第59回 97.05.18くらい 『彩ちゃんの秘密』

 彩ちゃんの秘密に気が付いてしまったのだ。

 彩ちゃんの名前は、「楢山彩子」と書き「ならやまさいこ」と読む。「ならやまあやこ」ではない。わたしの知り合いで大変美しいお嬢様である。お嬢様といっても並のお嬢様ではない。楢山家は、古くからこの辺りに居を構える名家で、その当主はかの有名な楢山財閥の会長なのだ。この辺では最古参の家である。

 彩ちゃんは、あまり外を出歩かない。なんでも3年程前に重い病気にかかってしまい、今も医者から外出を禁じられているそうだ。家が近所なので窓ごしに手を振って挨拶などはしているが、外で遭ったことはない。本当に外出できないようだ。そう。彩ちゃんは、まさに絵に描いたような深窓の令嬢なのである。今日は、その深窓の令嬢の話なのである。

 今日の昼過ぎのことである。いつものように散歩していたら、窓から彩ちゃんに呼び止められた。二言三言会話を交わしていたら、暇だったら上がって来てと言われた。
「今、お家に誰もいないの」

 まあ、そう言われたら断り切れるものではない。いやいや、決してそんな意味ではないのだ。誰もいない家で寂しそうにしている彩ちゃんを見過ごせないだけなのだ。本当だ。彩ちゃんにとって、わたしは、単なる近所のお兄ちゃんである。なにしろ10歳の頃から知っているのだ。
 当時、わたしは、彩ちゃんにアルバイトで勉強を教えていたのだ。教えていたのは1年ほどだが、その後もわたしになついてくれて、みやちょ兄ちゃんと呼ばれては、相談にのったり、遊びに連れて行ったりしているのだ。彩ちゃんは、今でもみやちょ兄ちゃんと呼んでいる。だから彩ちゃんには、今でも10歳の小学生のイメージしかないのである。

 部屋に上がって久々に見た彩ちゃんの変わり様に驚いた。長い闘病生活のせいか、すっかり変わり果てた姿になっていたのである。いつもは、窓越しに見ているだけだったので気が付かなかったけど、それにしてもこんなに太っていたなんて……

 そう、それは見事に太っていたのだ。あまり病人らしくなくてホッとしたけど、なんだかちょっぴりガッカリもした。儚げなイメージだったのに。最初は太る病気もあるのだろうと思っていたのだが、理由はそんなことではなかった。

「みやちょ兄ちゃん、お茶入れてえ」
「みやちょ兄ちゃん、コアラのマーチ取ってえ」
「みやちょ兄ちゃん、リンゴ剥いてえ」

 それにしても、病人とは思えないほどよく食べるのだ。病名は知らないが、食欲はあるようだ。しかも、まったく動きやしない。これでは太るのも無理は無いというもんだ。まあ、わたしも人の事を言えないが。誰もいないから、部屋に上がってきてと言ったのは、お菓子を取ってくれる人が欲しかったからなのだろうか。うーむ。

 しばらく談笑していたのだが、机の上をふと見ると、手紙が置いてあることに気が付いた。エアメールだ。海外文通でもしているのかと思い、手に取って見ようとしたら、すかさず彩ちゃんは声を張り上げた。
「見ちゃダメーッ!!」
 すると、同時に手紙がスッと何も無い空中を飛んで行って、彩子ちゃんの手元に収まったのだ。まるで糸が付いているかのように。

 なっ、何が起こったんだ!? もしかして、これは、念動力というヤツではなかろうか?
「さ、彩ちゃん。その力はもしかして……」

 彩ちゃんは、少しの間俯いて黙っていたけど、おもむろに喋りだした。
「てへっ、バレちゃったか……」

 彩ちゃんは、病気になって、この能力に目覚めたとの事だ。ベッドから動かずに物を取ろうと思っていたら、自然にできるようになったらしい。

 これは素晴らしい。何しろ手を使わずに物を動かせるのだ。超能力なのだ。極真空手のウィリー・ウィリアムズなんか目ではないのだ。なぜならば、ウィリーは熊殺しといっても、手を使っていたからだ。空手というからには、手を使わないでやらなければ意味が無いのだ。だから、彼のはせいぜい超熊力なのだ。超能力のニセモノなのだ。

 おっと、あまりにも興奮したせいで、思わず彩ちゃんの秘密をバラしてしまったではないか。彩ちゃんには内緒にするように言われていたのだ。いや、超能力の事ではない。太ったという事の方だ。彩ちゃんも女の子だ。太った事は隠しておきたいらしい。でも、太った事を話さないと、話が進まないからなあ。しかし、これでは深窓の令嬢の話というより、令嬢の真相の話ではないか。
 バラしついでに言うと、彩ちゃんは、自分の名前の英語表記を「Psycho Narayama」にしているようだ。彩ちゃんの手元に握られていた手紙の宛先にはそう書いてあった。どうやら、暗に超能力者である事を自慢したいらしい。

「楢山プシコ……」

 わたしは、なるほどと思った。

 というワケで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


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