第24回 96.10.30くらい 『デコンの宴』

 先程の事である。それは、今晩何を食べようかと冷蔵庫の中を覗いた時の事だ。

「我が輩のことを忘れては困る」
どこからともなく声が聞こえてきたのだ。

 いや。どこからともなく声が聞こえるわけがない。声がするからには、どこかにその声の発信源があるはずだ。何も無いところから声が聞こえたら、それではSFの世界の話である。よくよく見ると、冷蔵庫の奥の方でヨタっている大根から、その声が発せれられていることに気がついた。

「ようやく気が付いたか馬鹿者っ!!」
大根がわたしを叱った。

 しかしそれにしても、ここ最近、大根を買った記憶など無い。一体、この大根はいつから冷蔵庫の中にあったのだろう? もしかして、宇宙人の仕業ではなかろうか? いや、ひょっとするとこの大根自身が宇宙人だったりして……

「やはり馬鹿者じゃ。我が輩が宇宙人のハズはなかろう。それでは、まるでSFではないか。我が輩は、確かにお前に買われたのじゃ。夏頃の話であるが、カイワレを買ったことがあっただろう。あの頃は、まだカイワレだったのだが、お前がウッカリ忘れておった間に、我が輩はスッカリ大人の大根に成長してしまったのじゃ。買ったものは、責任持って食べなければイカンぞい」
大根が説教を始めた。

 そうだ。その通りであった。「みや千代日記」の第1話を書く為にカイワレ大根を買ってきたのだ。確かに全部食べきった記憶は無い。そうか、あの時に残ったカイワレが成長したのか。しかも、言葉を喋ることができるまで成長したとは驚きだ。よくぞ、ここまで成長したものだ。親として鼻が高いぞ。

「だれが親じゃっ!!」
大根がツッコんだ。

 まあそれはともかく、この大根はあまりにも成長し過ぎている。身が柔らかくなっている。とってもじゃないが、大根おろしや大根サラダなど、生のままでは使えそうにない。さてどう料理してくれようか。

「我が輩は、ふろふき大根がいいぞ」
大根が言った。

 これから料理されるというのに良い度胸である。しかし、ふろふき大根というのも、そう悪い提案ではない。早速、調理に取りかかることにした。

「うむ。ちょっと待ってくれ。我が輩も、「あっ、そうか」とあっさり料理されてはちと困る。心の準備というものが必要じゃ。そうだな。冥土の土産に何か良い物を見せてはくれんか?」
哀願された。

 それも、そうだ。人語を解すまでに成長した大根だ。こちらとしても、あっさりと料理してしまうのは忍びない。ここは、わたしのメンツにかけて、何か面白いものを見せてあげなければならないと思い、おもむろに大根を手にとり、マイク代わりにこう叫んだ。

 アイ アム ア チャンピオンッ!!

「……それは何のマネじゃ?」
大根は芽を丸くして言った。
「あっ、マイク・タイソンのマネ」
「はあ?」
「……いや、だからマイク・大根なんちゃって」
「全然、似てないぞ。まるで大根役者じゃな」
大根は呆れて果てたようだ。

 その言葉にムッと来たわたしは、思わず大根を叩き切ってしまった。お前ら人間じゃねえ。いや、大根なのだが。さっきから、随分横柄な大根だと思っていたが、ここまで人間を小馬鹿にする大根も珍しいものだ。だいたい、大根に大根だと言われる筋合いはない。わたしは、さっさとダシ汁の中に輪切りの大根をほうり込んだ。

 しかし大根の野郎、輪切りになっても全然意に介さないようで、ダシ汁の中でノンキに歌など歌っているのだ。しかも演歌だ。

「……わぎりの〜わた〜し〜〜♪」
ときたもんだ。

 そういうワケで、ふろふき大根ができあがったわけだ。そして、味噌ダレをかけられた大根は、最後にこう言ったのだ。

「最後に言っておく。いろいろ憎まれ口を叩いてすまなかった。こうでもしないと、わたしを料理してくれないと思ったものでな。ちなみにさっきのマイク・大根だが、ホントはなかなか面白いと思ったぞ。最後に面白いものを見せてくれて、ありがとう」

 ホントか大根っ!! どうやらわたしは、大根を誤解していたようだ。ホントは、大根って良いやつだったのかもしれない。

「いやウソだ。これがホントのホラ吹き大根」
大根は胸を張って言いやがった。

 なんだお前はっ!結局それが言いたかっただけなのかっ! そしてわたしは、熱々のふろふき大根を口の中にほうり込んだのだ。

 というワケで、昨日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


96年目次