第72回 97.11.28くらい 『秀吉と僕』

 その時、僕は思わず震えてしまった。ぶるぶる。

 あっ、僕の名前はみやちょ。みんな僕のこと、知っているかい? 僕はアッシーだ。この辺じゃ知らない人はいないという程、有名なアッシーだ。みんなよろしくっ! ……っていうのも情けない話だね。とほほ。それにしても変だな。さっきから震えが止まらない。ぶるぶる。
 そう思って確認したら僕は震えてなんかいなかった。震えているのは、胸のポケットに入っているケータイだった。どおりでおかしいと思った。それにしてもこの呼び出し、長いというかしつこいというか。もうずっと鳴りっぱなしだ。ああ、ハイハイ、電話急げってね。

 もう、アンタ何やっているのよおっ!!

 わーん。いきなり怒られてしまった。めぐちゃんだ。それにしても、僕のめぐちゃんは人使いが荒いなあ。今だって、これからバーボンを一杯飲んで寝ようとしていたところなんだ。それを今すぐ迎えに来いだって。だから、僕は一杯だけバーボンに口をつけ、急いで着替え、そして愛車に乗り込んだ。

 僕がめぐちゃんのアッシーになったのは1年前のこと。めぐちゃんにデートを申し込んだんだ。でも断られた。車を持っていない人には興味無いって。車も持っていないような人とは、デートなんかしないわよってね。
 そこで、僕はアルバイトをして貯めたお金で買ったんだ。ベンツのリムジン。おじさんっぽいだろ。本当は、最初スポーツカーを買おうと思っていたんだ。だけど、リムジンじゃなかったらイヤだって言うんだ。なぜって、それは、めぐちゃんが貴婦人だからなのさ。リムジン以外の車は乗れないって言うんだ。そりゃあ僕も言い返したよ。
「そんな理不尽なあ」
ってね。あっ、ここって笑うとこだぞ。

 さて、無駄話もこれくらいにしておかないと、遅くなったら何を言われるかわからないからね。僕は、車のキーを捻った。そして、彼女のいる足立区に向けて走り出した。ぶるるーん。
 そうそう。めぐちゃんは、足立区が地元なんだ。何を隠そうめぐちゃんは、ちゃきちゃきの江戸っ子なんだ。人呼んで江戸っ子めぐちゃんだ。でも、それを言うとめぐちゃんは怒るんだ。

 ちゃきちゃきの江戸っ子だなんて、足立区を荒川区あたりと一緒にしないでよ。足立区は、下町じゃないんだから。最近は高いビルだって多くなってるし、新宿並みなんだからね。

 ってね。

 ふーん。でも、僕にはどっちも同じに見えるけどなあ。一度、彼女のいる足立区に行こうと思って西へ東へウロウロしていたら、迷っちゃって荒川区に着いちゃったことがあるくらいだし。えへっ。だって、僕、北海道生まれだから、東京の地理がよくわかんないんだもん。蝦夷っ子僕ちゃんなのだ。

 わおっ!!

 変な話をしていたら、道を間違ってしまったじゃないか。だって、足立区に競馬場があるのは、どう考えても変だよね。おまけに刑務所と東芝まであるや。すっかり迷っちゃったけど、競馬場に刑務所に東芝っていうことは、もしかして、ここって府中?
 だとすると、さっき通ったのは本当の新宿だったんだ。めぐちゃんの言う通り、随分この辺も新宿並みになったんだなあって、思っていたんだけどね。北に行こうと思って西に来てしまったんだな。あれ? 南に行こうとして、東に来ちゃったのかな? まあでも、府中に着くまで気が付かないなんて、よっぽど浮かれているのかなあ。僕。だって、こんなこと府中じゃ考えられないもんね。

 北上南下はしなくても、荒川? 足立? 迷う府中っ♪
 新宿並みだと浮かれたら、何処ここよ? 何で? 位置どこよっ!

 あん♪ ってとこかな。

 ああ、だからこんなことをしていたら、本当にめぐちゃんに怒られちゃうんだって。急いで今来た道を戻らなきゃ。でも、お巡りさん達に止められちゃった。一斉検問だって。もう、急いでるのになあ。それに待ち伏せなんてズルいよ。
 おまけに、ちょっと息を吐いてとか言うし、きっと酔っ払い運転だと疑ってるんだな。あっ、でもさっきバーボンを飲んだんだっけ。やばいなあ。でも、そういう時は、息を吐くふりをして、逆に息を吸っちゃうといいんだ。ハアハア。

 すると、お巡りさんは風船をくれた。やいやい。僕は子供じゃないぞ。風船くらいじゃ、機嫌は直んないからね。ん。風船をふくらましてみろって? 胸の奥の方まで息を吸い込んでって? もう面倒なんだから。ぷーっ。
 あれっ、お巡りさんに降りろって言われちゃった。急いでいるのになあ。もう。やっぱり、お酒を飲んでたのバレちゃったかなあ。やっぱりそうだ。

 酒気だったのよ、あなた。胸の奥で吸うと

 だって。

 困ったなあ。酒気帯びだと醒めるまで運転させてもらえないからなあ。と思ってたら、ケータイがまたまた震えた。ぶるぶる。きっと、めぐちゃんだ。ごめんよ。道に迷っちゃって、そのうえお巡りさんにつかまっちゃって遅くなっちゃったんだ。ごめんよ。

 もう、アンタ何をやっているのよ。もういいわ。他の人に頼んだから。

 わーん。怒られちゃった。これでまた、キスもおあずけかな。僕のめぐちゃんは、時間に厳しいからなあ。実は、10回続けて遅れずに迎えに来たら、キスのご褒美をくれるっていうんだけどね。いまだに10回連続ができないんだ。10回連続は難しいよ。めぐちゃんは、厳し過ぎるよお。
 でも、いつかはめぐちゃんとキスしてやるからな。チューってキスしてやるからな。今の僕は、豊臣秀吉の心境なのだ。ええと、定期入れをポケットから取り出してっと。だから、今はこの定期入れのめぐちゃんの写真にキスして我慢するんだもん。

 鳴かぬなら鳴かせてみせようPHOTOとKISS。

 というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

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