第52回 97.03.09くらい 『空に太陽がある限り』

 嗚呼、たった今重要なことに気がついてしまった。

 というのは何かというと、今日のオチを昨日の日記の投票ボタンに使ってしまったのだ。やはり、久しぶりに日記を書いたから、どこか鈍ってしまったのかもしれない。しかし、こんなことは気にしなければいいだけの話だ。うん、気にしないことにしよう。だから、みんなも気にするな。昨日は携帯電話からの更新だったので、電話代がもったいないから更新報告をしていないのだ。どうせ、そんなに読んでいないだろう。

 それはともかく、今日はモンゴル人の池田満寿夫にあやかって、モンゴルに行ってきたのである。

 ええと、池田満寿夫ってモンゴル人じゃなかったっけ? テレビでは「もうこ人となられた……」と言っていたぞ。蒙古人。というネタは、昔使ったなあ。池田先生。ご冥福お祈りします。

 本当のところは、先日の修行のからみでモンゴルに行ってきたのだ。あの寺はモンゴルの寺院と提携していて、年に一度交換会を行なっているのだ。単なる研修に行っただけのわたしであるが、せっかくだからと住職が誘ってくれたのだ。

 モンゴルに着くやいなや、わたし達は大変な歓待を受けた。すぐさま歓迎パーティが行なわれたのである。野外パーティではあったが、わたしとしては野外での催しの方が好きなのだ。野外パーティーならば大歓迎である。いや、歓迎されるのはわたし達の方だったか。しかし、あんな住職でもモンゴルでは人望があるんだなあ。
 と思いきや、実はそのパーティ、歓迎パーティでなく別の名目のものであった。何やらモンゴル人は、快気祝いと言っていた。一体誰の快気祝いかと思っていたら、程なくして、辺りが暗くなり始めた。ほほう、まるで誕生日のようだな。ローソクを立てたケーキでも出てくるのだろう。野外のパーティーなのに心憎い演出だなと感心してしまったが、よく考えたら違った。

 そうである。今日は皆既日食の日だった。

 ここでハタと気が付いた。これは快気祝いのパーティではない。皆既祝いのパーティではないか。字が違うぞ。

 料理は、ジンギスカンだった。美味かった。ただ残念だったのが、椅子が用意されていなかったコトだ。ジンギスカンを立ったまま食うのはちとつらい。立食パーティーにジンギスカンは、あまり向いていないと思うのだ。

 ん? もしてして、立食パーティーと日食パーティーをかけていたのか? なるほど。やるな。モンゴル人も。

 というワケで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


97年目次