03.03.31 もぐらの憂鬱

 先週の月曜日は休みを取った。別に遅くまでFFX-2をやっていた所為で眠たかったからではない。所用があったのだ。だから朝起きた時刻はいつもと同じである。眠かったけど眠かったからではないのだ。所用のうちのひとつは銀行に行くことであった。ところが銀行は大変なことになっていた。ATMが止まっていたのである。店内にある全てのATMに「只今、ATMは使えません」みたいな札がかかっていた。
 そう、りそな銀行である。後で知ったのだが、この日はりそな銀行と埼玉りそな銀行のATMが全国で3000台程止まっていたそうだ。ニュースサイトの記事によると、止まっているのは一部のATMであり、それほどの問題ではないとのことであった。とは言っても、自分に関わり合いがあるところのATMが止まっていたら困るよなあ。

 まあ、去年のみずほ銀行の問題に比べたらマシという話なのだろう。今回も統合の影響なのだろうか。充分な検証期間を設けずに慌てて運用開始してしまったと。銀行のシステムと言えば、まずダウンしないというものだったのだが、最近はたるんでいるような気がする。レビューやテストを繰り返すのはコストの無駄だと言って、どんどん省いてしまっているような気がしてならない。
 最近は、メインフレームでの開発経験が無い人が増えてきたからなあ。一般人がPCに触る機会が増えたこともあって、どうもPCを基準に考えている人が増えた気がする。「障害発生率はPCの10分1だ」なんて聞いたら「信頼性が高い」なんて評価してしまう人がほとんどのような気がする。実際はそれでも低い信頼性なのだが。まあ、一般向けにはそれでも充分なのだけど、銀行システムでその程度の信頼性だったら困るだろう。

 それにしても最近はどんどん銀行が合併しているなあ。りそなってのは何なのだ? 落丁が多いと言われるナポレオンの辞書どころか、わたしの所有する一般的な辞書でさえも「りそな」などという単語は載っていない。意味がまったくわからないのだ。ありがちな大和とあさひの合成語でもない。というか一文字も合っていないではないか。語感からすると、なんだか変わりモノの親がつけた女の子の名前のようである。りそなちゃん。
 植田朝日なんていうふざけた名前の人もいるくらいだから、どこかにりそなちゃんがいても不思議ではない。というか、あさひ銀行がりそな銀行になったことだし、植田朝日が植田りそなに改名しないかなあ。ついでにアサヒビールもりそなビールにすれば良い。そして、もちろん朝日新聞はりそな新聞である。埼玉版に関しては、埼玉りそな新聞にすると良いだろう。(ちなみにりそなとはラテン語で「共鳴する」らしい)

 いつの間にやら都市銀行の種類がめっきり減ってしまった。三井住友、東京三菱、みずほ、UFJ、りそなで全部だったっけ? まあ、いくつも口座を持っていても仕方が無い。メインと予備があれば良いだろう。5つもあれば充分な気がするけど、選択肢が少ないのはちょっと寂しい。しかし、これでATMが近くに無くて困るといったことが少なくなったことを考えると良かったかもしれない。他行宛ての振込みや他行からの引き出しで、手数料を余計に取られることが減った。実際、今は最寄駅周辺だけでも、上記全ての支店かATMコーナーがあるんだなあ。さほど大きくも無い駅なのに。
 10年前には考えられなかった話である。こんなに銀行が無くなってしまうとはどうしたことだろうか。ひょっとして日本は、いつの間にかアメリカに攻撃されてしまったのではなかろうか。なんでもアメリカには銀行攻撃専用の強力な兵器があるらしいではないか。「バンカーバスター」というそのまんまの名前のが。

 ……って、バンクが違うか。あれは地下施設を攻撃するからバンカーバスターだったな。つまり地下銀行を攻撃するのであって、都市銀行は地下銀行ではないのだ。そういえば、最近は地下銀行がいくつも消えているようだな。その威力を充分に発揮していると言える。ん? まだ間違っているか? どうでも良いけど、ニュースでバンカーバスターの解説映像を見ていたら、痔の薬とか水虫の薬のようなものを想像してしまった。
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03.03.26 ほたるの性

 先週の金曜日は袖ヶ浦までサッカーしに行ってきた。のぞみ野サッカー場である。ジェフ市原もたまに練習で使うことがあるというサッカー場だ。遠かったなあ。朝早かったなあ。実は今月15日もサッカーをしたのである。その疲労がたまっていた所為かイマイチであった。身体が全然切れない。中5日だからなあ。年寄りにはつらい日程である。ワンプレイするたびに息が切れる状態で、失点には絡んでもゴールに絡むことはなかった。
 15日の時は点を獲ったのだけどね。うふふん。まあ、ごっつぁんゴールだったけど。キーパーがファンブルしたところを押し込んだのだ。しかし、やる度にプレイの質が落ちているような気がする。テクニックや理解度は、以前よりも良くなってきているはずなのにどうも不味いプレイが増えてきた。間違いなく身体の重さの所為だろう。去年フルサッカーをやった時は、プレイ内容はともかく運動量は結構あったのになあ。
 息が切れてしまうと、頭に酸素がいかなくなるのかボーっとしてしまう。何も考えられなくなるんだなあ。状況判断ができないので何処に行けば良いかわからなくなってしまう。敵がきているのも気がつかない。スポクラをやめてからかなり経つので体力もすっかり落ちたうえに、去年から見てもかなり体重が増えてしまったからなあ。ちょっと真剣に体重を落とすことを考えてしまった。

 袖ヶ浦までは車で行った。しかし、ひどい渋滞であった。町田から保土ヶ谷バイパスを通って狩場ICから首都高に入ろうとしたのだけど、そこがひどかった。30分くらいで首都高に乗れるかと思いきや1時間半もかかってしまったのだ。わずか15kmほどの距離である。時速5km……って歩くのと変わらないではないか。
 この日は、三連休の初日だった所為かサンデードライバが多かったようだ。まあ、わたしもサンデードライバーではあるけど、金曜日のあの人達は尋常ではないサンデードライバーっぷりだったのだ。サンデードライバーというよりも数年ぶりに車に乗ったのではないかと思うようなトロさなのである。10km/hでトロトロ走っているのに車間を詰めない。一定の速度で走れずに加速と減速を繰り返す。分岐点でもないのに意味無く無闇矢鱈な車線変更をする。ラジオを聴いていたら、この日はあちこちで渋滞があったようだ。事故渋滞も多かった。交通量以前にこんなのが渋滞の原因だと思う。

 それでも首都高に乗ってからは早かったけどね。アクアラインを通って木更津の方まで行き、そこから館山道で姉崎袖ヶ浦ICを出るというルートであった。しかし、木更津JCで左右を間違ってしまい、木更津南ICの方に行ってしまったのだ。初めてのルートのうえ、わたしのカーナビが古くてアクアラインが載ってなかったんだなあ。ナビが効かないので適当に走ったら2分の1の確率で間違ってしまった。まあ、間違ったものは仕方が無い。木更津南ICで一旦出て折り返そう。としたのだけど、木更津南ICの出口がまた異様に混んでやがんの。なんであんなに混んでいるのだ?
 なんとか戻って姉崎袖ヶ浦ICまで辿り着いたのだけど、のぞみ野サッカー場の場所がわからない。カーナビの地図に載っていないのだ。その辺りの地図を表示させてもサッカー場らしき場所が見当たらないのである。普通はサッカー場の表記は無くても、広めの緑地になっているのでわかりそうなものだが、住宅地と区別がつかないのだ。カーナビだけではない。不安だったので、事前にマピオンやらマップファンのサイトで確認しようと思ったのだが見つけられなかったのだ。そもそも周辺には道すらロクに描かれていないないのである。住所を頼りに右に左に道を探していたら、車一台がようやっと通れるほどの道にはまってしまったり。かなり余裕を持って出かけたはずなのに1時間も遅刻をしてしまった。
 それにしても袖ヶ浦の方向を冷静に考えれば、ジャンクションで間違えることもなさそうなものだけどね。しかし、冷静に考える余裕が無かったのだ。なにしろ長時間の渋滞である。トイレに行きたくて行きたくてたまらなかったのだ。2時間以上トイレに行けなかったのである。この途中に使えるPAが無かった。ベイ・ブリッジの大黒PAと海ほたるPAがあるけどね。大黒PAではまだトイレに行きたいと思わなかったのでパスした。で、海ほたるPAに入ろうとしたのだけど、行ってみたら満車だったのだ。ガーン。

 今更だけど、アクアラインって実は今回初めて走ったのだ。結構良かった。道は空いているし、海の下を走っているなんて思うとゾクゾクしてしまう。料金を除けば大満足である。うん。片道3000円は高すぎる。今回の旅費は、首都高と館山道の分も併せると往復で1万円もかかってしまった。まあジャンクションを間違えなければもう少し安く済んだのだろうけど、それでも高い。サッカー場の使用料は500円で格安だったのに交通費の方で結構なお金がかかってしまった。ガソリン代もかかっているしね。アクアラインも1500円くらいにならないかなあ。
 あまりにも高いので、当初帰りは首都高を大回りして帰ろうと思っていた。しかし、さすがに前日までの睡眠不足もあって疲労困憊であった。これ以上渋滞の中をトロトロ運転していたら居眠りしそうである。たかだか二千円程度の差額を惜しんだがために事故を起こしても仕方が無い。アクアラインで帰ることにした。

 帰りは、海ほたるが空いていたので寄ってみた。結構面白いPAである。時間が遅かったので、資料館などの施設には入れなかったけど、それでも結構楽しめた。展望台というかなんというか外の景色を観るところがあるのだけど、ラブホテルのような灯りで大変綺麗であった。
 それになんといっても土産物屋の充実っぷりである。そこいらのSAよりも充実している。海の幸関係がたんまりとあって、どれを買うか迷ってしまうのだ。三度の飯よりも海の幸に目が無いわたしには危険な場所である。冷静に考えれば、地元のスーパーでもっと安く買えそうなのにあれもこれも欲しくなってしまうのだ。結局4200円分も使ってしまった。普段の旅行よりも買ってしまった。嗚呼、ただでさえ交通費がかかったというのに。

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03.03.24 [IT話]素人の思いつきだが−1

 うーん。今年も確定申告の季節が終わったなあ。ちなみにわたしは3月の第一週に行ってきた。で、確定申告の計算を終えて思ったのだけど、今の所得税って安いよなあ。こんなに安くてインカ帝国。いやはや、還付金を計算すると結構戻ってくることがわかったので、今ちょっと機嫌が良いのである。まあ、でもよく考えたら、その分余計に源泉徴収を取られていただけの話なのであった。それどころか、同じ収入のサラリーマンよりもずっと多く所得税を払っているのだから、不満のひとつでも言ってみたいところだけど、政府はサラリーマンの味方だから言っても無駄だろう。

 それはおいといても今の所得税って安すぎる。毎年予算が足りないとかこれ以上国債を発行するのは危険だとか言っているけど、わたしは、それだったら増税すれば良いと思うのだ。しかし、それでも増税しない。未だに定率減税があるのは、どうしたものか。もちろんわたしだって支払う金額が少しでも減れば、それに越したことは無い。しかし、それでは赤字国債をどんどん発行しなくてはならないというのだ。このまま赤字国債の残高が膨れ上がってニッチもサッチもいかなくなって、国が傾いては困るんだな。
 もっとも今が既にその状態に陥っているという話もある。この期に及んでも増税反対と言う人はいるのだろうか。そんな人は「増税反対」と唱え続けていれば、国の財政が破綻しても自分だけは一切負担せずに済むと考えているのではないだろうか。税金を払うのを惜しんだがために国の財政が破綻しても、それは政府の責任であって自分達の責任ではないと思うのだろうか。

 所得税の増税には忌避反応があるようだ。所得税と聞くと搾取されていると感じてしまうのだろう。そういう人は、自分が年間どれだけ所得税を払っているか計算してみると良い。所得税が多少増えたところで、生活するには大差無いだろう。たとえば年収500万円の独身サラリーマンの所得税が2割増えたところで、一日あたりカップラーメン1個分、あるいは缶コーヒー1本分くらいなものだ。缶コーヒー1本を断腸の思いで買う人なんて、そう多くない。
 もちろん一日にカップラーメンを一個食べるにも事欠くという人もいるだろう。しかし、そういう人は所得税を払わずに済むくらいの収入しか得ていないだろう。あるいは、所得税が2割増えたら、一日あたり吉野家の牛丼特盛5杯分くらい損する人もいるかもしれないけど、そんな人はわたしの何倍ももらっているはずである。かなりの余裕があるのだから、少しはガマンしろと思う。所得税が安いといったのは、こういうことである。

 実際問題、今深刻なのはリストラされて職を失った人ではないか。定職がある人に関してはデフレで物価が下がったことと相殺されて、さほど深刻ではないはずである。口では「お金が無くて大変だ」と言っていても、パソコンを買って、ブロードバンド環境でインターネットが使い放題で、携帯電話でメールのやり取りして、PS2でゲームをして、スカパーでサッカーを見て、DVDプレイヤーで映画を観て、好きな本を読んで、スキーに行って、温泉に行って、マイカーでドライブをして、デジカメで写真を撮って、太るのが気になるほど酒を飲んだり飯を食べていたりしているわけだ。
 もちろん、これら全てに当てはまる人は多くないだろう。しかし、今の日本でこれらの全てが当てはまったとしても特別大金持ちというわけでもないくて、やはり庶民レベルである。これだけの生活ができて、どこが大変なのだろうか。庶民レベルでこれだけの余裕があるのだから、庶民ももう少し財政を負担しても良いではないか。上記のうちから缶コーヒー1本分の節約をすれば良い話だ。リストラで収入を失ったとか、本当に大変な人に関しては、所得税を払わなくて良いわけだから、所得税が多少上がっても関係無いはずである。それなのに、どうしてテレビや新聞では所得税の増税を言い出さないのかなあ。

 増税するとデフレが一層激しくなるという話もある。しかし、所得税が一割、二割増える程度であれば大差ない。そもそも今のデフレの原因は、金を使わない人が多くなっただけだろう。いや、正確には、金を使っているのだけど企業に取って採算性が低いものばかり好んで買っているという方が近いかもしれない。付加価値よりも安いだけのモノを選んでしまう。ましてや採算割れしているような企業を「消費者の味方」なんて崇めていたりする。
 何かというと競争原理を持ち出す人が多いけど、競争原理だけでモノが安くなるわけではない。利益を削っているだけだったりする。今のデフレ不況って、採算割れも厭わないという競争原理が行き過ぎてしまった結果だと思うんだけどなあ。ドケチなやつが増えてしまった。ドケチなやつが増えてしまったのならば仕方が無い。浮かせた分を税金で巻き上げて、再分配するしかないだろう。
 自分が払う税金を減っても、どこかにウルトラCの裏技があって、それで財源確保ができるに違いないと思っているのだろうか。正体不明の裏技のことばかり考えている人が多いような気がする。効果のはっきりしない裏技で失敗するよりも、所得税の増税が一番真っ当で間違いが無い方法だろう。今や若者でもリストラされて職が無い人もいるっていう時代だ。現在の経済状態では政府の財政赤字も仕方ないところかもしれないが、せめて所得税の増税分を持って雇用対策でもすれば、もう少しマシになると思うのである。

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03.03.24 [IT話]素人の思いつきだが−2
 って、なんだか真面目すぎる話になってしまった。まあそんなことを考えながら、今年の確定申告を済ませてきたのだ。その帰りにヨドバシカメラに寄ってきた。ふと気がつくと「サクラ大戦」などと書かれた箱を手にしていた。いや、「ふと気がつくと」ではなかったか。買うつもりで買ったのであった。
 いやはや、以前から騒ぐ人があまりにも多かったので、さぞかし楽しいゲームに違いないと思っていたのである。一度どんなものかやってみたかったのである。ただこれだけのためだけにドリームキャストを買うのもなんだなあと思っていたところにPS2用のサクラ大戦が出たというのだ。おまけに今ヨドバシのポイントが結構貯まっている。それならば買ってみようではないか。ということなのであった。

 しかし、まあ、ポイントシステムというのはよく出来ているというかなんというかだなあ。貯められるというのがミソだと思う。数値を示されると、なぜかその数値を上げたくなってしまう。「これを買うとお金は減るけど、その分ポイントが増えるから良いか。ついでに買ったものは手元に残るんだから、損得で言うと得だろう。つまり、買えば買うほど得ということなのだ」と本末転倒な考えに陥ってしまうのである。
 さらに、これが数万ポイントまで増えてくると、「わたしはこう見えても、今ヨドバシカメラに行けばあれもこれも買えてしまうのだ。つまり、数万円分のお金を持っているのと同じことだ」なんて、ちょっとした金持ち気分に陥ってしまう。ポイントがまるで貯金に見えてしまう。金を使っているというのに貯金した気分になってしまうのだ。我ながらバカだなあ。
 では、わたしはいったいどれだけバカなのだろうか? 昨年一年間でヨドバシカメラにおいて使ったお金を計算してみた。うーん。たしかにバカですなあ。もう少しでプラズマテレビが買えるくらいの金額を使っていた。まあ、去年はノートPCを買ったのが大きかったのだけどね。ポイントはどれくらい貯まったかというと、ポイントは常に10%と限らないので何とも言えないけど、それなりのデジカメが買えるくらいにはポイントを獲得したようだ。まあ、DVDソフト等の購入に充てて、今はほとんど使い切ったけどね。とにかくポイントは人をおバカさんにしてしまうシステムのようだ。

 そこでふと思ったのだ。ポイントシステムを税金に使えないだろうかと。とりわけ今は、IT投資を促進するためとか言って、IT減税なるものが施行されている。ところがこれって使えないんだなあ。ハードウェア140万円以上、ソフトウェア70万円以上もの投資をしないと恩恵を受けられないというのだ。これでは個人や零細企業にはまったく関係が無いんだなあ。企業向けの話も良いけど、個人向けにも何か恩恵があった方が良いと思う。
 そこでポイントシステムはどうかと思ったのだ。サラリーマンも個人事業主も関係なく、申請さえすれば誰でも恩恵を受けられる制度が良い。たとえば、PCを買ったら購入金額の10%分のポイントがもらえるとかではどうだろうか。PC本体以外にも周辺機器、ソフト、携帯電話、プロバイダ料金やブロードバンドの通信料金にもポイントがつくと嬉しい。とりあえず、ITに関係がありそうなモノやサービスにお金を使うと10%分のポイントがもらえるというものだ。

 ただし、あくまでもポイントである。そのまま所得の控除に回すのでは意味が無い。というか控除では、サラリーマン以外、費用の二重計上になってしまうだろう。そもそも今までもPC等について減価償却を有利するなどのことをしてきた。しかし、多少早く減価償却ができた程度では、はっきりとした違いが感じられないのだ。これでは効果が薄いだろう。体感できるほどの違いが欲しいところである。
 ポイントは商品券のようなもので戻すのが良いと思う。キャッシュバックでも良いんだけど、現金では生々しいというか、どこからか文句が出てきそうだ。ついでにIT関連に限定した商品券にでもした方がIT産業の育成という面で有効だと思う。IT関連の支出を煽って加速させるのだ。戻したように見せかけて、また同じところに使わせるというポイントシステムの本領である。
 また、ポイントの申請や商品券の使用には有効期限を設けた方が良いだろう。申請期限を逃してしまったり、有効期限までに使い切らない人が出てくるはずである。掲げたお題目で太っ腹であるかのように見せておいて、実際はイメージよりも政府の支出を抑える効果があるだろう。また商品券の有効期限が切れる間近になれば、無理矢理使おうとして消費が進むという効果もある。

 10%とは適当に言ってみた数字だが、消費税分の5%でも良い。これだけだと特定品目の消費税減税と変わりが無いようだが、実際にはIT関連の個人消費などたかが知れている。おバカさんなわたしにしても、プロバイダや通信を入れてIT関連の支出は収入の2割にも満たない。1割前後だろう。普通の人はその半分もいっていないだろうから、消費税収入の1割分も支出せずに済むはずである。消費者がポイントシステム有効性を感じてくれれば消費が進むだろうから、その分の消費税の増収分を考えれば、単なる消費税減税よりも税収への影響を抑えられる。
 ポイントシステムの場合、安物ばかり買っているとポイントが貯まらなくて面白くないため、安易な安物買いに走らないという人も増えてくる。さらに商品券も5千円単位にするなど、半端分をカットするような形にすると良い。支出を抑える効果だけでなく、消費を煽ることも期待できる。たとえば、あと一万円使えば5千円分の商品券がもう一枚もらえるなんていう場合、それほど購入意欲が無くても何かしら追加で買ってしまったり、値段が高めのものを選んでしまったりする可能性が高い。企業も安易な価格競争をせずに済むのではなかろうか。IT関連企業の業績回復が見込めるので、法人税収入も増額するだろう。そして、業績回復した分を投資に回すこともできるので競争力も強くなる。

 実際、今日本のIT関連企業で一番問題なのは技術力ではなくて、資金調達が難しいことだろう。銀行が体力不足で融資できなくなっている。株価が低迷しているので新株発行や転換社債による資金調達も難しい。圧倒的な技術力で差別化できる新製品を作る技術があっても、巨額な投資が必要ならば、その技術を使った製品を市場に投入することが難しくなっている。投資が抑制されているので、いくつものの中から絞って製品を出さざる得なくなっているし、巨額な投資を必要としないものが優先される。また、ハイスペックで挑戦的な意味合いの製品は売れないからと、ラインナップから外されてしまったりする。
 金融機関からの調達が難しいのならば、自社の営業利益から出すしかないのだが、今は価格競争が激化しているので利益が薄くなっている。日本の場合、ハードウェア製造業がIT産業にほぼ直結しているので、これらの企業が営業利益をあげていくことは競争力の強化に即つながる。あまり露骨にやると外圧がかかりそうだが、多少助けてあげるようなことをした方が良いだろう。ついでに商品券の偽造防止に日立の開発したミューチップでも採用してあげれば面白いことになりそうだ。これは今のところオンリーワンの技術だと認識している。オンリーワンならば外圧を避けることができるし、実績を積むことで海外でも売れるようになるだろう。

参考:ミューチップに関する記事

 ってな感じで考えてみたけど、どんなものだろうか。わたしも所詮素人だから色々穴があるとは思うが、なんとなく良さそうな気がしてきて。まあ、わたしにとって有利な話だから、そう思うだけだろう。この手の話は誰もが自分に有利なことを提案してしまうものだ。しかし、少なくともいつぞやの商品券よりはマシだと思う。困る人も特にいないと思う。
 もう少し要点を簡潔にまとめて小泉さんにでもメールを出してみようかなと思ったりして。まあ、そんな面倒くさそうなことはしていられないけどね。だいたい、この話を書くのですら、何日かかったことやら。嗚呼、10日以上も更新が空いてしまったではないか。

 とか言ってみたが、「いや、更新間隔が空いたのは、毎晩サクラ大戦をやっていたからだろう」というツッコミがありそうな気がするが、それは間違いである。実はFFX-2をやっていたからなのだ。サクラ大戦は中断している。これがまた発売日に買ってしまったんだなあ。実はヨドバシのポイントが余って……はいなかったけど、なんとなく買っておいた方が良いのかなと思って。一応。

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03.03.11 たまおがさんまを追いかけて

 テレビの音だけ聞いて、「最近やけに苗場スキー場のコマーシャルがかかるなあ」と思って画面を見ると、MEGMILKのコマーシャルだったりする。というのは先月あたりの話である。それにしてもMEGMILKとは、いったいどうしてしまったのだろう。何をしたいのかさっぱりわからない。まあ、「自然の恵み」と「MILK」のコンビネーションだろうということはわかる。でも、たったそれだけのことか。「み」しか重なっていないではないか。
 そもそも「MEGMILK」と聞くと、どうしてもめぐみさんの乳の方を先に思い浮かべてしまうのがなんとも言えないところである。牛乳というよりも甘そうな乳製品をイメージしてしまう。どういうブランド戦略なのだか。どうせ「み」しか重なっていないのなら、「NOZOMILK」でも「HITOMILK」でも「TAMAMILK」でもなんでも良いような気がしてしまう。
 だいたい、どのめぐみさんだというのだろうか。コマーシャルのあの女の子がめぐみさんということか。しかし、MEGUMIというと、あのグラビアの人を思い浮かべてしまうからなあ。これがもしホンジャマカの恵だったりしたら大変イヤな話だ。まあ、乳が出そうに思えないけどね。だからといって、石塚の方ではもっとイヤかもしれない。あれは本当に乳が出そうだ。

 話は変わって、タマちゃんである。またもやタマちゃんを巡ってニュースがあったようだ。なんだかなあ。想う会に見守る会。どっちもどっちというか、信念の争いだからなあ。宗教戦争というかイデオロギーというか、永遠に結論が出ない話だ。どうとでも言えてしまう。放っておくと、さらに意見が分裂して、救う会とか考える会とか調べる会とか分派が出てきそうだ。いずれにしても、人をここまでさせてしまうタマちゃんが、相当の人気モノということであるということだけは間違いない。

 先月は、横浜市が住民票を発行したことがニュースになった。と思いきや、「タマちゃんに住民票を交付するのに何故おれたちに住民票をくれないんだ。かわいいからってタマちゃんにだけ住民票を交付するのは、外国人差別だあ」とか言ってデモをしていた外国人の団体の話題もあった。なんだかなあ。まあ、シャレだろうな。
 公務員はこういう抗議に弱いなあ。こんなのは「タマちゃんがかわいいのだから仕方無いだろう。文句あっか?」とでも言っておけば良いと思う。そもそも、タマちゃんに住民票を交付したこと自体がシャレである。シャレとシャレのやり取りなのだから、まともに相手をすることもない。公務員って、自らシャレてみることはできるけど、相手のシャレに返すことができないようだ。もっとも重箱の隅をつつくのが好きな人がいるからね。そういった輩が騒いで大事にするのが見えているから、シャレだとわかっていても真面目に返すことしかできないのだろう。無粋な話だ。
 日本人ってのは、本当に「差別」って言葉で攻撃されると弱いなあ。「差別」いう単語が出てくると、反射的に「自分は悪いことをしているのか。反省しなきゃ」と思ってしまう。どこの国でも外国人に対して色々制限があるものだけどね。どさくさに紛れて参政権をくれとか言っていた人もいたみたいだけど、参政権まで与えている国となるとほとんど無い。といったことを忘れてしまう。まずは、どうして多くの国で外国人に制限があるのかということを考えないと。

 そもそも、タマちゃんに交付された住民票って、昔流行ったなめ猫免許証みたいなものだろう。現実には何の効力も持たない。そんなので良ければどうぞという話である。タマちゃんの場合、所謂名誉市民ってものだろう。本当の市民とは認められていない。タマちゃんを引き合いに出すのは筋違いである。ましてや、タマちゃんに参政権は無い。
 名誉市民とは、市に対する功績を称える称号である。タマちゃんの場合、毎日その姿を見たいがために人が集ってきた。そして、帷子川などという小さな川を有名にし、横浜市のイメージアップに貢献した。充分に名誉市民に値する功績だ。タマちゃんは、それほどかわいかったのである。デモをした外国人達は、毎日家に人が集まってくるほどかわいいのだろうか。それくらいかわいければ、タマちゃん並の扱いをしてもらえるだろう。
 まあ、評価のポイントはかわいいということだけではない。かわいくなくてもチャンスはある。ノーベル賞を取るとかでも良いし、スポーツで活躍したでも良い。基本的に正の評価で報道されるほどの人気者になれば良いのである。たとえば今ならボブ・サップ並の人気者になれということである。もちろん市の宣伝になるようなこともしなければならないけどね。ちなみにボブ・サップは、タマちゃんが進化した姿だと言われている。

タマちゃんの住民票(こんなのが欲しいのか? ちょっと欲しいかも)
タマちゃん進化論(続きがあるので最後まで読んで欲しい。最後のページはめちゃくちゃ面白かった)

 しかし、「ニシ タマオ」なんだなあ。「ニシ」は西区から取ったのだろうけど、「タマオ」は多摩川から取ったものである。横浜市としてのアイデンティティが弱いところだ。命名担当者もやりきれないことだろう。まあ、多摩川に現れたのが最初なのだから仕方が無い。鶴見川に現れた時に「ツルちゃん」に改名しようという動きがあったが、無視されてしまった。先に認知された名称を超えることは難しい。ブランド戦略は重要である。

 でも、タマちゃんで良かったのかもしれない。あまり気取った名前でないからこそ、主婦層や高齢者に人気が出たのだと思う。最初に現れたのが多摩川でよかった。しかし、何故多摩川に現れてしまったのだろうか。多摩川の魚がそんなに美味かったのだろうか。海の魚の方が美味いと思うんだがなあ。鮭でも追いかけているうちに、うっかり多摩川を上ってしまったとか。
 もし、鮭でなくサンマを追いかけていたらどうなっていただろう。東京では昔からサンマは目黒に限ると言われるくらいだから、目黒川に現れていたに違いない。となると、タマちゃんは「タマちゃん」でなく「めぐちゃん」になっていたと思われる。いや、めぐちゃんというよりは、「めぐたん」だな。高齢者や主婦ではなく、むさくるしそうな男たちが川に集まって「めぐたーん、萌えー、萌えー」と一日中騒いでいたことだろう。街の印象が悪くなりそうだ。住民票ももらえなかったに違いない。

 といったことを考えていたのが、目黒川で「めぐちゃん」ってのは既に結構使われているんだな。一応タマちゃんという呼び名が出てきた頃に思いついたネタだったんだけどなあ。まあ、人の思考パターンはこんなものかもしれない。ネタにするのが遅すぎた。しかしそれよりも、今わたしを悩ませているのは、どうやってMEGMILKの話とタマちゃんの話をつなげるかである。ブランド戦略、そしてメグで結びつきそうなところまできているのだが、この話の終わらせ方がわからないのだ。

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03.03.05 飛び出せ美少女

 そろそろ花粉症の人にとってつらい季節になってきたようだ。困っている人も多いことだろう。わたしの方はなんとか平気である。ちょっと目がかゆい程度で、それほどひどくはない。しかし、中にはひどい症状の方もいるようで、ちょっと同情してしまう。

 こんな時に一番困るのは満員電車の中だ。満員電車の中で真後ろの人がくしゃみをするとドキッとする。痰やつばが飛んでこないかと。ちゃんと手で口を押さえてくれよなあ。と言いたいところだが、手を口元に持ってこれない程混雑していることもあるので要注意だ。もっとも痰を飛ばすようなやつには、最初から口元を押さえようとすらしないのが多いけどね。
 また、おやじの場合に限定されるが、満員電車の中では耳元でくしゃみをされるという危険性もある。あれが耳にキーンとくるんだなあ。どうして、おやじのくしゃみはあんなに響くのだろうか。結構離れているのに一瞬心臓が止まりそうなくらい大きなくしゃみをするやつがいる。もしあれを耳元でやられたら鼓膜が破けてしまうのではなかろうかと心配になってしまうのだ。心臓がドキドキしまくりだ。
 くしゃみに関しては、もう災難としか言いようがないが、鼻水についてもイヤなものがある。鼻水ををじゅるじゅるとすする音。花粉症の季節にはそこかしこで鼻水音が鳴り響いている。あれをずっと聞いていないとならないのも苦痛である。「すすらないで鼻を嚊め」と言いたくなってくる。しかし、満員電車の中では鼻を嚊むのもままならないこともある。「出物腫物所嫌わず」とは言うけど、なんとかならないものだろうか。

 話は変わって3Dである。シャープ、三洋、ソニー、NTTデータで、3Dコンソーシアムとやらを作ったそうだ。これからは3D液晶が流行るのかなあ。たしかに面白そうだとは思う。ちょっと前のアコムのCMで、携帯電話から宇宙人のホログラム映像が飛び出てくるのがあったけど、シャープの携帯を見ていたらそれに近いものが出てきたと思ってしまった。3D液晶の場合、携帯の中から人が飛び出てくるのではなくて、携帯の中に人が入っているという感じだけどね。

 大半の人が知っていると思うけど、3Dというのは左右の視差で奥行きを感じさせるものである。つまり、どうにかして右目と左目にちょっとだけ視点がずれた映像を見せるわけである。しかし、そのために専用眼鏡が必要だったりするのが煩わしいところである。専用眼鏡が要らないものでは、10年ちょっと前に点描のような3D絵が流行った。あれは左右が合成されている絵に対して眼の焦点を遠くに持っていくことで、左右の眼で別々の絵を見るというものであった。人間の生理に逆らって眼の焦点を意図的にずらすというもので、専用眼鏡は要らないけど、なかなかの訓練を必要とするものであった。
 ところがシャープの3D液晶は専用眼鏡も訓練も要らないのである。あれはどうなっているのかというと、あれは見る角度で絵が変わるというやつだと思う。携帯のサンプルによくあるアレである。アレを液晶にして、右眼から見る角度と左眼から見る角度で丁度3Dになるように調節しているのだと思う。まあ、これも結構前から展示会等では見られたけどね。大量生産の目途がついたのだろう。ふむふむ。時代は3Dだ。

 実は、3Dって結構好きなんだなあ。小学生の頃は、赤と青のセロファンを貼って例の眼鏡を作った。でも、あれって赤と青に分かれている所為か、あまり3Dという感じがしなかったけどね。しかし、3D技術満載のつくば万博の時は萌えに萌えた。3Dモノ以外も面白かったけど、つくば万博は3Dを売りにしたパビリオンが多かった。今の技術で、あの規模の科学万博をやってくれないかなあ。すごいものができそうである。
 しかし、せっかくの3Dなのに残念なことがある。それは現在の3D技術が左右の視差を利用しているということである。結局、縦方向はどうにもならないのだ。つまり、男子全員の希望であるところの下から見たいという希望が21世紀になっても叶えられなかったということである。男子ならば、必ずや一度はテレビの前で寝転がって下から見ようとしたことがあるはずだ。日本男児がテレビの前で寝転がっても虚しくならないよう、シャープには是非とも頑張って欲しいものである。

 そんなことを考えていた。ところが昨日のことである。印刷業界ではもっと進んでいることを知った。縦横どこからどう見ても、飛び出して見えるという技術が開発されていたのである。縦横において3Dだ。そして、それが既に電車の広告にも使われているところを発見してしまった。


 わかりにくいか。結局2Dの画像に変換されているのだから、あまり立体感は感じられない。もう一枚微妙に角度を変えたところから撮ってみた。どうだろう。ノーファインダーで撮ったため位置がずれてしまっているが、立体的に見えていることだけはわかると思う。まさに手に取って触れそうな感じである。


 いや、触れそうどころの騒ぎではない。実際に触ることができてしまったのだ。しかもティッシュの部分を引っ張ってみたら、テッシュペーパーが出てくるではないか。なんと! 先端技術は既にここまで来ていたか。いったいなんという技術なんだろう。まるで本物のようである。下の写真が実際に3D立体ポスターから取得したものである。
 うーむ。ここまで来たら、やはりあれしかないだろうか。オタク少年が夢見るパソコンのモニタから美少女が出てくるというあれだ。是非ともこの技術を使って美少女を飛び出させて欲しい。動かないのは仕方が無いとしても、触ることができる美少女を希望するのである。


 美少女はおいておくとして、とりあえず花粉症の季節、電車の中で急に鼻を嚊みたくなってしまった人には最適の技術かもしれない。

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03.03.01 お客様はカツオドリ−1
 前回の日記でも少し触れたが、先週の木曜日(2月20日)は寄り道をしてきた。何処に寄ってきたのかというとマンガ喫茶である。何も平日の仕事帰りにマンガ喫茶に行かずとも良いではないかと思われる。しかし、これには理由があった。実はこのマンガ喫茶、この日を持って店をたたむというのである。うーん。残念だ。わりと好きなマンガ喫茶だったのだけどなあ。店内が明るくて静かで、かつ持込みもしやすく気軽な感じで入ることができた。女子の客も多かった。
 何よりも良かったのは氷があったことである。マンガ喫茶の多くはフリードリンク、つまり何を何杯飲んでもタダということになっている。しかし、大半のところは、ドリンクをコップに注ぐだけだ。コップに注いだドリンクって、氷が無いとすぐに温くなってしまうんだなあ。店によっては元々温めだったりもする。氷は欠かせないところである。

 それにしても、店をたたんでしまうとはなあ。マンガ喫茶ってあまり儲からないのだろうか。実はわたしもすることが無くなったらマンガ喫茶でも経営しようかと思っていたのだが、これが儲からないのでは困ってしまう。もっとも町田駅周辺には、他にもたくさんのマンガ喫茶がある。入ったことがある店だけでも、ここの他に4店。あといくつあるのだろうか。数えたことがないのでわからないが、マンガ喫茶が儲からないのではなくて、町田駅周辺が過当競争だっただけなのかもしれない。成瀬あたりならまだいけそうな気がする。
 この店が閉店するとわかったのは、以前来た時に張り紙がしてあったのを見たからである。結構前から張り紙がしてあったと思う。だとすると、倒産して夜逃げという感じではなさそうだ。儲かってウハウハという程ではないものの、苦労して続けるという程でもない。他にもっと儲かる商売があるから、そちらにリソースを投入したいという程度のことかもしれない。いつ行ってもそれなりに客が入っていたから、売り上げもそれなりにあったと思う。

 そういえば、最近出版社や漫画家達がマンガ喫茶に対して著作権を払えという抗議をしているようだ。うーむ。たしかに著作者の収入がその分減ってしまうのだから、利用者は著作権料を払うべきだろう。わたしも著作者の一人と言える。著作権を払わずタダ乗りするのは問題だと思っている。法外な料金でなければ、わたしは快く著作権料を払って読みたいところだ。一時間あたり50円くらいの料金上乗せならば問題無いだろう。100円ならギリギリOKかな。それ以上となるとちょっと敬遠したい。実際にはどれくらいの金額を要求されているのだろうか。
 マンガ喫茶のシステムでは、通信カラオケなんかと違ってどの本をどれだけ読んだのか把握できない。概算ということになるだろう。本の印税は一割と言われている。500円のマンガだと1冊あたり50円だ。一時間で3冊読むとして一時間あたり150円とか。さらに出版社の利益の減少分も考慮しないとならないから、それも上乗せして一時間あたり300円とかだったりして。それだとちょっと高いなあ。
 マンガ喫茶があるから読むけど、わざわざ買ってまで読まないという部分もある。マンガ喫茶を廃業に追い込むのは得策ではないだろう。出版業界も共存共栄を図るつもりなら、マンガ喫茶の料金の二割くらいの算定方法の方が現実的だと思う。音楽業界に倣って少々がめつく主張をしているのだろうか。それだけならまだしも、過去五年分に遡って請求するぞと脅しているとかね。店としては、そういうことで難癖つけられたくなかったのかもしれない。それならば一旦店をたたんで会社を清算してしまおうと。

 本当のところはわからない。ただ最後の日も、店員には悲愴感があまり感じられなかった。同じ経営者の別の店で雇ってもらえるとかいうことになっているのかもしれない。もっとも店員は二十代とおぼしき男と年配の女性であった。男の方はフリータで別のバイトがすぐに見つかると思っているだろうし、年配の女性の方は知り合いから頼まれて店を任されていただけで小遣い稼ぎ程度にしか思っていなかったとも考えられる。いや、そもそも最後の日だからって、そんなに悲愴感を漂わせながら接客する店員もいないか。わたしがその立場でも淡々と仕事をこなすだけだろうなあ。

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03.03.01 お客様はカツオドリ−2
 そんなわけで、せっかくだからと最後の営業日に行ってみたのである。わりと好きなマンガ喫茶ではあったけど、なくなくったからと言って泣くほど悲しいという思い入れがあるわけではない。三年あまり営業していたようだけど、実際ここに来たのは年に十回強といったところだろう。多くても年に二十回は来ていないはずだ。その程度の店である。ここがなくなっても町田には他にもマンガ喫茶は山ほどある。それほど心配はしていなかった。
 それでも最後の営業日に来ようと思ったのは、一度で良いから最後の客というものになってみたかったからである。営業終了の瞬間に立ち会ってみたかったのである。それに最後までいたら、何か特典があるかもしれない。たとえば、「もう要らないから、好きなだけマンガを持っていって良いよ」とかね。うーむ。もしそんなことになったら、何を持って帰ろう。うひひ。

 店に入ったのは営業終了一時間前である。店内には7、8人いた。平日の晩に来たことがなかったのだけど、いつもこんなものだろうか。それでもあと一時間しか営業していないことを考えると、結構入っていると思われる。そして、時間は刻一刻と過ぎていった。徐々に人が帰り始める。確認してないのでわからないけど、新しくやってくる人はほとんどいなかったと思う。静かなマンガ喫茶がいっそう静かになっていった。
 そんな静寂の中で事件が起こった。いや、事件というほどのこともないのだが、空気清浄機?のアラームが鳴ったのだ。店内にピーピーと慌しいアラームが鳴り響いた。店員が様子を見る。

「うーん。フィルターが詰まったようだな」
「そうなの? そういえば、それ一度もフィルターを交換したことがなかったわ」
「でも、もう交換しなくて良いよな」
「そうね……」

 今までなんともなかったものが、最後の日になって初めてアラームを鳴らすとは不思議なものである。この機械が閉店を惜しんでいるかのような気にさせる。その後、緊張が解けたのか店員の二人は談笑を始めた。さらに時間が過ぎて、オーナーなのか関係者と思われる人が入ってきた。三人でする談笑は、最早静かなものでなくなってきた。
 マンガに没頭できなくなった。ふと時計を見ると営業終了二分前である。そろそろ頃合か。店員にせかされて慌てて店を出るのもなんだろう。片付けを始めた。店内には、わたしを含めて二人しか客が残っていなかった。ただし、最後の客となるべくゆっくりと。すると、もうひとりも片付けを始めた。こうして、このマンガ喫茶の歴史は幕を閉じた。

通算来店回数:38回
総滞在時間:108時間32分
読破したマンガ:352冊
飲み干したアイスコーヒー:95杯
 というのは、適当な数字である。いちいちカウントするわけがないので当然だ。まあ気分の問題である。

 ゆっくりとコートのボタンを嵌めていたら、もう一人の客がレジに向かった。これで当初の希望通り、わたしが最後の客になった。レジに向かったのを確認すると、わたしもレジに向かった。その彼の後ろに並ぶと店員さんが言った。「あっ、お客さんは清算良いですよ」と。
 ここの店は、最初の一時間分を前払い、超過した分を退店時に清算するという方式であった。店員さんは、わたしが入った時間を把握していたのだろう。良いですよと言われては、去らねばならない。店を出た。結局、レジの前でモソモソと財布を取り出すのに手間取っていた彼が最後の客となった。わたしは最後から二番目の客であった。残念、ブービー賞。

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