01.02.28 止まる時計
 ふと欲しいと思ってしまったのだ。といっても決して高価なものではない。実は100円ショップでも売っていたりするくらいものだ。どうしよう。今度買おうかなあ。まあ、気が向いたらだけどね。

 昨日の朝は、銀行に寄ってから職場へ行った。あさひ銀行と富士銀行である。あさひ銀行の方は財布の中の小銭を整理するための入金で、富士銀行の方は現金引き出しである。あと、口座引き落とし後の残高照会もした。まあ、銀行といっても富士銀行の方は、溝の口駅にあるATMコーナーだけどね。設置されているのは、たった2台だけである。
 ところが、このたった2台しかないATMを占有する人がいるんだなあ。と言っても、町田のさくら銀行ほどの待ち時間ではないけどね。しかし、朝は急ぐのである。遅刻したら大変なことになってしまうではないか。早くしてくれよお。

 なにしろ溝の口には、富士銀行の店舗が無いのである。そのためこの2台しかないATMコーナーで振り込み等を済まそうという人が非常に多いのである。そういった細々した操作をする人が2人以上いると、なかなか順番が回ってこなくなってしまうのだ。ちなみに昨日は5分も待たされてしまった。朝の5分は貴重だと言うのになあ。朝の長時間使用は控えて欲しいところである。
 とは言っても、彼らには彼らの事情があるのだろう。必要だから使っているわけで、決して意地悪をしようというつもりではないのは重々承知するところだ。それでも何分も占有されるとイライラしてしまうのだ。中には十件くらい振り込みをしている人もいる。わたしの方は残高照会をして現金を引き出すだけなのだと思うと、余計にイライラしてくるのだ。

 昨日はあまりにも待たされていたため、並んでいる時につい「おいおい、まだかよお」などと呟いてしまったのである。しかも、わたしの前に並んでいた人に聞こえるようにである。というのも、プレッシャーを与えようという作戦なのだ。
 しかし、呟き作戦には一切効果が無かったようだ。わたしの前に並んでいた人も占有する人なのであった。わたしはその人よりもかなり遅れて操作を開始したのだが、わたしが操作を終えた時点でも、まだまだ終わりそうもなかったくらいである。わたしよりも、さらに後ろに並んでいた人にとっては、たまらなかったことだろう。基本的に占有する人は、他人が急いでいることに関して無頓着だと思われるのだ。これでは野村監督もお手上げである。

 ここで考えたのだ。呟きくらいでは効果が無い。ストップウォッチで、しっかり時間を計ってやるというのはどうだろうか。人間、数字が示されると思うと何故か意識してしまうものである。恐らく全速力で操作を終えようとするのではないだろうか。そこで、ふとストップウォッチが欲しいと思ってしまったのである。
 ちなみにわたしの携帯にもストップウォッチの機能がついているけど、それでは意味が無いだろう。傍からはメールのやりとりをして遊んでいるとしか見られないのだ。ここは、仰々しいストップウォッチを手に持って時間を計測するところなのだ。そして、かかった時間を声をあげて読み上げるのだ。人間の本能に基づいた心理作戦なのである。

 ストップウォッチならば100円ショップで売られているのだ。費用はそれほどかからないのである。価格破壊万歳である。しかし、なんてイヤミなグッドアイディアなのだろうか。我ながら感心してしまうところである。ん? 感心しないか?


感想がある方は、ひとことお願いします。
 
過去おまけへ

01.02.27 優しい女
 いやはや、昨日の話は書くのが大変であった。何しろ込み入った話だからなあ。週末にこっそり更新してしまおうと思って書き出したのだけど、結局書き切れなかったのである。本当はもっと簡単に書くはずだったのに書き始めたら収集がつかなくなってしまったのだ。普通ならここで捨ててしまうところだけど、前回の分で前フリしていたため、そう簡単にボツにできなかったのである。悔やまれるところだ。それに今ちょっと忙しいのである。実は落ち着いて日記など書いていられなかったりするのだ。

 というのも、不透明な箱の中にいる猫が毒ガスによって死んでいるか死んでないかを調べるような作業をしなくてはならないのである。場合によっては、蘇生させなくてはならないかもしれない。いや、ここは素直に確定申告と言った方が話が早いかもしれない。つまり、3月15日までに現在不確定状態にあるものを確定させなくてはならないのだ。面倒な作業なのである。

 確定申告である。まあ、今は自己申告制なので、集計なんかせずに前年度のデータからそれらしく捏造してしまえば、あっと言う前に終わるのだけどね。しかし、一応真面目な納税者であるところのわたしは、しっかりと領収書の整理から行っているのである。税額は正しく算出しないとならないのである。いや、もしもの時に突っ込まれたくないだけなんだけど。
 ちなみに途中まで集計してみたけど、どうやら猫は生きていそうである。つまり、源泉徴収分が還付されることになりそうだ。しかし、それも今年度は特別減税があったからなんだけどね。もし、特別減税が無かったら余計に払わなければならないところだっただろう。来年以降は覚悟しておかないとなあ。嗚呼、税金が安いサラリーマンが羨ましいところである。

 まあ、確定申告など真剣にやれば、3日もかからない作業なんだけどね。実は、もうひとつやらなきゃならないことがあるんだなあ。いつもの仕事と別枠でcgiの制作を受注してしまったのである。仕事が終わってからも仕事をしなければならないのであった。これが結構タイトなスケジュールになってしまい、実は日記など書いていられなかったりする状況なのだ。このため、しばらくの間、更新頻度が落ちることになるかもしれない。ご了承願われたいのだ。

 さて、昨日のことである。昨日は、先週とうって変わって冬の方が優勢な日であった。比較的寒い日だったのである。三寒四温で言えば、三の方である。二人三脚の二の方とは違うので要注意である。ましてや、四当五落の四の方とか五臓六腑の五の方とは違うので……、って、なんだかつまらないなあ。すまん。不調なのだ。

 それはともかく、こんなに寒い日だというのに暑そうな人が電車に乗ってきたのだから驚いたのだ。熱そうな人ではなくて、暑そうな人である。タオルを手に持ち、なんだかしきりに額を拭っているのだ。それも一時的な話でなく、電車に乗っている間中、ずっとタオルで額を拭っているのである。
 暑そうな人は女性であった。わたしが言うところの所謂美人OLである。これが極端に体格が良いという男性ならば、まだわからなくもない話だけど、見たところ普通の体型の女性である。いくら電車が混んでいるとは言え、今日は汗をかくほど暑いとは思えないのだ。どうして、そんなに暑いのだろうか?

 と思って、よく見たら額の汗を拭っているのではなく、鼻の下を拭いていたのであった。どうやら鼻水が止まらなくなったようである。花粉症なのかもしれない。なんだか大変そうである。ティッシュで拭けば良さそうなものだけど、それでは鼻の下がガビガビになってしまうためタオルを使っているのかもしれない。そういう人は初めて見たけどね。
 しかし、そのタオルをどうするのか気になるところである。一日一枚ずつ使い捨てにするというのは勿体無い話だろう。やはり洗って使うのだろうか。鼻水が大量に付着しているというのに……、いや、でもティッシュを無駄にしないのは良いことである。彼女はおそらく地球に優しい女なのである。

過去おまけへ

01.02.26 詠み人わたし
 ところで、KDDIのコマーシャルを見ているとなんとなく頷いてしまうんだなあ。セリフの細かいところは違っていると思うけど、「ええ、こないだまで別々だったあ、KとかDとかいう会社にニッポンの通信をまかせてはいけないのであります」とかいうやつね。実はわたし、このコマーシャルの意図とは裏腹に、ここで「うん」と頷いてしまうのである。あっ、そうそう今日は比較的真面目な話なので、興味が無い人は読む必要無しです。

 ここのところ、NTTに対する風あたりが強いようである。NTT批判には色々とあるけど、「日本のITがアジアの中でも遅れてしまったのはNTTのせいだ」とか「NTTは郵政省の天下り機関なので腐ってる」とか「NTTが諸悪の根源だ」とか、ひどいのになると「NTTなんかつぶしてしまえ」とまで言っている人もいる。うーむ。ここで考えてしまうんだなあ。いやはや、今日の話は異論が多そうな気がするけど書いてしまおう。

 ここでひとつ抑えておきたいのは、ITインフラの先進性とIT関連技術の先進性は別ものであるということだ。日本企業の国際競争力が落ちてしまったのならば、あちこち倒産したりで大変な話になるけど、実際はそういうわけじゃなくて、日本企業は海外に売りまくっているのである。IT関連技術自体は、まだまだ上回っているのである。それにもし企業の国際競争力が落ちたとしても、一企業でしかないNTTにその責任を押し付けるのはおかしい話で、研究開発を怠った企業の自身の責任だと思うのだ。
 結局コンシューマレベルでのITインフラでの話でしかないわけである。たしかにそれらが整うことは、より便利になるということだから喜ばしいことである。それを享受できないのだから残念な話である。しかし、そもそも高速インターネット環境が必ずしも必要だとも言えなくて、高速であればあるほど良いという程度の話である。実際わたしの場合、テキスト主体のサイトを見るのが中心であり、アナログモデムでもあまり不便だとは感じないんだなあ。個人的な趣味のためだけに高速ネット環境を安価で提供せよなどとNTTを批難し切れないところである。

 政府が過半数の株を保有しているとはいえ、NTTは営利企業である。NTT批判の中には、余剰人員を抱えているとか、殿様商売だとか、研究費に金をかけすぎだと言うものが多い。そして、その分を利用者からぼったくっているのだと言うわけだけど、それをNTTに言っても仕方が無いと思うんだなあ。それでも競争に勝っているわけだし、需要と供給のバランスから一番利益を得られる値段設定をするのが企業の論理だろう。
 ここで頑張らないとならないのが、KDDIを始めとした他の通信会社ではないだろうか。他の通信会社がNTTよりも良いサービスを提供することで、顧客をぶん取りにいかないとならないということである。ところがそれをしないので、結局NTTが勝っているだけである。やっていることは、結局通話料の値下げ競争だからなあ。そんなことをしても経営が苦しくなるだけだろう。

 いやはや、マイラインの宣伝合戦を見ているとそう思ってしまうのだ。わたしの場合、通話そのものは非常に少ないので、市内通話3分10円が3分5円になってもそれほど違いが無いのだ。そもそもタイムプラスに入っているので昼間でも5分10円である。ほとんど違いが無い。逆に3分20円になっても、年間でせいぜい千円、二千円程度の違いかもしれない。それくらいならば、どうでも良いんだなあ。マイラインが始まってもちっとも嬉しいと思わないのである。わたしほど使わない人でなくとも、平均的な電話利用者には同じような感想だと思うのだ。
 それよりも他の通信会社は、データ通信の分野で競争すれば良いと思うのである。より高速にするとか、あるいは速度は遅いけど安価で常時接続環境を提供するとか、NTTによるADSL等の提供が遅れそうな地域を狙っていくとかね。ラストワンマイルがどうしたとか許認可がどうしたとかいう問題もあるけど、それらをクリアすべく動いていかないとならないではないだろうか。そうしないと、結局日本の通信環境は良くならないと思うのである。

 NTTを完全民営化すれば競争原理が働いて通信料金が安くなるという主張をする人もいるけど、競争原理を求めるのならば一番手が頑張ることに期待するのではなく、二番手、三番手に期待しないとならないのではないだろうか。ところがどうも二番手、三番手は、一番手の足を引っ張ることしか考えていない気がするんだなあ。一番手の足を引っ張っても後ろ向きなだけで意味が無いではないか。
 NTTが絶対的に有利かというと、むしろNTT法によって全国同一サービスを義務づけられていたり、分割によってできた地域会社は長距離サービスをできないなんていう足枷をはめられていて、不利な部分もある。さらに市内通話にNTTコムが割り込んできて、NTT地域会社は大変なことになっているらしい。もしこれでNTTの経営状態が悪化したら、地方の通信環境整備はいよいよ後回しになってしまうかもしれない。

 そういえば、Lモードについても長距離サービスになるからという理由で開始できないでいるようだ。わたし自身は、既にPCでインターネットに接続しているのでLモードを使おうとは思わないけどね。そういうわけで最初はどうでも良いと思っていたLモードだけど、最近は意外と可能性があるのではないかと思うようになってきたのだ。
 簡易ネット接続端末というアイディアはパソコン通信全盛の頃からあるけど、それが電話機ベースだというのもありだと思うのだ。簡易ブラウザとメールくらいに機能を絞ってインターフェイスを工夫すれば、マイ母のような機械オンチでも使えるかもしれない。FAXとの複合機であれば、必要なページを印刷することもできる。そこに必要事項を記入して送り返すようにすれば、キーボードが苦手な人でもネットで簡単に申し込みなんてことができるだろう。

 Lモードについては他にも色々工夫できることがあるけど、長くなるので書かない。データ通信環境に話を戻すと、NTTは乗り気でなかったはずのADSLを開始したわけだ。当初、10Mbpsで月13000円で提供しようとしていたFTTHも100Mbpsに上げて、さらに価格を下げて提供するようだ。しかも、計画が前倒しになっているようである。段々と改善されてきているではないか。
 これらは競争原理が働いたおかげだけど、NTTに風穴を開けたのはKDDIでも日本テレコムでもない。東京めたりっく通信が始めたADSLが伸びてきたせいであり、ゆうせんがFTTHを始めるとアナウンスしたせいだろう。それを考えるとKとかDとかいう会社の意味って何だろうと思ってしまうのだ。

 ぼったくり呼ばわりされているNTTだけど、競争相手がいれば値下げをしてくるわけである。これからも競争が激しくなれば、さらに値下げをしてくる可能性も考えられるのだ。そういえば、「ぼったくり、新たな値下げを狙ってる」って、どこかで書いたような気がするなあ。あっ、この下だったか。

過去おまけへ

01.02.22 詠み人知らず
「ひったくり、あなたの手提げを狙ってる」

 東急田園都市線を溝の口駅で降り、改札を抜けて駅から出ようとしたならば、このようなことが書かれた看板を目にすることになるだろう。わたしは、以前からこの看板が気になって仕方が無いのだ。この看板を見てくると、どうにもムズムズしてくるのである。何かが足りない気がするのだ。

「ひったくり、あなたの手提げを狙う春」

 せめてこのように詠んで欲しいものである。そう、季語が無いのである。季語が無ければ、俳句として体を成していないだろう。まあ、季語を「春」としてしまうのも単純すぎてどうかと思うけどね。うーん。今の季節ならば梅を取り入れてみると良いかもしれない。

「梅香る、あなたの手提げを狙いけり」

 季語もそうだが語尾にも気をつけたいところだ。「けり」の使い方が違うような気もするけど、「狙ってる」では俳句らしくないのだ。って、よく考えたらこれは俳句ではなかったか。この看板は秋くらいから掲げられていたものである。少なくとも季節を詠んだものではない。つまり、これは俳句ではなくて、川柳なのである。しかし、あまり面白いとは思えないんだなあ。もうちょっとヒネりが欲しいところである。

「ぼったくり、新たな値下げを狙ってる」

 いや、これではヒネり過ぎである。元々の意味とはまったく違ってしまっているではないか。そもそも、どうしてぼったりが値下げを狙うのだろうか? わけがわからない。面白いというよりは、おかしいだけだろう。いやはや、川柳というのは、なかなかどうして難しいものである。ちょっと風刺を利かせたりして、なんとなく頷かせてしまうものじゃないとならないのだ。

 ええと……、いや、わかってます。わかってますってば。これは俳句でもなく川柳でもなく、標語というやつなのであった。しかし、標語というものの存在価値がわからないのである。標語には何の意味があるのだろうか?
 標語を募集するのは、だいたい警察署や消防署などの組織だったりするのだ。なんとなく、お上のセンスという感じがする。標語を募集しただけで、防犯活動や防災活動をした気になっているのではないだろうか? どうにも「防災活動や防犯活動をしています」というポーズを取っているだけに見えてしまうのである。道往く人に注意を促すのであれば、標語でなくとも良いだろう。むしろ、きちんとした日本語ではっきり示すべきだと思われる。

「ひったりの被害に遭わないように手提げカバンはしっかりと握り、周囲の不信人物に注意しながら歩きましょう。千葉県にお住まいのA子さんは、油断していたばかりに20万円入りの財布が入ったプラダのバッグをひったくられてしまいました。おかげで今月のローンが支払えなくなり、カード会社のブラックリストに載せられてしまいました。皆さんもA子さんのようにならないよう充分に注意しましょう」

 と、これくらい書けば、否が応でも注意すると思うのだけどね。それにしても、標語はどうして五七五なのだろうか。元々そういった制限など無かったはずである。ただ、ある時期の入選作に五七五が多かったため、自然と「入選を狙うなら五七五にしないと」という意識が生まれてしまったのだろう。五七五では、やはり俳句や川柳の世界を求めてしまうのである。……って、よく見たらこれは五八五だった。それなら何でも良いや。

過去おまけへ

01.02.21 よろちく
 昨日はちょっと六本木に行ってきた。といっても、残念ながら遊びではなくて仕事である。しかし、「残念ながら」とは言ってみたものの、おそらく誰も残念がってはいないだろう。わたしが遊んでいようが仕事してようが、読者の皆様には関係無い話なのであった。実は、わたし自身もさほど残念でなかったりするのだ。六本木で遊ぶという行為には、さほど魅力を感じないのである。
 そもそも、遊んでいて面白いかどうかは一緒にいる人次第だと思う。独りでブラブラしていても楽しいものではないだろう。それに六本木にしかなくて面白いものって、何かあっただろうか。サービスの値段と交通アクセスを考えると、六本木にはわざわざ出向く必要性を感じなかったりする。渋谷でも新宿でも町田でも良いと思うのだ。

 そうなんだなあ。六本木は交通のアクセスが悪いのが難なのである。まあ、最近は、大江戸線ができて楽になったけどね。ただ、六本木は、半蔵門線との乗り換え駅である青山一丁目の隣駅なんだなあ。しかも、半蔵門線が営団線なのに対し、大江戸線は都営線である。たった一区間のために初乗り運賃を払うのがバカバカしく思われるのだ。駅ひとつくらいなら歩いても良いだろう。……というようなことを以前日記に書いたのだが、昨日はそれを実践してみたのである。
 しかし、六本木と青山一丁目の間は意外と長かった。昨日は相当な距離を歩くはめになってしまったのである。ちかれたビー。途中、千代田線の乃木坂駅があったのだが、そこで乗れば良かったと後悔するくらいの距離であった。次回は是非そうすることにしよう。いや、それなら日比谷線を使って帰る方が良いか。

 それにしても、六本木ってあんな街だったかなあと思ってしまったのだ。というのも、どうもわたしのイメージと違うのである。一応、わたしも六本木で飲んだり食べたりしたことくらいはある。でも、回数は二桁行くか行かないかくらいなので、詳細については知らないところが多い。
 六本木と言えば、地球防衛軍があるところだ。地球防衛軍の隊員がうろついているところである。いや、違ったかな。でも、似たような組織には違いない。それから大使館もいっぱいある。マグマ大使や地獄大使が闊歩しているところである。また外人さんも非常に多い。背の高い黒人さんをぶら下がり健康器として背骨を矯正するのが、日本の女の子の間でブームになったこともある。まあ、そんなわけで、なんというかオシャレでセンスが良い店が多い場所というイメージだったのである。

 ところが、六本木交差点を乃木坂方面に曲がってすぐのあたりを歩くと、全然イメージと違ったのだ。たしかに外人さんが多いのだけど、どうも違う種類の外人なのである。女性なのだ。わたしに声をかけてくるので一瞬逆ナンパされたのかと思いきや、そんな美味い話ではなかった。所謂の風俗の人なんだなあ。
 どうやら、あの辺りは風俗街のようなのである。まあ、六本木にも風俗店があるのは知っていたけどね。でも、呼び込みの外人女性や兄ちゃんが延々連なっているほどだとは思わなかった。昔からあんな感じだったっけ?

 呼び込み自体は、歌舞伎町を歩けばいくらでもいるから慣れているけどね。ただ、どうも歌舞伎町あたりの呼び込みと違うんだなあ。外人さんは良いとして、兄ちゃんに関して言うと呼び込み方がエロいのだ。なんだか兄ちゃんな分だけ生々しく感じられる。
「お兄さん、どうですか?」みたいなのではなくて、「おっぱい」とか「おさわり」とかいう言葉が飛び交っているのである。普通に道を歩いているところに、あの手の言葉で延々を話しかけてくるのは、ある意味セクハラだと思うのだ。どうにも恥ずかしい。特に「よろちくビー」と連呼している人。それだけはやめてほしいと思う。別な意味でも恥ずかしいから。わたしも書いていて恥ずかしい。

過去おまけへ

01.02.19 ペルーの魂
 テレビで言っていたのだ。今は冬と春のせめぎ合いなのである。しかも、今週は春の方が優勢だというのだ。なるほど。たしかに先週に比べるとかなり暖かい気がする。おかげで朝起きるのも楽になった。と言いたいところだが、そうでもないんだなあ。なぜならば寝不足だからである。昨晩はサッカーを観るために夜中の3時まで起きていたのだ。
 しかし、せっかく我慢して起きていたというのに、結局西沢は出なかった。西沢が出ないのだったらエスパニョール対ソシエダというマイナーなカードなど、わざわざ観なかったのになあ。昨日は中田も出なかったし、つまらなかった。なんだかんだ言っても、日本人が出ていないと張り合いが無いんだなあ。

 今朝起きた時は、寝不足のせいで具合が悪かった。今朝は歩くスピードも遅かった。歩く気力が湧いてこないのである。そのせいで電車の乗り換えワンテンポ遅れてしまった。今日はいつも乗っている急行に遅れてしまったため、各駅停車に乗るはめになってしまったのである。まあ、それはそれで良いけどね。各駅停車ならば座ることができるのだ。ここは居眠りをして、寝不足を少しでも解消したいところである。

 それにしても今日は暖かいなあ。コートなど要らないくらいだ。というよりも、暑過ぎるのだ。この電車、ちょっと暖房が効き過ぎなのではないだろうか。普通、電車の暖房はシートの下部から温風が出てくる仕様になっていると思うのだが、そのせいかシートの部分がほっかほっかなのである。このシートに座っていると額に汗が滲むくらい暑くなってくるのだ。
 おそらくわたしが座っているシートの下には、暖かい空気が流れているものと思われる。そういえば、韓国にはオンドルなんていうものがあった。詳しくは知らないのだが、床下に暖かい空気を流すという暖房方式だそうだ。オンドルって、このシートのような感じなのだろうか?

 しかし、ただでさえ寝不足なのに、こうも暑くては意識が朦朧としてきそうである。目を閉じていると、なんだか宙に浮いているような感じがしてくるのだ。黙っていたら、この電車ごと銀河鉄道999のように空を飛んでいきそうな気がしてくるのである。うん。ここは隣に座っている美人OLがメーテルだということにしておこうではないか。オンドルは飛んでいく。

過去おまけへ

01.02.18 機械文明の落とし穴
 母と子の会話……といっても、萩本欽一がしゃしゃり出てきて、バカウケとかヤヤウケとかドッチラケとか評価を下すわけではない。金曜日、バスに乗っていた時のことである。わたしの後ろの席では、少年とその母が会話をしていたのだ。会話は大いに弾んでいた。そこでわたしは思わず聞き耳を立ててしまったのである。

「何をぶんむくれているのよお」
「別に……」
「さっきから怒ってさあ。機嫌が悪いしい」
「怒ってないよ」
「買ったものが気に食わないわけ?」
「そんなことないよ」
「ナンコツ買ったのがいけなかったの? コリコリしてるのに」
「そんなこと言ってないよ」

 いやはや、会話が弾んでいるのではなくて、親子喧嘩であったか。どうも聞いていた感じでは、どうやら少年は元々機嫌が悪くなかったように思われる。母の買い物には呆れるところもあったのだろうが、それ自体を怒っていたわけではなく、ちょっと考え事でもしていたのだろう。そんなところに母が少年に話かけたのだが、無視されてしまった。そこで少年が怒っているものだと誤解した。……というところだろうか。
 そこにきて、母親がしつこく問い詰めたため、少年は本当に機嫌が悪くなってきたようだ。ああ、少年の母や。少年とは普段からボーッとしているものなのだ。話を無視したくらいのことは勘弁してあげなされ。

「だから、にょこってにゃいってばあ」
「ん? にょこってにゃい?」
「???」
「あんた今「にょこってにゃい」って言ってたわよ」
「えっ?」
「あらま、気が付いていなかったの?」
「そんなこと言ったかなあ。えへへ」

 その後、母と子の会話は平和なものへと変わった。うーん。なんだか上手い具合にはぐらかされてしまったような気がする。口ケンカになった時、笑いに転化してはぐらかすのは、女の人の常套手段である。少年もまだまだ修行が足りないなあ。
 いや、平和を好む姿勢は良いのだ。しかし、この件において少年には主導権がまったく無かったのだ。ケンカになるのも平和な状態に戻るのも、すっかり母親にコントロールされていたのである。相手に主導権を握られっぱなしというのは、まずくはないか? この少年は、将来嫁さんの尻に敷かれるタイプと見た。

 さて、金曜日の晩は、ひさびさに独りの夜であった。マイ母が友達の家へ泊まりで遊びに行ったのである。独りきりの晩は、なかなか気分がよろしい。なんと言っても、テレビを観ていて邪魔されることがないのだから、非常に好ましいのである。マイ母はテレビを観ていると必ず話かけてくるのだ。集中して見られないのである。それを無視して黙っていると、「何怒っているのよお」とマイ母が逆ギレしてしまうのである。うーん、どこかの母子のようだ。
 また、独りでいると食事を自分でコントロールできるのも良いところだ。どうしても、マイ母に食事を任せると量が多過ぎてしまうのだ。しかも、肉類ばかりである。金曜日の晩は、野菜が少なかったものの、肉をほとんど食べずに済んだ。久々に健康的な食事を摂ったような気がする。

 しかしながら、それも一晩限りのことであった。昨日の晩から今日の昼にかけては、またしても大量に肉を食べさせられるはめになってしまったのである。うーん。腹が重い。腹が重いせいか、東京国際マラソンを見た後、強烈な睡魔が襲ってきた。そこでちょっと昼寝することにしたのだ。
 わたしが昼寝をしている間にマイ母は、買い物に行ってきたようだ。目を覚ますと、そこにはケンタッキーフライドチキンが鎮座していたのである。嗚呼、またこんなに脂っこいものを。でも食べたけどね。食べないと何を言われるかわからないからなあ。

 その後、顔を洗おうとした時、なんだか顔にぶつぶつができていたことに気がついた。やはり、脂分の摂り過ぎなのかなあ。うーん。まあ、脂分を摂り過ぎてしまったのは仕方が無いことだ。ここは、ちょっと走って汗を流してくるべきではないだろうか。そんな気がしてきたのである。
 というわけで、ほんの5kmばかり走ってくることにした。といっても、ダイクマに行って来ただけなんだけどね。しかし、5km程度走ったところでは、あまり効果が感じられなかった。全然カロリーを消費した気がしないのである。やはり、自動車を使って走っても効果は得られないということだろうか。機械を使っても5km走ったことには変わりが無いはずなのになあ。どこか間違っているのだろうか。これが機械文明の落とし穴ということだろうか。

過去おまけへ

01.02.15 しょうがなくないよ
 最近優先順位が上がったのか、検索エンジン経由でここに来る人が増えたようである。なにしろ、今gooやgoogleで「おまけ」を検索すると数十万件のサイトの中から4番目に表示されてしまうのだ。他の検索エンジンでも「おまけ日記」で検索すると、最初の方に表示され、ほとんどがここかここの関連のページになってしまう。世間には「おまけ日記」というタイトルでWeb日記を書いている人が何人もいるけど、それらのおまけ日記群を代表してしまっているようで申し訳なく思うのである。

 そんなわけだから、何か別の単語で検索してみようとした時でも、ここがヒットしまう可能性が高いと思われるのだ。まあ、訪問者数が増えるということは、わたしにとって大変嬉しいことである。しかし、逆に来てしまった人はご苦労さんだと思うんだなあ。
 というのも、何か調べ物をしている人にとっては、わたしの書いていることなどほとんど役に立っていないと思われるからだ。調べようとした単語もニセ情報だったり単なるダジャレの一部だったりして、深く書かれていなかったりする。検索エンジンから飛んできて、何か有益な情報が得られたという人は皆無だと思われるのだ。

 それはともかく、今、検索エンジンでよく検索される単語の筆頭と言えば何だろうか? わたしは「Ginger(ジンジャー)」ではないかと思うのだ。Ginger(or ジンジャー)で検索をかけている人は相当いるだろう。検索エンジンにヒットさせようとする人はGingerをネタに書くと良いかもしれない。
 Gingerについて知らない人は、まず「Ginger Japan」を参照してもらいたい。何やら詳細がまったく明らかにされていない発明品があるというのだ。PCを超える発明だとも言われており、最近IT関係者の間では、それがどのような発明品なのか話題になっているらしいのである。

 しかし、わたしにはGingerって、それほど面白い話題だとは思えないんだけどなあ。なんていうか、いち早くマニアックな話題にのれたことに対しての優越感を味わっているだけような気もするし、意図的な話題作りに上手く利用されてしまっているだけのような気もするのだ。
 ……ってなことを言っていると、この話題に夢中になっている人から反感をかってしまいそうだな。一応控えておこう。こほん。うん。ええと、かく言うわたしもGingerがどういったものであるか考えてみたのだ。

 Ginger Japanのタイトル画像にもなっているGingerの図(iModeの方はここを見てほしい)では、掃除機のようなキックボードのようなものに女性が乗っている。この図から、空飛ぶスクーターではないかという説も出ているようだ。
 Ginger Japanの掲示板でも活発な意見が交わされている。スクーターやキックボードという説もあれば、ジャンジャー・エールとか神社とか忍者とかゴレンジャーとかチャンジャといったダジャレ系のネタもある。スクーター説はともかく、これだけダジャレを使われてしまっては、わたしの出る幕が無い。そこで別のアプローチで考えてみることにした。
 掲示板の中でも目をひいたのは、「乗っている女性がジンジャーさん」というものである。結構良い着眼点だと思う。うーん。しかし惜しい。その女性はジンジャーさんではないだろう。わたしは、その周りに書かれている数字や矢印がGingerだという説を採るのだ。

 つまり、空間に文字を書くシステムがGingerなのである。特殊な眼鏡を使えば、周囲の風景と合成されて表示される。あたかもマンガでよく使われている擬音のように空中に文字が浮かんで表示されるのだ。インターネット等を使って、文字の内容と位置の情報を共有することで、文字を書いた人とは別の人が空間に書かれた文字情報を見ることができる。これにより道案内などが可能になるという代物だ。
 たとえば、葬式の時、駅前に「○○家」と書かれた札を持っている人が立っていることがある。札を持っている人は、することが無くて暇そうにボーッと立っているように見える。非常に無駄に感じられるのだ。しかし、Gingerを使って葬儀会場への道順を矢印で示せば、札を持つ役目の人が不要になるのだ。人件費の削減が期待できる。また、吉野さんの葬儀に間違って牛丼を食べに来る人が減るという効果も期待できる。

 うん。実はこれって既にあるんだなあ。まだ実験レベルだと思ったけど、以前テレビで紹介されていた。空気ペンと呼ばれていたけど、この発展形がGingerではないかと思うのだ。上手く発展させれば、道案内以外にも色々と使い道がありそうな気がする。ITにも関連があるようだし、なんとなく良い線行っているような気がするのだ。ちなみに、Gingerの図に書かれていた女性はカンカン娘だろう。これが本当のGingerカンカン娘である。

過去おまけへ

01.02.14 誰を責めるわけでもなく
 嗚呼、眠い。今日は仕事中に眠くて眠くてたまらなかった。やはり睡眠不足なのだろうか。夜になるどうしても目が冴えて、午前2時前に寝ることができないんだなあ。ついダラダラと起きてしまう。この調子では目の下にクマができてしまいそうだ。いや、既にわたしはクマができているような顔をしていたか。万年クマ男なのである。
 ところで、どうしてクマのことをクマというのだろうか? 目の周りが黒くなるのだから、むしろパンダの方がふさわしいと思うのである。パンダの方が世間体が良いのだ。どうせなら万年クマ男よりも万年パンダ男と呼ばれたいものである。その方が可愛いのだ。もし、万年パンダ男だったら、思い切り古タイヤで遊べるところだ。思い切り笹を食べられるところなのだ。

 それはさておき、このところ寒さがぶり返してきたようだ。最高気温が5度前後だというのだ。と言っても12月頃に比べると、あまり寒いと思わないのだけどね。寒さに慣れてしまったのかなあ。
 しかし、いくら寒さに慣れたとはいっても、雪が降るのはちょっと困る。そう、今この辺りでは雪が降っているのだ。朝ぱらぱらと降っていて、昼には止んだかと思っていたのだけど、夜になったらまたぞろ降りだしてきたのだ。積もらないで欲しいなあ。

 積もらないで欲しいといっても、わたしが親の番だからとか、割れ目だからという意味ではない。そうではなくて、東京は雪に弱いのだ。雪が積もるとすぐに電車が止まってしまうのである。明日の朝、電車が止まっていたりすると職場に行くのが困難になってしまうではないか。
 ましてや、今日はバレンタインデーである。雪が降るクリスマスのことをホワイトクリスマスと言うが、その理屈で言うと、雪が降るバレンタインデーはホワイトバレンタインデーになってしまうではないか。これではホワイトデーなのか、バレンタインデーなのかわからなくなってしまうではないか。これは、盆と正月がいっぺんにきたのと同じくらい傍迷惑な話である。

 さて、積もる話はこれくらいにして、実は今、右足の小指にまめができているのである。普段好んで履いている靴が少し小さめだったようで、知らないうちにまめができていたんだなあ。夏場は薄い靴下を履いていたので平気だったけど、冬になると厚手の靴下を履くことが多いので靴が若干きつくなる。その僅かな違いで、まめができてしまったようだ。
 一旦まめができると膨れた分だけ余計に靴がきつくなる。それで悪化させてしまうのだ。なかなか治らない。そのうえこの寒さである。歩くと痛いのである。この手の痛みは、寒ければ寒いほど余計痛く感じてしまうのだ。やはり寒いのは、勘弁してもらいたいところである。

 ちなみに、タンスの角に足の小指をぶつけた時の痛みを1タンスとすると、今の痛みは0.1タンスくらいである。0.1タンス程度であれば、我慢できないほどの痛みではない。しかしながら、歩くたびに痛みを感じるとなれば、ただ事ではないだろう。歩くのがイヤになってしまうのだ。幸せが歩いてこないのは、足の小指にまめができたからではないかと思ってしまうのだ。

 今のわたしは、顔がパンダでそのうえ小指が痛いときている。うーん。困ったものである。だからといって、「あなたがパンダ、小指が痛い」などというのは言い過ぎだと思うのだ。もちろん、そんなことは誰も言っていないので、誰を責めているわけではない。

過去おまけへ

01.02.13 はらたいらになれなくて
 土曜日だったかな。ミスドでマンガを広げている二十歳前後の女性がいた。と書くと、珍しくもなんともない話のような気がするけど、そういうことではない。マンガの原稿をコピーしたものをテーブルいっぱい大量に広げて、それらをまとめようとしている人がいたのである。あれは、たぶん同人誌を制作していたのだろう。うーむ。二十歳前後の女性がマンガ同人誌の制作かあ。
 いや、個人の趣味である。口を出せるものでははない。いやはや、マンガを趣味にしているなんて可愛らしいではないか。内容まではわからなかったけど、やおいでなければ、二十歳前後の女性がマンガを描くのも良いものだろう。さすがにやおいマンガを嬉々として描いていたらどうかと思うけど、そうでなければ結構な話なのだ。嗚呼、マンガ万歳。

 そもそもわたしにはマンガを描くことを趣味にしている人を批難する資格が無いのである。何故ならば、わたしも昔マンガを描いていたことがあったからである。それはもう毎日毎日マンガを描いていたのだ。手塚治虫の「マンガの描き方」なんていう本がバイブルだったのである。何を隠そう、将来漫画家になろうと思っていたくらいなのである。

・印税でウハウハ
・はらたいらの後釜としてクイズダービーの解答者になる

 こんなことを考えて漫画家になろうと思っていたのである。今になって考えると笑ってしまうけど、所詮小学校低学年の考えることだから仕方が無い。そう、漫画家になりたいなんて思っていたのは、小学生の頃なのである。ちなみに漫画家になりたいと思う前は、医者になりたいと思っていた。

・保険の点数をごまかしてウハウハ
・女性の裸を見放題

 うーむ。わたしは医者にならなくて正解だったようだ。社会が少しだけ救われたような気がする。

 それはともかく、マンガを描いていたのは小学校2年生から5年生くらいまでのことである。絵ははっきり言って下手だった。まるで足を使って描いたような絵にセリフをつけただけのものを嬉々として描いていたのだ。それでも段々と上達してきて、最後の方には左手で描いたくらいの絵にはなっていた。最初は鉛筆で描いていたものも、親にねだってペン軸とペン先とインクを揃えてもらい、それなりに本格的に描くようになっていたのである。
 とは言っても、マンガを描いていたのは小学校5年生までである。あのまま描き続けていれば、それなりの絵が描けるようになっていたかもしれない。でも今は人前に出せるような代物は描けないのだから、高校や大学の漫研で活躍していた人の絵を見ると、素直に感心してしまうのだ。きちんと描かれたものを見ると、何も言えなくなってしまうのである。

 何故わたしはマンガを描くのをやめたのだろうか。それには色々と事情があるけど、一番大きな理由は、マンガが描けなくなってしまったということだ。何ページか描いて最初に描いたものを読み返すと、つい手直ししたくなってくる。そして、ちょっと手直しするつもりが、いつの間にか全体的に描き直してしまっている。
 最初は8ページまで描けていたものが、それが4ページになり、2ページになり……、と何時間も時間を浪費しているだけで、全然進まなくなってしまうのだ。わたしには、ひとつのことをこつこつと作業するような忍耐力が無いようである。

 文章についても似たようなところがある。年を取れば取るほど、長い文章を書けなくなってきている。若い時はいくらでも文章を書いていられたのだけど、最近は長い文章が書けなくなってきた。書こうと思えばいくらでも話をふくらませることができるのだけど、気力が続かないのである。ふと途中まで書いた分を読み返してしまい、また最初から書き直し始めてしまうのである。そのうち一行も進まなくなって、イヤになってしまうのだ。
 たとえ、わたしが小説家になろうと思っても、文庫本一冊分の小説を書くことができないので無理だろう。書いているうちに飽きてしまう。ましてやグイン・サーガなど気の遠くなるような話である。小説家になったとしても、せいぜい短編を書くのが精一杯で、それもそのうち段々と短くなって、最後には俳句を書いているのではないかと思われる。

 ということは、そのうちおまけ日記も短くなってしまうのだろうか。いや、むしろ短くした方が良いのだろうけど、何故か長くなってしまっているんだなあ。しかも、今日などはいつもより余計に長くなってしまったくらいだ。そんなわけだから、200字以内で日記のメールマガジン発行などと言われても、わたしにはできないことである。
 他にも話題にしていた人がいたけどね。実はわたしのところにもお誘いメールが来たのでした。そもそも、わたしの文章を200字以内に切り詰めたとして、誰が読むというのだろうか。わたしの文章から冗長な部分を省いたら、きっと面白くないと思うぞ。

過去おまけへ

01.02.12 時をかけたかもしれない少女
 どうやらわたしは、タイムスリップ癖があるようだ。気が付かないうちにタイムスリップしていることがあるようなのだ。……ということであれば面白いのだが、さすがにそう簡単にタイムスリップすることは、できないのである。もし、タイムスリップができたら、競馬で大儲けできるところなんだけどね。

 ちなみにわたしは新聞を取っていない。必要が無いからである。むしろ、どうして新聞を取らないとならないのか理由がわからないのだ。世の中の動きであれば、テレビのニュースで知ることができるし、今ではWebニュースもある。「新聞を読め」みたいなことを言う人もいるが、わたしには新聞の存在価値がわからないのである。無駄に紙を消費しているだけではないか。

 とは言え、新聞でしか得られない情報もある。たとえばチラシだ。インターネット上でも広告は溢れかえっているが、それらは基本的に全国展開されているものばかりである。相鉄ローゼンやビッグヨーサンといったローカルな店舗の情報は、新聞のチラシでなければ獲得できないのだ。
 玉子L玉10個パック、豚肩ロース、雪印低脂肪乳1リットルパック……などといったものがどこで安く売られているか、いつ特売日なのかは、新聞を取っていないと得られない情報である。でも、それくらいなんだなあ。ちなみにわたしは、チラシよりも握りの方が好きである。

 もうひとつ、新聞の存在価値としてテレビ番組情報を挙げる人も多いだろう。しかし、今ではテレビ番組情報もWebから得ることができるのだ。ただ、そのためにインターネットに接続するのは面倒だし、マイ母はパソコンの操作ができない。そもそもテレビ番組情報を必要としているのは、わたしよりもマイ母である。しかし、それならば、テレビ番組情報誌を購入すると言う手があるではないか。
 わたしが積極的に観たいと思うのは、ほとんどがスポーツ番組である。スポーツ番組をまとめたコーナーを観れば済むのだから、テレビ番組情報誌の方が便利である。また先の放送予定がわかるのも良い。テレビ番組情報誌ならば、2週間分で250円(平均)、一ヶ月でも500円強の出費である。新聞に4000円近い出費をするよりもオトクなのである。

 わたしが普段購入しているのはテレパルである。テレパルは14日分ではなく、土曜日から2週間先の日曜日までの16日分載っているのが良いところである。うっかり買い忘れても慌てる必要が無いのだ。もっとも、「土日分まで載っているから大丈夫」と安心しきってしまうと、土日にのんびりしている間に売り切れてしまい、やはり困ったことになるので要注意だ。
 そうはならないようにと、先週金曜日にテレパルを購入したのだ。1月24日発売のテレパルを……って、なんでそんなものが売られているのだっ! そう、わたしが買ったのは1月27日から2月11日までの分のテレパルだったのだ。今日からはまったく役に立たない情報が満載のテレパルなのである。

 しかし、漫画や小説なら二度買いしたことがあるけど、テレビ番組情報誌を二度買いするとは思ってもみなかった。テレビ番組情報誌など、せいぜい1週間くらいで売り切れてしまうものだろう。なんで2週間以上も残っていたのだろうか?
 テレパルは隔週水曜日が発売日である。2月7日には新しいテレパルが発売されているはずなのだ。何の疑いも無く棚にあったものをレジに持って行ってしまったのだ。嗚呼、ちゃんと入れ替えておいてくださいな。ノクティ7Fの文教堂さんや。

 うーん。まさか本当にタイプスリップしていたわけじゃないだろうなあ。あの時のノクティ7Fの文教堂は、2週間前の世界だったとか。特にラベンダーの香りはしなかったのだけど。ちなみに鼻はつまっていなかった。

過去おまけへ

01.02.09 甘いお薬
 うーん。どうやら胃の具合は、かなり良くなってきたようだ。やはり、あれは風邪だったのかなあ。しかし、どこで風邪を伝染されたのだろうか。記憶を辿っても、いつ伝染されたのか想像がつかないのである。電車の中が一番可能性が高いけど、具合が悪くなりはじめたのは、日曜日の晩だからなあ。潜伏期間があったということか。
 実際ウィルスは、こっそり潜んでいるのだから油断がならない。「ウィルスさん、いますか?」などと聞いてみたところで、返事などしてくれないのだ。そこで、居ないものだと判断してはならない。後になってから、「う、居留守だったのか」と気がついても遅い。電気の料金メーターを確認してみると良いだろう。勢い良く回っていたら居る可能性が高いのだ。

 って、いつの間にか居留守の話になってしまった。そうではなくて、ウィルスである。やはりここは、予防が肝心だと思うのだ。ここはウィルスバスターでもインストールしておいた方が良いのかもしれない。アンチウィルスの方が良いかな。しかし、いったいウィルスとは何処から来るのだろうか? dsmtp4.dion.ne.jpからだろうか?
 あっ、いや、そのあれだ。実は、この間変なメールが送られてきたのである。差出人も本文も無くて、BBJFCPBB.EXEという添付ファイルのみのメールである。あからさまに怪しいメールだ。さすがに実行させてみる気にはなれないのである。皆さんのところには、このようなメールが送られてきただろうか? ヘッダは以下の通りであった。

Received: from dsmtp4.dion.ne.jp (dsmtp4.dion.ne.jp [210.172.64.83])
	by ms1.din.or.jp (8.9.3/3.7W) with ESMTP id LAA16079
	for ; Tue, 6 Feb 2001 11:02:01 +0900 (JST)
Received: from computer by dsmtp4.dion.ne.jp (8.9.3/3.7W-00031710)
	id LAA27321; Tue, 6 Feb 2001 11:01:51 +0900 (JST)
 後で、なんたらっていう組織の方に報告しておこう。

 ところで3連休なのだ。皆さんはどこか旅行にイカれますでしょうか? もとい、行かれますでしょうか? ちなみにわたしは、この3連休、何処にも行く予定が無い。そもそも旅行になど行ってられないのである。部屋の掃除やら確定申告の準備やらで色々とすることあるのだ。確定申告はともかく、部屋の掃除の方は本来いつ行っても良いのだけど、そうも行かなくなってしまったのだ。
 というのも、この間、フレッツADSLの仮申し込みをしたのである。そうなのだ。提供予定時期が変更になって、町田でも3月下旬からADSLのサービスが開始されることになったというのだ。そんなわけで、早速申し込んだのである。よくわからないのだけど、工事のためにわたしの部屋に人を入れなくてはならないかもしれない。ある程度部屋をかたつけておかないとならないだろう。もっとも、いつになるのかわからないのだけど、3日前くらいにいきなり言われたら困る。いつ人が来ても良いようにある程度部屋を掃除しておく必要があるのだ。

 旅行に行ける人は羨ましいなあ。しかし、旅行といえばお土産を買ってくるのが義務である。やはり2月はスキーへ行く人が多いようだ。週明けの職場は、お土産のお菓子が山になっていると思われる。今週も月曜日から木曜日まで4日間連続でお土産が配られていたくらいであった。
 しかし、今回のお土産にはまいってしまった。なにしろわたしは、「貰えるものは拒まない」という主義の持ち主だ。特に来週の水曜日あたりは絶対に拒まないという主義なのである。だから、お土産は何であろうと有り難く戴かなくてはならないのだ。ところが、今週の初めは胃の調子が悪かった。とても食べらる状態ではない。仕方が無いので持ち帰ることにした。小袋に入ったクッキーである。コートのポケットの中に入れて満員電車に乗ったら、粉々に砕けてしまったのだ。嗚呼、せっかくのお土産がっ!

 うーん。どうしたものだろう。クッキーだったはずのものが、小袋に入った粉薬のようになってしまったのだ。ここは胃薬だと思ってさらさらと流し込むしかないか。薬にしてはちと甘いが。

過去おまけへ

01.02.07 お勉強してるのよ、ああ毎日
 聴いてアロエリーナ、ちょっと胃痛いんだけど、聴いてアロエリーナ、耳年増が増えちゃった……って、昨日のからのネタを引きずっているみたいではないか。まあ、そんなようなものだけどね。しかし、胃が痛いのは本当の話だ。今日は胃が痛いという話である。耳年増については、今のところ関係は無い。小豆島については、今後とも関係が無い。

 実は、月曜日から胃が痛いのである。正確に言うと、日曜日の夜、寝るちょっと前くらいからその兆候があったのだ。ムカムカムカと激しい吐き気がするのである。月曜日の夕方頃には大変な痛みで、食べ物を受け付けないくらいであった。おかげで、月曜日はほとんど晩飯を食べられなかったのだ。昨日の晩くらいから少しずつ胃の痛みが収まりかけてきて、なんとか晩飯を食べることができたけどね。さすがに今は落ち着いてきたけど、まだちょっと調子が悪かったりする。
 昨日の日記だけど、本当は月曜日の晩にアップロードする予定だったのだ。しかし、あまりの具合の悪さに根を上げて、途中で書くのを断念してしまったのである。それくらいひどかったのだ。昨日、苦しみながらもなんとか書きあげた。良い肉を食べたいなんて話を書いていたけど、実は食欲がほとんど無かったのである。それでも普段の食欲を思い出しながら書いたのだ。うーん。ウソを書いてしまったことになるのか。

 それにしても、この胃の痛みは何だろう。あまりに胃が痛いと、ふと胃潰瘍とか胃癌とか、そういった不吉な単語を想像してしまうものである。普通、胃がムカムカすると言ったら、食べ過ぎや飲み過ぎによるものだろう。しかし、日曜日は食べ過ぎというほど食べていないし、飲み過ぎというほど飲んでいない。いつもの週末と同じくらいの摂取量である。どうにも解せないのである。
 胃が荒れていることには間違い無いのだろうけどね。神経性胃炎かとも思ったけど、そんなヤワじゃないつもりなんだけどなあ。気がつかないうちにストレスがたまっているのだろうか。基本的にわたしは、ストレスやステンレスやウエイトレスとは無関係な人生を送っているのだ。って、ウエイトレスと無関係というのは寂しい。ウエイトレスとは、ちょっと関係したいところである。ん?

 そういえば、3年前にも同じような症状を患ったことがある。その時に書いたのが、みや千代日記の第79回「胃がね、気持ち悪いの」なんだなあ。前年、前々年にも同じような症状を患った記憶がある。季節はいずれも冬だ。もしかすると、風邪のせいなのかもしれない。しかし、熱も出なければ、咳もクシャミも鼻水も出ないので、いまひとつはっきりしないのだ。
 やはり風邪なんだろうなあ。今年の風邪は胃にくるのかもしれない。皆さんも風邪には注意されたしである。特に性知識が豊富な女の子には注意してもらいたいところである。風邪をひいて胃痛だなんてシャレにならないではないか。いや、シャレそのものか。新田恵利(福永恵規だったか?)も言っていたのだ。女の子は胃痛でも耳年増。

過去おまけへ

01.02.06 頑張れ受験生
 聴いてアロエリーナ、ちょっと良い肉なんだけど、聴いてアロエリーナ、もっと思いきり食べたいの。聴いてくれてありがとう、アロエリーナ。うん。たしかに良い肉であれば思い切り食べたいところである。薩摩黒豚なのだ。名古屋コーチンなのだ。松坂牛なのだ。煮たり焼いたりするのだ。思い切り食べるのだ。モグモグ。

 突然何を言い出すのかと驚かれた人もいるだろう。いやはや、なんのことはない。ただ冒頭のダジャレを思いついただけである。思いついたら使わなければ勿体無いではないか。というわけで、無理矢理冒頭に押し込んでみたのである。
 どう考えても、このネタは使いどころが無いんだなあ。ここ最近、特別良い肉を食べたことなどないのだ。ネタとして使えない。それでも11月29日あたりになれば「良い肉の日」などと言って無理矢理こコジつけられそうな気がするけど、かなり先の話になってしまう。その頃には、このCMの旬も過ぎているだろう。旬のうちに使いたかったのだ。

 さて、そのアロエリーナのCMであるが、これがまた巷では結構な話題になっているようだ。ネタにしている日記をいくつか見かけた。ネットで検索をかけたらかなりの数がヒットした。やはり、あの歌はおかしいと思う人が多いようだ。このアロエリーナのCMのおかげで、おそらく全国に一人はいると思われる阿呂江リナさんは、えらい迷惑を被っていると思われる。
 ここでふと思ったのだが、アロエリーナの着メロって無いものだろうか。ちなみにわたしは、まだこの着メロが鳴っている場面に出くわしたことはない。ちょっとだけCMの着メロサイトを探したけど見あたらなかった。でも、こんなに美味しいネタはそうそうないだろう。アロエリーナの歌は所謂ハモメロよりも、単音の着メロの方が似合いそうだ。単音なら簡単に自作できそうだ。いち早く自作した人が、どこかにいると思われる。

 それはともかく、生ハムメロンである。いやはや、わたしは「ハモメロ」と言われると、どうしても生ハムメロンのことを想像してしまうのだ。メロンに生ハムをのせたものが、本当に美味しいのだろうか。そんな疑問がふつふつと湧いてくるのである。着メロのことを考えているのに、生ハムメロンのことが頭に浮かんでくるのだから困ってしまう。そこでわたしは提案したい。「ハモメロ」という略し方は、やめにしないか?
 いや、本当は、ハモメロだったら、生ハムじゃなくて生ハモをメロンの上にのせたものを想像しないとならないのだけどね。しかし、さすがにそんな料理は存在しないので、わたしには想像できないのだ。いや、作ればあるか。作るのならば、骨切りだけは忘れないようにしたいところである。

 しかし、生ハムの話をしていたら、またしても良い肉を食べたくなってきたではないか。メロンは特に要らないけど、良い肉は歓迎したいところである。源頼朝も言っていたではないか、「良い肉食べよう鎌倉幕府」なのだ。などと、この時期に受験生を混乱させるようなことを書いてみる。

過去おまけへ

01.02.04 サバの押し鮨
 先週、先々週の週末は雪が降ったため、車を使うことができなかった。まあチェーンを装着すれば走れるけど、そこまでして車を使う理由が無いからなあ。それでも、あまり車に乗らないと心配になってくる。バッテリが上がってしまったり、エンジンがかからなくなってしまったりするのではないだろうか。
 というわけで、今週末は車に乗ることにしたのだ。3週間ぶりだ。実際、昨日エンジンをかけようとしたら、かなり際どかった。とりあえずエンジンはかかったけど、なんだかセルの回り方が弱々しかったのだ。やはり、バッテリがへたりかけているようだ。次の車検の時にはバッテリの交換をしなくてはならないと思われる。
 うーん。前回の車検の時にもバッテリを交換したんだけどなあ。次の車検までは、もう半年しかないのだけど、また金がかかりそうだ。しかし、バッテリって2年毎に交換するものだったっけ? もう少し持つものだと思っていたけどなあ。バッテリのへたりが早いのは、車載の電装品が多いせいだろうか。

 そうだ。バッテリといえば、携帯電話である。この間機種交換をした携帯電話だけど、これがまたバッテリの減りが異様に早いのである。一日でなくなったしまうのである。前の携帯電話(P207)は、4、5日充電しなくても平気だったのだ。買った当初は、一週間以上充電しなくても平気だったくらいだ。この調子で毎日充電していたら、1年もしないうちにバッテリが終わってしまいそうである。
 まあ、iアプリの遊びすぎが原因なんだろうけどね。どうやらiアプリで遊んでいると相当バッテリを消費してしまうようだ。CPUに負荷がかかって電力を消費しているというよりは、カラー液晶のバックライトで電力を消費しているような気がする。しかし、いずれにしても毎日充電しないとならないのは考え物である。うっかり充電するのを忘れたら、大変なことになってしまうのだ。

 最近は、am/pmなどのコンビニでも携帯電話の充電ができるようになった。でも、そんなに長時間コンビニで充電するのもなんである。ここは、やはり職場にも充電器を置いておきたいところである。そこでふと思ったのだ。前の携帯電話の充電器が使えないのかと。
 もちろん受け皿の形状が違うので、そのままでは使えない。しかし、最近の携帯電話の充電器は、ACアダプタの部分と受け皿の部分が別々になっているのである。ACアダプタと受け皿は、例のコネクタで接続されている。そのコネクタを携帯電話に直結して充電することも可能なのだ。ならば、前の携帯電話のACアダプタを直結すれば、充電ができるのでは?
 と思ったのだが、使えなかった。よく見ると、ACアダプタのコネクタには微妙な切り欠きがついていて、別の機種には接続できないようになっているのである。なんだかなあ。毎回充電器もセットで買わせようということだろうか。まあ、機種によっては問題となることもあるので、このような措置が取られているのだと思うけどね。

 携帯電話の機種交換をすると、電話機本体を回収されてしまう。回収されないケースもあるけど、わたしの場合、前回と今回は回収された。回収されないのは、ドコモショップで機種交換した時だけなのかもしれない。よくわからないけど。
 まあ、それは良いのだけど、充電器だけ手元に残っても仕方が無いのだ。家には携帯電話の充電器がゴロゴロしている。PHSの分も含めると4個もある。しかし、使い道が無いのだ。あれの何か良い利用法は無いものだろうか。充電器については、故障したわけでないので、なんとなく捨てにくいのだ。地球に優しくないような気がしてしまうのだ。

 ところで、タイトルの「サバの押し鮨」である。それが今日の話に何の関係があるのかというと……、いや、ここは皆さんにつっこんでもらいたいところなのだ。

過去おまけへ

01.02.03 たまりせんわ
 アイテテテ……、気持ちよく寝ていたら、突然何かが顔にぶつかってきたのだ。一体どうしたことだろう。眠い目をこすりながらドアの方を見ると、マイ母が袋を片手に仁王立ちしていたのだ。わたしが身体を起こそうとすると、マイ母が袋から何かを取り出し、わたしの顔に投げつけてきた。

「イテッ」
「鬼はー外っ!」
「何をするんだよお」
「福はー内っ!」

 豆だ。マイ母が豆を投げてきたのである。そうか。そうであった。今日は節分であった。そんなことなどすっかり忘れて眠りこけていたのだ。うーん。それにしても、休みの日の朝くらいゆっくり寝かせて欲しいものである。昨日はあまり寝ていないのだ。わたしには、むしろマイ母の方が鬼に見えてしまったくらいであった。
 ……ということでもあれば、日記のネタにでもなるのだが、あいにくそんなことはなかったのであった。今日は、昼過ぎまでゆっくり寝ていたのだ。布団から這い出した後、昼食を摂りながらテレビを観た。いつも通りの週末である。

 それにしても節分である。どうやら世間では、節分ムードでいっぱいの今日のようだ。今夜は家族で豆まきをしている人も多いだろう。わたしも世間並みに豆まきをしたかったところである。でもあれは、基本的に若い女性がするものだからなあ。歌にもあるではないか。若い娘が節分ん♪ お色気ありそで節分ん♪
 ……って、これは既に昔使ったネタであった。それにしても「若い娘が節分ん♪」などと言うと、なんだか虎の模様のビキニを着た角の生えた女の子を想像してしまうのは、わたしだけではないはずだ。しかし、そんな女の子に豆を投げつけたら、電撃ショックの仕返しをされそうで恐いだっちゃ!

 ところで、モー娘。である。モーニング娘。をモー娘。と略されると、牛の模様のビキニを着た角の生えた女の子を想像してしまうのはわたしだけだろうか、という話はどうでも良くて、なんでも彼女らのアイコラを載せた雑誌の編集長らが逮捕されたそうだ。昨日の朝、家を出る時にちらっと見たワイドショーで話題になっていたのだ。「モー娘。怒り爆発」だそうである。
 そうか。やっぱり怒っていたのか。しかし、今ひとつ何に対して怒っているのかわかりにくい。アイコラといえば、普通はヌード画像の顔の部分をアイドルの顔写真に挿げ替えるというものだろう。裸の部分は別人である。となれば、やはり「本当のわたしは、こんな身体ではないのにーっ!!」と怒るのだろうか。ここで本人の名誉を回復するためには、本物を見せて……、あっ、いや……
 他の日記でも、これと同じような切り口で書いている人がいたけど、アイコラにはとにかく、どのように怒りを示していいものか難しいと思うのだ。意外なことにアイコラで逮捕されたのは、今回が初めてだったとのことらしい。肖像権の侵害などいくらでも理由をつけられそうな気がするけどなあ。やはり、怒りの矛先の向け方が難しいということだろうか。

 しかし、それよりもわからないのが、わざわざアイコラを作る人達である。最近はDMでもアイコラサイトの宣伝がいっぱい来るけど、あれって何が面白いのだろうかと不思議に思ってしまうのだ。わたしは、ヌード写真を観るならば、たとえアイドルよりも可愛くなくたって本人の顔の方が嬉しいけどなあ。その方がリアリティが感じられるではないか。結局、アイコラには裸の部分は別人だということでさめてしまうのである。そのアイドルのヌード写真という感覚は湧かない。顔のわからないヌード写真でしかないと思うのだ。
 ヌード写真のコラージュなんて、嫌がらせにしか使えないだろう。身近な人の顔写真でコラージュ写真を作り、「おまえのヌード写真を手に入れたもんね。おらおら」とか、こっそり近所の電柱に貼り付けて「これが○○子のヌードだ!!」とかストーカー的な嫌がらせするくらいしか思いつかないのである。アイコラを作る彼らは、あれを本物のヌード写真だと想像して嬉しがっているのだろうか。モーニング娘。のコラージュ写真、略してモーコラを見て、「モー、コラ、たまりませんなあ」と言っているのだろうか。

過去おまけへ

01.02.01 罪と罰の一日
 携帯電話を503iに変えてから色々と楽しませていただいている。しかし、もう少し考えながら使わないとならないようだ。iアプリをいくつかダウンロードしたのだが、最早パケット課金が1500円近くにもなってしまっているのだ。この調子でダウンロードばかりしていたら、禁治産者になってしまいそうだ。
 ダウンロードしたiアプリは、まだ10個くらいである。そもそもパケット課金の大半は、iアプリのダウンロードそのものより、ダウンロードするためにサイト内を色々見て回っている時にかかっているのだ。ダウンロードを開始するまでに手順がかかりすぎるのだ。もう少しメニューを簡素化できないものだろうか。

 しかも、公式iアプリサイトには、いまひとつ気にいらないものが多い。面白いとか面白くないとか言う以前の問題である。せっかくのJAVAなのだ。一度ダウンロードしたら、以降課金されないというのが魅力のひとつだろう。それなのに起動するたびに通信しようとするから困ってしまうのだ。1回あたりの課金はたいした金額とは言っても、何度起動していたら気になってしまうではないか。
 そこまでして有効期限のチェックをしないと気が済まないかなあ。iアプリのゲームなど、1ヶ月も遊ぶ前に飽きてしまうものばかりだろう。ダウンロード時に金を取るだけで充分ではないか。収入はさほど変わらないと思うぞ。というよりも、そのうち誰もダウンロードしなくなるぞ。

 それから音は消せるようにして欲しい。ギガアプリだったかな。そこのサイトのゲームを3つほどダウンロードしたのだが、どれも音を消せないのだ。もしかしたら消せるのかもしれないけど、特に説明が書かれていない。携帯電話のゲームなどちょっとした暇つぶしに楽しむ程度のものである。電車の中や職場の喫煙室等、人がいるところですることが多いのだ。そんなところで音が鳴っては、プレイできないではないか。

 やはり、iModeの真髄はメールだろう。Webも良いけど、暇つぶしのつもりでWebを見ていたら課金が大変なことになってしまうのだ。どうしても必要な時以外は、使わない方が良い。というわけで、メールが来るのを今か今かと待っているのだが、誰からも来ないのである。さみしい。って、誰にもメールアドレスを教えていないのであった。これでは来るわけがない。
 まあ、教えたからと言って、そうそう来ることもないんだけどね。それではつまらないではないか。空メールのアドレスを携帯電話のアドレスにするということも考えたが、あまり頻繁に来るのもなんだ。一日に数件くらいが丁度良い。それも思わぬタイミングで来ると嬉しいのだ。突然のバイブレータで感じてしまうのだ。嗚呼……

 というわけで、ここにメールのフォームを作るのだ。と言ってもWeb上にメールアドレスを載せるとDMが心配である。あんなものが大量に来るようになってはたまらないのだ。というわけでメールアカウントをひとつ作り、携帯電話に転送するようにしたのだ。DMが来るようになったら、メールアカウントを切り替えてしまえば良い。まあ、携帯のアドレスを変えるという手もあるけど、そちらの方は変えたくないからね。

 ところで、もうこんな時間なのだ。今日はもう寝る。皆さんの日記を見ている時間は無いのだ。こちらが読んでもらうばかりで、皆さんの日記を読んでいないとは申し訳無い。これがわたしの罪である。
 そもそも、今日はどうしてこんなに時間が無いかというと、実は一時間ほど前まで、ずっと書き続けていた話があったのだ。ところが長いばっかりで話がまとまりそうもない。仕方が無いので、急遽話を変えて書き直したのだ。おかげで、こんな時間になってしまったのだ。一時間ほど前まで書いていたものはボツにした。これがわたしのボツである。罪のボツの一日なのだ。

過去おまけへ