00.05.31 海老フライの……
 海老フライの衣を剥ぎ取り、小麦粉と卵を水で溶いたものにつけて、油で揚げなおす。たったこれだけの手間で、なんとただの海老フライがあっという間に海老天に早変わりだ。どうしても海老天が食べたいのに手元には海老フライしか無いという場合には、非常に便利な裏技である。もちろん逆も可能で、海老天を海老フライにすることもできる。是非とも衣替えの裏技をお試しあれ。

 って、なんで、そんな面倒なことをしなくてはならないのだ。そもそも、そんなことをして美味いのか。海老天は海老天のまま、エビフライはエビフライのまま、食べるのが一番だろう。だから「衣替え」とはそういう意味ではないのだ。

 そうそう、衣替えである。いや、正確には衣替えではないのか。実は服装規定が変わったのである。今まで職場ではスーツを着て仕事をするということになっていたのだが、この度それが解除されたのである。ついにわたしのところにも、自由化の波が押し寄せてきたようである。うん。これなら仕事帰りだって、何処にでも行けるというもんだ。

 しかし、困っことになってしまった。というのも、悲しいことに着て行く服が無いのである。今まで職場ではスーツを着ていたのだ。家にいる時と遊びに行く時以外は、スーツを着ていたのだ。ましてや風呂に入る時は、普段着すら着ない有様である。つまり、スーツ以外の服の所有数が非常に少ないのである。基本的にスーツ以外の服は、土日の2日間分もあれば充分だったからなあ。
 さらに追い討ちをかけるように服装は完全に自由ではなく、「ジーパンは一応控えてくれ」とのことなのだ。なにしろ、わたしは「ジーパン以外はジーパンではない」というポリシーの基、ジーパンしか買わないことにしていたのだ。これでは穿くものが無いではないか。ジーパンくらい良いじゃないかよお。
 感じとしては、カジュアルシャツにチノパンなのかなあ。シャツもTシャツはダメっぽくて、襟付きが好ましいとのことだ。わたしは、襟無しの服を好んで着ているからなあ。あまり数が無いのだ。暑くなったらポロシャツもありかな。でも、アロハはダメだろう。嗚呼難しい。

 まあ、上下一揃いくらいなら、ちょっと買って来ても良いけどね。でも、これからは毎日のことなのだ。数を揃えなくてはならない。2、3着のローテーションでは格好悪いだろう。それにパンツとシャツだけを買えば済むわけでもない。靴も2、3足は持っていたいし、カバンもビジネス向きのデザインのものは避けたい。
 これらを一度に揃えるとなると、金がかかってしょうがないではないか。特にバッグに関しては、この間買ったばかりなのだ。嗚呼もっとカジュアル向けなのを買っておくべきだった。勿体無い。

 服装規定が変わるのは明日からだけど、取りあえず金曜日まではスーツで行くつもりだ。そもそもジーパン以外持っていないからなあ。勝負は月曜日からだ。土日に服を買ってこよう。そういえば、近所のユニクロには行ったことが無かったなあ。ユニクロは、そこそこ安くてそこそこの服が揃っているという話だ。ユニクロに行ってみるか。
 という状態なのに、金が入るのは今度の月曜日なのだ。現在手元にはほとんどお金が残っていない。やはりカードを使うしかないのかなあ。リボ残高を減らしたいところなのに。しくしく。

 まあ、お金はなんとかなるだろう。それよりも問題なのは「わたしにはセンスが無い」ということである。わたしが服を買うと、安くて格好良い服を選んだつもりなのに、どうしても変な服を選んでしまうのである。長年のスーツ人生でわたしのファッションセンスは、ボロボロになってしまった。
 そういえば、6色の中から選んでねという企画があったなあ。なるほど。ここは皆さんの意見を聞いてみるという手があるか。さて、わたしに似合いそうな服は何でしょう? って、わたしの場合、最早色だけの問題ではないんだなあ。上から下まで全部揃えるのだ。トータルコーディネートなのだ。決して十日の講義無えぞではないのだ。しかも、数パターンは用意しないとならないのだ。

 こういう時は、女の子に頼むのが一番だと思うのだ。うん。大昔は、女の子に服を選んでもらったりしたこともあった。マイ姉が勝手に買ってきたこともあったけどね。まあ女の子が格好良いという服なら間違い無いだろう。ちなみにマイ姉の選ぶ服は妙に可愛い服なので、ちょっと困ってしまったが。しかし、通常女の子に選んで貰った服には外れが無い。いや、たとえ外れたとしても、あなた好みの男にしてくださいってもんだろう。
 うーん。しかし、今は服を買いに付き合ってくれる人がいないからなあ。嗚呼困ったなあ。奥さんや彼女がいる人って羨ましいよなあ。ねえねえ。誰か服を買うのに付き合ってくれないだろうか? と、一応書くだけ書いておこう。

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00.05.30 『新日本電波系日記』について
 前回の「日本電波系日記」の続きである。いや、続きというのは違うな。電波に関わるネタを考えていたところ、2本分のネタがひらめいてしまったので、2本書いたということである。前回はダジャレが無かったが今回はある。ダジャレとダジャレ以外でネタを分けたのだ。実際前回のはボツに近いもので、今回のが正当派みや千代日記になっている。いやはや、「更新しろ」という声がうるさかったので、捨てられなかったのだ。しかし、みや千代日記の正当派というのもよくわからない。

 小さい「ょ」を途切れさせて喋るというのは、書いている時に思いついたものだ。アドリブである。神様っぽい感じを出したくて一文字ごとに「…」を入れてみたら、「ょ」が不自然だった。だからといって「み…、や…、ちょ……」と書くと、なんだか負けたような気がする。そこで開き直って、こんなネタを入れてみたのだ。実は案外転んでもタダで起きない性格なのである。

 会話主体で話を進めると文章が長くなる。まあ、会話主体であれば多少長くなっても読みやすいものだが、それでも見た目が長いと読まずに飛ばしてしまう人が多い。会話部分を改行せずにどんどんつなげると短くはなるが、今度は読みにくくなってやはり読み飛ばされてしまう。だからといって、会話が無いと感じが出ない。実はこれって結構気になっていたのね。本当ならば、この「ハイは、一回でよろしい」をもっと延々を続けたかったのだが、最小限に抑えることにしたのだ。

 箇条書きっぽくない箇条書きというのは、実は結構昔からある技である。今回は、「だから」とか「ちなみに」とか付けてみた。普通箇条書きには付けないだろう。さらに「繰り返し言うが」というのも加えてみた。「箇条書きなのに繰り返すなよ」というツッコミを期待するボケである。箇条書き技といえば、登場当時のいっしょうくんが得意としていたなあ。

「この世で」としておきながら故人を持ち出してくるのも、結構昔からある技である。少なくともわたしの中では、結構昔からある技である。

「たのしい図工」というのは、わたしが小学生の頃の教科書のタイトルだ。たしかそんな名前だったはずである。違う教科書を使っていた人にはわからないだろう。でも、結構同じ教科書を使っている学校はあるはずだから、わかった人は結構多いはずだ。
 関係無いが、中学一年の時の社会の教科書は「新しい社会」であった。その教科書の表紙は、消しゴムで擦るとインクが消えるタイプのものであった。早速わたしは、「新」の部分を消しゴムで消し「やら」に書き換えたのである。後で社会科の教師に見つかってガツンと殴られた。

「地球に優しい箱船」で「全世界の人類の未来に気を使っている」というのは、おかしくないか? もちろんツッコミ希望でそう書いたのだが、こういうのってあまりツッコんでくれる人がいないんだなあ。しくしく。

 最後が「間違い電波」だと予想していた人は、どれだけいただろうか。まあ、予想するものでもないけどね。しかし、「電話」を「電波」に置きかえるパターンは相当あるなあ。書いてあるように「イタズラ電波」、「留守番電波」、「無言電波」(って意味あるのか?)とかね。
 他にも「携帯電波」とか「内線電波」とか「赤電波」とか「公衆電波」とか「国際電波」とか「電波急げ」とか「電波に電波」とかいうのもある。最後の2つは、定番ダジャレをさらにダジャレにしたものだが。ダジャレも定番となると、さらなるダジャレの元ネタになるのだ。

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00.05.29 見事な前回り受身
 昨日外を歩いていたら、可愛らしいお嬢さんが自転車に乗っているのを見かけた。たぶん3、4歳だろう。自転車には補助輪をつけていた。賢明な選択である。お嬢さんは、父親と一緒であった。父親は娘が楽しそうに自転車をこいでいる横を伴歩していた。
 ちなみに父親というのはわたしの推測である。DNA鑑定でもしない限り断定はできないのだが、いちいち「父親、もしくは誘拐犯と一緒であった」などと記述しているとややこしいので、父親ということにしておく。ご了承願いたい。

 下り坂にさしかかった時のことである。勢いがついて危険だからだろう、父親は娘に対しブレーキをかけるように指示した。ところが娘の方は言うことを聞かない。父親が怒ろうとすると、ようやっとブレーキをかける。しかし、父親がほっとするとすぐさまブレーキを緩める。そんなことを繰り返していた。
 まるで父親がはらはらしたり、ほっとしたりする様を楽しんでいるようであった。きゃらきゃら笑っている。おそらく間違い無いだろう。男の心理を揺さぶることに楽しみを見出すなんて、将来魔性の女になるのではなかろうか。そういえば、今のところ大変可愛らしい顔をしている。20年後には美人になる可能性大である。

 この時わたしには、ある予感があった。お嬢さんはハンドルをふにゃふにゃさせていた。このような下り坂において、不用意にハンドルを切りながらブレーキをかけると、一体どのようなことになるだろうか? 下り坂でブレーキをかけると、重心は極端に前にくる。さらに、ここでハンドルを曲げていると前輪は重心を受けとめられず、重心は斜めどちらかの前方に逃げようとする。そして重心は車体の範囲内を大きく超えてしまう。結果、車体は一回転してしまうのだ。
 予感は当たった。娘は自転車と共に見事な前回り受身をした。しかも、回転の最後の方にはパンツ丸出し全開脚を披露するのである。なるほど、サービスカットも忘れないとは、本当に将来魔性の女になるかもしれない。いや、魔性の女はもっとジラすものだろう。まだまだ修行が足りない。そう簡単に見せてはならないのだ。そんなことでは、魔性の女にはなれないぞ。うーん。20年後に逢いたいものである。

 しかし、これだけの予感を感じていたのに、この一部始終をカメラに撮れなかったのは惜しかった。その気にさえなれば、このシーンを逃すはずはなかったのだ。いや、デジカメは持っていたのね。でも、まさか他人の娘さんにカメラを向けるわけにもいかないだろう。そんなことをしていたら危ないやつと思われるではないか。幼女関連の犯罪者予備軍ブラックリストに入れられてしまうだろう。でも、撮っていれば何かのビデオ大賞に応募できたかもしれない。カメラが捉えた決定的瞬間!!

 そこで考えたのだが、似たようなようなもので「川平が捉えた決定的瞬間!!」というのがあったら面白そうだ。どういうものかというと、世界中で起こった珍しい出来事、滅多に見られないパプニング映像を川平慈英が捉えるのだ。珍しい出来事や滅多に見られないハプニング映像なのだから面白く無いわけがない。しかも、それを川平慈英が捉えるのだ。と書いていたら、やっぱりつまらないような気がしてきた。

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00.05.27 大阪ごめん
 それにしても劇的というかなんというか。マリノスはきっちり2点差で勝った。観ていないので知らないが、かなり押し込まれていたみたいだ。シュート4本。それでも勝ってしまった。
 対してセレッソは結局Vゴール負け。優勝を逃してしまった。マリノスの相手のジェフならまだしも、勝って当たり前のフロンターレ相手なのになあ。後半20分くらいまでは、むしろフロンターレのペースであった。プレッシャーがかかっていたのだろうか、明らかにおかしかった。

 それにしてもフロンターレである。フロンターレの試合って初めてみたけど、なんでこんな成績なのかなあ。もうちょっとやれそうな感じがしたけど。なんでも今日は、初めてマジーニョをMFに下げて我那覇をFW先発起用したとのことだ。このシステムで正解なのでは? 上手く機能していたと思う。特に19歳の我那覇に関しては、将来の可能性を感じた。順調に育てば良いね。ゼッカ前監督は何をやっていたのだろう。

 マイ母も観ていたのだが、やはりフロンターレを応援していた。ちなみにマイ母の応援の基準は、どちらが東かである。FC東京対ジュビロ磐田ならばFC東京、ジュビロ磐田対名古屋グランパスならばジュビロ磐田、名古屋グランパス対セレッソ大阪ならば名古屋グランパス、セレッソ大阪対サンフレッチェ広島ならばセレッソ大阪といった具合である。
 これはサッカーに限った話ではなく、他のスポーツでも同じである。西を敵視した言動をよくするのだ。どうやら西の人に対してひどく偏見を持っているようだ。なんだかなあ。西日本の人に申し訳ない気がしてきた。たとえば、わたしのお見合い相手が2人いたとして、それが東日本の人と西日本の人だったならば、即座に東日本の人の方にしなさいというのではなかろうか。

 わたしは、どちらのチームのファンでもないので、延長戦になることを希望しながら観ていた。延長Vゴールであればどっちが勝っても構わない。その方が盛りあがるからだ。と思っていたら、本当に延長になった。今日の試合は非常に面白かった。
 それにしてもセレッソは残念であった。試合前まで9分9厘優勝を確信していたところに、たった一発のゴールで奈落の底に落とされてしまうとはねえ。ドーハの悲劇に通じるところがあった。選手やファンもそんな気持ちだっただろう。
 でも、これで良かったかもしれない。そう簡単に優勝してはつまらない。こういうことがあれば、次に優勝した時の喜びは倍になるだろう。ドーハに対するジョホールバルだ。関西ではいまひとつサッカーが盛りあがらないけど、これがきっかけでサッカーが盛りあがってくれれば良いと思う。なんだかんだいって今日は4万人も入ったというからね。

 ところで、セレッソの副島監督ってよく知らないんだけど日本人だよね。ちょっと瞳が青くて外人顔なんだなあ。ハーフかクォータに見える。そういえば、元ガンバ現ヴィッセルの永島や元ガンバ現ヴェルディの本並など、大阪のサッカー関係者には濃い顔の人が多い気がする。元々大阪には濃い顔(外人顔)の人が多いのだろうか。そういえば「大阪豆ごはん」というマンガにも濃い顔の人がよく出てきたような気がする。しかし、本並の「浪花のイタリアーノ」というキャッチフレーズは、どうにかならないものだろうか?

 そういえば、昨日のミスドの話だけど、わたしの隣に困った人が座っていたのだ。どう困った人なのかというと、酔っ払っているのね。それでミスドの店員のEさんをナンパしようとしているんだなあ。酔っ払ってナンパはちょっとねえ。そもそも店員さんをナンパするのは卑怯だよなあ。客に対して無碍にするわけにもいかないし、仕事が終わる時間までは逃げられない。
 かと思えば、そのまた隣に男女6人の集団がいたんだけど、そっちの女の子にも色目を使っていた。男連れで来ている人にそういうことするかなあ。しょうもないやつである。しかも、自分の連れの男に対して「こういう時はダメで元々、取りあえず言ってみなきゃ損」、「どうせ二度と遭うことないし」みたいなことを言っていた。女と見れば口説かないと気が済まないのだろうか。おまえはイタリアーノか。

 その男、結構しつこいやつなのね。Eさんがコーヒーのお代わりを持ってくる度に、仕事が終わる時間を聞いているんだなあ。「仕事が終わったら呑みに行こう」と誘っている。Eさんは困っているようであった。やんわりと断るために「閉店が12時で、その後も色々することがあるので帰るのは1時を過ぎますね」と言っている。何度も言っている。それでもまだ食い下がる。おいおい、おまえはフラれているんだよ。

 やはり大阪の人は、イタリアーノばかりなのだろうか。そんな疑惑が湧いてきた。いやね。喋っているのを聞いていたら、その男は大阪の人だったのね。ここまでストレートで、かつ人の迷惑顧みずしつこいナンパする人って見たことなかった。と思ってしまうのは大阪に対する偏見だなあ。わたしもマイ母のことを言えなかった。大阪ごめん。

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00.05.26 『日本電波系日記』について
 タイトルの「日本電波系日記」であるが、まあそのままである。ところで、電波新聞社って知っているだろうか。「マイコンBASICマガジン」、略称「ベーマガ」という雑誌を出している会社である。かつてのベーマガは、主にBASICで書かれたプログラムリストを中心記事とする雑誌であった。今でもあるのだろうか。と思ってみたら、まだあるみたいね。今はVisual Basicが中心のようだ。やっぱりBASICなんだなあ。



 わたしがパソコン(らしきもの)を初めて手にしたのは、今から18年前のことで、FM-7というマシンである。当時はCD-ROMが存在しなかった。フロッピーディスクにしても1枚が数千円という非常に効果なものであった。一般的な補助記憶メディアはカセットテープであった。
 現在のようにCD-ROM付きの雑誌など無く、雑誌におけるソフトの配信手段は、プログラムソースを誌面に載せるというものであった。ソフトを使いたい人は、雑誌に載せられたプログラムを自分のマシンに手で打ち込んでいたのである。あの当時は、パソコン(らしきもの)を使っていた人の多くが多少のプログラムの知識を持っていた。手入力なのでどうしても打ち間違いをしてしまう。結局デバッグして、どこを打ち間違えたか調べなきゃならないのね。懐かしい。

 エスパー。読心術を心得たエスパーについては書かれているように本当にいたらイヤである。本当に自分でもバカバカしいと思うことを考えていることが頻繁にあるからだ。エッチなことを考えてしまうこともある。そんな時に頭の中を覗かれてしまったら、恥ずかしいではないか。もっともエスパーの人達にとっては、そんなこと慣れっこなのかもしれないけどね。
 でも、逆に自分が相手の心を知ることができたらどんなに便利かと思うのね。気になるあの娘は、自分のことをどう思っているんだろうか? …………まあ、世の中には知らなかった方が良かったということもあるんだなあ。気を落とすな。みやちょ。

「Form posted from Mozilla……」というのは、Netscapeを使っている人から空メールが送られてくる時、subjectがそうなっているという話である。IEの人からの場合、「Microsoft Internet Exploerから……」となっていることが多いが、他にも数パターンある。まあ、空メールボタンを設置している人は知っているだろうけどね。そういうネタだったのである。
 ちなみに、これはデフォルトの状態でのことで、メールのsubjectも指定できる。「action="mailto:XXX@YYY?subject=ZZZ"」と、ZZZの部分にsubjectの文字列を指定するのだ。XXX@YYYはメールアドレスね。ただし一部のブラウザではsubject指定できないとかいう話もある。まあ、いまどきのブラウザならNetscapeでもIEでも大丈夫だけど。って、これも空メールボタンを設置している人なら知っているか。

 ちなみに、おまけ日記は「omake-2032(BUG)」のように本文を開かなくてもsubjectでカウンタの生の数字とボタンの文字列がわかるようにしている。しかし、この文字列はなんなのだ。さては狙って取ったバグあるな。ジャッキー大西。

 ところで、よく考えたらみや千代日記には空メールボタンを設置していないのだが……、まあいいか。それよりもよく考えたら、この回ってダジャレが無いなあ。

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00.05.25 電車でアメリカンジョーク
 基本的に電車の中は退屈である。人生においての一番の無駄は、電車に乗っている時間だと思うのだ。たとえば、通勤時間が片道30分、往復で1時間という場合、年間の労働日数が220日とすると一年間に220時間も無駄にしていることになる。40年間勤務したとするならば、8800時間も無駄にしていることになるのだ。
 金額に換算するとわかりやすいだろうか。時給3000円とすると、8800時間という時間は2640万円にもなる。生涯平均にすると時給はもっと高いかもしれないし、通勤時間が1時間では済まない人も多いだろう。つまり、電車通勤によって家を買えるだけのお金を無駄にしているとも言えるのである。

 そこで多くの電車通勤者は、少しでもこの時間を有効活用しようとする。居眠りをして睡眠不足の解消をはかる。本を読むなどして知識を身につける。あるいはマンガを読んだり、音楽を聴いたりすることで娯楽を求める。化粧をしたり、メールで連絡を取ったり、着替えをしたり雑事をこなす人もいる。中にはチカンをすることで風俗店に行く費用を節約したり、スリを行い現金収入を得たりするなど、犯罪紛いの行為をする人までいる。って、それは犯罪だ。

 さて、わたしの場合であるが、これがもうどうしようもないのである。なにしろ電車に乗っている時間が短いのだ。通勤時間はそこそこなのだが、乗り継ぎがあるので連続して電車に乗っている時間は15分程度なのである。これでは仮眠をとることも本を読むこともままならない。
 というわけで、大抵はぼーっとしているのだ。しかし、ただぼーっとするのもなんなので、吊り広告を眺めながらぼーっとしている。吊り広告ではなく、美人OLを眺めるのもなかなか目の保養になるのだが、じっと観察していると変な人と思われてしまうのだ。まあ、積極的には否定しないが、自ら肯定する行動をとるのもどうかと思うのだ。

 電車の吊り広告は、あれでなかなかの娯楽だと思う。わたしの他にも結構眺めている人は多いはずだ。電車が混んでいては居眠りも本を読むこともままならないからだ。吊り広告を眺めるくらいしかすることはない。
 週刊誌の見出し記事は、ウソ記事が多いのであまり本気にしてはいけないが、ちょっとした情報源にもなる。日能研の広告などは暇つぶしにはもってこいだ。前に立っているおやじをかいくぐって問題を読み答えを考えていると、それだけで結構な時間を潰せる。通常の問題はともかく、懸賞問題ともなると真面目に考えてもわからないことすらある。

 しかしながら、こんなささやかな娯楽を理解していない人達がいる。なんていったっけ? 一車両全て同じ会社の広告で飾るというやつだ。隣の広告を見ても同じことが書いてある。すぐに手持ち無沙汰になってしまうのだ。あれは電車通勤におけるささやかな愉しみを奪ってしまう行為である。憎悪すら感じることもある。広告としてはマイナス効果だろう。

 先週の金曜日もそれだった。何の広告かというと「Ben & Jerry's」の広告である。わたしはこの時まで知らなかったが、アメリカではポピュラーなアイスクリーム屋らしい。最近コマーシャルをよく見かけるようになったことに気がついた。「日本のアイスクリームをもっと面白くしに、やってきた」と決意を表明しているあれである。
 しかし、わたしにとってはちっとも面白くないんだなあ。東急の場合、東急ケーブルTVでそれを行うことが多い。一応ケーブルTVは加入を検討しているし、情報量が多いのでそこそこ見ごたえがあるのだが、アイスクリームに至っては10秒も読めば充分だ。しかも、Ben & Jerry'sは金が無いのか、広告の種類も少ないのである。車両をたった3、4種類の広告で埋め尽くしている。30秒で飽きてしまった。ちなみに窓の上のスペースは使われていなかった。なんと勿体無いことを。他の会社に分けてあげれば良いのに。

 というわけで、次の駅に着くと同時に隣の車両に移ったのである。ええい、乗ってられねえぜ。しかし、隣の車両に乗り込んだ瞬間、わたしは驚愕した。なんと隣の車両もBen & Jerry'sの広告で埋め尽くされていたのだ。ガガーン。意味ねえじゃん。もしかして、こいつら意外と金を持っているのか?
 うーむ。ひょっとするとBen & Jerry'sは、むしろ日本の電車をつまらなくしにやってきたのではなかろうか。いや、本人達にとっては、これでも面白くしているつもりなのかもしれない。アメリカンジョークは笑えないというからなあ。きっとそうなのだろう。

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00.05.24 車内模様
 昨日の帰り、電車に乗っていたら突然わめき声が聞こえた。どうやら喧嘩が始まったようだ。ふと見ると、爺さん2人が携帯云々についてやりあっていた。どうやら、爺さんAが爺さんBに「電車の中で携帯電話を使うな」と嗜めたようだ。ところが爺さんBは、携帯電話を使っているわけでなく、液晶の表示を見ていただけである。そこにきて頭ごなしに注意されたものだから、ひどく憤慨したようだ。爺さんBは、爺さんAに何度も同じことをわめいて、逆に糾弾するかのごとく、やり返していた。

 どっちもどっちである。事情をよく知りもしないのに軽はずみに小言を言ってしまう爺さんA。電車の中で携帯電話を使う人には即座に叱責するべきと勘違いしているのだろう。対して、謝罪を強要しようとしているのか、同じことを繰り返し喋っている爺さんB。子供のような意地の張り方だ。しかも、うるさい。携帯電話で普通に喋っていても気にならないが、これはさすがにうるさ過ぎる。
 しかし、爺さんAは、爺さんBの反撃に何も抵抗できないようだが、「携帯電話は電源を入れているだけでもペースメーカーの誤動作になるので、電車内では電源を切るべきだ」という話を知らないのだろうか。この話を攻撃材料とすれば、爺さんBの反撃を断つことが可能なのだが。まあ、つくづく日本人、特に旧い人はディベートが下手だなあと思った。

 今日の帰りは、各駅停車だったため途中の駅から座ることができた。右隣では美人OLが寝ていた。そしてわたしの肩に頭を乗せてきた。わたしは、このような状態が嫌いではない。それは、もちろん美人OLだからである。思う存分わたしの肩を使ってくれても構わないぞ。さあ、日頃の睡眠不足を解消するなら今なのだ。
 美人OLは、そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、とにかく熟睡していた。わたしのスーツの肩パッドが心地良いのだろうか。ゆらゆら揺れるパターンではなく、わたしの肩に頭をしっかり固定するパターンであった。わたしの肩がよっぽど寝心地が良いのだろうか。ふむ。わたしの肩は、このように使用されることもあるのだな。なるほど、今度からスーツを買う時は、肩パッドが厚くて柔らかいものにしようと思った。

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00.05.23 夜笛を吹けば
 郵便局で植物を貰った。今朝窓口で郵便物を出そうとしたら、応対してくれた郵便局員に「先着50名様に植物をプレゼントするキャンペーン実施中だ。どうだね。植物要らないかね?」と言われたのだ。わたしは、植物が好きである。動物の次に植物が好きである。これは貰わない手はないだろう。喜んで受け取ったのである。ちなみに植物というのはキュウリの苗のことである。

 いやはや。失敗した。苗である。苗というからには、もっと小ぶりなものを想像したのだ。しかしながら、貰った苗は意外にも巨大であった。これを持って帰らなくてはならないのか。郵便局員が満面の笑みで机の下から苗を取り出した時、あまりの大きさに「しまった」と後悔したのだ。もしかすると郵便局員の満面の笑みは、「してやったり」の意味だったのかもしれない。
 せっかく貰ったものを「やっぱり要らない」と返すのは、男として敗北である。いかにも予定内のことであるかのように装わないとならない。こちらも満面の笑みで受け取ったのであった。ダンディズムである。もっとも、最初に「貰う」と言った時点で負けなんだけどね。まあ、得失点差を最小限に抑えようということだ。

 どうしようかなあ。これでも以前は、自分の部屋に観葉植物でも置こうかと考えていたことがあるのだ。しかし、わたしの部屋に置いたら最後、絶対に踏み潰してしまうだろう。かといって棚の上などに置いたら、あることを忘れてしまうだろうなあ。いつの間にか異臭を放つ腐ったキュウリが棚の上ででろれーんとしていそうだ。
 では、車の中というのはどうだろう。実は、車の中に観葉植物を置くのって良いなあと思っているのだ。タバコで汚れた空気もキレイになるかもしれない。観葉植物ではなくて野菜だけど、それもまた酔狂と言うものだ。ドライブ中にふとキュウリをもぎとって食べるのも意外と格好良いかもしれない。それにこれから夏場である。車の中はさぞや暖かいことだろう。ビニールハウス状態だ。植物もよく育つかもしれない。って、よく考えたら、わたしの車ってスモークガラスだったな。日光が入らないか。いや、そういう問題ではない。

 そうそう。今日のタイトルだけど、「笛と苗って似ているなあ」というわたしの心情を表してみたのが、どうだろう? なかなか良いタイトルだとは思わないか? 思わないか。そうだろうなあ。嗚呼、郵便局で貰ったのが苗ではなく笛だったならば、どんなに嬉しかったことだろう。きっと今頃は、うかれてぴーひゃらららというところだったのに。
 まあ、しかし猫でなかっただけ良いかもしれない。郵便局で猫を貰った日には、どうして良いものか悩んでしまいそうだからなあ。猫に比べれば苗の方がずっと困らないというものだ。何しろわたしのところは、ペット禁止なのである。

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00.05.22 スベラーズ
 昨晩は日記を書いて読んで、それから宛名ラベルの印刷をした。宛名ラベルの印刷作業はWordのインストールからであった。このマシンにWordをインストールしていなかったけ? Wordのインストールが終わって宛名ラベルをガシガシ印刷するぞと思いきや、今回の宛名ラベルは前のとフォーマットが違うんだなあ。前のは2×6=12枚のものだったが、今回は2×5=10枚のものである。0.1mm単位で微調整する。嗚呼面倒。
 ってなわけで、結局寝るのが4時近くなってしまった。ふと窓を見ると明るくなりかけているではないか。土曜日に寝たのも4時過ぎだからなあ。あまり眠くないのだ。今日は睡眠時間3時間半である。今週は無事に乗り切れるだろうか。

 今朝携帯電話を確認したら、「着信あり」になっていた。ん? 昨夜シャワーを浴びている時にでもかかってきたのか。と思いきや、時間は4時43分であった。入眠直後である。寝ていてスマン。んと、しかし、わたしはその時間に起きていると思われたのだろうか。たしかに4時くらいまでは起きていて、空メールボタンなども押していたので惜しいところだけど。うーん。誰なんだろう。非通知になっていたので誰だかわからないんだなあ。心当たりがある方いませんか?

 昨晩の作業は、宛名ラベルの印刷だけではなかった。実はバッグの詰め替えも行っていたのである。そうそう、書くのを忘れていた。昨日ヨドバシカメラで買ってきたのは、宛名ラベルだけではない。実はノートパソコン用バッグも買ってきたのだ。そろそろ新しいバッグが欲しくなってね。しばし熟考の末、気がついたらレジまでバッグを持って歩いていたのである。
 これだから熟考は怖い。たくさんの商品を目の前にして考えていると、そのうち「買わなきゃ」という自己暗示が働いてしまうようである。最初は「買う」か「買わない」かの選択肢で同等の重みであるのが、商品を目の前にすると「Aを買う」か「Bを買う」か「Cを買う」……「買わないか」という選択肢に変わる。こうなると多数決において、「買わない」の重みが「買う」よりも低くなってしまうのだ。最早買うことが前提になってしまうのである。

 何を隠そうわたしは、ノートパソコン用バッグ持ちである。いや、そうでもないかな。まあ、ノートパソコン用のバッグはいくつか持っている。しかし、こんなものは本来ひとつあれば充分なのだ。何個も持っているなんて金の無駄遣いである。でも、買ってしまうんだなあ。それというのも、毎回買ったものが今ひとつ気に入らないからだ。どうしてノートパソコン用のバッグって、どれもイマイチなのだろうか。

 ノートパソコン用バッグに求めるものといえば、
1.ノートパソコンが入る(あたりまえ)
2.周辺機器もバラバラにならずに収まると尚良い
3.いや、その他に本や書類や弁当箱が入るだけの容量が欲しい(必須)
4.ビジネス用に持って歩いても変でなく、むしろ格好良いくらい
5.持ちやすくて、軽いほど良い
といったところだろうか。しかし、これらの全てを満たすものはなかなか無いんだなあ。3を除けば、わりと良いものもあるんだけどね。でも、3は必須なのだ。

 今回は、ナイロンのソフトアタッシュでは芸が無いので、スウェードのバッグにしてみた。ちょっと厚みがあるのが気になるが、しかたがない。パソコンの他に弁当箱、リファレンス本、マンガ、仕事の資料等を持ち歩かないとならないのだ。今までのバッグにそれらを入れるともうパンパンだったのである。といっても、進駐軍の相手はしていないが。
 しかし、せっかく普通のビジネスバッグでも問題無さそうな薄型ノートパソコンにしたというのに、なんでこんなに容量が厳しいのだろうか。まあ、弁当箱だろうなあ。しかも、マイ母が勝手に選んで買ってきた弁当箱がドカ弁サイズだったのだ。おいおい。Mサイズの弁当箱で充分だというのに。この弁当箱だけでカバンの余裕が全然違うんだなあ。まあ、弁当箱はいつか買い換えよう。

 さて、この新しいバッグの具合である。うん。失敗した。カバンの厚さが今までの2倍。本を入れるのは楽になったのだが、その分非常に持ちにくいのだ。厚い分だけ身体から離して持たないとならない。しかし、身体から離して持てるほど軽くは無いのだ。
 まあ、ある程度重いのは覚悟していたけどね。重くてもショルダーにすれば平気だろうと考えていたのだ。ショルダーにするのはなんとなく格好悪くてあまり好きではないが、背に腹は変えられない。

 しかし、甘かった。ショルダーにしても重いものは重い。肩に食い込む。それにずり落ちそうになるので、身体を捻った体勢を保っていないとならない。重い分だけバランスを取るのがつらいのだ。それだけではない。スウェードを選んだのが失敗であった。なにしろスウェードは滑りが悪いのだ。歩いているとスーツと接触している部分が、カバンに引っ張られて着衣が乱れてくるのである。歩きにくい。

 手提げにしてもショルダーにしても持ちにくくて重い。うーむ。今回のバッグ選びは完全に失敗であった。今後の参考としよう。そもそも弁当箱を買い換えるところからスタートするべきであった。というわけで、近々また新しいノートパソコン用バッグが増えそうである。

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00.05.21 ヨヨイのヨイ
 宛名ラベルを買いにヨドバシカメラに行ってきた。町田にヨドバシカメラができて良かったなあ。まあ、宛名ラベルなどは別にヨドバシカメラでなくとも買えるのだけどね。しかし、ヨドバシにはポイントカードがあるからなあ。10%還元。実質的に1割引である。もっとも高額商品についてはカードを使うので8%還元なのだけど、まあそれでも結構なものだ。

 わたしもヨドバシ商法にはまっているなあ。同じものを買うなら積極的にヨドバシを選ぶようになってしまった。町田界隈でいうとソフマップなどでも似たようなことを行っているのだが、やはりヨドバシカメラでなければならないと思ってしまうのだ。そもそもソフマップはコンピュータ関連商品だけだし、入会するのに500円取られるのが気にいらない。
 もっともヨドバシカメラもコンピュータ関係の品揃えにはイマイチ不満があるし、ポイント分を考慮しているのか値段が高いのが難点である。基本的に初心者向け。自作派のような人についてはイマイチなのね。HDやメモリは、バルク品がおいていない。高いんだなあ。まあ、一般家電やカメラがメインの店なのだから、これだけ揃っているだけスゴイことなのだが、やはりソフマップの方が自作派には美味しい品揃えである。

 まあ、こんなことを言いつつもヨドバシを選んでしまうのだから、ヨドバシ商法にはまっているのだ。10%還元といっても、その10%分で新たに商品を買ってもらえるのだから、店側にとっては1割引するよりも負担は軽いだろう。そもそも普通の人は、そんな頻繁に電気製品を買うわけではない。せっかくポイントを貯めても流してしまう人が多いだろう。実質は3%くらいの負担だと思う。
 ポイントカードの裏側を見ると、「ポイントカードは、ヨドバシカメラが初めに考案したシステムです」とのことだ。なるほど、このあくどい商法はヨドバシが考えたのか。しかし、そうやって威張るほどのものでもないと思うけどなあ。

 さて、宛名ラベル売り場を見ていて思ったのだけど、最近は色々なプリンタ用紙関連があるよねえ。考えつく限りの商品がある。フロッピーやビデオのラベルは昔からあったけど、OHPシート、名刺、プリクラもどきのシール、Tシャツなどのアイロンプリント、カセットやCDのレーベル、CDの表面に貼るシール、文字が浮き出るものやエンボス加工のもの、メタリックシールなんていうのがあった。こういうのを見ていると、なんだかみや千代日記のノベルティグッズを作りたくなってくるなあ。

 たとえば、メタリックシールを使ってラベルを作り、市販のお酒などに貼るとかね。あるいは、レーベルとCD表面のシールを使って、みやちょオリジナルCDなんていうのも良いかも知れない。しかし、中には何を入れようか。わたしの歌か? みや千代音頭とか適当に作ってね。みや千代音頭でヨヨイのヨイ。でも、CD-Rを持っていないからなあ。まあ、そもそも誰も欲しがらないか。
 そういえば、以前うちわセットなんていうのを売っているのを見たことがある。ノベルティとしてはなかなか良いかもね。お札の絵柄を印刷して左うちわとか。そういうのでいえば、みや千代日記の第13回「シャツとわたし」で書いたけど、人体のツボを印刷したTシャツを本当にやっても面白いかもしれない。シャツの心は母心。

 しかし、よく考えたら、わたしの家にアイロンが無かったことを忘れていた。Tシャツが作れないではないか。ふむ。わたしもアイロンくらい買えよなあ。それくらいのポイントはたまっているだろうに。でも、そんなことにポイントを使いたくないというか。うーむ。

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00.05.20 I LOVE YOUまで68762031262464
 といっても、例のメールウィルスの話ではない。ええと、今日からカウンタを変更してみた。どこぞのカウンタ変更に触発されたわけではなく、前から構想はあったのだ。構想はあったのだが、今まで何となく手を付けないでいた。ここ2、3日前に気が向いたので、今日作ってみたのである。まあ、気が向いたのはどこぞのサイトの影響かも知れないけどね。

 今までのCGIを改造したのだが、それにしても謎のエラーでまいってしまった。ロジックにはまったくミスが無いのだが、どうも結果が変なのだ。Perlの剰余計算っておかしくないか? もしかすると桁が大き過ぎるからかもしれないし、Perl for win32のバグかもしれない。まあ、さんざん思考錯誤した挙句、ベタなコード(a % b でなく「a - int(a / b) * b」に書き換えた)に書き換えて回避したけどね。
 それから、miyacho.comのサーバー。なんだかおかしいんだなあ。telnetで実行すると問題無いのだが、ブラウザ経由で見ると何故かエラーになるのだ。まあ、こちらは「sub () {」と書くところを「sub {」としたら、エラーを回避できたけど。うーむ。でも、今まで他のCGIは、前者のパターンで書いていたけど問題無かったのになあ。不思議である。

 さて、それはともかく、今回のバージョンから、27進数カウンタにしてみたのだ。27進数というよりは、AからZまでのアルファベットと空白の羅列である。27進数の各桁を空白=0、A=1、B=2、……、Z=26としている。今まではカウンタの数字を空メールにして送るようになっていたけど、今回のバージョンからはこのアルファベットが送られてくるわけだ。
 こうなると、最早カウンタとしての意味は無い。まあ、メールのサブジェクトを見れば、カウントはわかるようになっているんだけどね。しかし、なんとなく意味のある文字列になれば嬉しいではないか。「LOVE」とか「DEAD」とか「MIYACHO」とか「HAPPY BIRTH DAY」ね。空白も入るので、文章らしきものになる可能性がある。まあ、それくらいの目的である。

 というわけで、カウンタはリセットした。18万5千カウント以上いっていることは確認した。20万カウントまで待っても良かったけど、まあ良いか。ちなみに「I LOVE YOU」になるのは、68762031262464カウントである。って、ここまでカウンタが伸びるわけないよなあ。68兆7620億カウント。1年で約10万カウントだとしても……うーむ。子孫に託すか。

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00.05.19 『ゴム人間と焼肉を食べる』について
 ええと、対話ものだなあ。対話ものといえば、第81回の「大阪納豆ゴハン」もそうだ。この頃は対話ものがやりたかったようだ。もしかしたら、わたしは対話ものが得意なのかもしれない。と書いた当時は思っていたのだが、今読み返してみるとそうでもないようだ。

 この頃は、サガミ・オリジナルのコンドームが話題になっていた。そういうわけで、この回のテーマとさせていただいたわけだ。この前か後かは忘れたけど、穴が空いているとかいうことで回収騒ぎになった。しかし、去年くらいに製造方法を見直しして、また復活したようだ。ちょっとだけ話題になった。
 サガミ・オリジナルも回収騒ぎで大損害を受けただろうけど、よく復活したよなあ。この御時世、ひとつの商品で大失敗してしまっては倒産しても不思議じゃないと思うのだが。しかし、復活当時はコマーシャルが何度か流れていたけど、最近は観なくなった。どうなんだろう。復活したけど、やはり信頼を失ってしまって売れなかったのだろうか。それとも最早定番になってしまったので、今更コマーシャルを流す必要が無いということだろうか。

 しかし、思うのだが、コンドームがゴムじゃないことに意味があるのだろうか? まるでつけていないような感覚だとか? でも、そうとも思えないんだけどなあ。むしろ、違和感を感じるような気がする。でも、その違和感が良かったりして。しかし、感触が良いとしても、男にとって良いのか女にとって良いのか。
 まあ、話題だから一回くらい使ってみようかという需要で最初は売れたかもしれないけど、結局ゴムじゃないことに大きなメリットが無い限り、売れ続けることって無いのではないかという気がするなあ。ええと、ちなみにわたしは機会が無いので試したことがありません。試してみたいのだけど……

 ……ゲホン。それはともかく、この回はダジャレの数が多い。でも、これっていうのが無いなあ。どれもベタである。それでも投票ボタンの中に隠しダジャレを入れてみたのには気がついただろうか。「オチはうすうす気がついてました」ってやつね。「うすうす」っていう商品名のコンドームがあるのだ。薬店の安売り目玉商品だったりすることがあるので知っている人も多いだろう。
 子供の頃、薬店の安売りチラシを見て、そのネーミングに笑ってしまった。今も売っているのかなあ。わたしは、新聞を取らない主義なので、ほとんどチラシを見る機会が無い。わからないのだ。結局うすうすも使ったことが無い。もしかしたら使ったことがあるのかもしれないが、今となってはわからない。一度試してみたかったのだが……ゲホン。

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00.05.18 森の声が聞こえる
 日本は神の国である。そうだ。そうなのだ。何しろ技術立国日本を支える科学者達でさえも信心深いのだから疑いようも無い事実だ。なんでも神拝んでニュートリノを観測しているというのだ。神頼みである。それもスーパーなのだから仕方が無い。って、それを言うならだ。
 そんなダジャレはともかく、このところ「森には湿原が多い」という話をよく聞かされる。まったく森のくせに湿原とはどういったことだろうか? 湿地帯なのだろうか? ラムサール条約に登録しなくて良いのだろうか? って、これのどこが「ダジャレはともかく」なのだ?

 それにしても、「神の国」発言はマズかったなあ。あちこちで叩かれている。でも、本人は、「日本が神の国で何が悪い」、「帝国主義で何が悪い」、「帝国は素晴らしいのだ」、「大日本帝国データバンク万歳っ!!」と思っていることだろう。思っていないか?

 しかし、まあこれだけ各方面で叩かれると、さすがに可哀相である。ここはひとつ、わたしが弁護しようと思うのだ。なあに、わたしにかかれば黒いものでも白という結論にすることができるのだ。やってみようではないか。

 わたしが主張したいのは、そもそも森は「日本は神の国である」なんて言っていないということである。恐らく皆さんは文脈から「神の国」だと解釈しているのだろうが、ここが日本語の難しいところである。森が本当に言いたかったのは、「日本は紙の国である」ということなのだ。

 たしかにその通りだ。日本には紙が氾濫している。あっちもこっちも紙だらけだ。マルコ・ポーロは、日本が黄金の国だと主張したが、それが誤りなのは周囲を見渡せばすぐにわかるだろう。黄金など滅多に見かけない。しかし、紙はいっぱい見ることができるのだ。なにしろ道を歩けばティッシュペーパーが貰えたりするくらいだ。
 そもそも日本で、もっとも価値を持っているのは紙である。福沢や夏目の顔写真が印刷してある紙を充分に多く持っていれば、愛を除いた大抵のモノと交換できるのだ。これで日本が紙の国でなかったら、一体何の国というのだろうか?

 似たようなところで蟹の国という手もあるが、それはちょっとどうかと思う。蟹を財布に入れて持ち歩いたり、自動販売機に蟹を入れてジュースを買ったり、蟹束で女の子の顔をひっぱたいて言うこと聞かせたりしないとならないのだ。そんな国は想像するだけでもイヤである。


 現実には蟹の国など無いから良いとして、かなり以前からペーパーレス化が叫ばれている。しかし、一向にそうなる気配が無い。書類は必ずプリンタで印刷して提出しないとならない。印鑑が押されていなければならない。手書きでなければならない。提出が義務付けられている書類も、ここにきてむしろ増えているくらいだ。
 ちょっと残業するだけでも、書類を提出し上長の印鑑を貰わなければならないところもある。似たようなことを書いた各部署宛に書類を何枚も提出しなければならないこともある。本当にこんなに多くの書類が必要なのだろうか。何に使っているのだ?
 デジタルデータにしておけば、統計がすぐに取れるし検索するのも楽だ。最小限のデータ入力であっても、違う種類のデータ同士をマッチングして新たなデータを作りだし、違った視点でものを見ることもできる。書き損じがあってもすぐに修正できるので無駄が無い。それなのに、何故かデジタルデータではダメで、紙の書類を作らないとならないんだなあ。

 やはり日本人が紙が好きだからだろう。あらゆるものが紙でなければ安心できないのだ。日本人は紙を敬っているのだ。だから、日本人は紙の民で、日本は紙の国なのである。
 国民はもっと紙を使わなくてはならないのだ。日本はもっと紙の国になるべきなのだ。しかし、それではリサイクルをしても紙が足りなくなるって? 何を言っている。日本にはあちこちに原料となる木が生えているではないか。そんなものは、森を切ってしまえば済む話だ。森なんて要らない。どんどん切ってしまえ。森なんか切ってしまえっ!!

 というわけで、森はクビを切られると。……あれ?

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00.05.17 あれがほしい、これはほしいい
 わたしが一日の中でもっとも楽しみにしていることのひとつに食事がある。ちなみに楽しみはもうひとつあって、それは睡眠である。と書くと、食っちゃ寝の人みたいだが、ちょっと違う。人生において、食べることよりも寝ることよりも楽しいことはいくらでもあるのだ。ただ「一日の中で」と限定すると、他にあげようがないだけである。毎日することの中で楽しいものと言ったら、普通食事と睡眠くらいだろう。
 って書いていたら、なんだか食事をすることが特に楽しいものでもないような気がしてきたなあ。いやはや、今日はこういう話の展開をしようと思っていたわけではないのだ。そうそう、食事は楽しいのだ。食事は歓びなのだ。食事よりも偉いものは無いのだ。と、これくらい言っておけば良いだろうか。

 ところが最近不満があるのだ。何が不満かというと、そう、マイ母なんだなあ。マイ母には、この前書いたように食事の前にキモチの悪い話をしてくるということもある。しかし、それよりも実際あまり美味いものを食べていないということの方が大きい。美味いものを作ってくれよお。

 世の中ではグルメという存在を忌み嫌っている人がいる。確かに食べ物に関する知識をひけらかすばかりでイヤミっぽい人がいる。一生懸命作った食事に文句をつける人もいる。最低な行為だ。なるほど納得できる。しかしながら、せっかくならば美味いものを食べたいではないかと思う気持ちも否定できないのだ。
 グルメが忌み嫌われるのは、ほとんどそのイヤミの部分だろう。さも自分が料理について見識を誇示するがために、特に不味くなくとも、出てきたもののほとんどを貶しまくる。如何に高価な食材を食べたことがあるかを「おまえら食ったことが無いだろう」とばかりに自慢する。これではグルメという行為が嫌われるのも無理は無い。

 そもそもグルメを自称する人にも、いやグルメを自称する人にほど、味を知らなかったりする人が多い。たとえばタバコ。喫煙者はどうしても嗅覚や味覚が鈍くなる。微細な味がわかるレベルじゃない。喫煙者の言うことはあまりアテにしてはいけない。
 また、好き嫌いが多い人もダメだろう。好き嫌いが多いということは、それだけで特殊な嗜好をしているということだ。食の経験も偏ったものだろう。そんな特殊な嗜好をしている人が他人に良し悪しを語っても意味が無い。これらの人は、食べ物についてあまり偉そうに語ってはいけないだろう。
 かく言うわたしも喫煙者である。基本的に好き嫌いはほとんど無いが、虫の料理のようなゲテモノは食べられないだろう。つまり、わたしも結局味を知らない人間なのだ。だから食べ物に対して滅多なことでは文句を言うまいと思っている。しかし、それでもマイ母には困ってしまうのだ。そんなレベルの話ではないのである。

 わたしが帰ってくる時間は、平日でも休日でも遅い。しかしながら、マイ母は、自分が腹が減っているからと、さっさと作って食べている。うん。それ自体は大変良いことである。腹が減っているなら、無理せず先に食べてほしい。
 しかしながら、わたしの分は何とかならないものだろうか。作ってから何時間も経ったものだ。一応電子レンジで温めるが、それでもぬるいし時間が経っているせいでクタクタになっているのだ。うどんなどは、汁に入れっぱなしで悲惨な状態になっている。スパゲティはソフト麺になっている。
 別に下ごしらえだけしておいて、わたしが帰ってきてから火を入れれば良いのではないか? ステーキなんか焼くのに時間がかからないだろう。焼き魚も炒め物も揚げ物もそうだ。食べる直前に仕上げれば良い。出来たてが一番美味いのだ。
 そもそも、着替えをしたり、シャワーを浴びたり、メールチェックをしたり、帰ってきてから食事の間までにすることはいくらでもある。それらのことをしていたら、腹が減っていても気にならない。それなのに、どうしてそんな中途半端なことをするかなあ。というか、わたしがシャワーを浴びている間に電子レンジにかけたりするので、シャワーを浴び終わった頃には、結局冷めていたりするのだ。

「そんなに言うなら自分で作れ」と思う人も多いだろう。うん。そうなのだ。自分で作れたら、どんなに幸せなことだろうか。一人暮しの頃は自炊していたのだ。たとえ23時過ぎに帰ってきても嬉々として作って食べていた。だから苦でも何でもないのだ。
 しかし、マイ母はわたしが食事を作ることを許してくれないのである。まるで、バスの停車ボタンを押したがるダダっ子のように、わたしを困らせるのである。だったら、ちゃんとしたものを作ってくれよお。散々言ってもダメなんだなあ。こんな調子で毎晩の食事が全然楽しくないことがもう3年以上続いているのである。

 晩飯だけならまだ良い。わたしは、経済的な理由から昼飯を弁当にしている。マイ母作である。これがまた困ったものなんだなあ。一日たった2回の楽しみなのに、その両方がつぶされてしまうのだ。経済的な理由から弁当にしているというのに、入れれば良いだけの出来合いのモノや冷凍食品を多用するのだ。それでは高くついて意味が無いではないか。
 まあ、経済的な理由だけなら、まだ文句は言わない。しかし、ナニコレと思うことがたまにあるのだ。味以前の問題である。昨日などは、飯が乾燥していたのである。おそらく、炊飯器が半開きのままだったか、弁当のフタを閉めずにしばらく放置していたのだろう。箸ですくってパラパラ、噛んでガチガチなのだ。何が悲しくて、昼ご飯に干し飯を食べされられるかなあ。宇宙食をそのまま食べさせられたようなものだ。

 まあ、わたしも悪いのだ。不味くても勿体無いからと言って残さずに食べてしまう。危機感は湧かないだろう。以前は何度か注文を出したことがあるが、最近はあきらめているのであまり文句は付けない。それでわたしが満足しているものと勘違いしているのだろう。こんなに不満なのに。しかし、さすがのわたしも昨日の干し飯だけは残した。これからも不満があれば残すことにしなくては。

 さて、昨日はこうして弁当を残したのであるが、案の定「なんで残したの?」とマイ母は聞いてきた。そこでわたしは待ってましたとばかりに、ご飯が乾燥していて食えたものじゃなかったと説明した。炊飯器や弁当のフタには気をつけておくように。
 ところがだ。こともあろうにマイ母は、炊飯器のせいにしやがった。「最近この炊飯器おかしいのよね」だと。んなわけあるか。フタを閉めたつもりになって、半開きになっているだけだろう。さては、またわたしに家電製品を買わせようという魂胆だな。しかも、1万円程度のじゃイヤだと何万円もするような炊飯器を。

 だあ、そんな感じで家電製品を買い換えていたら、新しいノートパソコンはおろか、新しいバッテリもCPUもHDもメモリもCD-RWもDVD-ROMも無線LANもプレステ2もビデオデッキもテレビもエアコンもケーブルテレビの加入代金も新しい携帯電話も遠のいてしまうではないか。ちなみに、これらは今検討中の欲しいものである。しかし、それよりもわたしのために食事を作ってくれる人が一番欲しかったりして。案外それで万事解決かもしれない。

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00.05.16 バッテリとメモリ効果とわたし
 月曜の朝は眠い。なぜならば夜寝るのが遅いからだ。それというのも前日が日曜日だからである。日曜日は遅く起きる。その上昼寝をする。日頃睡眠不足なので、日曜日くらいゆっくりしたいのである。もっとも土曜日もゆっくりしているけどね。それはともかく、そんなわけで日曜日には睡眠不足をきっちり解消してしまうため、夜になっても眠くならない。結果寝るのが遅くなってしまうのである。なんだか子供のようだ。
 しかしながら、溜まっていた睡眠不足は解消されているので、月曜日はそんなに眠いわけではない。睡眠不足は月曜日から金曜日にかけて徐々に溜まっていくものである。それを土日で解消する。そんなサイクルになっているのだ。もっとも最近では、それでも睡眠不足が溜まるのが早いんだなあ。今日だって火曜日なのに、もう睡魔がガンガン襲ってきていたのだ。昔は、毎日2時過ぎに寝ても平気だったのに。土日だって昼寝をしなかったのに。

 さて、話は変わってバッテリである。わたしがこのダイナブックを買ったのは、一昨年の10月だ。1年半ほど経っている。しかし、最早バッテリがダメになってきているのである。最早というか、本当はこんなものなのかもしれないが、それにしても早いよなあ。一応、別売りの大容量バッテリ2万円也を購入して、標準添付のバッテリと両方併用している。それほど酷使をしているつもりはないのだけどなあ。
 買った当時、大容量バッテリの使用時間は3時間半くらいであった。もっとも10%ほど残して終了させていたし、常にフルパワーで使用していたので、本当はもっと使えていたかもしれない。それが今では、色々パワー調整をしても2時間を切っている。ほとんど半分の使用時間に成り下がってしまった。標準添付される方のバッテリに至っては、1時間もたない。こんなに短い時間では、みや千代日記を推敲している時間が無いではないか。というわけで、みや千代日記の更新回数が減ったのである。もちろんこれは言い訳だ。

 使用時間だけではない。どこかおかしいのだ。バッテリ残量40%を切ったあたりで、突然バッテリ残量が3%に変わってレジュームしようとするのだ。まあ、バッテリに内蔵されているマイコンの計算方法が悪いせいだろう。バッテリの使用時間が減った場合に対処していないと思われる。
 使用時間が減るだけなら、まだ問題は無い。ACアダプターに接続しているのにバッテリ切れで突然電源が落ちてしまうことがあるのだ。ディスクアクセス中に突如電源が落ちてしまうこともある。それは危険すぎるだろう。おそらく電圧変化とバッテリ残量の計算がおかしくて、間違えてバッテリから電源を確保しようとするんだろうなあ。そんな症状がここ半年頻出するようになってきた。さすがに限界である。

 というわけで、新しいノートパソコンの購入を考えているのだ。わたしは、一年に一台ずつパソコンを購入することにしているのだ、しかし、去年は買わなかった。危急ではないからとガマンしたのだ。そのせいで、こんな事態になっているのであるが。いや、それでも普通の機械は2年くらい楽勝で持つはずだけどなあ。ダイナブックって品質が悪いのかなあ。
 新しいバイオノートが発表になったけど、それにはちょっと心をひかれている。中容量のバッテリで3.5時間、大容量のバッテリで6時間程度持つとのことだ。それだ。それくらいの使用時間が欲しかったのだ。それだけあれば、一日の使用には、ほぼ問題が無い。しかし、充電時間が心配だったりするけど。

 使用時間を稼ぐならば、多少重くなっても良いから、バッテリを大きくするという手がある(というか今は軽量化の犠牲となって、むしろ小さくされているのだが)。しかし、それにも問題点があって、今度は充電に時間がかかってしまうのだ。今でさえたった2時間使用するのに4時間も充電しているのである。バッテリを大きくしても、一晩で充電が終わらないようになってしまっては意味が無い。
 そんなわけで、TransmetaのCrusoeには期待しているんだけどなあ。性能はモバイルPentiumIII並み(500Mhzくらい?)で、消費電力は1〜2W程度だというのだ。しかし、いつ製品ができるのがわからない。ソニーが協力しているというから、バイオノートでそのうち出るのかなあ。でも、これ以上遅れたら、CPUパワーがトレンドよりも低過ぎて誰にも相手されなくなりそうだ。トーバルスもこんなにトロい仕事をしていたら、マイクロソフトにイチャモンを付ける資格は無いというもんだ。と言ったら、Linux信者に怒られそうだな。

 さて、ノートPCを買うのも良いのだが、何ぶんにも先立つものが無い。今月は車の税金もあるのだ。そこでバッテリのみ買うという選択肢もある。別売りのバッテリを買い足すというのもありだろう。しかし、今のバッテリも2時間は使用できるのだ。もったいない。しかし、両方を併用しようと思うならば、別売りの充電器を買わないと一度に2本のバッテリは充電できないのだ。いい加減買い換えようと思っているマシンにそこまで金をかけたくない。
 エナックスのパワーバッテリーという選択もあるのだけど、どうかなあ。各マシンで汎用性のあるから別のマシンを買っても無駄にならないってことと、ノートパソコンとは別に充電できるっていうのは良いけどね。ダイナブック用のプラグは別売りだし。結構がさばるし。450gはバッテリだけで見ると、ちょっと重い。安いものじゃないからなあ。

 しかし、このバッテリもヘタるの早いよなあ。リチウムイオンバッテリは、600回充電してもほとんど性能が落ちないってことがウリなのに。このバッテリは、せいぜい400回くらいしか充電していないはずである。まさかメモリ効果か。しかし、リチウムイオンバッテリのウリは、メモリ効果が無いってことなのにはずなのになあ。何でこんなにヘタるのが早いのだろう。ええと、メモリ効果?

 そういえば、わたしが睡魔に対して弱くなったのは、昼寝するようになってからのような気がする。休みの日につい何度か続けて昼寝をしてしまったら、最早休みの日には昼寝無しというのが考えられなくなってしまった。これが平日にまで影響を及ぼしてしまっているような気がするのだ。
 昼寝を習慣づけてしまってから、わたしの有効活動時間は6時間程度になってしまったのかもしれない。6時間活動すると身体が自然と睡眠を欲するような気がする。もしかするとメモリ効果か?

 となれば、これ以上メモリ効果を増やすわけにはいかないのだ。そのためには毎晩必ず充分な充電をすることと、有効活動時間を目一杯使い切ることが重要だ。だから、マイ母や。間違えて一時間早く起こすのはヤメてくれ。有効活動時間が短くなってしまうではないか。別に寝過ごしてなんかいないのに。しくしく。

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00.05.14 『はみだしおまけ:緊迫させる女高生』について
 うーん。読み返してみたけど、これは失敗作だろうなあ。いまひとつ状況の面白さが伝わってこないのだ。書き始める前までは、もっと面白い話になる予感があったのになあ。きちんと書けば、もっと面白く書けたはずである。どうにも話が散漫で状況がわかりにくい。わたしの筆力不足である。この回は、はみだしおまけということだけど、おまけ日記にはこういう事態になることがたまにある。レベルを揃えるのは難しい。

 わかりにくかったかもしれないということで、ここでも簡単にあらすじを書いておく。こんな感じだ。

 女子高生の2人組と一緒に満員電車に乗り込んだ。女子高生は、後から乗り込んできたのに、わたしを押しのけて前に回り込んできた。わたしは、行動が邪魔されてちょっと不機嫌である。

 なんだかキャピキャピ話をしている。その話を聞いてふと前を見たら、外人さんがもの凄い形相でこちらを睨んでいた。その女子高生に対して怒っているのだろう。しかし、女子高生は、さらに外人さんを刺激するような失礼なことばっかり言っている。しかも、わたしの後ろに隠れて。外人さんは、今にも襲いかかってきそうな勢いである。
 もし、外人さんがキレて襲いかかってきたら、きっとわたしも巻き込まれてしまうだろう。そうなる前に電車が発車してほしい。しかし、なかなか発車しそうもない。ドアが閉まらない。ちなみにこれは溝の口での出来事なのだが、溝の口では急行電車が1分程度停車するのである。その1分の間、ずっと女子高生は失礼なことを言い続けていたのだ。わたしの方は恐怖である。
 そして、ようやっとドアが閉まったと思った瞬間、女子高生は、こともあろうにあかんべえをしたのである。しかし、ドアが閉まったのは良いが、それでもまだ電車は走りださないのである。懐から銃を出して撃ってくるなんていう想像をしてしまった。非常に怖かった。

 という話である。うーむ。話が散漫ということもあるけど、なんていうかオチが無いんだなあ。オチというかなんというか、話がここでシメられたという感じが無いんだなあ。「それで何?」といった感じだろう。もうちょっとオチをひねれば良かったのかもしれない。うん。この教訓は、今後に活かしていこうと思う。

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00.05.13 『腿の鼻』について
 いやはや、すっかり間が空いてしまったけど、別に再放送をやめたわけではない。とりあえず、最後までやるつもりだったのだ。なんとなく、ここのところ普通の日記というかなんというかばかりを書いていたからなあ。まあ、ちゃちゃっと済ませるか。

 ロンボニね。WGPは日本人が誇れるほとんど唯一のスポーツなんだけどなあ。この間の日本GPなんて、500cc,250cc,125ccの全クラス優勝、9つの表彰台のうち8つまでを独占してしまったくらいだ。獲れなかったのは、500ccの2位だけである。これほどまでに世界の舞台で日本が圧倒している競技は無いのだろう。しかし、日本での扱いはいまひとつである。WGPが盛んなのはイタリアとスペインなのだけど、原田はイタリアでは中田より、宇井もスペインでは城よりも知名度が上だと言われている。
 どうも日本ではバイクに対して偏見を持つ人が多いことが原因のような気がする。昔聞いた話だけど、頭のおかしいPTAが50cc以上のバイクのCMを放送するなと圧力をかけているらしいのだ。「バイクのCMを観る→バイクが欲しくなる→バイクに乗る→不良になる→バイクのCMは教育に悪い」という論理だろう。アホか。しかし、そのせいでメーカーもCMを自粛しているらしい。バイクのレースについてもあまり目立つような放送をすると、圧力をかけられてしまうということだろう。まったく迷惑な話である。

 そうそう、青木3兄弟がウルトラマンダイナに出演していた時は笑ったなあ。知らずに何の気無しにテレビをつけたら、どこかで見たことのある顔が。あれってTBSだったっけ? TBSが放映権を獲得していたら、WGPももうちょっと違った事態になっていたかもしれない。日テレがテレビ大阪から放映権を奪ってしまったため、おかしなことになってしまったのである。日テレのばか。
 その青木3兄弟の次男の拓馬だが、この後大事故によって大怪我を負ってしまいレースに出られなくなってしまった。リハビリはしているらしいが復帰できないのだろうか。復帰できても、以前のパフォーマンスを取り戻せるだろうか。うーん。復帰して欲しいものである。

 と、WGPの話ばっかりになってしまったなあ。でも、今回は他に解説するようなことが他に無いのである。そうそう、わたしは女の子と遊ぶのが結構好きだった。さすがにひな祭りパーティーには出席しなかったけど、子供の頃はわりと自然に女の子の中に入って遊んでいたと思う。女の子と遊ぶのが楽しくって仕方なかったのだ。
 中学生の頃もよく放課後教室に残って、女の子とだらだら会話をしていた。しかし、いつのまにか女の子と会話をするのが苦手になってしまったなあ。高校の頃までは、まだ苦手意識は無かったのだけどね。高校を卒業してからは、女の子の少ない環境ばかりだったからなあ。自然と男とばかり会話するようになってしまった。

 というわけで、女の子と一緒にいると何を話して良いかわからなくなってしまうのである。下手な話ができない。そのわりには女の子と会話しているような気がするけど、ほれ、女の子がよく喋る人の場合は、大丈夫なんだ。会話をしながら接点を見つけたりね。でも、大人しい女の子の場合は、会話が途切れてしまうと「何か面白い話をしないと」って焦ってしまうのだ。おろおろ。
 こういう時は、もう抱きしめちゃうという手があるんだけど、ほれ、そういうことをしても良い関係の女の子とは限らないわけだ。「いきなり何するの」ってぶたれちゃったりね。それが公衆の面前だったりすると、もう格好悪いよね。というわけで、おろおろしちゃって、まいってしまうんだなあ。そういうわけなので、抱きついても良い関係の女の子がいてくれたらなあと思うのである。

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00.05.12 ダシの使いすぎ
 そこいら中に電波が飛んでいるのだ。なにしろこの世は電波で溢れかえっているのだ。ほら、そこにもここにもあそこにも電波が飛んでいるのだ。といっても、「毒電波が頭に語りかけてくるーっ」という話ではない。そうではなくて、日常において本当に電波は飛び交っているのである。
 日本国内であれば、一部の地域を除いてテレビやラジオの受信が可能である。電波が飛び交っている証拠である。電磁波として考えると、パソコンだって、蛍光灯だって、ほとんど全ての電気製品が電磁波を発しているのだ。もっともシールドが施されていて、強度はかなり抑えられているけどね。それはともかく、電波といえば今や放送局よりも携帯電話の方が代表格かもしれない。

 携帯電話は非常に便利である。未だに持たないことをポリシーとしている人もいるけど、そのような人は極めて珍しい人種ということになっている。きっと変わり者と称されていることだろう。今では、それくらい携帯電話が必携のアイテムとなってしまった。なにしろ電話を持って歩けるのだ。もし携帯電話が無ければ大変である。有線電話を持って歩かねばならないのだ。
 日常においての行動半径が10kmだとすると、10km分のコードが必要である。たかがコードとはいえ、10kmも長さがあれば相当な重さとなるだろう。大変な筋力を必要とされるのだ。いや、それだけならまだ良い。皆がそういうことをすれば、家に帰る頃には確実に何千人、何万人分ものコードが絡まっているのだ。そんなものをどうやってほどけというのだろうか。ほとんど無理な話である。そういうわけで、携帯電話は非常に便利な道具なのである。

 ところがだ。これほどまでに当たり前となった携帯電話だが、電車やバスの中で使うことがマナー違反とされているんだなあ。そもそも本当に使いたいのは、ほとんどが電車やバスの中なのに。たとえば、待ち合わせをする時に「ちょっと遅れそう」とか「何時何分に○○に現れるので、そこで合流しよう」とか、電車に乗って移動しながら話をつければ時間のロスが無い。便利である。しかも、緊急性が高いこともある。そういうわけで仕方なく利用することもあるのだが、そんな時は他人の視線が突き刺さるように痛いのだ。
 今や世間では、電車やバスの中で携帯電話を使うのは極悪非道という認識になっているのである。わたしは本当に緊急に連絡をしたいので使っているだけなんだよお。無駄話をするつもりは無いんだよお。電車内で携帯電話を使うことなんて滅多にないんだよお。というわけなので、何でもかんでも電車内で携帯電話禁止というのもどうかなと思うのだ。どうしても使いたいこともあるだろう。

 などと書いたのは、最近電車の吊り広告を見かけて、ふと疑問が湧いてきたからだ。詳しくは何と書いてあったかは忘れたが、「ペースメーカーが誤動作するから電車内では携帯電話を使うな。電源を入れているだけでも、電波を発信しているのでダメだ。電源を切れ」という主旨のものである。ということは、美人OLを中心に最近電車内でメールをやりとりしている人が増えてきたが、会話だけではなく、メールのやり取りすらも禁止ということである。
 うーん。たしかに、ペースメーカーが狂っては困るだろう。命に関わる問題だ。もっともな理由のような気がする。しかし、わたしにはどうにもひっかかって仕方が無いのだ。マナー違反というだけでは、電車内で携帯電話を使用する人が減らないから、ペースメーカー使用者をダシにしたといった、むしろ卑劣なやり口のように思うのだ。ペースメーカー使用者の命に関わるとなれば、誰もおいそれと反論できないだろうといった考えである。

 そういえば、病院内では携帯電話の使用が著しく制限されている。医療機器が誤動作するからだそうだ。飛行機内でも同様に通信機器等が誤動作するから使用禁止となっていることが多い。一時期は、ノートパソコンも電磁波を発するから禁止という話も聞いたことがある。
 これらの話を聞いていつも思うのは、「電磁波対策くらいしやがれ。高価な機械なんだろ」である。機能や精度が違うとはいえ、携帯電話の電波でノートパソコン等の民生品の電子機器が誤動作することは、まずない。何百万円から何億円もするような高価な機械がそれくらいの対策を施さなくてどうかと思うのだ。

 高価な機械というわけではないが、ペースメーカーも同様である。昔から様々な場面で、ペースメーカー使用者に注意を促す貼り紙を見かけてきた。たとえば、万引き防止装置などには大抵そのようなこと書かれている。冒頭に書いたように携帯電話に限らず、世間には電磁波を発するものが多い。ペースメーカー利用者もいちいちそれらのもの全てに注意していたら、不便でしょうがないだろう。
 それなのに、どうしてこんなに長い間、電磁波対策がおざなりにされているのだろうか? たしかにペースメーカーの機能から考えると、電磁波対策は難しいのかもしれないが、今のテクノロジーで不可能ではないだろう。どうもこの問題は、ペースメーカー側で対処すべき問題のような気がする。

 しかし、こういうことを言うと、「そんな自分勝手な非道いことを言うな」と言われそうだなあ。でも、それってどうだろう。どうも世間では、ハンデを負っている人には同情しなくてはならない、健常者がガマンしてハンデを負っている人を優先しなくてはならないといった風潮があるように思うのだ。そのわりにバリアフリー化は未だに中途半端ではあるが……
 それはおいといて、もし「携帯電話の使用制限よりもペースメーカーの方で対策を考えるべき」ということが非道いと思うならば、そんな風潮に流されすぎだと思うのだ。また、ペースメーカーの製造元にそういうリクエストを出しにくいということもあるかもしれない。ペースメーカーの製造者は助けてくれる人、携帯電話の使用者は危害を加えるだけの人、どちらが攻撃の対象としやすいかというと、後者になりそうな気がする。実際ペースメーカー使用者はどのように感じているのだろう?
 しかし、この場合、どちらが建設的だろうか。なぜならば、ペースメーカーさえしっかりしてくれれば、携帯電話以外にも色々と助かる場面が多いと思うのだ。本当にペースメーカー使用者のことを考えるならば、わたしの意見の方が正論だと思うのだが……

 まあ、携帯電話を無闇に使用しないに越したことはないけどね。ただ、携帯電話を使用する人に不便を強いることを一番に持ってくるよりは、ペースメーカーの電磁波対策を積極的に講じることの方が大事だと思うんだけどなあ。もっとも、その辺の事情に詳しくないのでわからないけど、実際は相当の対策がなされていると思うけどね。対策がなされていないペースメーカーを使用している人は、ほとんどいないと思う。

 実際、どれくらいの確率で問題が起こっているのだろうか? これだけ携帯電話が普及しているのだ。電車に乗って携帯電話の電源を切っている人なんて極めて少数だろう。ペースメーカーを使用している人も普段気がつかないだけで相当数いるだろう。だとしたら、あちこちでこの問題が起こってもおかしくないと思うのだ。
 誰だって、一日に何回かは間違い無く他人の携帯電話のすぐそばにいることがあるだろう。何日かに一度は、他人の携帯電話が至近距離で鳴っているはずだ。しかし、問題が起こったという話は、まず聞いたことがない。本当に、そんなに問題が頻繁に起こっているのだろうか? ほとんど有り得ない事象を元に携帯使用者を封じ込めようとしているのではないだろうか? というわけで、件の広告がペースメーカーの使用者をダシにしたように感じられるのである。むしろ非道いのは、この広告の製作者ではないだろうか?

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00.05.11 嗚呼眠い
 今日は、突然職場の呑み会が催された。うーん。金が無ければ断るところなのだが、いまひとつ断る理由が無いのだ。というわけで、参加してきた。今はちょっとホロ酔い気分といったところである。いや、本当は、ボロ酔い気分といった方が正しいかもしれない。なにしろ、今週は睡眠不足でボロボロなのだ。嗚呼眠い。しかし、ホロ酔いとボロ酔いでは、耳がまったく性感帯だなあ。いや、もとい、意味が正反対なのだ。うん。まあ、こんなシモネタを書いてしまうくらい、今はボロ酔いなのである。

 さて、話は変わって、どうやらわたしはビジュアルな連想が得意なタイプのようである。話を聞いていると、即座にその情景を想像してしまうのである。所謂ビジュアル系というやつだ。わたしが、将来おばあさんになったら、きっとビジュアルばあさんと呼ばれてしまうことだろう。って、「ビジュアルばあさん」については、今まで何度も使っているダジャレであった。同じダジャレは自粛しないとね。

 ええと、で、ビジュアル系の連想が得意だというのは、実はこの間マイ母とケンカをしてしまったことから再認識してしまったのである。それというのもだ。あっ、ええと、ここは黙って聞いて欲しい。

 その晩、わたしはスカして帰ってきた。おおよ。わたしは、スカしたやつなのだ。どの辺がスカしたやつかというと、主にお腹の辺りである。そう。つまり、わたしはお腹をスカせて帰ってきたのだ。グーグーである。そして、ようやっと晩飯にありつけるという時のことである。マイ母が話しかけてきたのだ。

「ねえ。イモリって知ってる?」

 ん? なんだ。井森みゆきのことか。そういえば、最近テレビに出ていないなあ。いや、郁江ちゃんと一緒に料理番組をやっていたか。まだまだ現役で頑張っている人だ。過去の人扱いをしてはいけないのだ。んで、その井森みゆきがどうしたのだ? わたしと結婚したいとでもいうのか?

「あのね。今日の昼間、庭にイモリだと思うんだけど、出たのよ」

 ん? なんだ。やっぱりそっちのイモリか。

「イモリって、どんな形をしているの?」

 なんだ。今までイモリを見たことが無かったのか。イモリというのは、黒くてヌメヌメしていて、ええとなんだ小さいトケゲというか……、はっ、今気持ち悪いものを想像してしまった。こういうのはすぐに想像できてしまうんだなあ。ああ、いかんいかん。考えてはいかん。

「なんかねえ。すばしっこいのよ。ピューって走るの。黒いのが」

 だから、想像させるようなことを言うんじゃない。少なくとも食べる前には。うーむ。一気に食欲減退してしまった。目の前の飯が急にイモリを焼いたものに見えてきた。いや、イモリだけでない。たとえば、こちらの料理は虫の料理に見えてきた。うあーっ、もう食べない。なんだか食欲が無くなってしまった。

「何よお。なんで食べないのよお」

 って言われてもなあ。そういう想像をさせるから悪いのだ。まったくデリカシーの無い人である。マイ母が口を開けば、食欲が無くなりそうな話しかしないから困ってしまうのだ。イモリの話はともかく、他に口を開けばワイドショーネタなのである。いや、最近のワイドショーって、デヴィ夫人を始めとする熟女の話題とか、猟奇殺人だとか、足の裏の話とか、とにかく食欲が減退するような話題ばかりなのである。
 と書くと、世の女性の支持を受けないだろうなあ。「それくらいで気持ち悪がってどうする」とね。普段ワイドショーを見ながら食事をしている人には、今の話のどこに問題があるのかわかりにくいと思うのだ。すまん。
 でも、わたしはダメなのだ。猟奇殺人といったら、今まさに食べようとしている肉が人肉に見えてしまうのだ。刺身を見ると、野村紗知代の女体盛りを想像してしまうのだ。そして、食欲がすっかり減退してしまうのである。どうやら、わたしは、ビュアル的な連想が強すぎるようである。

 かように難儀な体質なのであるが、それでも便利な時もある。夜眠る前に思い浮かべるあの子のことも触れることができそうなくらい鮮明に…… ケホン。いや、何でもない。まあ、とにかく想像力が豊かなみやちょなのである。

 わたしは昼休みに弁当を食べながら、日記を読んだりすることが多い。うーむ。日記には比較的少数であるが、うんこなどスカトロ系の話題を書く人もいる。しかし、不思議とわたしは、日記を読んで弁当を食べられなくなったということがないのだ。どうしてなのだろう?
 まあ、たぶん、そういう日記は読み飛ばしているからだろうなあ。自己防衛本能で、その手の単語が含まれた文章を読んでいると、右から左に抜けて行くようだ。そういえば、スカトロ系の話題は頭に残らないことが多い。会話の場合は、おざなりな返事が出来ないので、真剣に頭を働かせているけど、文章の場合は、内容を読まずにボタンだけ押すなんでこともできるからなあ。

 いや、だからね。何が言いたいというわけではない。うん。日記内容は書き手に委ねられるものだ。反社会的な内容でなければ、基本的には何を書いても良い。ただ昼休み前に更新される方には、できれば食欲の湧きそうな話題を書いていただきたいなあと思ったりするのだ。
 そういえば、「今日の花ちゃん」って、最近は夜の更新が多いけど、ちょっと前まで昼休み前に更新されることが多かった。あれは良かった。なにしろ、「今日の花ちゃん」を見ていると食欲が湧いてくるんだなあ……なんて言ったら、カンカンさんに怒られそうだ。でも、なんだか柔らかそうなんだなあ。

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00.05.10 書くのに5日もかかった
 いやはや、ここのところゴニョゴニョ作業していたので、書いている時間が無かったのだ。というか、作業の合間を見ながら、少しづつ書いていたのだが、全然書き終わらなかったという方が正しいかもしれない。最初に言っておくが、今日のは長い。

<序文>

 さて、5月2日の晩から5月5日の早朝にかけて大阪の方まで行ってきた。目的は5月3日に開かれる雑文系の集まりである。まあ、単なる呑み会だ。いつも関東ばかりでは同じメンツばかりなので、いまひとつ新鮮味が無い。ゴールデンウィークくらいは遠征して、たまには関西系の人と呑むのも良いだろう。ということである。
 そうそう。ええと、今回は雑文系の集まりということで、猿人系の人には馴染みの無い名前が出てくることを断っておく。猿人の人にはつまらないと思うけど、まあ雑文系の人でまとめてくれそうな人はいなさそうなので、今回はわたしがまとめておこうと思うのだ。

<往き>

 出発は5月2日の21時、原宿からである。雑文系の集まりでわたしの車で移動する時は、最早原宿集合ということが定番になってしまったようだ。うん。便利なんだなあ。原宿は基本的に中学生の街なので、20時過ぎともなると人気が極端に少なくなるのだ。原宿の夜は早い。加えて、竹下口の辺りには駅の真ん前にパーキングスペースがある。車を停めておくにも丁度良い。
 しかしながら、今回の21時はちょっと早かったかもしれない。しかもわたしは、遅れてはならないと早めに出かけたので、一時間も早く着いてしまったのだ。車を停める場所が無かった。ゴールデンウィークということもあったかもしれない。うーん。22時集合にしておくべきだったか。失敗。

 往路の乗車メンバーは、わたしの他に下条さんとはたぼうさんである。東名高速道路経由で、海老名SA、浜名湖SA、多賀SAと休憩を取る。さすがは、ゴールデンウィーク(一部の人には)初日だ。混雑度が激しい。浜名湖SAで軽く腹を満たそうと思ったがあまりの混雑に挫折する。スナックコーナーは長蛇の列、並ぶのがイヤなので売店でパンか弁当でも買おうと思ったが、それすらも売り切れであった。
 高速道路そのものは、夜中だけあって特に渋滞は無かった。それでも帰省する人のせいか80〜90km/hの流れである。普段車の運転をしていない人が多いからだろうなあ。高速道路で100km/hを出して走ることができないのだろう。わたしは、あの車だと110km/h〜120km/hが丁度良いんだけどなあ。まあ、その分燃費が良かったので、良しとしよう。

 4時半くらいに多賀SAに到着。仮眠を取る。明るくなりかけていたので、やはりこれはひとつ前の養老SAあたりで仮眠を取るべきだったかと思ったが、結構熟睡することができた。はたぼうさんの報告によると、わたしはうなされていたとのことであった。どうした? ストレスがたまっているか?
 朝方、隣の観光バスのエンジン音で目を覚まされる。うるさいなあ。駐車場ではアイドリングストップが地球に優しいのだが、知らないのだろうか? と思ったが、朝の9時である。まあ、起きるには良い時間かもしれない。
 というか、遅かったかもしれない。起きると既に京都南ICから吹田ICまで大渋滞であった。なんでもこの区間を通過するのに2時間以上かかるというのだ。というわけで、京都南ICで降りて一般道で行くことにした。しかし、一般道も枚方市内が大渋滞であった。一応、脇道を探して迂回したつもりだったが、効果はあまり無かったかもしれない。結局キース旧宅に到着したのは14時頃であった。

<0次会>

 キース旧宅に着くやいなやkazu-pさんとバッタリ出遭ってしまう。junkoさんと一緒であった。さらにしばらくして、あぃさんも現れる。なんだか今回は人に遭うのが簡単だなあ。本来は大阪駅17時に集合の予定だったのだが。6人集まったところで、インディにてカレーを食べる。なるほど。これがかの有名なインディのカレーか。

←インディのサービス券

 一旦、梅田方面で用を足してからキース新宅へ。着替えと洗顔をしたかったのだ。やはり、一晩中車に乗っているとドロドロになってしまうからね。しかも、仮眠を取った時に寝汗をかいているのだ。本当のことをいうとシャワーも浴びたいところであったが、時間が無いので断念する。

 キース新宅は、なるほど2階が9階という話がよくわかった。PCがゴロゴロしているというのもよくわかった。パッと見、モニタが少ないのでそんなにあるように見えないが、棚の下を見ると二段、三段になっている。計10台以上。キース氏の嫁となる女子の人が「捨ててね」としきりに繰り返していた。おそらくここで他の人間に同意を得、それをプレッシャーにして捨てるように働きかけるという戦略だろう。所謂外圧作戦である。

<一次会>

 キース新宅を出て大阪駅方面へ。一次会である。ええと何の一次会だったっけ? そうそう、そうだった。先ほど雑文系の呑み会と書いたが、本当はヤスダ夫妻結婚おめでとうオフが目的なのであった。おめでとう。今回は初の人が多かったせいと、店の雰囲気が良いところだったので、ちょっと大人しめであった。あのすずきようこさえも、いまひとつであった。今回の目的のひとつに、伝説のすずきようこの狂態を見るというのもあったのだけどなあ。残念である。

<二次会>

 たぶん、特に書くようなことはないと思う。バーに行って呑んだだけだ。

<キース旧宅>

 新屋を除く関東組の男子は、キース旧宅に宿泊した。2時半頃まで色々と濃い話をした。そしてつぶれた。あの不思議な楽器は、何なのだろう? などという話もあるが、まあ別に良いか。

 夜が明けて、しばらくしてから起床した。うへえ。やっぱり調子が悪い。そもそも今回は風邪をひいていて体調が悪かったのだ。実は、大阪でのわたしはいつもに比べると調子が悪い方のわたしだったのだ。そういえば、一次会でも「故郷はフォークにありて思うもの」くらいしか出なかったもんなあ。今にして思えば、「思えばフォークに来たもんだ」の方が良かったかもしれない。

 下条さんとはここで別れる。なんでもりんどんさんとタイガースを見物するのだそうだ。ところでタイガースは、今メンバーが失踪しているのではなかったっけ? 岸部なんたら。もう戻ってきたのかな?
 下条さんには行きの旅費として1万円貰った。本当は7千円のところなのだが、細かいお金が無かったので3千円多く貰ってしまった。3千円は今度会った時にということで。

<再びキース新宅>

 louぴょんが新屋を連れて迎えに来た。そして、キース新宅にはたぼうさんを迎えに行く。女子の方は、キース新宅に泊まったのだ。すずきようこも泊まっていたのだが、用事ができたとか行って逃げたようである。そう来たか。ならば、今度は関東に出てくるしかないな。キース新宅でまったりした後、ヤスダ夫妻と別れる。

 ロイホで昼食を摂る。新屋は既に大阪名物のカレーを食べていた。はたぼうさんは、既にヤスダ夫人の手料理を食していた。というわけで、2人は軽いものをオーダーした。しかし、わたしは何も食べていないので重いものをオーダーする。ふーむ。しかし、カレーは羨ましくないが、ヤスダ夫人の手料理は羨ましいかもしれない。まあ、ヤスダ夫人の手コーヒーを戴いたから良いか。

 バイクのたつのくんは、この後ツーリングということで、ここで別れる。

<大阪観光>

 はたぼうさんたっての希望ということで通天閣に行く。何でも通天閣さえクリアできれば、大阪に心残りは無いとのことだ。というわけで行ったのだが、通天閣周辺は非常に混雑していた。周辺の駐車場に空きが無いのだ。結局じっと辛抱の末、フェスティバルゲートの駐車場に入れた。
 通天閣は駐車場だけではない。中も混雑していた。結構な時間を待たされた。以前行った時はこんなに混雑していなかったんだけどなあ。ふーむ。大阪の住民にとって、ゴールデンウィークの行楽と言ったら通天閣ということなのだろうか。



 通天閣の入り口では何故か2001年までのカウントダウンを行っていた。何故に2001年? 来年以降はどうするのだろうか?

←本物  ←ニセ  ←ニセ

 通天閣の中には通天閣の模型があった。模型には、日立パソコンではなく、日立モートルと書いてあった。モーテルでなくて何よりである。モーテルといえば、外国では自動車ごと入れるホテルのことを指すと思ったが、日本では怪しげなホテルのことをいうらしい。まあ、基本的には同じものなのであるが、日本では使用目的が宿泊ではなくなっているからなあ。そういえば、通天閣から見下ろすとこんなものがあった。↓



 ホテルタワーサイドである。写真だとわかりにくいかもしれないが、看板がこちらの方を向いているのだ。これは、やはり通天閣の客を意識してのことだろう。通天閣から外を見ると、ふとホテルタワーサイドが見える。そこで、男は一緒に来ている女の子に「帰りにあそこに寄ってみない?」と声をかけるのだ。思わず女の子もぐっときてしまうことだろう。んと、違うか?
 ならば、ここは釣鐘まんじゅうにも頑張ってもらいたい。通天閣から釣鐘まんじゅうを見下ろしたところで、「嗚呼、帰りに釣鐘まんじゅうを買って帰ろうかしら」と思われるかもしれないのだ。つまり、もう少し大きな釣鐘で行くべきだと思うのだ。わたしのデジカメでは頑張ってもこの大きさにしかならないのである。



 通天閣の高さは103mだそうだ。この釣鐘まんじゅうまでの直線距離は200m程度というところだろうか。ルート(103の2乗+200の2乗)は約250、約250m程度離れていると見た。うーむ。ズームが欲しいかもしれない。

通天閣の高さを体感できるMPEG画像(1337KB)

 そうそう、通天閣といえばビリケンである。一応足の裏をしっとりとくすぐってきた。しかし、E.I.HORSMAの考えることは、よくわからないなあ。いくら夢で見たからといっても、こういう像を作ってしまうとはなあ。

 

 しかし、そういうわたしも携帯ストラップを買っていたりして。



<怪しい場所>

 通天閣の周辺、新世界はかなり怪しいところである。「サンパツ600円」なんて看板が出ている。まあ、物価が安いのは良いのだが、なんだか怖いのだ。食べ物屋も一見明るい雰囲気だったりするけど、何を食わされるかわからないからなあ。焼き鳥を食べたつもりになっていたら、天王寺動物園から仕入れたワニやカンガルーの肉を食べされていたりするかもしれない。あたかもマクドナルドの都市伝説のように。



 って、本当に出している店があるではないか。いや、天王寺動物園からは仕入れていないとは思うけど……

 しかし、こんなもので怪しいとは言っていられなかった。我々はさらに西成区の商店街まで足を踏み入れたのだ。なんだか違う。一見食べ物屋などあったりして商店街ではあるのだが、よく考えると若い娘さんがバイトしていそうな店が無いのだ。おそらく、若い娘さんは身の危険を感じて、この辺りの店でバイトすることなどないのだろう。18時以降になると、若い女性は間違い無くこの辺りを歩けないと思われる。わたしですら、なんだか怖いと思ってしまうのだ。

 その商店街の先の方を右に曲がると、妙な看板がいっぱい出ていた。白地に黒の毛筆体で女性名が書かれた看板である。他には何も書かれていない。なんとなく写真が撮るのが怖かったので、GIFイメージにしたけど、こんな感じ。↓



 そんな看板の店がずらりと並んでいるのだ。あれって何なのだろう。中には厚化粧のおばさんと怪しげな格好をした女性が鎮座しているのだが。って、まあ、何なのかはわかるけどね。所謂風俗のお店である。しかし、どういうシステムになっているのか、どういう接待を受けられるのかが全然わからないんだなあ。
 東スポの風俗情報には、まず載ってこない類の店だろう。ソープランドとかならまだ情報があるからわかるけどね。誰か行ったことがある人はいないだろうか? システムや接待内容もそうだけど、わからないのが値段なんだなあ。高そうに見える。しかし、この辺は所謂日雇い労働者が多い地区である。そういった人達が日銭を握り締めて行くのかもしれないと考えると、あまり高くはないのだろうか?

 わたしは、怖くてまじまじと中を覗くことができなかったので、どんな女性がいるのかがわからなかった。最初の方の店の女性は、何やらおばさんっぽいと思ったけど、奥の方の店の女性はちょっとキレイかなと思った。が、何分にもチラっとしか見ていないので自信が無い。
 はたぼうさんによると、「なんだたいしたことないじゃん」だったそうだ。彼女は、まじまじと見てきたらしい。うーん。女性は勇気があるなあ。って、女性をつれて、そんなところを練り歩いたのかって? はい、そうです。



 一応一枚だけ決死の思いで撮った写真があるのだが、かなり遠くから撮ったうえに手ブレ&ピンボケでよくわからないなあ。うーん。デジカメも手ブレが抑えられるように、シャッタースピードが速くなって欲しいなあ。それと、やっぱりもう少し望遠側に寄って欲しい。

 一通り妙な風俗店を冷やかした後、ミナミに行く。大阪観光といえば、やっぱりミナミ、それも道頓堀の辺りだよなあ。わたしは大阪に来ると、何故かミナミに行ってしまうことが多いのだ。何度食いだおれ人形を見たことだろうか。今更写真を撮る気も無い。ので、今更写真を撮る人達の動画を撮ってみた。

食いだおれ人形の写真を撮る人のMPEG画像(1050KB)

 しかし、やはりカップルというのは幸せそうだなあ。うーむ。わたしも幸せになりたい。ならば、ここはナンパしかないか。というわけで、戎橋に行く。ナンパじゃナンパじゃ。というわけでナンパしてみたのだが、見事にふられる。撃沈。

ふられるみやちょのMPEG画像(855KB)

 てっちりを食べた後、kazu-pさん、louぴょんと別れ、大阪を後にする。

<復り>
 帰りの乗車メンバーは、はたぼうさんとあぃさんと珍しく新屋という布陣である。帰りは一人増えたので、一人頭5000円で済んだ。帰りは、浜名湖SAから海老名SAの区間の運転を新屋に託したので楽ができた。やはり、こういう時は代わりの運転手が一人欲しいところである。30歳以上(保険があるからね)。要普免。1ボックスタイプの車の運転経験が豊富な方、尚歓迎である。

 ところで、雑文界では現在千社札ブームが巻き起こっている。自分のところのサイト名を千社札にするのだ。それを一時期のプリクラのごとく、皆で交換しあうのである。千社札のマシンを見かけると、誰かが千社札を作り始めてしまう。そして、それを見ていると、なんだか知らないが自分も作りたくなってしまうのだ。怪しい魅力である。
 フェスティバルゲートで、千社札マシンを見つけた時も思わず全員が千社札を作ってしまった。雑文ページを興していないはたぼうさんまでも作ってしまった。まあ、しかし、一度作って全員に行き渡ってしまえば満足するものである。海老名SAでも千社札マシンを見かけたが、わざわざ作るような真似はしないのだ。
 と言いたいところだが違った。やはり、海老名SAでも全員が作ってしまったのである。なぜならば、海老名SAにあったのは、めたりっくバージョンだったからである。はっきり言って、デザインさえわかれば、その辺の千社札マシンで勝手に他人の千社札を作ることが可能なのだ。しかし、めたりっくバージョンは限定品である。プレミアモノなのだ。どうだ。君も「みや千代日記」の千社札が欲しいだろう?


↑これが千社札だ。下段の右4枚がめたりっくバージョンである。他に「大西科学」もあり。

 海老名SAで千社札を作った後、町田経由上野解散。5日朝の7時であった。嗚呼、みなさん、おつかれさまでした。

 と思ったが、車内に財布を忘れた者と10分後再開した。

<お詫びとご注意>

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