第29回 96.11.10くらい 『続々・ふられみやちょ』

 いやはや、わたしはどうしてこうモテないのだろうか。フラれ続けて50年、今日もまた、わたしはフラれるのであった。
 今わたしは、恋の病を患っているのだ。お医者様でも、クア・リゾート草津でも治せないというヤツだ。胸がこう苦しいのだ。飯もロクに喉を通らないので、大変困っているのだ。

 悩んでもしょうがない。こういう時は、行動あるのみだ。結果を恐れては、何もできない。「見る前に跳べ」である。ええと、ここまで書いていて、昨日とまったく同じ事を書いていることに気が付いた。しかし、今日はここからが違うのだ。ええと、ここまで書いていて、昨日とまったく同じ事を書いていることに気が付いた。しかし、今日はここからが違うのだ。

 そんなわけで、今日は直接声をかけてみることにした。やはり、ラブレターなどまどろっこしい。男ならストレート勝負だ。ストレートでもコーナーをつけば滅多に打たれるものではない。もっとバックの守りを信頼しようではないか、……って誰がバックの守りなのだ。

 さて、どう声をかけようものか。ここでわたしの考えは止まってしまったのだ。なぜならば、わたしは彼女の名前を知らなかったのである。一般的に人に話しかける場合、まず名前を呼ぶものだが、これでは最初の一言が話せないではないか。

 ちなみに彼女というのは、いつも電車で遭う人なのだ。毎朝、同じ時刻の同じ車両に乗っているのだ。そして、わたしも同じ時刻の同じ車両に乗っている。彼女に会う為だけに、その電車に乗っているのだ。毎日電車で遭うだけの人だからして、名前など知る由もないのである。
 これがもし同じ職場とかよく知っている人間だと、声をかけるのは簡単だ。ましてや、自分の部下なら、話はもっと早い。自分の職権を利用してやりたい放題なのだ。しかしよく考えると、これってセクハラだな。いやいや、わたしは自慢じゃないが、セクハラなどしたことがないぞ。まあ、自慢にはならないか。それに、わたしの役職は主任だが、そんなものは何の権限も無いのであった。発言権すら無いのだ。主任に口無し。

 それはともかく、最初の声のかけ方だ。ここはひとつ、名前を知らないのを逆手にとって、「○○さんですか?」と声をかけることにしよう。○○に入る文字だが、これは佐藤でも鈴木でもいい。知り合いと勘違いしたフリをするのだ。要は、話すキッカケである。違ったら違ったで、○○さんをネタに話を続ければ良い。いささか古典的な手法であるが、この方法しか思い当たらなかったのである。

 そういうわけで、早速行動開始だ。「今日は日曜日ではないか」と、ヤボな話をしてもらっては困る。この日記は事実を元にしないフィクションである。必要とあれば、超能力だろうが魔法だろうが、あって構わないのだ。それに比べれば、今日が日曜日であることなど、たいした問題ではない。クシャミひとつで呼ばれるフィクション大魔王なのである。

 ともかく、8時ちょうどのあずさ2号に乗り込んだ。いや、8時ちょうどのあずさ2号で通勤しているワケではないが、わたしの通勤電車を公開するのも躊躇われるので、こう書いておく。さて、あずさ2号に乗り込んだところ、やはり彼女がいた。そして彼女に声をかけたのだ。
「あの、小池さんですか?」

 小池さんというのは、とっさに出たものだ。なんというか、彼女を見るとそうとしか言いようが無かったのだ。

「ハイ、そうですが。どこかでお会いましたっけ?」
 すると意外なことに、彼女はこう答えてきたのだ。いやはや、予想していない回答であった。まさか、彼女が本当に小池さんであるとは思いもよらなかった。ここでわたしの作戦は音を立てて崩れていった。何しろ名前が外れた時のセリフしか考えていなかったからである。

「ああ…… いや…… ただなんとなく…… その…… そう思ったもので……」
途端にしどろもどろになってしまった。

「もしかして、超能力者さんですか?」
小池さんは尋ねてきた。

 むむっ、思いもよらず話にノッてきた。ここで気の効いたことを言えば、上手くいくハズだ。

「いやあ。眉毛とか腕のうぶ毛が立派なので…… つまり濃い毛ではないかと……」
しかし、そこで口から出てきたのは、まるでみや千代日記のネタのようなセリフであった。いや、まあネタなんだが。

 小池さんは、呆れた顔で向こうを向き、すっかり黙ってしまった。

「あの、その、毛深い女は深情けと言って、大変よろしいというホメ言葉なんですが……」

 オヤジのような空しいセリフがあずさ2号に響き渡った。

 というワケで、昨日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


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