第67回 97.08.31くらい 『電通でござる』

 どうして、都会にはこんなにも人が多いのだろう? 否、人が多いから都会というのだ。

 しかし、この答えでは問題は解決されない。問題というのは地方の過疎化だ。中でも深刻なのは農村である。ここ数年の農村にはどこか暗い印象がある。昔は農村に明るい印象を持っていたものだが、一体どうしてなのだろうか? やはり、「明るい農村」を放送していないからだろうか?

 嗚呼、どうしてこんなことを考えているか、説明しないとわからないか。実は、今日こんなメールが舞い込んできたのだ。

拝啓 みやちょ様

 私は、四万十川流域のとある農村の村長をしておる者です。現在、私共の村では過疎化が進んでおりまして、このままでは、村の存続も危うい状態です。私共も、過疎化に歯止めをかけ、さらには人口増加を図るべく思案をしているところですが、何分にもいい知恵が浮かびません。そこで、スペシャリストであるみやちょ様の知恵を拝借いただきたく存じております。
(以下、略)

 ところで、どうして村長は、わたしにこのような手紙を出してきたのだろうか。みなさんご存知のように、わたしは「人工知能研究存続発展委員会」、略して「人工能存発展委員会」の理事長である。どうやら村長は、「人口農村発展委員会」と誤解しているようだ。
 しかしながら、困っている人を見過ごすわけにはいかない。なにしろ、このまま過疎化が進み、住む人が誰もいなくなったら、住んでいる人達は困ってしまうだろう。わたしは、早速調査を開始した。

 まずは、村の主要産業を調べた。この村は山海草の産地で、その生産量は日本一だそうだ。ちなみに、山海草とは山菜の一つである。野生では森の中の湿地帯などに生えており、ヨード分が豊富で健康に良いとされている。別名「森の昆布」とも言われているのだ。英語でいうと、「フォレスト・コンブ」だ。
 「フォレスト・コンブ」といえば、映画にもなっており、「人生はコンドームの箱のようだ」というセリフは、あまりにも有名である。なにしろ、コンドームの箱とチョコレートの箱は良く似ているからなあ。無理も無い。ちなみに、チョコレートの箱と人生との関係については、類似品の映画「フォレスト・ガンプ」の方を参照されたしである。

 次に、村の施設について調べた。意外にもこの村は、インフラが充分に整備されており、便利で快適であることがわかった。特に通信インフラの整備は最高レベルのもので、なんと各家庭に専用線がひかれているくらいなのだ。
 さらに便利なツールも用意されているという。うむ。四万十川流域のハイテク環境、略して四万テックも侮れないというものだ。ちなみにこの便利なツールは、農村ユーティリティというそうだ。

 どうやら産業や施設には問題が無さそうだ。しかしながら、これではどうして過疎化が起こるのか原因がわからない。原因がわからなければ手の打ちようが無いではないか。まあ、いくら手を尽くしても、期待通りにことが運ばないというのが村おこしの難しさだ。過疎は現実のものと受け止めることにしよう。過疎は現実なのだ。

 ここで、ハタと気が付いた。過疎は現実。過疎現実。仮想現実。そうだ。仮想現実という手があるではないか。そう、つまりバーチャルリアリティを利用するのだ。なにも住民が、必ずしもこの村に住む必要はない。住民登録さえしておけば、村の人口など、いくらでも水増しできるというもんだ。つまり、都会に住んでいても、この村に住民登録をしておけば良いのだ。

 都会で生活している人を住民登録することには問題があるという人がいるかもしれない。そこで実際にちゃんと家を用意してあげるのだ。そこに来るのは、週に1度でも1年に1度でもいい。ただ普段は、村のコンピュータにインターネットでアクセスしてもらい、それで買い物や集会など生活をしてもらうのだ。
 なあに、村の住民と会話したりすることで、交流をもってもらうだけでいいのだ。生活するというのは、ただ寝ていれば良いというものではない。住民同志の関係を持ち合うことが大事なのだ。だから、深い関係を持つのだ。深い関係を持ちさえすれば、誰が住民登録を否定できようか。

 さて、これを実現するとなると、どのようなシステムになるだろうか。村の地図があって住民がウロウロしている。そこで声をかけたり誰かの家を訪ねたりし、CU-SeeMeみたいなもので会話したりするのだ。店で買い物するのもモニタ越しに店員の顔を見ながら買うのだ。これは結構楽しいかもしれない。
 中には女の子の家に夜這いに行こうとしたりする人もいるだろう。でも、モニタにはそこの家のおばあさんが出てきて、邪魔されたりするのだ。まるで、いじわるばあさんのようである。いや、おばあちゃんの映像だからビジュアルばあさんか。

 まあ、こんな感じなのだがどうだろう。この村は実体が存在しなくて、みんなの想像で成り立つことから、イメージ村と名づけようと思っている。もしかすると、明治村と間違えてくれる人がいるかもしれない。

 この話を実現するには、世間にPRをして村民を集めなくてはならない。そこで広告代理店に協力をお願いした。この話を広告代理店の人に話したら、
「遠くの人でもバーチャルリアルティで、村民になれるなんて良いですね」
とすっかり乗り気になってくれて、早速キャッチコピーまで作ってくれた。

 ふるさとは、遠くリアリティ思うもの。

 そして、この村の様子は年末にテレビで放送されるそうだ。

 というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

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