01.12.17 ストップ・ザ・オダケ
 昨朝は、オバQが止まってしまった。しかしながら、わたしには関係無い話である。オバQが止まっていようが、ドロンパが止まっていようが、そんなことで困るのは藤子不二雄くらいのものだろう。しかもFの方だけだ。と、タカを括っていたのは9時13分までのことであった。ところが長津田駅に着くと、ホームは人で溢れ返らんばかりだったのである。オバQからの振り替え客でホームがごった返してしたのだ。

 いや、正確に言うと、止まっていたのはオバQではなくて、そのそっくりさんのオダQなのであった。オバQは、おばけのQ太郎の略である。つまり、もっと正確に言うとおだけのQ太郎が止まっていたということになる。それにしても一文字変えただけで随分と印象が変わってしまうのだから、日本語というのは不思議なものである。
 ところで、「おだけ」と書いたのは良いが、実はわたしにも「おだけ」が何のことだかさっぱりわからなかったりするのだ。箱根の方に行けば、それらしきヒントがありそうな気がする。ちなみにオダQは、小田急とも表記される。そこから考えると、オダQとは小田家の急太郎さんのことだろうか。うーん。もしかすると、わたしは少々思い違いをしているのかもしれない。

 昨朝の東急田園都市線は非常に混んでいたのである。いつもならば、ラッシュアワーから微妙に外れた時間帯ということもあって、比較的空間に余裕がある状態である。しかし、昨日に限っては押しつぶされそうなほどの……、いや、わたしに関して言うと、押しつぶしてしまいそうなほどの混雑ぶりであった。ぴょん吉が大量生産されそうなほどの圧力なのであった。これでは何のために家を遅く出たのかわからないではないか。いや、家を出るのが遅いのは、朝早く起きられないだけだったか。

 それはさておき、職場に着いてコートを脱ぐと、そこにはなんとぴょん吉が……ということはさすがになくて、結構毛だらけになっていたのである。もし、あの場に寅さんがいたら、確実にそう言われてしまうくらいであった。それは、もう見事な毛玉おやじぶりなのである。どうやら満員電車の中で、わたしのそばにいた人に毛玉をなすりつけられてしまったらしい。まったくわたしのコートはエチケットブラシだというのだろうか。わたしは電車に乗っていたのであって、鬼太郎の肩に乗っていたわけではないのだ。まったく。

 昨朝の電車は大変な騒ぎだったのだ。月曜日恒例の漫画を読むことなんて到底できそうになかった。おだけのQ太郎にしてやられた感じである。いや、昨日は、そもそも月曜日恒例の漫画を読むことなどできなかったのであった。
 昨朝は時間の余裕が無かったため、キオスクで漫画を買うのも非常に慌てていた。買うのは当然ビックコミックスピリッツ、290円である。あれ? なんだろう。いつもより高いぞ。250円とか260円とかではなかったか。まあ、年末だからなあ。今週は合併号なのだろう。と、あまり深く考えていなかった。しかし、特派員であるところのわたしから290円も取るとは、スピリッツ様も偉くなったものである。

 長津田駅で電車を待っている間、人と鳩で溢れかえるホームにて、そのスピリッツを読んでいた。巻頭はわけのわからないおっぱい漫画であった。新連載なのだろうか。うーん。で、その次も読んだことのないおっぱい漫画であった。何だ。今週号はおっぱい特集なのか。そういえば、巻頭グラビアはソニンであった。
 いや、ソニンは特に関係無いか。ソニン、スマン。さらにその次の漫画は、ちん……漫画であった。なんだこりゃ。年末の合併号だからといっても、これはないだろう。やっつけ仕事のような漫画ばかりではないか。いつもの漫画はどうした。特にのぼさんこと、正岡子規はどうしたのだ? 柿食ってる場合ではないぞ。

 どうしたもこうしたもなかった。よく見ると、わたしが買ったのは増刊号であった。ガーン。なるほど、290円というのは増刊号価格であったか。すっかり騙されてしまった。いつも読んでいる漫画が無いのであれば、慌てて買う必要などなかったのになあ。290円損してしまった。
 だいたい表紙がいけないのだ。いつもとほとんど一緒のロゴとレイアウトなのである。わたしと同じく間違って買ってしまった被害者はかなりの数になるだろう。「WEEKLY」なんて書くなよなあ。「週刊」なんて書くなよなあ。年に数回しか出ないのだから詐欺である。わたしは悲しい。悲しくて目の前が暗くなる砂糖甘味なのだ。そうそう、悲しいと言えば、

 今日も君に電話をかけるよ でも、きっと話中だよね♪
 誰と話しているのだろう 羨ましいかも 恨めしいかも♪
 lonely night wow wow♪
 今日も君にダイアルするよ 何度でも いつまでも♪
 endless night wow yeah♪
 この想い 君に届け 今日も祈るよ♪
 everyday redial thousands times la la la la♪

 などと書くと、クリスマスを前に寂しい思いをしている男の魂歌のようである。もし、駅前でフォークギターを弾きながら歌ったら、空き缶に何枚か10円玉を入れてもらえそうである。って、よく考えたら何千回もリダイアルするような男って、かなりのストーカーではないか。間違いなく条例違反で逮捕されそうな歌である。
 まあ、クリスマスを前に寂しい思いというのは、わたしも無関係ではないのだけれど、そういう話ではない。上のは、ワールドカップのチケットについての話である。そう、前回書いた二次販売のことである。

 二次販売は、事前登録者の中から抽選による優先枠があり、一等賞が10日から、二等賞が11日からチケットの申し込みが可能になるという仕組みであった。二等賞からも外れてしまった人は13日から申し込み可能となる。幸薄いわたしも結局優先予約から外れてしまい、13日から申し込み可能の人となってしまった。仕方が無いので13日からは電話をかけまくる日々であった。何しろJAWOCのサイトを見る限り、まだチケットがあるのだから、電話をかけてみないわけにはいかないというものである。

 ところが電話がまったくつながらないのだ。もちろん混むのはわかっている。だから何度もリダイアルしたのだ。13、14日は平日だったので、当然仕事があった。最初の一時間はずっとリダイアルしていたが、仕事をずっとさぼっているわけにもいかない。仕事中はそこそこにして、とりあえず喫煙室に行く度に、ずっとリダイアルしていたのだ。
 携帯電話からは、一分間に5回から10回、10分あれば100回近くリダイアルできる。それを何度繰り返したことだろうか。少なくとも一日に500回はリダイアルしていたと思う。それでもつながらないのだ。JAWOCのサイトを見ると、まだまだチケットが残っているのである。特にわたしが一番狙っていたエクアドル×クロアチア戦は、しっかりと残っていた。電話がつながりさえすれば、確実にゲットできるのだ。

 15日も16日も、その試合のチケットは残っていた。だからリダイアルし続けたのだ。ところが電話がつながらない。15日、16日は、土日であったため、思う存分リダイアルし続けたのである。それでも電話はつながらない。まあ、さすがに途中休憩を入れたけど、それでも2日間で合わせて3000回はリダイアルしていただろう。
 17日になってもチケットは残っていた。半分諦めムードの中、それでもやはり500回くらいはリダイアルしていたはずである。18日の朝の時点でもチケットは残っていた。売り切れたのは、17時過ぎのようである。結局18日も500回くらいリダイアルした。しかし、6日間、計5000回ほどリダイアルして、一度もつながることがなかったのだ。まったく、どんな確率だったのだろうか。

 そもそも、通常ならば人気のチケットなど数時間で完売するはずである。早ければ30分で完売なんていう話も聞く。もし、そうであれば取れなかったとしても、ダメージが少なくて済んだだろう。それなのに今回は、50時間近い長丁場だったのである。
 JAWOCは経費を相当ケチッていたようだ。オペレータや電話回線をそれほど用意してなかったに違いない。見たところ、一日8時間かけて1万2千枚ずつくらいしか捌けていないのである。計9万枚のチケットを捌くというのに、そこら辺のコンサートよりもずっと少ない人数で受け付けていたとしか思えないのだ。もし、5倍くらいの人数で受け付けてくれたら、一度くらいは電話が通じていたかもしれない。最後の方まで売れ残っていた試合だから、もしつながっていたら観に行けた可能性が高かったのだ。

 まったくJAWOCには、この間無駄にした時間を返して欲しいくらいである。もし、これでドイツ×アイルランド戦のチケットを入手することができていなかったら、訴えていたに違いないだろう。
 あ……、いや、その、実はわたしの友達がドイツ×アイルランド戦のチケットをゲットしてくれたのであった。うひ、うひひ。今日のおまけ日記、不幸話に見せかけて、実は自慢話なのであった。感謝。

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01.12.11 会長に言いたい
 もう10日も前の話で申し訳無いのだが、世間はおめでたいことになっていたようだ。


 ヨドバシカメラもお祝いムードであった。しかし、お祝いするも看板だけというのはいかがなものだろうか。ムードだけで良いのだろうか。身内の新規店舗オープンの時にはポイント還元15%も辞さないというのだから、本当に祝う心があるのならば、ポイント還元20%くらいやってしかるべきだろう。ええと、やっぱりダメか?


 ちょっと写りが悪いが、駅の喫茶店兼パン屋にも貼り紙がしてあった。ここのところあまり出歩かなかったのでよくわからないが、他にも貼り紙をしているところは多数あったことと思われる。

 そんなめでたい師走の一日であったが、わたしの興味は別なところに注がれていた。それは、やはりというかなんというか、ワールドカップの組み合わせ抽選会である。そして、暗鬱たる気分になってしまった。
 いや、組み合わせそのものは良いのだ。ベルギー、ロシア、チュニジア。そう悪くはないと思う。絶対に勝ち抜けるとも言えないが、まったく勝てないわけでもないといったどこかの解説者が言った言葉そのままだろう。

 どの国も10回やって1回勝てるかどうかというほどの強豪ではないところが救いである。もし、これらの国と対等な条件で10試合したら、日本の3勝4敗3分で負け越すといったところではなかろうか。ただ今回は日本のホームということで、若干日本が有利になる。特に6月の日本は、梅雨で微妙に蒸し暑い。涼しいヨーロッパから来た選手は苦労しそうな気がする。梅雨の日本で10試合したら、4勝3敗3分くらいで日本が微妙に有利になるかもしれない。と、期待してみるところだ。

 で、何が暗鬱たる気分になったかというと抽選会そのものである。抽選会は19時から行われていた。抽選そのものは20時から行われたのだが、その前の一時間、延々と韓国のPRが行われていた。韓国の民族音楽、韓国のポップス歌手、また韓国の民族音楽、韓国のオペラ歌手……、申し訳程度にアメリカ(?)の歌手。つまり、韓国の組織委員会は、日本を無視してやりたい放題やっていたのである。いや、日本を無視するどころか排除しようとしているようにさえ見えた。

 どうしても日本に触れなければならないスタジアム紹介の時でさえも、ほとんど視認できないような映像にされてしまったのだ。韓国のスタジアム紹介は全画面表示だったのに対し、日本のスタジアム紹介は上下3分の1ずつカットされた細長いものであった。しかも、その画像もさらに細かく16分割され、数秒で次々と切り替わるようなものであった。
 29インチのそこそこ大きなはずのテレビで観ていたのだが、それでも何が映っているのかわからなかった。ワイドテレビならばまだ観やすかったとは思うが、世界的にまだまだ普及していない。ちなみにわたしはスカパーで観ていた。NHK-BSで観ていた人はわからないかもしれないが、世界的に配信されていたのはスカパーの映像の方だと思われる。日本排除の悪意が感じられた。


 要は、上のような感じの画面だったのである。上の画像はアイコンのような大雑把な絵なので、まだなんとなくわかるけど、実際は遠景の風景映像が主だったので、凝視していないと何が映っているのかわからないくらいだ。しかも、それらが数秒ごとに切り替わるのだから、チカチカしているようにしか見えなかった。

 まあ、ワールドカップに関しての考え方の違いなのだろう。日本にとってワールドカップは、最大級のスポーツイベントであり、また建前だけでも世界各国との友好の場と考えるべきものだろう。シドニー五輪や前回のフランス大会の開会式を観ていた限りでは、日本の考え方は世界でも普通のことだと思われる。
 ところが韓国は、ワールドカップを韓国をアピールする絶好の場としか考えていないようだ。だから抽選会もPRイベントにしてしまったのだろう。それでも韓国の単独開催であれば、まだ許されることだとは思う。しかし、今回は共催なのだから、韓国だけを前面に押し出すようなイベントは控えるべきだったのではないだろうか。どのような判断で、あのようなイベントにしてしまったのだろうか。

 そもそも、日本と韓国では国際的な認知度がまったく違う。実際、ワールドカップ本大会出場が決まる瞬間、観客が日の丸を振ったり、「日本へ行こう」といった横断幕を掲げたりといった国がほとんどであった。韓国の国旗は見られなかった。現地の新聞などでも「Korea」よりも「Japan」の露出度が多いようだ。
 たしかに同情するところである。その上、最近ではサッカーそのものの実力も日本の方が上になってしまった。本大会でも日本の方が注目を浴びる可能性が高い。焦る気持ちはわからなくもない。だから、韓国が自国をアピールしようとすることくらい多少大目に見ても良いとも思う。ただし、それも韓国が日本にクレームをつけてさえこなければだ。

 今年の一月頃、日本国内向けのチケット発売案内のパンフレットに「日韓共催ワールドカップ」と書こうとしただけで、突然ヒステリックに抗議してきた。英語表記の正式なロゴについては、別に「Korea/Japan」と書いているのだから、特に問題となるほどのことはないはずである。そもそも表記の順序など些細なことを気にし過ぎである。だいたい日本語のローカルな表記については、特に取り決めがなかったのだ。
 まあ、クレームならばまだ良い。そこで協議をしようというのなら良いと思う。しかし、問題なのは協議をしようとする前に「日本は、共催の理念を理解していない。非友好的な態度を取っている」などと諸外国に対しぶちまけ、日本を悪者扱いして宣伝して回ったことである。ローカル表記なのか、正式表記なのか、混乱するような言い回しであったため、漢字に理解の無い海外のマスコミでは、まるで正式なロゴさえも勝手に変更しているかように報道されてしまった。

 他にもことあるごとにクレームをつけてくる。大会マスコットについてもそうだ。日本色も韓国色も出ないようにと、わざわざイギリスのデザイン事務所に発注して、出てきたのがあの気色の悪い生き物なのだが、それさえも「ピカチュウに似ている。日本色が出すぎだ」と国会議員が不満をぶちまけるし、一般公募で決まった名前なのに、三匹のうちの一匹の名前の「Caz」が日本のサッカー選手である「カズ」を連想させるなどとクレームをつけてきたりもした。
 さらにFIFAが提案したワールドカップのポスターの図案は、サッカーのフィールドをモチーフにしたものだったのだが、フィールドが日本の「日」の字に似ているから日本を連想すると、わざわざ斜めに傾けた図案に修正した。世界中のほとんどの国が「日」の字など気にしていないというのに、韓国だけは気になるようだ。
 これらのことにも日本側は、韓国に配慮して特に反論するわけでもなく、譲れるところは譲っている。それなのに韓国側は、ことあるごとにクレームをつけてくるのだからやっていられない。それでいて、韓国のPRがメインあるかのような抽選会をやるのだから、わたしの言いたいこともわかるだろう。もし抽選会が日本で行われて、それが日本の文化を紹介するようなイベントばかりだったら、どのようなことになっていただろうか。想像すらつかない。

 まるで韓国は、日本が韓国からワールドカップを取り上げようとしているかのように恐れ、言いがかりをつけてくる。しかし、日本からワールドカップを取り上げようとしているのは、むしろ韓国の方ではないだろうか。自分達がワールドカップを取り上げようとしているから、逆に取り上げられることを恐れるのだろう。実際パンフレットの件では、鄭夢準会長が日本から決勝戦を取り上げるかのような発言をしていたくらいである。そもそも当初は、北朝鮮も開催地に入れ、日本の試合数を減らそうと画策していたくらいだ。
 そんなところにきて、あの抽選会なのである。これでは開会式も思いやられるところだ。何しろキャッチフレーズは「ITコリア」なのだそうだ。日本を排除しようということがミエミエである。おそらく日本が技術協力して、それらしいものを作り上げ、実際の開会式では日本をまったく出さずに「これが韓国の技術です」なんて宣伝しようとしているのではなかろうか。というか、実際、既にそのようなことをしていたりする。

 共催の相手国を非難するような発言ばかりして、どちらが非友好的な態度なのだろうか。日本は韓国にスタジアム建設の援助を行ったりもしたし、97年には韓国が経済危機に陥りワールドカップどころでなくなったため、多額の経済援助を行ったりもした。そんな日本のどこが非友好的だというのだろうか。韓国が自国をPRする分には構わないが、その一方で日本を貶めて優位に立とうとするのだから、まいってしまうのだ。共催などはっきり拒否して欲しかったのだ。韓国単独開催であっても日本から観に行く分には何の支障も無かったのだから。

 今更ながら試合数の配分が半々ということさえも正しかったのだろうかと疑ってしまうところである。放映権料やら宿泊費やら、単独開催であれば交渉の余地があったことも、韓国との足並みが揃わず、FIFAのごり押しを飲むハメになり、日本はかなり損している。支出に関しては国力に応じて、収入に関しては半々といったようにも見えてしまう。
 日本と韓国のGDPは10倍の差がある。だから日本の方が10倍支出するのはいいだろう。しかし、それならば収入を10倍受け取っても良さそうなものだ。つまり、試合数も10対1の割合で良いのではないだろうか。たいだいそれでも赤字なのだ。

 まあ、さすがにそれは可哀相だとして人口比で考えたとしても、日本の方が約3倍の人口なのである。これを考えても、日本の試合数が多くておかしくないところだろう。グループリーグが日本6組、韓国2組で丁度良いくらいだと思う。
 何しろ日本の人口は1億3千万人なのである。試合数が半分ということは、2億6千万人の国でワールドカップが単独開催されているようなものである。加えて、国内販売分のチケットの割合は、フランスの時から減らされて50%になってしまった。これではチケットが手に入らないのも当たり前である。別に日本代表の試合じゃなきゃイヤだと言っているわけではないのに、ほとんどの人がチケットを手に入れることができないのだ。

 ところが韓国ではどうかというと、チケットが大量に余りまくっているのである。4割ほどしか売れていないらしい。もったいないお化けが出てくる話である。本当に3対1の配分で試合数が割り振られても良かったように思える。
 わたしなど一次販売がまったく当たらなかった。二次販売に申し込んだのは良いけど、ここでも先着受け付けから漏れてしまった。二次販売の一般受付は13日からなのだが、どうしたって取れそうもない。おそらく倍率は30倍くらいあるのではないだろうか。鄭夢準には、もういい加減にしてと言いたいところなのだ。くすん。

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01.12.01 ストライカーの条件
 最近、どうも記憶力が落ちているような気がする。いや、気がするだけでなく、実際に落ちている。歳のせいだろうか。マイ母を見ているとそう思う。なにしろマイ母ときたら、何度教えても「アフガニスタン」のことを「アフニガスタン」と言ってしまうのだ。本人曰く、

「ちゃんと言っているんだけどね。入れ歯の所為で上手く喋れないから、アフニガスタンと聞こえるだけよ」

 とのことである。Yahoo!BBも真っ青な言い訳である。どんなに特殊な入れ歯でも、時空を超えて音声が入れ替わることはないだろう。そんな母の遺伝子を受け継いでいるわたしなので、いずれ「アフニガスタン」と言い出してしまう日が来るかもしれない。それだけならまだしも、アリメカとかイリギスとか言い出してしまうのではないかと戦々恐々とするところである。
 これでも小学生の頃は、地名問題には強かったんだけどなあ。県庁所在地やら世界各国の首都やらの小テストは、ほとんど間違えたことが無かった。暗記問題に強かったのである。それはもう乾いたスポンジのように次々と吸収していったのだ。わたしは、小テストにおける点取り屋だったのである。

 そんなスケールの小さい点取り屋はどうでも良いけど、サッカーにおいての点取り屋はどうでも良くない存在である。一番の注目が点取り屋、すなわちストライカーなのだ。そんなストライカーにも色々なタイプの選手がいる。様々な選手がストライカーを目指し、そして各々の素質を活かして一流のストライカーになろうとするからだろう。速さ、高さ、強さ、テクニック、戦術眼、運動量……
 しかしながら、ストライカーにとって一番重要な素質とは、やはりゴール前の嗅覚につきるのではなかろうか。一流のストライカーに共通している素質だと思われる。一流の選手ほど、何故かボールがこぼれてくるところ、つまり良いポジションにいることが多いのだ。これは、もう嗅覚としか言い様が無い天性の素質なのかもしれない。ゴール前の嗅覚に欠ける選手は、一流のストライカーにはなれないだろう。


 そして、これは駅前の牛角である。うーん。これでは一流のストライカーにはなれそうにない。焼肉屋にはなれるが、点取り屋にはなれない。世の中、かなりの確率でそのようにできていると思われるのである。焼肉とサッカーは、切ったら切り離せる関係なのである。むしろ、強引に結びつける方がどうかしていると言えるだろう。左様、わたしはどうかしているのだ。……ほら言えた。

 焼肉屋は、最近どこも売り上げが落ち込んでいるそうだ。狂牛病騒ぎの所為だろう。上記の牛角などは近年急速に店舗を増やしてきたが、その分かなり厳しい状況なのではないだろうか。肉の仕入れ値もそれなりに安くなっているとは言え、開業資金の回収がきつそうだ。この撮影の合間に一組ほど入るところを見かけたが、店内はなんだか空いているようであった。狂牛病騒ぎの前は、もっと賑わっていたような気がするのだが。
 かく言うわたしも、最近全然牛肉を食べていない。それほど狂牛病の心配しているわけではないのだが、なんとなく食べなくなってしまった。例えば、今目の前に牛肉と豚肉と鶏肉の料理がそれぞれがあるとすれば、とりあえず牛肉は避けておこうと思うだろう。それくらいの話である。牛肉料理しか食べるものが無ければ、牛肉を食べるに違いない。

 そもそも、狂牛病の発生も日本では今のところホルスタインに限定されている。それに精肉部位ならば平気だとのことである。牛肉を食べたとしても、狂牛病にかかる確率は、交通事故に遭う確率よりも遥かに低いだろう。最近では全頭検査をしているので、冷凍モノでなければ安全性は高いはずである。
 それでも危険だと言うならば、今まで食べてきた分に含まれている可能性も否定できない。もう遅いかもしれないのだ。それに鶏や豚だって、肉骨粉入りの飼料を食べていた可能性が高い。潜伏期間が長いため、出荷前の検査では症例が見つからないだけかもしれない。また、加工食品や女装用の化粧品に含まれている可能性だってあるのだから、厳密には加工食品を食べたり女装したりすることをやめなければ、完璧な対策とは言えないのだ。

 結局のところ、他の選択肢があるから他の肉を食べているというだけのことである。わざわざ印象の悪い方を選ぶ理由が無い。スーパーで牛乳や豆腐を買う時に、賞味期限が長い方を選ぶのと同じようなものだろう。しかし、その程度のことで、牛肉をまったく食べないというのは、牛肉を扱う業者がちょっと可哀相かなと思ってしまうところである。そんなわけで、この間町田に行った時、牛丼にチャレンジしてみようと思ったのだ。もちろん吉野家である。


 って、なんなのだ。この混み具合は。えらく繁盛しているではないか。3週間ほど前の土曜日の13時過ぎのことであった。いっぱいで入れないのだ。まあ、少し外れてはいるが、昼御飯の時間帯である。その所為だろうか。こんなに混雑していたら落ち着いて食べることができないだろう。今日は諦めよう。


 で、次の日である。次の日も町田に行ったのだ。買い忘れたものがあったのでね。ちなみに、この日は16時前に行った。晩御飯でも昼御飯でもない空いている時間のはずである。それでもこの混雑なのだ。本当に狂牛病で客が減っているというのだろうか。むしろ狂牛病が話題になる前よりも混んでいるような気がするのだ。
 これは町田だけの現象なのだろうか。町田市民は、狂牛病が恐くないのかなあ。狂牛病になったら、脳がスポンジのようになってしまうのだ。普通なら恐いと思うはずだが、280円の垂れ幕にひかれてしまったのか。小一時間問い詰めたいところである。はっ、脳がスポンジのように……

 もしかして、脳がスポンジのようになって吸収力があがることを期待しているのではなかろうか。むしろ、記憶力の落ちたわたしのような人間にとって、どんどん知識を吸収できるようになることは、ありがたいことである。うーん、しかし、スポンジ状態になるといっても、湿ったスポンジでは意味が無いと思うのだ。町田市民はもう少し考えた方が良いのではないだろうか。

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