02.09.24 あなたを染めるスクリプト
 もし、哭きの竜がわたしの背中を見たら、すかさずこう言うだろう。

「あんた、背中が煤けているぜ」

 左様、わたしの背中は煤けている。哭きの竜でなくとも同じことを言うだろう。たとえば、笑いの竜や怒りの竜でも同じことを言うに違いない。もし、哭きの竜と笑いの竜と怒りの竜とで麻雀卓を囲むことになったら最悪だ。「背中が煤けているぜ」「背中が煤けているぜ」「背中が煤けているぜ」と三方から攻撃を受けてしまうのである。これでは、たまったものではない。やはり、背中が煤けているのは不利だと思う。

 正確に言うと、煤けているのは、背中よりも襟首や袖口の辺りの方が顕著である。それに煤けているというよりは、色落ちしていると言った方が良いかもしれない。元々黒いシャツだったのだけど、襟や袖が白っぽくなってしまって、いくら洗濯しても小汚い感じがしてしまうのだ。
 まったく、マイ母が要らんアイロンがけをするからだ。妙にテカっていたりもする。カジュアルなシャツなんぞ、パリパリになってなくとも良いのだがなあ。まあ仕方が無い。新しいシャツを買うか。とは言え、特に破れやほつれが無いシャツを捨てるのは如何なものだろうか。他にもアイロン攻撃を受けて、妙に色落ちしているジャケットがある。これもまだまだ着られるだろう。そろそろ彼岸を過ぎて暑さも収まってきた。これらを着る機会が増えそうだ。というわけで、染めてみたのだ。

 結果はというと、まあ目的の半分は達したかなというところである。色が薄くなっていた部分に多少色がのったという感じで、期待したほどに仕上がりにはならなかった。今回は、元の色を考えて黒く染めてみたのだけど、この色の染料はちょっと特殊で他の色のものよりも染まりにくいらしい。一缶だけでなく三缶くらい投入しないとダメなのかもしれない。うーん。また今度リベンジしよう。
 しかし、染めるというのは、なかなか楽しいものである。どうにも小汚くなった服が新しくなった感じがするのだ。こうなると手当たり次第に染めたくなってくる。色が落ちた服は、あれもこれも染めてやりたいところだ。いや、服だけでは面白くない。穢れを知らない乙女だって染めてやるのだ。これぞ男冥利に尽きるというやつだろう。うしし。

 って、乙女がどこにいるのだろうか。どこにも見当たらない。うーん。「みやちょ色に染められたいわ」などという乙女は、名乗り出てこんかな。って、まあ、ここの読者に乙女なんているわけな……、あっ、痛たたた。わかったわかった。わき腹をつねらないでも良いではないか。
 その通り。あなたは乙女である。結婚して子供がいようとも、毎晩焼酎片手に飲んだくれていようとも、ゴムのスカートしか履かなくなっていようとも、電車の中で日刊ゲンダイを読んでいようとも、乙女の心さえ忘れていなければ立派な乙女である。それはもう純白の乙女だ。おおよ。あなたをみやちょ色に染めてみせようではないか。

 と言ってみたのは良いのだが、みやちょ色って何だろう。やはりシャツと同じく黒か。真っ黒か。しかし、みやちょ色が真っ黒だというのは、いくらなんでもあんまりではないか。なんていうか、もう少し素敵な色だと思うぞ。というわけで、以下に「あなた」をみやちょ色に染めるスクリプトを書いてみた。使い方は簡単。赤、緑、青の濃淡を調節してボタンを押すだけである。各自、思うところのみやちょ色に染まってくだされ。






あなた
↑ちなみに前の「あなた」は、こんな色に染まったらしい。
過去おまけへ

02.09.18 ヘルツの女
 暑さ寒さも彼岸までというからには、まだ暑いのかもしれない。とは言え、最早それほどでもないよなあ。むしろ半袖を着ていると、夜帰る時には寒さを感じるほどである。もっともこれほどまでに寒く感じるのは、このところ晴れた日が少ない所為かもしれない。まあ、まだ昼間はそれなりに暑いのだろうけど、少なくとも怪奇ローソク男になるほど汗をかくことはなくなったようだ。

 帰りの電車は珍しく空いていた。乗り込んでから3、4駅ほど過ぎると、わたしのそばに2人分の空席ができた。しかも端の席である。うむ。これはチャンスかもしれない。しかし、ここで慌ててはいけない。慌てて座ろうとすると、思わぬ事態によって後悔させられることになるかもしれないからだ。
 たとえば、いざ座ろうとした瞬間、他の人に座られてしまうかもしれない。咄嗟の判断で「別に座ろうと思ってなかったんだよーん」という仕草で、その場を通りすぎる。それが自然な動作であれば良いのだが、どうしても不審な挙動となってしまうのだ。余計恥ずかしいことになる。
 たとえば、座ったすぐ後にご老人が目の前に立つかもしれない。座ったばかりですぐに立つのはなんだか落ち着きが無さそうに見えて格好悪い。だからと言って立たないのは人道に反する。ここは寝たふりをして「気がつかなかったよーん」ということにしたいところだ。しかし、前に立つご老人の無言のプレッシャーによって妙に力の入った寝たふりになってしまう。わたしの寝たふりは、たぬきほど上手くない。
 さらに言うと、空いた席は二人分である。わたしが座った隣に誰が座るかも考えなくてはならない。隣に座るのが普通の人ならば無問題。しかし、異臭の漂う怪人物ということもあるのだ。哀愁の漂うサラリーマンならばまだ許せる話だ。思う存分哀愁を漂わせるが良い。しかし、異臭だけはちょっと勘弁してもらいたい。息を止めるのもせいぜい2分が限界だ。

 かような事態を想定し、あらゆる危険性が無いことを確認してから座らねばならない。そして、この日も確認した。まずは周囲に立っているメンツを確認する。空席を狙っているような人はいないか。いない。ご老人はいないか。いない。どう見ても最年長は50代だ。怪人物はいないか。いない。仮にいるとすれば、せいぜいわたしだけだ。
 周囲を確認した後、慌てず騒がず充分に間をおいて、「おや、席が空いてますな。せっかく席が空いているのだから誰かが座った方が宜しいでしょう。ほれ、皆が立っていたら、乗り降りする人の邪魔になりますでしょう。いや、わたしは別にそれほど座りたくはないのですが、ええと、そうですか。誰も座りませんか。では、わたしが……」という雰囲気を醸し出しながら座ったのだ。完璧である。
 わたしが座った後、少し間をおいてから隣に女性が座った。その間の取り方を見た限り、彼女もその空席に誰が座るか確認していたに違いない。とりあえず、わたしのことを異臭の漂う怪人物ではないと判定したのだろう。歳の頃なら二十歳を超えたくらい。わたしとしては、隣に座ることを歓迎したいほどの人材である。

 さて、久々に電車に座ることができた。これでじっくりと本が読める。と思ったのだが、あいにく本の持ち合わせが無かった。仕方が無い。携帯電話で麻雀ゲームでもしよう。ふむふむ。良いツモが来ないなあ。嗚呼良いツモ。あー、良いツモ、来いツモ、あの席をただひとつ狙っているんだよ。学園天国。百円全額。全額自衛隊。自衛ー隊、自ー衛隊、いくつに見えてもわたし誰でも……、くっくっくっ。
 ってなことを考えながら、ふと隣を見ると人材が震えていた。まいったなあ。今のダジャレがそんなにウケるとはって、今のは口に出して喋っていないぞ。まっ、まさか、わたしの頭の中を直接読み取ったというのだろうか。いやはや、エスパーだったとは知らなかった。いや、冷静に考えるとそんなはずがない。今のダジャレがそれほどウケるとは思えないのだ。むしろ寒いと感じるのが普通だろう。それにしても、ぶるぶる震えるほど寒いダジャレだったとはガックシである。
 ん? 待てよ。もしかすると本当に寒いのではないだろうか。しかし、彼岸はまだである。寒いはおろか、世間的にはまだ暑いと言えるほどではないのか。わたしの知らないうちに彼岸が過ぎてしまったということはないだろう。まさか「彼岸達成おめでとう」というオチではないよなあ。うーむ。

 そう言えば、この電車はちょっと冷房が効きすぎている。たしかに寒いかもしれない。だが震えるほどではないだろう。この程度で震えるのであれば、この人材はちょっと寒がりが過ぎるのではなかろうか。そのわりには薄着である。そんなに寒がりならば、もう少し厚手のシャツでも着れば良いのに。
 というか、震えすぎである。なんだか、ぶるんぶるんぶるんぶるん……と、まるで脱水機のように震えているのだ。規則的、機械的な振動である。脱水機と違うのは、排水ホースがついていないことくらいだ。もしかすると、電車が激しく振動していて、その振動が伝わっているのではないだろうか。ふむ。たしかに電車は揺れている。しかし、それほどでもない。こんな時には真っ先に振動すると思われるわたしのお腹を眺めてみたが、特に振動している様子はなかった。やはり、電車の振動で震えているとは思えない。では、どうしてこんなに震えているのだろうか。

 もしかして、歓迎するどころか危ない人の隣になってしまったのではなかろうか。通常こんなに振動する人は見たことがない。席を離れるべきであろうか。いや、慌てて逃げようとすると、逆に追いかけられてしまうかもしれない。こいつは困った。幸い終点まであと2駅のところまで来ている。ここは刺激をしないように大人しくしているより他無い。じ……

 さて終点だ。そそくさと降りよう。と思ったら、降りる駅が一緒ではないか。よくよく考えたら終点なのだから、降りる駅が一緒なのは当たり前であった。ん? シャツの中に手を突っ込んで何をする気だ。わっ、いきなり何か紐のようなものを取り出したぞ。紐の先には何がついている。そっ、それは何だ。ブラ……? いや、低周波治療器であった。

 あのなあ。電車の中で低周波治療器を使うかよ。普通。

過去おまけへ

02.09.12 静、おまえでない
 コンビニのレジの前で、ティッシュペーパー代を払おうと財布を開けたら驚いた。変なものが入っていたのだ。


iModeの方はこちらをクリック

 二千円札である。それも3枚もである。見覚えの無い札が入っていたので、一瞬偽札をつかまされたのかと焦ってしまったのだ。まあ、二千円札とは今更の話題だけど、とんと見かけないからなあ。ちなみにわたしが二千円札を手にしたのはこれで2回目である。記念すべき一枚目は、封筒に入れて保存した。もう二度と手に入らないような気がしたからである。
 普通に考えれば、徐々に流通量が増えて、そのうち珍しくもなんともなくなりそうなものだけど、どうにも増える気配が無いのである。それどころか、二千円札止めた宣言みたいのがあったような記憶があった。そのうち幻の紙幣と化して、ついぞ見られなくなるのではないか。そんな気がしたので保存してしまったのだ。しかし、それがまたわたしの手に入ってくるとは、しかも三枚も手に入ってくるとは、ひょっとすると最近流通量を増やしたのかもしれない。

 それにしても、いったいどこで手に入れたのだろう。気が付かないうちに財布に紛れ込んでいたのである。この日の行動を振り返ると、考えられるのは銀行のATMで払い戻しをした時だけど、あれって二千円札の払い戻しに対応していたっけ? 一万円札込みで払い戻したので、一番上の一万円札だけを見て、残りを確認をしないまま財布の中に突っ込んでしまったのかもしれない。それならば良いのだけど、わけのわからないところでお釣りとして受け取ってしまったのだとしたら不安である。うーむ。たしかに本物だよなあ。
 というわけで、わざわざ二千円札を避けて財布の奥から千円札を捻り出し、ティッシュペーパー代を支払ったのである。それにしても、この二千円札はどうしたものだろうか。銀行のATMに突っ込んで千円札に両替するという手もあるが、無意味に入金と出金の記録が通帳記入されてしまうのもシャクである。「なんだこいつ、入金したと思ったら金が足りないのに気がついて、すぐにおろしてやがるの」と思われそうだ。

 そんな思いがヨドバシカメラに足を向けさせたのである。というのは少し違うかもしれないが、まあヨドバシカメラの店員ならば、二千円札くらい見慣れているだろう。偽札だとしても、平然と対応してくれるに違いない。って、よくよく考えたら、コンビニの店員も同じくらい二千円札を見慣れているか。まあ気分の問題である。
 実は、空気清浄機を買おうと思っていたのだ。いや、この間も買ったんだけどね。この間買った時に値段を見たら安かったので、マイルーム用にもう一台欲しくなってしまったのだ。マイルーム用の空気清浄機は、以前からの懸案だったのだけど、2、3万円はするものかと思って優先順位を低く設定していたのである。しかし、これだけ安いのならば躊躇する必要が無い。金が入ったら、忘れないうちに買っておこう。

 何しろホコリは、パソコンの大敵である。部屋の空気はできるだけ綺麗にしたいところだ。わたしはタバコを吸うので尚更である。ところが以前使っていた空気清浄機をマイ母に取られてしまったのだ。そのうち買おうと思いつつ後回しにしていたら、壁がすっかり汚れ放題になってしまった。
 まあ、部屋の壁については最早諦めているけど、PCに関しては対策を立てねばまずいだろう。マイルームは、すぐにホコリが溜まるのだ。ファンのついている機器を見ればわかる。ホコリですごいことになっているのだ。前のノートPCなど相当ホコリを吸い込んだのか、最後の方にはお好み焼きが焼けそうなくらい熱いPCに成り果てた。新しく買ったノートPCは、そんなに熱くならないので、やはりファンの性能が落ちたものと思われる。空気清浄機を買うならば早い方が良い。

 というわけで買ったのだ。空気清浄機も作ってたのかという象印製6980円也である。そして、サービスカウンターで領収書をもらおうとした時のことである。

「但し書きは、何にいたしましょうか?」
「ええと、空気清浄機代で」

 お姉さんは、「空気」まで書きかけて、一瞬動きが止まった。わたしはその瞬間を見逃さなかった。「ふふふ。さては漢字を度忘れしたな。こんな簡単な文字まで忘れてしまうとは情けない。それは領収書マスターの称号は与えられないなあ。ちなみに正解はこの字だよ」と言いたいのをぐっと堪えて、もわんもわんもわんと吹き出しを宙に浮かべていた。もちろん、セリフではなく思っていることを表す方の吹き出しである。もわん。

 しかし、その吹き出しの中の文字は「静」の文字であった。「空気静浄機」ってなんだよ。静のことを頭に浮かべるなんて、わたしはのび太か。お姉さんは、わたしが宙に浮かべた吹き出しの方を一瞬見て、少しあきれ果てたように「清」の文字を書いた。いや、本当にそうしたように見えたのだ。

過去おまけへ

02.09.08 子供の将来を考える
 あまり人に言えない話だが、わたしは長らくおっぱい星人を誤解していた。地球から遠く離れた宇宙の何処かには、おっぱい星という星がある。そこの住人は皆巨乳、それもただの巨乳ではなくて、全身がおっぱいでできているのではないかというくらいものすごい巨乳なのである。もちろん、そんな星などありはしないのだが、ここはひとつあるものだと仮定して、まるでその星の住人であるかのようなおっぱいの持ち主を、ぶっちゃけて言うと人間離れした巨乳の持ち主をおっぱい星人と呼ぶのかと思っていたのだ。
 ところが、おっぱい星人について記述された数々の文献を調べたところ、この用法は違っていたようである。金田一京助やナポレオンが監修した辞書には載っていない言葉なので文脈から判断してみたのだが、どうやらおっぱい星人というのは、巨乳の女子が大好きな人のことを言うらしい。それも巨乳であるほど良くて、全身がおっぱいでできているのではないかというくらいが最高とされているようだ。

 うーん。普通に考えると、巨乳の女子の方を想像するものだと思うのだが、日本語は難しいものである。きっと地球から遠く離れた宇宙の何処かには、住人全員が巨乳好きという星があるのだろう。その巨乳好きが昂じて、ついには己の住む星に「おっぱい」という名前をつけてしまったということなのかもしれない。
 となると、おっぱい星のガガーリンは、さぞや大変なことだろう。宇宙からおっぱいを見て、「おっぱいは青かった」と感想を述べるのは辛すぎる仕打ちだ。おっぱい星のガリレオは、もっと大変である。「それでもおっぱいは回っている」なんて言い出した日には、宗教裁判で有罪になっても文句は言えないだろう。

 まあ、見ず知らずの星人についてあれこれ考えても仕方が無い。問題は「果たしてわたしもおっぱい星人なのだろうか」ということである。今まで特に自覚は無かった。あれば楽しいとは思うが、無くても別に構わない。それよりも、今は新しいデジカメが欲しいと思うところである。いや、Bフレッツにする方が優先かな。
 しかし、これは自分に対して嘘をついているのではないだろうか。おっぱい星人であるにも関わらず、本心を隠しているのではなかろうか。「巨乳が好き」なんてことを言うと巨乳ではない可愛い女子を敵に回す。だからといって「巨乳なんて嫌いだ」と言うと今度は巨乳の可愛い女子を敵に回す。結局、「興味が無いや」と安全なところに身を置くために、こんな自己暗示をかけていたのではないだろうか。
 何しろ女子は怖い。巨乳であるアイドルのグラビアなんかに見入っていると、肩越しから「ふーん、みやちょってそういうのがタイプなんだ」などと言われてしまうのである。その目の冷たいことといったら、春の小川のせせらぎのようである。別に巨乳とは関係なくそのグラビアアイドルを可愛いと思っていても、「おっぱい星人」とレッテルが貼られてしまうのである。一度貼られたレッテルは大変なのである。ぬるま湯に漬けてじっくり剥がすしかない。慌てて剥がそうとすると却って残ってしまう。

 そういえば中学生の頃、「POPEYE」と書かれた缶ペンケースを所有していたのだが、買って三日後には「P」の部分の塗装を剥がし、「おぱーい、おぱーい、助けておぱーい」等と叫んで喜んでいたのであった。どうやらわたしは、少し頭の足りないやつだったらしい。しかし、これだけでおっぱい星人と断定するには無理があるだろう。

 それというのも、この間電車に乗っていた時のことである。どこからともなく「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい……」という声が聞こえてきたのだ。電車の中で「おっぱい」などと口走るやつはいないだろう。きっと何かの聞き間違えだ。もう、みやちょったら、そんなにおっぱいのことばかり考えているんだな。このおっぱい星人め……などと一瞬思ったのだが、もちろんそれは違った。本当に「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい……」と口走っているのやつがいたのだ。
 それは、まだ年端も行かぬ子供であった。母親にだっこされながら「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい……」と口走っていたのである。口走るだけならばまだしも、母親のおっぱいを揉んでいたのである。なるほど考えたものである。だっこしていては、両手が使えない。まったくの無抵抗、やりたい放題ではないか。それれはもうセクハラとしか言いようが無い光景であった。
 もっとも母親の方もまんざらではない様子であった。周囲の視線を集めたため、恥ずかしくなったのか、口では「やめてよねえ、もう」などと言っていたが、その表情は困っているかのように見えて、目は微笑んでいたのである。ふむむ。

 類推するに、これはこの母子の日常的な行動ではないだろうか。退屈して子供がぐずりだすと「あらーん、まだおっぱいが欲しいの? ほれ」なんてやっていそうな気がする。母子のスキンシップの一環だ。年端も行かぬ子供故、TPOへの配慮が行き届かず電車の中で行動に及んでしまったが、退屈な電車の中で一時の娯楽を提供しようと考えたに違いない。こうすれば喜んでもらえるだろうと思いついたのだ。そして、母親が困っている表情を見て、さらに行動がエスカレートしてしまったと。困れば困るほど楽しくなってしまうのだ。なんだかこの子供の将来が見えてしまった気がする。

 ところで、最近自分の息子がセクハラオヤジ化しているとお悩みの方はおられるだろうか。そうだとすれば、スキンシップと称して、この母子と似たようなことをしていたことが原因だと思われる。そんなことをしていなかったか、自分の胸に手を当てて考えていただきたい。原因はそれだと思われる。

過去おまけへ

02.09.03 逞しさもほどほどに
 男子の皆さんに聞きたいのだが、ファーストキスの相手はどのような人だっただろうか。クラスメイトだったとか、クラスは違うけど同じ学校だったとか、学校は違うけど同じくらいの歳の人だったとか、部活の先輩後輩だったとか、バイト先が一緒だったとか、まあそんなところが普通ではないだろうか。それとも年上のお姉さんに教えてもらったという人はいるだろうか。それも女子大生とかではなくて、人妻だったということはあるだろうか。
 女子の皆さん、特に既婚者に聞きたいのだが、若い男子のファーストキスを奪ったことがあるだろうか。あるとすれば、それは結婚してからのことだろうか。ああ、もちろん自分の息子にぶちゅとかいうのは対象外である。

 いやはや、この間、どうにも疑念が湧いきて仕方が無いことになってしまったのだ。というのは、今流れている三菱自動車のコマーシャルである。「初めてキスをした相手は、まだ独身だった」というあれである。わたしは驚いた。「なんてことを言うのだ。それが普通だろう。わざわざ言うことか?」と。その時は映像を見ておらず音声を聞いていただけなので、勘違いしてしまったようだ。
 つまり、「遥か昔にキスをした相手が未だに独身だったんだなあ。それなら口説いても文句は言われないだろう」という話を「初めてのキスだったのに人妻以外としてしまったよ。どうしたもんだか」という話だと勘違いしてしまったのだ。いったい日本は、いつの間に花園メリーゴーランド化したのだろうかと、ちょっと焦ってしまったのである。
 どうやら、その時のわたしの想像力は逞しいことになっていたようだ。うーむ。しかしながら、もっとわかりやすい表現を使って欲しいものである。もっともコマーシャルは、最初に見たインパクトが全てだと思う。わざとわかりにくい表現を使って注意をひくという手もありかもしれない。三菱自動車のCMがそれを意識していたとは言わないが。

 初めて見たコマーシャルの印象といえば、最近では新生HPのコマーシャルである。これは上手いと思った。HPとコンパックがひとつになって云々というやつである。「H」のマークと「C」のマークがついた水道の蛇口を捻るやつである。そういえば、水道の蛇口にはそんなマークがついていたな。そしてそれらが混ざり合うのか。うーむ。上手いところを突かれてしまった。
 などと一瞬考えてしまったのだが、よく考えたら「H」のマークと「C」のマークは色が逆ではないか。普通は「C」が青で「H」が赤だろう。まあ、それぞれの企業のイメージカラーからこのようにしたのだと思うけど、どうにも違和感を感じてしまう。まあ、いずれにしても、ぬるま湯ということで……って、全然上手くはないではないか。

 わたしだったら、RPGの画面をベースにしたコマーシャルにするだろう。HPを表すのは例のヒットポイントというやつだ。で、敵に攻撃されてどんどんHPが少なくなっていくのである。そこで起死回生の呪文を唱える。すると敵の魂魄が吸収されてHPの数字がどんと大きくなるのだ。敵は消滅している。そこでキャッチコピーである。

「魂魄を吸収してHPがさらに大きくなりました」

 ……っていうのはダメかな。うーん。ダメか。

過去おまけへ