第80回 98.02.01くらい 『その後の胃』

 おい。そろそろ返してくれよ。

「なんで?」

 あれから1週間、ずっとこの調子なのだ。わたしが何を言っても、胃にも返さずといった感じである。まったくもう。ところで言い忘れていたが、わたしの名前は、みやちょ。コンピュータのプログラムを書いて暮らしている。まあ、職業に関してはこの前も言ったので、説明は不要だろう。わからない人は、こちらを先に読んで欲しい。

「そもそも日記なのに、毎回職業が変わる方が変だぞ」

 ああ、うるさい。そういう楽屋裏へのツッコミは止めなさい。リアリティが無くなるではないか。リアリティ重視のみや千代日記だというのに。

「はあ? これのどこにリアリティがあるというのだ? 腹だけの生物が存在するというみや千代日記のどこに?」

 ……う、うるさい。それは、わたしも気にしているのだ。ヘリコバクター・ピロリ菌のミトコンドリアのDNAが異常をきたして、わたしの胃の細胞のミトコンドリアのDNAと融合し、別個の生命体が発生したなんて、白木さんが聞いたら大笑いだ。

「白木さんじゃなくても、大笑いだと思うけどな」

 ともかく、そのちんちんは、わたしにとって生殖行為を行なう際の必需品なのである。大事なモノなのだ。しかし、君の場合、生殖行為をするわけではないだろう。つまり、君にとっては必要の無いモノなのだ。だから返してくれないか。だいたい、使いもしないモノを持っているなんて重たいだけではないか。なあ。

「うむ。たしかにわたしには、他に同類はいないようだ。だから、生殖行為をする機会はないだろう。しかし、君も使用するとは思えないがな。それと、このサイズなら全然重くないぞ」

 おっ……、重くないとは失敬な。それはともかく、君の場合、使用する可能性はゼロだが、わたしの場合、使用する可能性がゼロではない。たしかに可能性は低いが、ゼロではないだろう。

「それはどうかな? わたしの方が確率が高いと思うのだがなあ。」

 なっ……

「『アダムの裔』と小説を知っているかね? 簡単に言うと、ちんちんだけの生き物が歩き回る小説だ。その小説によると、ちんちんだけの生き物は、女の子達にモテまくりヤリまくりであったのだ。まあ、わたしには腹があるが、似たようなものだと思わないかね?」

 なんだよ。そのニヤリとした表情は。ああ、いや、表情は無いか。なんだか気になるなあ。ん? まっ、まさか、もう既に歩き回ってみたとは言わないだろうな?

「その通りなのだ。みんなキャーキャー言っていたぞ」

 それは、たぶん違う意味でキャーキャー言っていたのだと思うぞ。それじゃあ、まるでセク腹だ。

「まあ、良いではないか。君も一度はやってみたいと思っていたのだろ? これで君のちんちんは、この辺の女の子達全員に知られる事になったね。みんなしっかりとおぼえてくれただろう。良かったね」

 良くないやい。もう二度と女の子達にちんちんを見せて歩き回れないではないか。あの時のちんちんだってバレてしまう。って、違う。
 ええと、質問を変える。今まで聞いていなかったが、君は何がしたくて、わたしから独立をしようと思ったのかね? いったい、君はこれからどうするつもりなんだね?

「ふむ。それを説明する前に下腹部にあるこれを良く見て欲しい」

 なんだ。それはアザではないか。わたしにこんなアザがあったのか。自分じゃ気が付かないもんだなあ。なんだか細長くてヘロヘロしている。それで、そのアザがどうしたというのかね?

「わからないかな? たとえばここに、こうやってアフリカ大陸を書き込むとどうなる?」

 見かけによらず、地図を書くのが随分美味いなあ。かなり精度が高そうだ。ホントに地図として使用できたりして。……ん? 嗚呼、それは……、そのアザは、まるでナイル川のようではないかっ!!

「そうだ。下腹は、アザ、ナイル川の如しだ」

 ふむ。それは少し苦しいぞ。ゆっくり考えないとわかりにくい。ところで、ナイル川と自分のやりたいことが、どう関係あるのだ?

「いや。ナイル川そのものには意味は無い。注目して欲しいのは地図の方だ。わたしには、地図を書く才能があると思うのだ。だから、日本全国、いや世界を旅して精巧な地図を書いてみたいと思うのだ」

 腹のくせに随分と変わった才能を持っているもんだなあ。

「それは、このちんちんが為せる技かもしれない。なにしろ、このちんちんは、小さい頃から地図を大量に作成してきたようだからなあ。このちんちんには地図を書くセンスがDNAレベルで備わっているようなのだ」

 なるほど、よくわからんが地図を書きたいという熱意は感じた。その為に旅に出るというのもよくわかる。しかし、旅費はどうするつもりだ? わたしは出さないぞ。わたしは貧乏なのだ。

「君が貧乏なのは、よく知っている。だからアテにはしていない。わたしは行く先々で歌を歌い、その稼ぎで旅を続けようと思っているのだ。なにしろこんな珍しい姿の生き物が歌を歌っているのだ。これは珍しいということで、結構収入を得られると思うのだ」

 そうかもしれないが、捕まえられて見世物小屋に連れて行かれるのがオチだと思うけどなあ。そもそも、歌なんて知っているのか?

「わたしは旅人さ〜 日本全国測量だ〜 そ〜して地図を書きまくり〜 あんまり精巧にできたので〜 教科書にまで載っちゃった〜♪」

 それは何の歌だ? 何かのダジャレになっているのか?

「いや。単なる胃の歌だが」

 ああ、これは解説が必要だな。伊能忠敬とひっかけたのだろう。

「解説ありがとう。ところでだ。今までのは、ほんの冗談だ。どうやら胃潰瘍もすっかり治ったことだし、そろそろ君の体に戻ろうと思うのだ。おそらく、もう痛みは無いはずだ」

 ふむ。それは、また何で急に。

「実はな。よく考えたら、わたしには栄養を摂取するシステムが無いことに気が付いたのだ。君の方から栄養を吸収しないと、どうやらわたしは生きていくことができないらしい。痛みがあるから離れたのだから、痛みが無くなれば戻るのが自然だろう。お互いのためでもある」

 なるほど。

「ひとつ言っておこうと思うが、君の体に戻ったら、わたしはしばらく眠りにつこうと思う。君の体に戻ったら、こうやって会話をすることも無いだろう」

 えっ、そうなのか? ようやく君とわかり会えたと思ったのに、それは寂しいぞ。

「おいおい。そもそも自分の腹と会話する人間の方が変だぞ。なーに、また胃潰瘍になったら、わたしの事を思い出してくれ。耐えられないような痛さなら、また君の体から離れてやるかもしれないからな」

 おいっ。ちょっと待ってくれ。実は君に言っておきたい事があったのだ。実は君のこと、非常に気に入っていたのだ。というか好きだったのだ。いや、むしろ愛していると言った方が良いかもしれない。

 愛してる〜 君を〜 いつまでも〜 腹に潰瘍がある限り〜♪

「う〜ん。愛してると言われてもなあ。良い友達でいましょうとお答えるしかないな。それに最後のオチとしては弱い。こんなのはどうだ?」

「胃〜痛までも〜 耐える〜ことなく〜 友達でいよう〜♪」

 それ以来、わたしの腹が喋り出すことはなかった。

 というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

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