第23回 96.10.27くらい 『つうちゃん』

 つうちゃんが来た。

 つうちゃんというのは、わたしの田舎の友達である。わたしが田舎にいた頃、毎日遊んでいたのがつうちゃんである。しかも、ただの友達ではない。わたしは、何度もつうちゃんに助けられたのだ。わたしが川で溺れかけた時に助けてくれたのもつうちゃんだ。ピンチの時には、いつもどこからともなく飛んできて、助けてくれたのがつうちゃんだ。友達というより、恩人でもあるのだ。

 言い忘れていたが、つうちゃんはね。本当は鶴である。だけど小さいから、自分のことつうちゃんと呼ぶのである。さっちゃんと同じ原理である。だからつうちゃんは、可愛いのだ。

 鶴が友達だったというと、みなさん不思議に思うかもしれない。しかし、鳥類は恒温動物だ。われわれ哺乳類と何ら変わることなく、温かい血が流れているのだ。鶴と友達であっても何の不思議も無いというものだ。ちなみに、わたしの田舎というのは、北海道釧路市である。釧路といったら釧路湿原。釧路湿原といったら、天然記念物の丹頂鶴である。人の数より鶴の方が多いくらいだ。だから、鶴と友達であるのは、ごく自然なことなのだ。

 つうちゃんとよくやった遊びはというと、鶴飼である。鶴飼というのは、釧路川に伝わる伝統的な鮭漁法で、鶴の首に縄をかけ、川を泳がせて鮭を獲らせるというものだ。鶴は頭が良いので、ちゃんと鮭を飲み込まずに獲ってくれるのだ。それを吐き出させるのである。
 昔は鶴飼漁法が盛んで、釧路川で獲れる鮭のほとんどがこの漁法によるものだったのだが、川に遡上してくる鮭をとることが禁止になってからは、すっかりお目にかかれなくなってしまった。今では、釧路川で行われる湿原まつりでの鶴飼コンテストでしか、見ることができないのである。
 わたしとつうちゃんは、よく鶴飼コンテストに参加して、優勝をさらったもんだ。なにしろつうちゃんとわたしは、息がピッタリだったのだ。どれくらいピッタリだったかというと、わたしが「つうちゃん」と呼びかけると、つうちゃんは「カァー」と答えるくらい息が合っていたのだ。ちなみに、つうちゃんはカラスではない。鶴だ。

 最近、釧路川に河口堰を作るという計画がある。河口堰ができると鮭が遡上できなくなってしまうらしい。日本の川で途中に堰がないのは、釧路川と長良川くらいだ。貴重な自然を壊すのは、もったいないことである。そして、鶴飼の伝統が失われてしまうことも残念なことだ。どこかで反対運動を見かけたら、是非とも署名していただきたく思う。

 鶴飼といっても、わたしはつうちゃんを飼っていたわけではない。飼っていたら、友達とは言えない。それでは対等の立場でないからだ。食事をごちそうしたり、一緒に寝たこともあるけど、基本的にはつうちゃんは野生なのである。そもそも、丹頂鶴は天然記念物だ。飼ってはいけないことになっているのだ。飼っていいのは、養殖の鶴だけだ。でも、養殖はあまり良くない。やっぱり鶴は自然なものの方が良い。鶴は天然というくらいだからだ。

 さて、そのつうちゃんがどうやってここまで来たかというと、小包の箱に入って来たから驚きである。しかも書き留めだ。確かに飛んでくるのは大変だし、飛行機に乗ってくるのも金がかかる。だいたい鶴が飛行機に乗れるかもあやしい。なにしろ天然記念物だ。おいそれと搭乗許可が出るわけがない。カウンターの人が「喫煙席ですか? 禁煙ですか?」って、聞いていたらおかしいけどね。

 で、箱から出てきたつうちゃんに、「どうして書き留め郵便なんかで、来たんだ? 電話をくれればこっちから出向いて行ったものを……」と尋ねたのだ。
 すると、つうちゃん開口一番、「書き留めに鶴っていうじゃないか」と言ったんだ。うん。つうちゃんは、やっぱりわたしの友達なのである。

 というワケで、昨日の分はおしまいだ。では、また会う日まで。


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