00.11.30 隣のあの子に敗北
 今日で11月も終わりである。そういえば、このおまけ日記を書き始めたのは、1996年の12月からであった。そろそろ4年になろうとしている。よく続いているよなあ。4年間を日数で数えると1461日になる。そのうちの7割方は日記を書いているはずなので、回数で言えば1000回くらいになるだろう。
 よくも、まあ1000回も書くことがあるものだと、我ながら思うのだ。もっとも、このレベルの話であれば毎日でも書けると豪語したことがあるけどね。みや千代日記のように0から話を作るのは難しいけど、おまけ日記のように1の話を10にするくらいなら、それほど難しくない。それほど気合いを入れずとも惰性で書けるんだなあ。もっとも単なるオフミ報告であったり、サッカーの試合などの感想文であったり、5行足らずで終わってしまうことも多いけどね。それらを除いても700回くらいは書いているのではないだろうか。

 とは言え、さすがにこれだけ書いていると、書くことが思い浮かばなくなってくる。基本的におまけ日記は、一日の中の1コマだけに焦点を絞って書くスタイルだ。つまり、一日の行動の中で、ちょっと気になった変わった人やものをネタとして書いている。たとえば、電車の中で隣り合わせになった変な人や、歩いている時にみつけた電柱に貼られている変な張り紙などだ。
 ところが、いくら変わった人やものと言っても、同じような人やものに再度出くわすことは充分にあり得る話だ。すると、「これについては前に書いたなあ。違う話を書かないと」となってしまうのだ。もっとも、同じような出来事をベースにしても違う書き方ができるわけで、実際そうすることは多い。しかし、何度も同じネタがベースでは、「この話の展開の仕方は以前書いたなあ」となってしまうのだ。書き分けすらも通じなくなってしまう。
 よくよく考えたら、日記なのだから、同じようなことが起こったら同じようなことを書けば良いのだけどね。実際、何年か前に書いたものをコピー&ペーストで貼り付けて、ちょっとだけ変えれば良いのではないかと思うことは多々ある。でも、やはり違うことを書かなければならないと思ってしまうのだ。「その話は前に聞いた」と言われてしまいそうだ。

 そんなわけで、最近は一日の中の1コマだけでなく、テレビの中からネタを拾うことも多い。とは言え、時事ネタをしたり顔で語ったりするのはガラではないし、ワイドショー的な芸能ニュースには興味が無い。やはり、必然的に万人に無難なところであるコマーシャルをネタにすることが多くなる。と思っていたけど、バックナンバーを見たら、実際はそれほど多くはなかった。
 まあ、それでもテレビコマーシャルについては、ネタに使えないかと思って観てしまうことが多いのだ。巷には妙なコマーシャルが溢れ返っている。妙なコマーシャルを見かけるとピピッとくるのだ。そこからツッコミどころを考えて日記にする。コマーシャルについては放映期間中であればいつ書いても良いので、何も書くことが無かった日に使うネタとしてストックすることにしている。

 ちなみに、つい最近までネタとして使えないかと狙っていたのは、「大塚美容形成外科」のコマーシャルである。これは見た瞬間、ピピッと来たのだ。大塚娘ってなんなのだ? しかし、ネタにならなかった。どう考えても話が広がらないのだ。「娘」つながりで「モーニング娘。」などとも絡ませようと考えたけど、それだけでは1本書けるほどのネタにはならないのである。
 もしかして、スキだらけに見せかけて、実はスキが無いという高度なコマーシャルなのかもしれない。あれだけ妙なコマーシャルなのにネタにならないとは、製作者の意図にひっかかってしまったか。でも、あの変な歌がなあ。ネタにならないかとずっと考えていたら、頭から離れなくなってしまったのだ。非常に敗北感を味わっているのである。

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00.11.29 BOSSのCMの話ではなくて
 昨日は、初コートの日であった。本来ならば11月中は、いくら寒くてもコートを着ずに我慢するところである。あまり早い段階からコートを着始めると、本格的に寒くなった時に耐えられないからだ。ところが、昨日は年に一度の特別な日だったのだ。コートを着ずにいられなかったのである。
 何がどう特別な日かと言うと、たとえば一年に一度女の子の方から男の子に告白するとか、神様に仲を引き裂かれてしまった男女が一年に一度だけ逢うことが許されているとか、とんでもないウソをついて他人を騙しても良い日だとか、そういう日ではない。ちょっと違う。ヨーロッパと南米の倶楽部チームがサッカーの試合をする日なのである。

 そう、トヨタカップである。あのトヨタがスポンサーであるため、そう呼ばれている大会だ。優勝チームには純金ファミリー券が与えられるとか言う話もあるが、それはたぶん違うだろう。最近は世界倶楽部選手権というのが行われるようになったので、世界一の倶楽部を決める大会とは言えないのだが、まあだいたいそのようなものである。昨日はそれを観るために国立競技場まで行ってきたのだ。
 で、どうしてトヨタカップだとコートを着るのかというと、もちろん寒いからである。昨日は本当に寒かった。そんな寒い日の夜に2時間も外でじっとしていなきゃならないのだ。さすがに、コートを着なければやっていられないだろう。それでも寒かったくらいだ。昨日は本当に寒くて、ビールを飲むのも相当考えたくらいだ。まあ、結局飲んだのだけどね。やはり、サッカー観戦にコーヒーではちょっと違う気がする。

 アルゼンチンのボカ・ジュニアーズとスペインのレアル・マドリードの試合であった。結果は、知っての通り2−1でボカの勝利である。両チームの全得点が前半12分のうちに入ってしまうという展開だったけど、残りの点が入らない時間帯もそれなりに楽しめた。やはり良い選手のプレイは面白い。
 ボカが勝ったのは、モチベーションの違いだろうか。レアルも最後の方は頑張ったけどね。選手で言うと、レアルの方は得点を決めたロベカルは当然だけど、フィーゴもなかなかみせてくれたと思う。ボカの方は、2得点を決めたパレルモも良かったけど、デルガドやリケルメのプレイの方に目が行ってしまった。

 それにしても、ボカの応援はすごかったなあ。下手なJリーグの試合なんか目でないくらいの大応援団だ。しかし、彼らはよく日本に来たなあ。何しろ地球のまるっきり反対側なのだ。旅費も半端ではないだろう。ボカが得点を入れると、長い帽子を被った人が走り回っていた。応援団の気合いの入れ方からしても、やはりボカの方がモチベーションが高かったように思う。
 ハーフタイムにトイレの中で叫んでいる人達がいたけど、あれはどっちの応援だったのだろうか。リードされてヤケになっているレアルのファンだったのかもしれない。わたしの隣に座っていたあんちゃん(日本人)もレアルの応援をしていた。さすがに日本では、レアルファンの方が多いと思われる。レアルには日本でも有名なプレイヤーが多いからね。
 それにしても、隣のあんちゃんはうるさいやつだったなあ。最後の方になると、リードしているボカの方が時間稼ぎしていたのだけど、そのなりふり構わない時間稼ぎに対して「しょっぺー」を連発していた。50回以上は「しょっぺー」と言っていたはずだ。おそらく船越アナの「ゴル」よりも回数が多かったと思われる。わたしとしては、あまりの寒さに延長になることを恐れていたので、むしろ得点を入れないで欲しかったのだが。

 しかし、ボカの応援団を見てもわかるように、日本人だけでなく、これだけの人が外国から来たのだから、発売開始後、あっと言う間にチケットが完売したのも頷ける話だ。入場者数は5万2千人。国立競技場周辺には、ほくほく顔をしたダフ屋が相当突っ立っていた。ダフ屋にも相当な数のチケットが流れたのだろう。
 昨日のチケットの定価は、日本代表の試合よりも高く、SA席で7千5百円もしたのだ。ダフ屋は、それをいくらで売っていたのだろうか。おそらく定価以下ということは無かっただろう。もし、値段を交渉せずにダフ屋からチケットを購入した人がいたとしたら、結構な額をふっかけられたに違いない。正直者がボカを見るというものだ。

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00.11.27 袋とじ企画
 最近は、テレホンカードを使わなくなったなあ。何しろ、今は携帯電話があるからね。公衆電話を使うことがほとんどなくなった。昔は、携帯電話の通話料が非常に高かったし、PHSにかけられないなどの制限もあった。また、電波の入り具合が悪いところも多かった。そのため携帯電話を持っていても、かける時は公衆電話を使うという人も多かった。
 しかし、今は通話制限もダイアルQ2とフリーダイアルくらいだし、都内ならほとんど何処にいてもアンテナが3本立つくらい電波状況が改善されたし、通話料もここ数年で何回も値下げされて安くなった。わたしは元々緊急時以外には電話をしない人なので、通話料については、今ではかなり使っても月に一万円以上支払うことがないくらいだ。あの狭苦しい電話ボックスに入らなければならない理由が無いのである。地球の平和を守らなくてはならないことも、今ではほとんどないのだ。青と赤のスーツもすっかりカビが生えている。

 昔は、財布の中にテレホンカードを常に2枚入れていたけど、今は緊急用に中途半端な度数のものが1枚入っているだけである。それすらもう1年以上使っていない有り様である。数年前までは、それこそ10枚、20枚ってテレホンカードを持っている人がいたけど、今ではほとんどマニアのコレクションだろう。そういえば、最近テレホンカードのプレゼントって見かけないなあ。家のどこかには、その手のプレゼントで獲得したテレホンカードが何枚もあるのだ。もう一生使い切れないかもしれない。

 さて、今朝はキオスクで「ビッグコミックスピリッツ」を買った。もちろん電車の中で読むためである。「ビッグコミックスピリッツ」を携え電車に乗り込んだ。そして、「さて、今週はどうなっているのか」と喜び勇んでページを開こうとしたのだ。しかし、残念なことに開くことができなかったのである。なぜならば、なんと7ページ目から22ページ目まで袋とじになっていたのだ。
 乱丁である。決して、おやじ雑誌や「ヤングマガジン」のようにエッチなページだったというわけではない。いや、該当ページは「よいこ」というマンガだったから、知っている人は知っているだろうけど、ある意味エッチなページではある。が、袋とじにするほどのものではないだろう。こんなもので袋とじにしていたら、「エロトピア」など全ページ袋とじにしなければならない。

 しかし、乱丁とは久々だなあ。そういえば、最近乱丁の雑誌にあたった記憶が無いのだ。ちょっと前までは頻繁にあったけどね。いつの間にか紙やインクの質も良くなった気がするし、数年前と較べたら品質が向上したような気がする。
 もしかすると、今週は誰かが原稿を遅らせたのかもしれない。巻末の目次を見ると「美味しんぼ」、「ショコラ」、「20世紀少年」がお休みとのことだ。まさか急遽3本も差し替えることになったのだろうか。もしそうだとしたら、さすがに現場は大混乱だろう。そういえば、今日は読んでいたら、いつもより多く手にインクがついた。読み終わった時には手が真っ黒だった。慌てて印刷したため、インクが乾ききっていなかったとか。今週は、いつもより雑な仕上がりになっていたような気がする。

 目次のページには「万一、本誌に落丁、乱丁等がございましたら、小学館制作部まで、お送りください。送料小社負担にて、良品とお取り替えします」と書いてある。うーん、万一よりはあると思うけどなあ。まあ、それは良いとして、実際送ってみたらどうなるのだろうか。
 でも、もう読んじゃったからね。一部のページがくっついていただけなので、そこを開いてしまえば何の支障も無い。マンガ雑誌など読み終わったら捨てるだけで、特に保存するというわけでもない。そもそも、袋とじなんかにされていたら、余計読みたくなってしまうではないか。
 わたしは、乱丁を発見すると何の躊躇いも無く財布の中からテレホンカードを取り出し、袋とじ部分を切り開いたのであった。こういう時、薄くて硬いテレホンカードは、ペーパーナイフ代わりに使えて便利なのである。今日は、久々にテレホンカードを使った日であった。

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00.11.26 一万五千八百円
 金曜日に仕事を休んだので、今週末は四連休であった。その金曜日は、ここぞとばかりPCを売りにソフマップに行ったのである。PCを売るのは平日じゃなくても良いけど、休日にソフマップに行くのは疲れそうだ。それに平日の方が何かと処理も早いだろう。というわけで、金曜日にソフマップに行ったのである。
 売ったのは今年の8月まで使っていたダイナブックである。98年の10月に買ったものだ。で、結局それがいくらで売れたかというと15800円である。くくーっ、安い。たった2年で、10分の1以下になってしまったか。これならネットオークションに出した方が良かったかもしれない。

 まあ、でも、あのマシンは電源周りがおかしくて、突然電源が切れることがあるのだ。ACアダプタをつないでいるのにバッテリの充電がされなくて、突然電源が切れるのである。そんなおかしなマシンをネットオークションに出したら、クレームがついてしまうだろう。そう思って、ネットオークションには出さなかったのである。

 しかし、それにしても安いよなあ。その動作の不安定性と外観がボロボロなせいで、かなり値引きされてしまった。外観については、ノートPCを普段から持ち歩いていると、どうしてもボロボロになってしまうので仕方が無い。ちゃんとインナーケースに入れて持ち歩いているんだけどなあ。でも、付属の56KモデムPCカードはしっかり使えるのだし、その分を考えたら15800円は安すぎると思う。
 そういえば、あのマシンはメディアバレーの5年保証に入っていたのであった。たしか結構な保証だったと思う。その保証を使って、ある程度修理すれば、もう少し高値で引き取ってもらえたかもしれない。でも、町田のメディアバレーは無くなってしまったのだ。他の店舗で修理を受け付けるとのことであったが、そこまで持っていくのは面倒だ。半ば無理矢理保証に入らせておいて、それはないよなあ。

 さて、そうして手に入れた15800円であるが、そのうちの一万円をリボの返済に充てた。リボを使うとクレジットカードのポイントが多くたまるので、お金があってもついついリボ払いにしてしまう。しかし、そういうものは積極的に返しておかないと、残高がすぐに増えてしまう。後々欲しいものが出てきても、リボ残高があっては我慢しなければないのだ。

 しかし、残高を減らせば、またぞろ欲しいものが出てきてしまうのだから困ったものだ。いや、リボ残高が減ったからではなく、前から買おうと思っていたものだけどね。というのもメモリである。今使っているバイオノート用のメモリが欲しくてたまらなかったのだ。
 何しろ標準で64Mバイトしか積まれていないのである。Windows2000マシンでこのメモリ搭載量は、かなり致命的である。スワップが発生しまくりで、遅くて仕方が無い。体感速度としては、売ってしまったMMX-Pentum(233Mhz)のダイナブックでWindows98を使っていたのと変わらないか、むしろ遅いくらいなのだ。これでは、モバイルPentium3(600Mhz)が性能を出し切れずに泣くというものだ。

 ダイナブックを売りにソフマップへ行った時、ちらりとメモリの値段を確認してきた。64Mバイトが10800円で、128Mバイトが29800円であった。うぬぬ。64Mバイトのものなら手が届かなくはないけど中途半端である。かといって、128Mバイトのものでは高すぎる。どうして、ノート用のメモリモジュールはこんなに高いのだろうか。
 まあ、その場は大人しく引き下がったけどね。でも、その晩、バイオノートを使っていたら、やはりメモリが欲しくなってしまった。そろそろ、この遅さから抜け出したいのだ。64Mバイトを追加して128Mバイトでも、状況はかなり改善されるだろう。まあ、1万円リボ残高を減らしたところだし、1万円のメモリを買っても元に戻るだけだ。なんてことはないではないか。

 というわけで、昨日はメモリを買いに行ったのである。ただし、ソフマップではない。ヨドバシカメラである。あんな他人の足元を見るようにパソコンを買い叩くような店で、モノを買いたくないのだ。いや、ボロボロのパソコンを売った方が悪いんだけどね。でもまあ、わたしにとってソフマップの存在価値など、古いパソコンを体よく売りつけるだけのものなのだ。

 ヨドバシカメラのメモリ売り場を覗いたら、64Mバイトのものがソフマップよりも1000円も高かった。うぬぬ。しかし、128Mバイトのものが2000円も安かったのである。うぬぬ。ここで正常な判断が狂ってしまった。結局、当初の予定を変更して128Mバイトのものを買ってきてしまったのだ。この判断は正しかったのだろうか。間違っているような気がする。リボ残高が差し引き2万円も増えてしまったのだ。辛抱の時間がまた長くなりそうだ。

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00.11.24 帰る家
 昨日のことである。わたしはミスドで日記を書いていた。わたしの横には一人のおじさんがいた。おじさんは寝ていた。基本的にファーストフードやファミリーレストランでは、寝てはいけないことになっている。始発電車を待つためにデニーズ等に入ることがあるが、そこで寝ると店員に起こされてしまう。必死の思いで起きていなければならないのだ。
 とは言うものの、わたしも寝不足が続くとついつい居眠りをしてしまうことがある。特に最近は、仕事中に睡魔が襲ってくることが少なくなり、20時前後に急に眠くなることが多いのだ。しかし、それも居眠りの範疇である。わたしの横のおじさんは、完全に熟睡しているのだ。時々いびきをかいている。椅子から転げ落ちそうになることもしばしばだ。
 彼はいったい何者なのだろうか。彼の目の前のテーブルには何も置かれていない。もしかすると、何も注文していないのではないだろうか。わたしが店に入った時には既にいたような気がする。もしかすると、もう既に片付けられてしまったのかもしれない。しかし、ミスドにおいてそれは無いだろう。彼はいったい何時からここにいるのだろうか。そもそも、彼はここで何をしているのだろうか。

 店員さんが声をかけた。何か注文をしてくださいという旨のことであった。声をかけられると、彼は一応目を覚ました。半分寝ぼけている様子で、受け答えをしていた。しかし、これは演技だと思われる。彼は、自分が何を言われたかを理解しているはずだ。店員さんがその場を立ち去ってから、彼はしばらく起きたり寝たりを繰り返していた。
 おそらく、とりあえず何か注文しようか、それとも外に出ようか、あるいはもう少し粘ってここに留まろうかと葛藤していたに違いない。しかし、できれば注文もしたくないし、外に出たくもない。そこで、「完全に目がさめたら注文しますよ」という意思を見せつつ、まだ完全に目がさめていないという感じを装っているようであった。結局しばらくするとまた寝始めた。おそらく強制的に退店を命ぜられるまで、現状維持で留まることにしたのだろう。

 彼はホームレスなのだろう。帰る家が無いのだ。外が寒いため暖を取りにミスドに入った。しかし、金をそれほど多く持っていないので、何も注文せずただ座っている。おそらく寒さをしのぐため、夜中は一晩中歩き回っているのだろう。それで寝不足になり、今寝ているものと思われる。
 彼の身なりは、金持ちには見えない。おじさんルックというところだろうか。しかし、決して汚いというわけでは無い。むしろ、服や靴などはわりと最近買ったものと思われるほどである。所謂、近寄りがたいホームレスではない。もし、彼がホームレスだとしたら、ごく最近ホームレスになったものと思われる。

 これくらいのホームレスが一番難しいのかもしれない。以前、テレビで見たことがある。ホームレスになった直後の人の話だ。昼間はデパートなどで暖を取ったり休憩をしたりして、夜中は一晩中歩き回る。完全にホームレスになるつもりはなく、職安に通って住み込みの仕事を探すという様子であった。おそらく、彼も同じような境遇だと思われる。
 仕事をするのに服装は重要だ。人は見かけで判断するものである。面接の時には、最低限の服装をしていなければならない。最後の金を使って、服を揃えたと思われる。帰り際、彼の持っていた袋がちらっと見えた。袋の中には真新しい放送がパックに入ったままのシャツが入っていた。やはり着の身着のまま生活している人だと思われる。わたしならば、テントとシュラフを持って出るところだろうけど、彼はそうしたものは持っていなかったようだ。

 ここで彼のことを卑下したくはない。わたしだって、いつあのような状況に陥るとも限らないのだ。ソフトウェア業界は、未だに成熟していない。基本的に若い人しか採用しないから、いくら技術を持っていても40代になると就職は難しいだろう。
 だからと言って、彼に何か施しをすることはないけどね。わたしだって、そんなに大金を持っているわけではない。まあ、店に迷惑をかけないように、閉店時間になったら退店してくれれば良いと思う。わたしは、閉店40分前に店を後にしたけど、その後彼はどうしたのだろうか。閉店になったら素直に退店したのだろうか。11月の夜は寒い。

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00.11.23 それでもタダにはならないようだ
 それは、もう世の中広告だらけである。ありとあらゆるところに広告が蔓延しているのだ。たとえば、このインターネットの世界でも、バナー広告を初めとした様々な広告が溢れ返っている。これらの広告により様々なコンテンツを無料で堪能することができるのだ。
 しかしながら、広告収入によって無料になる世界って不思議だと思うんだなあ。結局は、誰がお金を払っているということは理解できるし、回り回って消費者がお金を出しているという構造なのも承知だけどね。なんとなく釈然としない。
 というか、広告を打ち出の小槌のように考えているような人が多すぎるような気がするのだ。アメリカではドットコム企業がバシバシ倒産しているけど、だいたいが広告収入を当てにした事業計画で、それでいて思ったほど広告収入が得られなかったということだろう。なんだか甘い計画のような気がする。そもそもバナー広告って月に一回もクリックするだろうか? さらに、そのクリックした先でどれだけモノを買うだろうか? 広告効果がそもそも疑問なのである。

 昔からだけど、広告代理店は商魂逞しいというかなんというか、本当によく広告の素材を見つけてくると思うのだ。サッカーなどスポーツのユニフォーム、スキー選手のスキー板の裏、映画やドラマの中で使われる小道具……等々、広告代理店にかかっては、何だって広告の素材になり得るようだ。それらの広告によって、スポーツチームは運営費を捻出し、映画会社は制作費を捻出する。その分、客は安く楽しむことができるわけだ。
 インターネットも同様である。しかし、結局は、消費者がその広告を出した企業の商品を買うことでまかなわれているわけだからなあ。まあ、広告によって大量の顧客を獲得することで効率化され、コストも低下するのだろう。しかし、こうも広告だらけだと、無料で得をしたように感じても、広告代理店の中間マージンがかなり大きなものになっているような気がする。

 その広告代理店だけど、最近新たなスペースを見つけたようだ。というのも、駅の自動改札機である。10月くらいからJR横浜線の駅の自動改札機にペタペタと広告を貼り付けているんだなあ。最初は「J-PHONE」で、次は「つばさ証券」で、また最近「J-PHONE」に戻った。一台の自動改札機に対して数枚のステッカーがペタペタと貼られているのである。
 ここまでやられると、さすがにうるさい感じがしてしまう。ジオシティーズなんかのバナー広告を煙たがっている人も多いだろうが、そんなものではない。エロサイト並にうるさいという気がしてしまうのだ。

 しかし、これが好評なのだろうか、昨日から東急田園都市線の駅の自動改札にもステッカーが貼られるようになったのだ。こちらは「au」である。うーむ。これからは駅の自動改札機がメジャーな広告スペースになりそうだ。しかし、こうもあちこち広告だらけだと、広告媒体ひとつあたりの広告収入が下がってしまいそうな気がするんだけどなあ。結局増えるのは、広告代理店の中間マージンだけだと思う。

 よくよく考えると、電車には既に車内広告もあるし、駅の構内にはあちらこちらにポスターが貼られている。そのうえ新たに自動改札機かあ。広告だらけなのだ。でも、実際それでどれくらいの広告収入が得られるのだろうか。うーん。電車代がタダにならないところを見ると、たいしたことは無いんだろうなあ。インターネットのバナー広告よりは、効果があるように思うのだけど。

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00.11.21 究極XXX号
 最近ホンダの二足歩行ロボットASIMOが話題になっている。かと思えば、やはりソニーもSDR-3Xというのを出してきた。こちらはホンダのものより小型である。ホンダには負けていられないというところだろうか。なんでも24日から26日までパシフィコ横浜で開催されるROBODEX2000というイベントで、それらのロボットが見られるらしい。うーん。ちょっと見てみたい。でも、休日は出不精になって、結局行かないことになりそうだなあ。

 しかし、これって何がすごいのかわからないところがすごい。一応大変な技術だってことはわかるんだけどね。人間のように「バランスを取りながら」歩くのは、制御が非常に難しいことだということはわかる。
 でも、バランスが不完全でも歩行ロボットは作れるわけだし、そもそも人間の動作としてのロジックが必要だとも思わない。ロボットはロボットなりのロジックでバランスを取れば良いと思うのだ。それこそ、四足歩行でも車輪でもいいわけだし。

 って、実用性云々の話ではなく、やはり純粋に技術的なものを目的とした研究なのだろう。しかし、最終的な目標は何なのだろうか。とりあえず、エンターテインメントとしてのロボットというのが当面の目標らしいけど、それもどうかなあ。
 アイボはわかるけどね。部屋に置いていても良いだろう。基本的に放っておくのがペットというものだ。その場にいて、勝手に動きまわっているのを見て楽しむのだ。しかし、ASIMOは人間型だからなあ。人が部屋の中を勝手にうろつき回っていたら、鬱陶しいと思うのと一緒だ。
 アイボの場合は、どんなアクションをするかっていうところに興味を持って見ていられるし、それが可愛いと思えることもあるだろう。しかし、人間型のロボットがうろつき回っていても、人間として普通の動作だけではすぐに飽きてしまうと思うのだ。かといって、大道芸人のような動きをさせても、あざといと思う。

 究極はアトムやロボコンのようなロボットだろうか。本当の友達としてのロボットだ。でも、人間らしくなればなるほど意識してしまい、スイッチが切れなくなりそうだ。部屋にずっといられたら、一人になりたい時には邪魔になるだろう。たとえば、アトムが一緒の部屋にいたら着替えができるだろうか。サンタの衣装を着て、ひとりほくそ笑むことができるだろうか。
 利便性を考えると、SFのように給仕ロボットというのもありかもしれない。「メシ」、「フロ」、「ネル」だけで色々やってくれたり、さらに一歩進んで昼間外出している間に掃除をしてくれるというのもありかもしれない。でも、ASIMOのレベルから考えるとまだまだ先の話だなあ。歩行動作が人間に近づいただけだ。今のコンピュータと組み合わせても、人間の音声などに応じて、いくつかのアクションを起こすくらいが精一杯だろう。
 ASIMOの技術をベースにした近未来の技術を考えると、友達ではなく、恋人になるかもしれない。かなり目的が限定された恋人ロボットになるだろうか。さびしい時だけスイッチを入れる。絶対に拒まない。都合の良い恋人ロボット。恋人というよりは愛の奴隷。それが未来の南極……、あっ、いや、ケホン。

 生活に密着したものと言えばこんなものだろう。しかし、こういうものがあったら、やはり軍事目的に使おうと考えるやつがいるだろうなあ。もし技術が進んで200km/hで走れるロボットができたら、それらに兵器を積もうと考えるだろう。それらが何千体も作られたら、かなり脅威的である。危険を顧みず敵地に潜入するや否や、身体中からロケットやらミサイルやらバンバン飛ばすのだ。でも、よくよく考えたら、わざわざ二足歩行する必要が無いな。車輪で充分だ。
 そうすると、今の技術でも作れるんじゃないだろうか。まあ、自律型でなくとも、リモコンで操作するくらいのものならすぐにでも作れそうな気がする。それだけでも戦闘員の生命を脅かさずに済むし、乗員や操縦装置などの分も余計に兵器を載せることも可能だ。歩行せずに空を飛んでも良い。また生理的な限界で性能を抑える必要が無くなるし、デザインの自由度も高くなる。こういうのって国際条約で禁止されているのだろうか。

 まあ、軍事利用はともかく、原子力発電所の内部、海底、地底、月、火星……といった人間が活動するのが困難な場所で作業させるというのもありかもしれない。それにしても、二足歩行は必要無い気がするけどね。でも、もしそういうロボットができたら、将来的には南極の調査もロボットを送り込むようになるかもしれない。その時は、南極何号になるのだろうか。

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00.11.20 ついに百円新聞
 そういうわけで、今日の帰りは、CD-RWドライブを接続するためにタコ足を買ってこようと思ったのだ。もちろんタコ足といっても吸盤がついているアレのことではない。そんなものを買ってどうするのだ。食べるくらいしか使い道が無いではないか。昨日の日記には、コンセントが足りないという話を書いた。それを考えると自明である。タコ足とは電源タップのことだ。
 などと書くと、最初から電源タップと書けとか、電源タップにも吸盤で壁に取り付けられるものがあるかもしれないとか言ってくる人がいるかもしれない。しかし、わたしに言わせると、そういうのは「タコ足」ではなくて「あげ足」というのだ。

 そのタコ足を買おうと思って、今日は100円ショップに寄ってきたのである。100円で売っても利益が出るものなら、鉛筆からミサイルまで何でも売っているという100円ショップである。おそらく電源タップも売っているに違いない。売り場を一回りしてみることにした。
 パーティーグッズコーナーでは、サンタの衣装が売っていた。なるほど。サンタの衣装も100円で売っているのか。さすがは100円ショップである。ただし、スボンと上着は別々に購入しないとならないけどね。さすがに上下お揃いで100円を切ることはできないのだろう。これがコストの限界ということか。あと、つけ髭と帽子も別々なので、完全なサンタになるのは、締めて400円というところだ。それでも安いよなあ。

 なんだか欲しくなってしまったのだ。そう、わたしは前から一度サンタの衣装を着てみいと思っていたのである。一生に一度くらいはサンタの衣装を着ておかないと、人生損した気がしそうだ。全部揃えてもたかだか400円だし、ここは思い切って買ってしまおうかな……と、一瞬思ったけどやめた。
 よくよく考えてみたら、サンタの衣装など着る機会が無いではないか。他の変装セットならば、宴会の時に着てウケを取ることもできるが、サンタの衣装はクリスマスの時にしか着られないのである。クリスマスに宴会を行うということは、そうそう無いと思われる。
 だからといって、部屋で一人でサンタの衣装を着ていても空しいだけである。誰も見てくれないのだ。ストリップだって、誰かに見られるからこそ服を脱ぐのだ。誰も一人で部屋にいる時に服を脱がないのと同じ理屈である。それとも何か。誰もいないところで服を脱ぐ人がいるというのだろうか?
 まあ、これで相手がいれば、サンタプレイなんてやって愉しむところだろうけどね。もっとも、どういうプレイなのかは知らないけど。「恋人はサンタクロース」なんていう歌もあることだし、昨今の若者はクリスマスの晩にサンタプレイを愉しんでいるのだろうなあ。嗚呼一度やってみたいものである。

 それはともかく、結局タコ足については希望のものが無かった。そそくさと会計を済ませて帰ろうとした時のことである。下を向いたら、あるものがふと目に入ったのだ。それは何かというと新聞である。ダンボール箱に新聞の塊が立てかけてあったのだ。まさか100円ショップに新聞が売っているとは思わなかった。そもそも新聞って価格が決まっていて、100円ショップで売るには無理があると思っていたのだが。
 新聞には「中國新聞」と書かれていた。なるほど。中国の新聞ならば、価格は自由に設定できるかもしれない。しかし、たしかに100円ショップには中国製品が多いとは言え、新聞まで中国とはなあ。中国の新聞を読んでどうするのだろうか。って、よくよく見ると日本語で書かれていた。いやはや、広島の新聞であったか。

 それにしても、何故広島の新聞を売っているのだろうか。しかも、なんだか色々な日付けのものがあるではないか。バックナンバーまで取り揃えるというのだろうか。この辺には広島大好きっ子が大勢いて、かなりの需要があるのかなあ。と考えていたところで、ふと閃いた。これって、もしかして商品包装用の古新聞なのではなかろうか?
 いやはや、とんだ勘違いをしていたようだ。実は「これは面白いものを見つけた」とばかりに慌ててレジに持って行くところだったのだ。レジのお姉さんに100円を払おうと財布を取り出したところで、気がついたけどね。もし、実際にこんなことをしたら、レジのお姉さんにおもいっきり笑われていただろうなあ。恥をかかずに済んでよかった。

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00.11.19 寒さこらえて読んでます
 こんな話がある。東京電力に勤めるA男さんと東京ガスに勤めているB子さんが結婚することになった。そして、結婚式でのスピーチの時のことである。初めはA男さんの先輩からであった。

「……そして、A男くんは電気の専門家であることから、きっと明るい家庭を築いていけると思います」

 A男くんの先輩にとっては、いつものスピーチなのかもしれない。普通ならば特に問題無いスピーチだと思われる。結婚式のスピーチならば、ギャグのレベルもこれくらいで丁度良い。しかし、問題はB子さんの勤め先が東京ガスであったことだ。当然、B子さんの上司や同僚もスピーチをするのであった。

「……そして、B子くんはガスの専門家であることから、きっと暖かい家庭を築いていけるでしょう」

 と、やり返したのだ。いや、これだけならば問題は無い。やり返したとまでは言えないだろう。明るくて暖かい家庭なら尚良いではないか。ところがその後のスピーチが問題であった。対抗意識が強いA男くんの上司である。

「……そして、A男くんは電気の専門家であることから、明るいだけじゃなく、暖かい家庭も築くことができるでしょう」

 たしかに電気を使った暖房器具もある。しかし、それは言ってはならないことであった。その後でB子の上司もさらにやり返したのだ。

「そもそも昔はガス灯が主流だったくらいであることから、B子くんならば明るくて暖かい家庭を築くことができるでしょう。旦那さんは冷やすこともあるかもしれませんが……」

 これにはさすがに会場がざわめいた。特に最後の一言は暴言である。その後のスピーチはめちゃくちゃとなった。「新婦を怒らせると爆発するようなことも……」、「新郎がしびれを切らして……」等々。頼んでもいないのに喋りだす人までいる始末だ。そして、最後に出てきたのが、新郎新婦の共通の友人であるC子さんであった。C子さんは市役所水道局勤めであった。

「もし、ケンカするようなことがわたしに相談してね。くだらない諍いは、さらりと水に流して仲直りしましょう」

 さて、ところでわたしはどちらかというと電気派である。電気大好き少年なのだ。いや、正確に言うと、電気製品大好き少年のような心をもった大人かもしれない。まあ、細かいことはどうでも良いではないか。ともかく、暖房装置もガスストーブではなく、電気ストーブなのである。もっともマイルームにはガスの配管がきていないので、ガスストーブにはできないのであるが。しかし、それだけで電気大好きと主張するわけではない。

 このところ、めっきり寒くなった。夜中はさすがにストーブを使おうと思っている。しかし、思っているだけでなかなかストーブのスイッチを入れなかったのだ。問題が発生していたのである。何が問題かというと配線なのだ。マイルームはタコ足配線がひどくて、消費電力が一際大きい電気ストーブを使うことがままならないのである。
 この間、6個口のOAタップにひとつだけ空きがあったので、そこに電気ストーブを接続して使おうとしたのだ。しかし、ものの数秒でOAタップのブレーカーが作動して切れてしまったのである。出力を一番弱い450Wにしていたのにも関わらずである。1500Wまで許容するOAタップなのだが、電気ストーブを使うまでの容量は無いようだ。本来電気ストーブは、直接壁のコンセントに接続するのが良いのだが、さりとてタコ足を使わないと最早コンセントの空きが無いのである。

 テレビ、ビデオ×3、プレステ、電話、オーディオ、ノートPC×2、外部バッテリ充電器、デジカメの充電器、シュレッダ、冷蔵庫、パソコン本体、ディスプレイ、プリンタ、スキャナ、HUB、携帯電話の充電器、クーラー。マイルームにある電気製品を調べてみたらこれだけあった。よくもまあ、ひとつの部屋にこれだけの電気製品があるものだと、我ながら感心してしまう。電気大好き少年のような心を持った大人の所以である。
 それに対して、コンセントは2個口のものが2つとエアコン用のものが1つの計5つしかないのだ。他にもスーファミ、ノートPC×2、外付けMO、外付けCD-ROM、外付けHD、CDウォークマン、カセットテープのウォークマン、ギターアンプがあるのだが、わざわざ外しているくらいなのだ。部屋のスペースさえあれば、FM-TOWNSやFM-7なども引っ張り出して並べてみたいくらいなのだ。タコ足のタコ足は必至である。

 寒くなってきたからなあ。さすがにストーブを使わないわけにはいかないだろう。いくらなんでも、そろそろ限界だ。寒さにふるえながら皆さんの日記を読むのもつらい。そんなわけで、今日は色々と配線を考えてみることにしたのだ。まあ、なんとか使えるようにはしたけどね。うん。これで安心だ。
 と、安心したのも束の間、またぞろノート用のCD-RWドライブを買ってきてしまったのだ。さて、これを接続できる余裕はあるのだろうか。コンセントの空きが無いというのに。でも、欲しいと思ったら買わずにいられないのが、わたしなのである。

 ところで、先ほどの話だが、この話にはオチがある。C子さんのスピーチが終わった後、「バカヤロー、それを言うなら夫婦水入らずだっ!」と、双方の陣営から罵声が飛んだのであった。公務員はスケープゴートにされやすい、あるいは和平提案は難しいという話である。

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00.11.16 とんかつレモン
 飯酸!

 昼休みに弁当を食べながら、そんなことを思ったのだ。なぜならば、読んで字のごとく、ご飯が酸っぱかったのである。メシスッパ。うん。これからは飯酸と書いて「メシスッパ」と呼ぶことにしよう。新しい熟語として提案する。皆さんも単語登録しておくと良いかもしれない。ただし、わたしは二度と使わないと思うが。

 今日の弁当はとんかつ弁当であった。と書くと、なんとなく贅沢なような気がするけど、実はあまり良いものとも思えないんだなあ。とんかつを弁当に入れても、食べられないほど不味いとは思わないけど、さほど美味いものとも思えないのである。冷えたとんかつは、冷えたピザ以上にイマイチだと思う。
 やはり、とんかつはアツアツでジューシーな方が美味いと思うのだ。とんかつ屋で食べるロースかつ定食は、美味いものだと思う。冷めるとどうしても脂が固まってくどさを感じるし、肉も硬い。噛むと肉汁が広がるということもないのだ。

 もっとも、これは弁当の宿命なのだろう。ステーキ弁当にしても、牛カルビ弁当にしても、から揚げ弁当にしても、ハンバーグ弁当にしても、よく考えたらジューシーで柔らかい肉は期待できなかった。肉だけじゃない。鮭弁などの魚系の弁当でも同じことである。唯一、ホカ弁のように出来たての場合に限って、ジューシーなものが味わえるのだ。
 しかし、それでもコンビニに行くと、とんかつ弁当などを買ってしまうんだなあ。もちろんどんな弁当でも肉系のおかずは入っている。でも、何故か肉が多いものを好んで買ってしまうのだ。肉がメインで無ければ買う気がしないのだ。やはり、食事には肉が欠かせないと思ってしまうからだろうか。

 今日は、そんなとんかつ弁当を食べていたのだが、どうしてかご飯がほのかに酸っぱいのである。だからといって腐っている感じはしない。そういう酸っぱさではないのだ。さすがにストーブが必要なくらいの季節である。そう簡単に腐ることはないだろう。いぶかしがりながらもご飯を食べていた。
 そして、とんかつも残り一切れのところまで食べた時のことである。均等におかずを減らすべくサラダの方を食べ進んだところで、ついに発見したのだ。何を発見したのかというとレモンである。レモンの輪切りがサラダの下に隠されていたのである。ご飯が酸っぱい理由がわかった。弁当箱の底面からレモンの味がご飯に移ったのだろう。なるほど、たしかにレモンの酸味である。

 ちなみにマイ母はレモンが大好きである。いや、正確に言うと嫌いである。マイ母は、ほとんどレモンを食べない。もう少し正確に言うと、わたしにレモンを食べさせるのが好きなのだ。レモンを食べさせようと執念を燃やしているみたいだ。わたしの弁当の中にはレモンが入っている日が多い。また、晩御飯のサラダや和え物等にも、レモンを添えることが非常に多いのだ。

 そして、わたしはレモンがあまり好きではない。嫌いではないが、積極的に食べたいとは思わない。なぜならば、高いからである。酸味が強すぎるために、実をガシガシ食べるというよりは、果汁を絞って使うことの方が多いのがレモンである。果汁しか使わないというのに、あの値段は高すぎると思うのだ。
 タン塩やトリカラなどを食べる時、調味料代わりに使うのは賛成だ。無いと物足りないと思う。しかし、実を食べたいと思わない。そりゃ我慢すれば食べられるけど、ビタミンCなどの成分がそれほど多いわけでもないのに、我慢して食べるほどのものではないと思う。唐辛子やわさびをそのまま食べたりはしないのと、同じ感覚である。もっともマネージャーがレモンの砂糖漬けを作って持ってきたら、喜んで食べるけどね。って、何のマネージャーかは知らないが。

 まあ、マイ母の考えはわかる。マイ母は、弁当に梅干しを入れる率が非常に高い。以前はらっきょうを入れる率が高かった。晩飯でも、豆腐にオクラをのせてみたり、もずくをのせてみたりすることが非常に多い。別に普通の冷や奴で良いのに、わざわざそういうヌルヌル系を入れるのだ。ワンパターン化している。
 おそらく、みのもんたあたりが適当なことを吹き込んでいるのだろう。困ったもんだなあ。絶対的に身体に良いという食べ物は無いのだ。色々なものをバランス良く食べることが一番の健康法なのである。毎日同じものを食べていては、却って身体に悪いのだ。

 それはさておき、このレモンである。いったいどうすれば良いのだろうか。さすがに、実を食べたいとは思わない。そもそも何故レモンが入っているのだろうか。たぶん、とんかつ用なのだろう。とんかつにレモンは有りだと思う。このレモンをしぼってかけろということか。
 だったら、サラダの下ではなく、ちゃんと上に方にのせてくれよお。あと一切れしかとんかつが残っていないではないか。もうちょっと言うと、輪切りはやめてくれ。絞ろうとすると、手が汚れるのだ。手を洗うのが面倒ではないか。マウスを触っている手なのだ。そもそも、サラダの下に入れるのはやめてくれ。マヨネーズまみれでどうしたって手で触れないのだ。いったいどうすれば良いと言うのだ? そしてわたしは、結局見なかったことにした。

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00.11.15 ドキドキしたい
「もしもし……」
「何でしょう?」
「喋るんです」
「はい?」
「夜中になると家のパソコンが喋り出すのです」

 最近では喋るパソコンは珍しくない。わたしが初めて買ったパソコン(と言えるのだろうか)は、FM-7である。1982、1983年頃の話であった。その頃、NECから発売されたPC-6001は、喋るパソコンなどと言われていた。いや違ったかな。とにかく、あの辺の機種ではあった。まあ、FM-7なんかも無理矢理喋るパソコンにするというプログラムがあったけど、本当に無理矢理であった。
 わたしが2台目に買ったパソコンがFM-TOWNSである。1989年の話だ。これはPCM音源搭載で、紛れも無く喋るパソコンであった。本体添付のCD-ROMに収録されていた「女A」と「女B」には感動したものである。あれは何度聞いたことだろうか。それだけで嬉しい時代だったのだ。その後、しばらくして「マルチメディア」とかいう単語が流行り、パソコンは喋るものが普通になった。

「しかし、最近のパソコンは、概ね喋るものですが」
「ええ、それは存じております」
「ええと、では、それで何が困るのでしょうか?」
「ただ、夜中になると何もしていないのに喋り出すのです」

 わたしが今使っているこのバイオノートも、もちろん喋るパソコンだ。当たり前のようにそういう機能が付いている。そうで無ければ売れないだろう。だから、それは全然構わない。ただ喋る状況がちょっとどうかなあと思うのだ。

 特定のイベントに対してサウンドを割り付けている人は多いだろう。そのサウンドを音声に変更している人もいるかもしれない。わたしの場合は、基本的にデフォルトのままにしている。なんていうか、わたしは、そういうところに凝っても、すぐに飽きてしまうのだ。飽きるたびに設定しなおすのが面倒なのである。
 このバイオノートでは、Windowsでの一般的な設定の他に、バッテリが少なくなった時とバッテリの充電が完了した時、音声が鳴るように設定がされている。これは、出荷時デフォルトの設定である。その辺がどうかと思うところなんだなあ。これらの音声が鳴ると、わたしは大変びっくりしてしまうのだ。心臓がドキドキしてしまうのだ。

 わたしは、外でパソコンを使うことが多い。当然バッテリを消費する。家に帰ってからパソコンを使う時は、当然充電しながらになる。使用中にバッテリ充電完了の音声が鳴ることが多いのだ。おそらく美人と思われる女性の声で「バッテリの充電が完了しました」と喋り出すのである。
 その日の使用状況によって異なるけど、充電が完了するのは夜中の2時なんてことがある。夜中の2時ともなると、周りは大変静かだ。シーンと静まり返った中、予期せぬタイミングで突然女性の声が聞こえてくるから怖いのだ。そこにきて突然女性に話しかけられるのだ。何かを操作したタイミングで音声が鳴るならば、心の準備ができているから構わない。しかし、バッテリの充電などいつ完了するかわからないではないか。
 なんだかわからないが、いないはずの女性の声がすると、「ええと、わたし女性に恨まれるようなことをしたっけ? わーっ、ごめんよお。もうしないよお。だから許してえ」と思ってしまうのだ。

「なるほど、では「電源オプション」のプロパティで……」
「ええ、それはわかっているんです」
「設定を変えれば、突然音が出るようなことがありませんよ」
「だから、その設定を変えるのが……」

 音が出ないとバッテリの充電が完了したことがわからないからなあ。鳴らなくすると、利便性が失われてしまうような気がしてならないのだ。もっともバッテリなんて、朝になれば充電完了しているのだから、常にリアルタイムで確認する必要は無いんだけどね。
 実は、たまにはドキッとさせられるのも良いような気がしてきているのだ。ドキドキするのって、なんだかとっても素敵なことではないかと思うのだ。たぶんこれが青春なのだ。

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00.11.14 音楽を聴いている人に
 ずんっ、ぼむっ、ずんっ、ぼむっ。たまにそういった自動車が走っていることがある。いや、別に爆発しながら走っているということではない。カーオーディオの音だ。大音量でカーオーディオを鳴らしているのだ。
 うーむ。車外に漏れる程の大音量でカーオーディオを聞くというのは、わたしにはちょっと間抜けに思うのだが、しかもそれが歌謡曲だとどうかと思うのだが、まあ他人の趣味をとやかく言うのは止そう。いや、交通安全という観点で考えるとまずいか。外部の音がまったく聞こえないと、危険を回避しにくくなる。

 ずんっ、ぼむっ、ずんっ、ぼむっ、というのは、基本的に自動車の車体のせいだろう。車内の静粛性はセールスポイントのひとつでもあり、自動車メーカーはそのような車を作ろうとする。基本的に車内の騒音は、ロードノイズや風切り音など周波数が高い音が多い。自動車の車体は、そのような周波数が高い音をよりカットするようになっており、そのため周波数が低い音が車外にもれやすくなっている。車外の人間にはバスドラムやベースの音ばかりが、ずんっ、ぼむっと聞こえてくるように思われる。

 その反対がヘッドフォンである。ヘッドフォンは、どうやら高い周波数の音の方が漏れやすいようだ。そのため所謂しゃかしゃか音が発生するんだなあ。しゃかしゃか。今朝、エレベータが来るのを待っていた時のことである。しゃかしゃか音が聞こえてきたのだ。まあ、しゃかしゃか音くらいなら別にうるさいとは思わない。だから、どうでもいい。でも、やりたくなってしまうんだなあ。

 テレビのクイズ番組で、たまに解答者がヘッドフォンを装着させられることがある。解答者が答えを知ることなく、視聴者や会場の客だけに答えがわかるようにするためだ。
 子供の頃、初めてその光景を見た時には、あの手のヘッドフォンを装着するだけで周囲の音が聞こえなくなるのだと思い込んでいたのだ。でも、いかに性能の良い耳栓を使っても、骨伝導である程度の音は聞こえるからね。実際は、周囲の音が聞こえなくなるくらい大音量の音を鳴らしているのだろう。

 しかし、あれがどれくらいの音量なのか気になるところである。周囲の音が聞こえないほどの大音量にしては、皆涼しそうな顔をしているのだ。わたしの場合、あまりの大音量だと耳を塞ぎたくなってしまうのだが、そうでも無さそうだ。あの辺の人達は、大音量に平気な人が多いのだろうか。
 クイズの解答者の中には、たまにヘッドフォンを装着しながらも喋ったりする人がいるくらいで、実は何も音が鳴っていないのではないかと疑いたくなることもある。まあ、確信できる程の根拠は無いんだけどね。でも、もし何も音が鳴っていないなら、すごい八百長ができるだろうなあ。アイドルとかはらたいらに花を持たせることができる。
 そもそも、あれって何の音が鳴っているんだろうか。落語や英会話のテープだったらおかしいけど、まあたぶん音楽だろう。でも、どんな音楽なのだろうなあ。音を遮断する目的なら、ロック、しかもへヴィ・メタル系のものがそれっぽいけど、そうとも限らないだろう。いずれにしても音楽を聴いているのに誰もノっている風でないのは、どうしたものかなあ。わたしだったら、思わず踊ってしまいそうだ。

 それはともかく、ヘッド・フォンからのしゃかしゃか音が聞こえると、そういうことを想像してしまうのだ。そこで、やりたくなってしまうのである。本当に聞こえないものなのだろうか、実験したくなるのだ。たとえば、「バカ」と言ってみるとか。もちろん、正面を向いて言うとわかってしまうから、背後から話かけるのである。実際にはやらないというか、できないけどね。
 でも、「バカ」はまずいとしても、公衆道徳を説いてみるというのはありかもしれない。あるいは、大音量でヘッドフォンを使用することで難聴になる恐れがあることを指摘するというのもありかもしれない。まあ、どっちにしても聞こえないから意味が無いんだけどね。しゃかに説法というやつだ。

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 ところで、別の話題。わたしはたまにYahoo!のサッカー掲示板を覗いている。日本代表のカテゴリーの中には、韓国代表がどうしたこうしたというところがあるのだけど、このところ案の定サッカーの話から外れて民族問題に変わってきた。困っちゃうなあ。サッカーの話を読みたいのだが。
 で、その中の発言にこんなサイトのリンクをはってきたものがあった。なんていうか、今日はその関連のサイトを見入ってしまったのだ。思わず、今日のおまけにこの辺についてコメントを書こうと思ってしまった。結局やめたけどね。どう書いても、どちらかの立場の人につっこまれそうだからなあ。相手をするのが面倒そうだ。でも面白かった。

00.11.13 似てないよね
 小泉今日子と泉鏡花がよく似ているというのは、あまりにも有名な話である。ましてやもう故人であることを示すために故・泉鏡花などとしてしまうと、最早どちらがどちらなのかわからなくなってしまうくらいだ。瓜二つといっても過言ではないだろう。ええと、ところで、かつてのCMの女王と言えば、どっちだったっけ?
 そう。小泉今日子である。小泉今日子は、本当に様々なCMに出演していたなあ。中でも印象深いのは、わたしの場合、スーパーマイルドシャンプーと午後の紅茶である。でも、最近の午後の紅茶のCMは、オードリー・ヘップバーンになってしまったからなあ。あのCMはインパクトが強いので、今後段々と小泉今日子の印象が薄れてしまうかもしれない。

 ところで、オードリー・ヘップバーン偏のCMだけど、最近ちょっと見すぎているせいかイヤミに感じるようになってきたのだ。うん。たしかに最初は、あの表情が非常に可愛いと思った。でも、何度も何度も見ているうちに段々とイヤミに感じるようになってしまったのだ。と書くと、オードリー・ヘップバーンの熱烈なファンの人に怒られそうな気がするけどね。
 人を相手するのに斜めから見るのは失礼なことだろう。ずっとそのままの姿勢で、身体の向きを変えようとしない。これでは誠意が伝わらないだろう。人の相手をする時は、ちゃんと正面を向きなさい。美月ちゃん

 まあ、椿家の娘の話はともかくとして、小泉今日子である。このところのわたしは、小泉今日子が出演しているCMが気になって仕方無いのだ。というか、出演しているとは言いがたいのだが、それはサッポロ一番CMのことだ。
 なにしろ、初めは小泉今日子が出演しているなんて気がつかなかったくらいだ。アニメだからなあ。本人の実写が出てくるのは、ほんの一瞬である。CMなどそんな画面に注視して見ているわけではないので、実写映像を見逃していた。あのアニメのキャラクタが小泉今日子だということがわからなかったのである。わかったのは、しばらくしてからだ。

 何故にアニメなのだ? ポケモンやドラえもんのキャラクター商品というなら話はわかる。しかし、タレントである本人が実写で出演可能なのだ。アニメよりも本人の実写映像の方がずっと良いだろう。逆にアニメでやりたいならば、タレントをモデルにせずオリジナルのものを使った方が良いだろう。意図が全然わからない。もしかしたらあれは、小泉今日子グッズのキャラクターか何かなのだろうか?
 それにしても、あのキャラクターは似ていないと思うのだ。まあ、本人に似せようと写実的にしても意味が無いけどね。でも、あまり可愛いとも思わない。そもそも小泉今日子は、あんな変な色の髪じゃないだろう。色だけじゃなくて、頭の形そのものが変だ。

 そもそも何故に「キョウコさん」と呼ぶのだろうか。ここが違和感を感じる最大の原因である。やはり、小泉今日子の愛称は「きょんきょん」だろう。文字で表記をするならば「KYON2」だ。「キョウコさん」では、別の誰かを想像してしまう。それで最初、小泉今日子のことだと思わなかったんだなあ。

 しかも、弟なのか何なのかわからないが、「ナルト」という少年が何の説明も無く出てくるのだ。こちらは実在の人物ではないだろう。どういう設定がされているのかわからない。「ナルト」というのは、ラーメンのCMということでのネーミングだと思われるが、あんまりなネーミングではないだろうか?
 もしかしたら、サザエさん一家のように、他にも「メンマ」とか「チャーシュウ」とか「ネギ」とか「かんすい」とかいう名前のキャラクターもいるのかもしれない。
 でも、そうだとしたら、一人だけ「キョウコ」なのはおかしいではないか。サザエさん一家もあんまりなネーミングではあるが、波平以下、全員の名前が統一されているので特に差別されている気がしない。しかし、このCMのように一人だけまともな「キョウコ」ではずるい気がするのだ。それとも世の中には、ラーメンの具に「キョウコ」を入れる地方があるというのだろうか? でも、それってどういう具なのだろうか?

 しかも、今はキャペーンで「キョウコさんパジャマ」が当たるというのだ。「きょんきょんパジャマ」、あるいは「コイズミトランク」のように「コイズミパジャマ」なら違和感が無いところだが、「キョウコさんパジャマ」だからなあ。「キョウコさんパジャマ」って、まさか小泉今日子使用済みパジャマというわけではないだろう。あのアニメキャラが印刷されていても、あまり欲しいと思わないけどなあ。サンヨー食品株式会社の考えることはよくわからないのだ。
 今のCMはそのキャンペーン用のものなのだが、なんと小泉今日子のパンチラが拝むことができるのだ。お宝映像なのだ。視聴者サービス精神が旺盛なナルトくんによって、着替えシーンを暴露されてしまうのだ。しかし、パンチラシーンを客寄せに使われてしまうだなんて、小泉今日子も堕ちたものだ。かつては考えられなかったことである。といってもアニメ部分なんだけどね。しかも、あまり似ていない。あっ、そうか。この理由でアニメにしたのか。もしかして。本物使ってパンチラシーンはまずいからなあ。

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00.11.12 目には目を
 そして歯には歯をである。ようするに、眼鏡を口にはめたり、入れ歯を目にはめたりするのは間違いであるということだ。ん? 間違っているか?

 さて、以前、一週間シャンプーを買い忘れ続けたという話を書いた。わたしは忘れんぼさんなのである。この忘れんぼさんは、歯磨き粉(粉じゃないけどね)にも適用される。実は、歯磨き粉が切れてから一週間も買いに行くのを忘れ続けていたのである。ちなみに、この間にも歯磨きはしていたので誤解されないように。だから、キスしても平気だからね。ね?
 この一週間、わたし用の歯磨き粉ではなく、デンターTというのを使っていた。しかし、わたしはヘビースモーカーである。デンターTレベルでは心許ない。そんなわけで、ザクトライオンをいうのを普段使用している。どんなに強力なヤニもゴシゴシ磨けば綺麗に落ちるのだから、ヘビースモーカーにはありがたい代物だ。名前からして、なんとも頼もしいではないか。ザクとライオンである。シャア専用ではないので、通常の3倍とは言わないけどね。

 そもそもマイ母が悪いのだ。わたしが使っていたザクトライオンを捨ててしまったのである。残り少なくなっていたのは確かだが、まだまだ残っていたのである。わたしは貧乏性なので、どうしても最後まで使い切らないと気が済まない。実際、わたしの握力をもってすれば、まだ数回分は捻り出せたはずである。
 いや、それどころか、歯磨き粉は捻り出せなくなってからが勝負なのだ。捻り出せなくなっても、鋏でラミネートチューブを切り開けば、1、2回分は使えるのである。嗚呼、なんて勿体無いのだ。というわけで、未練が残り、なかなか頭の中の「歯磨き粉を買わなきゃ」フラグがセットされなかったのである。これが買い忘れていた原因だ。

 まあ、歯磨き粉ならば、買い忘れてもそれほど困ったことにはならないだろう。マイ母が使っているデンターTを使えば当座はしのげる。買い忘れると問題になるのは、コンタクトレンズの薬品である。
 わたしはコンタクトレンズを愛用している。愛用しているというよりは、溺愛していると言っても過言ではないだろう。それこそ目の中に入れても痛くないほどだ。だから、コンタクトレンズの薬品だけは切らせたことないのである。

 そもそも、歯と目のどちらが大切かと言われれば、ほとんどの人は目と答えるだろう。考えてみてほしい。歯が2本無くなっても大事には至らないが、目が2つ無くなったら大変なことになってしまうのだ。もし、歯が2本無かったとしても君の素敵な笑顔を見ることができるが、目が2つ無くなったらそれも叶わなくなってしまうのだ。わたしにとって、それは大変つらいことである。
 などと歯が浮くようなセリフを言ってしまったが、目が浮くほどのセリフではないのでまだ平気だ。世間では「8020運動」なんてものが提唱されている。80歳で20本の歯を残そうだとか、20歳で80本の歯を残そうとかいう運動である。でも、わたしに言わせれば、80歳で20個の目を残す方が大事だと思うね。もっともわたしの場合、この歳にして既に2つしか残っていないのだけど。

 それはともかく、この間からコンタクトレンズの薬品をずっと買おうと思っていたのだ。忘れていたわけではない。敢えて買わなかったのだ。なぜならば、手持ちの金が少なかったからである。歯磨き粉は買えても、コンタクトレンズの薬品を買うのは危険だ。まあ、まだ大丈夫だろう。とギリギリまで我慢していたのである。そして、本日ようやっと買ってきた。でも、危なかったなあ。あと数日分しか残っていなかったのだ。

 わたしは、2週間使い捨てタイプのコンタクトレンズを使用している。このタイプのものは、煮沸は不可だけど、洗浄はしないとならない。必然的に一本で洗浄と消毒をするタイプの薬品を使うことになる。商品名で言うと、オプティフリーとかコンセプトとかいうものがそれに当たる。このタイプの薬品は比較的最近出てきたもので、ついこの間までシェア争いが激しかったようだ。キャンペーン用の2本パックでお得な商品が陳列棚に所狭しと並んでいたのだ。
 しかし、最近ではシェア争いも落ち着いてきたせいか、お得なパックをあまり見かけなくなってしまったんだなあ。今日買ってきたのは、ボシュロムのレニューなんだけど、どうやらこれが最後のお得パックのようである。もう売らないのかなあ。次からは買うのが慎重になってしまいそうだ。ギリギリまで買うのを粘って、つい切らしてしまったらどうしよう。ポリデントでは代用できないし。

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00.11.10 あらくれ小学生
 今朝電車から降りる時、「晩だな」と思ったのだ。と書くと「朝っぱらから変なことを思うなよ」と言われてしまいそうである。それどころか「朝っぱらから晩のこと思っていたら、鬼が笑うわよ」というわけのわからない理由で叱られるかもしれない。いやはや、これは書き方が悪かった。正確には「バンダナ?」と思ったのである。

 ここのところ、駅で小学生の大群に出遭うことが多い。おそらく遠足の類いだろう。今は丁度そういう季節なのだ。今朝も電車を降りようとしたところ、ホームに大量の小学生が集まっていたのである。そこで「バンダナ?」と思ったのである。

 いや、これでもわからないか。もうちょっと丁寧に書くと、そのホームにいた小学生全員がバンダナをしていたのである。しかも、全員同じバンダナだったのである。と、ここまで書けば、いくら勘の鈍い人でも、わたしが「バンダナ?」と思った理由がわかっただろう。

 ふーむ。全員同じバンダナをしているということは、学校の指定なのだろうなあ。普通小学生といえば紅白の体育帽をかぶるケースが多いけど、この学校ではバンダナで揃えることにしているようだ。これって最近の傾向なのだろうか。もっともこの間は、体育帽をかぶった小学生の集団を見かけたから、体育帽も廃れたというわけではなさそうである。

 バンダナはなかなか良いアイディアだと思うなあ。この小学生達のバンダナは、青地にゴニョゴニョとした模様が入ったものだが、それなりにオシャレであった。少なくとも体育帽よりはオシャレだと思う。児童の反応も良いのではないだろうか。
 また、コスト的に安く上がるので親達も楽だろう。って、値段は知らないけどね。普通にバンダナを買えばそれなりの値段だろうけど、大量生産で一括購入ならば、複雑な縫製を必要とする体育帽よりも安く上がる可能性が高いと思う。
 それに生徒を見分けやすいのも良いことだ。紅白の帽子では、同じような帽子を被った別の小学校の集団とかち合う可能性があるだろう。オリジナルのバンダナであれば、迷子になっても探しやすい。周辺の人に聞き込みをした場合、信頼性の高い情報を得ることができるからだ。
 それから、紅白の体育帽ではウルトラマンになるくらいしか使い道が無いが、バンダナであれば基本的にハンカチと一緒なので、色々応用が利きそうである。手を拭いたりものを包んだりするだけでなく、マジックで鳩を出してみたり、ブラジャーの形に折って女装ごっこをしたり、使い方はアイディア次第である。情操教育にもなるだろう。

 アイディア次第といえば、着用方法も色々考えられる。どうやらこの小学校では着用方法に指定が無いらしく、デビュー当時のマッチのような小学生と海賊風に被った小学生の2種類がいた。中でも主流は海賊風であった。電車の扉が開くと、そこは小学生である。我先にと飛び込もうと構えるので、本当に船を襲う海賊のようであった。ちびっこ海賊団である。なんとなく可愛い。思わず「海賊が来たぞ。このお宝を守るのだ」と、のってしまいそうになった。
 って、よく考えたら電車を襲う海賊って変だな。海賊はやはり船だろう。電車に乗っていたらおかしい。子供ならともかく、これから会社に向かう海賊が、満員電車の中でビジネスバッグを抱えてスポーツ新聞を読んでいる姿を想像したら、おかしくてたまらなくなってしまった。これが本当の通勤海賊である。

 って、あまり面白くないか? わたしは面白いと思うけどなあ。

 ところで、子供の海賊というと、なんだか昔流行ったアニメを思い出してしまった。ビッケとかいうのが主人公のアニメである。つらい世の中をとんちで乗り切ってやろうという心意気の風変わりなバイキングの物語である。あっ、もしかしてこの小学生達は、遠足、つまりハイキングとバイキングをかけていたのではないだろうか。そうか。やるな。小学生。

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00.11.09 『秋の夜長』について
 ええと、本来ならば発表と同時にあとがきをここに載せるつもりだったったのだけど、書いている時間が無かったのである。雑文祭も、もうすっかり祭りの後(そのままだな)といった感じになっている。とりあえず本文の方を先に発表しておきたかったのだ。登録100本目を狙うというのもありだと思ったけど、それもいつになるかわからないからなあ。とっとと発表することにしたのだ。ちなみに、わたしは97番目であった。

 今回のネタを考え始めたのは、雑文祭発表開始から2日経ってのことである。暇さえあればドラクエをやっていたこととアジア杯に浮かれていたからね。特にアジア杯については、頭の中がサッカーでいっぱいになってしまって、事前に構想を練っていられなかったのだ。でも、それにしても完成するのが遅いんだけどね。最近はすっかり遅筆になってしまって……、というか前回みや千代日記の新作を書いてから一年以上経っていたか。遅筆にもほどがある。いやはや。

 どうも調子が出ないんだなあ。それは今回の分にも表れている。以前のようにポンポンとダジャレが出てこない。今回は日記猿人の投票ボタンにちょこっと入れてみたけど、別にたいしたネタではないし、本来ならばもっとふんだんにダジャレを混入させているところである。最近、あまりダジャレ野を使っていないからなあ。どうやら脳が退化しているようだ。
 ストーリーそのものについても、それほど面白い話ではないだろう。あっと驚くような展開があるわけではなく、途中まで読めば最後のオチまで想像できるというものだ。本当であれば、ここに友情、裏切り、恋愛、別離が絡んで、涙あり笑いありの展開で感動の渦という作品にするはずだったのだが、そういうストーリーが思い浮かばなかったのである。って、そんなものは今までも書いていなかったか。

 それはさておき、わたしはヒネクレ者である。ヒネクレ者にとって、今回のお題は非常に難しいものであった。まあ、3つのお題を入れた文章を書くのは造作も無い話である。ただ普通に書くだけならね。ストレートに考えて、そのまま文章にまとめあげれば良い話だ。でも、それではつまらないだろう。

 まあ、「それだけは言えなかった」は、どうにでもなる。「切れた堪忍袋……」から、腹が立ったという話にする。「幹事長も……」から、幹事長を登場させることにする。ただし、幹事長って自民党のはよく聞くけど、身近なところにそんな役職の人はいない。そこで、旅行や宴会などの幹事のうち、一番の責任者を幹事長と呼ぶことにする。タイトルと書き出しの縛りから、季節は秋で時間は夜だ。ここは宴会の話がふさわしいだろう。
 これでできあがる話といえば、必然的に秋の宴会や旅行などで腹立たしい事件が起こったというものになる。しかも、結びの縛りから、その腹立たしい事件がまだ続いていて、途方にくれている様子がオチとなる。実際他の参加作品を読んでみたところ、このパターンのものが多かった。全てとは言わなくても、ある程度当てはまるものは非常に多かった。

 ところが、ひねくれ者はこのパターンにハマりたくないのである。絶対に読者の裏をかこうとしてしまうのだ。上記のパターンで何か書こうとすると、どうしても「どんな事件が起こったか」ということでしか勝負ができない。よほど面白い事件であれば良いけど、そうでもなければ平凡な話として他の参加作品の中に埋没してしまうのだ。
 一応、参加作品は一通り読んだけど、やはりヒネクレ者が何人もいた。わたしとしては大変嬉しいところである。個人的な好みとしては、ヒネクレ者系の方が評価が高いからなあ。気にする人がいるかもしれないので、特にどの作品が良かったということは書かないけどね。まあ、ストレート系でも面白いものはいくつかあったとは言っておく。
 ええと、ちなみに「一応」というのは、登録リストから該当の作品に直接飛べない人の作品は読んでいないということね。さすがにあれだけの数があると、全て読むのは面倒だ。読まない理由を考えてしまうのである。

 しかし、読者の裏をかこうとすると途端に難しくなるのが、今回のお題なんだなあ。使い方が難しい。「切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだ」は気の利いた表現なのだけど、参加全作品で使われているので、続けて読んでいるとさすがに鼻についてしまうような気がするのだ。なんとか違う方法で消化できないだろうか。
 また、「幹事長も……」は、さっきも書いたけど幹事長というところで難しい。これがせめて「幹事長が……」とか「幹事長でも……」といった感じで変化させられたら、かなり楽になるのだけど、それができないから苦しいのだ。

 幹事長には皆さん苦労したようで、「というダジャレを言った」とした人も多かった。わたしとしては反則のような感じがするので、この手法は封印したけどね。むしろダジャレだからこそ、違和感無く文章に組み込んでみたい。ダジャレであることを読者に気が付かせずに文章に組み込むことができたら最高だと思うのだ。
 これはちょっと小言になるけど、ダジャレとするのはまだ良いけど、「くだらない」としてしまうのは、ちょっとどうかと思うな。なんていうか、こう「くだらない」ばかり連発されると、お題を考えたkazu-pくんに失礼な気がしてしまうのだ。ダジャレをお題にしたのはkazu-pくんからの挑戦状なわけで、これを自然に文章の中に組み込んでみせてこそ、最高の回答だと思うんだなあ。「こんなお題で書けるわけないだろう」と放棄しているような感じがしてしまう。
 幹事長の代わりに漢字帳など違う字を使ってきた人が何人かいた。変換ミス、暗号、聞き間違えなど、それぞれ工夫を凝らしてきた。また、「ちゃう」の部分を関西弁とした人も何人かいた。わたしも同じことを考えていたのだけど、これらの手法を使ったものを先に読んでしまったのでキャンセルした。

 結局わたしも上手く処理できなかったけどね。どうしても浮いてしまうのだ。ところで、お題部分を太字にしていた人が多かったけど、わたしは太字にしない方が良いと思うなあ。どこにお題が組み込まれているかわからない方がスマートだと思うし、上手いと思ってしまうのだ。この辺で上手い処理をしたのは、笛吹き獣医さんだと思う。でも、あの手法は、次回に真似する人が出てくるだろうなあ。

 なんだかお題から考えても始まりそうにないので、今回は書き出しからアプローチすることにした。今回は「秋の夜は長い」からである。これもちょっと違和感があるよね。やはり、「冬の夜の方が長いだろう」と言いたくなってしまうのだ。実際こうした人も多かった。わたしもやろうと思ったけど、やはり同じことを考えていた人が多かったのでやめたのだ。
 その代わりとして、長さの方で勝負することにした。時間ではなく、物体としての長さね。それで「長いものは数メートルにもなる」ときたわけだ。さすがに、このようなバカバカしいことを書く人はいないだろう。ネタ被りの危険性が少なくなる。
 では、その数メートルというところから、どう続ければ良いのだろうか。ここで、「って、なんのこっちゃ」と否定しては面白くない。ボケを否定せずに続けたら変態的な話が書けるだろう。どうせなら変態的な話を書こうではないか。というところが出発点だ。

 長いというのはどういうことだろうか。夜の反対は昼である。昼といえば蛭というのもあるなあ。ということで、線虫のような架空の生物を想像して、これを夜と呼ぶことにした。体長が長くてひょろひょろしたワーム系の生物ね。で、これが長くていつまでも続く様子をオチにしようと考えたわけだ。
 ついでに堪忍袋の緒がその生物だということにすると便利かもしれない。切れて蘇生というのにぴったりだ。プラナリアとかサナダムシのようなものにしよう。分類上は扁形動物ということにする。最初はヒルの仲間で環形動物にしようかと思ったけど、扁形動物の方が扱いやすい。カップうどんの平べったい麺のような生物だ。うどんと間違ったという話にしよう。

 というわけで、これらをまとめあげたのが今回の分というわけだ。でも、あと一捻り、二捻り欲しかったところである。でも、思いつかなかったんだよなあ。なんとなく敗北気分である。

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00.11.08 3671分の1
 今日は今シーズン最後のJリーグ平日開催ということで、仕事が終わった後、観戦してきた。ヴェルディ川崎対アビスパ福岡である。ヴェルディ川崎のホームである等々力競技場での開催だ。フロンターレはJ2に落ちるし(って断定するなよ)、ヴェルディは東京に移るしで、来シーズンから等々力競技場ではJ1の試合が観られなくなってしまうのだ。
 わたしにとって等々力競技場は、ロケーション的に丁度良いのだ。職場に近いので、仕事が終わってから観戦するには最適なのである。そのわりには全然行っていないのだけど、まあ平日開催が少ないからなあ。しかし、それも今シーズン限りである。やはり、今日は行っておくべきだろう。まあ、フロンターレがJ2に落ちても、ナビスコ杯や天皇杯でJ1と対戦する機会はあるけどね。

 しかし、よりによってこんなカードとはなあ。というと両チームのサポーターには申し訳ないけど、実際福岡で開催する場合は別として、関東でこの対戦なら相当不人気カードだろう。何しろ、わりとサッカーを観ているはずのわたしでさえ、知っている選手が非常に少ないのだ。
 まあ、ヴェルディに関しては、日本代表の中澤やユース代表で期待の飯尾がいて、他にはヴェルディの黄金期の選手がちらほらいるけどね。アビスパに関しては出場した選手の半分も知らないのだ。しかも、知っている選手のうち3人が外人だったりする。わたしだってそんなものだ。観客数は推して知るべしだろう。3671人である。そのうちの一人がわたしなのであった。

 もう観客席はガラガラであった。でも、ガラガラの観客席も良いものである。おかげでのんびりくつろげたのだ。今日は結構荷物があったので、一人で3席使わせてもらった。それで誰に怒られるわけでもないのだ。ビバ閑古鳥。
 実際超満員の競技場は、大変なのである。席がギューギュー詰めで荷物の置き場所に困るし、トイレは混むし、ビールを買おうと思ったら長蛇の列でなかなか買えないし、ようやっと買ったビールも置き場所が無いのでずっと手に持っていなきゃならなかったりするのである。

 等々力競技場には久々に行ったのだけど、改めてあそこの良さがわかった。今日はバックスタンド一階で見たのだけど、ここは自由席である。自由席の料金でも、選手に近い位置で、真横からサッカーを観られるのは嬉しい。ついでにビールも350円と比較的良心的である。国立に代表の試合を観に行ったら、500円も取られるからなあ。市価の倍以上だ。
 それになんと言っても、客席のすぐ後ろが通路になっているのが良いのだ。と言ってもわかりにくいか。要は階段を昇ったり降りたりしなくても、すぐ売店にビールを買いに行けるのである。トイレに行きたくなっても、タバコが吸いたくなっても、我慢する必要が無い。特にタバコに関しては、喫煙所からも試合を観ることができるのだ。ハーフタイムに慌てて吸い溜めする必要が無い。吸いたくなった時に吸いに行けば良いのである。なんて便利なんだろう。自宅でテレビ観戦している気分である。

 今日の両チームの応援はつつましいものであった。ヴェルディの方は5人くらいずつ3箇所にいるだけ、アビスパの方も20人くらいがかたまっているだけであった。まあ、太鼓はうるさかったけど、それでも鹿島や浦和の試合よりは静かである。いよいよ自宅でテレビ観戦している気分になってくるのだ。300インチの大型画面でサッカーを観ている気分だ。
 今日は、近くの席に家族連れがいて、2歳くらいの子供が走り回ってはしゃいでいた。思わず、「競技場にサッカーを観に来ているだから静かにしなさい」と言いたくなってしまったのだ。よく考えたらおかしかった。映画館じゃあるまいしね。まあ、そんなわけで今日は結構堪能することができた。後は面白いサッカーをやってくれたら言うことが無いんだけどなあ。

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00.11.07 卒業できますように
 昨日、日記猿人の運営報告を読んでいて、ちょっと考えてしまった。というのも、日記猿人のランキングに参加している人なら、受け取っているであろう「卒業研究の為のアンケートにご協力お願いします」というメールの件である。件のメールをもらっていない人のために説明すると、卒業研究のためにデータが必要なので、ここのページのアンケートに協力してほしいとのことだ。
 運営報告によると、差出人である高尾由美さんから謝罪のメールが来たとのことである。ということは、おそらく誰かが抗議メールを出したのだろう。昨日から今日にかけて、わたしが読んだ日記では触れている人がいなかったので、この程度のことは誰も問題にしていないと思ったのだけどね。どういう抗議文が送られたのかは知らないけど、今高尾由美さんは相当落ち込んでいるだろうなあ。ちょっと可哀想になってしまった。

 卒業研究もテーマによっては、アンケートを取らないとならない場合があるだろう。実はマイ姉が心理学を専攻していたのだけど、やはり卒業研究の時にアンケートを取っていた。マイ姉の場合は、そのテーマから教育実習で受け持った生徒にアンケートの回答を依頼したので特に苦労は無かったけど、それでは済まないケースの方が多いだろう。
 街頭で通行人にアンケートを取ろうとしたところで、そう簡単には答えてもらえない。ましてや精度を上げようとして多くの人から回答を得ようと思ったら並大抵のことでは済まないだろう。さて、ではどうしたら良いのだろうか。今ならインターネットという便利なものがある。多くの人にメールを送り、Web上のアンケートフォームに回答をもらおうと考えても不思議ではないだろう。
 まあ、安易な手法かもしれないけど、回答が集まらないからといってデータを捏造するような人よりは、ずっと真面目にやっていると思うけどね。いいじゃない。今話題の藤村さんに較べれば、ずっと立派だろう。

 そういう事情を考慮すると、たかだかメールが一通来たくらいで、どうこう言うのもどうかと思うんだなあ。あくまでも「協力」である。イヤだったら無視すれば良い話だ。わざわざ抗議する方が面倒だろう。そもそも日記猿人に登録していたら、ダイレクトメールの類は毎日何通も来ているはずだろう。問題があるメールだって多い。今回のメールには、ほとんどの人が「あっ、そうですか」と、一読しただけで無視したのではないだろうか。

 高尾由美さんは、この手のメールを嫌う人がいるっていうのがわかっていなかったようだ。だから、抗議した人も「この人、インターネットの常識がわかっていない。教えてやらなければ」という義憤にかられたのかもしれない。でも、この手のことをあれこれ言う人って、中途半端に知っているだけの人が多いからなあ。
 そもそもダイレクトメールがイヤだったら、日記猿人などに登録しなければ良いのだ。それでも日記猿人に登録したければ、捨て用のメールアドレスで登録すれば良い話だ。もっと言うと、メールアドレスを誰でも見られるところに公開してはダメだろう。Webページを持つなんて以ての外だろう。インターネットについてある程度知識を持っていれば、こんなことは覚悟できていることだと思っていたけどなあ。

 わたしなんかは、むしろダイレクトメールを楽しませてもらっているくらいである。なぜか女性向けのメールを受け取って「わたしは男だ」とつっこんだりみたり、また出会い系サイトのダイレクトメールに「東北在住の方限定」とかあって、「わたしは東京都在住だってば」とつっこんでみたりすることもある。それから、ダイレクトメールにはネズミ講のメールも多いけど、それを見て「こんなミエミエの手段で騙される人って恥ずかしいなあ」と思ったりね。
 中でもエッチ系サイトのダイレクトメールには秀逸なものが多い。毎度よくも色々と興味をひくようなネタを考えるなあと感心したりするくらいだ。この手のダイレクトメールを集めて、それぞれ評価するなんていう企画を考えたりすることもある。

 もっとも、エッチ系サイトの宣伝って感心するけど、サイトそのものには期待してないからまず行かないけどね。大抵、肝心なところは有料だったりするので、却ってイライラするからなあ。しかも、ページを開くとJavaScriptで突然新しいウィンドウが開いて、そのウィンドウが更に別なウィンドウを開いて、更にそのウィンドウが……の繰り返しでエラい目に遭ったりするんだなあ。放っておいたら最後、フリーズするまでウィンドウを開き続ける。

 あっ……、いやはや見たことはあるのでした。最初の頃にちょこっとだけね。だって、男の子だもの。ええ、もうすっかり懲りました。

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00.11.06 老人とミー
ギギ……、
ワタシハ、ロボット。下手人サマ、命令ヲ。
ギギ……
下手人サマ、了解シマシタ。
ギギ……

 それを言うなら下手人様ではなく、御主人様だろう。下手人に奉公するロボットも珍しい。というわけで、今日は一日中ロボットだったのである。早い話が筋肉痛が酷くてカクカクとロボットのように歩いていたということである。もう大変だったのだ。とにかく、膝を曲げると太ももに激しい痛みが走るのだ。まともに歩けない。
 怪談などは恐怖そのものであった。いや、字が違うか。怪談なんて誰が怖がるというのだ。たとえば、稲川淳二の怪談と稲川淳二の階段があるとする。この時、どちらが怖いかと訊かれたら、わたしは間違いなく稲川淳二の階段の方が怖いと答えるだろう。だから、怪談よりも階段の方が恐怖なのだ。まだまだバリアフリー化が進んでいないからなあ。駅の階段にエスカレータが設置されていないのが恨めしい。階段は非常につらかった。

 そういえば、何年か前に老人体験スーツというのが話題を呼んだ。重い上に関節の動きが制限され、さらに目には白内障と同様の視界になるようなレンズが仕込まれているという代物だ。「これさえあれば、今日からあなたも老人になれる」というキャッチコピーで、老人福祉に燃える青年達がこぞって着ていた。今日のわたしは、ロボットというよりも、老人体験スーツを着たようなものだったのかもしれない。視界はともかく、身体の自由が効かないところがね。
 歩こうとするとびりびりと痛みが走るので、ついついゆっくり歩いてしまう。人の流れに乗れない。横断歩道で信号が変わっても、走るどころか歩くペースを上げることさえできないのだ。椅子から立ったり座ったりする時も何かに掴まらないと大変だ。やっとの思いでエスカレータにたどり着いても、うっかり右側に寄っていたため、歩いて昇ろうとする人に後ろからせかされてしまった。嗚呼、今避けるからね。申し訳無い。

 そうかあ。老人になるとこんなに大変なのかあ。今までつい邪魔だなんて思ってしまうことがあったけど、ごめんよお。でも、ゆっくり歩く時は端に寄っていて欲しいと思うのは変わらないけどね。まあ、今日は老人の苦労が少しだけわかった一日であった。身体の自由が効かないと、人の流れに乗るのがこんなに大変だったとは。また、日本全国歩いて旅をしただけで、どうして水戸黄門が偉いと言われているのかということもよくわかった一日であった。

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00.11.05 ノーゴール
 嗚呼疲れた。もし、筋肉にワンとツーがあるとしたら、今のわたしはツーの方である。平たく言うと筋肉ツーなのだ。まあ、次の日でもなく二日後でもなく、直後に起こるのだから若い方なのかもしれない。って、全然若くないけどね。明日、明後日は地獄の苦しみとなるかもしれない。今日は疲れた。しかも、汗をかいて、そのまま放っておいたせいか、風邪をひいてしまったかもしれない。クシャミが止まらないのだ。というわけなので、今日はもう寝る。おやすみ。

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00.11.04 絶対に買いませんからね
 今朝は起きるのは早過ぎたようだ。土曜日にあるまじき時間に起きてしまったのである。これでは睡眠不足が解消されないではないか。ふと気を抜いたら居眠りしていた。再度起きた時にはもう夕方であった。したがって今日は書くことが無いのである。仕方が無いので昨日の話をしよう。

 昨日は、マイ母とモデルルームを観に行ってきた。物件は、9月1日の回で書いたドラゴンマンションである。まあ買う気はさらさら無いのだけど、一度冷やかしで観ておきたかったところだ。本当は一人で気ままにふらっと寄ってみようと思っていたのだけど、マイ母が観たいというので連れて行くことにした。マイ母と行くのは気が乗らないところだけど、まあ丁度良いレクレーションになるだろう。家族サービスだ。しかし、それが失敗であった。

 マイ母は余計な一言が多いのだ。買う気が無いのに、いかにも買うようなことを口走るのだ。「ここにあの食器棚が置くと良いかな」とか「この部屋はあなたの仕事部屋に最適じゃない」とか。そのたびに説明員が相槌を打つ。終いには「キッチンは対面式に改造できないの?」とかまで説明員に聞いているのだ。
 やめてくれえ。10分、15分くらい眺める程度のつもりだったのに、しっかり30分以上も観ているのだ。おそらく50分くらいは観ていたのではないだろうか。これでは説明員に買うものと思われても不思議ではない。一通り観た後、そそくさと立ち去ろうとマイ母を小突くのだが、全然気がついてくれない。説明員は、しっかり予約を取る気になっている。

 マイ母は、すっかり気にいってしまったようだ。小奇麗なモデルルームを見て、新生活の夢を抱いてしまっている。ちょっと待て。もっと良いマンションなんていくらでもある。だいたいモデルルームは広く感じるけど、今のところと4平米しか違わないのだ。今のところだって、タンスやら食器棚やら巨大な家具が7、8個もあるから狭いのだ。これらを置いたら、間違いなく狭くなってしまうだろう。買わないぞ。これが2、3万円のものだったらクレジットカードのリボ払いで買ってやってもいいけど、そんなものではないのだ。
 衝動買いのパターンである。この言動のせいで、今まで買わずに済んだものをどれだけ買ってしまったことだろうか。そもそも今のところだって、あなたがダダをこねて仕方なく決めたのではないか。そういう言動をしていると説明員から逃れられなくなるではないか。それでいて、後で「あんたが良いって言ったから」と責任を押し付けるんだなあ。

 そもそも頭金が無いのだ。頭金というよりも、手数料等の初期費用が相当かかるのだ。買うつもりが無いというよりも買えないのだ。それなのにマイ母ときたら、説明員の「まあ、ローンは色々な形で組むことができますので、一応簡単に計算してみましょうか」の言葉に対して、「じゃあ聞いていけば?」なんて言うのだ。簡単な計算なんか自分でできるってば。

 モデルルームのタイプの部屋は、3600万円から4000万円だそうだ。別なタイプの高いものになると、5000万円の部屋まである。まあ、相場を考えたら妥当なところかもしれない。しかし、5000万円はともかく、3600万円でも買う気はしないのだ。金利が3%だとして、月々12万円ずつ払っても48年かかってしまう。13万円ずつ払っても40年かかってしまうだろう。
 それに加えて管理費が2万6千円、駐車場が1万3千円もかかるのだ。ローンの他に4万円近い出費をしないとならない。そもそも管理費だって詐欺のようなところがあって、入居何年かで管理会社が変わり3倍になったなんて話もあるくらいだ。
 だいたい万が一、ローンが降りてしまったらどうするというのだ。生活を切り詰めたとしても、払い終わった頃には、すっかり価値が無くなるだろう。土地が残る一戸建てならともかく、マンションなら15年で払い終わるくらいでないと買う気がしないのだ。汚くなって嫌気がさしてきても建て直しが効かない。それなのに住み続けないとならないのだ。

 だから、マンションは気が乗らないんだなあ。ペットも飼えない。わたしは買う気なんてありませんからね。もう。ローンが払えなくなったらどうすると言うのだ。マグロ漁船に乗らないとならないかもしれない。マイ母や。そんなにわたしをマグロ漁船に乗せたいのか?

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00.11.03 じっと手を見る
 昨日、給湯室で布巾を洗っていて、ふと思ったのである。ちなみにわたしは、自分の席に布巾を常備している。布巾といっても普通の小型タオルなんだけどね。ゲームセンターで入手したものだ。高価なものではないので、机の上を拭くには丁度良い。弁当を食べたりコーヒーを飲んだりして机を汚してしまった時に便利なのである。しかし、その布巾もそろそろ雑巾と化してきた。ここは漂白剤につけて、しっかりと洗おうではないか。

 漂白剤である。人によっては非常に神経質になるようだ。たとえば漂白剤に漬け込んだ布巾などを「漂白剤なんて毒だ。こんなものを使ってはいけない。漂白剤がついた布巾など1ミリたりとも触りたくない」と言った感じで、お父さんのパンツのように親指と人差し指でつまんだりしている人がいる。
 まあ、わたしはそれほど気にしていないけどね。漂白剤をイチイチ気にしていたら、塩酸なんて怖くて飲めやしないではないか。って、飲めないけど。それはともかく、手アレくらいは気になる。

 ところで、手アレと書くと何となくエッチ方面の単語のように思うけど、そうではなくて手が荒れるということだ。「てあれ」と入力して変換キーを押したら、「手アレ」と変換されてしまったのだ。せっかくなので、そのまま採用させてもらったのである。ともかく、手についた漂白剤のぬるぬるはしっかりと洗い落としておかないとなあ。

 今週は、月火水と3日間禁酒をしていた。「3日間くらいで何を」と思うかもしれないが、ここのところ毎晩飲酒をしていたのだ。さすがにそろそろ肝臓を休めようではないか。ちなみに、「ここのところ」というのは、ゴールデンウィークからこの間の日曜日までのことである。この半年間、ほとんど毎晩飲酒をしていたのだ。

 以前は、平日には飲酒をしないようにしていた。しかし、ゴールデンウィーク中に飲酒の習慣がついてしまい、それがなかなか抜けなくなってしまったのだ。そしてずるずると半年間も毎晩飲酒していたのである。この間、酒を飲まなかった日は2桁も無いはずだ。さすがにまずいだろう。
 そういうわけで、禁酒を始めたのだ。って、3日間だけだったけどね。ちなみに昨日の晩は飲み会であった。いやはや。でも、来週も平日には飲まないようにしよう。相当肝臓を痛めつけているからなあ。週に4、5日は酒を飲まない日を設けたいところだ。

 マイ母によると、掌が赤いのは肝臓が悪い証拠らしい。マイ母の説なので、どのくらい本当の話かは知らないが、たしかにそんな気がする。わたしの掌は赤いのだ。その赤さたるや、まるでお猿のお尻のようである。このままでは、わたしの掌を見てお猿のお尻だと勘違いしてしまう人がいるかもしれない。もっとも、そんな人は相当変わった人だと言わざるを得ない。
 ともかく、平日に酒を飲まないようにしていた時は、ここまで赤くなかったのだ。やはり、相当肝臓に負担をかけていると思われる。3日間くらいの禁酒ではまだまだ足りないのだろう。本当に掌が赤いのだ。うーむ。ところで、この漂白剤で掌が白くならないかなあ。じっと手を見ていて、ふと思ったのである。

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00.11.01 イヤイヤイヤイヤ
 11月かあ。今朝は寒かったなあ。そろそろ暖房の用意をしないとね。わたしの部屋では、電気ファンヒーターを使っているのだけど、これがまた電気をバカ食いしてしまうのである。下手をすると電気代が月に1万円くらい違ってくる。そういうわけで、できる限り暖房を控えたいのである。でも、これからどんどん寒くなるのか。イヤだなあ。

 今日は水曜日ということで、少年サンデーを購入し、電車に乗り込んだ。読みやすいように扉のそばに陣取った。途中駅で一旦降りた時には、最後に乗り込むようにした。必然的に扉のそばにいられるからである。そう思ったのだが、最後の最後になって駆け込み乗車をしてくるやつがいるのだ。しかも大量に。まったく。駅員も駅員だ。長々と扉を開けていないで、さっさと閉じてしまえば良いのになあ。そいつらの無理矢理なタックルのせいで奥の方に押し込められてしまった。ちぇっ、これでは少年サンデーが読めないではないか。イヤだなあ。

 このところ駅で子供の集団を見かける。遠足のシーズンなのだろう。今日もいた。わたしとしては、遠足には電車を使ってほしくないんだけどなあ。それにしても小学生はよく喋る。というか奇声をあげるのだ。それが大集団なのだから、やかましくてしょうがない。イヤだなあ。

 いや、高校生でもうるさいか。帰りの電車では、わたしの背後に男子高校生の3人組がいた。ぺちゃくちゃよく喋る。中でも丁度わたしの真後ろいた男子高校生にはまいってしまった。声がでかい。いや、声がでかいだけならまだしも、唾液が飛び散っていそうな声なのである。口の中が唾液で充満していそうな感じだ。わたしの真後ろだったので確認できなかったけど、おそらくわたしの背中には、細かい唾液が大量に付着したのではないかろうか。イヤだなあ。

 そもそも、集団で電車に乗っている男子高校生は、大抵でかいスポーツバッグを持っているから困ってしまうのだ。しかも、必ずそれを足元に置く。満員でもだ。それが邪魔くさいのなんのって、脚の踏み場がなくなって苦しい体勢を取らざるえないのだ。踏んづけてやれば良かったか。イヤだなあ。

 いや、そんなことはわかっていたので、男子高校生のそばには寄らないようにしていたのだ。電車に乗り込んだ時には男子高校生の前に別の人を置いた状態を保っていた。ところが後から遅れて乗り込んでいたやつがわたしにタックルをしかけてきたせいで、丁度男子高校生の手前に押し込まれてしまったのである。あまりにも強烈なタックルだったので、場所を調整する隙も無かった。やつは列に並ばずに、最後の最後で乗ろうとしていたのだろう。だからよお。電車に乗るなら並んでいろよなあ。イヤだなあ。

 長津田駅の階段を上ろうとした時、隣のオヤジが酒くさかった。それも尋常ではない酒くささだ。おいおい、まだ19時半だぞ。こんな早い時間にもうできあがっているというのか。どこで飲んできたんだか。こいつはおそらくアル中だな。イヤだなあ。

 長津田駅では書店に寄った。サッカーマガジンを買おうと思ったのだ。しかし、この書店はいつも混雑している。客の9割が立ち読みである。狭い通路が立ち読みですし詰めになっている。本を取ろうにも手が届かない。というか、どこに何の本があるのかわからないくらいなのだ。いい年をしたサラリーマンも多い。数百円の雑誌くらい買って読めよなあ。書店の人も立ち読み禁止の紙を貼っておけよなあ。邪魔ってこともそうだけど、立ち読みされた雑誌ってなんとなく買う気がしないのだ。イヤだなあ。

 今トイレに行ってきた。わたしが個室に入っている時、丁度誰かが入ってきた。そして、ノックもせずに個室の扉を開けようとしてきたのである。カギを閉めていたので当然開かない。で、その後にノックしてきたのである。普通逆だろう。そもそもドアの印を見れば、人が入っているかわかるではないか。ノックの必要すらない。嗚呼鬱陶しい。それだけならまだしも、外扉を閉めずに出て行った。こらこら開けっ放しにしていくんじゃない。音が外に漏れるではないか。まったく、どういう躾をされてきたんだか。イヤだなあ。

 11月かあ。先月は日記を18回しか更新しなかった。13回の休みである。主な原因はアジア杯とドラクエである。さすがにドラクエついては、ネタバレになるので書かなかったけど、アジア杯については、読者の迷惑顧みず、ダラダラとサッカー話を書いてしまった。もう頭がそればっかりで他に書くことが無かったのである。なんだか楽しみの少ない人生のようだ。イヤだなあ。

 と言いつつ今日も書くことが無いんだなあ。無理矢理今日のことを思い出して書いてみたのだが、どれも大ネタになる程の話じゃない。仕方が無いので細切れに並べてみたけど、どうしてこんな話ばかりなんだろう。イヤだなあ。イヤだなあ。

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