第70回 97.09.21くらい 『寒い国にて果てる』

 おれの名前は、みやちょ。港から港へと旅を続けている。

 この港にやってきたのは、1週間前のことだ。港に入る前から一抹の不安を感じていた。そして案の定、トラブルに巻き込まれてしまった。

 港に入る前の船上の事である。入港する港についての噂をしていた。この地には有名なヤクザの大親分がいるという。そして、子分達もそれぞれ有名である。その子分達のうち、誰が強いかなんていう噂話をしていたのだ。そんな話をしている横から、品の無さそうなヤクザ者が話題に入り込んできた。
「食いねえ、食いねえ、鮨食いねえ」

 前の寄港地で拾ってきた旅の者だ。おれ達は気にせず話を続けた。
「そういえば、森の石松なんていうやつがいたなあ」
「ああ、あれは強いけど馬鹿だ」

 なんていう話をしていたら、突然そのヤクザ者がキレて大暴れをしたのである。何を隠そう、彼こそが森の石松その人だったのである。船はメチャクチャになり、かなりの修理が必要となった。石松の不安は、大当たりであった。

 港に入るとおれ達は、早速彼の事務所に落とし前を付けに行った。すると大親分のところへ通された。大親分は、さすがに大人物らしく懐が深い。子分の不始末を詫び、船の修理代を出すという。そればかりか、おれ達を歓待してくれた。連夜の歓待を受け、おれ達はすっかり上機嫌になった。

 そして、出港前夜の事である。最後の宴席で、ついうっかり旅の目的地の話をしてしまったのだ。すると大親分は、折り入って話があると切り出してきた。
「ロシアへ行くそうだが、内緒で届けてほしいもんがあるんだ」

 歓待を受けてしまっては、断りようが無い。仕方なくその申し出を受けいれる事にした。もしかすると、あの歓待の意味を考えると、最初から、そのつもりだったのかもしれない。だとすると、あの大親分、腹に一物、なかなか油断がならない人物のようだ。これで、森の石松が大親分の腹心だったら、腹に石松ということで大したことはないのだが、いくらなんでもあのバカが腹心のはずがないだろう。

 そういえば、あの大親分、どこか腹黒さが感じられた。しかし、同時に正義感も感じられた。腹黒い部分とそうでない部分の二面性を持ち合わせているのかもしれない。それらがまるでモザイクのように交錯していると感じられた。白と黒ならチェッカーフラッグだ。腹に市松である。

 ちなみにこの大親分の名前、みんな薄々わかっているだろうけど、届け物の件もあるので一応秘密にしておく。ヒントとして下の名前だけ言うと「次郎長」である。秘密の次郎長。

 そして、船はロシアへ向かった。カスピ海へと入り、そろそろ旅の終わりに近づこうかというところで、事件は起こった。ロシアマフィアが船を襲ってきたのである。どうやら、この親分の届け物を狙っての事らしい。やはり秘密の届け物はヤバいものだったのだ。
 マフィアはなんとか撃退できたが、船はエンジンがやられ、まったく動かなくなってしまった。仕方が無いのでゴムボートに積み荷を移し脱出することにした。しかし、危機がこれで終わりではなかった。血のニオイを嗅ぎ付けたのか、こんどはサメが寄ってきたのだ。
 しかしよく見ると、それはチョウザメであった。カスピ海だけのことはある。チョウザメは、人を襲わないおとなしいサメだ。わたしは、すっかり安心してゴムボートを漕ぐことにした。読者もすっかり興ざめしたことだろう。

 ところがこれで終わらない。このチョウザメ、食料不足のせいか、すっかり狂暴化していたのである。ロシアのお国事情も海にまで反映されていたようだ。そのうちの1匹のチョウザメがおれの左腕に噛み付いてきた。そして、海に引きずり込まれたのである。

「もうダメか。おれの旅もここで終わりか」

 そんな考えがよぎった。そうなると、おれの一生の夢を実現させるのは、今をおいて他に無い。実を言うと、おれの夢というのは、高価なキャビアを腹いっぱい食べることだったのである。
 おれは、たまたま右手に持っていたナイフで、チョウザメの腹を思いっきり引き裂いた。案の定、チョウザメは卵をいっぱい持っていた。そして、思い切りその卵にかぶりついた。息もつかずにかぶりついた。もっとも海の中なので息のつきようがない。

 おれは、意識が遠のきながらも、キャビアが腹いっぱい食べられたことに満足した。はっきりいって味なんかわからなかったが、それでも満足だった。そして、忌まわの際にこう呟いたのだ。

「キャビア道連れ」

 というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

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