第81回 98.02.03くらい 『大阪納豆ゴハン』

「ミヤチョサーン、ワタシ納豆キライデース」
とボブが言った。

 何を突然言い出すのだか。

 ボブというのは外人である。隣のアパートに住む留学生だ。特に深い関わりはないのだが、会うと必ず声をかけてくる。本人は日本語の練習のつもりで声をかけてくるのだろう。わたしに限らず、近所の人には誰彼構わず声をかけている。この界隈の人気者である。
 しかしボブは、いつも何の脈絡もなく、いきなり本題から話し始めるのだ。おそらく、日本語のテキストを読んで勉強しているのだろう。日本における英語のテキストなんかも状況説明を無視して会話が始まるケースが多いからなあ。外国語のテキストとは、そういうもんなのだろう。

「これは机ですか?」
「そうです」
「この机は、あの椅子より大きいです」
といった具合だ。

 ボブが話し掛けてくる時は、まさにそんな感じなのだ。しかも研究の為か、日本文化についてよく話題にする。今日は納豆だ。こういうことは、きちんと説明しないと日本文化が誤解されてしまう。なのに唐突に話題をフッてくるから困るのだ。正しく説明しようとすると、心の準備が必要だ。
 ところが、この近所の人間は、面倒だからなのか、はたまたからかっているのか、ボブにウソばかり教えるのだ。常々「このままじゃいかん。日本の文化を正しく伝えてやらねば」と思っていたのだ。

 ボブに会ったのは、帰りの電車でのことだ。電車内でばったりと会って開口一番、冒頭のあれである。まあ、これから予定も無いことだし、ここはボブに正しい日本の文化をとくと説明してやろうではないか。
 というわけで、二人で一杯飲むことにしたのだ。まあ本当は、単純に飲みたかっただけなんだけどね。言葉のアヤというやつである。

「ところでだ。ボブは何で納豆がキライなんだい?」

「ハーイ、ソレハ納豆アレルギーダカラデース」

「納豆アレルギーなんて聞いたことが無いけどなあ」

「大豆ノセイナノデース」

「ほう。納豆が大豆からできているということを知っているのか」

「四六の大豆ヲ鏡バリノ箱ノ中ニ入レルト、己ノ醜サニ、タラーリタラーリト汗ヲ流スノデース。ソレヲ七、七、四十九日間煮詰メルト納豆ガデキルノデース」

「たぶん違うと思うぞ。大豆は鏡張りの箱ではなく、ワラの中に入れるのだ」

「モチロン冗談デース。デモ、水戸モ筑波モ茨城ダカラ、コレデイイノデース。イバラッキー」

「イバラッキーはいいとして、そのアレルギーは、大豆じゃなくてワラに付いている納豆菌の方が問題になっているとは考えられないかね?」

「オオ、ソレモ考エマシタ。デモ、ホントニ大豆駄目ナンデース」

「じゃあ、味噌汁なんかも飲めないんだ」

「ソウデス。ダカラ味噌使イマセン。代ワリニ醤油ヲ使ッテマース」

「おいおい。醤油も大豆からできているんだぞ。ところで、今君は刺し身を食べているが、大丈夫なのかね?」

「ホワイ?」

「そういうわけだから、わたしが代わりに刺し身を食べてあげよう。どれどれ」

「オーマイガッ!! ワタシノサシミガ」

「外人は大袈裟だなあ。……ぶーっ!! なんだこりゃ? ウスターソースではないかっ!!」

「日本人ハ大袈裟デスネエ。刺シ身ニウスターソースヲカケル。常識ジャナイデスカ。ホントハ、醤油モ大豆知ッテマス。騙サレマシタネ」

「常識じゃないわい」

 日本文化を理解しているようでこんなことをするから、外人は侮れない。だいたい刺し身にソースをかけるなんて、どういった味覚なのだ。こうなりゃ、日本人の味覚というものをしっかりと理解させてあげようではないか。日本人の威信をかけて、是非とも大豆を食べさせてやろうではないか。わたしは、フツフツと燃えてきた。

「お姉さん。冷奴ひとつお願いね」

「ミヤチョサーン。イジワルネー。ワタシ大豆ガ駄目ダト言ッテイルデハナイデスカー」

「ばれたか。豆腐が大豆からできていることくらい知っていたか」

「大豆ヤッコ隊、言ウクライデスカラ」

 ええと、会津白虎隊のことだろうか?

「ダイタイ冷奴ニハ醤油カケマース。ソレ駄目デース。大豆ニ大豆ヲカケテ、ドウスルデスカ?」

「まあ、そう言われりゃそうだな。トマトにケチャップを付けて食べるようなモノか」

「栄養ノバランスガ悪イデス。バランス。ソレガ一番大豆デス」

 それが一番大事ですと言いたいらしい。外人のダジャレは、よくわからん。

 しかしよく考えたら、冷奴に醤油以外のモノはかけようがないではないか。ケチャップかけるか? マヨネーズかけるか? やっぱり醤油だろう。刺し身にソースかけるような外人には、日本人の味覚は理解できないようだ。うむ。しかし、このまま負けたんではシャレにならない。では、これならどうだろうか?

「お姉さん、湯葉巻きひとつね」

 まさか湯葉が大豆できているとは思うまい。これなら食べるだろう。ほらほら美味そうに食っている。

「ミヤチョサーン。コレ美味シイデース」

「それは良かった。大豆も湯葉なら食べられるのか」

「今ナンテ言イマシタ? モシカシテ、コレモ大豆デキテルデスカ?」

「おうよ。湯葉は、100%大豆できているのだ」

「オオ。007。湯葉・大豆・オンリー」

 ああ、それはちょっと上手いかもしれない。

「ミヤチョサーン。わたし、死ンダラドウスルデスカ。天国行ッテ「コレがホントノパラ大豆」ナンテ、シャレニナラナイデース」

「まあまあ、でも大丈夫そうではないか」

「ココ見テクダサーイ。赤クナッテイルデショー」

「ちょっと待て。だいたいボブ君はいつも全身真っ赤ではないか。いつもと変わらないぞ」

「今朝、子供ニ小石ヲブツケラレマシタ。イキナリデース」

「それはボブ君、いつも黄色と黒のシマシマパンツ一丁で歩き回っているからではないかね?」

「ガオーッテ怒ッタラ、モットブツケラレマシタ。パチンコ使ッテ、思イキリブツケラレマシタ。痛カッタデス。ヒドイデス」

「どうせ、そのイボイボがついた金属バットを振り回したんだろう?」

「小石ト思ッテヨク見タラ、コレ大豆デシタ。大豆当タッタ所、真ッ赤ニ腫レ上ガリマシタ。大豆アレルギーデス。大豆ノ納豆嫌イニナリマシタ」

「確かに腫れていると思うが、それは単にぶつかった衝撃で腫れているだけではないか?」

「ソウカモ知レマセン。日本文化難シイデース」

「日本文化と言われてもなあ。ところでボブ君。いつも気になっていたのだが、その頭の上に付いているドリルみたいなのは何なの?」

「コレハタダノ『ツノ』デスガ。当タリ前デス。知ラナイデスカ?」

 というワケで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

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