第62回 97.06.29くらい 『Go east!』

 ゲホッ、ゲホッ!

 どうにもセキが止まらない。ここ最近セキが止まらなくて困っているのだ。朝から晩までセキが止まらない。おかげで、すっかり寝不足気味である。そこで病院に行って調べてもらうことにしたのだ。病院での診断によると、結核ということであった。これには、さすがにショックを受けた。
 ちなみに、結核なんて今時珍しいように思われるかもしれないが、実は最近また増えているらしい。その原因は、パンを手作りすることが流行っていることにある。

 ご存知のように、結核の病原菌は結核菌である。一方パンを作る時にはイースト菌を用いて醗酵させるのだが、イースト菌と結核菌というのは性質が良く似ているのである。
 通常イースト菌は、特に問題を起こすものではない。しかし、極稀に何らかの拍子で変性してしまうことがある。そうすると、安全なはずのイースト菌が結核菌に変わってしまうのだ。つまり、最近結核が流行っているのは、パンを手作りしている時、この変性したイースト菌を吸い込んでしまう人が増えていることに他ならない。

 ちなみに、この変性したイースト菌による結核は、従来の結核よりも恐ろしく、症状が進むと肺を摘出しなくてはならなくなるそうだ。肺を摘出しなくては、知能が低下し、性質が狂暴になり、人を襲うようにまでなってしまうそうだ。同時に肉体まで変性し、まるで魔物のような姿になるのである。
 このことから、結核症状を起こすように変性したイースト菌は、従来型の結核菌と区別する為にビースト菌と呼ばれているそうだ。

 なんとも恐ろしい話だ。なにしろ、もしクリント・イーストウッドがこの病気にかかったら、クリント・ビーストウッドになってしまうのである。これが恐ろしくなくて、何が恐ろしいというのだろうか。

 そういうわけで、肺を摘出することになったのだ。病院には同じ病気にかかった人が何人もいた。みんな摘出手術を待っている人達である。それでもあまり深刻そうな顔をするわけでもなく、和やかな雰囲気である。みんな気さくに声をかけあっていた。
「よっ、御同肺っ!!」

 手術は、あっという間に終わった。レーザーメスを使うので、ほぼ無血である。そのうえ手術跡が目立たないように、切れ目は折り込み部分に入れるのだ。しかも、その日のうちに退院できるのである。ただし、1週間は自慰や性行を慎むことになってしまう。……って、なんかちょっと違うぞ。
 疑問に思って医者に聞いてみた。すると、肺の方は手術しなかったと答えた。こっちの手術は、見るに見かねてサービスしたとのことだ。ほっとけ。

 肺の方は、思ったより症状が進んでいて、全摘出しなければならないとのことらしい。その上、心臓まで摘出しなければならないかもしれないそうだ。さすがに、これには不安になった。医者は「心肺無いよ」と言ってくれたが、そんな言葉は気休めにしかならないだろう。
 わたしとて、肺が無くては生きていけない。移植提供者を求めて探し回ることにした。「肺かい?」と言って、アテも無くさまようのだった。

 最初の候補者は、沖縄県出身の男性であった。ところが彼はダメだった。なにしろ彼には肺が無かったからである。肺無いおじさんでは、肺の提供者にならないのである。

 次の候補者は、ハカマ姿にブーツを履いた女性であった。ところが、彼女にも肺が無かったのである。肺空さんが通るというやつだ。

 結局提供者は見つからなかった。わたしは、諦めて帰ることにした。出口に向かって、長い渡り廊下を歩いていた時のことである。あの人とスレ違ったのだ。その時、わたしの心臓は一瞬止まったのだ。うしろ指さされ組。

 あの人も同じ病気で、しかも随分進行してしまったようだ。なにしろ、すっかりビーストに変り果ててしまっていたのである。これには驚いた。結核にかかったわたしにとって、あの人がビーストになるなんて、心臓が止まるほどショッキングな出来事だったのだ。

 結核に病んだ肺なのに、渡り廊下にビーストいたなんて

 というわけで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


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