第28回 96.11.09くらい 『続・ふられみやちょ』

 いやはや、わたしはどうしてこうモテないのだろうか。フラれ続けて50年、今日もまた、わたしはフラれるのであった。
 今わたしは、恋の病を患っているのだ。お医者様でも、クア・リゾート草津でも治せないというヤツだ。胸がこう苦しいのだ。飯もロクに喉を通らないので、大変困っているのだ。

 悩んでもしょうがない。こういう時は、行動あるのみだ。結果を恐れては、何もできない。「見る前に跳べ」である。ええと、ここまで書いていて、昨日とまったく同じ事を書いていることに気が付いた。しかし、今日はここからが違うのだ。

 今日は、ラブレターを書いてみることにした。わたしは、よく物事を口で伝えるより文章で伝える方が良いと言われている。「おまえの言っていることはわからないから、紙に書いて説明しろ」と言われているような気もするが、それは気のせいだろう。わたしは喋る方も強い。何しろわたしは、「2枚舌のみやちょ」と呼ばれているのだ。もっとも1枚1枚が短いというのが難点ではある。

 さて、そのラブレターだが、ここでまず考えないとならないのは戦略である。文章には戦略が必要だ。ラブレターにおいても例外はない。わたしが選んだ戦略は、古典的ではあるがウタにしてみようというものだ。歌ではない。自分の思いを短歌にするのだ。ラブレターに「アイ・ウォン・チュー」とか書いてもバカにされるだけである。短歌を詠むことで、知性があって風流な自分をアピールするのだ。

 まずは、自分の心情を考える。「切ない」と言ったところだろうか。では、最初は「切なくて」から入ることにしよう。あなたのことを思うと「上の空」であるということも伝えたい。では、「上の空」も入れることにしよう。
 次に、だから彼女にどうしてほしいということも織り込まなくてはならない。これが無くては、「切なくて上の空なんだ。へえ、大変ですね」と言われるだけである。事態は進展しない。だからと言って、「付き合ってください」ではストレート過ぎる。ここは遠回しに、「わたしに力を与えてくれ」ということを書こう。
 最後に、カケ言葉だ。カケ言葉が入っている短歌は評価が高い。何よりも知性の高さを覗わせるのだ。これは絶対に必要である。というわけで、できたのは下のものだ。


 切なくて 私の心 上の空

  力与えん セスナ機重い

「セスナ機重い」というのは、切なき思いにかけている。さらに「上の空」で、空とセスナ機というのも連想ができる。また、「セスナ機が重くて大変だから、力を与えてくれ」というメッセージにもなっているのだ。なかなか良い出来である。後は詠み人に「ライト兄弟」とでも入れておけば良いだろう。

 しかし、よく考えるとこれは短歌というより狂歌だな。これがホントの恋文狂歌である。切ない片思いにあなたは気づかないのだ。キョンキョン。

 後日談。このラブレターは、失敗であった。街で彼女を見かけたのだが、別の男と腕を組んで歩いていたのだ。いや、ラブレターそのものは成功だったのだ。彼女と腕を組んで歩いていたのは、ライト兄弟その人だったからである。

 というワケで、昨日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


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