00.03.31 あすか

 朝、家を出る時間がすっかり遅くなってしまった。最近は、コアタイムのリミットに間に合う一本前の急行電車に乗るのが標準になっている。まずいよなあ。これでは何かあったら遅刻してしまうではないか。それもこれも「あすか」のせいである。NHKの連続テレビ小説「あすか」が悪いのだ。あれを観ているせいで、家を出る時間が遅くなってしまったのである。

 いや、本当のところはわたしが起きるのが遅くなったっていうことなんだけど、それだけの問題じゃないんだなあ。「あすか」さえ観なければ、もっと早く家を出られるのだ。「あすか」を観ている間は、顔を洗ったり歯を磨いたりできない。できるのは、せいぜいパンツを上げたり下げたりするくらいだ。朝の貴重な15分間をほとんど無駄に過ごしてしまうのである。
 そもそもわたしは、NHKが嫌いなのだ。そんなわたしが、どうして「あすか」を観てしまうかなあ。だいたいNHKなど、テレビを持っているからという理由だけで、観ても観なくてもバカ高い受信料をかすめとるのだ。つまらない上にお金ばかりかけている番組のオンパレードだったりする。通常の番組をつぶしてまで、高校生の野球大会を一回戦から全戦放送する。そのくせサッカーの中継は、受信料がさらにバカ高いBSに持ってくる。地上波のテレビもBSもラジオも2局ずつ持っている。FMもあったな。ちょっと金遣いが荒すぎないかい? 2局ずつある必要性がまったく感じられないのだ。

 まあ、それは良いとして、もっと嫌いなのが占いである。いや、嫌いというほどでもない。信じていないだけだ。嫌いなのは「今日の占いカウントダウン」である。フジテレビの「めざましテレビ」の1コーナーだ。7時58分頃に流れる。これって人気コーナーのようだけど、わたしは大嫌いなのだ。
 だって順位をつけるのだ。まあ、一位なら良いだろう。しかし、最下位だったら最悪だ。どよんとした音楽で、「今日のあなたの運勢は最悪です」なんて言われてしまうのだ。その日一日暗くなってしまうではないか。いくら占いは信じないと言っても、「運勢が悪い」なんて言われたら気分が悪いだろう。
 たとえば、あなたの友人から面と向かって「今日のあなたの運勢は最悪だ」と言われたらどう思うだろうか? 嫌な感じがするだろう。それでも論理的な根拠があれば、まだ許せる。ところが根拠は無いに等しい占いを元にして、「最悪の運勢だ」と断言されてしまうのだ。酷い話だろう。

 嫌なものは見ないに限る。そういうわけで、めざましテレビは、天気予報まで見たら即効で他のチャンネルに切り替えることにしているのだ。ところがだ。チャンネルを替えたら、他局でも占いをやっていたりするのだ。やめてくれよなあ。世の中には占いが嫌いな人だっているのだ。何も同じ時間帯にやることはないではないか。そんなわけで辿りついた結果がNHKである。NHKは、さすがにそんなことをしないだろう。
 というわけで、7時58分になると慌ててチャンネルを切り替えるのだ。で、一度チャンネルを替えたら元に戻すのは面倒だ。そのままNHKにしているんだなあ。そうこうするうちに「あすか」が始まるのだ。

 もちろん最初は、ほとんど画面を観ていなかった。連続テレビ小説といったら「おしん」のイメージがある。わたしは、あの手の話には興味が無い。ところがだ。ちらっと観たら、わたしの好きな話だったんだなあ。嗚呼、やられてしまった。そうそう、あすかの子供時代の話は、ほとんど観ていなかった。面白いのは和菓子職人になってからである。

 いやはや、面白いねえ。「あすか」とはどんな話かというと、なんていうか「美味しんぼ」の和菓子版に近い。和菓子対決である。和菓子そのものは別に好きではないけど、勝負ものは好きなのだ。とにかく、何か起こると和菓子対決で活路を見出す。なんでも料理で解決する「美味しんぼ」と相通ずるところがある。主人公のあすかは、苦しみながらも連戦戦勝だ。
 しかも、最大の山場は親子対決だ。娘に対して厳しく無理難題をいう天才和菓子職人禄太郎vs新進気鋭の若手ナンバーワン和菓子職人あすかの対決だ。そこが海原雄山と山岡士郎の関係を彷彿させるのだ。しかも、父には勝てなかったりする。
 また、職人として如何に成長していくかも見逃せない。漫画のノリなんだなあ。ガラスの仮面のエッセンスだろうか。ちょっと違うかな。将太の寿司の方が近いかな。これは、テレビ小説というよりもテレビ漫画ではなかろうか。

 ええと、わたしの見方はちょっと偏っているかもしれない。ストーリーを詳しく知りたい人は、ここを見ると良いだろう。

 主演の女の子も良いね。竹内結子。名前がいかしている。なんと言っても、ケツ子だからなあ。ん? ケツ子とは読まないのか。ユウ子ね。名前がいかしているといえば、徹次役の俳優は、井之上チャルなんていうのだ。チャルってなんだよ。チャル。
 まあ、チャルは良いとして、竹内結子だ。髪が長い時の方が良かったんだけどなあ。まあ、短いのも良いんだけどね。ちょっと子供っぽい。後半のおばさんパーマはいただけない。けど、19歳の女の子が38歳の役をやるというのだから仕方が無いか。

 実は、恋愛がメインストーリーなったあたりは、ほとんど観ていなかった。所詮NHKだからあまり直接的な表現は無いんだけど、想像してしまうんだよなあ。舞と(助手のくせに)ハカセが婚約。あすかはハカセのことが好きなのだ。舞に先を越されてしまったか。仕方が無い。あすかは対抗して徹次と婚約だ。うへえ。わたし、こういうのってダメなんだなあ。
 しかし、なんだかなあ。あすかは、徹次と結婚するのか。チャルだぞ。チャル。チャル&あすかなんてオチじゃないよなあ。
 と思っていたら、その後紆余曲折があって、結局あすかとハカセ、舞と徹次が結婚したのだが、この辺の経緯は観ていなかったのでわからない。しかし、婚前交渉くらいしているだろうなあ。そうだとすると夫婦交換と同じことだろう。かつて夫婦交換したカップル2組が毎日仲良く顔を合わせているという状況だ。気持ち悪いなあ。

 というわけで、あまり観ていなかったのだが、こじれた恋愛話が解決したあたりで、ちらっと観たら、またしてもハマってしまった。今度は扇屋一心堂の再建だ。逆境ものである。わたし、逆境を切り抜けるという話も好きなんだなあ。根性だけだとちょっと嫌だが、そこは和菓子の世界であり、経営の世界だからなあ。戦略ありの世界だ。

 再建のピンチである。あすかが行き詰まってしまった。とすれば、ここはかつての看板和菓子職人の禄さんしかいないだろう。早いところ、あすかを助けてやれよなあ。おまえ本当は仮面ライダーだろう。せがた三四郎かもしれないけどそれはおいといて、仮面ライダーといったら、ほれ、2号のピンチに1号が現れるというパターンがよくあるではないか。ダブルライダーだ。あれを思い出して、早いところ助けてやれよなあ。悪の組織新月なんてやっつけろっ!
 なんて思いながら観ていたのだ。結局、禄さんが助けることになる。そして、悪の組織に打ち勝つのだ。やはり仮面ライダーのノリだな。技の1号、力の2号だ。まあ、あすかも似たようなものかな。技の禄さん、力のあすか。まあ、力というよりは勢いだけどね。

 新月との勝負に使った最終兵器は、そのものずばり「あすか」だ。子供の頃、ハカセからもらい、ずっとお守りにしていた匂玉をモチーフにしている。まあ、匂玉をモチーフするのは読んでいたけどね。あすかにおける重要なパーツである。あっ、ええと匂玉じゃなかったか。勾玉だ。「ヒ」と「ム」を間違ってしまった。
 あすかのお菓子の色は勾玉をモチーフにしていて、基本的に淡い緑色だ。しかし、今朝の回には色違いバージョンを出してきた。アップルに訴えられないだろうか。それはともかく、黄色バージョンはアレだなあ。首都高の向島あたりを走っていると見えるあのオブジェにも見えるなあ。うんこ。匂玉でもあながち間違いではないかもしれない。

 それにしても、扇屋一心堂を再建したと思ったら、あすかはすぐに旅に出てしまうようだ。(助手のくせに)ハカセの遺跡発掘についていくとのことだ。なんじゃそりゃ。青森ねえ。どうせならインドに行けば良いのになあ。するとタイトルを変えなきゃならないなあ。「あすか」ではなく「アショカ」だ。アショカ王の遺跡を発掘するのだ。そして、カレー味の和菓子を作るのだ。

 さて、明日が最終回だ。これでようやく「あすか」から解放されるのだ。次のは観ないようにしないとなあ。今までよりも早く家を出るようにしないとね。ところで最終回はどうなるのだろうか?

 やはりハカセについていったものの、和菓子のことが忘れられずにハカセを捨てて扇屋一心堂に戻るのだ。まさにあすかは、和菓子作りの魅力にとり憑かれた和菓子バカである。おバカさんである。後ろ指後ろ指さされるのだ。
 いや、これではハッピーエンドではないな。やはり、あすかは和菓子職人の第一人者となり、人間国宝に指定され、和菓子界に君臨するのだ。和菓子界の首領である。エンディングは、「和菓子の首領と呼ばせてください♪」である。うーむ。和菓子は、ダジャレの宝庫だな。いくらでもありそうだ。

過去おまけへ

00.03.30 『大人になんてなりたくない(後編)』について
 というわけで後編である。後編というだけあって、前編とは話が全然別物になっている。こういう展開になると予想できただろうか? って、ええと世間的には前後編とはそういうものではなかったのか?

 舞妓ダジャレがまた出てきている。「犬のおまわりさん」ネタというのも一緒だ。ただし、今回は「子猫ちゃん」の部分を「コネクション」にバージョンアップしている。基本的に同じダジャレを使うのは反則に近いものがあるのだが、バージョンアップならば許容範囲だろう。
 それからわたしは、別に舞妓さんが好きというわけではない。そもそも縁が無いだろう。実際、舞妓、芸妓のシステムもよくわかってなかったりする。

「魚握って話すと……貝つまんで話すとだ」の部分は、失敗作だなあ。導入の仕方が無理矢理過ぎる。なんていうかやり方がオヤジのダジャレっぽいのだ。でも、これは居酒屋等で使えるネタだと思う。このダジャレのためにあさりバター等を頼んでおくといった工夫が必要だ。

「そこで念の為に聞いてみた」というのは、さりげないボケのつもりだ。念の為が違うだろうというやつね。実際の会話でもたまにやるのだが、あまりつっこんくれる人はいない。

「どこかで聞いたような話である」は、前編を読んでいるという前提条件が必要だ。必要だが、前編を読んでいて内容をおぼえている人は、ニヤリとするだろう。してほしい。

「いざ、キャバクラ」は、単純だが効果が高い。本放送の時はわりと好評だった。キャバクラに行く習慣がある人は是非使って欲しい。

 旅をして、太鼓を叩いて、超音波を発してガラスを破壊するというのは、もちろんオチでもあるブリキの太鼓が元ネタだ。あれは、なんだか変な映画だったなあ。でも、専門家の評価が高くて賞を獲ったりしているので、観たことがあるという人も多いだろう。でも、観ていない人の方が圧倒的に多い気がする。というわけで、最後にリンクを張ったのだが、読者を限定するネタをベースとするのもどうかと思う。

 どうかと思うといえば、最後に大人になる方法も俗物だなあ。ちなみに、この話は当然フィクションである。わたしは、そのようなことをしていないので、女性読者の皆様は嫉妬しないでください。って、誰も嫉妬しないか。というよりも嫉妬して欲しかったりして。

「東京ルール」が出てきたなあ。この前おまけ日記に書いたけど、町田市もこの4月から東京ルールが適用されるようだ。なんだかなあ。まあ、ゴミ袋云々は良いとしても、このネーミングはどうにかならないものだろうか。かなり恥ずかしい。子供っぽいんだなあ。
 たとえば口論になったとしても、恐らく論理的な話し合いにはならないだろう。反東京ルール側が論理的に攻めるところに、東京ルール側が「だって東京ルールなんだもん」の一点張りになりそうだ。子供っぽいなあ。

 まあそれはともかく、後ひとつだけ黒いゴミ袋が残っていたのであった。早いところ捨ててしまわないとなあ。って、よく考えたら、3月は明日までではないか。ゲゲッ。明日の朝、忘れずに捨てないとならないのだ。良いタイミングで思い出した。

過去おまけへ

00.03.29 『大人になんてなりたくない(前編)』について
 98年だ。98年分は、一応以前からmiyacho.comにおいてあったので、既に読んでいるという人も多いことだろう。なので、当初は再放送をしない予定であった。でも、98年以降についてもフォーマット変更作業をすることだし、一応続けることにする。それにせっかくここまで解説らしきものを書いてきたので、書いたもの全てにコメントを入れたくなってきたのだ。

 ちなみに、この回には本当のことが書かれている。本当のことというのは、もちろんわたしがコンゴ共和国の出身ということではない。わたしが成人式に行っていないということだ。わたしの住民票は、当時横浜市にあった。あれ? 横浜市の場合は、区単位だったかな? まあ、いずれにしても、もうそれだけで出席する気が無かったなあ。
 成人式の楽しみって、やはり高校とかの友人と会うことだと思う。地方出身者にはそういう楽しみが無いからなあ。どこぞの有名人の自慢話+説教を聞いてもしょうがないだろう。あまりのくだらなさに居眠りでもしたら、「最近の若者は……」なんて言われてしまう。記念品もイマイチどうでも良いものだったりする。というわけで、成人式には行っていないのだ。だから、わたしはまだ子供なのだ。わーい。わーい。

 というのは、わたしの定番のネタになっている。後、成人式にバンジージャンプというのも定番のネタだな。しかし、バンジージャンプって、アフリカのどこかの部族で、成人式というか一人前の男として認められるために行う儀式が元になっているということを知っている人がどれだけいるのだろうか? 昔コマーシャルでやっていたので、結構知っていると思うけど、もしかしたら今の若者は知らないかもしれない。

 アフリカの部族といっても、コンゴ共和国の部族ではないと思う。いや、その可能性はあるのだが、コンゴ共和国はコンゴダジャレを使うために出しただけなのだ。

「足にロープを結んで飛び降りることと戦闘することの勇敢さは別物である」というのは結構本音だなあ。どうして人は、こういった異質のものを結びつけようとするのだろうか。

 清水国明は、日曜日の昼間の番組のレギュラーだ。「噂の東京マガジン」。元の奥さんは清水クーコである。という予備知識が必要だけど大丈夫だっただろうか? わからなかった人が多いかもしれない。まあ、わたしも清水クーコが故人であったなんて忘れていたし。たしか、離婚してから亡くなったんだっけ? 違ったかな。ちなみにこれは下ネタである。

 下ネタといえば、「変なところにイモがある」というのが、まさにそれだなあ。わたし、この歌の歌詞は知っているのだけど、メロディーは知らないんだなあ。実際に聞いたことがないのだ。歌詞に関しては漫画等でよく目にするけど、実際に歌う人が周囲にいないのだ。誰か知っていたら歌って欲しい。

「大人になんてなりたくない」は、前後編ものである。長くなったので分けたのだ。思いついたストーリーが一回で書けないくらいに複雑だったのだ。まあ、複雑といっても二回で書けるくらいだけどね。もっともストーリーというよりも、むしろ絡みのダジャレをいっぱい思いついてしまったという方が正しいかもしれない。しかし、前編だけでもそれなりにオチはついているし、この回だけでもそれなりに読めるものだと思うのだが、どうだろうか? そう思っているのは、わたしだけだったりして。

過去おまけへ

00.03.27 『クリスマスだから』について
 これで97年分は終わりである。29本かあ。96年が46本だから、すっかりペースが落ちたなあ。しかも、96年は8月から始めたのだから、ガタ落ちも良いところである。しかも、99年に至っては、たったの4本だからなあ。死んでいるようなものだなあ。

 冒頭のは、もちろんクリスマス・キャロルから持ってきたものである。たしかこんな話だったはずだ。幽霊が出てきて、クリスマス嫌いな爺さんを脅し、クリスマス大好き人間に洗脳しようという話だ。ヤクルージというのは、クリスマス・キャロルの主人公スクルージと夜久さんを合成したものだ。キャラとしては似ているような気がする。

 この回は、童話作家なのか。童話作家という設定は、第54回「ガンガンスー」で使っている。おそらく、あのみやちょと同一人物なのだろう。しかしながら、陳さんもちょい役で出ている。この陳さんが第71回「鉄鍋の陳」の陳さんと同一人物だとしたら、「レストラン千代」のオーナーは誰なんだろうか? などと真剣に考えることはなかったな。

「散策コース、散策コース、お仕事中止」というのは、眞露のコマーシャルかなんかだと思った。

 ええと、「イルミネーション」のダジャレとして「イミテーション」と言おうと思ってやめたというのは大丈夫だよね。うん。つまらない。仕方が無いので、代わりに「意味無えじゃん」で「イミテーション」のダジャレとしている。

「ラオチュウとチキン」も相当苦しいなあ。クリスマスネタも3回目となると(1回目は第44回「クリスマスバージョン」、2回目は第46回「新宿2丁目のクリスマス・イブ」である)、ネタが尽きるというもんだ。苦労しているのである。

「若花の綱かい?」は、まあまあのダジャレだと思うのだが、できれば「若花田」のままだったら、もっとピッタリだったのになあ。この当時は、まだ若乃花も大関だったんだなあ。その後、横綱になったということは、この時点では知らないことである。で、なったと思ったら、この間引退した。タイムリーなんだか、タイムリーでないのか。時が経つのは早いものだ。

「パッチ売りの少女」に「あっち寄りの少女」に「キャッチ売りの少女」に「Watch売りの少女」か。マッチ売りの少女ダジャレは、昔からいっぱいあるからなあ。ダジャレの宝庫である。

 キャッチセールスの「敵国語」っていうのは、ちょっとどうかと思う。でも、まあ、あっち寄りの少女なので仕方が無いか。
 しかし、キャッチセールスの「一日たったコーヒー一杯分のお値段で……」という売り文句は定番のようだけど、実際こんなことまだ言っているのかなあ。1日400円、月に12000円の5年ローン。金利込みで576000円ね。
 わたしはヒネクレ者なので、毎日のコーヒーを5年間も我慢しなきゃならない方がつらいと思うのだ。といっても、あの手のお姉ちゃんには通用しないだろうな。「でも、一日たったコーヒー一杯分の値段ですよ」と、同じセリフを繰り返すだけだろう。だからといって「5年でパソコン3台分もするのか」といっても同じことである。バカのひとつおぼえのマニュアルの前には、どんな理屈も通用しないだろう。

 最後のオチは、SPEEDの歌だ。タイトルは忘れたがこの部分だけは知っている。「天使がくれた出遭いは……」ってやつね。そのSPEEDも解散かあ。やはり、時が経つのは早いものだ。そういうわけで、流行物をネタにすると後で解説が必要になってしまうのだな。まあ、わたしの書くものは、時代を超えて通用しないということだ。

過去おまけへ

00.03.26 『はみだしおまけ:ネパール』について
 書いてある通り、この回はおまけ日記に書くものをみや千代日記に持ってきている。というのも、どうにもみや千代日記に対して更新意欲が湧かなくなってきたからだ。頑張っても月に2、3本である。「こんなに更新頻度が少なくては、忘れ去られてしまうだろう」という理由からである。

 ちょっと前に書いたのだけど、あまり更新していないとオフミに出にくくなるのだ。「あなた誰?」というのはね。そういうわけで、おまけ日記の中でも面白そうなネタは、みや千代日記に回すという戦略を考えたのである。そうして、週に2、3度更新すれば、ある程度おぼえてもらえるだろうということである。
 しかし、はみ出しおまけは、この後2回ほどしたのみで、結局考えていたよりも機会が無かった。というのも、思っていたよりも面倒だったからである。

 なんていうか、おまけ日記とみや千代日記では書く心構えが違うのだ。おまけ日記は、生存報告みたいなもので、惰性で書いていることが多い。時間がくれば「気に入らないけど更新してしまえ」というところがある。みや千代日記に関しては、自分なりに作品として意識をしている。やはり、みや千代日記とするからには、「それなりのものを書かないと」という意識が働いてしまうのである。
 もちろん、おまけ日記の中にもそれなりに面白いものがあったりするのだけど、そういうのは書き始めるまで、面白くなるか面白くならないかわからないネタだったりするのだ。そういうわけなので、取りあえずおまけ日記のファイルに書き出すのである。気に入らなくてもボツにすることはない。
 そうしておまけ日記に書いて、それがたまたま面白く書けたとしても、最早みや千代日記用にファイルを起こすのが面倒になってくるのである。おまけ日記でも良いや。

 結局おまけ日記を日記猿人に登録した方が手っ取り早いと結論付けたのは、この半年後である。日記猿人に登録している人の大半は、別に気合を入れて日記を書く必要はないと思っていることに気がついたのだ。まあ、それならば手抜きのおまけ日記で更新報告するのも良いかと思ったのである。

 ちなみに、おまけ日記とみや千代日記の違いは何かと言われると、ダジャレの有無についてもそうだけど、事実を元に書いているか否かである。みや千代日記は、事実でないことでも、そのままストーリーに組み入れて話を続ける。
 たとえば、この回でいうと、αスチャコロ星人は空想の世界の話とするのがおまけ日記で、αスチャコロ星人が実際に登場し、そこで会話をしたりしてストーリーを展開するのがみや千代日記である。もっとも、みや千代日記がダジャレというのは、人によって後から定義づけられた部分であり、ダジャレが無いと認めてもらえないと思って必ず入れるようにしているだけであるが。

 というわけで、この回はおまけ日記なのである。靴が磨り減ってスチャコロ鳴っていたというのは、本当の話だ。実は、この間まで履いていた靴もスチャコロ鳴っていた。どうやら、ちょっと良い靴になるとスチャコロ鳴るようである。この頃まで、わたしはあまり良い靴を履いていなかったのだ。安い靴は、踵が磨り減るよりも先に靴底がはがれたりしてダメになるんだなあ。良い靴は、踵が磨り減ってダメになる。踵を交換して、長く使えということね。作りがしっかりしているのである。

 ところで、「おまけ日記の方が好き」という人は結構いるけど、そういう人にとっては、この回はわりと良かったのではないだろうか。ただし、かなり気合が入っているけどね。色々なことをしている。文章の量も通常のおまけ日記の倍くらいある。こんなに気合を入れてしまうから、はみ出しシリーズが続かなかったということなのだ。

過去おまけへ

00.03.25 『オフサイド』について
 もちろん、これは架空の世界の話だ。当たっているのは、クロアチア対ジャマイカの3−0しかない。というのも、この翌年のワールドカップを盛り上げるために、予想を交えて書いてみたのだ。これで、少しでも盛り上がってくれたならば、ありがたい話である。って、ほとんど影響は与えていないか。FIFAから金はもらっていないから、どうでも良いけどね。
 まあ、日本戦以外は良い線をついていると思う。とは言え、日本がこれほどまで点が取れなかったとはなあ。まあ、パラレルワールドのひとつには、これくらいの結果を出しているところもあるということでお願いしたい。でも、不可能な数字ではなかったと思うけどなあ。最終的な結果についてはここでも見て確認してもらうと良いだろう。

 タイトルのオフサイドである。サッカー漫画、いや野球漫画でもその他の漫画でも良いのだけど、スポーツ漫画ではそのスポーツの用語をタイトルに用いるケースが多い。ずばり「シュート」なんていう漫画もある。
 そんなわけで、今回のタイトルは、サッカー用語(他のスポーツでもオフサイドは使うけど)から取ったのである。もちろん、みや千代日記であるからして、オフサイドはあまり格好の良い言葉ではない。結構ずっこける用語だ。試合中ゴールかと思って喜んでいたら、「今のオフサイドなので無効でした」なんてずっこけることがある。そんなところから取ったのである。その他にもタイトルにするとイヤなサッカー用語は、「オウンゴール」とか「バックパス」とか、まあ色々あるか。

 日清ラ王のコマーシャルである。この時は、ところかまわず全裸の男がラ王をすすっているというものであった。わたしとしては、不評であった。当時わたしは、「女の子バージョンだったら良いのに」って盛んに言っていたなあ。まあ放映できないだろうけどね。ふむ。これもひとつの男女差別だろう。

 この当時の代表監督は、岡ちゃんだったね。そういえば。しかし、他に人材はいなかったのだろうか。予選終了後から本選までの間には、それなりの期間があったはずなのに。まあ、サッカー協会だからなあ。ちなみに、その前の監督は加茂周であった。加茂周エロやね。

「またぎフェイント」は、第25回の「使えなかったネタ」というので使っている。まあ、リンクを張るほどのものでもないだろう。

「暗い負担」は、「クライフターン」のダジャレであるが、サッカーに詳しい人じゃないと知らないだろう。クライフさんという人の得意技である。

「クラマー氏」は文中に書かれているので大丈夫だろう。鞍馬天狗も良いかな。鞍馬天狗といえば、角兵衛獅子で杉作なんだなあ。といっても、最近話題になることが無いので、若者にはわかりにくいネタかもしれない。

 日本のワールドカップ第一戦であるアルゼンチン戦の会場は、トゥールーズであった。なので、超ルーズなのね。

 第二戦のクロアチア戦の会場はナントであった。なので、ナント立派な平城京なのね。

 第三戦のジャマイカ戦の会場はリヨンであったが、これは良いのが思いつかなかった。

 ジャマイカダジャレで「じゃあ、まあいいか」というのは、古典的である。たみおくんに釘を刺されるまでもなく、さすがにそのまま使えなかった。そうそう、釘を刺されたのは本当の話である。ワールドカップネタで一本書くことをどこかに書いたのだ。その時にそうつっこまれたのである。しかし、「邪魔かい?」でもあまりレベルは変わらないと思う。

 この回では、つまらないダジャレを言うと、スタメンから外されたり、イエローカードをもらったりするというルールが暗黙の了解になっている。実際には、そんなことがないので、わかりにくいかもしれない。まあ、そういうパラレルワールドがあるということで、楽しんでいただきたい。
 しかし、つまらないダジャレを言うと反則になるというのもやりにくいなあ。もし、そんな世界があったら、わたしはまず代表選手に選ばれないだろうね。うん。そんなルールが存在しないこの世界にいて良かったなと思うのだ。って、この世界でも代表選手ではなかったか。せちがらい世の中である。

過去おまけへ

00.03.23 『秀吉と僕』について
 嗚呼、この回のキャラクタ設定は、実際のわたしに近いなあ。おそらく、わたしと会ったことがある人なら頷いてくれることだろう。うん。普段のわたしはこんな感じである。って、えっ?
 もちろん、そんなわけはない。これは作戦なのだ。女性読者に対して、わたしが母性本能をくすぐるキャラクターであるというイメージを植え付けようという作戦である。って、そういう作戦ばかりやっていると、そのうち信用されなくなるな。いや、もう信用されていないかもしれない。しかし、これでは母性本能をくすぐるというよりも、あまりにもバカっぽくて腹が立ってくるな。

 実は、わたしも自分で書いているくせに、読むとあまりのバカっぽさに頭を抱えてしまうのだ。こんなやつが本当にいたらイヤだ。我ながら、よくこんなにバカっぽく書けたなあと思ってしまうのだ。もしかしたら、わたしの本性はこんなやつではなかろうか。不安になってきた。

 めぐちゃんという名前にしているのは、もちろん「江戸っ子めぐちゃん」というネタを書きたかったからである。原麻さんがモデルというわけではない。ちなみに、元ネタは魔女っ子メグちゃんね。若い人は知らないかもしれない。「蝦夷っ子僕ちゃん」は、おまけ。

「北上南下はしなくても……」というのは、その主題歌のダジャレである。実は、本放送の時、元ネタを間違ってしまったんだなあ。古い記憶を頼りにダジャレ化しようとしたら、間違っておぼえていたようだ。つまり、「真珠の涙を……もう夢中」だと思っていたのだ。
 今回、再放送に当たって、この部分を元ネタに合うように加筆修正をした。しかし、急にダジャレのつじつま合わせをするだなんて、非常に疲れる作業であった。しかし、アニメの主題化って、知っている人がどれだけいるのだろうか。一般的ではないものをネタにするのは気がひけるところだ。まあ、結構知っている人はいそうだけど。(参考文献

「酒気だったのよ……」は、「まちぶせ」のダジャレである。石川ひとみだっけ? 大ヒット曲である。たしか、この再放送当時にユーミンがリバイバルさせたんじゃなかったかな。テレビでCMを流していたような気がする。だから、こんな中途半端な部分をダジャレにしても大丈夫だと判断したのだろう。
 ところで、この歌って、ユーミンが歌うよりも石川ひとみの方が合ってるよね。石川ひとみバージョンの「胸のおーくで」の「おー」の部分が良いと思う。結構好きかもしれない。あっ、石川ひとみもリバイバルだったか。そういえば。元々は三木聖子。でも、よく知らない。

 PHOTOとKISS。このダジャレは、信長パターンでも家康パターンでも有りだけど、やっぱり秀吉パターンが一番しっくりくる。ところで、これを読むと、写真にキスするなんてすごくバカっぽい感じがしないだろうか? もちろん、そういう狙いではある。でも、そういうみんなも中学生くらいの頃は、写真にキスしたことがあたっりするんだなあ。男女問わず絶対していたと思うね。うん。実はわたしもだ。きゃはっ。

過去おまけへ

00.03.22 あなたに逢いたい
 穴があったら入りたい。そう思うのは、わたしだけではないはずだ。いや、正確には穴があったら入れたいか。そうなんだなあ。あの手の穴を見ると、つい指を入れたくなってしまうのだ。グリグリとやりたくなってしまうのだ。しかし、それは叶わないことである。そんなことをしたら逮捕されてしまうではないか。

 ところで、最近わたしは常にデジカメを持ち歩いている。何か良いものを見つけた時、逃さず記録したいからだ。たとえば、最近よく猫に出遭う。そんな時にパチッと撮るのだ。


こんな感じだ

 昨日は、A-SIDEのライブを観に行ってきた。A-SIDEも段々と活動が活発になってきている。恒例のライブだけでなく、色々なイベント等にも参加している。それで色々なところから声がかかってきているようだ。メジャーデビューが近くなってきている予感がする。そろそろ手の届かない人になってしまうような気がするなあ。このままメジャーデビューしてヒット曲まで出したら、まさに破竹の勢いというもんだなあ。上手くいって欲しい。
 昨日のライブには、ここのところのそんな勢いが感じられた。レパートリーも充分に増えてきた。以前からの曲も完成度が増した。連日ということもあって調子が出にくかった部分もあっただろうけど、急遽決まったリハ無しライブを問題無くこなせた。プロの風格が出てきたような気がする。やはり、今のメンバーに落ち着いて回数をこなしてきた成果だろうか。テクニックについては、トムも「文句の付けようがない」とベタボメしていたからね。後は何だろう?

 そんなライブの会場で変な貼り紙を見つけた。こういう変な貼り紙を見つけると思わずパチリと撮ってしまうのだ。だからデジカメを持ち歩くのだ。


食管肉ってなんだよお

 そうそう。今朝も猫に遭ったのだ。いやはや、別に猫派というわけではないのだけどね。別に今日の花ちゃんをやろうと思ってデジカメを持ち歩いているわけじゃないのだけどね。それでも、やはり思わずカメラを向けてしまうのだ。でも、花ちゃんのように良い写真はなかなか撮れないよなあ。


ハッ、この猫はもしや!

 おそらく、先月遭ったのと同じ猫だろう。つくづくこの猫とは縁があるのかもしれない。そのわりには、いつもそっぽを向かれるが、わたしの運命の猫なのかもしれない。しかし、運命というならば人間の女性の方が良い。そうなのだ。わたしは、今彼女に遭いたいのだ。せめて、もう一度だけでも遭いたいのだ。

 彼女と初めて遭ったのは、もう2ヶ月も前のことになる。ある朝、玄関の扉を開けた瞬間、彼女はわたしの目の前を通りすぎた。そして、駅に着くまでわたしの前を歩いていた。モスグリーンのジャケットにスウェードのタイトスカート。美人OLだろうか。その後ろ姿には、惹かれるものがあった。
 二度目に遭ったのは先月のことだ。やはり玄関の扉を開けた瞬間に遭った。最初に遭った時のように、モスグリーンのジャケットにスウェードのタイトスカートであった。またもやわたしは、彼女の後ろ姿に心を惹かれながら駅まで歩いていくことになった。

 どうやら彼女は、いつもわたしの家の前を通っているようだ。今まで遭わなかったのは、タイミングが合わなかったというだけではないだろう。恐らく今まで何度も遭っているはずだ。ただ、気がつかなかっただけだと思う。何しろわたしは、彼女の後ろ姿しか知らないのだ。おそらく、スウェードのタイトスカートを穿いていなければ、彼女と気がつくことはないだろう。
 わたしは、スウェードのタイトスカートを穿いた彼女の後ろ姿に惹かれてしまったのだ。それは、もう強烈に惹かれてしまったのだ。嗚呼、あの穴に指を入れてグリグリとしてみたい。そう。直径2cm弱、それは指を入れるには丁度良い頃合いに穴が空いていたのである。しかし、それをするとお巡りさんに逮捕されちゃうので、叶わない願いであるが。

 わたしがそれを見たのは2度である。なんで気がつかないかなあ。穿く時に気がつかないものだろうか。それに周りの人も教えてあげれば良いのに。いや、教えないのはわたしもそうなんだけどね。でも、わたしが教えたところで困ってしまうだろう。朝だからね。家に帰って着替えるのも何だし、穴が空いていることを一日中気にしながら仕事するのも大変だ。って、そういう問題ではないのか。
 まあ、わたしとしては、いつ穴が空いていることに気がつくか楽しみなのである。3度目を見たいところなのだ。でも、あれ以来遭っていないということは、さすがに気がついたのだろうか。うーん。3度目は無いのかなあ。もし3度目があったならば、是非ともこのデジカメで……、という理由でデジカメを持ち歩いているわけじゃないってば。

過去おまけへ

00.03.20 『鉄鍋の陳』について
 71回目にして、ようやっと陳さんが出てきたか。陳さんというのは、みや千代日記において複数回出演しているという数少ない存在である。今回はその最初の回である。といっても出てきたのは3回だけだが。

 しかし、陳さんは便利だなあ。名前だけで中華料理のシェフであることが当然のことのようにされてしまう。陳建一の功績だろう。ちなみに、その昔、建陳一というキャラクタも考えたことがある。他には富周徳や六場道三郎なんていうのもできるなあ。
 また、語尾を「アルよ」にすれば、中国人であることがすぐにわかるので便利だ。キャラクタの性格もわかりやすい。まあ、ステロタイプだけどね。マンガ等にありがちなキャラクタだ。
 実際は、「アルよ」なんて喋る中国人はほとんどいないらしい。たしかにわたしの知っている中国人は、そういう言い方をしなかった。でも、昔は台湾系の中国人が日本語を習得する際、そのようにおぼえたという話を聞いたことがある。日本語は語尾の形式が多くて難しいので、アルかナイかの2つだけを抑えるようにしたとか。真偽のほどは定かではない。ところで、この回って差別問題にはつながらないよなあ。

 タイトルは、知る人ぞ知る「鉄鍋のジャン」から取った。先週で連載が終わったようだ。あれは良いマンガだったなあ。「秋山の料理は魔法だ。ケケケ……」だなんてね。わたしはこれを読むためにチャンピオンを買っていたと言っても過言ではない。料理マンガは色々あるけど、「美味しんぼ」の対極にあるものだ。わたしは「ミスター味っ子」を超えていると思う。チャンピオンを読んでいない人は、マンガ喫茶にでも行って読んでみて欲しい。といっても、万人にお勧めできるマンガではないけどね。

 マルチ飯屋って、結構使えると思うぞ。無国籍料理の店に行ったなんかね。オヤジの皆さんは、メモしておくと良いだろう。

 ええと、知っていると思うけど、フグは「河豚」でイルカは「海豚」である。河と海の違いね。念の為。しかし、フグではなく、イルカを食べるつもりだったなんていったら、国際世論から反発を食らうだろうなあ。まあ、みや千代日記を海外輸出するつもりはないので良いけどね。英訳しても意味が無いだろう。

「フグ王の手紙」、「フグ退転」、「フグ愛」なんていうのはどうでも良いか。あっ、でも「フグ退転」だけど、なんだか似たようなエピソードを持つスープは本当にあるらしい。もちろん、そこからヒントを受けている。

 オチの「毒、グアバ皿まで」もどうでも良いなあ。ただ、ストーリー的にはこの流れの方が面白いので、最後に持ってきただけである。それよりも、この回は「フグは食いたし、命はお乳」かな。いや、これもそれほどではないか。

 ちなみに、ここで出てきた料理は、一応それなりだと思う。如何にも陳健一あたりが作りそうなものを並べてみたのだ。ただし、肝のソースだけは別。たしか、フグの毒は肝というか白子を除いた内臓にあったと記憶している。でも、肝って少しだけなら食べられるらしいけどね。非常に美味いらしい。ただ、美味いからといって調子にのって食べ過ぎると当たってしまうと。んと、知ってた?

 最後の投票ボタンだけど、今回は「下条さん家でフグ食べたい」に変更した。今フグを食べさせてくれる人といえば、下条さんだからである。ちなみに前は「たみおさんのオゴリでフグ食いたい」であった。たみおくんに頼めば、フグをおごってくれるという噂があったのだ。実際その気もあったようだが、希望者があまりにも多かったので、有耶無耶にされてしまった。うーむ。

過去おまけへ

00.03.19 4月になったら変わるのです
 どうやら変わるようだ。変わるというのはゴミ袋である。どのように変わるかというと、黒いゴミ袋が使えなくなるのだ。使えるのは3月いっぱいまでである。嗚呼、ついにここまで東京ルールが押し寄せてきたか。まあ、一応ここも東京都ではあるのだが。
 というわけで、この連休は掃除をしないとならないのだ。嗚呼面倒だなあ。何しろ大量に黒いゴミ袋が余っているのだ。勿体無いので、これらを3月中に消費しないとならない。幸いわたしの部屋を掃除すれば、今家にある黒いゴミ袋を使い切るくらいのゴミは出るだろう。無駄にせずに済むというものだ。

 って、そんなに溜めているから掃除が面倒なのだ。すまん。

 しかし、透明なゴミ袋にしないとならないというのも、よくわからないなあ。焼却炉を痛めない為、カロリー云々という話ならば、まだわかる。けど、本意はそんなことではないだろう。その為ならば、炭酸カルシウム入りで黒くても良いはずだからだ。やはり、ゴミ袋の中身を見やすくする為だろうなあ。これが非常にイヤなのだ。
 そもそも、何故今までゴミ袋を黒くしていたのだろうか。中のゴミを見えなくする為ではないか。もちろん、自分が捨てたモノを見られるのもイヤだし、生ゴミがネチョネチョとしている様を見せられるのもイヤだ。そういった配慮から、今まで黒いゴミ袋が圧倒的に支持されてきたのではなかろうか。つまり、今回の処置はそういった配慮を無視するということなんだなあ。

 まあ、捨てちゃいけないものを捨てる人もいる。中にはスプレー缶等をそのまま入れる人もいて、回収作業員が大怪我を負ったなんてこともあるらしい。そういういったのを防止したいのはわかるけどね。でも、「ゴミ袋を透明にすれば、捨ててはいけないものを捨てにくくなるだろう」というのは、考え方としてガキっぽいよなあ。子供に対する対処のようだ。

 そもそも、ゴミなんていうのは、他人に見せたくないもののオンパレードだ。まず、食べているモノを始め、購入物がわかる。趣味嗜好を知られてしまうということだ。明細書や請求書やレシート等は、収入その他を知られてしまう。もし、第3者がこれらを公然とした場合、プライバシーの侵害として問題になるほどのものだ。まあ、わたしはシュレッダーを買ったので、紙類は良いけどね。でも、個人用のシュレッダーってイマイチなんだなあ。もっと細かく裁断できるものが欲しい。
 まあ、紙類はともかく、下着、生理用品、コンドームなんてものはどうすれば良いのだろうか。こんなもの見られたら恥ずかしいよなあ。実際、独り暮らしの若い女性のゴミを漁る変態さんもいるからなあ。どうやら、エコロジーの前には個人の羞恥心など無視すべきだというのが、役所の見解らしい。

 まあ、ゴミ袋も完全な透明ではなく半透明だったりするので、奥の方は見えないんだけどね。それにその手のものは紙袋等に入れたりすれば良い。でも、それならば、捨てちゃいけないものも紙袋に入れて捨てれば良いことになってしまう。意味無いなあと思うのだ。せいぜいちょっと手間がかかる程度のことだ。
 燃えるゴミに燃えないゴミを混ぜてしまう人の心理を研究すれば、もうちょっと違った解決方法があるのではないだろうか。面倒だということもあるが、おそらく多くは一刻も早くゴミを処分したいというところだろう。回収日を待ってられないということだ。もっと、燃えるゴミ以外の回収を多くするべきだろうし、年中無休でゴミを持ち込みできるところも増やすべきだろう。実は、わたしの希望である。

 ところで、ここのところ黒いゴミ袋がダメという風潮が広まったおかげで、勘違いしている人がいる。黒いゴミ袋を使うと悪で、透明ゴミ袋を使うとエコロジーに貢献している正義だと思っていたりする人だ。
 問題はゴミ袋ではないだろう。黒いゴミ袋を使っていても、燃えるゴミだけならば問題はない。いくら透明なゴミ袋を使っていても、無駄にゴミを作ったり、紙袋に入れる等カムフラージュして燃えないゴミを混ぜていれば問題だ。
 重要なのは、外側ではなく、その中身なのだ。外側ばかり重要視し、中身をまるでゴミのように軽く扱い無視するというのは、いかがなものだろうか。捨て置けない話である。などと言い出すとややこしくなるので、やめておこう。

過去おまけへ

00.03.16 『寒い国にて果てる』について
 うーん。さすがにこの頃になると、慣れてきたのか安定しているなあ。第1回が前年の8月22日なので一年と一ヶ月経ったところだ。回数にして70回である。

 この回は隠しダジャレなのか何だかわからない細かいネタが随所に混入されている。一抹の不安、石松の不安。腹に一物、腹に石松、腹に市松ときている。これらは同系列のダジャレだ。一度にいくつも思いついたので、できるだけそれらを取り込もうとしたのだろう。

 それよりも、むしろ「秘密の次郎長」だろう。大ネタではないが使いたかったのだ。ネタ帳を整理したかったのである。「秘密の次郎長」は結構前から思いついていたのだが、なかなか使えなかったのだ。ちなみに、これは「清水港」という居酒屋に行った時に思いついたネタだ。うーん。頑張って魔法少女ものにしても良かったんだけどね。難しそうだ。

 ちなみに、わたしは森の石松って好きじゃないんだなあ。誰からも愛される性格ということらしいが、そういう誰からも愛される性格を武器にして、好き放題やっているように思うのだ。ケンカっぱやい。周りにいたらさぞや迷惑な存在だろう。
 だからといって、大政や小政が良いかというと、それも違う。なんとなくイマイチなんだなあ。まあ、実力は大したものなのだだろうけど、どうしても次郎長親分の傘に隠れた小物という感じがする。小政に至っては、大政のさらに下だ。では、次郎長親分はどうかというと、大物ですごい人なのだが、権威的な感じがして、むしろ近寄りがたいのだ。
 嗚呼、もしかするとわたしは次郎長一家が嫌いなのかもしれない。もっともあまり知らないのだけど。うーん。なんていうか、頭が良くて、実力はあるけど控えめで、テクニシャンタイプの人っていないのかな。わたしは、そういうタイプが好きなのだ。

 チョウザメと興ざめは、隠しダジャレというレベルでもないなあ。

 前半と後半は、話がガラリと変わる。なんだか2つの話をくっつけたようだ。まあ、そうなんだけどね。それは、もちろん「キャビア道連れ」を使いたかったからである。このダジャレは好きなんだけど、他に使いようが無かったのだ。

 投票ボタンの「とするとこれは、誰が書いたのだ?」は、ツッコミ系のコメントだな。うん。もっともだ。しかし、もちろんこの話はフィクションなのでどうでも良いことだけどね。でも、一人称で書かれているもので、最後に死ぬのはまずいだろうなあ。
 基本的にみや千代日記は一人称で書かれているが、最後に死ぬというパターンはこの回が最初である。まあ、一回書くとタブーを破った気になるんだなあ。この後、最後に死んでしまうというパターンは、いくつか書いたはずだ。主人公が死ぬとそれでオチがついた気になってくるので、気分が良いのである。

過去おまけへ

00.03.15 『演歌と北国の関係』について
 ふむふむ。この回は、前回と同様女性を演じている。といったら役者のようだな。まあ、前回に引き続いて、みやちょネカマ大作戦を続行しているのだ。おそらく、この後にオフミの予定があったに違いない。

 この回のテーマは演歌である。オチを除いて演歌しばりなのだ。与作や北酒場については、前々から使おうと思っていたネタだ。これらを活かした話を書こうと思ったのだが、それならばついでに演歌しばりにしてしまおうと思ったのである。
 できれば中島みゆきやピンクレディーの回のように一人の歌手でしばってみたかったところであるが、なにしろ演歌歌手については、一人の歌手について3曲以上のヒット曲を知らないのだ。とてもじゃないができない。
 まあ、やるとしたら、歌手しばりではなく歌しばりのような形になるだろう。与作しばりと称して、「与作は木を切る」のダジャレを延々続けてひとつのストーリーにするとか。実現しなかったが考えたことがある。

 ところで、「昴」は演歌に入れて良いのだろうか。今の谷村新司であれば、間違い無く演歌の人で良いけれど、「昴」の当時はまだそういう認識ではなかったからなあ。それにしても「昴」というのは、世間では評判の悪い歌である。カラオケでは歌えない歌だ。歌うと本人は結構気持ちの良い歌なんだけどね。まあ、だから評判が悪いのだけど。

 佐良直美かあ。そういえば、この人ってレズ疑惑があったんだなあ。知ってる? もちろん、そういうところも考えて書いてみたんだけど、名誉毀損で訴えられるとまずいので、そっくりさんということになっている。しかし、妙にはまっているな。

「首都に敷かれりゃ……」は、この回一番テクニカルなダジャレだと思う。なんで、こんなに無茶苦茶なダジャレがストーリーにはまるのだろう。もっとも、ダジャレに合うようにストーリーを書いているんだけどね。いやはや、むしろこの無茶苦茶なダジャレによって、自動的にストーリーができてしまったのである。

 最後のオチは、投票ボタンの通り、演歌ではなくジェンカである。日立のククレット。ここがこの回の最大のボケである。読者も最後にこう来るとは予想していなかっただろう。
 ところで、校庭等でジャンカを踊る時、通常は歌無しのバージョンなのだが、たまに坂本九の歌付きのバージョンの時があるんだなあ。踊りながらあの歌詞を聴いているとヘナヘナとなってしまう。どうにかならないものだろうか。レッツキスと言われても、隣の女の子とキスするわけにはいかないだろう。もっとも坂本九も校庭で踊るという需要のために歌ったのではないと思うけどね。それにしても、ジェンカは、女の子と手をつなげないのであまり嬉しい踊りではなかったなあ。

過去おまけへ

00.03.14 友達になってと言われて困る
 デーンと構えて、ゴーンと叩き、バーンとひっくり返す。だから伝言板というのである。デーン、ゴーン、バーン。しかしながら、それは間違いである。やはり、伝言板というのは、誰かに連絡事項を伝える為のものだと思うのだ。皆もそう思うだろう。皆がそう思うということは、伝言板は誰かに連絡事項を伝える為のものだということだ。そう。これが民衆の総意というものである。

 さて、伝言板といえば駅にあるものが代表的である。駅の伝言板、略して駅伝である。駅伝といえば、箱根のものが有名だ。他にも出雲駅伝やニューイヤー駅伝といったものがある。さらには、青東駅伝なんていうツワモノまで存在する。青森から東京まで連なる駅伝というも豪快な話だ。
 しかしながら、ここ最近の携帯電話の普及により、駅伝が使われることがめっきり少なくなった。最早存在など忘れてしまっていた。ところが、どっこい生きているんだなあ。もちろんシャツの中ではない。たしかに伝言板は、平面である。しかも緑色だ。だからといって、カエル呼ばわりしても良いというわけではないだろう。では、どこで生きているかというと、たとえば成瀬駅の場合、改札の横である。こんな感じだ。


 しかし、この携帯電話全盛の時代になっても、まだ利用されているとは思わなかった。これは、おそらく中学生が書いたのだろうなあ。というのも、中学生は、あまり携帯電話を持っていないからだ。伝言板を使うなど、中学生以外に考えられないのだ。どうだ。わたしの推理力に恐れ入ったか。まあ、わたしにとって、こんなものは注意していればすぐにわかることなのだ。えへん。


 ごめん。実は推理でも何でも無いのだ。本当は上記のようなことが書かれていたからだ。「はっぴー 高校LIFE始まるよ(はあと)」とのことらしい。たしかに高校教師に就職が決まった場合でも、ある意味これから高校LIFEが始まるのだろうが、一般的にはこの春高校に進学が決まった中学生が書いたものと見るのが普通だろう。
 うーむ。そうか。そんなに高校に受かったことが嬉しいのか。高校に希望を持っているんだなあ。しかし、中学校はイヤだったのかな。友達と別れ別れになるのはつらくないのかな。もしかすると、イジメにあっていたとかいうことはないよなあ。友達はいなかったのかな。


 あながち間違いでもないかもしれない。伝言板には「高校に入ったら友達になって」とも書いてあったのだ。やはり、そうだったのか。つらいイジメにあった暗い中学時代。友達が誰もいなくて寂しい思いをしてきた。でも、高校にはあのイヤなヤツはいない。高校にさえ入れば、人生変われるのだ。はっぴー高校LIFEなのだ。そんな悲痛な叫びのようである。
 うんうん。そうか。寂しかったんだな。友達が欲しかったんだな。どこの誰かはわからないが、わたしが友達になるのはやぶさかではないぞ。わたしのようなおじさんでも良ければな。友達になったら、悩みはちゃんと打ち明けてくれな。人生経験が豊富な分だけ役に立てるかもしれないぞ。

 というようなことではないと思うな。やはり。まあ、高校に合格したのが嬉しかっただけだろう。ちなみに、この写真は2月の終わり頃に撮ったものだ。もしかすると、この日高校入試の合格発表があったのかもしれない。合格発表の帰り、あまりにも嬉しくて、ついその思いを伝言板に書いてしまったというところだろうか。
 あまりにも嬉しくって、高校に合格したことを世間に知らしめたい。だからといって、拡声器を持って「道行く紳士淑女のみなさん。聞いてください。わたしは本日○○高校に合格しましたーっ!」なんてやるのもなんだろう。なぜならば、拡声器を普段から持ち歩いているわけではないからだ。そこで伝言板に書いたのだろう。

 しかし、先程書いたように、伝言板は誰かに連絡事項を伝えるためのものである。この場合、いったい誰に伝えたかったのだろうか? やはり、広く世間一般に伝えたいというところだろう。何人がこの掲示板に目を止めたのかわからないが、少なくともわたしは見た。ということは、「友達になって」にはわたしも含まれるということか。いきなり見ず知らずの人に「友達になって」と言われても困るのだ。しかも、こちらは、名前も姿も学校名さえもわからないのだ。いったい、どうしろと言うのだろうか?

 さすがにそれは困るので、ちょっと違う話を考えた。

 おそらく、「友達になって」は、特定の人に伝えたかったものなのだ。好きな男の子がいるのだろう。しかも、春から同じ高校だ。高校LIFEをはっぴーというのも、そういった理由である。それで、その男の子に「友達になって」と言いたいのだ。「彼氏になって」なんて、とてもとても。一緒にいるだけで満足なのだ。でも、そのことを直接言うことができない内気な少女なのだ。どうやって伝えよう。
 そこで考えたのだ。ポケベル、あるいはメールでも良い。そういったもので思いを伝えるのだ。しかし、それでも「トモダチニナッテ」は躊躇われる。直接言うのと変わらない。それができるのであれば、とっくにラブレターを渡しているだろう。そこで、「ナルセエキデンゴンバン」なんていうメッセージを入れたのである。果たして彼が見てくれるかどうか。見てくれなかったら諦めよう。そんな思いが詰まった伝言なのである。などというちょっと可愛い話を捏造してみた。

過去おまけへ

00.03.13 『海と永遠の愛』について
 うーん。この頃だろうか。銀座で合コン云々のダイレクトメールが来たのは。わたしは、結構女性に間違えられることが多い。この手のメールを貰ったことは、一度や二度ではないのだ。おそらく「みやちょ」というハンドルネームが原因のひとつなのだろう。でも、ネットを始める前からみやちょはみやちょだからなあ。仕方が無いだろう。別に女だと主張しているわけではない。書いてある内容を読めばわかるだろう。

 んと、わからないか? この回だけを見る限りでは。まあね。ネカマというわけではないのだけど、女性になってみたかったのだ。今まで色々な役をやってきたが、不思議なことに女役をやっていなかった。この辺でやっておくのも良いだろう。

 まだこの頃は、おまけ日記を猿人に登録していなかったのだ。オフミで初対面、というか日記を読んだことがない人が来るとなると、とりあえずその人の日記を読んでみたりすることもあるだろう。こういった時、参考にするのは、やはりみや千代日記だろう。ということで、この回しか知らない人は騙されてくれるかもしれない。そんな悪戯心が動機であった。決して、女性日記書きに「二人で逢いましょうか」と誘いやすくするためではない。決して。

 それはともかくこの回だけど、最後のオチだけにかけている。なので、あまり書くことが無いのだ。「タコにはタコ坊主」という辺りも笑えるかもしれないけど、まあ、この後にオチが来るという予告のジャブのようなものだ。

 で、最後にわけのわからないセリフを入れて、読者を「?」と思わせた後、風呂坊主、つまりプロポーズというダジャレでずっこけさせるという試みである。全ては、このダジャレのための前フリである。わたしとしては、こういうのも結構好きである。

 投票ボタンの「今では親子3人仲良く暮らしてますわ」も良いなあ。ここで「結局結婚したのかい」というツッコミを期待するところだ。さらに「3人ってことは、やっぱりヤったの?」というアブノーマルな想像力を働かせて欲しいところである。

 それにしても、イマドキ「君の作った味噌汁を毎朝飲みたいなあ」というプロポーズの言葉も無いだろうなあ。でも、ここは典型的な言葉にしたいと思ったら、それくらいしか思いつかなかったのだ。さて、現実のわたしは、どうしたものだろうか。誰か言わせて欲しいものである。

過去おまけへ

00.03.09 鶴の生息地

 似、似、似、似ているのーっ!?

 わたしといえば、プロフィールに写真があるのだけど、これって似てるかなあ? まあ、この写真ではよくわからないか。これは一年以上前に撮ったものだからなあ。ええと、そういう問題ではないか。でも、一応すっぴんにズラを被っただけなんだけど。
 いやはや、それにしてもアレは今更ながら恥ずかしい写真だなあ。というのはともかく、やはり似ていないと思うんだけどなあ。特に目の辺りが違うと思う。プロフィールのようなふざけた写真ではなくて、最新、つまり今日撮った写真を見ればわかると思うんだけどなあ。

←ほれ、全然違うでしょ。

 嗚呼、この写真はダメではないか。こんなところでタバコを吸っちゃダメだ。って、ええと、そういう問題ではないか。目ね。この写真では目がわからないのね。ついでに口元もわからないのね。似ているも何も無いではないか。
 いやあ、別に顔出し厳禁というわけではないのだけど、やはり、自分の素の写真を載せる勇気は無いからなあ。どうにも照れくさい。まあ、似ているか似ていないかは良いけどね。まあ、夜久さんが似ていると思うならば、そう思う人は他にもいることでしょう。

 それはともかく、まーひーさんとわたしが同一人物というのはなあ。そんなにあちこち更新しているヒマは無いです。と言ってもアレか。みや千代日記を再放送モードにしているので、それなりに時間があると思われているのか。でも、数回読んだことがあるだけなのでよくわからないけど、まーひーさんの日記って日記猿人ネタや風俗ネタや女子高生ネタが多いという話でしょ。わたしとは違うよなあ。
 わたしは、基本的に猿人について言及しない方針なので、日記猿人絡みでネタを書くわけないじゃないし。そのわりには書いているような気がするけど。それと、自分の性行為については一切公表しない主義なので、風俗ネタなど書かないだろうし。いや、まあ本質的にはエッチであることは認めますけど。女子高生には興味が無くて美人OLが好きだし。いや、まあ、女子高生ネタは書くこともありますけど、お笑いネタの対象としか見ていないし。

 と、いくら書いたところで、「わざわざ書かない方針を掲げて正体をバレないようにしている」、「本当は美人OLよりも女子高生の方が好きで、普段美人OLのことを書いているのは隠れ蓑」、「風俗ネタも書きたいところだけど、そんなことを書いたら女性陣が敬遠するということで別人格で書いている」、「猿人絡みのネタは書かないと言った手前堂々と書けないので、やはり別人格で書いている」と、いくらでも反論可能であったか。うーむ。いや、まあ、本気で同一人物であると思っているわけではないだろうから、どうでも良いけどね。

 いやはや、しかし困ってしまったなあ。というのも、今は日記猿人で目立ちたくないもんで。あまりやる気が無いので楽をしたいんだなあ。目立ってしまうと、どうにも気を使うので、その他大勢になりたいところなんだなあ。何かわたしについて勘違いされている人もいるしね。そもそも今の日記猿人ってよくわからない。どう付き合って良いものか考えあぐねるところだったりする。まあ、やる気がある時ならば、如何様にでも付き合うんだけどね。

 特にまーひーさんとはあまり読者が重ならないと思うので、新たに人が訪れてくる可能性が高いんだなあ。いや、まあ訪れる分には、ここには何も無いと知るだけなので、それで構わないのだけどね。まーひーさんをベタボメされている方に斬らせていただかれた日には収拾つかなくなりそうだ。まあ、そもそも収拾をつける必要など無いのはわかっているけど、なんだか面倒そうだからなあ。まあ、もっともその方には既に見られちゃったような気がするけど。いやはやこんなことで取り上げられてしまうとは誤算であった。

 嗚呼、今のわたしは過去の人です。ひっそりと生きていたいのです。花に喩えると月見草になりたいのです。月見草なので富士に良く似合いたいです。あるいは藤圭子とお似合いになるのも良いかもしれません。わたしの夢は夜にひらいたりします。そんな気持ちなのです。

 というのは単なる話の枕であった。さて、今日の本題に入ろう。

 ところで、皆さんはトイレの個室ではどのように過ごしているだろうか?

 勿論本来の目的で入ることもある。むしろ、それが当然だ。しかしながら、トイレの個室というのは様々な利用法が考えられる。その主たるものは仮眠である。ん? しない?
 わたしの場合、仕事中に耐え切れない睡魔が襲ってくることがしばしばあるんだけど、そんな時は5分乃至10分の仮眠を取るとすっきりするんだなあ。しかも、洋式トイレの場合、幸い腰をかけることができるので仮眠にはもってこいだ。本当は横になりたいところだけど、それだと熟睡してしまうかもしれない。うっかり、2時間、3時間も寝てしまうことになりかねないので、腰をかけるくらいで丁度良いと思う。

 まあ、これは完全にサボりなんだけど、そうではなくて本来の目的と平行して何かする人もいるだろう。古典的には本や新聞を読むなんていうのが挙げられる。もっとも、そんなものを持ち歩いているところを見られたら、サボっていることがバレてしまうので、職場でする人はあまりいないと思う。せいぜい文庫本だろうか。
 職場であれば、ミニゲームを持ち込むなんていう人もいるかもしれない。実はわたしがそうだ。古くはテトリスJr.、今ではポケステなんかを持ち込んだりすることもある。いやはや、時間のかかる人にとっては、あの時間って手持ち無沙汰なんだなあ。もっとも本来の目的に集中できなくて、あるいは平行作業の方にのめり込んでしまって、余計に時間がかかってしまうのだが。

 最近では携帯電話でメールをやり取りしている人もいるかもしれない。iモードを使っている人なんかね。わたしもポケステが無い時には携帯電話をいじくったりするけど、特にすることがないんだなあ。こんな時にiモード端末が欲しくなったりする。
 でも、さすがに会話をする人はあまりいないと思う。それでも、たまに個室の中から話声が聞こえることがあるけどね。まあ、それはたまたまかかってきた電話なのだろう。わたしも一度かかってきたことがある。しかも、それが女の人だった。詳しくは忘れたけど、どこかの店員さんだったと思う。しかし、なんていうかパンツを下げたまま女の人と会話するのは非常に違和感を感じた。

 まあ、トイレの個室における手持ち無沙汰対策はこんなところだろう。と思っていたけど、他にもあったんだなあ。そういう手もあったか。先月のことである。トイレの個室に鶴がいたのだ。いや、正確にはあったと言った方が良いだろう。つまり、これだ。↓


 折り鶴である。トイレットペーパーでできている。そうか。誰か手持ち無沙汰なので、トイレットペーパーを使って鶴を折っていたんだな。なるほど。ちなみに、この折り鶴であるが、ずっとそのまま放置されていた。2月の初めくらいからあった。無くなったのはつい2、3日前のことである。一ヶ月近く存在していた。無くなった時は、非常に残念に思った。
 それにしても、ここの人達は風流な人ばかりだなあ。以前、喫煙室に100円玉が何日も放置されていた話を書いたけど、基本的にここの人達は放置されているものをそのままにしておくようだ。掃除のおばちゃんも含めてね。普通なら捨ててしまうだろう。このまま放っておいていつまであるかということを小さな関心事としていたのだろう。わたしもそうだ。あるいは、トイレに入る度にこれを見て心を和ませていたのかもしれない。

 ちなみに、このように写真に撮れたのはいつまでもトイレにあったからである。いつもデジカメをトイレに持ち込んでいて、たまたま発見したので思わず撮ったということではない。「今日もあるかな」と思ってデジカメを持って個室に入ったら、案の定折り鶴が鎮座していたのだ。
 もっとも無くなっていたならば、自作自演という手もあるけどね。いや、まあ、しかしそんなことをしてもつまらないではないか。まさか、みやちょのことだから「これが本当のコエダメに鶴」とやりたかったというのも考えられるけど、いや、そうじゃなくて、わたしの仕業ではない。本当に。

過去おまけへ

00.03.08 『電通でござる』について

 タイトルの「電通でござる」は、「忠臣蔵」の有名なセリフ「殿中でござる」のダジャレである。最後の方に出てくる広告代理店の人は、もちろん電通の人であるという設定だ。さらに投票ボタンの「通信村」というのは、そのまま「忠臣蔵」のダジャレである。まあ大丈夫だろう。年末にテレビで放映されるというのは、「忠臣蔵」が年末恒例となっているところから来ている。毎年のようにやっているからなあ。

 若い人は知らないかもしれないが、わたしの子供の頃には「明るい農村」というテレビ番組があったのだ。NHKである。実際に観ているかはともかく、タイトルだけは皆知っているという番組であった。新聞のテレビ欄を見ると、非常に目立つんだなあ。「明るい農村」については、子供の頃にはギャグの対象であり、わたしも散々ネタにさせていただいた。
「好きなテレビ番組は?」
「明るい農村」
 といった具合である。しかし、これで笑いが取れるのだから、小学生というのは何を考えているのかわからない。わたしも何を考えているのかわからない小学生と散々言われた。農村が明るいというところがおかしいのだろうか。大変失礼な笑いである。もっとも、子供というのは失礼な言動をするものである。ここで過去の言動について一言お詫びをしておこう。農村ごめん。

 まあ、明るい農村というのは農村を主題に設定したので、ついでに使っただけだ。農村を主題に設定したのは、農村ユーティリティというダジャレを使いたかったためである。プラス「四万テック」も使いたかった。「人口農村発展委員会」というのは後から取ってつけたものである。

「フォレスト・ガンプ」っていう映画、この頃話題になったなあ。そこで思いついた「フォレスト・コンブ」というのが使いたくて仕方がなかったのだ。わたしは観ていないけど、「人生はチョコレートの箱のようだ」というセリフが感動的らしい。というわけで「人生はコンドームの箱のようだ」というのを入れたのだ。ちなみに、チョコレートの箱とコンドームの箱は良く似ているというのは、わたしの持論である。いや、持論というほどでもないけど、似ていると思わないか? でも、最近のコンドームの箱は、あまり似ていないかな。わたしの子供の頃はよく間違ったものだが。
 ところで今知ったのだけど、土曜日にフジテレビで「フォレスト・ガンプ」を放送するようだ。なんだかグッドタイミングである。いや、良く考えたらわたしには特にグッドではないのだが。

 他にも「ビジュアルばあさん」と「ふるさとは遠くリアリティ思うもの」は、使いたいネタであった。ネタ帳にずっと載っていたんだなあ。この頃のわたしは、ダジャレを思いつく度にネタ帳に追加していき、話を作る時にはそれを見て、いくつかの使えるダジャレを組み合わせてストーリーにするという手法を取っていた。この回は、まさにそれである。結構なダジャレがはまってくれたと思う。

 ところで、バーチャルリアリティによる過疎化対策って、適当に考えたのだけど、結構名案だと思うなあ。できなくはないと思うぞ。住民票も実際に居住しているところと違う人はいくらでもいるし、それが問題視されることはまずない。建前上は問題だけど、都会においての1人や2人は無視されるものだ。
 でも、そういう見かけ上の人口が増えても問題の解決にはならないのか。ええと、過疎で問題になることってなんだっけ? 若い働き手がいなくなることか。ええと、SOHOという手があるぞ。SOHOでできる産業に主要産業を転換していくのだ。それから嫁不足というのもあるのか。でも、遠距離結婚という手もあるぞ。ダメか? ダメ?

過去おまけへ

00.03.07 やられたらやりかえす
 改めて自分の部屋を見ていると泣きたくなってくる。ぼえーん。なんでこんなに散らかっているのだろうか。ぼえーん。ぼえーん。いや、原因はわかっている。それもこれも仮面ライダーチップスのせいなのだ。本当は違うのだが、そういうことにしておくと都合が良いので、敢えてそういう理由にしておく。
 なにしろ、現在わたしの部屋には60個を超える仮面ライダーチップスが散乱しているのだ。せっせと消費しているのだが、それ以上に買ってくるのでなかなか無くならない。それでも先週から比べると、随分減ったのだ。先週は、なんだかんだで十数個しか買わなかったからね。しかし、こうも大量にあると、どう処分しようか頭を抱えてしまうのだ。換金できればベストなんだけどなあ。

 そういえば、その昔「100円でポテトチップスは買えますが、ポテトチップスで100円は買えません。あしからず」というコマーシャルがあった。世間の話題をさらった。素晴らしいコマーシャルである。しかし、このコマーシャルによると、どうやらポテトチップスは換金できないらしい。残念である。

 やはり、お金はお金で交換するのが一番手っ取り早いだろう。古銭商に行けば、結構な値段でお金を売ってくれる。ただし、結構な値段なのが難点である。誰か2千円くらいで1万円札を売ってくれないものだろうか。いや、3千円出しても良い。これは、かなり良い条件だ。たったの1枚が3枚になるのだ。これがオトクでなくて、何がオトクと言えるだろうか。……などと言って、過去に何度も後輩を騙そうしたのだが、誰もひっかかってくれなかった。ぼえーん。
 そういえば、300円で500円硬貨のようなものが買えるということを聞いたことがある。見た目は500円硬貨に見えないが、実際に500円として使えるそうだ。だとすれば、これは相当オトクな話ではないか。と言ったら、もうわかるだろう。偽造硬貨のことである。

 それにしても、偽造硬貨には腹が立つなあ。このところ500円硬貨が使えない自販機が増えているのだ。続々と増えつづけているのだ。不便極まりないのである。財布の中に500円硬貨があっても使えないのだ。うっかりすると、使える自販機を求めてウロウロとうろつき回るハメになるのだ。そういえば、タバコの自販機が23時以降販売禁止になった時にも困ったおぼえがある。深夜タバコを求めて30分以上も徘徊したことがある。
 しかし、どうしてこう便利な生活を捨ててまで、わざわざ不便になろうとするのだろうか。世界に誇るべき自販機文化の崩壊である。本来500円硬貨は、非常に便利なものなのだ。しかし、500円硬貨が使えない自販機が増えてから、財布の中が小銭でいっぱいになることが多くなった。面倒な時はすぐに千円札を使ってしまうからだ。これでは却って不便である。どうにかならないものだろうか。

 なんだか500円硬貨の廃止論議が囁かれているようだが、それよりも500ウォン硬貨など日本国内持ち込み禁止にすれば良いだけの話だと思う。どうしてもというならば、持ち込み可能なのは1人1枚のみとすれば良い。それ以上は両替すれば良いだけの話だ。それでも偽造硬貨を使うやつはいるかもしれないが、おびえるほどのことは無いだろう。
 隠して持ち込む人がいるかもしれない。しかし、偽造硬貨を売るような人は、恐らく大量に持ち込んでいるのだ。そうでもなければ、旨みは無い。ならば、金属探知機にかければ良いだろう。隠し持つことは不可能だ。隠して持ち込もうという人がいたら罰すれば良い。そんなリスクを冒してまで持ち込もうという人は、そうはいないはずだ。

 もっとも、これには韓国政府の協力が必要である。もしかすると、期待できないかもしれない。日本が要請を出したとしても、そう簡単に協力するようには思えないからなあ。「そんなの日本の問題ではないか。なんでわしらが協力せなあかんのや」なんて言われそうだ。
 そこでわたしに考えがある。そういう非協力的な態度ならば、同じことをやりかえせば良いのだ。日本が今受けている困難を韓国にも与えれば良い。具体的にはどうするのかというと、日本の500円硬貨を大量に韓国に持ち込んで自販機で使いまくってやるのだ。おそらく、韓国の自販機設置業者は、「ぼえーん。ぼえーん」と言いながら嘆くことになるだろう。そうなれば、韓国政府も黙ってはいられまい。えっ? んと、何か間違っているか?

過去おまけへ

00.03.06 『鈴木のその後』について
 タイトルは、勿論美白の女王鈴木その子のダジャレである。今でこそ鈴木その子は、知らぬ者がいないほどの有名人であるが、この頃はまだ一部の人しか知らなかったはずだ。勿論ダイエットに詳しい女性は知っていただろう。本屋に行けば、その手のコーナーに必ず鈴木その子のダイエット本が数冊は常備されている。
 男性陣の反応はともかく、女性にだけはウケるだろうと考えたのだ。知っている者だけが笑えるというのも、特権的で優越感を感じさせてくれる。ダジャレの魅力のひとつでもある。しかし、アカデミックなものは避けた方が良いだろう。知識のひけらかしのようで、イヤミっぽく感じられてしまう。知らなくても恥ずかしくないものが良いだろう。わたしの持論だ。

「ダイエーホークスとダイエットコークは良く似ている……さよう、わたしはバカだ」というくだりは、結構好きだなあ。漫談に似たボケだと思う。でも、文章でやる人は少ないけどね。でも、最近はそうでもないか。このところ、雑文界のレベルは上がったと思う。これよりも良いボケが多くなったと思う。

 この当時のスリムビューティハウスのコマーシャルは「ぷにぷに」だったか。書かれているように、わたしはぷにぷにしている方が好きだ。ぷにぷにこそ女性の魅力だと思うんだなあ。スポクラのインストラクターみたいにカチカチの人は勘弁だ。どうして、みんなカチカチになりたがるのか不思議である。触る意味が無いじゃないか。わたしは、ダイエット反対派である。
 ところで、この「スリムビューティハウス」というネーミングはどうにかならないものだろうか。非常に恥ずかしいセンスだと思う。それでも流行っているところを見ると、女性にはまだスリム神話というのがあるのだろう。うーん。まあ、わたしに柔らかいところを残しておいて欲しいなあ。って、食べ物じゃないんだから。

 関係無いけど、今は「チリ脚」ってコマーシャルだよね。あの脚がニセモノではないかと疑っている人もいるみたいだけど、どうやら本物らしい。まあ、それはわかっているけどね。わたしが思うに、ニセモノっぽく見えるのは足がデカいからではないだろうか。なんだか、パースの狂ったマンガのようなんだなあ。

 さて、ダンジキダイエットである。これも結構昔から温めていたネタだったんだなあ。でも、結構真理だと思う。リバウンドが云々というけど、それは断食後に食べ過ぎるからだろう。リバウンドしそうになったら、また断食するだけだ。まあ、断食ばかりなんてつまらない人生だと思うけどね。
 あと、ダンベルダイエットというのも、科学的には根拠が無い。「筋肉をつけると消費カロリーが上がるので太りにくい」なんて常識のように語られる。スポクラのインストラクターもそんなことを言っていた。でも、はっきり言ってみのもんたの番組を見て薀蓄をたれている人と変わりが無い。実際、筋肉質の人ほど太りやすかったりする。柔道部だったわたしが言うのだから間違いが無い。引退して太るのは筋肉質の人なんだなあ。
 だいたい経験則でわかるでしょう。痩せている人の大半が筋肉が無い人だ。筋肉質で尚且つ脂肪がほとんど無い人なんて、現役のスポーツ選手のようにハードトレーニングをしている人だけね。食事制限をせず、激しい運動もしない人で、そんな人っている?

 帰省中ダイエットは、田舎が無い人にはわかりにくいかもしれないが、帰省した経験がある人の大半は頷いてくれるだろう。多くの親は、帰省すると大量にご飯を食べさせようとするんだなあ。不思議だが、多くの家庭で事情は同じだ。一緒に暮らしている時は、毎日ご馳走を食べていた記憶は無いのだけどね。
 おそらく数日間の限られた帰省期間のことよりも、考えられる限りのご馳走を出さないと気が済まないということが大きいのだろう。思いついた全てのご馳走をその数日間にどうやって押し込むかしか頭に無いのだ。レストランでメニューを見ていると、端から全ての料理を食べてみたくなるのと同じ心境かもしれない。ただ、それを自分の子供で実践するのだから参ってしまう。

「サナダ重要視」は勿論「真田十勇士」のダジャレである。寄生虫ダイエットの話題が出た時には、いつでも使えるダジャレだ。オヤジの皆さんは、ネタとしてストックしておくと良いだろう。

「たかがお茶に100円も払えるか」って、烏龍茶の出始めの頃は、たしかに思っていたなあ。嗚呼100円というのは、烏龍茶が出始めの頃の話ね。今は120円、この当時で110円だっただろうか。でも、考えてみれば本当にここに書かれている通りなんだよなあ。コーラなんて原価はほとんどかかっていない。宣伝費等メーカーの経費、缶の値段と輸送にかかる費用、問屋や小売店のマージン、あるいは自販機の維持費、120円という値段のほとんどはそれだったりするからね。50円コーラなんていうのも流行ったけど、そう考えると納得できる。

 しかし、わたしも反ダイエット派のわりには詳しいなあ。嫌煙派がタバコの害に一番詳しいのと似ている。が、少し違う。実は、女の子と会話するのに、ダイエットの話は持って来いだったりするのだ。

過去おまけへ

00.03.05 『ヤかい?』について
 中島みゆきである。毎日新聞の記者ではない。タイトルの「ヤかい?」というのは、勿論夜会から取っている。夜会というのは、中島みゆきが行う恒例のワンマンショーというか、1人で行うステージショーのことである。何とも歯切れが悪い言い回しだが、わたしは行ったことがないので、どんなことをやっているのかよくわからないのだ。おそらく、道に倒れて誰かの名を呼び続けたりしているのだろう。

 ちなみにわたしには、中島みゆきを聞いていた暗い過去がある。というと、中島みゆきに失礼か。まあ、聞いていたのはオール・ナイト・ニッポンだけどね。あれは面白かったなあ。まあ、オール・ナイト・ニッポンの中では、中島みゆきの曲が流れることが多いので、歌も結構知っている。古い歌が多い。90年代の曲はあまり知らない。あっ、でも、以前「回る回るよ児雷也回る」というネタを使ったことがあるか。

 この回のダジャレの中で一番好きなのは、初っ端の「路木倒れてカレカの名を呼び続けたことがありますか?」だなあ。この回は、このネタを使いたいがために作ったようなものだ。ところで、以前にも書いたけど、カレカはダジャレの宝庫である。

 このダジャレと「裏見ます……」については、昔からネタとして温存していたのだ。この2つがあれば、やはり中島みゆき縛りにしたいところだろう。わたしは、縛られるのが好きなのだ。以前にやったピンクレディ縛りの再現をするのだ。
 そこで話としてまとめるために他にもいくつかダジャレを作ろうと思ったんだけど、なかなか良いのが思いつかない。わたしだけが知っているような歌ではダメだ。中島みゆきはヒット曲が多いといっても、無限にあるわけじゃない。多くの人が歌詞を知っている歌となると、ある程度限られてくる。まあ、「ひとり上手」は外せないよなあ。

 そして、悩みに悩んで思いついたのが、「ひとりショーツ汚さないで……」である。なんだかエロっぽいが仕方が無い。「路木倒れて……」を活かすためには仕方が無いのだ。ただ問題は「ひとりが好きなわけじゃないのよ」の部分である。ここが上手く変化させられないかというところに思いついたのが、秘書リナである。
 これは、一部の人しか知らないかもしれない。コミックモーニングに連載されていた「重役秘書リナ」というマンガから取った。まあ、ストーリーは知らなくても良いけど、銀行の重役秘書であるリナというのが主人公のマンガである。

 ちなみに、わたしはこのマンガが嫌いであった。そもそもビジネス系のマンガっていうのは、あまり好きでは無いんだなあ。何故かというと、マンガの内容がサラリーマン経験が無い人間の浅知恵だったりするからだ。子供でも考えつきそうなアイディアで仕事上の問題を解決したりするのだ。
 150km/hの剛速球で三振を取る野球マンガとは違って、アイディアはその漫画家の能力をそのまま表している。それだけに腹立たしく感じられるのだ。サラリーマンの世界を舐めているのだろう。その漫画家が一流のサラリーマンと同じだけの能力を持っているとは思えない。どうして、自分よりも能力が低い人間の自慢話を聞いていないとならないのだろうか。

「重役秘書リナ」もそんな漫画であった。子供でも考えつきそうなアイディアで、次々と問題を解決していく重役。特に仕事ができるわけではないリナ。なんでそんな人間を秘書としておいておく。この間も書いたけど、単なる雑用係を使いまわすような仕事のやり方は好きではない。そういう仕事のやり方をしている人間は、能力が劣るというのがわたしの持論なのだ。
 それだけならば普通のビジネスマンガだけど、そんな重役を切れ者として尊敬してしまうのが秘書のリナなのだ。その尊敬が憧れになり、恋心に近い思いになっていく。不倫の一歩手前。なんだか非常にイヤらしい感じがするのだ。この重役がベッドに誘ったら、間違い無くヤラれてしまうだろうなあ。なんで真剣に口説こうとしている快活で誠実そうな青年の方に行かないのだ。まるでレディースコミックだ。

 というような感想を持ってしまうのである。この漫画には。まあ、わたしの個人的な感想なので、世間的には違うだろうけどね。しかし、そういった感想が文章の中に表われているんだなあ。

 さて、重役秘書リナとくれば、後は残りのダジャレを組み合わせて行くと、展開は自動的に決まって行くだろう。「オータムにパリかい?」も「役職あるなら……」も上手いことはまった。この回は、エロっちいところを除くとわりと出来の良い回だと思う。少なくともピンクレディ縛りの回を超えているだろう。

 ところで、最近あまり宅配ビデオのチラシが入ってこない。わたしが独り暮らしをしていた頃は、月に何度も入っていたけどなあ。マイ母が事前に捨ててしまっているのだろうか。それとも詐欺が多くて誰も信用しなくなり、下火になってしまったのだろうか。あるいは、マイ母と同居しているということで、注文する可能性が低いと見ているのだろうか。ということは、以前は如何にも注文しそうに見えたのだろうか。その全てだという可能性が一番高い。

過去おまけへ

00.03.04 携帯電話メーカーはハトヤのCMを見るべきだ
 ちなみにわたしはバイブに弱い。敏感過ぎるから弱いのではなく、その逆で鈍感過ぎて弱いのだ。ほとんど感じることが無い。ああ、そうそう。誤解されるいけないので言っておくけど、バイブといってもそういう目的の物ではなくて、携帯電話のバイブレーション機能のことである。まあ、そういう目的で使用する人もいるかもしれないけど、携帯電話のバイブレーション機能と書くと長ったらしいので、バイブと省略させていただいただけである。
 そうなのだ。わたしは、携帯電話のバイブレーション機能に反応できない人なのだ。携帯電話は概ね胸ポケットに入れているのだが、バイブレーションモードにしていると、なかなかバイブレーションに気がつかず、いつのまにか電話が入っていたということが何度かあったのだ。そういうわけなので、今はバイブレーションのみのモードにはしていない。周囲には迷惑をかけて済まないと思う。

 しかし、携帯電話も携帯電話だ。あんなに細かい振動ではなくて、もっとハッキリわかるようにして欲しいと思うのだ。モーターの偏心度を高めて、ハトヤのコマーシャル並に震えてくれたら、さすがのわたしでもわかるんだけどなあ。携帯電話メーカーに改善を望むところである。

 マンガ喫茶でマンガを読んだり喫茶をしていたら、隣に女の子が座ってきた。もしかして、これは誘いをかけられているのだろうか。ならば、このチャンスは逃してはなるまい。間髪入れずに話しかけた。という話ではない。ここのマンガ喫茶は女の子率が非常に高いのだ。隣に女の子が座るのは珍しい話ではない。
 女の子は席に座るとすぐにカバンから携帯電話を取り出した。まあ、イマドキの女の子である。イマドキの女の子にとって携帯電話は重要なアイテムなのだ。いつでも出られるようにしておかないとならない。たとえばここミスドでも、女の子のほとんどはテーブルに携帯電話を置いている。さて、その携帯電話であるが、テーブルの上に置くかと思いきや、なんと女の子は股間に挟みこんだのだ。グイッと。わっ、何をしているのだ!? まさか、携帯電話をそういう目的で……、ドキドキ……

 まあ、あまりドキドキすると心臓に悪いので、ここで彼女の弁護をしたいと思う。彼女は、非常に良くできた人物だと思うのだ。マンガ喫茶は静かにするのがマナーである。まあ、携帯電話が鳴ってしまうのは仕方が無いことだとは思う。すぐに外に出て電話を受ければ、そう目くじらを立てるほどのものでもないだろう。それでも、たまに10分毎に携帯電話が鳴るような人も来る。そういう人がマンガ喫茶に来るのは顰蹙物だろう。マンガ喫茶に来て、ほとんどマンガを読まずに帰る人もいる。
 彼女はその辺をわきまえているように思う。バイブレーションモードにしているのだろう。ところが女の子の服というのは、ポケットが無いものが多い。バイブレーションモードにするのは良いが、入れておくところが無いのだ。カバンに入れていては意味が無い。テーブルの上においても顰蹙物である。バイブレーションモードにしていると、ガラガラという音が立ってしまうのだ。あれは、ある意味着信音よりも煩い。そういうわけで、仕方が無く股間に挟み込んでいたというわけだ。決してそういう目的ではないはずだ。

 と、わたしは推理したのだ。推理を終えて胸の鼓動が収まったわたしは、マンガを読んだり喫茶をしたりを続けることにした。ほどなくして彼女に電話がかかってきたようだ。彼女はピクッと身体を硬直させるとすかさず電話に出た。やはり、バイブレーションモードだったようである。まったく音がしなかった。正しいマンガ喫茶道である。しかし、思わず「あぁっ……」と声を漏らすのが色っぽい。うーん。本当にそういう目的でなかったのだろうか?

過去おまけへ

00.03.03 『さらにもうひとつの甲子園』について

 甲子園かあ。実はわたし、甲子園が嫌いなんだなあ。というよりも、甲子園を賛美する謳い文句が嫌いである。野球以外のスポーツ、いやスポーツだけでなく、文化系の部活動や勉強等に頑張っている人だっているのだ。甲子園を賛美する人達は、そういう人達への配慮が欠けているような気がする。それと「頑張らない」という選択肢が無いのもイヤなところだ。頑張らないと罵声を浴びせられるというのが性に合わないんだなあ。世の中には、頑張りたくない人だっているのだ。そういう人達への配慮も欠けている。
 だいたい、どうして坊主頭なのか? どうして寄付金を何千万円も集めないとならないのか? どうして遠隔地からでも大量の応援団を出すのか? どうしてNHKが通常の番組をつぶしてまで全戦中継するのか? そもそも、どうしてインターハイでなく甲子園なのか? 納得が行く説明を聞いたことがない。

 むしろ、未来のプロ野球選手を先取りして楽しませる為の大会と割り切ってくれた方が素直に楽しめるんだけどなあ。プロ野球ユース大会。それなら、いくら金をかけたとしても、お祭り騒ぎであったとしても肯定できる。スター選手も結構なことだ。もっとガンガンやって欲しいくらいだ。松坂の時など「松井やイチローと対戦したらどうだろう。プロで通用するか」といった見方をしたら、非常に面白かった。

 という暴論ネタはともかく、雑用係の係長ね。昔仕事をしていて思いついたものだ。やはり、雑用を押しつけるタイプの人っているんだなあ。体育会系的な体質の部署では、当たり前のように一番若いものが雑用をすることになっている。こういうのって、わたしは嫌いなんだなあ。
 まあ、わたしの場合、ひとつ下に後輩がいたのであまり雑用をしなくて済んだけどね。その後の世代は大変だった。バブルが弾けてほとんど採用しなくなったため、何年も新人が来ない状態が続いた。万年雑用係状態だったのだ。それを見ていて、「君も雑用係の係長として手当てが欲しいところだなあ」なんて言っていたのね。

 コピーなんて必要な人間が取れば良いだろう。何百枚ものコピーを何十分もかけて取るのもバカバカしいけど、たった一枚のコピーでわざわざコピー機まで足を運ぶのもバカバカしいな。ポットのお湯も無ければ自分で汲んでくれば良いだろう。
 そうやって、いちいち仕事に割り込みをかけていたら、自分はともかくそいつの仕事が進まないよなあ。効率的でないと思うのね。そういう人が偉そうに仕事の効率云々言っているのを聞くと、思わず頭を抱えたくなってしまうのだ。

 という暴論ネタもともかく、講師園ね。いったいどんな競技をするのだろうか? 書いてはみたけど、わたしも考えてはいない。各自想像力を膨らませて考えて欲しい。

 ドナドナは昔からのネタだ。新人に対する研修の講師をした時に思いついた。あの歌の物悲しさが却って笑いを誘う。と思う。

 十勝牛、米沢牛、近江牛、松坂牛、宮崎牛、神戸牛……、牛肉の種類ってどれだけあるのだろうか?

 牛臭なんて言葉を作ってしまったけど、そのニオイが想像できるところがおかしい。って、想像できないかな? わたしが子供の頃は、まだ近所に結構牛がいたのね。なので、牛臭がなんとなく想像できてしまうけど、牛を直に見たことが無い人は想像がつかないかもしれない。

 硬式品評会とか軟式品評会とかって、一体どういう品評会なのだろう? これもどんなものかは考えていない。やはり各自想像力を膨らませて考えて欲しい。こういうのをビジュアルで想像すると、変なことをいっぱい想像してしまうんだなあ。そこでおかしくなってくる。そういう効果を期待しているのだ。

 忘れてしまっている人がいるかもしれないけど、牛楽園は後楽園のダジャレであるとともに失楽園のダジャレにもなっている。ダジャレというか字が似ているというやつね。失楽園って流行ったなあ。わたしは結局見なかったけどね。未婚のわたしには不倫って関係無いからなあ。興味が全然湧かないのだ。

「牛は食わねど高楊枝」と「牛の飢えにも3年」は、ダブルで上手くはまったなあ。

「ロボの牛」って、そういえば、以前「ロボの医師」っていうのをやったね。わたしも元ネタを読んでないわりには良く使うなあ。まあ、文学作品のタイトルって、ダジャレになりやすいんだけどね。ことわざ、言い回し、流行歌の歌詞と並ぶダジャレの元ネタなのだ。
過去おまけへ

00.03.02 『星に願いを』について

 いやはや、よく考えたら、昨日のは間違っていた。「シーザーによっても今日から3月」と書かなければならなかったのだ。グレゴリオでもシーザーでも、2000年2月29日は存在するのであった。これでは閏年バグを出した人のことを笑えないではないか。閏年バグを出した人、ゴメン。

 昨日は、シーザー云々の話をマクラとしてちょろっと別な話を書こうと思っただけなのだ。しかし、意に反して長くなってしまったため、そのままおまけ日記として更新してしまったのだ。まあ、2ヶ月半も再放送をやっていて飽きてきたという話もある。でも、後40本足らずだ。とりあえず、終わらせる。
 それと、最近読む日記を減らしていることもある。おかげで、イヤな日記が目に付くことが少なくなった。あまり気分が悪くないんだなあ。たまには、おまけ日記を書いて更新報告をしても良いかと思ったのだ。
 まあ、それでもまだ変な人はいるけどね。というか、また新たに頭が悪そうな人が出てきたなあ。あれは誰かの裏だろう。それなりに以前から読んでいるみたいだしね。まあ、わたしはランキングも目立たないところに下がったことだし、相手にされずに済むかな。放っておこう。逆マイニッキエンジンが欲しいところだ。

 日記猿人について語る人へのイヤイヤ感(って言葉を作るなよ)って、この頃にはもう既にあったみたいだね。投票ボタンの下の「これは日記猿人のなんたらボタンである」って辺りがそうだ。この頃、あのボタンが「投票ボタン」なのか「読んだよボタン」なのか云々みたいな話を侃侃諤諤やっていたのだ。わたしは、「どっちでも良いや。面倒なので「なんたらボタン」でしておこう」と思って、そういうコメントを添えることにしたのである。

 この回のタイトルである。公には「星に願いを」であるが、ブラウザのタイトルバーは「伊藤つかさの星に願いを」にした。なぜかというと、当時のおまけ日記にも書いたけど、わたしはその昔伊藤つかさのファンだったのだ。伊藤つかさのラジオ番組にそんなタイトルのものがあったのである。中学生の頃の話である。嗚呼恥ずかしい。でも、昔の話だから良いか。
 ちなみに、中学生の頃、伊藤つかさのファンであると言ったら、クラスメイトにロリコン扱いされてしまったのだ。これには憤慨した。なぜならば、伊藤つかさは、わたしよりも丁度3ヶ月年上なのだ。学年で言えばひとつ上だ。ロリコン扱いされる道理は無いのだ。ふんぬっ。

 本文である。ジャガイモ餅だ。これって地域によって、呼び方が微妙に違うので面白い。うん。ジャガイモ餅は、釧路にいる時によく食べていたなあ。マイ母が良く作っていた。でも、今は作らないだろうね。ジャガイモ潰すのが面倒だから。それに大量にジャガイモが手に入ることもないしなあ。釧路にいた時には、結構余所から貰っていたのだ。ちなみに、これはカボチャでもできる。カボチャの場合は、スペシャル扱いであった。

「ハーバルエクスタシー」って知っているかな。合法ドラッグだかなんだかで、性交時に服用するとより快感を得られるというものだ。この回を書く時に正式名称を度忘れしてしまったのでネットで検索したところ、大量にひっかかった。怪しげな通信販売サイトね。まだ売っているのかなあ。

 ええと、この回だけど、実はオチが隠しダジャレになっている。「目も当てられない」と「メモ当てられない」ね。高校生の頃からのネタである。ある日の国語のテストで、メモ欄のところ、「MEMO」と書いてある横に「あてられない」と書いたのだ。「今日の国語のテストは目も当てられない出来だ」というシャレのつもりであった。
 ところが、国語の教師は「授業で当ててくれない。たまには当ててよ」という意味だと解釈したのだ。んなバカな。まあ、国語教師といっても実力はこんなものかとガッカリしたね。当時のわたしは、このダジャレにウケてくれることを期待していたのになあ。あわよくば、それで成績があげてくれないものかと期待したのだ。まあ、期待する方がバカであるというのは、正にこのことである。

過去おまけへ

00.03.01 お前もかと思われるでしょうが

 グレゴリオ13世によると今日から3月である。シーザーによると昨日から3月なのだからややこしい。さらに、シーサーによると「屋根の上から魔物に襲われないように見張ってますよ」というのだから、余計にややこしくなる。そもそも、魔物と3月には何の関わり合いも無いのだ。責任者出て来ーい。って、よく考えたら、ややこしくしているのはわたしであった。

 そんなわけで、昨日は400年に一度の特別な日だという話題で盛り上がったようだ。ええと、本当にそうなのか?

 閏年は、通常4年に一度だろう。通常というのは、もちろん一般的な言い回しのことで、100年で割り切れる年と400年で割り切れる年でルールが変わることは知っている。これはプログラマの初歩知識である。閏年を求めるロジックは、しばしば試験等で出題されるのだ。
 しかし、そう考えると、閏年バグを出した人って恥ずかしいよなあ。仮に4年に一度というシーザー並の処理をしていても、2000年に関しては問題が無いのだ。どうしてバグになるかなあ。2100年ならわかるけどね。おそらく、そのプログラムは1900年よりも前に作られたのだろう。ENIACが出来る前に作られたとは恐れ入った。

 それはさておき、どうして皆は400年に一度というのかなあ。わたしは、400年に97回の2月29日だと思うのだ。あるいは、4年に0.97回の2月29日とも言える。
 よく、2月29日生まれの人を「やーい。お前なんて4年に1歳しか年を取らないんだ。子供だあ。子供は、あんなことやこんなことしちゃいけないんだぞ。へへーん。悔しいか? でも、年下は年上に逆らっちゃイケナイんだぞ」なんてからかう人がいる。
 しかし、正確には4年に0.97歳しか年を取らないんだなあ。1年で0.2425歳しか年を取らないのだ。だから、どうせ言うなら「やーい、お前なんて4年に0.97歳しか年を取らないんだあ。やーい」である。

 なんだか面倒なからかい方だなあ。でも、おそらくグレゴリオ13世は、そうやって人をからかっていたんだろうなあ。結構イヤなやつだ。その点、シーザーの方がわかりやすいな。2月29日生まれの人間を集めて、「やーい、お前らおれより年下なんだから、おれの子分になれーっ」なんて言っていたのだろう。
 おそらく当時仲が良かったブルータスも一緒になってからかっていただろう。「やーい、お前らみんなシーザーに逆らっちゃいけないんだぞ。へへーん」なんてね。そこでシーザーが言うんだなあ。ブルータス、お前もだ。

過去おまけへ