00.01.31 『狸の捕獲方法について』について

 ややこしいタイトルだが、みや千代日記の方のタイトルがこうなのだから仕方が無い。

 しかし、この回は気合が入っているなあ。前回が11月24日の更新だから、6日分パワーを溜め込んだようだ。それというのも、この当時「最近手抜きが過ぎる」との意見があったのだ。たしかに数日間手抜きが多かった。というわけで、パワーを溜め込むことにしたのだ。ダジャレ率も非常に高い。

「今回より中級編に突入した」とある。実は、この前の回までダジャレ等の部分を赤くすることで、強調していたのだ。わたしの文章に慣れていない人に対して、文章がダジャレで構成されているということをわかりやすくするためである。ダジャレであることに気がつかず、本気にされることを恐れていたのだ。
 しかし、よくよく考えれば、ダジャレになっていることがわからないような人ならば、たとえ赤字でダジャレであるということをわからせても、つまらないという感想しか持たないだろう。というわけで、この回から強調するのをやめたのである。ちなみに、今までの再放送の分も、赤字を通常の文字に直している。

 薀蓄といえば、うえだたみおだ。この時は薀蓄というジャンルもあったのだ。代表格は、うえだたみおであった。そこで、わたしも一度は薀蓄を書いてみようと思ったのだ。しかし、ただ薀蓄を傾けるだけではつまらない。そもそもわたしが語る薀蓄などは、読者のうちの誰かしら知っているものしかないはずだ。いい気になって語ってみたものの、「そんなの誰でも知っているよ」とつっこまれてはやりにくい。
 それどころか、「それ間違っているよ」などと言われた日には穴があったら入りたいというもんだ。そんなわけで、わたしはつっこまれないようにボケをかますのである。ボケとわかればマジメにつっこむ人はいないだろうというせこい戦略である。

 ちなみに、ルシフェリンのくだりが薀蓄っぽい。これは、もちろんタヌキではなく、ホタルの発光のメカニズムについての話である。わかっているだろうが、タヌキは夜行性であって夜光性ではない。途中まで字が違っていることに気がつかなかった人もいただろう。そんなことをやりたいがために、ホタルの発光についてわざわざネットで調べたのである。

「犬科に凝った少年」は良いなあ。

「○ンカス」は、もちろん「テンカス」である。だから、投票ボタンの「○にはテを入れて」なのである。「タヌキとキツネのボカシ合い」も好きだなあ。いくつかのネタが上手くはまった感じだ。それにしても、○を使うとどうして下品な単語を想像してしまうのだろうか? 人間の本能かもしれない。

「タヌキネイル」や「狸害のエッチ」も良い。

 逆に「タヌキだけに非常に短気」、「短期合宿」、「発光禁止」、「帯に短しタヌキに長し」は駄作である。まあ、話のつなぎの為のダジャレだ。これが無いとストーリーがまとめにくいので入れただけだ。無理に笑わなくてもよろしい。

 オチのダジャレは、まあ平凡か。

 ちなみに、この回は一部でベストセラーになった「上手なワニのつかまえ方」からヒントを受けた。といっても、「薀蓄には何が良いか」ということを考えた時、「捕獲薀蓄モノをやろう」という動機になっただけである。何しろ「上手なワニのつかまえ方」については、人が読んでいるところを奪ってパラパラめくっただけなのだ。中身を良く知らないので、パロディにもならないだろう。ちなみに、捕獲薀蓄というジャンルがあるかどうかは知らない。

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00.01.30 『こわいもの2』/『世界平和を願って』について

 そういえば、この頃、日記猿人の話題をさらったのは「ぷれつま日記」であった。といっても知らない人が多いだろう。エロ日記の走りである。今ではエロ日記も珍しくないけど、当時としては過激な性表現が特徴であった。と言ったら本人の思惑と違うだろうけど、読んだ人はそういう感想をいだくだろう。
 また、トラブルメイカーでもあった。ちょっと厳しい意見やナンパメールが来ると、メール全文公開で晒し者にするということをした。過激な性表現も次第に飽きられ、下手なメールを出すと晒し者にされるということで皆ひいてしまったようだ。結局長く続かなかった。まだ、日記猿人に普通の人が多かった時代の話である。

 安達太良といえば、東北自動車道。わたしは、あの近辺を通るたびにこのダジャレが頭を離れなくなってしまうのだ。さすがに車で同乗者がいる時はやらないが、バイクの時は熱唱したりするんだなあ。あと、「安達太良はもう忘れたかしら」というパターンもある。安達太良は、ダジャレの宝庫である。

「こわいもの2」は、前日の「こわいもの」の続編として咄嗟に考えたものだ。でも、本文中に書いてあるように、24時過ぎから書き出した。寝るまでのちょっとした時間でも書けるようなネタで、良いネタが思いつかなかったようだ。面白くもなんともない。手抜きも良いところである。

 というわけで、今日はもう1本だ。でも、こちらもたいしたことがないなあ。「こわいもの2」よりはマシだけど。

 麻雀を知らない人のために言っておくと、「三色」や「一盃口」というのは麻雀の役というものだ。「平和」もそうである。麻雀は上がりの時の形で得点が異なる。その形が「役」と言われるパターンになっていると得点が高くなっていくのだ。平和・三色・一盃口というのはかなりきれいな形で、わたしは好きだ。

 ノーベル平和賞についてはよくわからないが、たぶんこの当時、誰だかが貰うかもしれない、あるいは貰ったというニュースがあったようだ。しかし、このノーベル平和賞も謎なんだなあ。それこそガンジーのように平和活動を行った人が貰うのはわかるけど、政治家が貰うのはちょっと違うと思うんだなあ。

 まあ、こんなところか。他に解説すべきようなネタは特に無い。ちなみに今ミスドだけど、オチの元ネタの曲がかかっていたりして。マジで。外人バージョンだけど。まさに素敵なタイミングである。

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00.01.28 『こわいもの』について

 んと。鰻の頭かあ。大量にあったら、たしかにこわいなあ。ちなみに、その昔JR横浜線中山駅の近くにあるヤキトリ屋で鰻の頭を買ったことがある。鰻の頭が3個ほど串にささっているのだ。鰻3兄弟。今は知らないが、当時は1本20円であった。
 そのヤキトリ屋は、ヤキトリだけでなく鰻の蒲焼もメニューにあった。おそらく、鰻の頭は、蒲焼を作る際に捨てるところという扱いだったのだろう。タダみたいな値段である。当時、貧乏浪人生であったわたしは、迷わず買ったね。5本買ってもたったの100円(当時は消費税がありませんでした)だ。ちょうど良いつまみになるのだ。

 いやはや、知らなかったね。5本というと鰻の頭が15個だ。15個ともなるとその作用は強烈なものなのだ。5本食べたら、その夜はまったく眠れなくなった。ギンギン。次の日も続いていた。ええと、何のことかわからない人もいるかもしれない。まあ、要はバイアグラ要らずというやつだ。たったの100円でこんなに効くとは。自信の無い人は試してみると良いでしょう。今もその店で売っているかは知らないけど。

 内容については、特に無いなあ。「扶養家族」と「不幸中の幸い」のダジャレだ。特に悪くは無いと思うけど、解説するようなところは無いだろう。

 ああ、そうそう。そろそろバレンタインデーだった。その、わたしは甘いものを食べる習慣は無いけど、チョコレートだけはありがたくいただくのだ。みなさん是非ともわたしにチョコレートを送ってください。でも、鰻の頭を送るのだけは勘弁ね。襲いかかるかもしれないぞ。

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00.01.27 『香港シネマスターとの思い出』について

 ふぬう。昨日の話だけど、にっかつロマンポルノあたりで絡んでくる人がいるかなあと思っていたけど、いなかった。残念である。にっかつロマンポルノについて熱く語る人がいるのではないかと思ったんだけどなあ。

 それにしても危ない話だなあ。というのは、「でも来年には香港も返還されるから日本人になっちゃうけどね」の辺りだ。もちろんジョークなんだけど、頭のかたい人には通じないかもしれない。
 一応わたしのページは、日本語の文章を中心とした内容のページだ。日本人以外の人が読んでいるとは思えないけど、何やら香港からもアクセスがあるみたいなんだなあ。まあ、日本人の出張者や旅行者だと思うんだけど。
 この当時は、竹島だの尖閣諸島だの領土問題が話題になっていた。半ばブラックジョーク的にこの手の話題をネタにしたのだ。そもそも、アメリカ人だって「日本を再占領だ」とか言っている人もいるではないか。しかも、ジョークではなく本気で。それに比べれば、これくらいのジョークが闇に葬り去られることはないだろう。

 ええと、「気がやさしくて力持ち」がドカベンというのはわかるかな? アニメ「ドカベン」の主題歌がそんな歌詞だったのだ。若い人やドカベンを見ていなかった人にはわかりにくいかもしれない。

 ところで、この回は文体を変えてみたのだ。陽気なアメリカンという設定の人物を吹き替えする時にありがちなイメージである。アメリカンジョークっぽい演出だ。一人称も僕になっている。といっても、中身は平時のみや千代日記だけどね。なんで文体を変えたくなったのかは知らない。まあ、たぶん「書こうと思えば違う文体でも書けますよ」というところを見せたかっただけだろう。

 今においては、ジャッキーといえば、ジャッキー大西というところが雑文関係者の一致した見解だ。おそらく、今これを書くとすると、何らかの形でジャッキー大西を絡めてくるだろう。というくらいか。

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00.01.26b 『頑張れ第1次産業』/『前川くん』について

 うーん。特に書くことは無いなあ。トーストと東スポは良く似ているということか。ちなみに大阪では東スポの代わりに大スポという新聞があるらしい。ということは、名古屋には名スポが、札幌には札スポが、仙台には仙スポが……、そしてパリにはパリスポというのがあるのだ。ということを言いたいようだ。

「ジャンボ ヒャクショウ」というのは、この当時プロゴルファーのジャンボ尾崎がツアー通算100勝を達成したということだ。そんな見出しがスポーツ新聞の一面を飾ったのである。ところで、最近のジャンボは、どうなんだろう? 一時期程ジャンボのニュースを聞かないけど。ゴルフ関係のニュースは、ほとんど飛ばしているからゴルフ界の情勢については良く知らないのだ。

 ちなみに「ヒャクショウ」とカタカナで表記しているのは、もちろん100勝のダジャレということもあるけど、それだけでなくてどうやらこれって差別用語らしいのだ。結構何気に使われているけどね。どうにも「姓」の字がまずいようだ。というわけで、「姓」の字を使わないようにしてみたのである。
 まあ、そういう問題では無いだろうけど、取りあえず余計なツッコミが入らないようにということだ。まあ、内容的に農家の人を差別しているわけでもないし、敢えて書いてみても良いけどね。ただ、「そんなことも知らないのか」と言われるのもシャクだからなあ。

 と、今日はこれだけで終わりだ。と思ったけど、これだけでは寂しいので、今日はもう一本再放送だ。「前川くん」である。先程ちらっと見てみたらこれも短かったのだ。すぐに読めるだろう。こちらもたいした作業ではない。

 ところで、この元ネタはわかるだろうか? 元ネタは「後ろから前から」という映画の主題歌である。にっかつロマンポルノだ。わたしの小学生の頃に流行った。主演と主題歌は、当時清純派であった畑中葉子だ。といっても、別にアイドルというわけでもなかったからなあ。平尾昌晃と組んで「カナダからの手紙」を歌っていたのである。嗚呼そうだ。誰か今度カラオケでデュエットしようぜ。古い歌が好きなわたしである。

 しかし、今にして思えば、清純派といってもほとんど忘れ去られたようなタレントが出るだけで、何でそんなに流行したのかなあというところである。内容がスゴかったんだっけ? タイトルは当時としてはインパクトがあったけど、観てないからわからないなあ。だって、その頃は小学生だったんだもん。あの頃は早く大人になりたかったなあ。大人になったら堂々と観られるのに。しかし、大人になったからといって堂々と観られるものではないということは、大人になってからわかったのであった。もっとも20歳を過ぎたらにっかつロマンポルノなんてどうでも良くなったけどね。
 にっかつロマンポルノではハードな内容といっても、今のAVほどではないからなあ。今はアイドルでもあっさり脱ぐ時代だけど、当時はちょっとしたタレントが脱ぐといったら大騒ぎになった時代だ。ソフトな芸術路線でもね。だから、あれでも充分インパクトがあったのだろう。なんだか価値が下がった気がする。そもそも、今のAV女優って下手するとその辺のタレントよりも可愛かったりするからね。

 というわけで、若い人はわからないかもしれない。それで投票ボタンの「わからない人は、お父さんに聞いてみよう」なんだなあ。もっとも本当に聞いたら殴られるだろうけどね。って、この程度のことを聞いて怒られるような歳の人は、ここを読んでいないか。

 ちなみに、このネタは高校生からのものである。クラスに前川くんという人がいて、彼をからかうのに何度か使ったことがあるのだ。わたしも悪いやつである。ところで、読者の中に前川さんという人はいないかな? こう読者が多くなってくると一人くらいいると思う。この前の小池さんもそうだ。名前ダジャレはいっぱい思いつくけど、やりにくい。怒られない程度の内容にしないとね。というわけで、全国の前川さんごめんなさい。

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00.01.26 気分はZoo!

 そういえば、東京ディズニーランドだ。あそこのジャングル・クルーズというアトラクションには行ったことがあるだろうか。ガイドの人が「象がいたゾウ」などというダジャレを連発するのだ。なんだか低レベルなみや千代テイストが漂うアトラクションである。
 それもそのはずだ。ジャングル・クルーズのガイド用の原稿を書いたのは、何を隠そうこのわたしなのだから。今まで隠していたのだが、その昔わたしは東京ディズニーランドで働いていたことがあるのだ。ジャングル・クルーズの初代ガイドだったのである。

 というのは、もちろんウソだ。何しろ東京ディズニーランドができたのは、わたしが中高生の頃だ。そんなはずはない。

 それはともかく動物園は良い。「わたしの本当の居場所は動物園ではないだろうか」と、20歳を超えた頃にふと思ったのだが、今はもう確信しているのだ。ああ、いや、その、もちろん檻の中が似合うという意味ではない。ともかく動物園に行くとイキイキとしてしまうのだ。あまりにもイキイキとしてしまって、ついダジャレを連発してしまうのである。
 動物を見ると気分が高揚してしまうのだろうか。どこの動物園に行ってもダジャレを連発してしまうのだから、本物だと思うのだ。まあ、ダジャレというかボケとかいうかなんだけどね。もう動物を観ていると一言ボケずにいられないのだ。

 そんなわけで、ボケっぱなしのわたしが見られるズーラシアに行かないか? 日程は29日だ。詳細は、掲示板で検討中である。

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00.01.25 『鏡・鏡』について

 ところで、この回のタイトルは第14回の「たまごたまご」と似ていると思わないだろうか? うん。タイトルだけだが。実は、ずっと以前から考えていたネタなのである。その昔、パソコン通信で、ひとつのお題で競作してみようという企画があったのだ。お題は、もちろんそれぞれ「たまご」、「鏡」であった。
 この2作は、その企画用に考えていたのだが、遅筆がたたり結局パソコン通信上で発表することができなかった。もったいないので、みや千代日記で使うことにした。「たまごたまご」が第14回なのに対し、「鏡・鏡」が第32回とかなり遅くなったのは、日記猿人登録日記であるということで躊躇っていたからである。いくらなんでもこれで日記と言い張るのは、酷い話だろう。でも、結局ネタギレ気味になり始めてきたので使うことにした。

 ところで、皆さんはヨコジュンを知っているだろうか? ヨコジュンとは横田順彌(最後の字は表示できる?)という小説家のことである。この人の小説は、ダジャレのための小説というスタイルである。みや千代日記のスタイルに近い。というよりは、もちろんわたしがマネしているだけだ。
 ダジャレでオチをつける文章というのは、読みなれない人には新鮮に映るかもしれない。わたしは中学生の時、初めてヨコジュンの小説を読んでショックを受けたのだ。「その手もありだったのか」と。このスタイルをみや千代日記で初めて読んだ人も多いかもしれないが、パイオニアはヨコジュンである。パイオニアであるが、続く人はいない。本人も最近はあまり書いていない。

 しかし、マネと言っても、わたしはヨコジュンのコピーをしているつもりはない。なぜならば、わたしはヨコジュンを尊敬しているからだ。ヨコジュン本を読んでいるとわかるが、「ヨコジュンのマネは誰にもできない。マネしたつもりの人を多くみかけるが、どれもこれも中途半端な紛い物で失敗している」とのことだ。
 エラいと言われる小説家の先生が皆口を揃えて言うのだ。実際その通りだと思う。「ダジャレで文章を書くなんて簡単だ。笑いとしては一番低レベルである」と言いたげな人がたまにいるけどね。わかっていないなあと思うのだ。
 わたしは、さすがにそれくらいのことはわかっているつもりだ。コピーなんて恐れ多い。ヨコジュンのエッセンスを一部採り入れてみただけという方が正しい。わたしの本来の文章は、ちょっと前までのおまけ日記であったり、今は無き暴論の部屋であったり、馬女であったりする。そんな中で、こんなアプローチをしてみても良いのではないかのが「みや千代日記」なのだ。ちょっとだけのつもりが、今まで続いてしまっただけである。もっとも最近は新作を書いていないけど。

 そう言いつつも、この回はヨコジュンをかなり意識している。「わっ、わっ、わっ」と驚き方はヨコジュンの小説の定番だ。自分を相当不細工に書くところもそうだ。そもそも鏡が独り暮しの部屋に訪ねてくるところがそうだ。ヨコジュンの小説には、横断歩道が訪ねてくる話がある。その話にヒントを得ているのだ。
 この手のネタはビジュアルのあるもの、つまりマンガでもアニメでも映画でも出来ないネタだ。文章だけでしか実現できない。読者が頭の中でビジュアルを想像できないというとんでもない話である。ある意味、文章という属性を最大限生かしたものかもしれない。
 パソコン通信当時、ヨコジュンに傾倒するわたしが一度こういうのをやってみたいと思い、頭をひねって作ったのがこの回のネタなのである。だから、この回は結構ヨコジュンを意識しているのだ。

 それにしても、この回のダジャレそのものは不発だな。どちらかというとストーリーの方を楽しんでいただきたい。最後の段落で奇想天外な話の展開からいきなり現実の世界に引き戻されてあっけに取られれば、この回のわたしの試みは成功なのだ。ヨコジュンは最後まで現実に引き戻さない。そこを変えることで、最大の敬意を表しているつもりである。

 しかし、本文中のダジャレよりも投票ボタンのダジャレが一番良いな。ところで、これの元ネタは大丈夫だよね?

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00.01.24 『またまた・ふられみやちょ』について

 シリーズ最後である。これまでタイトルの頭には、「続」、「続々」、「また」、「またまた」と付けてきた。これは何かというと、実は「パイプのけむり」のタイトルのマネである。このシリーズ、「なお」、「なおなお」とか、延々と続くんだなあ。20巻くらい。ん? 「パイプのけむり」って知らない? でも大丈夫だ。何しろわたしも中身は読んだことがない。
 そんなわけで、このシリーズを延々と続けようと思っていたのだが、さすがに5回目で力尽きた。ネタが尽きたこともあるが、飽きたということが一番の理由だろう。この回は、すっかり投げやりになってしまった。ムリヤリ作った感がある。

 ネタ的にはどうでも良いか。わたしがこの回で好きなのは、「数学的に言うと「9の5乗」だ。国語的に言うと「愚の骨頂」である」の辺りかな。このパターンって、いくつか作れないものだろうか。数学が物理でも化学でも良いのだ。専門用語のダジャレでボケて国語的と称して正しく言い直すと。その気になれば、いくらでも出来そうな気がする。

「実はこの作戦であるが、春からずっと続けているのだ」は、オチのダジャレのために書いてあるのは言うまでもない。

 オチの元ネタは「スニーカーぶるうす」である。思えばカラオケでこの歌を歌うようになったのは、この後からであった。今では一部方面において、わたしの十八番ということになっている。この間も書いたけど、「あずさ2号」はこの頃封印したんだなあ。ちなみに「メモリーグラス」は、まだ生きている。わたしの「メモリーグラス」は、悪酔いすること必至である。と書いてみたけれど、それにしてもわたしのレパートリーは全てにおいて古いなあ。

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00.01.23 『また・ふられみやちょ』について

 前回の投票ボタンは、今回の布石になっている。あらかじめネタとしては考えていたのだ。当時のことはおぼえていないが、このシリーズを始める時、一番やりたかったのがこの回かもしれない。なにしろこの回は、ダジャレ含有度が高いからなあ。

「大秋とも言える。英語で言えばオータムだ。ちなみに9月くらいであれば、まだ小秋と言える。英語で言えばコタムだ」っていうのは、個人的に好きだなあ。

「あずさ2号」、「みちのく一人旅」、「迷子の迷子の子猫ちゃん」と3つの歌を使っているなあ。ところで、「迷子の迷子の子猫ちゃん」って、正式にはなんていう曲名だったっけ?

 京都弁に直してという箇所がいくつかある。北海道育ちの関東在住者にとって、関西弁は難しいのである。関西弁も場所によって色々あるからなあ。ごちゃまぜになってしまうのだ。もっともわたしは、正しい北海道弁さえも使えない。それはともかく、京都弁もどきで書いても良かったけどね。ただ他の地方の人は少々違っても何も言わないけど、関西の人は必ずツッコんでくるからなあ。お手柔らかにお願いしたいのである。

 ぶぶ漬けって京都では挨拶代わりらしいなあ。正確には良くわからないが。この回ではオチのために食べ物を用意しなきゃならないところだ。いくつか考えてみたが、やはりここはぶぶ漬けしかないだろう。それしか思いつかなかったのだ。でも、ウルシとカラシを絡めるのならば、ぶぶ漬けは結構良い線だと思う。
 そもそも京都名物の食べ物って何があるのだろうか。八つ橋くらいしか思いつかない。もちろん京都には食べ物が無いということではなくて、むしろ逆なんだけどね。日本料理の名店は多い。ただ、あれもこれもって感じで、結局京都に来たならこれを食わなきゃダメだってというものが思い浮かばないんだなあ。だいたい日本料理は高すぎて気軽に食べられないし、そもそも一見さんお断りだし。日本有数の観光地のわりには、観光客に冷たい気がする。

 最後のオチのダジャレであるが、わたしとしてはこれまで使ってきたダジャレの中で一番出来が良いと思う。我ながら良い出来のダジャレだと思うのだ。何しろ3年前に考えたにもかかわらず、未だに頭の中に残って忘れていないのだ。全体的にはともかく、この回のオチのダジャレだけは良い出来だと思うのだ。

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00.01.22 『続々・ふられみやちょ』について

 昨日はライブを観に行ったので、お休みをしてしまった。それでも帰ってきてから書こうと思ったけど、良い感じに眠かったのだ。それにしても、横浜線は最終電車が早いんだなあ。あっ、東神奈川方面ね。橋本方面は、わりと遅くまであるんだけどね。
 昨日は新宿23時30分過ぎの急行に乗ったんだけど、ほんの数分差で乗り換えに間に合わなかったのだ。横浜線の最終は町田24時10分くらい。間に合うと思ったんだけどなあ。うーん。渋谷−長津田経由の方が良かったかもしれない。長津田の最終は、24時36分だからね。それに長津田なら、最悪歩いても帰れるし。というわけで、昨日は帰りが遅かったのだ。

 そうそう。再放送をするに当たって誤字は修正しているんだけど、見逃していたのがあった。「直す」→「治す」ね。気がついていただろうか。同じ文章をコピー&ペーストしているので2日分もやっていたのだ。ああ、恥ずかしい。

 この回のネタ、つまり「小池さん」→「濃い毛さん」というのは、昔から考えていたのだ。パソコン通信時代に一度使っている。この回は、それをふくらませたものだ。まあ、冗長かもしれないが。ちなみに全国の小池さんには悪いのだが、わたしは小池さんという名前の人がいると、ついつい「濃い毛」を想像してしまうのだ。心の中で笑っている。嗚呼全国の小池さん、ゴメン。

 そういえば、サラリーマン時代の役職は主任であった。「主任に口無し」というのは、ずっと考えていたのだが、仕事関係では一度も使う機会が無かったなあ。えっ? 言わなくて良かったって?

 電車内恋愛っていうのは、ある意味夢だよなあ。結構妄想してしまう男は多いのではないだろうか。女の人はどうなんだろう? 通勤電車では、痴漢に気を配ったり、背の高い人の中に埋もれてしまったり、本や音楽に夢中になっていたり、居眠りしていたりで、あまり関心が無い人が多い気がする。でも、これは自慢なのだが……、いや自慢話はやめておこう。まあ、この歳ではもうあんなことは無いだろうなあということで。

 日曜日云々はどうでも良いか。1996年11月10日は日曜日だったのだ。

「わたしの通勤電車を公開するのも躊躇われるので」とある。今では結構オープンにしているけどね。成瀬のミスドに良くいるなんていうのは、もうダメダメだろう。まあ、プライベートに関わることをあまり詳しく書かない方が良いということはわかっているけどね。怖いことが起こる可能性はゼロではない。でも、面倒だからなあ。

 あずさ2号。懐かしいね。もっともこの当時でも懐かしい。でも、カラオケで結構歌っていたからなあ。この頃、ちょっとリバイバルしていたかもしれない。他の人が歌うのも何度か聞いていたような気がする。
 カラオケで歌う時は、サビの部分では「ハアッ! チジチョオドノオー」と極端に頭の方にアクセントを置くのがコツなのね。ぼんちのマネ。でも、最近はそのネタがわからない人が多くてやりにくくなってしまった。わたしよりも5つくらい下の年代まではわかるんだけどなあ。それに息の合いそうな相棒もいないし。数少ないカラオケのレパートリーであるが、封印をしてしまった。

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00.01.20b 『続・ふられみやちょ』について

 そういうわけで続編である。このシリーズはまだまだ続くのだ。まだジャブの段階である。

 そうそう、困ったことにわたしは舌が短いのだ。ほとんど口から出ない。長くなりたいものである。なんとなく楽しみとしてね。というわけで、「舌が短い」については正しいのだが、2枚舌であることは一応作り話である。いや、本当に。

「ラブレターに「アイ・ウォン・チュー」とか書いてもバカにされるだけ」とあるが、本当に書いたことがある人はいないだろうなあ。と言っている本人が……、そんなはずがない。

 ええと、今回の再放送に当たって記述を削除した部分がある。告白大会云々というやつだ。このネタは内輪ウケだからなあ。うん。実は、昔パソコン通信上の企画でそういうものがあったのだ。わたしも書いたし、新屋もぽいうも書いた。
 やり方は簡単だ。トーナメント方式で優勝者を決める。対戦相手がそれぞれ1人の女性ネットワーカに対し、ラブレターを書く。それは真剣に書くのだ。ラブレターをもらった女性は、どちらのラブレターが心に響いたのかを判定し、勝ち負けを決めるのである。最後まで残った人が優勝だ。

 何か企画モノをやりたくてウズウズしている人はいないか? 色々な人から色々な口説き方をされて楽しいぞ。女性日記書きの人、やってみないか? と、言いたいところだが、女性の方が勝ち負けを決める際に次第に気が重くなってくるらしい。まあ、そうだろうな。この企画は、むしろハタから見ている方が思惑が見え隠れして楽しいというものなのだ。
 古今東西ネットには企画が付き物だが、わたしはこれ以上の企画は見たことがない。すごいことを考える人がいるものだ。

 短歌に関しては特に良いかな。何度も読むうちに味が出てくる名歌である。……でもないか。恋文狂歌というダジャレを言いたいがために作ったものだ。でも、この時は適当なのが思いつかなくて、結構頭を使ったと思う。

 ところで、この回のオチは、「どんなにハートをつかむようなラブレターを書いても、他人の名前を書いたらラブレターの意味が無いじゃん」という古典的なものだけど、その辺は大丈夫だよね?

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00.01.20 気分はZoo!

 ええと、突然更新報告したのにはわけがある。1月29日であるが、ちょっと動物園に行ってみないかい? ということだ。

 良いぞお。動物園は良いぞお。なんといっても動物園には動物がいっぱいいるのだ。動物好きにはたまらないだろうね。しかも、このズーラシアっていうのは、去年オープンしたばかりだ。横浜市が誇る日本最大級になる予定の動物園とのことである。詳しくは、ここを参照して欲しい。一生に一度は行ってみたいところである。さあ、日本初上陸のオカピを見て、「あの動物オカピー」というダジャレを言おうではないか。

 というわけで参加希望の方は、参加ボタンをポチっと押してくれ。

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00.01.19 『ふられみやちょ』について

 この回は非常にあっさりしている。それというのも、この回は前フリだからである。実は、この話はシリーズになっているのだ。以後、シリーズは続いていく。投票ボタンの「残業続きで疲れているのだ」というのは、読者を欺こうというやつだ。たしかに、この当時、仕事が忙しいのは事実であったが、わたしはそんな理由で手抜きはしないのだ。いや、するか。

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00.01.18 『忍者に御用心』について

 うーん。この回は、ストーリー性が無いなあ。というのも、たぶんこの回は、如何にダジャレを消化するかに主題を置いているからだ。最初と最後を除き、全ての段落にダジャレを入れている。ダジャレは訓練すると、わりと思いつくようになるものだ。しかし、細切れのダジャレをつないでひとつの文章にするというのは、意外と難しい作業である。その辺を汲み取っていただければ幸いである。

 個々のダジャレについてはどうでもいいか。でも、ひとつだけ。「ヤンヤ〜ヤ マキビシ〜」というのは、マクビティのコマーシャルのダジャレである。正しくは、「ヤンヤ〜ヤ マクビティ〜」っていうやつね。最近はこのコマーシャルをあまり見かけないので、わからない人もいるかと思って念の為に書いておくのだ。

 うーん。後は特に言うことが無いなあ。

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00.01.17 『使えなかったネタ』について

 うーん。この回は見事にレベルが低いなあ。この前の2回が無かったかのようだ。まあ、この頃は、まだおまけ日記が無かったからね。日常ネタを出すところがここしかなかったのである。今だったら絶対に書かないだろうなあ。

 この頃は、ネタ帳をつけていたのだ。一般人が読んだら具合が悪くなることウケあいのものだ。思いついたネタの3分の1はメモを取っていた。いや、ネタ帳は今でもあるんだけどね。でも、更新はほとんどしていない。ヤル気の無さを象徴している。
 ネタ帳を付けるのは良いのだけど、小ネタの数と雑文の本数って一致しないものなんだなあ。小ネタばかりがたまっていって、更新するに至らない場合が多い。そういうのを一気に吐き出したのが、この回ということだ。

 新垣選手。そういう人がいたなあ。この頃は、毎週日曜深夜といえば、WGPを真剣に観ていたのだ。一昨年あたりは、ネットをやりながら散漫に観ていた。そして、去年はテレビ大阪(テレビ東京)から日テレに放映権が移ってしまって、まともに観られなくなった。残念である。日テレのバカヤロさんである。

 アコスタって、最早わたしは記憶に無いなあ。いたことはおぼえているけど、どんな選手だったっけ? Jリーグの外国人って、わりと活躍していても年が経つと忘れてしまいがちなのね。この間までいた名古屋のトーレスとか絶対に忘れそうだな。名古屋フリーク以外は。エドゥーとかモネールとかおぼえている?

 カズもこの頃は、まだ日本代表に欠かせない存在だったんだなあ。絶対的な存在感があった。でも、またぎフェイントはあまり決まらなかったけどね。ちなみに中田が代表になったのは、97年の5月から。そして、段々とカズ不要説が出てくるんだなあ。

 ローハイドの歌といえば、たしかこの頃保険のCMで、ローハイドのテーマの替え歌のものがあったと思う。盛んに流れていた。それで思いついたんだと思う。

 天皇の話か。これは本当に難しい。天皇と宗教と差別の話は、ネットで軽々しくしてはいけないということになっている。もしするならば、かなりの慎重さを必要とする。良いも悪いも断言してはならないとか。ましてやいい気になって強い口調で語るなんていうのは、絶対にやらない方が良いだろう。最近ネットを始めたような人は、そこら辺の感覚が吹っ飛んでしまっている人が多いけどね。気を使っていたら何も書けないとか。でも、こういうことにはマジメに気を使った方が良いと思うよ。

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00.01.16 『デコンの宴』について

 うーん。この回も自分では良い出来だと思うなあ。昨日の「つうちゃん」もそうだけど、休日に更新するのが勿体無いくらいだ。やはり多くの人が読む平日に出したいネタである。平日の昼間に会社等で読む人は、昨日のつうちゃんも読んで欲しい。

 タイトルの「デコン」であるが、これはもちろん大根のことである。まあ、本文を読めばわかるだろう。その昔大流行していた「おしん」の中で、大根飯のことをデコン飯と言っていたのを思い出して、このタイトルにしたのである。タイトルを読んだだけだと、一瞬「?」と思ってしまうようなキーワードを入れたかったのだ。

「何も無いところから声が聞こえたら、それではSFの世界の話である」と書いてあるが、「大根が喋ってもSFだってば」というツッコミをいただくとありがたい。
 そう。この回は、SFなんだなあ。この頃には、最早「日記=本当にあったこと」という部分を捨ててしまったようだ。ええと、SFといってもスペ−スオペラやタイムマシンばかりがSFじゃないからね。もっともこの回は、SFといってもサイエンスの部分がほとんど無いか。何故大根が喋るようになったか、似非科学的な理論が必要だな。面倒だから書かないけど。

 第1話について、ちょっとだけ触れているなあ。もちろん、これは書いている時に思いついたので入れてみたというやつだ。こうやって、たまに昔の話も取り入れることができれば、昔の分も読み返してもらえるかなという魂胆である。

 ところで、「大根は芽を丸くして言った」と目じゃなくて、芽としているのには気がついただろうか。細かいところである。

「マンガはキャラが立っていることが重要である」なんて良く言われるが、この回のように自分以外の登場人物が出てくる文章を書く時も、それを考えることが多い。この回は、それを意識して書いたはずだ。なんとなくこの大根にキャラクタを感じられたら、わたしの思うところは成功である。どうだろうか?

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00.01.15 『つうちゃん』について

 いやあ、これは、他人の評価はともかく、自分では非常に好きな話なのだ。なんというか、ちょっといい話風でもある。実は、ちょっといい話って好きなのね。常々書きたいと思っているのだ。たまに書いたりするけど、そういつも書けるものではないからなあ。

「つうちゃんはね。本当は鶴である。だけど小さいから、自分のことつうちゃんと呼ぶのである」は、この間も書いた歌の歌詞を普通の文章にしてしまうというやり方ね。この頃は、これが好きだったようだ。

「しかし、鳥類は恒温動物だ。われわれ哺乳類と何ら変わることなく、温かい血が流れているのだ」って、バカだなあ。「釧路湿原といったら、天然記念物の丹頂鶴である。人の数より鶴の方が多いくらいだ」って、だったら天然記念物になるわけないだろう。と、ツッコミを入れながら読んでいただければ幸いである。

 鶴飼というのは、もちろん実在しない。鵜飼と字の形が似ているというだけで、話を作ってみたというやつである。河口堰云々もそこから来ている。もちろん、釧路川には河口堰を作るというような話は無いはずである。嘘界隈でも使えそうなネタだ。
 湿原まつりというのは、本当にある。如何にも田舎の祭りといった感じの地味な祭りだ。釧路にはいろいろイベントがあって、それぞれがガイドブックに載っていたりするけど、湿原まつりについては載っていることが少ない。でも、これが一番釧路らしいイベントかもしれないなあ。わたしは、2、3回しか行ったことがないけどね。

 そういえば、今の飛行機って全席禁煙になったんだっけ。そういえば、しばらく飛行機に乗っていないなあ。今これを書くとすると、ちょっと変えないとならないかもしれない。

 投票ボタンの「プッツン5」だけど、その昔「鶴ちゃんのプッツン5」というテレビ番組があって、そこから取ったものだ。片岡鶴太郎が司会の番組ね。まあ、わからない人が多いと思う。わからない人が多いものを本編に入れるのもなんなので、投票ボタンに入れてみたのだ。知っている人だけがニヤリとしてくれれば、それで結構なのだ。

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00.01.14 『韓国ロック』について

 際どいネタだなあ。あっ前半部分ね。もちろん韓国人にも見られる可能性があると思って、かなり慎重に書いたつもりだけど、それでもこういうことを書くと韓国人には「反省していない」と怒る人がいるんだなあ。でも、これがわたしの正直な日韓感だ。仲良くしようとしても、話につく前から敵意ムキだしという感じがするのね。
 それでも最近は、あまり極端な人は少なくなった気がする。韓国の工業技術や経済などは、日本を参考をにしている部分も多いような気がする。文化面でも、このところようやっと日本の音楽などが許可された。ファッションなんかも日本っぽいセンスを感じられる。ソウル・オリンピックから12年。積極的に諸外国と外交関係を結んだり、経済的に発展していくうちに意識がかなり変わったような気がする。別に日本の全てが悪いわけではないとね。

 しかし、ソウル・オリンピックの柔道は酷かったなあ。60kg以下級日本の細川がアメリカのアサノに対して、有効/技ありを与えても良いようなポイントをいくつも取っているのに判定で負けた。ポイントを取りそうな技が入ると客席から酷いブーイングだった。これを見た65kg級の山本は、ポイント判定じゃ勝てないと思い、一本取ろうと無理に技をかけているうちに返し技をくらってしまった。その後、日本勢はガタガタになり、最終日の95超級斎藤まで金メダルを取れなかったのね。あれは可哀相だったなあ。

 わたしには、こういうトラウマがあるのね。でも、最近は違ってきているようだ。結構冷静に見る人が増えてきた。サッカーを観ていても、あまりに酷いブーイングは少ない。中田のファンもいたり、日本の強化策を見習うべきだと言う人もいたり、むしろ仲間意識を持っている人も多いようだ。Jリーグにも韓国人選手が増えたしね。プロ野球もそうだ。スポーツを通じて日本人もそんなに悪いやつじゃないというのが、少しづつ浸透したのかもしれない。好ましい傾向だと思う。

 で、ここまで危険を冒してまで書いたのは、もちろん後半のダジャレ連発をやりたかったからだ。斜体文字で書かれた「よし、今日はこの調子で行くことにしよう」なんていうのは、そう言った端から崩れていくという計画的なジョークに過ぎないのである。

 そういえば、郷ひろみは、この後離婚しちゃったんだっけ。12年どころか、3年という年月でも色々と変わるものだ。

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00.01.13 『メークドラマ』/『銀座の女』について

「メークドラマ」については、投票ボタンにも書かれているように投票するほどのものでもない。というわけで、今日は2本まとめて一気に行くことにする。それに、体調崩して寝込んでいた為に、更新が遅れているしね。

「メークドラマ」か。流行ったなあ。変な言葉が。

 この年は、巨人が優勝したんだっけ。で、オリックスと日本シリーズを戦ったのか。「明日じゃシャレにならない」と書いているということは、恐らくこの日で日本シリーズの優勝に王手がかかったのかもしれない。

 この年は、アトランタオリンピックの年でもある。夏頃には、オリンピックの経済効果なんていうのも囁かれていたと思う。それがオーバーラップしたのだろう。

 この回の読みどころは、女房を質に入れてのくだりだけかな。あとは、なんだかおまけ日記に近いなあ。つまらないっていうわけでなく、ほどほど感のある回である。ええと、ほどほど感って?

 で、「銀座の女」か。牛丼雑文だ。ってほどのものでもないか。マクドナルドがインドに進出したというのは、この頃話題になったんだなあ。わたしは、盛んに「次は吉野家だ」といってはネタにしていたのだ。この文章と同じことを言っていたのね。「大好きな牛がごはんの上にのっている」というのは、ちょっと好きな言い回しだ。もうちょっと強調したいところだったな。

「わたしも、村の中では一番……東京は銀座へと行ってみたんだ」というのは、もちろん有名な歌の歌詞を普通の文章にしたものである。この場合は関係無いけど、歌の歌詞を普通の文章にしてしまうというのは、著作権対策として有効である。歌詞を載せるとうるさいからね。
「目を閉じると何も見えなくて悲しいから目を開けてみれば、荒野の方へと行く道の他には何も見えるものが無かった」とか、「小さい頃から悪ガキであったため、15歳で不良と呼ばれるに至ったのです」とか、「泣かせたりしたこともあった。しかし、冷たくしたとしても、寄りそおうとする気持ちがあれば良いのです」とかね。もしかしたら、有効じゃないかもしれないけどね。改編したとか言われたりして。

 ナンパ=釣り話については、某所の方達は一瞬今作ったのではないかと思ったのではないだろうか。ええと、本当にこの当時に書いた話です。某所であの話が出てきた時は、一瞬ドキっとしました。

 オチの銀座宦官娘については特に言うことは無いでしょう。実は結構昔からこのネタについては考えていたのね。いやあ、実はこの何年か前のことだけど、女だと思って話かけたらニューハーフの人だったという実話があるのでした。その時思いついたネタなのね。この話の詳細については、面白いんだけどちょっと書けないのであしからずなのでした。

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00.01.12 『復活』について

 これが復活、第2部のスタートである。そして現在のここは、また隠遁状態に入る。更新報告は無し。みや千代日記の方は更新報告しているので、コアな人ならばここまで来るということで良しとしよう。

 なんだか時事ネタだなあ。こう書いているからには、96年10月の第3日曜日に総選挙があったのだろう。思い出せないが。そもそも、わたしは選挙に行かない人だからなあ。本文ではいかにも行きたかったように書いているけど、どっちにしろ選挙には行かないのね。

 実は生まれてこの方、選挙というものに行ったことが無いのだ。というと、何故か妙な論理を持ち出して怒る人がいるんだけどね。だって、政府に大した不満が無いもん。わたしの考えに近い人はいないし、だからといってそんなに変なことをする人もいないし、誰に決まってもOK。イデオロギーも特に無いので、自民党でも社民党でも共産党でもOK。
 たとえば、今の不景気なんて民間の会社の責任であって、政府の責任じゃないと思うからね。あっ、でも、タバコ増税や地域振興券なんていう愚作を出してくる政治家には、ちょっと頭を抱えてしまったけどね。この当時は、まだ見えていなかった話だからなあ。まあ、今後投票に行くことがあっても、あの党には入れないということで。

 で、この時、なんでも愛知の中学校のテストで、実際の候補者を並べて「誰に投票するか?」なんていう問題が出されたんだったなあ。「生徒の家庭における政治信条などプライバシーの暴露を強制した」なんて問題になったのだった。嗚呼思い出した。早速これをヒントにネタにさせてもらったのでした。こういうのをすぐにネタにできるって、この頃は結構冴えていたな。

 しかし、このテストの解答って悪用しようと思えばいくらでもできるわけだ。なんで、こういうおバカなことをしちゃうかなあ。しかも、社会科の先生が。自分ではなかなか良いアイディアだと思ったんだろうなあ。どの生徒でも努力次第で答えられる問題だって。
 てなわけで、この設問については、たしか採点しないということになったはずだ。そんなところを投票ボタンの文句にしたわけだ。「問題となって問題とならなかったのだ」ってやつね。わたしとしては、この文句がこの回の中で一番良いところだと思う。

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00.01.11 年末年始ダイジェスト号

 ええと、喉の炎症は治った。というと語弊があるか。まだ扁桃腺は腫れているけど、痛みはほとんど無くなったのだ。どうやら、喉の炎症の痛みは歯の痛みに起因するものだったようである。実は、昨日これを更新した後、歯の痛みでのたうち回っていたのだ。急遽買ってきてもらったイブプロフェンを飲んで痛みは半減したものの、それでもまだ眠れず、ゴロリゴロリと寝返りを打っていたのである。
 で、あまりの痛さにどうなっているんだと歯茎をいじっていたら、ぶちゅっと何かが飛び出てきたのだ。何かというのは、たぶん膿。古くなった血の色のような茶色の液体であった。なんだか奥歯に挟まりっぱなしになっていた食べカスのようなニオイがした。うへ。気持ち悪い。膿がひとしきり抜けきったら、扁桃腺を除いて喉の腫れが自然と引いてきて痛みがほとんど無くなった。モノも食べられるようになった。

 ところで、昨日は久々に更新報告をしてみたわけだけど、あんな内容にも関わらず意外と反応がよろしいようで、読者の皆様には感謝することしきりなのだ。まだ結構おぼえていてくれているのね。
 ええと、先日も「再放送でお茶を濁していないで……」などというありがたいメールまでいただいちゃっているわけですが、まあ今はおまけ日記を書く気力が全然無いわけなんですよ。その原因は、ここ最近日記猿人の話題になっているあたりのことですな。詳しくは語らないけどね。うざい。

 ってなわけで、ヤル気無しなわけだ。まあ、書かない書かないと言い続けるのもなんなので、ちょっとここいらで年末から年始のダイジェストを書こうと思う。本来ならば、このひとつひとつに対して肉付けしておまけ日記にしていただろう話だ。でも、面倒なのでおまけ日記化は、読者の皆様の想像力にお任せする。

・紅白歌合戦
 長山洋子は、えんむすびになってね♪を歌わないのかなあ。あれが今年一番有名になった曲だろうに。まあ、NHKでは無理か。それにしても、女性演歌歌手って、みんなすごいリーゼントだよなあ。全盛期の嶋大輔も真っ青だ。あれでも日本髪なのか。横から見るとまるで波動砲が飛び出してきそうなヘアスタイルだ。あっ、宇宙戦艦ヤマトをイメージしているのか。それならば日本っぽいとも言える。

・年賀状
 結局年賀状を作り出したのは、元旦になってからだった。数ヶ月ぶりに使うプリンタは案の定インク詰まり。根気良くヘッドクリーニングとテスト印刷を繰り返してようやっと復旧させた。年賀状の図案は良いのが思いつかなかったので、日本酒の黒龍のラベルでごまかした。去年は気合を入れてバニーガールの格好をしたんだけどね。
 嗚呼、そうだ。ブルースリーの格好で似てない顔真似をするという手もあったな。いや、サモ・ハン・キンポーではない。来年はヘビかあ。うーん。ヘビの着ぐるみっていうのも意味無いなあ。青大将の顔マネも意味がわからないだろう。やはり、ここは身体の一部をヘビに見たてて……、ってダメ?

・かくし芸大会
 今年は2日目なのね。しかも、3時間に減った。すっかり飽きられたんだろうなあ。ここ数年、変にいじり過ぎて却ってつまらなくなったからなあ。特に練習風景付きの企画。芸の部分だけを見せるようにしなきゃ、誰もあっと驚かないだろう。ドキュンメンタリー番組を見ているんじゃないんだから。時間引き伸ばしなのがミエミエ。
 やはり、ここはかくし芸の原点に基づいて、芸で勝負しなきゃね。新年会のかくし芸といったら、やはり陰毛に火を付けて花火だとか、顔を書いて象さんだとか……、それでつまらないヤツにはオシボリを投げつけると。

・はじめてのおつかい
 これ結構好きなのね。でも、正月にやるかなあ。やっぱり正月番組って、段々とつらくなってきているんだなあ。みんなつまらないって言い過ぎだぜ。可哀相に。まあ、それは良いとして、わたしにはテレビ出演に関して2つ夢があるのだ。ひとつは、「新婚さんいらっしゃい」に出ること。でも、結婚しないと出られないんだなあ。誰か結婚してくれ。テレビに出られるぞ。もうひとつは、この「はじめてのおつかい」に自分の子供を出すことなのだ。これも子供がいないのでできないんだなあ。誰かわたしの子供を作ってくれよお。

 ええと、他にも色々考えていたけど、もう忘れた。んじゃ。

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00.01.10 どこがハッピーマンデーなんだか

 ええと、再放送も第一部完ということなので、ここは一旦中断し、たまには近況を書いてみようと思うのだ。せっかく新日記猿人になったのだから、一回くらいは更新報告しないとなあ。

 ああ、8日の分で「この2日間死んでおりました」なんて書いてあるけど、実際は今日も死んでました。これのどこかハッピマンデーなんでしょうか。もはや計5日間です。このまま行くと、明日以降も死んでいるでしょう。いやね。熱は37度少々といった感じで、身体の方はそれほどダルくは無いのです。
 ただ、喉の炎症が酷くてモノが飲み込めないのです。水を一口飲むにも、相当気合を入れないと飲み込めないのです。うっかり気を抜くと、器官に触れてむせてしまいます。げほげほ。こうなると、もう地獄の苦しさです。なにしろ数箇所切れているみたいで、たまに血痰が出てくるくらいです。

 こんな状態ですから、ご飯をまともに食べることはできません。この5日間で食事は3回。量は合計して通常の1食分くらいです。まあ、たいしてお腹が空かないので、つらくは無いのです。でも、わたしの場合、病気の時は、食欲が無くても食べるという戦略で治してきていましたが、これが使えません。食わなきゃ体力が湧いてきません。なかなか治らないわけですよ。
 おかげで、5kgほど体重が減りました。まあ、この5kgというのは、正月の間に太った分なので、それが戻っただけですね。急激についたものは、落とす気になればすぐに落ちるということでしょう。嗚呼、不健康なダイエット。5kgから先に関しては、なかなか落ちません。

 そうそう。金曜日の晩なんて、すごかったですよ。喉が痛いのに加えて、熱でのぼせたのか鼻血が止まらなくなったのでした。延々2時間くらい鼻血が出続けました。いつもは、せいぜい5分で止まるんだけどね。もしかしたら、出血多量で死ぬんじゃないかと思ったくらいでした。
 鼻にティッシュを詰めて、なんとか止めようとするものの、それがそのうち溢れてきてね。そして、あのデロっとしたカタマリを口から吐き出したりすること10回以上。しかし、あれって気持ち良いというか気持ち悪いというか。エイリアンが口から飛び出る時のような感じです。って、そんな経験は無いけど。

 しかし、ここまで長引くのはおかしい。風邪で喉が痛いのなんて、普通3日くらいで改善の兆しが見えるものだろう。もしかしたら、風邪ではないかもしれない。と、不安になってきた。やはり病院に行った方が良いのではなかろうか。では、休日診療をしているところは無いかとネットを検索したら、町田市医師会のページを発見。ああ、このページって町田在住者には便利だわ。うん。できれば明日までにはなんとかしたいというわけで、本日病院に行ってきたのでした。

 結局風邪という診断。ホントかよ。まあ、風邪でも良いんだけど、診断時間が早くないか。もうちょっと血液検査するとかさあ。それになんか構成物質を打つとか喉に消毒薬を塗るとかあるんじゃないのか? やはり休日診療だからだろうか。それとも丁度昼休み時間に入ったからだろうか。どうにも信用できない。やはり、平日にもう少し大きな病院に行くべきだろうか。

 帰り道、ブラブラ歩いていると、二十歳と思われる晴れ着姿のお嬢さんを大量に見かけた。そうそう、家の近所の体育館で成人式の式典が行われていたみたいね。そんなわけで、もう二十歳と思われる晴れ着のお嬢さんがワラワラといたのでした。うーむ。体育館では、どのような式典が行われたのだろう。やはり、成人式といったら、バンジージャンプだろうか。

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00.01.08 『第1部完』について

 いやはや、この2日間死んでおりました。というか、まだ死んでいます。風邪にかかったようで七転八倒しております。始まりは木曜日の朝、起きたらヒジョーにダルかったのでした。それでも1月は出勤日数がギリギリのため、1日でも休むとマイナスになってしまいます。というわけで、ムリヤリ仕事に行ったのでした。そんなわけで、夜は完全休養に当てていた為に、2日間更新できなかったのでした。

 それもこれも、この「第1部完」の呪いかもしれない。こういう不謹慎なネタを書いたから、風邪にかかったに違いない。

 うん。これって、一度やってみたかったネタなのだ。でも、オフミ等で一度みんなと会った後ではできないだろう。この時は、日記猿人の人とはほとんど誰とも会ったことがなかったんだなあ。やるとするならば、この時しかなかったということで。

 ちなみに、この時のアプリケーションエンジニア試験であるが、落ちた。2種、1種まではポンポンと取れたけど、さすがにここからはレベルが違うなあ。合格率4%の試験なんてねえ。よほど勉強しないと取れません。
 そもそも、日記を書き始めてから勉強しなくなったなあ。あれから情報処理試験は受けてないや。まあ、1種持っていれば、そこそこ認めてもらえるしね。って、堕落なあ。本当に日記を書き始めてから、仕事に対して堕落しきっているなあ。

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00.01.05 『迫り来る老いへの抵抗』について

 わはは。この回は、実話である。うん。本当にルーズソックスを買いに行ったのだ。それにしても恥ずかしかったああ。まあ、こういった恥ずかしさもウケるためならば、快感というものだ。

 冒頭の「ホメている時はリンクしない」については、今は亡きBOWDOのことである。この数日前になんだかよくわからない中途半端な書き方で、リンクを張られていたんだなあ。まあ、初回はリンクを張るという法則もあるけど。

 で、デジタルオヤジか。懐かしいなあ。近藤さん。ちなみにこのリンクで飛べないみたいだけど、どうなっているのだろうか。まだ続いているのかな。猿人を見ると去年の7月で更新が止まっているみたいだけどね。

 そうそう、この頃、CCレモンのコマーシャルで「エリカ先生若ーい」なんていうのがあったのだ。それがルーズソックスを履いているだけなのね。そんなところが発案なのである。しかし、ルーズソックスって無くなりそうで無くならないなあ。

 ところで、この回はルーズソックスをわざわざ買いに行って、あまつさえそれを履いて写真に撮るバカ。というところにばかり目を奪われがちである。もちろん、それがメインなのであるけど、それ以外の部分も見て欲しい。
 今回の再放送にあたって、わざわざ解説のようなことを書いている。冗長だという意見もあるだろう。うん。たしかにそう思う。それでも書いている理由には、おまけ日記を書く意欲を無くしているということがある。でも、それだけではないんだなあ。他にもいくつか理由があるのだ。そのひとつに、わたしの真似をしてくれる人が現れて欲しいということなんだなあ。

 ある意味、当たり前かもしれないが、わたしは自分が書いた文章が好きだ。面白いと思う。だからこそ人前に出せていると言える。改めて読み返して、我ながら上手いなあと思うことがある。まあ、自分の書いたものであるが故に新鮮さが無いけどね。だから、できれば自分が書いたものを新鮮な状態で読みたいと思うところなんだなあ。
 つまり、わたしの真似をしてくれる人が現れて欲しいのだ。ところが、出てこないんだなあ。わたしのことを認める人に限って、わたしのような文章を書くのは難しいと言うのだ。うーむ。今まで色々な日記のパロディがあったけど、おまけ日記、みや千代日記のパロディって無いんだなあ。冗談で良いからやって欲しいのだけど。
 まあ、わたしの今の文章も、色々な人の文章から盗めるものを盗み、長い時間をかけて考えて抜いて作り上げてきたのだ。そう簡単に完全コピーをされると自信を失っちゃうけどね。でも、全てではなくとも、少しくらいは影響を受けた人がいても良いと思うのだ。

 というわけで、ちょっとタネあかし的なことをしようと思ったのだ。こういうことをすると、わたしの文章に近くなると。真似をしたい人は、参考にして欲しいのだ。そんな人がいるかどうかは知らないけどね。
 ちなみにわたしは、みや千代日記を単なるおやじギャグレベルのダジャレで片付けられるのは心外だ。まあ、そう思っているかどうかで、その人の文章を読むセンスを判断できるけどね。まあ、わたしの文章の全てを読んだことが無いのだろうから難しいのかもしれないけどね。
 みや千代日記のような言葉遊びとしてのダジャレというのは、わたしの本質ではないのだなあ。ほんの一部でしかない。むしろ、本質は以下のような部分だと思う。うん。わたしはそう思っているのだ。

「歳は誰でも平等に1年に1歳ずつとっていくものだからだ……上手くいけば、歳が減っていくかもしれない」とか、「名実ともにオヤジになるには、今から準備するとして、少なくとも十月十日は必要だ」とか、「もちろん、セーラー服を着れば女子高生に間違えられそうなのだ」とか、「わたしも女子高生の頃を思い出してみて……わたしは一度だって女子高生だったことはなかったのであった」とかだ。
 あと、「生憎わたしは、スカートなどという高尚なものは持ち合わせていないのだ」とか、「実在しないわたしのカワイイ妹よ。ダシに使ってスマン」とか、こういうボケをイチイチ文章に織り交ぜなら話を進めていくところが、わたしの文章なのだ。あわよくば、ワンセンテンス1ボケを狙っているのだ。ひとつの文章の中で最大限ボケてみたいのだ。それでいて、ひとつの流れができていれば最高なのだ。と思っているけど、違うかな?

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00.01.04 『理系は正しい』について

 カウンタ777か。666が9/23の回だったので、6日間で111件くらいのアクセスということか。1日20件か。少ない。まあ、日記書きのトップページなんてそんなもんか。今は一日40件程度だから、もうちょっとあるようだけど。

 薄字で書かれているのは、今回追記した部分である。追記に書かれているように、この文章は暴論の部屋用に書いたものである。本来ならばこの回を無くしても良いんだけど、自分では「理系は正しい」は結構面白いと思ったので、このような形式にしてみたのだ。暴論の部屋は、たぶんもう手を付けないだろうからね。
 ちなみに、本放送時のタイトルは「更新情報」であった。「理系は正しい」というのは、暴論の部屋用のタイトルである。また、投票ボタンのコメントが「こんなのでも押してくれますか?」になっているのは、本放送時に「ここをクリックするといいだろう」までしか書かれていなくて、中味が無かったからである。

 しかし、この頃は、まだ暴論の部屋もなんとか更新しようとしていたのね。それなりに面白いと言ってくれる人もいたからね。それにしても、文章サイトって全てにおいてまんべんなく更新するというのは、難しいものである。色々思うところがあるんだけどね。
 一度カラーが決まってしまったからといって、同じ傾向の文章ばかり書いていると次第に飽きが来るものだ。別のものが書きたくなってくる。そういった時に、つい別コーナーにしてしまうんだなあ。で、それぞれにシバリを儲けてしまう。それでも、まんべんなく更新すれば良いのだけど、既存の方にはすっかり飽きているから、新しい方ばかり更新してしまうんだなあ。

 まあ、「Webページのコンテンツは絞った方が良い」というのは、結構言えているということだ。

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00.01.03 『外人に声かけられて』について

 うーん。凡作だなあ。

 前作の続きは、どうでもいいか。前の日から伏線を張るというのは良いけどね。この回の良いところは、それだけかもしれない。

 ちなみに山手線の話は実話である。わざわざ英会話の本を読んで英語を話しかけてくる外人がいたのだ。日本語の本を読んで日本語で話しかけてきてくれよお。外人には、日本って英語が通じる国という認識があるんだろうなあ。
 まあ、そんなに間違っていないけどね。どんな人でもカタコトの英語くらいは通じるし、3人に1人くらいは普通に英語が話せるからね。スラングを使いこなしたり、ジョークを言ったりするとなると、また別だけど。まあ、外人が英語で困ることは無いだろう。日本の英語教育って、そんなに悪くないと思うな。

 メヒコ・クヒナっていうのは、10年くらい前に話題になった詐欺師である。イギリス女王の甥でイギリス空軍に所属しているっていう触れ込みで結婚詐欺をしていたのである。髪の毛を金髪に染めてはいたけど、どう見てもちんちくりんの日本人オヤジなのね。たしか50代。それでも騙されてしまうもんなんだなあ。恋は盲目というか。

 ホームスティ先に国際電話をかけて、ジェスチャーで通じたというのも実話だ。といったら語弊があるな。でも、通じたことは通じた。もちろんジャスチャーは関係無くね。まあ、「変な英語もどきを喋っているから日本人だろう。マイ姉の関係者だな。ハイハイ、了解」ということだろうけどね。マイ姉に代わってもらって事無きを得た。

「わたしったらね。近頃ジェスチャーの夢を見るの」ってわからないだろうなあ。たしか、ジオスのコマーシャルだと思うけど、「わたしったらね。近頃英語の夢を見るの」というのがあったのだ。

 しかし、これって凡作のくせに長いなあ。本文中にもそんな記述がある。再放送するにあたって削ろうとしたんだけど、どうにも身の少ないカニのようで削り切れなかったのだ。無駄だと思って削るとほとんど残らない。凡作たる所以である。まあ、投票ボタンのところの「アナタはカニを禁じますか」は、結構良いんだけどね。

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00.01.02 『たまごたまご』について

 うーん。3位で喜んでいるなあ。もちろんこれは当時のランキングである。昨日のランキングではもっと下だ。たしか、これってみや千代日記としては最高ランキングを記録したはずである。その後に、もう一度3位を取っただけだと思う。後に始めるおまけ日記(ここのことだ)で1位を取ったけど、みや千代日記では3位が最高のはずだ。違ったかな?

「3位のみやちょ」というのは、柔道をやっていた時の話だ。なにしろ大会があると、7割くらいの確率で3位だったのである。それよりも上には行けなかった。だって全国でも上位に入るような強いやつがいるレベルの高い地区だったんだもん。ちなみにバルセロナで銅メダルをとった越野が同じ地区でした。公式戦での対戦は、一度だけどね。階級と学年が違ったので。わたしは65kg以下級。

「手抜きのみやちょ」も、柔道をやっていた時の話だ。わたしは練習を手抜きすることに長けていたのである。パッと見には一生懸命練習しているように見せて、実は楽をしているという。嗚呼、こんなことだから3位までしかいけなかったのか。納得。

 昨日のみや千代日記が推敲不足とあるのは、結構本音である。この頃は、毎日書こうとしていたので、推敲不足のまま更新していたことが多かった。昨日は、相当文章の手直しが必要だったのでした。

 自分へツッコミメールを出して、それをWEB上で紹介するという技は、この頃に編み出したんだなあ。元祖はわたしである。って、他にやる人がいないけどね。わたしは結構好きで、何度かやっている。おまけ日記でもやっている。便利なんだけどなあ。みんなやらないかなあ。

 本編は、ダジャレではないパターンだな。この頃は、まだ特に駄洒落シバリが無かったので、こういうのも有りだったんだなあ。って、駄洒落シバリにしているのは、わたし自身なんだけどね。なんだか駄洒落が無いと文句を言われそうなんだもん。
 ちなみにこの手法は、文章を書く上でたまに使っている。他の手法と組み合わせているけどね。読者に話の展開を予想させない効果があるのだ。と自分では思っているのだ。
 実は、これってコント55号からヒントを得たものである。なかなか本題が進まなくてイライラするっていうやつね。コント55号のコントを見ているとそうなんだなあ。しかし、コント55号っていうのも懐かしいねえ。もちろん、この当時でも懐かしいのだ。何しろこれは、かなり大昔に考えていたネタだったのである。コント55号再結成なんてことをやっていた時かな。

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00.01.01 『シャツとわたし』について

 ああ、みなさま。新年あけましておめでとうございます。

 で、「シャツとわたし」である。この回に来て、ようやっと今のみや千代日記と同じような感じになってきたようだ。うん。この回は、わりと評判が良かったのだ。で、その後、味をしめて今のみや千代日記のような傾向になっていくのである。まあ、味をしめたが首もしめるハメになったのは言うまでも無い話だ。書きにくくてしょうがない。

 解説は特に要らないかな。わかりにくいところは特に無さそうだ。しかし、Tシャツ、木綿、絹、カイコのダジャレがぐるぐる絡み合って、最後には昨日伏線を張った放漫経営で落とすとは、我ながらなかなかよく考えたストーリーだと思う。うむ。

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