第77回 98.01.14くらい 『大人になんてなりたくない(後編)』

 イモの話は良いとして、彼女の話である。

 彼女は、どうやら足をくじいてしまって歩けないらしいのだ。仕方がないので、彼女をおぶって目的地まで連れて行く事にした。
「ところで、君はどこへ行こうとしていたんだい?」
 彼女は、神妙な口調で語り始めた。
「実は……」

 実は、彼女は舞妓さんだと言う。こんな時期に着物を着ているので、最初が成人式に参加する人かと思っていたのだが、どうやら違うようだ。それにしても、舞妓さんにしてはトウが立っている。と言っても、つま先立ちをしているというわけではない。念の為。

 そこで念の為に聞いてみた。
「君は、芸妓さんを目指さないのかい?」
 すると彼女は、身の上話を語り始めた。
「そうなんですの。わたしも20歳を過ぎたというのに……」

 魚握って話すとこういうことである。いや違う。カニ触って話すとだ。いや。まだ違う。貝つまんで話すとだった。これで良いのだ。で、貝つまんで話すと、こういうことだ。
 彼女は、既に芸妓になってもおかしくない歳なのだそうだ。ただ、舞妓から芸妓になる為には、いわゆる大人になる為の儀式が必要なのである。大人の女でなければ芸妓になれないそうだ。彼女は、その儀式が嫌で京都から逃げ出して東京までやって来たと言うのだ。なるほど。わたしは聞いてみた。
「その儀式とやらは、そんなに嫌ななものなのかい?」

 するとこんな答えが返ってきた。
「だって、足にロープを括り付けて、清水の舞台から飛び降りなくてはならないのよ」
 どこかで聞いたような話である。

 それはともかく、まだどこに行くのか聞いていなかった。すっかり成人式に行くものと思って区民会館の方に向かっていたのだが、それだとすると方向が違う。行き先を尋ねてみると、彼女はこう答えた。
「取りあえず、わたしの知り合いのところへ行こうと思ったんだけど……」

 彼女の話によると、同じく元舞妓さんの知り合いがこっちの方にいるらしい。その伝手を頼りにしてたのだが、住所を書いた紙を無くしてしまい、途方に暮れていると言うのだ。
「他には知り合いはいないのかい?」
「舞妓仲間は他にもいるけど……」

 その舞妓仲間のところに、片っ端から電話をかけて調べてみることにした。しかし、どうにも埒が開かない。みんな、その元舞妓さんの家がわからないと言うのだ。しかも、消息もわからないと言うのだ。それどころか、そもそも本名すらわからないと言うのだ。お家を聞いてもわからないと言うし、名前を聞いてもわからないと言うのであれば、困ってしまってワンワンワワンである。つまりこういうことだ。

 舞妓の舞妓のコネクション。あなたのお家は何処ですか?

 やっとの思いで、その元舞妓さんの消息がわかった。どうやら今は某キャバクラで働いているというのだ。そういうわけなので、取りあえずそのキャバクラに行ってみることにした。いざ、キャバクラ。

 と思ったが、ここで重要なことに気が付いた。我々にはキャバクラに行く資格が無いのであった。そうなのだ。我々は成人式を済ませていない未成年だったのである。なんてことだ。仕方が無い。我々は他に行くところを見つける為、アテの無い旅をすることになった。
 わたしも彼女もまだ大人になりきれていない人間である。いつまでも子供でいたいのだ。自ら成長を止めてしまった同士である。我々はすっかり意気投合した。

 旅は楽しいものであった。お金は彼女の踊りで稼いだ。さすがは舞妓さん。彼女の踊りは、のきなみ好評であった。戦地慰問なども行なった。
 わたしは、後ろで太鼓を叩いていた。3歳の誕生日の時に買ってもらった太鼓だ。時々、太鼓を叩いては、口から超音波を発してガラスを破壊して遊んだりもしたが、そんなことはどうでも良い。とにかく旅は楽しかったのだ。
 しかし、それも長くは続かなかった。事件が起こったのだ。どんな事件かというと、それは内緒である。とにかく、そろそろ大人にならなくてはイならないような事件が起こったのだ。ロスヴィータ。

 そして、わたし達は、それぞれお互いの居場所に帰るべきだと悟ったのである。たしかに清水の舞台から飛び降りるのは大変辛い試練ではあるが、幸いにもここは東京だ。東京には、都合の良いことに「東京ルール」というものがある。
 「東京ルール」によると、東京では清水の舞台から飛び降りなくても大人になれるとのことだ。なぜならば、東京には清水寺が無いからである。誰にでもわかることだ。
 すると、何をすれば大人になれるのかというと、いわゆるアレをすればいいのである。アレをすることによって、大人の男となり、大人の女になるのである。嗚呼、「東京ルール」とは、なんて気持ちの良いものなんだろう。

 早速、わたしは提案してみた。すると、彼女は、大喜びでOKしてくれた。というよりも、なんだかノリノリである。
「早くしましょ」

 その夜、二人の成人式が行われてた。そして、わたし達はそれぞれ大人になったのである。

 以上を持ちまして、わたしから新成人の皆様へ贈る言葉と代えさせていただきます。新成人の皆様。おめでとうございます。

 ところで、この話。どういう話かというと、「ノリ気の舞妓」という話なのだ。

 というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

98年目次