03.04.30 カレーを食べても痩せない理由
 それにしても、嘆きのゴールデンウィークなのである。今年のカレンダーにはまいってしまった。ゴールデンウィークなのに仕事に行かないとならないとは困ったものである。一週間休まなかったゴールデンウィークは、ここ数年なかった。いつもの年は2日程度休みを取って、まるまる一週間休みにしていたのである。4月30日に仕事をするのは何年ぶりのことだろう。
 まあ、28日、30日、1日、2日と4日間休んで、無理矢理10連休にするという手もあった。わたし個人は特に忙しくもない。しかし、今年はプロジェクト全体のスケジュールが困ったことになっていたのだ。「4月30日までテストを行う。そこで問題が発見された場合は、5月2日までに直すこと」ということになっていたのだ。自分の担当分で問題を抱えていなくても、4月30日の最後のテストで問題が発生する可能性がある。休みの予定が入れられなかったのだ。
 とは言え、一日も休まないのは納得がいかないので、25日と28日に休みを取ったけどね。なんとか5連休である。30日から2日までの3日間仕事をすれば、問題が起こったとしてもなんとかなるだろう。何しろ、このゴールデンウィークにはやらなきゃならないことがあったのだ。休まないとならなかったのだ。

 免許の更新である。日曜日でも更新はできるようだけど、警察署ではダメで、試験場に行かないとならないらしい。わたしの住んでいるところは都内のどの試験場からも遠いので、それは勘弁である。是非とも平日に休んで、警察署で免許の更新をしたかったのである。
 それに警察署での更新は、いい加減なのである。町田警察署では過去2回更新しているけど、講習らしいことを受けないまま新しい免許証を受け取ることができた。待合所で講習用のビデオを流していたけど、真剣に見ている人はいなかった。環境ビデオみたいなものである。前回は写真を撮った後、一服しに外に出て5分ほどしてから中に戻ったら、すぐに名前を呼ばれて新しい免許を受け取った。ビデオなんて見ていない。「講習はどうしたの?」という感じであった。警察署に着いてから新しい免許証を受け取るまで20分くらいしか経っていなかった気がする。
 実は今回もそれを期待していたんだけど、さすがにマズいと思ったのか、一応講習らしきものを受けさせられた。それもすぐに終わったけどね。まあ、これでまた5年間更新しなくて済む。しかし、次に更新する時は更なる大台にのってしまうのか。うーん。写真を撮るのが恐い。

 町田駅から町田警察署までは、それなりに遠い。この日は雨が降っていた。どうしたものだろうか。タクシーを使うか。でも、なんだかコストパフォーマンスが悪い。路線バスという手もあるけど、ここからバスに乗ったことが無いので何に乗れば良いのか、よくわからない。まあ、雨といってもほとんど霧雨みたいなものだし、歩いて行こう。
 というわけで、散歩気分でテクテク歩いて行くことにした。わたしは町田市民ではあるが、町田市の全てを知っているわけではない。普段通らないところを歩くのは新鮮な気分である。たまには良いものだ。それに色々な発見もある。たとえば、町田では未だに蒸気機関車が走っていたりするのだ。


 失礼。文章を間違ってしまった。町田では未だに蒸気機関車が止まっているのであった。止まっているだけでは、当たり前過ぎるな。あと、なにやらわからないけど、日本で最初の車椅子用自動車なんてのも止まっていた。昭和何年だったかな。いやはや忘れてしまった。説明が書かれていた看板も一緒写真に撮っておけばよかった。しかし、当たり前だが、レトロなデザインだなあ。結構好きだ。こんなに昔から車椅子用の自動車ってあったんだなあ。


 いすずのサイトを見た限りでは、ベースは初代モデルのように見える。
 エルフの歴史

 まあ、そんな話はどうでも良くて、問題なのはタイエットである。散歩の途中、「タイエット」などと書かれたポスターが目に飛び込んできたのだ。ダイエットと良く似ているが、間違ってはいけない。タイエットなのである。カレータイエットである。英語のつづりでは「Curry Tiet」になるだろうか。「不可能」ですら掲載されているというわたしの辞書にも載っていなかった。いったいタイエットとは何ぞや?
 タイピングミスだとは思えない。なぜならばこのポスターは手書きだからだ。だからといって、手書きで間違ったとも思えない。手書きなら、後からでも濁点を追加するのは簡単な話だ。ましてやポスターの一番重要と思われる箇所である。町田街道という大通りに面したところ、大勢の人が見るであろうポスターである。一通りのチェックはしているはずだ。これは敢えて「タイエット」と書いたとしか考えられないのだ。


 タイエットということは、カレーを食べても痩せないものと思われる。そうでなくては、キレンジャーが可哀相である。

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03.04.27 間違い探しではなかった
 嗚呼、サッカー話なんて書くんじゃなかった。どうも長くなってしまうんだなあ。簡単に書いて終わるつもりだったのだけど、あれもこれも書きたくなって仕方が無くなってしまった。結局一週間かけて延々と書いてしまった。どうやらわたしは、サッカーライターにはなれないタイプの人間のようだ。週刊ペースでは仕事できそうもない。それを考えると湯浅健二はすごいと思う。試合が終わって数時間で自分のサイトを更新しているけど、よくあんなに書けるものだね。雑誌の仕事もあるのというのに。まあ、雑誌に載せる文章の下書きという話もあるが。

 そんなわけで、タイミングを逸してしまった話である。先月あたりから、このページに同じ写真を載せていたのに気づいた人はいるだろうか。まあ、携帯で読んでいる人以外は、みんな気づいているか。実はあれは同じ写真ではない。これもだいたいの人がわかっているだろう。で、あれで何をしようと思っていたかというと、もちろん間違い探しではない。毎日同じところから写真を撮って載せていたわけだが、たしかに日によっては人が写っていたりいなかったり、毎日同じところに駐車している軽自動車がたまたま無い日があったりする。しかし、それが面白いかというと別段面白くないと思う。

 実は、山に注目して欲しかったんだなあ。遠くの方に見える山だ。三月中旬から四月中旬まで、桜が咲き始めて散るまでの様子を記録しようとしていたのだ。しようとしていたのだが、いまいちであった。色が出てないので、咲いているのか咲いていないのかよくわからないもんなあ。それでも、おまけ日記を更新した日以外にも一応土日を除いた毎朝撮っていたのだ。せっかくなのでムービーにしてみた。


3月4日から4月18日まで(474KB)

 うーん。頑張ったわりにはイマイチだなあ。最初の3日目くらいまでは撮影ポイントとトリミングの基準を決めてなかったのでブレすぎている。それ以降は、撮るポイントを決めていた。同じマンホールに右足を載せた状態でパチリと撮ることにした。画像は640×480の画像をトリミングしたものなんだけど、丁度同じくらいの位置に来るように電柱の位置を合わせてみた。それでもカメラの角度なんかは一定じゃないので、狂いがあるけどね。
 しかし、そもそもChe-ez! SPYZで、こういった細かい写真を撮るのは無理があったようだ。解像度もそうだけど、CMOS系なので発色が悪い。晴れの日でもわかりにくいというのに、ちょっと天気が悪いと山が灰色になってしまうもんなあ。まあ、わかっていたけどね。でも、わざわざそのために毎日Dimage Xを持ち歩く気にはなれなかったのである。


 上のは、Dimage Xで撮ったものである。撮影ポイントはちょっと遠めなのだけど、光学ズームを使って撮ってみた。さらにそれをトリミングと縮小で、毎日載せていたものとだいたいの感じを合わせてみた。クリックすると元画像の50%縮小画像が出てくる。やはり実力の差が出てしまうなあ。晴天時だともっと差が出るだろう。Dimage Xで撮れば良かったか。
 Dimage Xもスリムで持ち運びが得意なタイプのデジカメなのだけどね。しかし、ポケットからさっと取り出して撮るというところまではいかないのである。カバンの中から取り出して、さらにケースから取り出して、電源を入れて、撮影モードを確認して……とやるのは、朝の忙しい時間だと厳しい。まあ数十秒の差ではあるけど、歩いている最中にそれをやるのはね。EXILIMがあったら丁度良いんだけどなあ。EXILIMだったら定期入れにでも入れていられる。大きさ的にはタバコを持っているよりも邪魔にならないので、常時携帯も可能である。そうそうこんなの。


 って、この写真はどうやって撮ったんだ? あっ、いやはや、買ってしまったのだ。前から買おうとは思っていたのである。先月くらいにS2が34800円から29800円まで値段が下がったのである。そこに加えてヨドバシカメラの割引クーポン券があったのだ。買うしかあるまい。というか、そろそろヨドバシカメラのクーポン券が配られる頃だなと思っていたので待っていたのである。
 最近出た300万画素のモデルもあったけど、そちらはあまり気乗りがしなかった。なぜならば39800円だったからである。クーポン券は2万円以上4万円未満の機種で1500円の割引である。4万円以上6万円未満の機種で2000円の割引だ。それを考えると39800円というのは、なんだか損した気分がするのである。ということもあるのだけど、若干大きいのが気になってしまったのだ。

 EXILIMの持ち味は携帯性の良さだからね。もちろん300万画素の方が画質が良いのはわかっているけど、画素数から受ける印象ほどの差は無いと思う。有効画素数では1.6倍ほどの差があるけど、実際はその平方根で考えないとならない。つまり、1.3倍弱になる。記録される最大画像サイズで考えれば、2048×1538と1600×1200の差だ。78%程度に縮小したサイズで、ちょっとシャープになる程度である。
 わずかな携帯性とわずかな画質の差は、微妙なところである。それにCCDのサイズはどちらも同じなので、暗いところでは300万画素の方が逆にノイズが載りやすい(一個あたりのセンサのサイズが小さくなってしまうため)という欠点もある。値段ほどの差は無いと思ってしまったのだ。


 うーん。思ったほど画質は良くないなあ。クリックすると50%縮小した画像が見られるのだけど、それを見てもDimage Xから比べるといまいちだ。と思っていたら、画質設定を標準して撮っていた。高精細で撮ればもう少し良くなるはず。まあ、Dimage Xの光学ズームを使ったものと比べるのは反則か。いずれにせよ、Che-ez! SPYZよりはずっと良いか。満足である。しかし、今日のおまけ日記は、携帯で読んでいる人にはなんのこっちゃの内容だな。すまん。

 サービスカット:市ヶ谷にてDimage Xで撮影


暴風雨の日だったので、ちょっと色が悪い。


上の写真と同じ位置から3倍ズーム。


桜を撮るんだったら、こういう写真の方が良いかな。

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03.04.17 [サッカー話] 日本−韓国戦1

■試合の目的は?

 果たして今回の試合は、やる意味があったのだろうか。代表スケジュールを無駄に使ってしまっただけのような気がする。今回に限った話ではない。ジーコ監督になってから、どうも日本代表が祟られているような気がしてしまうのだ。イラク戦争の影響でアメリカ戦が中止になってしまった。ウルグアイ戦は日本に場所を移してなんとか開催したけど、ウルグアイチームは長時間の移動による疲労でバテバテの状態、参考にならなかった。アルゼンチン戦はジーコ監督の御母堂のお悔やみにより監督不在であった。そして今回は、スタメンの大半が不在という事態である。そのうえ、先の予定では、ポルトガル戦はSARSの影響でキャンセルされてしまったし、東アジア選手権も開催が危ぶまれているほどである。
 不測の事態で仕方が無い面もあるとは言え、今回のスタメン不在については、海外組の召集が難しいことが最初からわかっていたはずである。そもそも韓国とは東アジア選手権で近いうちに対戦することがわかっているのだから、はっきり言って試合をする必要性はなかった。それでもせめて控え組のテストになるかと思いきや、久保、黒部、柳沢、松田らが離脱してしまった。加えて韓国の方も海外組の不在に加えて、Kリーグの反発により、代表チームは事前練習ができなかった状態である。何を目的に試合をして良いのかわからなくなってしまった。

 マスコミは、無理矢理ワールドカップ後の両者の実力の再確認みたいなことにしていたが、このような状態では現状のチームの実力を確認することにはならないだろう。今回の韓国チームは試験材料に値しないし、日本チームもどうせ次の試合ではまたいつものメンバーに戻してしまうだろうから、今回のメンバーの実力を測っても仕方が無い。そもそもジーコ監督は、新戦力の発掘などする気など無いだろう。でなければ、坪井をベンチに置いておかない。
 ジーコ監督の言うところでは、試合を重ねることでコンビネーションを磨くということだが、今回のように実際にはまず使わないメンバーのコンビネーションを磨いても仕方が無い。また、五輪代表の合宿も同時期に組まれていることもあってか、若手が選ばれていない。若手に経験を積ませるという意味もなかった。もっともジーコ監督には、最初からその気が無さそうである。22歳以下の選手は無理だとしても、25歳前後で今まであまり試されていなかった選手はもっと呼んでも良いと思うのだが。

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03.04.17 [サッカー話] 日本−韓国戦2
■ジーコ監督の考えは?

 ジーコ監督については別枠で書きたいと思っているので、ここでは簡単に済ませるが、トルシエを意識しすぎではないだろうか。マスコミ受けを狙っているのかなんなのか、やることがトルシエのアンチテーゼから始まっているような気がしてしまう。親善試合でも勝ちを狙うといった発言がそのひとつだろう。そのわりに勝てない。まあ、やってることが矛盾していたりするから当たり前だが。
 4バック云々についてもそうだ。代表選手はリーグ戦で好成績を挙げているチームから選ぶといったこともそう。日本にはブラジルスタイルが合っているといったこともそう。合宿はしないといったこともそう。自由にやらせるといったこともそう。俊輔の起用も含めた黄金の中盤とやらもそうだろう。これらはマスコミで語られていたトルシエへのイヤミを逆に取ったものではないか。無責任なマスコミやJリーグ関係者から吹き込まれたとしか思えない。

 もちろんジーコ監督の発言は、実際どれくらいのニュアンスを持って言ったものか不明である。マスコミは、自分の都合の良いように発言を捻じ曲げる癖がある。マスコミは、おべんちゃらと無責任な擁護でジーコを取り込もうとしているのだろう。トルシエはそういったものを頑と跳ね除けたけど、どうもジーコは流されそうな気がしてならないのである。
 今回もそうだ。事前のインタビューではアウェイだからといって特別な戦い方はしないようなことを言っていた。勝ちに行くと言っていた。しかし、フタを開けて見れば、韓国に押し込まれてカウンターサッカーになってしまった。もう少しでスコアレスドローといったところだった。それが何故か「見事なアウェイでの戦い方だった」みたいな論調になってしまうのである。「アウェイなのによく勝てた」と相手のメンバーも見ずに行ってしまう。マスコミは批判することで強くするのではなかったのか。まあ、こんなのはただの方便だということである。

 それはおいといて韓国戦である。今回の目的は何だったのだろう。わたしだったら、こんな時は新戦力の確認や新布陣の確認をしちゃえと思うところだ。しかし、ジーコはそうでないようだ。試合に出たのは海外組を除くと、いつもと同じである。海外組が戻ってきたら、今回の結果に関わらずウルグアイ戦のメンバーになるではないだろうか。ウルグアイ戦のメンバーが変わるとしたら、よほどの大敗か相当の敗戦が続かないとならないだろう。
 いつものことだが、交代枠は3人までしか使わない。今回は2人だけだった。おそらく公式試合を意識しているものと思われる。トルシエの場合、親善試合では交代枠を目いっぱい使ってできるだけ多くの人を試そうとしていたが、ここでもアンチテーゼなのだろうか。召集メンバーも19人しか呼んでいない。それでも今回はケガ人の多かったため、仕方なく何人か呼んだけど、次には外されるものと思われる。

 勝ちに行くとは言っていたが、それも中途半端なところだ。奥が追加召集されるまでは、攻撃的MFは小笠原と三都主の2人だけだった。リザーブが必要になるケースを考えてないのだろうか。今回のような状況であれば、藤田を呼べば良いのにと思ってしまった。リーグ戦で得点も取っているし、波に乗っている選手である。ジーコ監督の持論では年齢が理由にはならないだろう。
 FWは、黒部と久保の離脱による追加召集が永井1人だけであった。結果、FWは3人だけになってしまった。勝ちに行きたいのであれば、攻撃の枚数を増やすという戦術を取るために、攻撃的MFとFWには余裕を持たせておくべきである。それもタイプが違う選手を組み合わせて、状況に応じて使い分けるのが望ましい。そもそも事前の練習でケガでもしたら、どうするつもりだったのだろうか? 交代策も長い時間得点が入っていないのに同じポジションの選手の入れ替えのみで、攻撃の枚数を増やすといった采配はしなかった。どうも矛盾だらけである。

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03.04.17 [サッカー話] 日本−韓国戦3
■試合経過

 最初、韓国は日本を恐がっていたのか、前半15分くらいまでは日本が優勢だった。その時間帯が過ぎると力関係がわかったのか、韓国が押し始めた。その流れは後半途中まで続く。その後、スタミナ切れと選手交代によってドタバタし初め、両者パスミスが続く。それでも日本が圧倒する流れにはならなかった。スコアレスドローが濃厚と思われた瞬間、韓国DFのクリアが永井の脚に当たり、そのままゴールに入ってしまう。結果、日本の勝利となった。

 ジーコ監督体制になってからの初勝利と永井の代表初ゴールについては、おめでとうである。喜んでも良いだろう。これが公式の大会だったら万歳だ。しかし、内容を見ると決して良い試合だったとは言えないだろう。個々の選手には褒めても良い部分があったけど、チーム全体としては決して褒められない試合である。どうしてマスコミは苦言を呈さないのだろうか。

■韓国チームについて

 日本の選手について書く前に、まず韓国チームについて書いておく。今回のチームは、海外組を呼べない代わりに22歳以下の選手を入れるなど、将来を見据えたメンバー構成となっている。特にDFについては、ホン・ミョンボが抜けた穴を埋めるべく、若手中心に切り替えようという方針なのだろう。ホン・ミョンボがいた時のDFは強固であった。しかし、それが故に頼っていた部分が大きすぎたように思う。韓国はDF陣を再構築することが急務だということである。
 ホン・ミョンボがいたDFは強固ではあったものの、古臭くもあった。あのやり方は個人的な能力に頼らなくてはないため、天才がいないと難しい。実際今回のDFは、頼りなかったように思う。しかしながら、コエリョ監督は、ラインを高く保つ守備を導入しようとしているようだ。それもシステマチックで特定の選手に頼らない守備だろう。実際、日本は何度もオフサイドにかかっていた。
 しかし、正直まだまだだと思われた。とりあえず、オフサイドにかかった時は手を上げてアピールすることが自然に出るようにしたい。このDFシステムをモノにするには時間がかかるだろう。日本で言えば、トルシエ時代の初期のようなものである。しかし、最初はぎこちなくても徐々にモノにしていけば良い話で、コエリョ監督は真っ当な道を選んでいると思われる。

 攻撃に関しては、決定力の無さが目立った。パク・チソンやソル・ギヒョンがいなかった穴が大きかったのかもしれない。というか、チェ・ヨンスやファン・ソンフォンといったちょっと前の選手がいた方が恐さがあったかもしれない。ユ・サンチョルやイ・ドングクのいた時間帯の方が韓国にチャンスがあったような気がする。交代で入った選手(名前は失念)は、まだ若いためかあまり恐さがなかった。
 だからといって、まったく安心だとも思えなかった。韓国の攻撃は恐くなかったという人もいるが、そこで安心してもいられない。実際、いくつかの惜しいシュートがあった。ミドル・シュートも打たれが、10本中9本は入らないようなものだとしても、その残りの1本が恐いのである。何本も打てば一本くらい良いところに行くものだ。それにここ数年の日韓戦で韓国側に得点が入るのは、大概がペナルティエリア外からのシュートだという印象がある。
 日本にとって助かったのは、多くの場面でアン・ジョンファンがボールをコネてくれたことである。わたしは、彼の一番まずいプレイがあの切り替えしだと思っている。あれは、切り返すと思った瞬間に足を伸ばせば、簡単にボールを奪えてしまうだろう。今回の試合では、ほとんどの選手がそれでボールを奪っていた。日本代表クラスの選手でなく、標準的なJリーグの選手でも奪えしまうだろう。実際、FC東京との試合を観た時もそうだった。簡単に奪われていたんだなあ。正直言って、ボールをこねる癖さえ直せば、もっと評価があがる選手だと思っている。実際パスを選択した時は、良いパスを通していたし。

FC東京−清水エスパルス戦

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03.04.17 [サッカー話] 日本−韓国戦4
■日本チームについて

 まず、選手個人で言うと楢崎が良かっただろう。安定感があり、正面で受けた機会が多かった。きちんと味方DFの位置を確認し、どのコースに打ってくるかを読んでいたからだろう。イ・チョンスが絶好の機会で外した場面があったが、楢崎の判断の良い飛び出しでミスを誘ったと言える。もっともあの場面では、決めなければならないと思う。
 小笠原に関しても勿論良かった。あのループシュートは入れて欲しかったが、まあ難しいシュートである。それ以外の攻守に渡るプレイも光っていた。ジーコ監督は、小笠原をヒデの控えとしてしか考えていないようなのが、勿体無いと思う。俊輔ファンに怒られそうだが、俊輔を外し、小笠原とヒデを組ませたらもっと早くて変化があるファンタスティック攻撃ができて良さそうに思える。実は俊輔についても別枠で書きたいなと思っていたりする。
 三都主についても、まあ悪くなかったと思う。ウルグアイ戦ではポジションを3−5−2の左サイドと勘違いしたのか左に張り付いていたけど、今回は左ばかりにならずに縦横無尽に移動していた。4−4−2の攻撃的MFなのだから、サイドが本来の居場所ではないと。途中ちょっとサボっていた感じがしたけど、先発で広い範囲を走っていたのだから無理も無い。合格点はあげられるだろう。代わって入った奥についても別に悪くなかったと思う。

 悪くないと言えば、特別悪いという選手はいなかったように思う。強いてあげれば中山だろうか。別にスルーパスを出すタイミングが遅かったというわけでもないのにオフサイドにかかりすぎである。まだ新システムに不慣れな韓国DF陣なのだから、もう少し駆け引きできただろう。それとあのドフリーのシュートを外してはいけない。まあ、今は調子が悪いのである。今シーズンの中山は、ジュビロの試合でなかなか得点をあげることができない。しかし、ジーコ監督もそういう選手を選んでしまうとは、どうしたものだろう。調子が良い選手を使うのではなかったか?
 そういう意味で言えば、実は永井も同じである。なぜか永井を褒め称える人が多いけど、レッズの試合を観ている人って少ないのだろうか。Jリーグでの試合を観ていると、動きは良い。本当に惜しいところまで持ち込むことが多い。しかし、点が入らないんだなあ。今回も動きは良かった。だからペナルティエリアに入ることができたし、最終的に得点にもつながった。それは褒めても良い。しかし、自分でシュートを打ったら入っていただろうか。非常に申し訳ないのだが、永井に関しては点の獲れるFWと思っていないのである。中山の場合と違って、永井の場合は今が調子が悪いというよりは、元々点が入らないFWの印象が強い。ワールドユースの頃からそう思ってしまった。実際Jリーグでも得点ランキングに入ってこない。もう一人のFWである山下に関しては、印象が薄かった。もっとも前半途中からほとんど前にボールが来なくなってしまったのだから、なんとも言えない。

 中田浩二と福西についても悪くはなかった。しかし、良くもなかった。小野と稲本のコンビよりバランスが良かったという人もいるみたいだけど、そうは思えなかった。だからと言って、小野と稲本のコンビのバランスが良いと言わないけどね。わたしは、あのポジションでの中田浩二の持ち味って守備ではないと思っている。守備が極端に悪いというわけではないけど、どちらかというとサードストライカーというかなんというか、味方が押している時にふっと前に出てきてゴールをしてしまうのが魅力だと思う。そんな意外性のある存在ではなかろうか。アントラーズでは結構得点を獲っている。下手すると柳沢よりも点を獲っていたりする。
 福西の守備もどうだろう。ヘディングが強い印象がある。それに当たりも強い。というと守備の人のように思えるけど、守備はそれだけではなくて、ボール奪取のアタックをかけても、バランサーがいないと空振りになってしまう。中田浩二も福西もバランサーとしては今ひとつではないだろうか。危険なエリアを察知して埋めるといったことが、それほど上手いわけではない。それと展開力も今ひとつである。だから、一度相手の攻撃になると、なかなか味方のボールにできず、波状攻撃を受けてしまう。韓国の波状攻撃が止まらなかった原因はそれだけではない。守備についてはもっと考えてもらいたいところである。

 服部と名良橋についても別に悪くないかな。あれだけ押し込まれては、攻撃参加も難しいだろう。攻撃参加したとしても点につながるかということはおいておく。秋田も今回はおいておこう。しかし、森岡がわからない。この試合での出来云々よりも、何故起用したかということである。現在、所属チームであるエスパルスは守備がボロボロで、大量失点を繰り返しているようだ。セレッソとの試合の4−5は、サッカーの試合とは思えないようなスコアだ。しかも、その中で森岡はCFではなく、SBをやっているとのことだ。
 文章が伝聞形なのは、ダイジェストでしかエスパルスの試合を見ていないからなのだけど、大量失点を繰り返しているという事実だけでも起用するのはどうかと思うところだろう。ジーコ監督は、リーグで活躍をしている者を起用するのではなかったか。こんなところでも矛盾を感じてしまうのである。

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03.04.17 [サッカー話] 日本−韓国戦5
■日本代表の戦術

 前項の通り、選手個人については特に出来が悪かったということもなかったと思う。森岡についても。では、何故日本が途中からずっと押される展開になってしまったのだろうか。理由のひとつは、守備的MFの特性にあるということを書いたけど、一番の問題はDFラインの低さではなかろうか。相手のボールになったらとにかく下がる。簡単に下がる。これは選手の判断ではなく、ジーコ監督の指示のようだ。ここでもライン操作を重視したトルシエへのアンチテーゼなのか。

 それはともかく、DFラインが低くてその前がスカスカである。そうなるとフォローが少ないため、かわされたことを考えると、守備的MFは積極的にアタックにいけなくなる。また、ボールを奪っても全体が間延びしていては味方選手への距離が遠くなるのでパスが出しにくい。無理にパスを出しても相手に途中でカットされる可能性が高い。だからといって、攻撃的MFやFWまで下がってきては、相手ゴールから遠ざかってしまう。相手ゴールまで遠いので、シュートチャンスまで持っていけずにまた奪われる可能性も高くなる。逆に相手はラインを上げてくるので、日本のゴールに近いエリアで相手選手の密度が高くなってしまう。結果、相手はパスも通しやすくなり、味方はなかなかボールを奪えなくなる。

 韓国戦は、こんな悪魔のサイクルに陥ってしまったと見ている。打開するにはどんな方法があるだろうか。相手にパスカットされないために、相手が一歩も動けないほど早いパスを出す。もちろん受け手はピタリと足元にトラップしなくてはならない。トラップしたら相手に取られてはならない。そして、悪くとも50センチメートル以内の誤差で前方へロングパスを出す。または相手にまったく触らせずに50メートル独走でドリブルをする。こぼれ球が出た時やスペースにボールを出した時には、誰よりも早く追いつかなくてはならない。
 ジーコ監督は個人の能力を重視すると言うけど、まさかこんなことを考えているのではないだろうな。これで試合を優位に進めるのは、大人と子供ほどの力の差が無いと難しい。まあ、たしかに個人の能力が高ければ可能ということになるが、そんな選手は存在しない。そもそもの前提として、力の差についてはトップクラスの国の方がずっと上だろう。いくらジーコが日本人にはテクニックがあるといっても、日本人ではヒデや小野が頂点で、世界にはさらに上の選手がゴロゴロいる。特訓でもすれば、さらにその上にいけるというのだろうか。まあ、さすがにジーコもそんなことを考えていないだろうけどね。

 やはり、戦術だろう。まずはラインを高く保つことから始めないとならないのではないか。相手ボールになったからと言って簡単に下がらず、ボールと出し手、受け手を良く見てライン操作を行う。相手FWと駆け引きをし、行ける時にはボール奪取を狙う。ボールを自由に回させないため、プレスをかけてパスミスを誘発する。それも前線からプレスをかけて高い位置でボールを奪う。さらに味方がボールを持ったらフリーランニングで相手を崩す。少ないタッチで早いタイミングでボールを出す。予めいくつかの約束事を決めておき判断のスピードを早める。等々。
 これって結局トルシエ時代とたいして変わらないな。しかし、トルシエ時代にできていたことができなくなってしまったのは、どうしたことだろうか。ジーコ監督の指示を忠実に守っているからなのか。しかし、基本戦術を弁えていれば、状況によっては戦術と違うことをやったって良いのである。というか、やらないとダメだろう。ジーコだって、その程度のことで叱ったりしないと思う。それこそトルシエが「日本人は車が来ていないのに赤信号で渡ろうとしない」と言ったことなのだがなあ。ワールドカップの頃は、多少なりとも赤信号を渡ることができていたのだけど、元に戻ってしまったのか。

 はっ! ひょっとしてジーコは、選手が自分達の判断で修正ができるように敢えてトルシエの逆をやっているのだろうか。指示と違った動きができるようにわざと無理めなことをやらせていると。トルシエ戦術の方は、元々身に付いている戦術であるし、状況によって色々な戦術を使い分けることができれば幅が広がってくると。だとすれば、すごい監督かもしれない。でも、実際はそこまで考えていないんだろうなあ。まあ、もう少し見るしかないのか。

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03.04.13 機械の身体を手に入れて

 先週の月曜日はアトムの誕生日とのことであった。何やらニュース等ではその話題で盛り上がっていたようである。うーむ。ASIMOなんかを見ていると、今でもなかなかすごいところまできているように思えるけど、手塚治虫の想像からは遅れてしまったんだなあ。もう少しだったのに残念である。もっと予算をかけてあげれば、本当にアトムのようなロボットができていたかもしれない。うん。十万馬力は無理だけどね。人間の生活の中に入り込んでくるようなパートナーとしての話である。

 人間と同様な意思を持つというのはさすがに無理があるけど、人口無能なら結構昔からある。低スペックなマシンでも充分動いていた。たとえば、数年前に流行った「どこでもいっしょ」だって、おそろしく低スペックなマシン上のソフトではあったけど、二週間は楽しむことができた。どれだけ力を入れるかによって変わってくるけど、擬似的な話相手としてのものなら、今すぐにでも作れるだろう。
 数年前でも既に音声認識の認識率は、95%以上とか98%以上だとか言っていたくらいだから、インターフェイスも会話でいけるだろう。人間だって結構聞き間違いをするけど、それでも会話をしている。ミッションクリティカルな作業の指示を会話で伝えるのは無理だとしても、雑談程度ならむしろ少々聞き間違いがあった方が楽しい。「タバコを持ってきて」と頼んだのに玉子を持ってきたりね。それに今はほとんどの家庭で常時接続が可能である。ネットから新しい会話パターンを拾って、頻繁に学習すれば飽きもこないだろう。
 これでもう少し動作の方が上手くいけば完璧である。人間と一緒に歩くのは速度的にまだ無理だし、段差や障害物を避けるのも一苦労である。モノを持ってみたり、扉を開けたりなんて動作がスムーズにできるようにならないとそれっぽく感じない。でも、今の進歩を見ていると5年後くらいには、結構な完成度になって一通りの動作が可能になりそうな気がする。10年後くらいには違和感が無いくらいにならないだろうか。また、その頃には燃料電池もかなり進化しているだろう。小型原子炉とはいかないが、なかなかそれらしくなりそうな気がする。

 なんでもAIBOとカーナビを連携させる実験をしているそうだ。車の中なら歩き回る必要が無いというか歩き回られたら困るくらいなので、動作上の問題はカバーできる。良いアイディアだと思う。車に乗っている時に隣でAIBOがあれこれ会話してくれると楽しそうだ。
 たとえば、JR南武線武蔵新城駅の辺りを走っている時に「ねえねえ、宮本武蔵が最後に言った言葉って知っている?」と話かけてくるのだ。で、「知らない」と答えると、アイボが「武蔵死んじゃう」とダジャレをかますのだ。どうだろう。楽しいと思わないか。楽しくないか。うーむ。関西人はツッコミが激しいので、AIBOを修理に出す回数が増えるかもしれない。精密機械を乱暴に扱ってはいけない。

AIBOとカーナビの記事

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03.04.13 機械の身体を手に入れて−2
 わたしは、ロボットに関して並々ならぬ関心を寄せているのだ。しかしながら、今年のROBODEXは見に行かなかったんだなあ。今年はアトムの誕生年である。行かねばならない義務のようなものを感じていたのだが、前日の花見(暴風雨のため、ただの飲み会になってしまった)で疲労がたまって起きられなかったのだ。もっとも去年も見ているので、今年のROBODEXを見てもあまり代わり映えしないような感想になっていたかもしれない。下は去年のROBODEXの様子である。


左:誰かに似ている気がする(363KB) 右:最早人間にしか見えない (257KB)


 さて、わたしがロボットに関して並々ならぬ関心を寄せているのは理由がある。というのも、わたしはもしかすると自分がロボットではないかと疑っているからだ。以前にも似たようなことを書いたことがあるけど、それとはまた別の話である。実際に疑わしい事件があったのだ。

 この間の花見の日の宴席でのことである。このところずっとわたしは喉の調子が悪かった。喉の調子が悪いといっても、歌うとボエーッという異音が発生するといったことではない。わたしの主義としては、せいぜい「わたしのものはわたしのもの、あなたのものはあなたのもの」といったところで、あの人とは何の関わりもない。
 そうではなくて、魚の小骨のようなものだろうか、このところずっと何か喉にひっかかっているような気がしてならなかったのだ。その原因物が宴席で酒を飲んでいる時に出てきた。出てきたのはなんと金属片であった。金属片。そんなものが体内から出てくるなんてロボット以外にありえないではないか。もしわたしがロボットだとしたらオーバーテクノロジーも良いところなのだが、金属片が体内から出てきてしまっては認めざるを得ないだろう。
 どこかのパーツが外れてしまったに違いない。今でも動作しているところを見るとあまり重要なパーツではなかったようだが、なんとも恐ろしい話だ。もしかすると、もうすぐ動作不良が頻発するかもしれない。そんなわたしが自分の同類の進歩を見て、動作不良で寿命が来る前に友達ができるかもしれないと嬉しくなっているのだろうと分析するところだ。

 って、まあ出てきたのは、スチールウールなんだけどね。金属タワシのかけらで、ステンレスでできた太めのものだ。フライパンを磨こうと金属タワシ使用した際、かけらがフライパンの止め具のところに引っかかって残ってしまったのだろう。それが誤って料理に混入して、さらにそれに気がつかず飲み込んでまったと。うーむ。これはこれで恐ろしい話だ。ステンレスだからなあ。錆びないからなあ。何かの拍子に出てこない限り、いつまでも残ってしまうだろう。
 しまうだろうではなくて、なんだかわたしの体内にはまだ他にも残っていそうな気がするのだ。まだ喉の調子がおかしいんだなあ。どうしたものだろうか。ここはひとつ「鉄喉アトム」なんて描いてみると良いのだろうか。ペンネームは「テツガササル」でどうだろうか。しかし、鉄喉アトムでは、すごいのかすごくないのか、よくわからないなあ。うーむ。中国辺りによくいる喉で鉄の棒を曲げる人みたいなものだろうか。

 といった話はともかくとして、先週の月曜日は、公式非公式に関わらず何やらアトムの誕生日に浮かれている人が大勢いたようだ。浮かれている人は溝の口駅にもいた。ギター少女?が鉄腕アトムの主題歌を歌っていたのだ。アトムが好きなんだなあ。しかし、本当に好きなんだろうか?
 そもそもギター少女?達の年代では、まともアトムを見ていないだろう。なんだか微妙に違うような気がする。というか、さっきから同じところを何度も繰り返しているような気がする。いつ歌が終わるのだ? もしかして、ウロおぼえのまま歌っているので終わり方がわからないのではないか?


ギター少女?

 わたしとしてはアトムも良いが、アコムのお姉さんも良いと思う。小野真弓。

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03.04.07 うづきの衝撃

 あっ、いつの間にか四月になっていた。うむ。四月というのは色々なものが変わるタイミングである。景色も変わる。外を見れば、桜が満開である。服装も変わる。いつの間にかコートを着なくなってしまった。ストーブも必要なくなった。そんなわけで、ストーブのコンセントを抜いてしまったのだけど、先週の木曜日は寒くて泣きそうになってしまった。たまらずコンセントを入れなおしてしまった。郵政公社も始まった。でも、郵政公社って意味があるのかなあ。今まで特別問題を感じていなかったのだが。

 そういえば、日記才人も新システムになったらしい。見た目以外にはどう変わったのだろうか。細々した機能が増えたのかな。ちょっと見たけど、あまり違いがわからなかった。多少の機能追加なら既存システムに手を入れれば事足りると思うのだけど、全面的にシステムを入れ替えたみたいである。うーん。登録データは自動で移行してくれないみたいだなあ。まあ、「古い連中は邪魔だから消えろ」ってことなのだろう。古株ってのは嫌われ者だからなあ。仕方が無い。
 わたしは新作リストがあれば他に要らない人なので、あまり興味が無かったのである。なんだかよくわからないし、興味も無いのに説明を読むのは面倒ってことで、登録してなかったんだなあ。でも、日記才人経由で来る人も結構いるので、後でこっそり登録しておこう。知らない人は新人だと思って相手にしないだろう。ええ、日記才人で精力的に活動したいという方の邪魔はしませんって。

 さて、四月になって世間は色々変わったようだけど、それらのうち、わたしにとって日記才人よりもインパクトがあったのは、田園都市線のダイヤ改正である。正確に言うと先月の19日から変わっていたのだけど、まあ細かいところはチェックしないように。
 で、これがまた困ったことになってしまったのだ。いつもの年はダイヤ改正があっても、あまり実感が無いものである。いつも乗っている電車は何分も変わらず、ほとんど同じ時刻の発車である。間隔もほとんど変わらないので、前後の電車の関係も同じだ。そんなわけだから、「ダイヤ改正します」という貼り紙が貼られているのは知っていたけど、どうせ今年も変わりが無いだろうとタカを括っていたのである。しかし今年は違った。大変更だったのだ。

 その朝、長津田駅のホームに着いたら、電光掲示板には何やら異様な表示がされていた。「急行:清澄白川行き」である。19日は水曜日であった。前日までと同じように田園都市線のホームまで行ったのだ。火曜日まで掲示板に表示されていたのは、「水天宮前行き」の文字であった。当然、この日もそのような表示がされているものだと思っていたところに「清澄白川」なのである。「清澄白川」というのは謎の駅である。それはどこなのだ。
 特別電車だろうか。それとも異世界に紛れ込んでしまったのか。もしかして、あの電車は幽霊電車で、乗ってしまうと霊界に連れ去れてしまうのではなかろうか。あるいは銀河鉄道なのかもしれない。機械の身体にしてくれるのではなかろうか。でも、メーテルらしき人はいないなあ。むむむ。どうしてしまったのだ?
 駅のホームをウロウロして、ようやっと理解できた。この日から東武線と接続されたとのことである。田園都市線、半蔵門線、東武日光線が直通になったというのだ。なんと。それにしても、週の半ばにこのような大変更するとは、反則ではなかろうか。

 ちなみに「清澄白川」というのは、この度延長された半蔵門線の駅らしい。大江戸線の駅でもある。水天宮前の隣なので、ここはあまり遠くはなっていない。南栗橋まで行くのが一番遠くて、これが東武日光線の駅であるようだ。しかし、なんでまたこんなことをしたかなあ。南栗橋って一応埼玉ではあるけど、もう少しで栃木ではないか。しかも、なんとなく中途半端なところだ。行く機会はまず無いだろう。
 そもそも、タバコが吸えない、トイレにも行けないような電車にあまり長く乗っていたいと思わない。それに車内清掃の頻度も落ちるだろうから、ゴミが落ちていたり汚れていたりすることが多くなりそうだ。だいたい路線が長くなると、事故で電車に遅れが出る確率もそれだけ高くなる。たとえば、東武線の方で事故が起こったために田園都市線まで遅れてしまったなんて言ったら、鬱陶しいことこの上ないだろう。あまり嬉しくないなあ。
 もちろん、東武線沿線住民も同じことを考えているに違いない。「中央林間って何それ? そんなところに行く用事なんてないよなあ」とか言っていそうだ。ちなみに、この日は初っ端からやらかしていたのである。あざみ野で事故だか車両故障があったとかなんとか。東急の所為で、のっけから東武線住民に迷惑をかけてしまったようだ。しかも、わたしに関しては遅刻しそうになってしまったし、なんだかなあ。

 田園都市線の車内も様子が変わってしまった。車内広告にあまり馴染みの無い地域の店のものが増えて、地元ローカルな広告が減ってしまったのだ。なんだかつまらないなあ。地元ローカルのチープな広告って、わりと好きだったのになあ。地元ローカルな店にとっては広告の訴求効果も減ってしまうだろう。今日も車内を見回したら、広告スペースには空きが多かった。寂しい電車だ。
 まあ、それはいいのだけど、それよりも時刻が大幅に変わったのには参ってしまった。今までは長津田駅のホームで6、7分の待ち時間があったのだけど、今回のダイヤ改正で、1、2分になってしまったのだ。これで缶コーヒーを飲んで一服ができなくなってしまったのだ。まあ、余計なお金を使わずに済むから良いんだけど、なんだか余裕が無くていやなのだ。

 といった話をまくらに何か書こうと思っていたのだけど、何を書くのか忘れてしまった。あっ、そうそう、四月になって田園都市線のダイヤ改正よりもショックなことがあるのだ。ものすごくショッキングだったのだ。このショックを色に喩えると、ショッキングピンクかというくらいショックだったのである。最早並のピンクなんて目ではない。というのは、カレンダーである。四月になってカレンダーが四月のものに変わったのだ。
 いやはや、別に四月に限らずカレンダーは毎月変わるものである。うん。それは知っている。ショックだったのは、四月の最後の週である。五月の最初の週とも言える。どうだろう。皆さんはショックを受けないか? わからない人はもう一度良く見てみよう。四日も休まないと一週間休めないとは、こんなゴールデンウィークってありか? 政府よ。このままでは消費が進まず経済に悪影響を及ぼすぞ。もう一日休みを作ろうではないか。

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