第92回 98.12.25くらい 『寒い寒い寒い夜』(第2回雑文祭参加作品)
 その晩は近来まれに見る寒さだった。

 もっとも12月ともなると寒いものと相場が決まっているからなあ。うん。しかしながら、相場は相場である。予測不可能な変動を起こすことだってあるのだ。そうでなければ、紀伊国屋文左衛門も歴史に名を残すことは無かっただろう。もっと暖かくたっていいじゃないか。わたしは、かように思うわけである。

 それにしても寒い。なにしろ暖房ひとつ入れていないのだ。寒いはずなのである。なんと言ってもこの部屋の温度は、現在氷点下なのである。それもマイナス273度なのだ。そうなのだ。これ以上無いくらいの寒さなのだ。絶対零度とはよく言ったものだ。しかし、これからお客様がお見えになるというのに、こんなに寒くていいのだろうか?
 そう。いいのである。これから来るお客様は、寒い方がいいというのだ。それならば致し方あるまい。まったく、相手の都合に合わせなきゃならないなんて、接待係なんてなるもんじゃないよなあ。これでは、まるで奴隷のような扱いだ。接待奴隷とはよく言ったものだ。しかし、この寒さたるやこの世のものとは思えない寒さである。それもそのはず、ここは霊界なのである。

 ああ、わたしの名前はみやちょ。実は霊界で働いているのだ。仕事内容は、先ほど言ったように接待係である。わが教団の信徒であるところの死者の霊を慰める役目を仰せつかっているのだ。ある意味、霊体のカウンセラーみたいなものかもしれない。
 そう。霊体にとって高温は禁物なのである。なにしろ大槻教授によると、霊体はプラズマだからなあ。というか、温度を上げると霊体がプラズマ化してしまい、安定状態でなくなってしまうのだ。所謂火の玉になってしまうのである。霊体を静める為には、温度を下げなければならないのだ。そんなわけで、マイナス273度の部屋なのである。

 今日は、たまたま当番の日に当たってしまったのだ。周りの同僚達は、クリスマス・イブということでさっさと帰ってしまったのだが、わたしだけはこんな夜でも帰れないのである。もっとも家に帰ったところで、「眠れる森」でも観るしかないのだから、仕方が無いというもんだ。
 しかしだなあ。現世では、「霊界は暑くも無く、寒くも無く快適である」なんていうことがまことしやかに言われているが、そんなこと誰が言ったのだろうか? 丹波哲郎だろうか? そんなことを言っても実際は、この通り非常に寒いのだ。「暑さ寒さも彼岸まで」なんて、まったくのウソであるというもんだ。ああ、やれやれ。

 おや、最初のお客さんが来たようだ。どれどれ?

「マッチを買ってくれませんか?」

 なるほど、例の彼女がやってきたようだ。いや、霊の彼女とでも言うべきだろうか。いや。そんなことはどうでもいいか。実は彼女、毎年この時期になると、現世に呼び出されるのである。そして自分が死んだ時のことを思い出しては、たまらずにここに来るのだ。たしかに、あんな死に方をするとは悲劇である。かくいうわたしもその話を聞いた時、思わずもらい泣きしてしまったおぼえがある。
 しかし、現実と物語は違うものだと認識させられた。なんだかなあ。あんなイメージではないのだ。顔がね。そう。きっと丸顔で頬っぺたが赤い顔なのかと思ったら、瓜実型で青白い顔なのである。マッチ売りの少女というよりは、マクワ瓜の少女という方が適切だろう。

「うーん。ライターがあるから要らないや」
「えーん。買ってくれないと親方に怒られるんですう」
「ええとね。君はもう親方のことを考えなくてもいいんだよ」
「ホントに?」
「ホントさ。だから好きな人のことでも考えてごらん。幸せな気持ちになれるよ」
「ええ、でも好きな人はいないもん」
「そんなこと無いだろう。じゃあ、理想の男性はいないのかい?」
「うーんとね。じゃあ白馬に乗った王子様がいいなあ」

 ありがちである。しかし、どうして少女というのは、ここまで画一的な見解なのだろうか。どうにも人物よりも、その周辺の方にとらわれがちである。白馬に乗っていて王子様という役職であれば、出川哲朗みたいな顔でもいいというのだろうか。まったくもって理解不能なのである。

「そうか。では、白馬に乗った王子様の霊でも呼び寄せてみるかい?」
「ええ、ホントにできるの?」
「君は神様を信じているだろ?」
「うん。れっきとした信徒よ」
「では、祈りなさい」

 取りあえず、王子様の浮遊霊を探してみることにした。青山墓地あたりにでもいないかな? おや、なんだか知らないが王子様の霊がいたぞ。残念ながら白馬には乗っていないが、とりあえずこいつを呼び寄せてみようか。それっ!!

「イヤ〜ん。ちょっと違う〜」
「やはり白馬に乗っていないとダメか。墓場におった王子様ではなあ。」
「っていうか、顔が出川哲朗みたいなんだもん」

 やはりな。結局は顔かい。

「ふん、いいもん。この秘密のマッチがあればなんでも望みがかなうんだもんね」

 そう言うと、マッチ売りの少女は、籠の中のマッチを擦った。

「あっ、火を使っちゃダメだってば……」

 そう言いかけた瞬間、少女の霊はマッチの火によってプラズマ化してしまった。そして、数十秒間火の玉となって燃え尽きてしまったのだ。うん。これで部屋も暖かくなるだろう。って、そんなことも無いのだ。接客中の事故など冷や汗をかいてしまうというもんだ。背筋が凍る思いである。

「信徒を接客すれば、火もまた涼し」というくらいだからなあ。

 とにかく寒くてたまらなかった。

 というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

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