第41回 96.12.07くらい 『デパートにて』

 今日はデパートへ行った。いやウソだ。本当はスーパーである。デパートで買い物ができるほど、わたしは裕福ではないのだ。いや、裕福云々以前にデパートへ出かけるほどのずくが無いのだ。というわけで、近場の相鉄ローゼン成瀬店に行ったのである。相鉄ローゼン成瀬店に入ると、1F特設コーナーがお歳暮コーナーになっていた。
 ところで、わたしはお歳暮コーナーを見ると「日本人は、まだお歳暮なんていう儀式をやっていたか。ヤレヤレ」と思ってしまうのだ。だいたい世界の中でも、未だにお歳暮を配る習慣があるのは、日本くらいである。アメリカやドイツには、もう既にお歳暮の習慣などないのだ。そういうわけだから、日本も諸外国を見習ってお歳暮は廃止した方がいいと思うのだ。

 わたしは、まだお歳暮を配るほどの歳でもないし、関係無いことだといつも思っているのだが、そろそろそういうお付き合いでもした方がいいのだろうかとも思っている。でも、社長やら部長やらの家にお歳暮を送るというのもなあ。付け届けのような気がする。ちなみに、みなさんはどうされているんでしょうか?
 わたしは、なんとなく結婚してからかなと思っている。家庭を持ち、社会的にどうのこうのというような存在になってから考えようと思うのだ。でも、できればわたしが結婚するまでにお歳暮の儀式が廃止になってくれれば大変ありがたい。まあいずれにしても、このままでは一生お歳暮とは縁が無さそうだ。って、ホットケ。

 それはともかく、お歳暮コーナーっていうのはどこか不思議な空間だと思う。とういうのもお歳暮コーナーの品揃えは、お歳暮という枠を外して普通に考えたならば、あまりにも統一性が無いからだ。色とりどりの石鹸やらタオルやらが並んでいると思えば、その隣には色とりどりのハムやら洋酒やらマリアなどが並んでいるのだ。あっ、いや、色とりどりのハムはあまり無い。すまん。

 今日は、その不思議な空間で内田裕也を見たのだ。やはりこの人でもお歳暮などというつまらぬ儀式にとらわれているのか。それにしても、お歳暮コーナーに内田裕也という取り合わせは、輪をかけて不思議な光景だ。その内田裕也を見ていたら、何を思ったのか突然イクラの瓶詰めを手にとって叫びだしたのだ。シャケのベイベーッ!! ああ、そうですか。それが言いたかったのですか。

 内田裕也をたっぷりと堪能した後、わたしには関係の無いお歳暮のコーナーを後にして、3Fの日用雑貨のコーナーへと行ったのである。そもそも今日の目的は、色々と日用品を買いに行くことだったのだ。3Fに行くと、おもちゃコーナーがやけに盛り上がっていた。おもちゃコーナーには親子連れが何組みもいたのである。
 そうか。忘れていたが、クリスマスの時期はおもちゃの季節でもあるのだった。クリスマスと言えば、気の合う男女が飯を食ったり酒を飲んだり、組んずほぐれつするものだと勘違いしていた。ここ数年クリスマスといえば、男女のことしか情報が入らないのですっかり忘れていたのだ。

 しかし、クリスマスに子供におもちゃをプレゼントするというのも、わたしには関係の無い話だ。だいたい、それこそ結婚して子供ができてからというものだ。まあ、一生子供にプレゼントをあげなくても済むかもしれないが。って、ホットケ。できればわたしがプレゼントをするようになるまでには、この儀式は廃止されて欲しいものである。だいたい、日本だけだぞ。未だにクリスマスとなると子供にプレゼントをあげるのは。いや、よく考えたら、日本だけじゃなかった。スマン。

 それはともかく、おもちゃコーナーを覗いていたら、ある親子連れに目がとまった。内田裕也ではない。一般人だ。父と息子の組み合わせだ。

「あーん。パパ、これ買って、これ買ってえ」と、子供が叫ぶ。
「ダメだ。ダメだ。今日は、父ちゃん、金が無い」と、父親。

「ええん、買って、買ってえ」
「ダメだ。ダメだ。ダメって言ったらダメだ」

「あーん。パパのケチンボーッ!!」
「ハッ、ハッ、ハッ。パパは、大人だからケチンポでいいのだ。それは、もうモジャモジャ。見るか?」

 ああ、そう来たか。しかし、わたしは見たくないぞ。ケチンポ。

 というワケで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


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