03.01.28 三種のデフレ
 そこに座っデフレ、足を組んデフレ、その指で髪を掻きあげてデフレ。

 寒いですか? 寒いですか? うーむ。寒いか。わたしのダジャレもさることながら、今年の冬は寒い。今日はそれほどでもなかったけど、全体的に見れば今年の冬は寒い。本当はこれで平年並みらしいのだけど、シーズン前に今年は暖冬になるだろうとの予測を聞いていたので、余計に寒く感じるのだ。まったく気象庁も罪なことをしてくれたものである。そりゃないぜ。アミーゴ。
 いったいエルニーニョ君はどうしてしまったのか。一応男なのだから責任を持って役割を果たして欲しいものだ。皆は、君の活躍に期待しているのだ。ってなことを書いていると、ジェンダーフリーの人に怒られそうだな。まあ、でもラテン系か。やつらは気分次第で働いたりさぼったりするからなあ。ってなことを書いていると、ラテン系の人にも怒られそうだ。

 このままでは色々なところから怒られそうである。怒られないためには、自分で対策を取っておくべきだろう。というわけで、最近は使い捨てカイロなんてものを使用している。使い捨てカイロは、小学生にも理解可能なくらい原理的に単純なものだけど、偉大な発明であると思う。もっとも原理が難しいからといって偉いというわけではない。世間的に発明は、主にどれだけ役に立つかで評価されるのである。
 なんでもロッテが発明したらしいが、特許は取らなかったのだろうか。その後、すぐに類似品が数多く出たからなあ。まあ、おかげで色々なメーカーが参入して一大市場となった。それまでは白金カイロなんてものがあったけど、ベンジンを入れるなど面倒なところがあった。袋から取り出すだけという手軽さには適わない。白金カイロの時代にはカイロを持つなんて極一部の人だけだったのに、今では使い捨てカイロがスーパーの店頭で山積みになっているほど一般的なものとなった。

 しかし、使い捨てカイロも安くなったもんだなあ。当初は一袋で100円だったという記憶がある。これはちょっと高い。まあ、ジュース一本分の値段だけどね。毎日ジュースを一本飲むのと変わらない。とは言っても、ジュースはジュースで使い捨てカイロとは別に買ってしまうのだから、毎日カイロを使い捨てるというのは、毎日飲むジュースの値段が倍になったのと同じことである。そう考えると、ちょっと気軽には使えない。それが今では十袋入りで200円から300円ってところだ。一袋なら20円から30円だ。気軽に使うことができるようになった。
 しかしながら、わたしは今年まであまりカイロを使うことがなかったのである。特別寒かったり、長時間外にいるということでもない限りはカイロを使わないようにしていた。どうも一袋100円時代の習慣が染み付いているようだ。実は、今使っているものも何年も前に買ったものである。買うには買ったが、勿体無いのでここぞという時に使おうと、長年キープしていたのである。裏面を見ると使用期限が2000年5月とか書かれているんだなあ。いったいいつ買ったものだろう。覚えていない。まあ、ちゃんと暖かくなるのだから、古くても問題無いところだけどね。



 値札を見ると「190円」となっている。10袋入りでこの値段は安い。「ダンテ」なんて聞いたことが無かったのだけど、外国で作られたパチモンだろうか。どこが作ったのだろうか。と思って裏面を見たら、マイコール株式会社と書かれていた。国内生産である。「足ぽかシート」とか「はるオンパックス」の会社だ。なんだ。結構メジャーな会社ではないか。昔は「ダンテ」なんていう製品を出していたのね。
 さらに値札を見ると、どうやら今はなきダイクマ田奈店で買ったもののようだ。車を買ってからはダイクマ田奈店には行かなくなったので、結構前のことかもしれない。95年頃だろうか。何しろダイクマ田奈店は、駐車場が狭くて入れにくかった。そのせいで車を買ってからは避けるようになってしまったのだ。行ったとしても駐車場が空いている19時以降が多かった。雑貨の安売り店なら他にもあるからね。
 ダイクマも業績不振に陥る前に駐車場を見直すべきだったと思う。ダイクマは大きなものを買うことが多いので、車で行きたいところだ。ところが駐車場が狭くて入れにくい。さらに店の入り口が駐車場の反対側にあるので、買ったものを運ぶのにいちいち回り込まなくてはならなくて、結構大変だったのだ。車で行くのが億劫になる。今は、同じ建物でスーパー三和になっているのだけど、駐車場は仕切り直して広くなったし、駐車場からスムーズに店内へ行けるように改装された。これはいい。ダイクマだって、やればできただろうに勿体無い。安易な価格競争をする前に見直すところがあるような気がする。

 しかし、わたしもよくここまで使い捨てカイロをキープしていたものである。一袋20円もしないのだからガンガン使えば良いのに、我ながらケチだと思う。しかし、単純な金額的なものよりも、もっと他の心理的な要因があったのではないだろうか。使ってみてよくわかった。使い捨てカイロは無駄が多いのだ。どうも心理的な負担を感じ、拒否感が働いてしまうのだ。
 というのも使い捨てカイロは持続時間が長いことである。わたしの場合、通勤時間は一時間程度である。行きに一時間、帰りに一時間、あとは暖かい部屋の中にいるのだから、通勤している2時間だけ温かければ良い。
 ところが使い捨てカイロは、12時間とか20時間も熱を発しているのだ。残りの10時間以上は無駄に熱を発していることになる。有効に活用されている時間は、1割から2割だ。一日あたりで考えると、20円から30円くらいものだから安いと思うのだが、時間あたりで考えると5円分も使わずに捨ててしまったということになる。これが非常に勿体無い気がしてしまうのだ。もし、カイロの持続時間が2時間程度だったら、却って使う気になっていたかもしれない。

 できれば、スイッチでON/OFFができるようなものがいい。行きと帰りで一時間ずつ温まる。それならば、多めに見て3時間程度持続すれば充分だろう。今使っているノートPCの温かさを感じると、バッテリでなんとかならないのかと思うところだ。家に帰ったらクレードルに刺して、翌朝持って行く。携帯電話のような使い方だ。いっそのこと、携帯電話がカイロになっても良いかもしれない。名づけて携帯カイロだ。って、カイロはそもそもが携帯なのか。ややこしい。
 まあ、でも携帯電話程度のバッテリ容量では、さすがに1時間も持たないだろう。だからといって、あまりバッテリを大きくすると携帯性が失われる。今のリチウムイオン・バッテリでは、今後飛躍的に容量が増えると思えない。となると、次世代の技術に期待するしかない。本命は燃料電池だろう。

 知らない人のためにちょっとだけ解説すると、燃料電池は水素と酸素を化学反応を起こして水にすることで電気を取り出すのである。電気分解の逆である。最近話題の燃料電池車で使われているものの場合、水素ボンベを積んで直接水素を使うけど、そうそう水素ボンベなど持ち歩けるものではない。携帯用の機器には、改質器というものを使って水素を含む物質から水素を取り出す方式が研究されている。実用化の目途が立っているのは、エタノールを使ったもののようだ。来年あたりには出てくると言われている。
 これがなかなかのもので、ノートPCなど何時間でも使用できるようになるそうだ。足りなくなったらエタノールを継ぎ足すのだけど、エタノールはコンビニ等で普通に入手可能になるだろう。数日間の旅行でノートPCを持ち歩くのにもアダプタを持ち歩かずに済むようになる。携帯電話など電池切れの心配はまずなくなるし、今までよりも多くのパワーが使えるようになって動画やiアプリ等の環境が快適になることが期待されている。

 そこでだ。これだけの電力を持つ燃料電池ならば、充分にカイロとして使うことができるのではないだろうか。次世代電池に大きく期待するところである。わたしもなかなかのアイディアマンだな。しかし、よく考えてみたら、エタノールを入れて使うカイロとベンジンを入れて使うカイロでは、あまり違いが無いような気がしてしまった。わたしは、ロッテの人ほど偉くはないようだ。

 ちなみに沢田研二の「ダーリング」が発売されたのとロッテの「ホカロン」が発売されたのは同じ年、1978年のことである。

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03.01.23 隣の芝生は時代を超えた
 風の中のすばる、品川から銀座。

 いやはや。十日も前の話題で済まない。何故か先週は日記を書いている時間がなかったのだ。それにしてもびっくりしたなあ。話題にしていた人も多いようだが、せっかくなのでわたしも取り上げてみようと思ったのである。

 先週の月曜日は、毎日新聞の記者でない方の中島みゆきが大変なことになっていたようだ。なんでもオリコンの週間ランキングでとうとう一位を獲ったそうな。発売から130週経っての一位だそうだ。紅白出場がそんなに効いたのだろうか。しかし、紅白で初めて知って買う気になったというのは違うだろう。元々知っていて良い歌だと思っていたけど買うきっかけがなかった。そんな人が買ったのではないだろうか。あるいは、昔は中島みゆきのファンだったというか、よく聴いていた人が久々にまた聴いてみるかという気になったとか。しかし、この件についての朝日新聞の記事にはずっこけた。

経済評論家の佐高信さんは「サラリーマンが“すがる対象”として聴くからだろう。リストラに熱心な経営者が良しとされる社会は、いわば“闇”の世界。そこに毅然(きぜん)と立ち向かうのではなく、ただ天上の“星”を仰ぎ見ている。サラリーマンのある種の悲鳴であり、軍歌のようなものだと思う」と話している。

 朝日新聞の記事より引用

 ふーん。佐高信って経済評論家だったのか。わたしはてっきり、単なる左寄り思想家だと思っていた。まあ、いずれにしてもアホですな。そんな歌ではないだろう。前々からアホよばわりされているのに、この発言で更に拍車をかけてしまったか。なんでこんなのが未だに世間で相手にされているのか理解できない。というか評論家って、アホなことを言えば言うほど金になるのだろう。まともなことを言っているだけでは、皆が納得して議論が盛り上がらないからなあ。ちなみに「地上の星」の歌詞と中島みゆきが何を思って作ったのかは、NHKのサイトに書いてある。

 そのNHKのサイト

 ここで「星」とは星のごとく輝いている人、「空」とは有名人がいる手が届かないところ、「地上」とは普通の人がいる身近なところと解釈する。つまり世間の多くの人は、有名人ばかりを「偉い偉い」と持て囃すけど、実は身近なところにもそれに負けないくらい輝いている人がいるってことだ。で、「おまえらすごいぜ」という尊敬の念でもあり、「有名無名に拘りなさんな」、「身近な人達をもっと評価しようや」という意見でもある。
 こんなことは、わたしが書かなくとも99%の人がそう解釈すると思うのだが、なんで佐高信はあんな的外れなコメントをしてしまったのだろうか。少なくとも「ただ天上の“星”を仰ぎ見ている」わけではないだろう。まあ、よく知らずに語ってしまったのだろう。知らないものを知らないと言えない。却って程度が知れてしまうところだ。

 ところで、世間には「地上の星」が主題歌であるところの番組「プロジェクトX」が嫌いな人がそれなりにいるようだ。事実の歪曲とか言われる部分を除けば、良い番組であると思う。わたしは好きだけどね。などというとオヤジくさいとか言われそうである。しかし、ちょっと斜に構えすぎではないかい。それに番組をあまり見ていないような気もする。
 そう言うわたしも時間が合わないので、数回しか見ていなかったりするけどね。その数回を見た感想を言うと「やったね。オヤジ」であり、「うーん。オヤジ、カッコ良いぜ」なんだなあ。ただのオヤジ達が妙に格好良い。しかし、とやかく言う連中にとって、オヤジは格好悪い存在でなければならないのだろうか。だから、オヤジ達を格好良く取り上げるこの番組を忌避してしまうと。
 批判派の意見を見ると、「オヤジの懐古趣味」だという意見が目立つ。あるいは「男ばかり取り上げて女性蔑視だ」といったのもあったような気がする。しかし、この番組の過去の放送内容をよく見ると、デジカメの回のようにバブル崩壊後の比較的新しい話もあるし、男女雇用機会均等法のように女性を取り上げた話もある。ただ印象が強いのが、ちょっと昔のオヤジの話ってだけではなかろうか。

 そもそもミニプロジェクトXみたいな話は、誰にでもある話だ。厳しい納期の仕事をなんとか間に合わせたとか、他には無いような新商品を開発したとか、新しい販売ルートを確保したとか、大幅なコスト削減を達成したとか。黒四ダムと言わないまでも、建築現場で働いているお父さんが「このビルを建てたのは父さんなんだよ」なんて息子に自慢したりする。それを聞いた息子が「パパすごいね」なんて目をキラキラさせる。そういった話だ。
 もちろんわたしにもミニプロジェクトXみたいな話はある。どこの誰が使っているのかは知らないが、今までわたしが書いてきたプログラムは、数万人に使われているはずである。まあ、わたし個人としては、システム全体の100分の1も貢献していなかったりするけどね。何十人、何百人と集まり、それぞれが自分の仕事をこなして何かを成し遂げるというのがプロジェクトなわけで、それが上手く行った時は、素直に嬉しくなるものだ。わたしが書いたプログラムを使っている人がいて、それが少しでも役に立っているのかと思うと、ちょっとどきどきする。

 まあ、仕事に関する話だけでなくて、たとえば文化祭でクラスメイトが集まって何かを作って賞を貰ったとか、部活に入って何かの大会で優勝したとかいった経験なら誰にでも何かしらあるだろう。たとえば「六月の勝利の歌を忘れない」なんてのがある。ワールドカップで日本代表がグループを突破したその舞台裏のドキュメンタリだ。サッカーに興味がある人の中には、DVDを買って見入ってしまった人も多いだろう。これがサッカーじゃなくて、ロケットに興味がある人はH-2の開発の舞台裏にも興味があるだろうし、自動車好きの人はロータリーエンジンの開発やZ計画の舞台裏にも興味があるだろう。そういう人が面白がってプロジェクトXを見るわけだ。
 そういった目で見れば、プロジェクトXでは扱う素材が違うだけで、ドキュメンタリ番組であることには変わりが無い。何のことはない。プロジェクトXの場合、その対象が有名人ではなく、普通にそこいらにいる人達に焦点を当ててみたというだけだ。ただ、誰も知らないような話では仕方が無いので、開発された物だけは一般に知られているとか、日本や世界の歴史を変えるような事件だけど、関わった人についてはあまり知られていないというものを素材に持ってきたというところだろう。

 まあ、「ドキュメンタリ番組が好きではない」とか「田口トモロヲのナレーションが暗すぎてイヤだ」とかいう理由で嫌いだというのはわかるけどね。ただ、もっとらしい理由をつけてわざわざ己を正当化しなければ嫌いだと言えない人は、どうしたものだろうか。引け目を感じて、冷静に見ていられる余裕が無いだけに思える。おそらく皆で協力して何かをやり遂げたというミニプロジェクトXのような経験が無いのではないだろうか。自分に似た経験が無いから、そういう経験を持つ人達が持ち上げられると嫉妬をしてしまうと。さらには自分に似た経験が無いから、話がウソっぽく感じられてしまうと。
 佐高信などは、その最たるものではなかろうか。口を挟むばかりで実践を伴ったことは何ひとつした試しが無い。それでもって「自分は天才だからやればできるけど、やらないだけなんだ」と自分を慰めている。まあ、「経済の人」にはありがちな話だな。なんだか憐れに思えてくる。
 まあ、毅然と立ち向かわずに、ただ天上の星を仰ぎ見ているだけの人だったら、むしろ「プロジェクトX」を見ていられないと思うんだなあ。「そんなに上手くいったら苦労しないよ」とか言って目を背けてしまう。これがまだ若くて経験が少ない人ならわからないこともない。しかし、若い人の中でも、将来何かをやってやろうと前向きな人は結構見ていたりするようだ。「オヤジ達の世代がH-2を作ったのなら、おれ達の代ではHOPE-Xを完成させるぞ」とかね。

 現在の日本がここまでになった一番の功労者は、経済紙で取り上げられるような有名な経営者達ではなく、実際に現場で働いている無名の人達だなんていう方向にもっていけば、充分左にもウケしそうな話である。まあ、労組にはウケそうだ。上手く利用しない手はないと思うのだけどなあ。佐高信にとっては、それよりも「日本はダメな国」という結論に持っていく方が優先するようだ。「プロジェクトX」を見ていると日本を見直してしまうことがあるからなあ。何が何でも「日本はダメ」と言いたいだけの佐高信にとっては都合の悪い番組なのだろう。こんなをやっているから、ここ最近左系の意見がどんどん共感を呼ぶことがなくなっているのだが。
 そもそも、朝日新聞にしても、なんでこんな記事を載せたのだろうか。見識を疑う。中島みゆきがオリコンで一位を獲ったという記事に対して、音楽関係者や芸能関係者でなく、門外漢の佐高信のコメントを載せるなんて、頭がおかしくなったとしか思えない。しかも、こんなに的外れのコメントをノーチェックで載せてしまうのだ。一応めでたい話なのだから、たとえ的を射ていても水を注すようなコメントは載せないだろう。碌なコメントが取れないならば、事実だけを載せておけば良い話だ。
 こんな感じで最後にケチをつけるような記事では、読んだ人も僻み根性が染み付いているやつらとしか思われないだろう。この辺が朝日新聞もどんどん質が落ちていると言われる所以だと思うのだが。どこぞの企業の体質がどうしたとか、政府の体質がどうしたとか言う前に、まずは自社の体質を早急にチェックした方が良いのではなかろうか。

 それはともかく、中島みゆきはすごいなあ。いや、ここまでの話は前フリだったりする。実は。なんというか、わたしは主義信条に関わることは書かないことにしているのだが、佐高信と朝日新聞にあまりにも呆れてしまったので、ついつい長々と書いてしまった。こういうやつらには、そろそろ本気でアホアホ言うやつが出てこないとダメだろうなと思ってしまったのだ。
 で、中島みゆきの何がすごいのかというと、今回一位を獲ったことで70年代、80年代、90年代、00年代の全てで一位を経験したことになるのだ。時代を超えたヒットメーカーである。歌についての好き嫌いはあるだろうが、このことだけは認めなければならないだろう。ちなみに「時代」は売れなかったらしい。なるほど。それは「時代」を超えるというものだ。

 よく知られていることだと思うが、中島みゆきは北海道の出身である。「ははーん。みやちょは同郷のよしみで持ち上げているのだな」と思った人もいるだろう。しかし、残念ながらそれは違う。彼女は、帯広柏葉高校出身なんだなあ。わたしにとっては忌々しい存在なのである。
 北海道の高校は、北大への進学者数で序列が決まる。北海道では北大がステータスなのである。最近の状況は知らないけど、わたしが現役の頃は柏葉高校に負けていたような気がする。負けていなくとも、ほぼ競っていたような記憶がある。20万都市である釧路の高校が15万都市の帯広の高校に負けるのか。なんの、我々には理数科がある。理数科の偏差値は、札幌の南北に匹敵するのだ。って、わたしは普通科ではないか。しょぼん。そもそも、わたしは北大に行ける程、成績が良くなかったのであった。うむむ。というわけで、柏葉高校と聞くとどうも構えてしまうのだ。

 それにしても、帯広には良いところを持って行かれているからなあ。良いところを持っていかれるだけでなく、悪いところを押し付けられているのである。故・中川一郎の秘書で、帯広周辺が地盤であったはずの鈴木宗男も釧路の印象が強くなっているような感じを受ける。押し付けられた感じだ。釧路は負けっぱなしなのである。
 これが札幌あたりなら比較対象にならないのでどうでも良いのだが、帯広に負けるとなるとガックリしてしまう。釧路はそんなにヘタれだったのかと。わたしが子供の頃は、人口では釧路が勝っていた。そのスケールメリットでなんとか勝っていた部分も多かったのだけど、最近ではその人口も差が縮まってしまった。中身では完敗している印象があるのだ。

 たとえば、高校野球でも釧路の高校は二十年以上出場していない。その間に帯広の高校は何度も出ている。人口差を考えると釧路勢も何度か出ていても良いはずなのだが、これではヘタレに見えてしまう。釧路の人間は運動神経はイマイチなのか。まあ、野球だけで量るのもなんだけど、野球は目立つからなあ。
 なんの、釧路にはスケートがあるではないか。アイスホッケーは圧勝だ。と言いたいところだけど、アイスホッケーは国際的に歯が立たない。スピードスケートになると、岡崎朋美(生まれは斜里だけど高校が釧路ということで)の銅メダルに対して、清水宏保は金メダルである。その他のスポーツに関しては、よく知らないがまあ同等だろうか。しかし、全国区の知名度では帯広の方が勝っているような気がしてしまう。
 スポーツがダメでも食い物なら負けないぜ。なんと言っても釧路は水産の街だからなあ。新鮮な魚介類が食べ放題だ。って、帯広は内陸なので海が無いのは当然か。勝負にならないものを持ち出して勝ったというのは卑怯者である。いや、食い物ならば帯広には六花亭があるではないか。むむむ、六花亭はなんだか格好良いな。少なくとも女子ウケはしそうである。
 いや、女子はお菓子も好きだが、お寿司も好きだ。中でもイクラは必ず注文するネタのはずだ。十勝産小豆がなんだ。十勝産小豆100%を使用したアンパンなんて偉そうに言っている店もあるが、所詮小豆は小豆だ。粒ものならイクラの勝ちだろう。そのアンパンだって釧路産イクラ100%を使用と書けば、もっと格が上がるはずだ。えへん。くすん。

 とまあ、比較をすればするほど、負けているような気がしてくるのである。そもそも釧路出身で一番の有名人と言えば、カルーセル麻紀だもんなあ。他に人材がいないのか。中島みゆきに勝てるような人材はいないのか。有名人対決は本当に分が悪い。太陽にほえろで言えば、ロッキーと殿下くらい格が違ってしまう。
 北海道はミュージシャンの一大生産地だと言う人がいる。件の中島みゆきを初めとして、松山千春、玉置浩二、大黒摩季、GLAY、ドリカム、JUDY AND MARY……といったところがそうだ。演歌になると北島三郎だとか細川たかしだとか偉い人もいる。アイドルではモーニング娘。に何人かいたな。わたしはよく知らないのだが他にもちらほらいるようだ。
 ふむ。たしかにこう書くと多い気がするけど、北海道の人口は東京都の半数強なのだから、東京出身のミュージシャンの半分くらいいてもおかしくはない話だ。それはともかく、北海道はミュージシャン生産地だと威張りたくても、釧路出身のミュージシャンがいないので威張れない話なのである。釧路の人間は、音楽センスに欠けるのか。

 あっ、あれだ。バーブ佐竹がいたか。帯広が中島みゆきでくるなら、釧路にはバーブ佐竹がいる。どうだ。負けていないぞ。負けて……、うーん、やはり負けている気がする。ええと、バーブ佐竹って知らない? むむ、バーブ佐竹をもってしても、時代を超えたヒットメーカーである中島みゆきには勝てないのか。でも、紅白出場回数ならバーブ佐竹の方が勝っているぞ。わーい。わーい。勝った。勝ったぞ……、くすん。

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03.01.16 オクレだらけの朝ぼらけ
 三連休はしっかり休んだ。日記すら書かず、それはもうただボーっとしていたのだ。いや、日記は書くつもりであった。というか途中まで書いていたのだ。しかし、書き始めたら前フリだけで60行を超えてしまった。しかもまだまだ序の口で終わりが見えない。200行を軽く超える大作になりそうだ。このままでは君の知らない異国の街へ行ってしまいそうなので、思い切って書きかけの日記はボツにした。うん。これで大作にならずに済んだ。ところで、最近見かけないけど尾形大作は元気にしているのだろうか。
 とりあえずわたしの方は元気である。三連休は寝てばかりいたので睡眠充分である。火曜日の朝は、すこぶる体調が良かった。いつもよりも目覚めが良かった。いや、どんな睡眠不足の朝よりも目覚めが良かったと言っても間違いではない。朝の支度も動作がテキパキ、軽快そのものであった。いつもは30、40分かかるところが20分ほどで済んでしまったのだ。

 通常、朝のわたしは行動が大変鈍い。まずはパンツを脱いでも良いかということを考えるところから始まる。最終的にパンツを脱ぐことになるのはわかりそうなものだが、睡眠不足で寝ぼけているので、なかなか答えが出ないのだ。「パンツを脱ぐことに支障は無い」と結論づけてから、ようやっと脱ぎ始める。パンツを脱いだからにはパンツを履かねばならない。しかし、本当にパンツを履いて良いものだろうか。パンツを履いた場合とパンツを履かなかった場合の事態を想定してみる。「やはりパンツを履いた方が良いだろう」ということになって、初めてパンツを履くのである。パンツが終わったら、次はブラだ。果たしてブラはつけるべきだろうか。いや、つけない方が良いだろう。
 一事が万事、この調子なのだ。朝の支度がなかなか終わらない。しかしながら、こうでもしないと、いつかブラをつけて家を出てしまうとも限らないのだ。まあ、ブラをつけて家を出るならまだしも、パンツを履かずに家を出るのはまずいだろう。いつだってよく考えてから行動するべきなのだ。

 睡眠が足りていれば、こんなことは造作も無いことである。すっきりした頭ならば、各判断は1秒もあればこと足りる。数百ものチェック項目だって、各1秒で処理すれば合計5分もかからない。火曜日の朝は、頭脳が神がかっていた。思いの外、支度が早く済んで時間を持て余してしまったのだ。さて、どうしたものだろうか。
 どうするもこうするもない。用意が済んだら家を出るだけだろう。別にギリギリに家を出なければならないことはないのだ。まったく睡魔がぶり返してしまったのだろうか、そのことに気がつくまでにタバコ1本要してしまった。
 それでもいつもより10分近く早く家を出た。いつもより少し早めに着いた駅はごった返していた。ラッシュアワーにかかってしまったか。しかし、いつもより10分早いだけでこんなに人がいるものだろうか。変だな。あっ……、電車が止まっているのか。この人だかりの黒山は、電車を待っている人達であったか。

 前にも書いたけど、駅のアナウンスは情報が遅いんだなあ。全然アナウンスをしてくれないので、今か今かとホームで待ちこがれるはめになる。電車の遅れ具合によっては、隣の駅まで歩いて行った方が早いこともあるし、どうやっても間に合わないこともある。状況によって適切な行動を取りたいので、アナウンスは早めにして欲しいものである。まあ、それでもこの日は、間に合ったから良かったけどね。
 できれば、駅まで行かずとも、家を出るまでに電車が遅れていることを知りたいところである。そうすれば、最初から隣の駅に歩いていくことができる。もっと言うと、朝起きた瞬間に知りたいところである。電車が止まっているとわかれば、朝の支度だってもっと急ぐだろう。隣の駅まで歩いていける余裕が生まれる。

 どうすれば、朝起きた時に電車の遅れを知ることができるだろうか。大きな事故で電車が止まっている場合は、ニュースで流れることもあるので、テレビをつけるという手がある。しかし、ニュースにならないことも多い。やはり、ここはインターネットだろう。とは言っても、年に数回程度しか起こらないようなことのために、毎朝電車の運行状況チェックなんてことはしていられない。常時接続が一般的になったのだ。自動的に配信してくれたら嬉しいところである。
 朝起きたら、モニタがピコピコしているのだ。何かなと思ってクリックすると「横浜線が信号故障のため現在運行を停止しています。復旧まで1時間程度を見込んでいます」といった具合に表示されるのだ。その他、色々必要となりそうな情報を個人に合わせてカスタマイズし、まとめて送ってくれる。オペレータさえ確保できれば、すぐにでも実現できると思うのだ。もっと言うと、トラブルが起こった場合は、自動的に読み上げてくれると尚良い。電車が遅れた場合は、その遅れに応じて目覚ましよりも早めにモーニングコールしてくれるのだ。

 などいうことを考えながら、JR東日本のサイトを見ていた。これに近いものは既にあるようだ。携帯電話にメールしてくれるらしい。ただし月200円かかるという。うーむ。年に数回恩恵を受けるかどうかというだけのものに月に200円を払うってのもなあ。他の交通機関の状況等も併せて送ってくれるならともかく、どちらかというと鬱陶しいキャンペーン情報みたいなものの方が頻繁に送られてきそうである。
 そもそもJRの情報は、精度の点でいまひとつである。JR東日本のサイトの運行状況を見ても、30分以上の遅延が発生した場合でないと情報を載せないというのだ。まあ、JRにしてみたら10分程度の遅れなんて遅れのうちに入らないというのだろう。こちらとしては10分も遅れたら、乗換えやら何やらで最終的に30分も遅れしまうことだってあるのだ。もう少し細かい情報が欲しいものである。
 だいたい30分以上も電車が遅延するなんて、それこそ年に一度か二度のことではないか。そんな大雑把な情報収集で良いのか。もっとも現場にいても漠然とした情報のアナウンスがしばらく経ってからようやっと流れる程度だから、正確で迅速な情報を望むのは無理なことなのかもしれない。

 そして次の日、つまり昨日のことである。昨日の駅はさすがに空いていた。空いていたというよりも普段どおりであった。「今日は気持ち良く電車に乗れそうだ」なんて思っていたら、段々と気持ち悪くなってきた。オエ。電車が来ないのである。そして不気味なアナウンスが流れた。「橋本−相模原間で置石がありました関係で、電車が5分ほど遅れて到着の予定です」とのことである。結局さらに遅れて、改札を抜けるのに10分ほど遅れてしまった。始業時刻に間に合いませんでしたとさ。
 まったく二日連続かよお。職場に着いてJR東日本のサイトを見たが、横浜線の情報は載っていなかった。それどころか武蔵野線が大幅に遅れているという。ニュースサイトを見たら成人の日には自動車との衝突事故で南武線が何本か運休したらしい。その他にも山陽新幹線が居眠りで遅れたとか、正月にも埼京・川越線がデータ入力ミスで運休したとか何とか。「JR」で検索する山ほど出てくる。
 不可抗力のものもあるとは言え、このところのJRは遅れまくりではないか。なるほど、昨日の横浜線の程度の遅れなんて、ニュースにもならない些細な話のことようだ。遅延くらいなら他にもまだまだありそうだ。そこでわたしは聞いてみたい。Mr.オクレに子供がいたら、Jr.オクレということになっていたのだろうか。と。

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03.01.01 それはさすがにどうかと
 あけましておめでとうなのである。

 というわけで、もう2日、いや日が変わって3日になっているにも関わらず、日記の日付は一月一日にしておくのである。いやはや。

 それにしても年賀状である。わたしも一応年賀状を出す人なのである。しかしながら、今回は失敗してしまった。図案を何にしようか延々と考えていたのだが、なかなか良いのが思い浮かばなかったのだ。何しろ干支が未だからなあ。ちなみにここは、「干支がいまだからなあ」と読むと間違いなので注意が必要である。うん。それはともかく、未をモチーフにしたネタには何があるのだろうか。
 丑年の時は、ステーキにした。では、ジンギスカンにでもするか。いや、このパターンは既に読まれているだろう。兎年の時はバニーガールの格好になった。では、ひつじの着ぐるみでも着るか。うーん。しかし、バニーガールほどは、笑えないよなあ。辰年の時は、手抜きで黒龍の酒瓶ラベルにしたんだったな。羊の酒って何かあったか。午年の時は、PUMAのポスターをパクって、ロゴをUMAを変えたのであった。気がつかない人も多かったけど個人的には好きなネタだった。でも、羊でこのパターンができるか?

 ってなことを色々考えていたのだが、どうしてもまとまらない。だんだんと面倒になってきて、考えるのをやめてしまった。で、「まあそのうち良いネタが思いつくだろう」と放っていたら、いつの間にか休みに入ってしまったんだなあ。いい加減にしないと年を越してしまう。この際何でも良い。とりあえず図案のアイディアを捻り出した。さて、あとは年賀状を用意するだけだ。
 というわけで、年賀状を買いに行った。買いに行ったのだが、すっかり売り切れなのである。駅から遠いコンビニに行けばまだ残っているかと車を走らせたが、どこもかしこも売り切れなのであった。やはり遅すぎたか。一週間前だったらまだあったのになあ。郵便局はあっという間に売り切れてしまったので、最初からコンビニで買うつもりだったのだけど、コンビニでも売り切れてしまうとはなあ。甘く見すぎていた。なんていうか、図案が決まらないうちは買う気が起こらなかったのである。

 それにしても、インクジェットプリンタは、ここ2、3年ですっかり普及してしまったようだ。ちょっと前までは印刷済みの方が人気だったように思う。一昨年あたりまでは、元旦過ぎてもまだインクジェット用の年賀ハガキが売れ残っていたのだ。最近のインクジェットプリンタは高性能になって、なかなか使えるようになった。自分で図案を考えて、色々趣向を凝らせたネタで笑わせようという人が増えたようだ。
 郵便局も需要の読みが甘い。というか、早々に売り切れたのだから、増刷して欲しかった。これでは民営化されるのも無理はなかろう。まあ仕方が無いので、絵入りの年賀ハガキを買ってきた。せっかくギリギリで考えたネタもお蔵入りになってしまったなあ。うーん。もったいないので、ここに載せておく。ちょっと圧縮率が高すぎて、写真の部分が見にくいけど勘弁してほしい。実はこんなのを考えていたのだ。


 ん? 意味がわからないって? いや……、「ひじ」の中に「つ」が入って「ひつじ」という……、くっ、くだらないとか言うなあ。わざわざ10枚入りの冷凍ピザを買ってきたのだ。2003年の「0」の部分がウールマークになっているのだ。努力を認めて欲しい。というわけで、今年もよろしく。

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