくても、間違いなくぶっ倒れることだろう。では、醤油は訴えなくても良いのか?

 訴えるべきは、通常考えられる最大量を摂取して危険性があるものだろう。生涯かけても無理な量を食べないと、危険性が現れないようであれば、わざわざ糾弾する必要などない。どうにもこの本は、手当たり次第にこき下ろしているだけのような気がするのだ。だから、きちんと量を調べることが大事であるというのだ。
 ヤマザキパンは、どれだけ食べるとどれくらいの危険があるのだろうか。それを示さないというのは、不親切である。本気でやるなら、実験用のラットを買ってきて、ヤマザキパンを餌に混ぜてみると良い。その結果をもって、本を書くべきだろう。こんなにヒステリックすぎると、どうせ死にはしないから平気だとタカを括ってしまい、却ってマズいことになる人も多いのではないだろうか。

 この本を読まずとも、普通の人は、問題となるほどこれらのモノを食べてはいないだろう。わたしの場合、1年間でヤマザキパン(あるいは同種のもの)を20個も食べていない。おそらく一桁だ。コンビニのオニギリは、もうちょっと食べているかな。30個くらいだろうか。インスタントラーメンも20食程度だろうか。
 基本的にこの手のものは、外出先で調理設備が無い時、冷蔵庫が空なのにスーパーが閉まった後に帰宅した時、そんな時にしか食べない。普通はそんなもんだろう。

 えっ? もっと食べているって?

 まあ、そうだなあ。独身男性には、3食全てコンビニやファーストフードで済ませている人も多いだろう。たしかに健康を害する可能性がある。そういう食事は、即刻止めるべきだろう。しかし、これは食品添加物以前の話で、むしろ栄養の偏りの方に問題が多いのではないだろうか。

 ここは、マジメに聞いて欲しい。わたしの一年後輩であるが、まさにそのような加工食品漬けの生活をしていた人がいたのだ。朝は、コンビニのおにぎりやサンドウィッチ、昼はコンビニの弁当、晩飯はファーストフード、部屋に帰って今度はコンビニ弁当にカップラーメン、それでも腹が空いたら、夜中に牛丼屋やラーメン屋に直行。仕事中でも常にスナック菓子を食べているし、お茶よりもコーラなどを良く飲む。そんな生活を何年も続けていた。
 そして、彼はどうなったかというと、実は2年前に死んだ。仕事中に突然吐き気をもよおしトイレに行ったところで、そのまま突っ伏して死んでいたそうだ。死因は、はっきりとわからないが、心臓関係か脳関係だろう。肝臓や血液検査では、かなり危険な数値が出ていたらしい。食生活によって、健康状態がおかしくなっていたのだろう。ちなみに自覚症状は、ほとんど無かったようだ。

 これは、食品添加物というよりも栄養の偏りによるものだろう。脂肪分や塩分糖分の摂りすぎ、野菜不足である。3食全てコンビニやファーストフードで済ませていたら、栄養のバランスを摂るのは無理な話だ。今更ながら思い浮かべてみると、仕事をよく休んだり、入院してしまうような人には、彼ほどではなくとも同様の食生活をしている人が多い。気をつけるべきだろう。

 まあ、独身男性にはそういう人もいるかもしれないが、妻子持ちはそんなことが無いだろう。美人の奥さんがちゃんと料理してくれるはずだ。えっ? 最近はそうでもないって? スーパーの惣菜、レトルト食品、インスタント食品で済ませて、まったく料理をしない主婦も多いって? それは即刻やめなさい。マジで。
 何もまったく加工食品を摂るなとは言わない。無農薬の自然食品だけでまかなうとなると、出費もすごいだろう。できれば、無農薬、低農薬の方が良いのは言うまでもないが、そこまで行かなくとも、スーパーで食材を買ってきて、炒めたり煮たりするだけで良いのだ。

 というと、働いている主婦から反感を買うんだよなあ。忙しくて料理を作るヒマが無いって。でも、わたしは独り暮しの時、肉や野菜を買ってきて料理をしていた。残業で毎日23時過ぎに帰ってきても、ちゃんと作っていた。弁当まで作っていたこともある。やろうと思えばできる話である。
 料理が面倒といっても、肉野菜炒めなら10分あれば作れる。たいした手間ではない。煮込み料理なんていうのも良い。時間はかかるが、台所に張りついている必要は無い。その間は、インターネットでもしていれば良いのだ。部屋が暖まるので、暖房も兼ねて冬場は良くやっていた。
 ダシも化学調味量を使わず、鰹節や昆布からとっていた。ダシなんて一回で3日分くらいとって、残りは冷蔵庫に入れておけば良いのだ。そばつゆ形式にすれば、もっと持つだろう。これは、ちょっと工夫すると煮物や野菜炒めの味付けにも使える。

 主婦ばかりが料理するのは不公平だって? しかし、健康のためだ。しょうがないだろう。自分の負担ばかりが大きいというならば、旦那さんにも作らせれば良いだろう。愛していれば作れるはずだ。どうしても作ってくれないというなら、そんなやつ別れてしまえ。代わりにわたしが結婚してあげるのだ。
 子供がいるなら、話はもっと簡単だ。小学校高学年なら料理くらい作れるだろう。家庭科の授業でも料理を作るのだ。できないとは言わせない。男の子だってやらせるべきだ。わたしも小学生くらいの時から、簡単な料理を作っていた。将来独り暮しをした時に、わたしの後輩のようにならずに済むだろう。

 外食もたまには良いだろう。しかし、手抜きのための食事ではならない。美味しい物をたんと食べさせてあげたい気持ちから外食をするのだ。だから、ファーストフードで夕食を済ませるようではいけない。ちなみにわたしは、今ミスドにいるのだが、ここで食事を済ませる家族も多い。
 たとえば、わたしの後ろにいる家族だ。母親が1人と子供が3人。一番上が7歳くらい、一番下が3歳くらいだ。こんな中途半端なもので夕食を済ませる気だろうか。栄養のバランスがメチャクチャである。こんなものを食べさせてないで、もっと晩飯らしいものを食わせてやれ。
 間食というならまだしも、夕食ならば、せめてファミレスに行くくらいのことはしろ。ファミレスでも問題は大きいが、ミスドでドーナツのみの夕食よりはマシだろう。金が高くつくなんて言うなら、家庭で料理をした方がずっと安くつくだろう。それに時間も22時過ぎだ。おまえのところは、子供を何時に寝かせるのだ。本当に子供のことを考えているのか。

 実は、後ろの子供がうるさくて、日記を書くのに集中できなくて困っているのだ。

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99.09.01 夏休み読書感想文

 9月に入った。小中学生の皆さんは、夏休みの宿題を終えることができたのだろうか?

 夏休みの宿題といえば、どうにもクセ者なのが読書感想文である。そういうわたしも小学生の頃、読書感想文には大変悩まされたものである。通常の作文ならば何を書いても良いのだが、読書感想文は感想を書かなければならないのだから、困ってしまうのだ。感じられるところが全く無かった本に対しても、何らかの感想を書かないとならないのである。

 本の内容にちょっとでも触れていれば何を書いても良いものだということがわかったのは、わりと大人になってからである。また、「つまらない」などといった否定的な感想を書いても良いことがわかったのも大人になってからだ。もっとも小学生の立場では、否定的なことを書くのは難しいけどね。
「それは、お前の本の読み方が下手だからだ」で終わりなのである。たとえば、「雪国が良いのは冒頭だけ。後は全然つまらない。みんな川端康成のビッグネームに踊らされているだけで、本当に面白いと思っている人は何人もいないだろう」なんて書きたくても書けないのだ。
 世間の批難を浴びたくなければ、他の人に合わせることになる。すると「……するところが面白かった」、「……には感動した」、「……のようになれたら良いなあと思います」といったことしか書けないのだ。後は、如何にしてそれを文章としてつなぐだけかということである。こんな作文は、苦痛以外の何物でもないのだ。

 そんなことを思い出してしまった。なんだか悔しいなあ。今なら色々書くんだけどなあ。というわけで、読書感想文なのである。わたしも夏休みには、一応本を読んだのだ。まあ、休みが終わって10日も経つので、ちょっと遅いとは思うが、取りあえず書いてみるのだ。まだ宿題を終えていない小中学生は、参考にしていただきたい。

「買ってはいけない」を読んで     うめ組 みやちょ

 ななゑさんを始め、既に多くの人に語られた「買ってはいけない」であるが、わたしも世間の話題には逆らえない。読んでしまったので感想を書く次第である。
 結論から言うと、「話半分に読んでおくのが丁度良いだろう」というところだ。また、併せて「文藝春秋」の記事も読んでおくべきだろう。「文藝春秋」には、この本への反論が書かれている。この手のものは、両者の意見を総合的に聞き、一方の意見に偏向しないようにしたいものである。しかし、どうにもこの「買ってはいけない」には胡散臭さを感じるのだ。

 もちろん良いことも言っているのだ。「カカオの恵み」の項では、「毎日これ食え」といった単品健康主義について警鐘を鳴らしている。マイ母のように、みのもんたに毒されている人は、これを読んでほしいものである。
 みのもんたが紹介するものを全て毎日摂っていたら食べ過ぎになってしまうだろう。また、ひとつの病気に対しては効き目があっても、同じものばかりを食べていたら、別の病気になりやすくなってしまうだろう。絶対的に身体に良い食べ物など存在しない。健康を求めるならば、多種多様な食べ物を食べることが一番なのである。

 さて、この中でもっとも多くの頁が裂かれているのは、食品添加物に対してである。もちろん、食品添加物は身体に悪いだろう。ただし、問題は量だ。しかし、この本では、特定の添加物が入っているか入っていないかだけで、どれだけ入っているかは書かれていない。
 本来ならば対象となる商品を分析装置にかけ、どの食品添加物がどれくらい入っているかを調べなくてはならないだろう。ある物質が1mg混入されているのと、100mg混入されているのでは、影響度が全然違うのは、誰だってわかる話だ。どれくらいの量が入っているのかも知らないで「買ってはいけない」というのは、いささか無責任ではなかろうか。

 この本では、特定の商品を槍玉にあげる手法を取っているが、これではその根拠が薄いのだ。代表として槍玉にあげるならば、この商品には他社の同種商品より、食品添加物が多く含まれているといった理由が必要だろう。では、どうしてそうしないのだろうか? まあ面倒だからだろう。金もかかる。棚に並んでいる商品の添加物の表示を見て、適当に選んでいるのだろう。素人にもできる仕事だ。
 なんだか食品メーカーに対してイヤガラセをしたいだけだろう。もしかすると、この本にあげられた商品のメーカーには、個人的に恨みがあるのかもしれない。そうではなくとも、「なんとなく嫌いな会社だから、イジメてやれ」といった意識が働いているのかもしれない。その為にエキセントリックな手法を用いているような気がしてならないのだ。

 また、この本では、個々の添加物に対し解説が加えられている。それは良いのだが、同じ添加物が何度も解説されている。解説文の内容もほぼ同じことの繰り返しだ。3分の1も読めば飽きてくる。エキセントリックな手法を使うといったところで見出される読み物としての面白さも、これでスポイルされてしまうではないか。
 この本を読めば、素人だって続編を書くことが簡単にできるだろう。ソルビン酸カリウム、赤色何号といったタール色素、アスパルテーム。そういった添加物が表示がされていて、CMになっている有名な商品を適当に見繕えば良いだけだ。文章は、ワンパターンだ。後は自動的にできあがる。

 一見すると、著者の目的が、食品添加物に対し問題意識を持つ事への啓蒙であるように思える。多くの人を健康を考え、食品添加物を含んだ加工食品に対しての警告を発するのは高尚な目的だろう。しかし、それならば特定の商品で項目を作るのではなく、食品添加物ごとに項目を作り、それが含まれている商品を列挙するという手法の方が良いだろう。どの食品添加物が悪いか理解しやすい。前者の方では、どの商品が悪いという印象が強くなってしまう。
 もちろんインパクトは、商品を槍玉にあげる方が強い。野次馬的な見方で読者の興味をひくだろう。同じことの繰り返しで擦り込むということもある。しかし、その為だけに特定のメーカーをあげつらうのは、あまり正当な手法とは思えないのだ。モノ書きとしてのモラルが感じられないのである。「日刊ゲンダイ」の記者と同レベルだろう。

 ええと、長くなったので明日に続く。

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