第41回 96.12.04くらい 『医者はどこだ』

 ああ、風邪ひいた。風邪で会社を休むのなんて3年ぶりくらいだ。でも、まだ病院に行くほどでもない。これで病院に行くとなれば、何年ぶりになるだろう。わたしは、特別身体が丈夫なわけではないが、あまり病院に行かないタイプなのだ。なぜならば、病気など一晩寝れば自然に治ってしまうからだ。ん? これを身体が丈夫というのか。失礼。
 そう。わたしは、中学生の頃に一度行って以来、健康診断以外で病院に行ったことがないのだ。つまり、十数年は病院に行っていない。それなのに健康保険料は随分と支払っているのだ。何だか理不尽な気がする。まあ、わたしもそのうち医者の世話になるのだから、それも良いだろう。必要な時の為の保険と考えればいいのだ。ん? そもそも保険なのか。それはともかく、それでも世の中には医者にかかりたくてもかかれないという人達もいる。それは、無医村に住む人達だ。

 その昔、「無医村・マラソン・ガリクソン」と言った人がいたが、わたしも本当にそう思うのだ。どう思うかっていうと、「無医村は大変だなあ」ということだ。無医村は、なんとかしなければならないのだ。
 無医村は、本当に大変だ。以前、その弱みにつけ込んだある暴力団が医師免許を持たないやつに治療をさせていたという事件があった。何よりも問題だったのは、高額な治療費を請求して暴力団の資金源にしていたこである。その治療というのも、ロクに診察もせずに薬だけ渡すというものだった。それでも医学の知識はあったので、村民達は利用せざる得なかったのである。医師免許は持っていなかったが、薬剤師の資格はあったのだ。

 そもそも無医村の多くは、過疎の村だ。過疎化現象によって、村の予算もままならないというようなところだ。予算がままならないので、道路さえ整備できないのである。こんな状態だから、医者も来てくれないのだ。いや逆か。医者が来ないから、道路が整備されないのかも知れない。医師あるところに道は開けるというからなあ。

 まあ、これは仕方が無いことかも知れない。あまり人が住みたがらないところだから過疎化するのだ。人が住みたがらないということは、医者だって行きたがらないというもんだ。しかし、人が行きたがらないならば、ロボットの医者を送ればいいのだ。ところが、現在の研究では、かなりロボット技術は進んでいるものの、まだまだ人間に劣ると言われている。何よりもロボットには人を救おうという正義感が欠けているのだ。
 現在可能なのは、交通事故で死んだ医者をベースにして、最先端の医療技術で医者として蘇らせる方法だ。医者がベースだから、恐らく人を救おうという正義感があるはずだ。医療の知識や技術も医者がベースならば心配無い。名づけてロボドックというのだ。どこかで聞いたような話だが気にしないでほしい。アメリカの映画は、著作権に非常にうるさいのだ。

 そのロボドックであるが、もう実際に使用されているという話だ。密かに列車で、過疎の村に運ばれているである。どうやって運ばれているかというと、寝台車で運ばれているのだ。寝台車に乗るとわかる。出発してから到着するまでずっとカーテンが閉まったままのがあるが、あれがそうだ。医者医者シュッポシュッポと運ばれているのだ。
 まあ、密かに行われているだけあって、過疎の村に行っても、ロボドックに気がつく人は少ない。それは、道端で目立たぬようにひっそりと存在するのだ。ロボの医師というやつである。
 さて、これがどれくらい成果が上がっているかと言うと、北海道ではもう既に定番になっているくらいだ。みんなも知っているだろう。北海道土産と言えば、もうこれしかないというくらい有名な「白い恋人」のことは。これが、医者成果(株)である。

 しかし、ロボドックにも問題がある。あまり目立たないのをいいことに、空き巣を働いている者もいるということだ。やはり、人の病気を治したいという人格と人のモノを盗ってはいけないという人格は、別物のようだ。これではロボの医師というよりも、ドロボウの医師である。

 というワケで、今日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


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