第64回 97.07.21くらい 『さらにもうひとつの甲子園』

 焼肉を食べていたら、○年前のあの夏の日のコトを思い出した。

 今全国各地で彼の地を目指して熱戦が繰り広げられている。過酷な練習の成果を試す。ひたすら汗を流し、時には涙を流し、勝った者には賛辞を、敗れた者には罵声をというアレだ。

 わたしがN大学で雑学部の講師をしていた時のことである。アレの選手に選ばれてしまったのだ。何しろ雑学部と言えば、花形学部だからなあ。就職に強い上に昇進が早い。わたしの教えた学生のほとんどが入社1年目にして係長になっている。みんな雑用係の係長として、立派に活躍しているようだ。
 そんな花形学部の花形講師であるわたしが、選手に起用されるのは無理もないというもんだ。地方予選を勝ち抜いて出場を果たしのだ。そう、アレというのは講師園のことである。

 この時期の神戸は、講師園に出場する選手や関係者でいっぱいだ。ホテルひとつ確保するのも一苦労である。我々もなんとか旅館を確保したのだが、その旅館がいけなかった。ここの旅館は、これまでに講師園出場者を泊めた経験が無く、色々と不手際があったのである。

 我々は、講師園に行く為にバスを手配するように旅館の人に頼んだ。しかし、来たのはバスでなく、荷馬車だった。仕方が無いので、荷馬車で甲子園に行くことにしたのだ。しかし、ある晴れた昼下がりに荷馬車でゴトゴトと揺られて行くのには、ちょっとイヤな予感がした。
 そして、イヤな予感は見事的中した。着いたのは講師園でなく子牛園だったのだ。いわゆる、もう一つの講師園だ。ドナドナ。

 子牛園とは、日本各地から集められた代表牛達が、しのぎを削りあう品評会だ。そんな子牛園に間違って来てしまったのだ。しかしながら、この子牛園の熱気もスゴかった。日本各地から、十勝牛、米沢牛、近江牛、松坂牛、宮崎牛、そして地元神戸牛。とにかく、牛臭でプンプンしているのだ。
 そんな華やかな子牛園に対し、東京でももうひとつの子牛園として開催されている品評会がある。こちらは、夜間農場に通う牛達の為の大会だ。子牛園が硬式品評会なのに対し、こちらは軟式品評会である。今はもう無くなってしまったが、当時の会場は牛楽園だった。

 牛楽園については、小説化され、映画化され、ついにはドラマ化までされてしまっているので、みんな知っていることだと思う。

 しかし、正しい牛の育成方法について知っている人は少ない。牛楽園や子牛園で優勝する為には、ただエサを食べさせていれば良いというわけにはいかないのである。実際は、むしろ逆である。余りエサを与えてはならないのだ。牛は食わねど高楊枝という言葉の通り、子牛園を狙うような牛は、3年間ロクにエサが与えられないのだ。牛の飢えにも三年なのである。

 そのような過酷な育成であるからには、ドロップアウトする牛達も多い。「俺達は、ロボットじゃない。もっと、人間的な扱いをしてくれ」と叫ぶのだ。牛のくせに。そんな牛達の悲劇を皮肉った小説が、何を隠そう「ロボの牛」である。

 子牛園の精神は、半ば軍隊的であるという批判も多い。というより、求道的精神なのだ。そんなわけで、牛道なんて言う人もいる。いや。子牛だから子牛道だ。それでも、そんな過酷な試練をくぐり抜けた後、夕焼け空を見上げながら青春をひたすら謳歌する姿は、感動的ですらあるのだ。

 子牛道、くぐり抜け、見上げる夕焼けの空に♪

 思わず口ずさんでしまうのだ。

 というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

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