第97回 00.11.08くらい 秋の夜長に
「秋の夜は長いデス。長いものは数メートルにもなるデス」

 アマ産大のカルロス君からこんなメールが届いた。もちろんわたしだって、そんなことは知っている。しかし、数メートルにもなる夜とはすごい。わたしは、せいぜい30cmくらいの夜しか見たことがないのだ。それは是非この目で見てみたいものである。

 一般的に夜の生態はあまり知られていない。ここで簡単に説明することにしよう。夜は春に卵が孵化し、夏の間もせいぜい2、3センチくらいのままである。ところが秋になると急激に成長するのである。冬、散歩のついでに沼地などに行くと、乳白色のヒモ状のものを見つけることがあるだろう。あれが夜の死骸である。天敵なのか、夜がいる沼にはヒルがいない。このことからヒルに対抗して夜という名前が付けられたのである。

 嗚呼、自己紹介を忘れていた。わたしの名前はみやちょ。生物学の研究者だ。主な研究対象は沼地に棲息する生物である。中でも夜については、第一人者を自負しているのだ。冒頭のカルロス君も同じく生物学者で、わたしの共同研究者の一人である。
 カルロス君は、何人かいる共同研究者の中でも一番懇意にしていただいている間柄だ。夜の本場であるブラジルの人と懇意にしていただくことは、研究においてもメリットが大きい。ついこの間もブラジルの名物だといってうどんを送ってくれたのである。ブラジルうどんは大変美味しかった。あっという間に食べてしまって、もう一食分しか残っていないくらいだ。
 ……だなんてブラジルうどんの話題をしていたら、なんだか食べたくなってきたではないか。最後の一食なので大事にとっておこうと思っていたのだが、そんなことを言っていられない。早速茹でることにしよう。ちょっと鍋を火にかけてくるので、読者の皆様はこのまま待っていて欲しい。ぐつぐつ。

「こちらブラジルの夜は、暖かいせいか大変よく育ちマスね」

 メールの続きにはこう書かれていた。そう、夜は水棲の扁形動物なのだが、水の温度が暖かければ暖かいほど成長するのである。また、生命力も強くて切断しても死なずにそれぞれが成長する。プラナリアの親戚のようなものだから、当たり前といえば当たり前である。また、乾燥状態で死んでいるように見えても油断がならない。ちょっとぬるま湯につければ、すぐに動き出すのだから見事な生命力である。

 このことからブラジルでは、「堪忍袋を縛るならば夜を使え」ということわざがあるそうだ。カルロス君がそう言っていたのである。堪忍袋とは、やはり怒りをため込んでおくというあの袋のことなのだろうか。ブラジルにも日本の堪忍袋に相当するものがあるようだ。おそらく、切れてもすぐに元通りになる夜のようにというか、腹が立つことがあってもいつまでも気にするなという意味なのだろう。
 しかし、虫の類いで袋を縛るというのは気味が悪いなあ。眉唾ものの話である。なんだか騙されているような気がする。「またまた冗談を言ってえ」と返そうと思ったが、カルロス君の機嫌を損ねると困るからなあ。それだけはどうしても言えなかったのだ。機嫌を損ねたら、もうブラジルうどんが食べられなくなってしまうではないか。

「ところで、来年2月に行われる世界夜学会大会の準備は進んでマスか?」

 そうであった。世界夜学会大会まで、後4ヶ月もなかったのだ。まだ何も手をつけていない。今回の大会は日本で行われるのだが、なりゆき上わたしが案内役をつとめさせていただくことになったのである。まずいなあ。このままでは大失敗になりそうな感じがする。このままでは、わたしと同じことを最高責任者である幹事長も感じちゃうのではないだろうか。

「そうそう、前回の小包にブラジル産の夜を同梱しマシたが、研究のお役には立ちマシしたか?」

 へっ? そんなものが入っていたっけ? この間の小包にはうどんばかり61食ほど入っていただけで……、わっ、わっ、わっ!

 そう。ふと振り返ると、鍋の中で夜が爆発していたのだ。ぐつぐつと茹だる鍋の中で、うねうねと動いている。なるほど、うどんだと思っていたあれが、実は夜だったということか。そんなもの一緒にして送るなよなあ。カルロス君や。間違えてしまったではないか。しかも、同じようなパッケージだったしなあ。
 それにしても、夜は水の温度が暖かいほどよく成長するっていうのは、本当だったようだ。沸騰したお湯の中でも死なないどころか、ぐんぐん成長し続けているのだ。新しい発見である。来年2月の学会で発表できるネタができた。って、それどころではない。このまま成長を続けたら、どんな怪物ができるかわからないのだ。早いところ処分をしないと。

 夜を処分するならば焼却するのがベストだが、さすがにこんなに長くなってはそれも難しい。端だけが焼けてもすぐに再生してしまうのだ。細かく切断し、急いで炎の中に放り込むしかない。ゆっくりなんてしていられない。急がなくては。それこそ切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだ。

 というわけで、先ほどから夜を切断しては炎の中に放り込むという作業を続けているのだ。チョッキン。しかし、作業が終わる気配は全然無い。チョッキン。なんだか頭が痒くなってきた。チョッキン。そういえば、最近全然髪を洗っていなかったか。チョッキン。シラミでもたかっているのではないだろうか。チョッキン。それはともかく、どうにも切っている反対側から成長し続けているようである。チョッキン。嗚呼、もう何百メートル分の夜を切ったことだろう。チョッキン。夜はまだ続く。


 ↑これは日記猿人のなんたらボタンである。

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