第89回 98.07.26くらい 『オヤジアブラ』

 それで画期的な薬品ができたのだ。

 ああ、わたしの名前は、みやちょ。久しぶりで忘れてしまったかも知れないが、とある化学薬品会社の研究主任をしている。こう見えてもまだ25歳。まだまだ若手のバリバリだ。今まで隠していたが、わたしはアメリカ生まれのアメリカ育ち、飛級制度で10歳で大学に入学、15歳で博士号を取得し、17歳でこの会社に入ったのである。そして、25歳にして主任といういっぱしの肩書きを与えられるまでに至った。

 それでだ。画期的な薬品というのは、何を隠そう若返りの薬なのだ。どういうものかというと、身体の中にある「オヤジ」の要素を油脂状のものに変換し、取り去ってしまうのである。これさえあれば、もうオヤジとは呼ばせない。この薬、ふと次長の顔を見ていたら閃いたのだ。
 何しろ、次長の顔は脂ぎっているからなあ。女の子の間では、タバコの火が顔に移って、一瞬炎に包まれたなんていう噂もある。また、「尻に火がついた」というのが彼の口癖だけど、ホントに尻に火がついているのを目撃したという証言もある。おっとこれは脂とは関係無いか。ガスの方だな。

 誤解されると困るが、この薬は単なる脂取りの薬では無い。あくまでも、身体の中にある「オヤジ」の要素を油脂に変換するのだ。そして、毛穴から体外に放出してしまうのである。「オヤジ」の要素が取り去られた分、若返ることができるのだ。これが画期的と言わずして、何が画期的というのだろうか。

 早速実験したい。ちなみに、この薬はあくまでも人間であるオヤジにしか効かないのである。つまり動物には効果が無いので、動物実験には意味が無いのだ。まあ、一応危険性の無いことだけは確認したけどね。嗚呼早く人間に対して使ってみたい。そういうわけで、よく知らないメーカーのドリンク剤の瓶にこの薬を入れてみたのだ。そして、助手くんを呼んだ。

「おーい。助手くん」
「なんですか?」

 この助手くんは、現在28歳。わたしよりは歳上だが、わたしの部下である。入社年度の違いだ。それはいいとして、この助手くん。最近ちょっとオヤジっぽくなってきた。まあ、今回最初の実験体にするには、ちょうどよかろう。

「このドリンク剤、新製品なんだが飲んでみないか?」
「へえ。いいですけど」
「これを飲んだら、リフレッシュされるぞ。若さビンビンだ」
「なんだかウソくさいですねえ」

 と言いながらも助手くんは、ごくごくとドリンク剤を飲み干した。するとどうしたことだろう。身体中からドロドロとアブラを流し始めたのだ。すっかりアブラが流れきった後には、非常にすっきりとした助手くんが立っていた。顔がなんとも若々しい。助手くんの足元には1リッター程のアブラが広がっていた。やった。成功だ。

「ああ、ビックリした。新製品のドリンクだなんて騙しましたねえ」
「すまん、すまん」
「そんな、なんともなかったからよかったようなものを……」
「まあまあ、だってわたしが飲んでも意味が無いからねえ。オヤジにしか効かないんだから」
「ほう。そう言うんだったら是非飲んでみてくださいよ。ふふふ……」

 何やら助手くんは懐疑的な眼差しで、こちらを見ている。ううっ、そう言われては仕方が無い。まあ意味が無いと思いつつ、わたしも飲んでみることにした。ゴクゴク……ゲゲッ!!
 身体中からものすごいアブラが流れだしてきた。何やら身体が熱い。気が付いた時には足元に大量のアブラが広がっていた。10リッター近いだろうか。ということは、もしかするとわたしって、助手くんの10倍もおやじだったということになる。ああ、なんてこことだ。
 でも、あれだな。身体が随分軽くなったようだ。そりゃそうか。身体から10リッターものアブラを流したというコトは、7〜8kgのダイエットをしたのと同じことだからなあ。これは思わぬ効果かもしれない。まあ、体脂肪だけが流れ出したワケじゃないので、ちょっと課題があるかな。ふむふむ。

 ……と、メモを取っていたら、女史が割り込んできた。

「あら、良いモノがあるじゃない。ちょっと貰うわよ」
「待って。それはまだ……」

 と言いかけた時には既に遅かった。女史は薬の入った瓶を2本取り、一目散に去っていった。



 会議室。先程の女史と次長との会話。

「次長ってば、最近全然ダメじゃない」
「そう言われても歳だからなあ」
「そういうと思って、いいモノを手に入れたのよ。若返りの薬♪」
「なんだ。バイアグラか?」
「似たようなモノだと思うけどね、ダイエット効果もあるみたい」
「……みたいって恐いなあ。日本では禁止されているモノではないのか」
「恐いって何よ。いくじなし。だから、まだ奥さんと別れられないのね」
「そう言われてもなあ」
「わたしを愛しているなら、これを飲んで♪ もちろんわたしも飲むからね♪」
「しょうがないなあ」

 ゴクゴク。ゴクゴク。



 きゃーっ!!

 悲鳴が聞こえた。会議室からだ。さては、女史は会議室に逃げ込んだのか。急いで会議室に向かった。会議室には既に助手くんも駆けつけていた。そしてそこで見たものは、床一面に広がった大量のアブラ、そして女史と次長の服だった。どうやらあの薬を飲んだようだった。人の気配は無かった。

「主任、これは一体!?」
「ああ、あの薬を飲んだようだな。女史と次長の2人で」
「それはわかりますが、女史と次長はどこへ?」
「たぶん、どこにも行っていないだろう。このアブラの量を考えると全てが油脂になってしまったのだろう」
「存在の全てがオヤジだったということですか?」
「そういうことだ」
「しかし、次長はわかるとしても、何故女史まで……」
「うーん。女史は筋金入りのオヤジギャルだったからなあ」
「死語ですけどね。ところでどうしましょう?」
「取りあえず、このアブラで床にワックスがけでもするか」
「そんな。そういう問題じゃあ……」
「なあにアブラには違いあるまいて」

 油脂に変わりは無いじゃなし〜 融けて流れりゃ皆オヤジ〜♪

 というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

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